
■『宮殿』殿発売30周年記念特別企画
■『クリムゾンキングの宮殿』との邂逅
■投稿していただいた皆様の敬称は勝手ながら省略させていただきました■
■なお、投稿文の著作権は投稿者に帰属します■
紙ジャケのクリムゾン ●七福神
投稿日 : 99年10月3日<日>21時14分
先日、紙ジャケ仕様の1STアルバムを購入しました。
私が彼等のアルバムをはじめて聞いたのが、25年前、当時、クリムゾンの熱狂的ファンがいて、そいつがまたいやな奴で私の頭の中では、クリムゾン=いやな奴、という回路ができあがってしまい、その後随分の長い間聞きませんでした。
初めて買ったアルバムは75年に発売された、『ア・ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・キング・クリムゾン(新世代への啓示) 』です。
「宮殿」はとりあえず、スキッゾイドマンなんですが。これは、まずリフからして音がとれませんでした。ハードロック系はそれまでなんとかなっていた、高校生がどうにもこうにも手が出ず。あまたあるギター雑誌の譜面も、見るものどれも違うポジションで採譜しており、さてどれがホントかなと。だいたい、ギターソロ後のキメフレーズは、未だ満足にできません。いまは「エレファントトーク」のタブ譜を参考にしてます。
プログレ5大バンド中、クリムゾンが格の違いを見せる理由のひとつに、1stアルバムのできの差もあるのではないでしょうか。フロイドはサイケポップだし、イエスはCSN&Yみたいで、ジェネシスは侵入からが始まりで、ELPは正規ライヴで演奏残ってる曲が少ないですね。その点クリムゾンは圧倒的に1枚目の
1曲目から凄さを見せつけます。
でもって、Abeさんも言ってましたが、「21世紀〜」は確かにジャイルズ&レイクのリズムセクション以外の演奏はあまり好きになれません。しかしアースバウンドのテイクは別です。あれはやはりフリップがあの音がほしくてあのようにしたのでしょうか。それとも、面倒でほっといたのか。なんにせよ実にかっこいい。
「宮殿」は「狂気」と並んでプログレとはなんぞやの問いかけに答えられる作品であることは、言をまちません。
このアルバムは私が狂気とともに初めて聞いたプログレです。大体このアルバム以前には、デビッドボウイがかろうじてアルバム単位で聞いた洋楽で、それ以前は曲単位(それもBCRとPMのJetとLive&LetDieのみ!!)しか知らなかった。CDが出始めのころ、いち早くCDを買って、レコード屋でCDを物色してたとき、なぜか目に留まったのが狂気と宮殿だったのです。(こういう話はそのうち追憶を書く機会があれば続きを)
話は変わって。のHPを読み、昨日REFUGEEさんと会ったときと、和訳集のHPの作者さんとのやりとりで思いついたことですが、スキゾイドマンが登場人物なのか、傍観者なのかはっきりしません。しかし「風語りて」のレイトマンが道草をする人ならば、風に語りかけ、川のそばで月の子供を眺めてる(?)のがこのスキゾイドマンのような気がしてなりません。そして、最後にたどり着くのが深紅の王の宮殿じゃないでしょうか。メンバーはこのアルバムがトータルアルバムだと公言はしてませんが、おそらくそうではないかと改めて思いました。
私がこのLPと出会ったのはいつだったのか記憶がない。おそらくは帯広時代の1975年から1977年だと思う。どういう経緯で聴くに至ったのかが実は思い出せない。また当時は最新のアルバムであった「RED」とどちらを先に聴いたかも今となってはもう判らない。しかし、気が付けばいつもレコード棚の特等席(いわゆるお気に入りが置かれる場所)に鎮座していた筈である。当時は間違いなくかなり聴いていたことは、私が再突入するに当たり「21世紀の精神異常者」から「クリムゾンキングの宮殿」まですべて、一部に音跳びがあった物のほぼ脳内再生が出来たことで明らかである。当時の私はハードロックとプログレッシブロックとを同時にまた均等に聴いていた時期で「風に語りて」といった曲はどちらかといえば物足りなさを感じるはずである。だが、そういったことは問題にならない。それほど当時のロック少年に音の記憶を植え付けるインパクトが在った。こうしてこれを書いている最中も「ムーンチャイルド」や「エピタフ」のメロディが聞えてくる。再突入ではクリムゾンはこれを買わず「Cirkus」を購入したが7月にCDを購入することが出来た。
