聖徳太子架空説批判

ー大山誠一『<聖徳太子>の誕生』に限定してー

イエス・キリストは実在したか?

十九世紀にイエス・キリストが実在したかどうかが盛んに問題になったことがある。ローマ帝国のイエスの処刑の記録やユダヤ教の記録の中に最高法院でイエスの死刑を決めた等のイエスの存在を明確にする資料がないからである。つまり福音書の中のイエスの言行録の部分を史実として確実に実証する史料が欠けているのだ。しかしそれなら、イエスが実在していないのに、その弟子たちがいて、イエスという架空の聖人をつくりあげたことになる。イエスはメシアと呼ばれ、エルサレム神殿で教えを説いた。しかし、ユダヤ教徒の反撥を買って捕らえられ、裁判にかけられ、死刑を言い渡され、ローマ兵士によって処刑されされた。ところが、三日目に墓が暴かれ、イエスが復活して弟子の前に現れたといういう話が伝わっている。それらはすべて弟子達のでっち上げだった。嘘をもとにキリスト教団を立ち上げたということになるのだ。その可能性は皆無ではないにしても、そのようなインチキ宗教のために、嘘で固めた福音書を偽造した人々を含め、たくさんの人々が殉教をおそれず、布教したとは考えにくい。それで次第にイエスが実在しなかったという議論を展開する人はほとんどいなくなったのだ。

イエスが実在したかどうかは事実問題であり、真実はひとつである。現存する史料の中に直接イエスの実在の証拠がない場合は、イエスが虚構の存在であったという解釈が成り立つ余地がどうしても残ってしまう。かといって、そのことでイエスの実在したことは完全には否定できない。現存する資料からイエスの生涯を再構成して、イエスの実在を主張するのは、キリスト教徒なら当然である。

これらの実在・非実在の議論を第三者が評価する場合、イエスが実在したことを熱心に主張する論者に関しては、その人がイエスの生涯と自分の生きかたが不可分に結びついているのだと判断する。その上でイエスの十字架上の死と何等かの幻想的な「復活体験」をきっかけにキリスト教団ができただろうから、イエスは実在した可能性が大きいだろうと判断する。とはいえイエスの感動的な説教は行われただろうが、イエスが行ったという様々な奇跡や肉体的復活については眉唾ものであったろうと受け止める。

また第三者的立場の人は、キリスト教会に対して感情的な反感を持っていないので、イエスが虚構の存在とまでは思わないが、直接的な実在の物証が存在しない以上は、まったくのデッチアゲられた教祖であった可能性も完全否定はしないだろう。第三者的に見れば、イエスの実在を虚構だと断言する議論をする人は、何等かのキリスト教会への批判やキリスト教解体の意図をもって、歴史を再構成しているのである。

イエスは実在したか実在しなかったかいずれかではあるが、それを充分確定できるだけの史料が現在ないとすれば、現存する史料に対して、それぞれの立場から自分がこうあって欲しい考えている歴史像を当てはめて、歴史像から無理なく史料を読み解くしかないのである。

その場合、イエスは実在したと思っている人には、実在したし、デッチアゲだと思っている人にはデッチアゲでいい、イエスは実在でも虚構でもありうるという立場はとれない。つまり客観的実在としての史実は唯一つであるとだれもが考えているのである。これは客観的実在としての史実が存在するという考え方であり、歴史学的唯物論と名付けてよい。しかし歴史的事件は一過性のものであるから、既に存在しないし、また再現することもできない。それが客観的実在であるのは、そう解釈できるという意味においてであるにすぎないのだ。

ところがその史実をなるものを、史料を根拠にして組み立てる際には、研究者が予め抱いている歴史像を実証するものとしてその史料を扱ってしまうものである。その結果、研究者の立場の違いだけ、異なった歴史認識が成立することになる。その場合に史料は歴史観念の表れでしかないから、このような研究態度にはどうしても歴史学的観念論が忍び込んでいる。とはいえ歴史学的観念論には限界があるのだ。現存する史料と整合しなければならないのである。それで歴史学の論争は、史料が歴史像の表現と見なすことが可能かどうかをめぐって展開されることになる。

歴史学的唯物論と歴史学的観念論は、歴史研究者のだれもが取らざるを得ない研究態度である。したがって歴史研究に対して評論する際は、歴史研究者が証明すべき歴史的事実をどう定めているか、またそれを構成する際にどのような歴史像を描いているかを読み取らなければならない。その上でどうしてその研究者は、そのような歴史像を抱き、史料をその顕現と受け止めざるを得なかったのかを分析すべきである。その上でその受け止め方に説得力があるかどうか、つまり他の解釈の成立しうる余地がないかどうかを検証すべきである。

 

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