
日日是コタツ
〜あるいはWEBビギナーの格闘記〜
- 某月某日
この間、月刊YAHOO!2月号に付録されていたCD-ROMの「体験版Paint Shop Pro Ver.6.0J」をインストールした。
GIFアニメ作製ができる「Animation Shop」ソフトが付属して、それはバナー作製に活躍。 が、ペイントショップは難しく(って、あんまヘルプを読まないからだが)、
体験版の期間がむなしく過ぎる…。 んで、簡単なソフトを探しにネットへ。 と、すぐにいいものが見つかった。
Hyper-Paint のペ−ジの『Hyper-Paint』だ。 HP上にいろいろなテクが載ってるんで、
それを見ながらやれば、これが楽チンなのだっ! で、これがフリーソフト。 「Paint Shop」の製品版は\14800。 どうして、こんな高機能なソフトがタダなんだろう。
昨日からいろいろやってみた画像をUP。 例のページだ。 水彩とか、写真加工とかいろいろあるんで使いこなしたいものだ。
だがこの二日で、完全に睡眠不足だ。 おやすみなさい。
- 某月某日
今日、気がつかなかったが、携帯にメールが入ってた。 「オレ、17の男だけどヒマだから友達にならへん?」だと。
ん〜。 こういう場合、まずは友達から始めたほうがよいのかな?(*^o^*) って、俺は男だ!
- 某月某日
昨日、『富士急ハイランドOFF〜FUJIYAMA絶叫ツアー』が決行された。 先着してたお初のダルクさん&彼女、TさんMさん、のんたん、
ドラゴン、後着したGTさんのメンバー。 オイラ、コースタター苦手、お化け屋敷苦手。 どないする?
結果、見事チキンでした。 でも、FUJIYAMAはパスしたけど(って他のコースター系は全部パス)、なんかぐるぐるするヤツやぐぁんぐぁん
するヤツは乗ったぞ! で、あそこは有名な『閉鎖病棟』があるんやねぇ。 『リング』の臨時館で小手調べして(詳細省く)、閉鎖病棟へ。
やこの日記でも言ってるけど、スプラッタは平気だがホラーはまるでダメ。 だからねぇ、ホント、「チキン」だった。
タネ明かしになるから内容は出さないが、カ・ナ・リ怖かった(T_T)。 ここでは小一時間いて楽しかったけどね。
バスの関係で短い間だったけど、面白かったのだ。(^^)
- 某月某日
富士通から新製品ご案内のメールあり(オイラのPCは富士通)。 HPを覗くと、値段は書いてないものの、15インチTFTで、
ICUじゃなくってCPUが500MHz、HDDが20GBだって。 すごいね〜。 オイラが買ったのはちょうど一年前。
300MHzの4.3GBでもてあましてたのに・・・。 途中HDDクラッシュを経験して純正を予備にまわして10GBのヤツを買ったけど、
いまだに1.2GBしか使ってないもんなぁ。 グラフィックとかやれば使うのかな? あ、あとデジカメね。 2000年はそちら方面にもチョイト手を
だしてみようか。 今のオイラのスペックのPCだと10万円は余裕で下回るだろう。 少し淋しい。
- 某月某日
んが〜。 ヘトヘト。 本日練習日。 7:30〜9:30なんだけど、練習場所が富士宮市なので、富士市・富士川町・蒲原町・由比町を経て帰宅するので、
結構危険スピードでとばしても1時間はかかるのだ。 本日も後半の後半はついていけなかった(T_T)。 もっと自主トレせねば。
いろいろ覚えたというか、この前記憶に残らなかったヤツをメモって(あ!(・o・)今日は休憩が無かった!)コタツの截拳道にUPしようと思ったが
もうこれを書いている時点で、前腕部がぷるぷるぷるぷるいって目蓋が100tの重さで落ちてくるので、今日はくじけて寝るのだ。 酒いらず。
- 某月某日
んが〜。 股が開かない。
よんどころない事情で、股をひらかなくてはならないオイラ。 風呂上がりには開脚をしてるが、これがなかなかひらかない。
こう見えても(って見えないけど)学生時代は開脚胸ペタ男だったのだが、いかんせんその後なにもしてないので見事に固くなった。
それでは、お気に入り『格闘技★闘論!掲示板』の「指導法掲示板」にあった、バレエをする人も推薦の簡単股割り法を紹介しよう。
年明けからやってるんだけどもね。
まず、壁に足を向けて仰向けで寝ころびます。 足を上げながらズリズリと壁に進んで、お尻を壁にピッタリくっつけます。
横から見ると丁度『L』字になってますね。 膝裏を壁からはなさないようにして股をゆっくり開きます。 たったこんだけ。 あとは足の自重でゆっくり股が開いてきます。
テレビを見ながら電話をかけるもよし。 音楽を聴きながら本を読むもよし。 30分ぐらいを毎日続けると段々開いてくるようになります。
靴下を履くと踵と壁の摩擦が減ってよりスムーズに。 長座からの開脚では意外に腰への負担が大きいらしく、この方法では体躯を地面に置いてあるので安全だそうだ。
もし、急に股割りをしなくてはならなくなったときには、どうぞお試しあれ。(^^)
- 某月某日
保育園の時か。 祖母の骨を拾った以来になるな。 今日、骨を拾うことができた。 あんなに大きかったのにこんなにちっちゃくなっちゃって、というのは本当だ。
そして、また日常が始まる。 一人、欠けてね。
- 某月某日
瞬間接着剤アロンアルファが指につき、人差し指と親指がくっついて離れなくなった。 たまにくっつくこのハッとした瞬間。 やめられないなぁ♪ じゃなくって!
