ARTIST

A.B.C.D.E.F.G.H.I.J.K.L.M.N.O.P.Q.R.S.T.U.V.W.X.Y.Z


B

BERNIE LEADON

1947年7月19日生(ミネソタ州ミネアポリス)
1968年ウェストコーストを代表するブルーグラス・グループだったディラーズの長兄ダグ・ディラードと元バーズのジーン・クラークが結成したディラード&クラークに加わったが、ファースト・アルバム発表後には新メンバーの加入でバンド内での立場が危うくなり、2作目の録音後に脱退。その後、リンダ・ロンシュタットのバック・バンドを努めたコーヴェッツを経て、グラム・パーソンズ率いるフライング・ブリトー・ブラザーズに参加したが、セカンド・アルバム「ブリトー・デラックス」制作後、このグループからも脱退する。そして、1971年には再びロンシュタットのバック・バンドに加わり、フライらと出会った。しかし、EAGLESのサウンドはハードでポップな物へと変化していく中で、75年12月、初期のカントリーロック調のサウンドを担っていたレドンはEAGLESから脱退をする。

D

DAVID BLUE

1941年生(ロードアイランド州プロヴィデンス)
EAGLESが"DESPERADO"でカヴァーした「Outlaw Man」の作者
Outlaw Man」を収めたアルバム"Nice Baby And The Angel"(Asylum SD5066)にはグレン・フライも参加している

DILLARD&CLARK

カリフォルニア屈指の都会派ブルーグラス・チームのディラーズの長兄ダグ・ディラードと元バーズのジーン・クラークを中心に結成されたディラード&クラーク
バーニー・レドンも参加している1968年発表の"The Fantastic Expedition Of Dillard&Clark/幻想への旅"(CD:Edsl EDCD 192,LP:A&M AMLS939)には、イーグルスがファーストアルバムでカヴァーした「Train Leaves Here This Mornin'」が収録されている

DON FELDER

1947年9月21日生(フロリダ州ゲインズヴィル)
14歳の時からコンチネンタルズでバンド活動を始める。その次に結成したマンディ・クインテットには、後にジョー・ウォルシュのバンドに加入するデヴィッド・メイスン、更にバーニー・レドンも参加していたらしい。60年代後半に結成したジャズ・ロック・バンドのフロウは70年にCTIからアルバムをリリース。フロウ解散後の71年にはレドンを頼ってLAにやってきたが、レドンの紹介でEAGLESに正式参加する74年1月まではデヴィッド・ブルーやグレアム・ナッシュらのバック・バンドでプレイしていたらしい。

DON HENLEY

1947年7月22日生(テキサス州ギルマー)
63年、バウデン兄弟やジム・エド・ノーマンらとフォー・スピーズを結成。2枚のシングルを出した後フィリシティと改名。69年、後にフライング・ブリトー・ブラザーズやマナサスに参加するスチールギターのアル・パーキンスを加えてシャイローと改名しLAへ。70年にエイモス・レコードからアルバムを発表するがまったく売れなかった。やがてパーキンスがフライング・ブリトー・ブラザーズに引き抜かれシャイローの解散が決定的となったとき、ヘンリーやバウデン兄弟はフライの紹介でリンダ・ロンシュタットのバック・バンドに参加する。

F

FLYING BURRIT BROTHERS

バーズ脱退後のグラム・パーキンスとクリス・ヒルマンがクリス・エスりッジやスニーキー・ビートらと共に結成。ファーストアルバム"黄金の城"製作後エスリッジが脱退しマイケル・クラーク(元DILLARD&CLARK)と共にバーニー・レドンが加入。カントリーロックの原型を作った。

G

GLENN FREY

1948年11月6日生(ミシガン州デトロイト)
同郷のボブ・シガーらと共に同地のシーンで活躍した後LAへ。LAでJ・D・サウザージャクソン・ブラウンと出会い、サウザーとロングブランチ/ペニーウィッスルを組み69〜70年にエイモス・レコードから3枚のシングルと1枚のアルバムをリリースしている。これらの作品はまったく売れなかったがフライ、サウザージャクソンの3人で作った「ジャマイカ・セイ・ユー・ウィル」がCSN&Yのマネージメントを担当していたデヴィド・ゲフィンに認められ、ブラウンの推薦でフライとサウザーもゲフィンと契約を結ぶ。71年リンダ・ロンシュタットのマネージャー兼プロデューサーのジョン・ボイランに誘われ、フライは週給200ドルで彼女のバックバンドに参加した。

J

JACKSON BROWNE

1948年生(西ドイツ、ハイデルベルグ)
1972年アサイラムからソロデビュー。「Take It Easy」はグレン・フライとの共作である。2人がかつて同居していたときに作られた物らしい。アルバム"For Every Man"でジャクソンヴァージョンを聞く事が出来る。

JACK TEMPCHIN

1947年生(カリフォルニア集サンディエゴ)
60年代後半からLAを拠点にシンガー・ソングライターとして活動しているが、EAGLESの「Peaceful Easy Feeling」のソングライターとして注目された。76年にはファンキー・キングスを結成。78年には初のソロアルバム(グレン・フライのギターをバックに、原作者ヴァージョンの「Peaceful Easy Feeling」収録)をリリース。その後EAGLES解散後のフライの曲作りのパートナーとして活躍しているが、95年には自信の新作"Lonly Midnight"を発表した。

