張飛の丈八蛇矛の由来

 張飛は「三国志」の五虎上将の一員として、勇猛なること彼の半身とも言うべき丈八蛇矛とともにつとに有名である。この蛇矛はなかなかのすぐれもの。劉備、関羽、張飛が義兄弟となって間もなく、劉備は河北安喜県の県尉となった。主な仕事は治安、衛生、訓練等。

 ときに、山中に一匹の大蛇が出るという。たびたび路行く人が襲われるので、住民たちは恐れおののき大蛇の退治を願い出た。劉備は関羽と張飛を呼んで相談した。張飛は

「兄貴! わたしは猪を殺すのが得意だから、その要領で、きっと大蛇も退治できる」

「やや! 猪と大蛇では全く違うはず、大蛇はとても恐ろしい。猪は殺せてもその刀ではとても無理というもの。ここはやはり関羽弟の青龍偃月刀にお願いしよう」と劉備

「何ですって! わたしのことを、さては軽んじてござるな、そうだ! 刀はいらない、この素手で、その大蛇を降伏させるまでじゃ」

 張飛は気が短いので、こう言い捨てると飛び出していった。

 山に入り大蛇を探した。探すときはなかなか出会わない。さらに深山に分け入って探したが、夕空に月がかかり、あたりがとても静かになった。張飛は一日中何も食べていなかった。さすがに少し疲れた。石の上でちょっと休んだ。間もなく張飛は熟睡した。どのくらい時が過ぎただろう、突然ツーツーというおかしな音で目を覚ました。あー、大蛇が張飛の目の前にいた! 西日の眩しい光が反射して真っ赤な大きな口が開いている。そしてチロチロと舌を震わせ、いまにも張飛に飛び掛ろうとしているところであった。張飛はさっと身をかわし、大蛇のしっぽを捕まえて、里を目指して走り出した。しかし一丈八尺にも及ぶ大蛇は、すぐに長い体をくねらせて、頭を張飛の眼前に回してきた。

 この弓のような矢のような大蛇のしっぽをなおもしっかり握り締め、ぐるぐる回しながら、必死になって走りに走った。やがて大蛇がだんだん軽くなってきた。張飛が後ろを振り向くと、何と大蛇は一本の長い矛に変わっていた。矛頭には大蛇のうろこが冷たく光り、とても鋭利な気配が漂っている。張飛は喜んだ。その後の蛇矛の活躍は、誰でも良く知っている。

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張飛、孔明に勝つ

 劉備と関羽、張飛は臥龍崗の諸葛孔明のところへ出かけた。これで三度目である。孔明はというと、家の中でぐっすり眠っていて一向に張飛は非常に腹が立ったので、家の裏手に回り、爆竹を一発鳴らした。ところが孔明は寝返りを一度打っただけで、起きても来ない。その時、張飛はふと良い考えがひらめき、「大兄、次兄、しまった火事だ」孔明はこれを聞くや、張飛が家に火を放ったと思い、慌てて起きあがって家から飛び出して来たところ、劉備とばったり鉢合わせをしてしまった。孔明は劉備を家に招き入れたが、今度は二人が以前からの知己のように天下の大事について語り始めた。日の暮れてきたので張飛が何度も催促したが、二人は立ちあがろうとせず、カンカンガクガク、話し込んでいる。張飛がそこでまたせっつくと、孔明が言った.「張将軍、もし私を騙してこの家から連れ出したら、すぐ話を切り上げますよ」張飛は「わかりました!」と言うと、家の前の竹林に入って大矛を振り回し、大声で叫んだ。「トラだ。早く来て見て下さい!」 孔明は何も聞こえなかったように知らんぷり。張飛は今度は「早く来てください。空に龍が飛んでますぜ」と呼びかけると、家の中から「今は冬で、雪が降っている。龍は旧暦正月二日に頭をもたげるものだ」という孔明の答え。張飛は仕方なく、門前に立ち、悲しそうに言った。「諸葛先生、私のような粗忽者にどうしてあなたを負かすことが出来ましょう。私はこうして外で寒くてぶるぶる震えています。どうでしょう。代わりに私が家に入り、もし先生が私を騙して家から連れ出せたら、先生の勝ちということにしては」孔明は「お主は部人じゃ。それでは私が一計を講じて、お主を家から出してしんぜよう」とニコニコしながら家の門を出た。張飛は孔明が一歩門を出るやぺこりとお辞儀をして、すかさず「先生、さあ馬にお乗りください」と進み出た。孔明はハタと立ち止まり、張飛の計に引っかかったことを知った。こういうわけで四人は大笑いしながら、馬で出発したということである。