まぁしかたがないので、ぬるま湯でチビチビと剥がす。 しっかしこのアロンアルファ、小学生頃から発売されてると思うが、その接着能力は依然として衰えるところはない。
その頃同時に出た、セメダイン3000ゴールドはどこへいったのだろう。 などと思索してるウチに指がはなれる。 この接着効果を利用し、今初場所が開いている大相撲では、
冬に角質化してバリバリと割れる踵を、アロンアルファで止めてるという。 かなり沁みるだろうに、便利なんじゃろね。
- 某月某日
ごく親しい人が亡くなった。 30台半ばで、大腸癌であった。
アニキのように付き合ってくれた。 昨年秋から入院して、残り三ヶ月の命をさらに二ヶ月ほど懸命に努力して延ばしたが、とうとう力尽きた。
抗癌剤の作用でみるみる痩せていったが、最後の方までオイラの体調を案じてくれていたそうだ。
はぁ。 まいったね。
人はいずれ死ぬ。 な〜んて、オイラは良く口に出すが、やっぱ、早すぎるぜ。
今晩、出てくるのなら、お礼を言おう。 ありがとうを言おう。 ご苦労様を言おう。 おやすみなさいを言おう。
オイラ、なんとか、やっていきますぜ。
- 某月某日
ドラゴン(梅吉君常連でこの道に誘ってくれた学生時代の拳法部の悪友)のレスによく登場する後輩のIが、オイラの掲示板
『志望遊戯』に書込みをしてくれた。 ヤツは実在することが証明されたってぇ訳だ(笑)。
ヤツのことはおいおい暴露話をするとして、いま彼の練習している空手グループの先生が、これまた大学時代の拳法部の1コ上の先輩、W山さんなのだ。
少林寺拳法というのは、中国の少林拳のように派手でなく「護身の技術」であるため、双方の攻防である乱捕り=組手は行われない。
が、実際はやってたし、オイラの鼻が少し曲がってるのもドラゴンとツインウェポンを組んでいたY中に折られたからである。 で、W山先輩。
彼は、当時から少林寺らしくない乱捕り(フルコンサバキ系?)をしていた。 よく(正式な)練習後に、いろいろ技の実験台になったり、ライトコンタクト(当て止め)で
技を教わったりしたもんだ。 腹筋ができないのに、ハイキックはしなやかに顔にせまってくる、そんな柳のようなスタイルの先輩。
今朝、彼の空手『円友会』のHPの掲示板に「コタツ」のHNで書込みをしてきた。 円友会は、これまた個性派揃いのようで、とても楽しそうなのだ。
静岡支部もあるようなので、このHPをオイラは「お気に入り」に入れた。
- 某月某日
で、今日は似顔絵をアップ。 ペイントでチョコチョコっと作ったモノ。 だぁ〜。 今日はチカリタ。 よくワカランが。
- 某月某日
っつ〜ことで、本日は、久々に買った黒い本『マスコミかジャーナリズムか(本多勝一:朝日新聞社)』を読む。 終わらない。
たまに骨のあるヤツが無性に読みたくなるのだ。 明日までにも終わらんな、このペースでは。
- 某月某日
ほいほい。 今日は、懐かしのCOOL(!)のツリー型掲示板、そして、未完成プロフィールをUPさせました!
