
count start 16/05/2001
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〔梗概〕モンテーニュが戦乱のフランス(ユグノー戦争の時代)をあとにして、スイス(バーゼル、バーデン、コンスタンツ)、ドイツ(アウクスブルク、ミュンヘン)、オーストリア(インスブルック)を経てイタリアへと旅行し、ローマを訪れた旅行の日記。イタリアではローマとデラ・ヴィラ(有名な湯治場)とに長期滞在をしたほかは、基本的には往復で別の道をとるように務め、トレント、ヴェローナ、ヴェネツィア、パドヴァ、フェラーラ、ボローニャ、フィレンツェ、ウルビーノ、ピサ、ミラノ、トリノなどの町を訪れている。デラ・ヴィラでの二度目の湯治中に故郷ボルドー市参事会より市長選任の知らせを受け、モン・スニ峠を越え、リヨン、リモージュを経て故郷へと帰還する。旅の期間は1580年8月から1581年11月末まで、モンテーニュが湯治治療を試みていたのは腎結石だった。
モンテーニュというと、『エセー(随想)』の著者として知られている。この『旅日記』もまた、随想のように、さまざまな考察や思考に溢れているのかというと、そうではない。彼が書いているのは、もっと実際的なこと、たとえば、こんな記述だ。
「ピアン・デラ・フォンテ(十二マイル)に来て夕食をした。かなり悪い宿屋だが、ここにも泉水がある。アルノの谷にあり、前記インチーザの村里よりは少し上にある。アルノの谷についてはペトラルカが語っているが、彼は前記インチーザで生まれたと言い伝えられている。少なくとも、そこから一マイルばかりの近在の家で生まれたと言われるが、そこには荒れはてた跡が残っているだけである。でもその場所はすぐにわかるようになっている。ここでは、すでに植えつけてあるメロンの間にさらに同じ種を蒔いていた。八月にまた収穫しようというのである。……」(1580年5月2日より)
そもそも、この旅日記、前半部分はモンテーニュ自身の書いたものではない。その秘書が書いたもので、秘書がどれほど主人を気遣っているのかが伝わってくる、何かほほえましさのあるものとなっている。
それにしても、こうイタリアの旅をみていると、イタリアにも行きたいなあ、という海外行きたい病がまたぞろ頭をもたげてくる。困ったものだ。
〔データ〕
【書名】モンテーニュ旅日記
【原題】Journal du Voyage de Michel de Montaigne en Italie,
par la Suisse et l'Allemagne en 1580 et 1581
【著者】Michel Eyquem de Montaigne
【訳者】関根秀雄・斉藤広信
【総頁】365+24(index)
【発行】白水社 10 December 2001
【ISBN】4-560-04295-0
〔梗概〕笑う哲学者土屋賢二が毎週ひねりだす崇高にしてかつ地に足のついた論理のかずかずがここに集められた。『週刊文春』で連載されている「棚から哲学」という1ページの論理的エッセイが文庫化されたもの。収録されているのは、おそよ60週分。およそ。
しかし、土屋賢二自身も見てみたいが、棚を直させたり傍若無人な振る舞いで土屋家に君臨ましますというウワサの土屋夫人、そして土屋賢二の弟子にして論理的敵手である助手氏も見てみたい。でも、きっと素敵な人たちなんじゃないだろうか、という気もしてしまう。
これくらいの文章を書けるようになりたい、というのはテキスト書きの夢だろう。
〔データ〕
【書名】ツチヤの軽はずみ
【著者】土屋賢二
【総頁】242
【発行】文藝春秋(文春文庫) 10 October 2001
【ISBN】4-16-758804-8
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〔梗概〕漢字とはもともとが中國で、中國人の生活環境に沿ってできあがった字である。それを日本にもちこんでしまったために、日本での思想的な発展が阻害された部分もあり、それはとりわけ抽象語が日本独自の言葉として発達しなかった面にみることができる、と著者は論ずる。また、漢字と日本人とのかかわりについても、時代をおって考察してゆく。そして、明治維新というできごとにより、一方では西洋の文物導入のために無秩序に漢語まがいの造語が乱造され、その一方では近代化=西洋化の流れの中から漢字廃絶運動が生じ、その結果として現在使われている常用漢字という簡體字が出現した様相をえがきだす。
漢字というものに対する著者の複雑なおもいというのは、『週刊文春』での連載からもよみとることができる。つまり、一方には漢字というものが本來は日本固有の言葉ではないのだから、極力つかうべきではない、というかんがえかたがあり、そしてもう一方には漢字にはそもそものできあがりかたがあったのだから、それを無視して安易な簡略をおこなうべきではない、というかんがえかたがあるわけだ。