余談。。。
高校当時、油彩画を描いていた私はこの宮殿のジャケットの色調が気に入り模写を行っていた。以外と色が出なくて結構Crimsonのチューブを消耗した覚えがある。その時私に才能があったなら芸術畑の仕事をしていたであろう。
「IN THE COURT OF THE CRIMSON KIND/AN OBSERVATION BY KING CRIMSON」との出会いは、中学2年の学園祭の劇のBGMに親友のMが選曲してきたテープを借りて聴いたのが最初である。曲は「ムーンチャイルド」であったと思う。学園祭の実行委員をしていた彼女の手前、私は脚本と演出を買って出て結構真面目に練習などにも取り組んでいた。しかし、纏まりのない同級生たちを統率するには力不足であったことを学園祭当日思い知らされることとなる。アフロディス・チャイルドやクリムゾンがバックに流れる悲劇は、ストーリーの見えないシュールな前衛芝居になってしまっていた。その日以来、「クリムゾン・キングの宮殿」のB面に針を落とすことをしなくなった。「ムーンチャイルド」は思春期の私の心に刺さった棘のように、いまでも私の気分を落ち込ませるそんな一曲である。レコードからCDになり「エピタフ」からの
流れで聴くことになった今でも、何か無意識に身構えながら聴いている自分に気付く事が有る。40を過ぎても今だ癒えない心の傷が、本当は劇の失敗が原因で喧嘩別れしてしまった彼女への後悔からくるものであるとは思いたくないが、心のどこかで気にしているのかもしれない。大人になる為に捨て去ったと思っていた青臭いガキの純粋な部分を、こんな形で再認識させられると何だか恥ずかしくなってしまうが……大切にしていくべきモノなのだろう。
PS, 今回の書き込みをするにあたり、アナログ盤を引っ張り出してきました。久々にライナーなどに目を通すと、解説文を書いている北山 幹雄氏はプログレッシヴ・ロックではなく、「ニュー・ロック、モダン・ロック」と書いているのに気付き、時代を感じてしまいました。そうなのです、あの当時だれもプログレなんて言っていなかったんですよ。あの当時の日本人の英単語のボキャブラリーには「Progressive」なんて
難しい英語は定着していなかったんですよね。先進的、前衛的=新しい=「NEW」だったんですね。何かお婆ちゃんレベルの乏しいボキャブラリーだったのですね。何だか親しみを覚えてしまいます。
確か高校1年生の時、授業のなかで持ち寄りで好きな曲を聞く時間があり、エピタフをかけた奴がいた。当時の私はプログレとは全く無縁。ロックにしてはスローな曲だな・・・と思ったぐらいだった。エピタフは今はもちろん大好きな曲だが、いつごろ宮殿を買ったかは定かではない。帯の、「アビー・ロードを抜いてトップに立った驚異のアルバム」というコピーが印象的だった。月並だが、エピタフとクリムゾン・キングの宮殿が好きで、逆にムーンチャイルドは苦手。ほとんど聞きとおしたことがない。ピンク・フロイドのエコーズもそうだが、コンクリート・ミュージックは生理的に合わない。改めて聞いてみると、ジャイルズのドラムが非常に立体的だ。音楽に奥行きを感じさせる。メロトロンも前面に押し出してガンガン使っているし、時代の混沌としたパワーを感じる。「狂気」の時計の音にはびっくりさせられたが、このアルバムはじわじわと良さがわかったような気がする。