COOLは落ちやすいが、保険的イミでね。 結構気に入ってたからね、このツリー型掲示板は。 シンプルだし。
昔の掲示板書込みを見たかったら、覗いてみよう!って、見るやつぁいねえか。 これで、一安心ってとこだな。
プロフィールは、とりあえずテキトーにね。 こんなもんだ、って程度。 もっと、気のきいた文句が浮かべば、随時更新予定。 ひゃぁ。 ちかりた。 これで、HPの体裁は整ったのである。
- 某月某日
現在の掲示板が重いとの報告があって、いつも自分が開く早朝時間帯でなく深夜テレホ帯23:00に開いてみたら、これが重いこと。 オプションについていたGeoCitiesの掲示板を「深夜版」としてUPした。
最適な掲示板はまた、これから探そう。
それから、月刊YAHOO!2月号に付録されていたCD-ROMの「体験版Paint Shop Pro Ver.6.0J」をインストール。 懸案事項のバナーを製作してみる。
これには「Animation Shop」というGIFアニメ作製ができるソフトが付属。 合わせて使用したのでTOPページの一番上の対極図と共にご覧あれ。 Paint Shopはつかいこなせん…。 簡単なヤツはないか。 教えてくり。<
- 某月某日
で、ど〜よ。 Y2K問題は。 気にしなかったら何もなかったからね。 ミサイルが日本本土に落ちれば、帰らなくてもいいじゃんっ! なんて話していたオイラ達はバチアタリだろうか? たぶんな(笑)。
ドコモはなんかあったらしいけど、そもそもJ-PHONEはアンテナが立たんかったからね。 でも、情報が何もないもんも、結構いいよ。
テントにシュラフがあるし、いざとなれば、この地で生きて行こう!と思えるし。 西表島だからだろうが。
- 西表島遠征記
28日。晴れのち曇り。 那覇空港から石垣島へ向かう飛行機では晴れだったものの、黒島に向かうフェリーは数mの波で大揺れ。 小雨交じりの強風が、八重山冬季の気象を思い出させる。
黒島は牛2000頭、ヒト200人のなんにも無い島。 港から歩く我ら三人を、牛飼いのオッサンが軽トラで拾って海岸まで送ってくれる。 大学生ぢゃないよ、ウチら。 純朴。 許可をとって海岸にテントを張る。
陽は1時間早く沈む。 オリオンビールの買出し途中に、リュウキュウアサギマダラ(蝶)、80cmぐらいの蝙蝠、ヤエヤマホタルなどを見つける。 先島野菜のトムヤムクンを作りながら、潮溜まりで
クモヒトデやヤエヤマホルトデルガニ(穴を掘ったら出たので命名)などと遊び、強風・アリ・ダンゴムシの中、就寝。
29日。小雨。 午前は海の生物の時間。 ウミウシ発見大作戦は地形の問題があり達成できず。 ハゼ、タカラガイ(触ると白の貝殻を表わす)、イソギンチャク、ナマコ等々をつついて遊ぶ。
昼食は数少ない食い処で、八重山そばにピパーシ(ピーヤシ、ピパースなど:その辺にある、ここ独特の香辛料)をぶっかけて喰う。 昼からビール。 ウーロン茶より安い。 なんやそれ。 午後は島探検。
っても島周囲12.6kmの小さい島。 のどか。 ハマヒルガオ、フトボソナガホ、グンバイ、ノアサガオなどの浜の植物をみる。 ハマダイコンなども口に入れる。 茹で過ぎた素麺でソーミンチャンプルーを食し、
馬鹿話に泡盛『八重泉』が加わり、アリに噛まれながら就寝。
30日。曇天強風。 出発の為7:00起床。 紅茶が美味い。 朝からホタル。 安栄観光の軽トラが遅れて迎えに来る。「赤信号につかまって渋滞で(笑)。」 おいおい。 信号ないし。 車もいないヨ(笑)。
石垣島まで一旦戻り、八重山の中心ながら最高標高21m、周囲9.1kmの小さな島、竹富島へ。 沖縄本島に次ぐデカさの西表島を竹富町とする中世権力の中心だった竹富町は、
司馬翁『街道を行く6〜沖縄・先島への道』に詳しい通り、その文化を色濃く残す町である。 港から1km弱で着く町で、ばあちゃんと話す。 井戸の時代の農業や生活の苦労を一頻り話してくれたその顔は、
笑顔でいっぱいだ。 歳を尋ねると87歳という。 別れの踊りを踊ってもらって、道すがらオリオンビールを買い、コンドイ浜へ。 曇り空だがおおいに気分を良くする我ら。 浜から港へ戻る道は舗装されているものの、
横は密林。 ギンネムが生い茂り、赤・黄・橙・ピンクのブーゲンビリアやハイビスカスが咲き乱れる。 町にも生えていたパッションフルーツの実が落ちていて、7cmほどの緑小球を割れば、空洞の中底に、種を包むねっとりとした
オレンジ色の果肉。 種ごと食せば、酸っぱく甘く、初めての味で美味。 遅い昼食を『竹の子』で八重山そば。ここは麺が平たい。 ゆっくり港に戻るころは豪雨。 石垣島に戻り、いざ西表島のフェリーへ。
凄いうねりで、フェリー内は阿鼻叫喚(笑)。 半死人が大勢続出(笑)。 船浦港の近く『民宿マドリア』の管理する『ミトレア果樹園キャンプ場』で天幕を張る。 一泊750円と割高だが、芝生で施設が充実しすぎ。
温水シャワー&水洗トイレ、炭に七輪もタダである。 王様のような生活。 ハンモックもあるし。 ちなみに民宿は1泊2食で4000円で、ダイバーが御用達である。