漢字をいっさいなくしてしまえ、というのは強引だし、なるべく使わないというのもむずかしいわけだけれども、ではあってもたしかに、JIS規格のような機械的な漢字のわりふりと、簡略化(拡張新字体というものがある、たとえば「鴎」など)の方向は確かにまちがった方向だし、少なくともIMEにかんしては、なるべく正しい字というものを再現してほしいものだと思う。
今回、著者にそれなりの敬意をあらわして、和語はなるべくひらかなをもちいるようにしてかいてみた。
〔データ〕
【書名】漢字と日本人
【著者】高島俊男
【総頁】250
【発行】文藝春秋(文春文庫) 20 October 2001
【ISBN】4-16-660198-9
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〔梗概〕著者が「女性セブン」の俳句欄で行った句の添削・評価というのだろうか。題は「ドライブ」「松田聖子」「花見」「化粧」「卒業」「ばら」「母」「雨」「ビール」「遠距離恋愛」「ふるさと」「髪洗ふ」「サザン」「コンサート」「別れ」「片想ひ」「遊園地」「ティータイム」「プリンセス」「約束」「シネマ」「聖夜」「ラブレター」「雪」「プレゼント」「バレンタインデー」「オリンピック」。それぞれ各2回、1回につき3句の優秀作の紹介と佳作の一覧、そして著者による句作の例がなされる。
別サイトのほうで、俳句、未満のものではあるけれども、俳句について少し触れる部分がある。そこで、現代の俳句というものは、どういうものなのだろうか、と思って買ってみたのがこの本。実際読んでみると、女性の作品ばかり並ぶので、その感じについてゆけない句作もいくつかあったが、割といいなあ、と思われるものが多かったので、別に今も昔もそれほど変わらない気がするし、結局俳句は俳句のままであるようだなあ、と思った。
それと同時に、多分ぼく自身の俳句に対する嗜好のようなものがわかった気もした。それは、一つにはその句を読んで情景が思い浮かぶ、ということ。もう一つは、その句が一般化できる経験であること。そのため、ぼく自身はどうしても、著者の句作自体はそれほど、心惹かれるものがなくて、なんだか読者のほうがいい句を作っていて、この人は選ぶ目はあるのかもしれないけれども、本人はたいしたものを作らないなあ、とか勝手なことを思いながら読みすすめていた。
それと同時に、また別なぼくの性向がわかったのも、ある種おもしろいことだった。それは、とりわけて文脈に無関係に交友関係をひけらかすものに対しては、あまり快く思わない、ということ。これは、本だけではなくて、ネット上でもそうで、妙に交友関係だけから成り立っているサイトというのもあったりするわけだけれども、いまひとつぼくは苦手だ。テレビ番組でも、交友関係だとか、人間関係だけで生きている芸能人、あれが苦手だ。そういうことを、如実にわからせてくれたのが、この本だったわけだ。
〔データ〕
【書名】恋する俳句
【著者】黛まどか
【総頁】317
【発行】小学館(小学館文庫) 01 January 2002
【ISBN】4-09-417891-0
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〔梗概〕妻に去られたナッシュのもとに、突然20万ドルの遺産が転がり込む。不思議な焦燥に駆られたナッシュは、全てを捨てて目的のない旅に出てしまう。アメリカ全土を旅して13ヶ月目、偶然、ポーカー師ポッツィを拾い上げる。ポッツィに親近感を覚え、そのオーナーとして、宝くじによって巨万の富を得た富豪のもとへポーカーの勝負にゆく2人。だが完全に負けた2人は、1万ドルの借金の支払いのために記念碑的な壁を築くという仕事を負わされる。50日間の労働で1万ドル分働き終えたと思ったが、実費分をさらに請求され絶望する2人。ナッシュはポッツィだけでも富豪の屋敷から逃げるように薦めるが、かえってポッツィは何者かに瀕死の怪我を負わされ、連れ去られる。1人で労働を続ける中、さまざまな想いに囚われたナッシュは、見張りとともに乗った車を暴走させる。
あらゆるところでモチーフとして響く「偶然」の響き。原題からすると、偶然でもあり、そしてまた好機でもあるわけだが。それにしても激しい絶望が物語の後半にひたひたと染み渡ってゆく。
ポッツィとナッシュとの会話が、なんというかなかなかいい感じをかもし出していて、そのため物語の中盤あたりは状況に比してトーン自体の暗さはない。うまく、明るさを見せて、その対比としての暗さを見せる、そういった感じの物語だった。
〔データ〕