はじめまして。kyoubunさんのところから来ました。私のところもHPを開設しましてデータをため始めたところです。よろしくお願いします。きょう、うちでも、CRIMSONのデータをアップしましたので、
こちらにも書かさせてください。
私が"Epitaph"をはじめて聴いたのは、当時ラジオ関東と言っていた横浜のラジオ曲の深夜放送です。坂井さんというアナウンサーが、BEATLESの"Abbey Road"を蹴落として英国のアルバム・チャート1位に立った凄いアルバムに収録された曲、と紹介していました。第1期DEEP PURPLEに傾倒していた私は、"Epitaph"の最初のドラムの音を聞いただけで彼等の虜になりました。ですが、KING CRISONはIslandレーベルという日本と契約のないレーベルから発売されたため、日本では高価な輸入盤でしか聴くことができず、当時貧乏な高校生だった私には高嶺の花でした。"Epitaph"とかタイトル曲がmellotronを使いつつ難解な歌詞がつけられていて哲学的な臭いのする斬新な内容だったため、日本盤が出なくてもはじめからかなり騒がれていたように思います。今となっては、"Epitaph"もやや間延びした感じで音の薄さが気になるのですが、やっと、アート・ロックと称して進歩的な音楽へと発展してくるところだったロック界にあって、彼等の深い精神性を帯びた音はまさに衝撃的でしたね。安保条約にベトナム戦争に学園紛争と嫌が上にも自らの生き様について若者が考え込まねばならなかった時代に、演奏技術とか、リズムとか、熱気とかいうものを超越した、これこそ待望されていた音楽と言えるでしょうね。結局、私が日本盤を入手したのは大学に入ってアルバイトをするようになってからで、ずっと後のことです。21世紀を目前にした今、"21st Century Schizoid Man"などを聴くと騒然としていた社会の風潮が昨日のことのように忍ばれます。この曲とか、"Moonchild"の中間部を聴くとavant-garde風にも思えますが、全体を通して聴けば、優美なフルートや素朴なacoustic guitarが印象的な、mellowで内省的でmelodiousで叙情的な作品なのではないかと思います。
「宮殿」との最初の出会いは、丁度日本で最初に「リザード」がリリースされた頃です.ラジオでさかのぼって、当時輸入盤のみだった「宮殿」から精神異常者がかかりました.当時中学生であった私には、何たる音楽か!と、大して印象を持たなかった思い出があります.しかし、しばらくして、その「宮殿」が日本で発売されることになってMLにジャケットが載り、その姿を見てしばし唖然としたものです.フリートウッドマックの「英吉利の薔薇」と「宮殿」のジャケットは私にとって絶対手を出すことのないレコードであろうと思われました.ところが、ある番組で今度は「宮殿」のタイトル曲がかかり、ものすごいショックを受けました.レコード店まで出かけ、試聴させてもらうという暴挙に出たのです.すると、前は忌み嫌っていた精神異常者もドラミングの素晴らしさに気づいたのです.ただ、当時は2000円もするLPを買うことは度胸が必要です.この「宮殿」を自分にとって意味のあるものにするために自分なりの理由づけが必要でした.当時、少しばかり文学青年を気取っていた私にとって、この作品の魅力は、その詩の世界にあることに気がついたのです.考えてみると、この「宮殿」を魅力あるものにしていたのは、曲のタイトルの邦題だったのではないでしょうか.「風に語りて」「墓碑銘〜理由なき行進;明日また明日」「帰ってきた魔女〜あやつり人形の踊り」など、よく考えると原題を訳しただけのようにも思えますが、そこに文学的な香りを嗅ぎ出して、芸術性を見出した当時の聞き手はたくさんいたのではないでしょうか.もちろん、改めて音楽そのものの持つ衝撃性はありましたが、私にとっては、はじめに言葉ありき・・・という出会いでした.何となくお恥ずかしい話で恐縮です.