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張飛と孔明の知恵比べ

 劉備、関羽、張飛は孔明を三度訪ねた。孔明は三度目にとうとう言った。「それではこうしよう。私となぞなぞをして答えられたら、山を降りることにしよう」。劉備と関羽がやってみようと前に出ようとしたところ、張飛が横から割り込んできて言った。「先生、どうぞ、私がお相手いたしましょう」

 孔明がまず天を指すと、張飛は地を指した。孔明が片方の手を出すと、張飛は両手を出す。孔明が三本の指で小さな円を描くと、張飛は九本の指で大きな円を描いた。そこで孔明が胸元で掌いっぱいの大きな円を描くと、張飛はうなずいて袖の中を指した。なぞ解きが終わって、孔明が言った。「当たりだ。その通り。さっそく山を降りよう」

 劉備は一体どういうなぞだったのか、孔明に尋ねた。孔明は「私が天文というと、張飛は地理と答えた。私が天下統一と説くと、張飛は三国鼎立だと言う。私が三回で元に戻ると言うと、張飛は九回でも元通りだと言った。私が胸中陰陽八卦ありと言うと、彼は日と月は袖の中に隠してあると言う、どうだね当たってるじゃないか」

 劉備と関羽は、張飛にいつの間にこのような深い教養があったのかとびっくり仰天、こっそり張飛にどうやって当てたのか聞いてみた。張飛はカラカラと笑いながら、「諸葛先生は今日は雪が降ると言うので、俺は道が滑ると言った。それから先生は月餅を三つ持ってきたと言うので、俺は九つくらいなきゃ足りないと言ってやった。先生が月餅は大きいので食べきれないと言ったので、俺は食べきれなかったら、袖にいれて持って帰ると言ったんだ。こんな問題の何処が難しいんだい」

 劉備と関羽はこれを聞いて大笑いした。

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張飛、追い風を起こす

 張飛の頭は、死後雲陽に無事埋葬され、その地には桓帝廟が建てられた。張飛は土地の漁民に大変感謝し、そっと追い風を起こしては船を飛ぶように走らせてやった。

 ある年のこと、新任の宰相が故郷に錦を飾り、威風堂々と大きな船に乗って雲陽の近くを通りかかった。土地の役人が宰相を迎えたが、船が銅鑼の渡しにさしかかると、宰相にこう進言した。「お大臣さま。この先に張飛廟がございまして、ここを行き来する船はみなお参りして追い風が吹くよう祈願いたします。どうかお大臣さまにおかれましても・・・」宰相はこれを聞くや大層腹を立てていった。「わしはれっきとした一国の宰相じゃ。一介の武士なぞ拝めるか」。日が暮れてから船は三覇峡に月、錨を下ろして川岸に停泊した。その夜は強風が吹き荒れ、川は大きく波打った。夜が明けてみると、船は銅鑼の渡しに逆戻りしている。驚いた宰相は水夫をせかせて大急ぎで船を漕がせたが、三覇峡に辿り着いたときには日はどっぷり暮れていた。宰相は重い錨を下ろし、太い綱で船をつなぐよう命じたが、夜が明けてみると船はまた銅鑼の渡しに戻っている。その翌日も同じで、三日も続くとさすがの宰相も参ってしまった。すると宰相の同郷の者が進み出て言った。「その昔、私どもが科挙を受けに都へ上った時には、道中あなたさまは老いたるを敬い、幼きを助けて、旅路はそれこそ順風満帆でございました。ところが今では奢り高ぶり、人を人とも思わぬお振る舞い・・・」「わかった」宰相はこう言うと、衣服を整えて降り、張飛廟に詣でて、心から拝んだ。四日目、船出すると追い風が吹いてきて、二時間もしないうちに三覇峡に着くことが出来た。宰相はそこでこの地に助風閣を建てさせた。

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