エリオット・スミス

1969年8月6日、ネブラスカ州オマハ生まれ。本名スティーブン・ポール・スミス(高校時代に自らエリオットと改名)。右腕に「花のすきなうし」の入れずみ。
両親は1歳のとき離婚、再婚した母の元、テキサス州ダラス郊外にて育つ。母は元プロのシンガー、祖父母ともバンドに属する音楽一家だった。10歳のときピアノのレッスンを受け、その後実父よりギターの手ほどきを受ける。10代の頃より作曲を始める。14歳の時、実父の住む "西海岸のインディーズ・キャピタル" オレゴン州ポートランドへ。その後マサチューセッツ州アマーストのハンプシャーカレッジに入学。専攻は政治哲学。
高校時代は友人と"Stranger than fiction"なるバンドをやっていたが、大学時代は中断。卒業後ポートランドに戻り、1991年、旧友ニール・ガストらとともにバンド"Heatmiser"を結成(他のメンバーはトニー・ラッシュ、ブラント・ピーターソン(途中脱退)、サム・クームズ(途中加入))。フロントマンとしてニール・ガストと共に作曲、ヴォーカルとギターを担当。
1994年、初のソロ・アルバム"roman candle"をポートランドのインディー・レーベルのキャビティ・サーチから発表。翌年セルフ・タイトルアルバム"elliott smith"(本人は「無題」のつもり)、1997年"either/or"をキル・ロック・スターズから発表。ヒートマイザーはヴァージンと契約するものの、"Mic City Sons"を最後に1997年春ごろ解散。同年ニューヨーク、ブルックリンに移転。1998年、友人ガス・ヴァン・サントの映画『グッド・ウィル・ハンティング』のために書き下ろした"Miss Misery"がアカデミー賞主題歌賞にノミネートされたことでアメリカでは一躍脚光を浴びた。1998年8月、ドリームワークスより、メジャーデビューとなる"XO"を発表。**年、LAに移住。2000年4月、"Figure 8"を発表。日本には99年Quasiと共に初来日し、2000年にはFuji Rock Festivalに参加。また同年冬にアコースティック・ツアーを行った。
ニューアルバムのリリースが待たれる中、2003年10月21日、自宅にて死亡しているのが発見された。自殺と思われる。6作目のアルバムの製作中だった。享年34歳。彼の残した音源を元に、2004年、一周忌にあわせて、"From A Basement On The Hill"がAnti-recordsよりリリースされた。

(各紙インタビューより抜粋)
*なお、"XO"日本盤解説に、「マサチューセッツで軍隊に入り」、とあるのは間違い。その事実はない。