洋楽に目覚めた頃、僕はHM一本槍だった。少し物足りなさを覚えた頃、ふと目にした紳士服メーカーのテレビCMに、僕は耳を奪われた。水に飛び込む男3人のバックに流れる破壊的な音。映像以上に衝撃的なひずんだ声、ノイズのような伴奏。どっかの前衛音楽家の作品かな、僕はそう思った。この曲こそが「21世紀の精神異常者」だったことを、このときの僕はまだ知らなかった。(ちなみにこのメーカーは、70年代ロックの名曲を断片的に使うCMをシリーズ化していく。)しばらくして洋楽通の友人が「プログレ聞く?」といって手渡してくれたCDがあった。物は試しとかけてみたら1曲目が「スキゾイドマン」だった。謎が解けるのと、ブレイクスルーはほぼ同時だった。HMに飽き足らなくなっていた自分に必要なのは、もしかしたらこの音楽かもしれない。僕の直感はそう叫んだ。しかし、「風に語りて」以降を聞くには、まだ未熟だった。いつの間にか私は安ラジカセの前でまどろんでいた。ベイFMに「パワーロックトゥデイ」という深夜番組がある。この番組のラストがプログレの名曲だった時期があった。午前5時を目前に白み始めた空を見ながら眠りにつこうとしたその瞬間、耳に飛び込んできたのは「エピタフ」だった。雑音混じりだというのに、CDで聞いたときとは違う感覚が僕を襲った。世界が壊れる瞬間と言うのは、もしかしたらこのくらい美しいのかもしれないと、私は真剣に考えた。オンエアが終わって、僕は、まだ手元にあったCDをかけた。時あたかも夜明け、僕はここで「ムーンチャイルド」まで新発見することになる。こうなると、もはや眠ることは不可能だった。90年代初頭、バブル崩壊の前後、様式化したパンクを新しがってたようなイカ天バンドや、AORとHRの中間みたいなビーイング系のはびこってた日本のシーンや、グランジが出始めてHMが衰退をはじめた洋楽のシーンの中で、僕にとってこのアルバムは「新譜」だった。なぜなら僕の既知の世界の中に、他に似たような音楽が存在しなかったから。69年。アポロが月に行った年、僕が生まれる1年前に既にこのアルバムが存在したなんて、僕は信じたくなかった。遅れて生まれたことを呪うがごとく、僕は以後70年代の音楽へと逆行していくことになった。なぜ仮面ライダーやウルトラマンなんかに夢中になっていたんだろう。当時僕は「存在していた」にも関わらず、70年代を子供として送ってしまったことが、そのとき本当に悔やまれた。なぜ子供のとき親は僕にロックを聞かせてくれなかったんだ!この理不尽な願望を僕に思いつかせたのがこのアルバムなのだ。結局、僕にとって、このアルバムは、夜と朝、覚醒と眠り、秩序と混沌、既知と未知、そして何よりも現在と過去の狭間に、永遠に存在しつづけることになってしまったのである。
ちょっと気取った文章になってしまいました。今、漸く、わけのわからないライナーノートを書いてしまう評論家の気持ちが理解できました。(笑)。
"In the Court of..."を初めて聴いたのは、高校一年の時でしたね。当時、ELPの"Brain Salad Surgery"と"Pictures at Exhibition"に狂っていたわたしは、グレッグ・レイクの出身バンドのKing Crimsonが気になってしょうがなかったものです。ただ、当時(今でも)金のなかったわたしは、聴いたこともないバンドのアルバムをいきなり買うような有機はありませんでした。偶然にも、21st Century Schizoid Manを聴くことが出来たのは、あるFMの深夜番組のことでした。その鬼気迫る音に、言い知れぬ恐怖すら感じたものです。ただ者ではないということで、翌日さっそく買込んできました。そして、"I Talk to the Wind"の甘美なフルートに再度ノックアウトされました。以来、わたしの一番のお気に入りのアルバムであり続けています。