晩飯は町の食い処で。 おおいに酒が入り、三人したたかに酔う。 街灯の無い帰り道、雲が切れ、敷き詰めたような星空に流れ星。 大晦日は晴天のようだ。 深夜就寝。
31日。快晴微風。 早朝起床。 レンタサイクルで島西部を探索する計画を立てる。 安いのを訊けば1日200円。 それで、いざ西へ。
西表というのは、東(アガリ)・西(イリ)という太陽の動きを表わしたここの言葉から端を発するが、多くの困難が人を苦労させ、発展は竹富島にまかせて東洋のガラパゴスとなった。
が、今や観光地やダイビングスポットとして確実に開発されている。 商店商店したところがスーパーになってるし、道はきれいになってるし。 が、その是非は、生活してない我らには問えないことだ。
星砂海岸に出る。 もちろん、砂は星。 ヒトデの石灰化したものだ。 以前来た時よりも整備され、観光バスが数台止まる。 ペンションでなく食堂で、ゴーヤチャンプルーを食い、昼寝。 ツアーの「○○時集合で〜す!」の声が風に掻き消される。
午後は馬鹿話で足の筋肉痛を忘れさせながら西へ。 浦内川のマングローブを眺め、黒牛の背中の二羽のシロサギを眺め、向かい風の中自転車。 夕方、日暮れ前にキャンプ場に戻り、夕食準備。 七輪を有効利用。
地元のニンジン(細く黄色くホクホク)、ゴーヤ(ニガウリ)、ナーベラ(ヘチマ)、ポーク、タマネギのシチュー。 で、作ってる途中で事件発生! 隊長Aとオイラのテント内にヘビがっ! 思わず嬉々としてシャッターを切る。
数名の野次馬キャンパーも加わり、捕獲作戦! っても、副隊長Kが火箸で掴んで投げただけだが。 50cm程のヘビの賑わいも彩りに添え、晩飯は、1週間前から先乗りし波照間島(日本最南端)・与那国島(日本最西端)を廻った隊長の土産の泡盛『どなん』も卓にのぼり、
満点の星空のもと、宴は盛大に行われた。 星好きの副隊長は寝袋にハンモックで寝る、と空を仰ぎ、残り二名は酒宴に移る。 零時近くの我らの2000年問題は、「明日も晴れるかなぁ」といったところ。 先に眠りに落ちた副隊長を起こし、
キチンと日本蕎麦で年越しをして、深夜就寝。 オリオン星雲、昴、天の河が、幻想的美しさであった。
元旦。晴れ時々曇り。 初日の出は拝めなかった。 レンタカー屋でマニュアル旧式カニ臭い車を4000円で借り、東から南端まで探索。 有名なヒナイサーラの滝河口の干潮帯が引き潮で、2時間ほど遊ぶ。
マングローブとは、ヤエヤマヒルギ・オヒルギ・メヒルギの3種の総称。 その周辺に棲むハゼ類、ヤドカリ、巻貝、ガザミ、コメツキガニを観察。 昼食を『たかな』でゴーヤチャンプルー。 ご飯は赤い古代米であった。
水牛車で写真に登場する由布島(ゆぶじま:歩いて島まで渡れる)では、おじさんの三線(サンシン)の唄を後ろに、シオマネキと遊ぶ。 遊んでばかり。 根が板の様に発達したサキシマスオウという木を見て、波照間島の見える島の南端にある南風見田(はいみだ)海岸に到着。
今回、事前計画にはあったが宿泊めどが立たない波照間島を眺めながら、しばし、ぼ〜っとする。 薄雲から小雨が振りだし、キャンプ場へ戻る。
最後の晩は、ゴーヤ・島豆腐・ポーク缶のみの、正統ゴーヤチャンプルーを作る。 オリオンビール2缶がアッという間に空く。 紅イモをホイルで巻き焼きイモ。美味。 正月ということで、正しく焼き餅なども。
明日立つ西表島に名残惜しく、深夜まで杯を交わす。 風が心地よい。 Tシャツ生活もおさらばだ。 したたかに酔うのである。
2日。快晴強風。 7:00起床。 船浦港の便は欠航で、島南部の大原港から12:00に出る。 なんやかんやと島に残る方法を駄弁りながら、のらりくらりと撤収作業。 今日は一段と暑く、一動作ごとに汗が噴出す。
深夜の帰宅まで、この旅を振りかえり、時間は意識は光速で飛んで行くのであった。
次回は、波照間島、与那国島を巡りたいのだ。 実現させるのだ。
- 某月某日
さ、日常から脱却っ! ても、生きてさえいれば、それは日常。 あの、「ハレ」と「ケ」ってのも、
伝統的慣習や儀式化された生活様式なんてとっくに崩壊してんだから、オイラのようなハラホロヒレハレ人間にとっちゃ、たいした意味は無い。
って言うとカッコイイのかもしれんけど、気のおけない仲間と馬鹿話を、空と緑の中で撒き散らすのは、なんかイミがあるんだろう。
よって、1999.12.28〜2000.1.2は、先島(石垣島・黒島・竹富島・西表島)で、「確実」に呆けることにします。
本年はHP開設にあたり、梅吉君常連の諸先輩方の助けもありここまで発展することが出来ました。 誠に感謝の念なのねんねんねん。
来年もどうか、この『☆小龍のページである。☆』を、どうぞ、どうぞご贔屓に。 皆様方におかれましては、2000年も健康で幸せな年でありますように。
- 某月某日
本日の天皇杯準決勝グランパスVSレイソル戦を、天皇皇后両陛下が初めて観戦した。 面白い試合で、後半ラストにどどんっと試合が決まった。
グランパスサポーター始め歓喜のスタジアムであった。 NHKであったためか、陛下の帰るのをカメラが追っていた。 万歳の声も聞こえた。 誰だ?