【書名】偶然の音楽
【原題】The Music of Chance
【著者】Paul Auster
【訳者】柴田元幸
【総頁】329
【発行】新潮社(新潮文庫)01 December 2001
【ISBN】4-10-245106-4
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〔梗概〕
(第1章〜第4章(第1・第2分冊))人間はギリシアの哲学者もいう通り「社会的動物」であるため、社会的結合が不可欠である。そしてまた、社会の維持の中で重要なのが連帯意識。そのため、田舎に住む人々は血縁集団で暮らしているため、連帯意識が強く、そのために強力な王権をつくることができ、都市に住む連帯意識の弱い集団を征服することができる。しかし、田舎から興った王権も、都市で奢侈に慣れた生活を行ってゆくうちに次第に連帯意識をなくし、再び田舎からの新興王権にとって替わられる。このように王権が連帯意識をなくし、弱体化してゆく期間は、おおよそ三世代である。(王権に付随する多種の官職についての解説。)
(第5・第6章(第3・第4分冊))社会はまた一方で、協業によって成り立っている。糧は労働が生み出すものであり、さまざまな形の生計の立て方がある。技術に関しては、需要の多い都市部で洗練され、都市の衰退とともに廃れてゆく。また学問や教育はそうした技術の一つであるが、行為から思考へと深化することで学問は成り立つ。(多種の技術・学問についての解説。)
イブン・ハルドゥーンの本が岩波文庫から出てる!ということで購入。昔であれば、大喜びしていたのだろうけれども、さすがにもう大喜びはしない。淡々と、ああ、出ているんだ、という感じになってしまった。とりあえず、全4冊で毎月1冊ずつ発行されたので、4巻が発行されるまでは手を出さないでおく。
そしてまあ、年末にいよいよ4巻が刊行されて、読むことが出来る環境がととのったわけだった。
結論から言うと、正直、イブン・ハルドゥーンの歴史思想を知りたい、という人であればせいぜい第1・第2分冊くらいまで読めば充分だ。イブン・ハルドゥーンが優れた社会科学の学者であり、「アラブのモンテスキュー」と呼ばれているのももっともだ、というのが知りたいのであれば、その後第3分冊の第5章まで読み進めればいい。そのうえさらにアラブの文化について触れたい、という気持ちがなければ、到底最後まで読む気にはならないような気がする。
ちなみに、それではぼくが「アラブの文化について触れたい」と思ったのか、というと、ぼくの場合は惰性で読むことに長けているので読み進めたまでの話だ。ただ、やはり自分がかつて学んだ数少ないイスラームの文化の知識と、どれだけすりあわせられるだろうか、ということに興味が向いていたのも事実は事実。おもしろいのは、たとえば哲学だとか医学、自然科学の分野や歴史などに関してはほぼ、習った名前もとりあげられていたのだけれども(メジャーどころで哲学・医学のイブン・シーナー、哲学のイブン・ルシュドなど、マイナーなところだとタバリーやイブン・アルハイサムなど)、詩に関してはぼくらが学習したオマル・ハイヤームもイブン・ハズムもまったく出てこなかったことだろうか。
もう一点、希望というか惜しまれるのは(言っても仕方ないことだが)、本書中にはイブン・ハルドゥーンにとってなじみのある地域であるマグリブ(北アフリカを中心とした西方イスラム圏)の諸王朝の興亡が随所に触れられている。それも当然な話で、本人がチュニスに生まれただけでなく、モロッコのマリーン朝のスルタンのもとでは書記官、国璽尚書、訴願院裁判官を務め、グラナダ(スペイン)のナスル朝のスルタンのもとではカスティリアへの修好使節(ペドロ1世〔残酷王〕とも会見している)、スルタンへの進講などを務め、チュニジアの小国ベジャーヤではそのスルタンのもとで執権(ハージブ)を務め、そしてエジプトのマムルーク朝ではマーリク派の大法官を務めた人である。だから、と言ってはなんなのだが、本書をその「プロローグ」としている大著『イバルの書』自体にも、興味があるなあ、と思わないではなかった。『イバルの書』では、このマグリブの歴史がよりつぶさに語られているらしいので。
〔データ〕
【書名】歴史序説(一〜四)
【原題】al-Muqaddima
【著者】Abu Zayd 'Abd al-Rahman bn Muhammad Ibn
Khaldun
【訳者】森本公誠
【総頁】1898+65(index)
【発行】岩波書店(岩波文庫)15 June-14 December
2001
【ISBN】4-00-334811-7,~4812-5,~4813-3,~4814-1
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