JAY FERGUSON

キーボードプレイヤーでヴォーカリスト。
Sprit(代表曲「I've got a line on you」)とJo Jo Gunneを経てソロに。ソロアルバムにEAGLESのメンバーが参加。ソロになってからの曲「Thunder Island」などで全米トップ10入りした。ウォルシュのソロアクトにもたびたび参加していた。

JOE VITALE

バーン・ストームのドラム。ウォルシュのパートナーとも呼べる存在。(6月の予定がヘンリーの腰痛のために9月に延期になった79年の来日にも同行。)

JOE WALSH

1947年11月20日生(カンサス州ウィチタ)
68年、ギタリスト/ボーカリストとしてジェイムズギャングに参加、69年ビル・ジムジクのプロデュースでファーストアルバムを発表する。ブリティッシュ・ロックの影響を受けたウォルシュのギターワークはザ・フーのピート・タウンゼンドらにも絶賛され、70〜71年に発表した3枚のアルバムはいずれもゴールド・ディスクを獲得した。71年秋にギャングを脱退したウォルシュは、ジョー・ヴァイタルらと共にバーンストームを結成し、2枚のアルバムを発表後74年にはファースト・ソロ・アルバム"ソー・ホワット"(「ターン・トゥ・ストーン」、「ヘルプ・ミー・スルー・ザ・ナイト」はマイズナーヘンリーフライがコーラスで参加している)をリリースした。75年12月ギター・パートをはじめとするバンド・アンサンブルの強化を目論むEAGLESに正式参加する。

JOHN DAVID SOUTHER

グレン・フライとは同郷で、60年代末のロスで、彼とロングブランチ/ペニーヴィッするなるデュオを組む。72年にソロデビュー、リンダ・ロンシュタットやポニー・レイットへの曲の提供者としても知られる実力派のソングライター。74年にはクリス・ヒルマン、リッチー・フューレイらとサウザー・ヒルマン・フューレイバンドを結成した。

L

LINDA RONSTADT

1967年生(アリゾナ州トゥーストン)
69年にソロデビュー。74年の「悪いあなた」と「いつになったら愛されるのかしら」のヒットで脚光を浴び、76年には"風にさらわれた恋"でグラミー賞の最優秀女性シンガーに選出された。ジャクソン・ブラウンJ.D.サウザーら若手シンガーソングライターの曲をいち早く取り上げ、彼等が注目されるきっかけを作った。EAGLESのメンバーが彼女のバックバンドとして雇われた事がきっかけでEAGLESが結成された事は言うまでもない。

R

RANDY MEISNER

1946年3月8日生(ネブラスカ州スコッツブラフ)
64年にコロラド州デンヴァーに移住し、当地でソウル・サヴァイヴァーズに参加。そのサヴァイヴァースを母体にしたフォーク・ロック・グループのプアーはバッファロー・スプリングフィールドのマネージャーだったチャーリー・グリーン&ブライアン・ストーンに認められ、LAへと進出し、66年〜68年に4枚のシングルをリリースしている。68年夏にはバッファロー・スプリングフィールド解散後のリッチー・フューレイとジム・メッシーナらと共にポコを結成したが、ファーストアルバム完成直後の69年春に脱退。その後、リック・ネルソンのストーン・キャニオン・バンドに加わり、途中8ヶ月ほどサボりながらも71年まで在籍した。同年6月、ジョン・ボイランからの依頼でマイク・バウデンの穴を埋めるためロンシュタットのバック・バンドに参加した。77〜78年のEAGLESはコンサート・ツアーに明け暮れていた。その過酷さに耐え兼ねたマイズナーは77年夏にEAGLESを脱退する。

S

BOB SEGER

1945年生(ミシガン州アン・ハーバード)
60年代前半からデトロイトを拠点に活動、ワイルドでソウルフルなヴォーカルで人気を得る。「Heartache Tonight」の製作に参加。

T

TIMOTHY B.SCHMIT

1947年10月30日生(カリフォルニア州サクラメント)
64年ニュー・ブリードを結成。その後、ネヴァー・マインド〜グラッドと改名を繰り返しながらも69年までに10枚ほどのシングルを発表している。70年2月、脱退したマイズナーの変わりにポコに正式参加。約7年間、ソングライターとしても、ベーシストとしても、安定した活躍ぶりでバンドに貢献した。リンダ・ロンシュタットが74年に発表した「悪いあなた」ではフライヘンリーと共演している。77年9月、またもやマイズナーの後釜としてEAGLESに参加する。

TOM LEADON

バーニー・レドンの実弟で「Hollywood Waltz」はトム、バーニーD.ヘンリーG.フライの共作である。トムは、元バドロフ&ロドニーのジョン・バドロフ、後にグレイトフル・デッドに参加するブレント・ミドランドらと共にシルヴァーを結成する。

TOM WAITS

1949年生(南カルフォルニア)
73年、"Closing Time"でデビュー。オープニング曲「OL'55」は翌年EAGLESがカヴァーしている。彼の歌を聴くと、酒と煙草とガソリンの匂いがしてきそうな気がする。