本日は遠征準備と大掃除ならぬ、片付けで終わった。 書類整理ね。 保険業界の本年の改革は新商品や約款改定の嵐であったので、
次々と書式の変更や資格試験の冊子の山が、見ないフリをしてたら、とぉ〜んでもないくらい溜まってしまったのだ。 50kgぐらいあったかしらん。
ぬ゛〜、腰イテェ〜。
さて、ザックには入れずとも、大方の荷物は揃った。 あとは、明日の歯医者でイヂくられコネクリ回されないコトをイノるダケだ。 なんか、片仮名ダネ。
- 某月某日
旅には、A5で切離せばルーズリーフにもなるコクヨの「FILLER」を持っていく。 これは、明らかに妹尾河童さんの影響だ。
確かに旅のアレやコレやを、絵入りの所感雑感で埋めるのは楽しい。
またこのノートには、旅の準備から途中経過のすべて書いて行き、終了したら帰宅後に総括、反省を書く。
日記として1日の終わりではなく道中に感ずる事があれば、すぐに書く。 旅の読書は、そこに関する新書1冊程度。
すると次回の旅がより洗練されるという効果もある。
行く場所の地図や情報などもコピーして貼っていくので重量をとらず、封筒もノート裏表紙に貼ってあるので数々の紙の記念やメモを入れられる。
これらは、『超整理法』で有名は野口悠紀雄先生の「ポケット一つの原則」に基づくモノだ。
また帰ってからの写真も余ったページにキャプションと共に貼るし、水彩色鉛筆と筆1本あれば旅の楽しみである絵も描ける。
すると遠征1回のストーリーが、このノート1冊にまとまるという訳だ。
体力が無いので、60リットルのザックいっぱいの20kgの重量で歩き回ることは出来ない。 よって、いかに紙重量を減らすか、
という問題から編み出された苦肉の策であるが、自分でもこのスタイルが気に入ってるので、興味があればやってみるよろし。
- 某月某日
掲示板探しも終わり、HPの引越しも終了。 引越し通知と、JUMP画面を用意してHP関係はナントカ年内に終わることができた。
今年も残すところ1週間。 ヤり残したというか、今年後半は何もできなかった。 これはこちらの体調に依るモノ。
多くの人に御迷惑をかけたが、来年以降、ゆっくりと御返ししていこうと思う。
今年の1月末にパソコンを買って生活に変化が訪れた。 今では自分のHPを持つまでになったが、いい時期に電脳化できたのではないか、と思うのだ。
電脳系の友人も増えたし。 時代に迎合する気で寄り添った訳では無いんで、そこのトコも良かった。
多くの事があったような、無かったような。 今年は、『総括』が出来ない年であった。 答えもでそうにない。
年末年始の各種儀礼的催しを一切廃し、多くの欠礼を残し、いろんなモノを置いて、旅立つは遥か西表島。
青い空と白い雲が待っているハズだ。 きっと。
- 某月某日
移転計画は着々と進行中。 あとは掲示板じゃ。 今のアジトの掲示板は最大200件でログが自動消去されるというもの。 掲示板の在り処を探すのだ。
これがデカ魂ってヤツか。 コタツの刑事版か。 …うっ。 バタッ。
- 某月某日
最近のCOOLサーバーのCOOLな落ち具合にご立腹なオイラ♪ よって、COOL脱出宣言をしちゃうもんネ♪ ナメんなよっ♪
- 某月某日
コンタクト編はや〜めたっ! せっかく新コーナーの『コタツの截拳道』を気合入れて書いてUPしようと思ったらCOOLのサーバーがダウン。
ったく、やってらんねェよっ! いい加減に、グレるぜ! 雪駄はいちゃうよ。 定期、解約しちゃうよ。ホント。 明日、寝坊しようかな。
ヱビスビール飲もうかな。
- 某月某日
今日、誰か独り言でつぶやいていたが、オイラ、かなり気合の入った近眼である。 0.01かそれ以下。
勿論、視力検査の一番上の丸は近づかないと見えん。 この上にある表題『日々是コタツ』でさえ、眼鏡をはずせばタダの赤い塊だ。 困ったものである。
しかし近眼が始まったのは高校時代から。 それまでの視力は、2.0の記号を規定の線の後ろ数メートルから見えたのだから、きっと3.5ぐらいあったろう。
それが、高校1年に黒板の文字が見えないなぁと思って友人の眼鏡を借りたら、これが良く見えるのだ。 ショックだった。
早速、初体験の眼鏡を作った。 その時の視力は0.7。 立派な近眼であったが、メガネくんもチョイトいいね、などと思っていたから立ち直りも早かった。