時に1986年、ポリドール盤のCrimsonのアルバムが一斉に廃盤になる直前のお話でした。(この後の何年かは、Crimson聴くのにえらい苦労をしました)
言わずと知れた名作。そのインパクトあるジャケットは大友克洋の漫画とか色々な所に出ているので、それだけ知っている人も多いだろう。
しかし、最初に聴いたクリムゾンがディシプリン・クリムゾンだった、という過去を持つ私にとっては21st Century Schizoid Man以外は得に(cragyになる程)好きな曲は無いのであった。もっともEpitaphなんかは、もしもカラオケがあったら是非歌いたい曲なのだが。全体的にソングライターチーム(マクドナルド&シンフィールド+レイク)のカラーが強くて、フリップのギターはマクドナルドのサックスやフルート、ジャイルズのドラムはおろか、下手するとレイクのベースより目立っていない、ってのは言い過ぎか。この頃から全体のまとめ役として一歩引く癖を付けていたのであろう、、、という見方はフリップファンのヒイキ目かもしれない。
中学生1年生の頃、ディシプリン・クリムゾンをラジオで聴いて興味を持った私は渋谷の西武のレコード屋に輸入盤のアルバムを買いに出かけた。今は無き「週刊FM」に載っていたレコード評を見て知っていたLark's
Tangues in AspicとDisciplineを比べて眺めていた私に、店員のニイちゃんがふと声をかけた。「クリムゾンは初めて聞くの?」
「ええ」
「悪い事は言わない。これにした方がいいよ。(-_-;」
と言って差し出されたのがこのアルバムであった。(彼の心配そーーな口調は、今の私には分かる(笑))
収録曲名に21st Century Schizoid Manがあるのを見た私は「そーいや、この曲名、雑誌のヘビメタの歴史の解説で見た事あるなあ。」と思い、購入を決心したのであった。
その夜、21st Century Schizoid Manを聴いて「え、7分もある曲なのに全然退屈しないや!でも他の曲はちょっと退屈だなあ」という感想を抱いた私は、今に至るまでこの曲に、ひいてはクリムゾンにハマり続けているのである。一種病的な複雑なリフとリズムの絡み合いを経て狂乱のインプロ・パート(スタジオ・テイクよりはライブの方が強烈だが)へ雪崩込み再び音の迷宮に帰るこの曲は、フリップが30年間追求している音楽の原点であると同時に一つの頂点である、と私は思っている。
宮殿に入っている曲を始めて聴いたのは土曜日のFM1977年頃でした。(小学生でしたが兄がKISS/パープル等にハマッテたので)偶然エピタフを聴いた時は、正直いってぶっ飛びましたね。クリムゾンが当時存在していなかった事もあってか、自分の中では伝説のバンドってイメージが強かったですね。その年にレッドまで聴きまくりました。当時はLP1枚なかなか買えなかったので、FMを録音してたのですが「クリムゾンキングの宮殿」を録音するとき、曲が終わった−と思って、録音を止めたら、実はまた続きが始まって・・「あららっ」ていう思い出が残っています。ちなみに1986年ごろまでNHK−FM浦和で土曜日の午後4時すぎプログレコーナーが残されてたんですよ−。
