楽譜の歴史


楽譜とは、音楽を書き記し記録するための媒体です。それは音楽そのものでは決してなく、あくまでも音楽が営まれるための手段に過ぎませんが、それは作曲の方向を規定し、演奏のあり方を決定するものです。


古代と中世の楽譜

楽譜は、紀元前2世紀頃より書き記されていました。当時の楽譜は現代の楽譜とはまったくと言ってよいほど異なっていますが、古代ギリシャの楽譜はその体系化された音楽理論と結びついて、すでにひとつの完成された世界を創りあげていたと言えます。それは音高を文字や記号などで表記する方法をとっていました。

中世ヨーロッパの楽譜では、旋律の上行、下行の動きをネウマと呼ばれる線状の記号で表記するのが一般的でした。

中世キリスト教会の典礼音楽であったグレゴリオ聖歌は、9世紀以降それぞれの地域で固有の形のネウマによって記譜されました。それは旋律の動きに重点をおいていたものでしたが、10世紀から11世紀ごろにかけて、ネウマに横線(譜線)を添えて音程関係を明確にする試みがおこなわれました。さらに、13世紀以降は、四角形のネウマが一般化し、ドイツを除く全ヨーロッパで使用されました。また、今日でもローマ・カトリック教会はグレゴリオ聖歌の表記に四本線つき四角ネウマを用いることを建て前としていいます。

中世のもろもろの世俗歌曲も、ネウマによって記譜されているものが普通ででした。しかしネウマは、譜線が添えられている限り音高は明確ですが、リズム表示が曖昧といった欠点がありました。そのため、グレゴリオ聖歌や中世世俗歌曲がどのようなリズムで演奏されていたのかは学者の間でも議論が絶えないと言われています。


定量譜

13世紀以来、ヨーロッパの音楽家は優れたリズムの表記法を求めていきました。モドス・リズム法は全体のリズム・パターンを示すだけで、ひとつひとつの音の長さを正確に表記することはできませんでした。そのため13世紀後半になると、全ての音の長短をひとつの音符の形状で区別して表記するようになりました。これが定量譜のはじまりです。

定量法は分割法を用いました。初めは3分割法が使用されることになります。つまり、長音は短音3つに分割できることが建て前とされていたのです。14世紀初期には、3分割法と2分割法が両立する黒符定量法が体系化されることになりました。

この譜法は14世紀から15世紀中頃までフランスを中心に全ヨーロッパで使用されました。特に14世紀末から15世紀前半には、赤ぬりの音符や各種の記号を複雑多様に使用した技巧的な譜法が用いられていたが、15世紀にはいると前述の定量譜法に同化されてしまいます。楽譜の譜線の数は単旋律の曲は4本、多声曲はその音域から5本、鍵盤曲は6本が一般的でした。

15世紀中頃から黒ぬりの音符に代わって白ヌキの音符を多用した楽譜が登場してきました。白符定量譜法への移行です。この移行は定量法のより正確かつ合理的な体系化と結びついていました。

また、この時期になると高価な羊皮紙に代わって紙が一般的になり、また、印刷技術の向上とあいまって、楽譜が比較的安価で入手できるようになりました。日本もヨーロッパの楽譜印刷技術を取り入れていきました。


奏法譜(タブラチュア)

13世紀中頃から16世紀末にかけて行われていた定量記譜法は、原則として音声作品のための譜法でした。それと平行して15世紀から17世紀にかけて楽器のための特殊な記譜法が使用されていきました。それが奏法譜(タブラチュア)と呼ばれるもので、楽器の演奏を具体的に表示する譜法です。そのため、楽器ごとの奏法譜を持つことになりますが、なかでも重要なものが鍵盤楽器とリュートのための譜法でした。

鍵盤奏法譜は、鍵盤中の押すべきキーの位置を数字や文字などで表示する譜法です。

スペインではヘ音を1とし、ト音を2、ハ音を5、ホ音を7のように表示し、オクターブ毎に一巡させる方法が用いられました。これに対してドイツでは、高音部は定量譜で、低音部は音名を表す文字で表示するか、あるいは音名文字だけで表示する方法が使用されていました。バッハは依然として古いドイツの固有の方式を使用していました。

リュート奏法譜はリュートの弦のポジションを記号で表示するものです。フランスでは文字を用いて、aが開放弦、bが1フレット、cが2フレット・・・と表現しました。これに対してイタリアやスペインでは数字による表示が用いられ、0が開放弦、1が1フレット、2が2フレット・・・と表現しました。またこの国々ではリュートよりもギター状のビウエラが愛奏されていました。

16世紀のドイツではリュートの指板を横切りにしておのおのの弦に数字や文字を配列してゆく独特の表示法が用いられていました。しかし、あまりにも煩雑であったため、17世紀以降になるとフランス風の表示法が受け入れられるようになっていきました。

このリュート奏法譜が現在のTAB譜の原型です。


近代記譜法

現在では見る機会がないような楽譜を紹介してきましたたが、その中でも最も優れた表現能力を発揮したものは鍵盤譜であったと言われています。リズムと音程がしっかりしている鍵盤譜は、あらゆる音楽の記憶媒体として使用されるようになり、近代記譜法としての独占的な地位を確立してきました。



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