高一の秋、スキンヘッドにした時は、ジョン・レノンの丸い眼鏡にした。 勿論、ガンジーを意識して。 当時は、洒落っ気などというモノもあったのだ。
テレホンメガネが1本で2本分!なんてやってたので、高2の時は当時流行のロイド型を黒・茶と揃えた。 あ、髪はすぐ伸ばしたヨ。 と、眼鏡だけ増えていった訳ではなく、近眼が進行したのだ。
段々、気合が入ってきたのだ。 途中、眼鏡を斜にすると良く見えることや、裸眼でも指で小さな環っかを作って覗くとより良く見えるテクも知った。
大学時代からは少林寺拳法を始めたので、安全対策としてソフトコンタクトになったが、眼鏡は社会人1年目にフチ無し1本、4年目で転職時にワイヤーフレームを1本。
あ、度の合わない昔のフレームを度付きのグラサンに変えて、今も愛用してるのがある。
踏んだ事もある。 ポケットに入れて作業中に重い物を抱えフレーム毎粉砕したこともある。 あ、原付でコケたときもあった。 イロイロトスマナカッタネ。 …合掌。
で、現在、度の合わない物も合わせて4本生き残っている。 コンタクトがソフトで連続装用できないだけに、地震がきたら、まず、眼鏡。 旅行の時にも予備をもう一本。
不便は不便だが、社会人になって盲の方について考えた事も幾度かあったので、メガネ君はネガネ君らしくこのくらいの不便には付き合っていくつもりだ。
チョイとした気分転換にもなるしね。
今は、最近作った使い捨てコンタクトが一番フィットしている。 しかしそれまでの道程は…。 『オイラの近眼人生〜黄昏慕情コンタクト編』は、いつか、また。
あ、明日書こうかなァ。
- 某月某日
またカゼ気味か。 って、鼻水が6トンぐらい出ているのだが、カゼの菌(ってものがあるかわからんが)が入ったのは1週間ぐらい前か。
いつだろう。カゼの菌は乾燥を好むっつうが、そういや、オイラの部屋は乾燥しとるなぁ。 濡れタオルをブンブン振りまわすだけでも効果あるらしい。
で、今日は風呂上りの股割りの後、ヌンチャクよろしく、濡れタオルをブンブンブンと振りまわした。
風呂上りの運動で血流がぐぉんぐぉん良くなったせいか、鼻水が12トンぐらい出た。 そろそろ鼻水タンクが空になる頃だろう。
- 某月某日
本日、『日本JUNFANクラブ』の入会手続きをしてきた。 手続き方法はTOPページの公式サイトから飛んでくれ。 75ドルの国際送金為替金を、L.A.のIUMA日本振藩國術館本部に生まれて初めてのエアーメールで入門願書と共に送付したのだ。
ついでに、截拳道(JKD)の公認ショップの通販注文した、JKDのTシャツとトレーニングパンツの振込みもしてきた。
着々と、マジに「あちょーっ!」の世界へと近づいているのだ。
それともう一つ。
B・リーサイトは巡回コースなのだが、他の格闘技総合サイトでいいところを見つけた。
多くの格闘技サイトは、他団体や他選手の誹謗・中傷が絶えず、ほとんど犬のケンカで掲示板の体をなしてないモノが多い。
しかし、先日見つけた、『格闘技★闘論会』は、
いわば、格闘技サイトの梅吉君とでも言おうか。 管理人さんの度量と、あらゆる格闘技経験者、未経験者の参加するスタンスがとても
心地良いのだ。 掲示板も充実。 チャット・闘論掲示板・一行レス・指導法掲示板・自主トレ団(道場等に行けない人などの練習日記&応援・アドバイスレス)等々・・・。
初めて梅吉君を覗いた時のように、過去ログからHNと格闘技歴・種目などを、鉛筆なめなめレポートを取りながら興味深く読んでいる。
が、内容が濃いんで、今日だけで、200件のコメント(闘論掲示板の過去ログ25ページの2ページ分)しか読めなかった。
ここまで、HP運がいいのも珍しいんじゃないか? 昨日入れた、オイラの挨拶のコメントに、すでにレスが入っていた。
常連のフルコン空手系の人のようだ。 格闘技を取り巻く流れは、とかく、誰が最強か? どの格闘技が最強か?に終始し、不毛なバトルが
エンドレスで続くものだが、ここは、突きひとつをとっても、それぞれの格闘技の立場から紳士的にレスを返してくれる。
幾つか廻ったサイトがあまりに低級だったため(好きでケンカしてるんだから当事者にゃ燃えるんだろうけど、オイラは見ていて飽きる。)、
梅吉君と同様、ここにハマる予定。 って、既にハマってるんだけどね。 このOFF会って、どんなんだろう(笑)?