「クリムゾン・キングの宮殿」をはじめて聴いたのは、中学のときだったと思う。それほど親しくなかった同級生から、いきなりレコードを買わないかともちかけられ、その同級生の部屋に物色に行ったときに、聴かせてもらった記憶がある。(その同級生は、家出資金を作るために手持ちのレコードを売りさばこうとしていたのだが、そのときの僕には、そんなことは知る由もなかった。まあ、どうでもいいことが・・・)
中学のときの僕はまだ未熟で、聴いてみたものの、その良さはまるでわからなかった。確かイーグルスだったかのレコードを買ってやった記憶がある。
「クリムゾン・キングの宮殿」との本格的な出逢いは、大学に入ってからだ。親しくなった友人がプログレ好きだったことから、その友人の部屋で聴かされているうちに、その良さが、だんだんとわかってきた。といっても、最初は、「エピタフ」や「クリムゾン・キングの宮殿」といった曲の、ドラマティックな叙情性や、「風に語りて」のアコースティックな美しさに惹かれていただけだった。"21st Century Schizoid Man"は確かに衝撃的だったが、僕がそのとき感じていたのは、音楽的な新しさというレベルの衝撃にすぎなかった。そのすさまじいまでの芸術性を理解するには、僕はまだ未熟だった。
"21st Century Schizoid Man"のすさまじいまでの芸術性を理解したのは、箱根の森美術館においてのことだった。ゲルニカの前で衝撃のあまり立ち尽くした僕の耳に、"21st Century Schizoid Man"のフレーズが蘇ってきたのだ。"21st Century Schizoid Man"は身も凍るほどの戦慄すべき恐怖のイメージを呼び起こす。ゲルニカに匹敵する芸術性を持っているのだ。
宮殿を初めてきいたのは、1970年、私が中学1年の頃でしたよ。いや−!衝撃的でした。ギタ−ワ−クの凄さ!メロトロンの音の素晴らしさ!蛾曲も秀逸!緩急の付け方の上手さ!Greg LakeのVocalにしびれましたよ。その後、DTMで、"21st-"をつくりました。超名盤です。今、聴いても古くないです。Crimsonは凄いですね!私のギタ−の先生もアメリカで、Live見て、凄かったそうです。音が廻ってたとか!
小学校で洋楽に目覚め、HR/HM一筋で有った中学時代。
丁度その頃ブームで有った煌びやかなLAメタルに変わってスラッシュメタルブームが到来し、元々後期NWOBHMを体験している事も有って、ヨーロッパ志向で、早さ、過激さ、リフのカッコ良さを求める自分はメタリカ、スレイヤー、アンスラックス、メガデス等の初期スラッシュに入れ込んでおりました。1985年頃の事です。
しかしながらそれらのバンドがメジャーになり、アンダーグラウンドシーンに魅力的なバンドが少なくなり「外れ」盤を連続してつかまされHMに魅力を感じなくなった時に出会ったのが、70年代以前のロックでした。
高校時代、1986年からは趣味は今までのHM一本槍から70年代HRを中心とする音楽へシフト、ジャンル問わず中古盤を買い漁りましたが、不思議とプログレには余り手を出さなかったのです。むしろHR系のバン
ドの旧譜を揃えるのに忙しく、そこまで考えなかったのが実情だったと思います。
時は流れ1988年、市場は即にレコードからCDへ完全にシフトを完了し過去の名盤はコンパクトなジャケットと共に再流通する様になりました。
その時買ったヴァージン・ジャパン盤の「宮殿」。ジャケットは超有名ですし、バンドの知名度もかなりの物、いささか遅れて手にしましたがその衝撃たるや.....