- 某月某日
スミマセン。 ↓乱れてしまいました(^^ゞ 立ち直りましたんで、ダイジョブです。
- 12月11日(土)
…それでも、それでも清水エスパルスは勝てないのか
20年も昔の話になるのかなぁ。 浄見主将、望月がいて、堀池、健太、大榎、善亀がいた清水東高が俺たち清水の少年の憧れだった。
休み時間、昼休み、放課後、ボールを蹴っていた。 病弱で、体育を殆ど休んでいた俺ですら。
土曜日の朝6:00からは、TV番組のゴールデン・サッカー(関東の「三菱ダイヤモンドサッカー」)で、ブンデスリーガを見ていた。
日本リーグでは、ヤマハとホンダが県民代表だった。
兄貴はタメの武田に国立競技場に連れて行ってもらった。 俺達のタメは古賀(現ジュビロ)、大滝に夢を託したが、三年間、眼の前で沢登に潰された。
少年サッカー清水FC 時代、中学生レベルと言われたテルは、家庭の事情で清水東では無く、東海第一に行った。 故郷を離れても、斉藤のオーバーヘッドでの全国出場に歓喜した。
清水東、清水商業、東海第一、どこが全国に行っても誇りだった。
なにせ、メキシコ五輪のスター杉山隆一は小中学の大先輩の地だ。 健太は膝がボロボロでも、日産(現Fマリノス)からエスパルスに入団した。
Jリーグ開幕前のナビスコカップに日本平スタジアムに行った。 カズは清水に来なかった。 それからいろいろあった。
エスパルス自体がなくなりそうになった。 署名に奔走した。 大榎も靭帯を断裂した。 清水確定の小野はレッズに行った。 興津は一年ベンチだった。
なにを言ってるかわからないだろう。 悔しいさ。 悔しいさ。 歯噛みもするさ。
でも、桑原ジュビロ監督も確執で辞めるのさ。 清水にホされた安藤の悔しさもわかるさ。
文丈の苦労も知ってるさ。 ゴンだって、もうボロボロさ。 み〜んな、俺達の前で、必死だった。
俺達の記憶に時系列は無く、印象があるだけなのだ。 何を言ってるか、訳がわからないだろう。
だから、だから俺達静岡県人にしかわからないモノがあるのさ。 俺達が言葉にできないモノがあるのさ。
だから、ゲーム内容に対しては厳しいし、しかし、愛はあるんだ。 そして、このチャンピオンシップ。 だから両チームに感動するのだ。
結果はジュビロ磐田が勝ち、清水エスパルスが負けた。 この事実は変わらない。 プロだからな。
また、天皇杯決勝でぶつかる。 高校選抜全国大会もある。 ヘッポコサポーターな俺だ。 しかし俺は、これからも静岡県のサッカーを
応援する。 なせなら、静岡県清水市で産まれ育ったからだ。
- 某月某日
『IUMA日本振藩國術館』の公式サイトは、巡回コースに無い、タマに行くあるB・リーFANサイトに告知があって発見が遅れたのだ。
で、さらにいろいろリンクしていって、IUMA日本振藩國術館公認ショップのHPの画像を拝借し加工を施し、TOPページを少し変え、
併せてバナーも作っった。 付属アプリのメモ帳とペイントとMicrosoft Photo Editorのみでやっとるんじゃよ。
っつうか、IEに付いてるFrontPage Express(HP作成エディタ)をも使いこなせないのじゃ。 ようやっとるでしょ。 誉めてくれ。
今度リンクに追加するBUN店長の秘蔵っ子MITUGUさんのHPは1日で1000HITじゃ。 こちとら出し物が少ないんで、マイペースなのだ。
- 某月某日
更新しないといいながら…。 やっちまった…。
テレホタイムの朝巡回がほぼ休止状態になったので、1秒6円のKDDで、セコくセコく、トップページを更新したのだ。 バナーも作ってしまった。 貧乏はツライのう。
ネット用電話料金定額制に、せぇヨ、コラ。 誰か。
- 某月某日
更新はしないが、李小龍先生の作った截拳道の正統伝承者、ダン・イノサント先生直轄の『IUMA日本振藩國術館』の公式サイト
からリンクの許可を戴いたので、TOPページにバナーを貼らせてもらいました。 どうか、一度訪問し、映画スター「ブルース・リー」と
一味違う(映画人としての位置は確固たるモノがあるんで割愛)、武道家・哲学家としての側面にも触れて見て下さい。
「截拳道」が、格闘技の一流一派の範疇にないことが良くお判りになると思う。
- 某月某日
年末の西表島周辺徘徊紀行に想いを馳せて、一昨年に敢行した西表島での正しい日本人の大晦日と元日をひらひらと懐かしむ。
それまでキャンプ場で天幕生活を送っていた我々だが、晩飯→年越し蕎麦→雑煮→初日の出→撤収という難題をクリアする地として、
島南部の南風見田(はえみだ)の浜を最終基地に決定し、日暮れ近くに到着した。 薄明かりの中に、ヤエヤマホタルが我々を誘うかのごとく、
砂浜へと飛んで行く。 海水浴客用の水飲み場近くにテントを張り、遠征では必ず一度はやらねばならぬチゲ鍋をつつき、
泡盛とオリオンビールですばやく酔っ払った後は、夜空に敷き詰めたような星空を見上げる男達の真剣かつ馬鹿馬鹿しい話と静寂が繰り返される。
目蓋が重くなりつつあるところで、翌朝の雑煮の下準備を整え、最後にキムチ味の残る年越し蕎麦で1年を総括する。 フェリー時刻が朝8:00頃なので、
夜が明ける前に雑煮を食し、撤収準備を終えて初日の出を待つ。 しかし、冬の沖縄の天気はすぐれない傾向があり、元日は曇天模様。
事前に調査した初日の出よコンニチワ時刻に近づこうとも、空は明るくなりつつあるが雲は切れない。 もうあと30分で出発だぁ、
などと溜息を吐き顔を上げると、微かに割れた雲の隙間から、紛れも無い元日の太陽の光が熔けた鉄のように零れだし、我々は素直な気持ちで、
お天道様に万歳三唱を唱えると、ヨシヨシ気が済んだかとお日様は雲に隠れて雨雲が立ち込め、フェリー乗り場に着いた時には土砂降りの
豪雨になっていたという奇跡的かつ波瀾万丈で多少強引なところもあるが日本人らしい年末年始を送ったのは、我々の日々の心掛けの善さと、
西表島に棲む森の妖精「きじむなー」のおかげであると、いまさらながら思うのである。
- 某月某日
今日は帰宅後、本棚から押入れのダンボールへと追い遣られた、中高校時代の教科書などを掻き出した。
そのワケは、リンクにもあるhidemi嬢の
ひでちゃんワールドに、英語の掲示板が出来たからなのだ。
いやあ、英語って使ってないと忘れること忘れること。 マジ、とほほ状態。
オイラは与太大学生だったので(知ってるよナ)、当然、論文を英語で書くこともなし。 引用文献も特異な分野だったんで日本語の論文が大半だった。
モチ、社会人になっても使わない。 よーするに、英語は高校時代で終わっていたのだ。 で、封印された昔の教科書やら、本やらを探したのだ。
おぉ、ダンボールは見事にタイムカプセルとなっていたゾ。 テニスバカだったので、受験勉強は3年生の時のみ。 でも、ノートや教科書を
パラパラやって、マーカーや書込みを眺めるウチにあの頃の想い出が蘇ってきた。 ちょいと、おセンチに。
あの頃の勉強って、「こりゃ試験の為の勉強だ。割り切ってやるかっ!」てな感じだったなぁ。 社会にでればこんな勉強は使うことナイと思ってた。
が、食品会社に入れば、米を炊くのにドルトンの分圧の法則が出て来るは、おでんの煮汁に脂肪酸の化合の式は出て来るは、
販売管理になりゃ商品売上をパレート分析するは・・・。 社会は甘くなかったネ。
しかし、昔勉強したのはあくまでも「ツール」。 本当の勉強は、今、やっていることなのだ。 資格試験勉強も、ツールを得る為のこと。
如何にして、それを使うか、だ。
しかし、あの頃は、ほんとヨクヤッタネ。
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