この頃でしょうか、私の主軸とする音楽がプログレメインとなったのは。
それに拍車をかける如く、イギリスだけではなくイタリアを中心とした過去の幻の名盤の一大CD再発ブーム、1989年からの私の大学生活はプログレ漬けの日々でした。学生が好む他の遊びも一切せず、バイト代をすべてCDに捻出、「オタク」の言葉が相応しい状態だったと思います。
再発ブームも一段落した1992年頃を境に、急激に北欧から突然変異的にプログレシーンが発生し、ランドヴェルグ、アングラガルド、アネクドテンと言った70年代を彷彿させながらも、現代のシーンを目指すバンドが登場します。
彼等は当時20代前半から中半、決してリアルタイムで70年代のプログレを体験した世代では無かったのです。
「再発CD世代」が生んだ落とし子。
定型化した音楽と違い、始めから音楽シーンの異端者として歪な形で登場したクリムゾンの遺伝子は、現在も生き続けていますし、これからも時代を超えて行き続ける事でしょう。
日本の音楽の例を出して恐縮ですが「懐メロ」と言うジャンルがあります。中年以上の世代が懐かしいと思うだけで、これは結局は時代の流れに取り残された音楽でしか無いのです。
しかしクリムゾンは違います、この事はビートルズ、ストーンズと言ったプログレ以外のバンドにも言えますが、これからロックを聴く様になる世代にも現在進行形として、旧譜が売れ続けリアルタイムで時代に関
係無く影響を与えて行くでしょうし、我々の子供や孫の世代になっても、音楽がネットで配布される様になり、CD等形骸化された媒体が無くなったとしても、「顔」のジャケットは伝説として語られるでしょうし、確信もしております。
初めて聴いたのは高校生の頃。行きつけの中古レコード屋でずっと鎮座していたこのジャケットがわたしの目に留まらないはずはなく(笑)ある日意を決して購入したのでした。針を盤に落として、第一印象は「ジャケットそのまんまだ!」という感じ。ひしゃげたイメージと神秘的な雰囲気は楽曲・演奏・ヴォーカル・歌詞・ジャケットのすべてに共通している気がします。この「ひしゃげ感」と「神秘性」がアルバム全体に渡って偶然ではなく意図的に、そして技巧的に絶妙なバランスで組み上げられそれが見事に「完成品」としての体を成している。これがわたしにとってのこのアルバムの魅力ですね。この点ではほかのアーティストや彼ら自身のどのアルバムの追随も許さない。
当時すっかりどっぷりビートルズフリークだった(今でも…)わたしですがこのアルバムが全英チャートで「アビイ・ロード」を蹴落として1位になったということはずっと後になって知ったのでした。でもこのエピソードを知ったときは納得というより「当然」に近い感覚を覚えたものです。
あ、はじめまして
「宮殿」との出会いは、プログレとの出会いでもありました。昔、マクドナルドなんかに、壁に普通にかざられていたほど
有名なジャケットは初めて聴くずっと前から知ってはいたものの。
はじめて針を落としたときの衝撃は、忘れられません。こんな音楽があったんだ・・・と。
ところで、先日、CDのボックスセットをみて気が付いたんですが、1曲目の邦題は「21世紀のスキッツォイト・マン」に変わったんですか?「精神・・・」は、やはりマズかったんですかね?
先日頂いたCDを聴きました。
従来のものと比較して、解像度が高くS/N比が向上しています。このアルバムは、どちらかと言うとナロー・レンジで高域、低域共余り伸びてはいないのでが、それを補って余りある音質です。リマスターのCDは、高域、低域を強調しているものが多いのですが、このCDはそんな事はありません。非常に上品な音質だと思います。アナログ盤を物凄く解像度の高いシステムで聴くと、この様な音質になりそうな感じがします。従来の、少々暗い雰囲気が無くなり、楽器の音の出る瞬間がよく分かります。前回のフリップのリマスターとは雲泥の差です。予想より遥かに良い音質でした。この調子で残りのアルバムもリマスターされるとよいのですが。
このアルバムを初めて聴いた時の衝撃は今でもはっきりと記憶している。音楽を聴いて全身総毛立つような感覚に襲われたのは、その1〜2年前にThe Beatles「A Day in The Life」を聴いた時に感じた時以来2度目の経験であった。その後クリムゾンは、「太陽と戦慄」〜「Red」期に掛けて2度目のピークを迎え、この時期は更に円熟したプレイを聴かせてくれるが、衝撃度という点では(もちろん私がクリムゾンの音楽に接した最初のアルバムが「宮殿」であったこともあり)、全ロック史上、いや全音楽史上最高のものであったといえる。今後更に人々を震撼させ続けていくであろうこのアルバムは、ロック史(音楽史)に輝きつづけるまさに奇跡的モンスターアルバムだ!
アルバム冒頭の"21st Century Schizoid Man"に叩きのめされる!実際には針を落とす数時間前にレコード屋でジャケットを観てある程度のパンチは効いていたが...)洋楽を聴き始めてまだ1年ちょっとの私にはとんでもない衝撃だった。
一般に1stはMcDonald's Crimsonのアルバムと言われる(実際、そう思うのだが)が、私を叩きのめしたのはマクドナルドではなくフリップだった。この曲は紛れもなくFripp's Crimsonの原点だ。
他の曲は、当時の私にはピンと来なかった。"I Talk To The Wind"は正直言って"The Fool On The Hill"にとても近い印象を受けた(当時、『青盤』を好んで聴いていた)。今は結構味わい深い(J.ダイブルのテイクが個人的には好き。コレクターズのテイクはちょっと嫌い)。"Epitaph"はどうだろう?何やら大袈裟な映画音楽のように聞こえた。コレが第一印象。14歳の耳にはその程度だった。歌詞も(当時は英語はあまりできなかった。訳詞を読む限りでは)特別斬新なものには思えなかった。でも、結構気に入っていた。バンドでもやったしね。"Moonchild"はと言うと間奏(笑)がやたら退屈。"The Court Of The Crimson King"曲はまぁよしとして、変な間奏っていう変な感想(自爆)。というわけで、A面だけ聴いてたような記憶がある。
"21st Century Schizoid Man"をもしも聴いていなければ、プログレに足を踏み入れることなんてなかったのかな?ちょっと想像できないけれど。最初がコレで良かった。もしも14歳、最初のプログレ(最初のクリムゾン)が例えば、『リザード』だったら...と思うとちょっと恐いな。
さて、私はそれから1ヶ月以内に(当時のお小遣いではコレはかなりのハイペース)『太陽と戦慄』『ヤング・パーソンズ・ガイド』を買った。情報ではなくジャケットを頼りに。『ヤング…』で"Starless"に魅せられ、翌月『レッド』を購入。...『宮殿』のレヴューから、離れてしまったのでキーボードを叩くのを止めます。
叩きのめされたのは"21st..."だったが、自分で演奏したのは"Epitaph"だった。もちろん完コピなどではなく、フォークロックバンドによるそれなり(笑)の演奏だった。おまけに1人で弾き語りもやった。14歳の私にとって、聴いて美しく、自分でも歌って楽しめるこの曲の魅力は大きかった。コード進行もとっても日本人好みだと思う。洋楽初心者の私にもとっつき易かった。"21st..."は暴力的なクリムゾンの魅力の原点。一方、"Epitaph"はその暴力性と同時に荘厳なまでの美しさを内包したクリムゾンの魅力の原点。これが、"Islands""Starless"へと繋がり、私を虜にした。両極ヘと突き進むエネルギー、その振幅の大きさ、猥雑だけどストイック.....私をここまで狂わせた原点はやはり『宮殿』のA面。"21st..."から"Epitaph"ここに全てがある。
これこそ、彼らの魅力である。独創性とか演奏技術の高さはもちろんだが、このエネルギーに魅了された。デビュー作の『宮殿』は、一般にいわれるクリムゾンの魅力を全て備えていると思う。そして『宮殿』に封じ込められたエネルギーも相当なものだ。そのエネルギーは自らの衝動に剰りにも正直だった。芸術家を志していた14歳の私にクリムゾンが示してくれた「表現者としてのあるべき姿」は30をとっくに過ぎた私にとって今も手本となっているし、「両極へ突き進むエネルギー」を持った彼ら、というよりはむしろクリムゾンという生き物は、憧れであり、理想である。(くどいようだが)その原点が、ここ『宮殿』にある。