==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
参考人質疑第 147 回国会 衆議院 文教委員会 第 6 号 2000 年 03 月 10 日

東京外国語大学長・国立大学協会副会長
中嶋嶺雄氏の陳述


○中嶋参考人 おはようございます。

 日ごろから文教委員会の皆様方には我が国の高等教育、特に大学の問題につ
きまして大変熱心に御討議をいただいておることを承っております。大変私も
感謝しておるわけでございますが、本日は、私、参考人といたしまして、当面
する国立学校設置法の一部改正等につきましての私の率直な見解を申し述べさ
せていただきたいと思います。

 限られた時間でございますけれども、大学改革の現状及び今後の方向性、大
学評価の意義、さらに、私はただいま国立大学協会の副会長でもございますの
で、国大協としてこれらの問題をどう考えているか、そしてさらに大学評価・
学位授与機構に期待する私の見解、そしてまた今回の法改正に伴って大学院の
研究科に加えて研究部、教育部が設置されるということなどにつき、見解を述
べさせていただきたいと思います。

 大学改革の現状、特に国立大学に関しましては、私自身、昨年の四月に大学
関連諸法案の改正の際にここにお招きいただきまして、私自身も見解を述べさ
せていただき、また皆様方の熱心な御討議の結果、大学関係の重要な法案が幾
つか実行に移されたわけでございます。

  しかし、いかに法が整備されても、問題は大学の中、大学人がいかにそのこ
とを認識しそれに取り組むかということでございまして、この問題が一番重要
でございます。従来の教授会自治というものが持っていたさまざまな問題点と
いうものを、法改正により、もっと責任ある大学の意思決定ということから評
議会中心のシステムにつくりかえていただいたわけでありますけれども、しか
しながら、それはそう簡単なことではありませんで、いかにシステムが変わっ
ても、大学の現状がもっと大きく変わらなければ意味がないというふうに私は
考えているわけでございます。

 しかし、いずれにしましても、今回改めて国立学校設置法がさらにいろいろ
改正されるということは、そういう意味では大変意味があるわけでございます。

 特に、今回の法改正は、御案内のように、二十一世紀の大学像を求める大学
審議会の平成十年十月の答申、これは既に皆様方お読みいただいているわけで
ございますけれども、恐らく戦後の大学関連の答申の中で最も内容の濃い、二
十一世紀の日本の大学のあるべき姿をほぼ網羅した、しかも、従来の答申に見
られるような、言ってみれば単なる作文ではなくて、非常に中身の濃いものだっ
たと思っております。しかしながら、ここもやはり、いかに文章が立派でも、
実際にそれを改革していくということが非常に重要でございまして、そこで、
我々国立大学におる者の責任は非常に重要だというふうに認識しております。

 また、今回の法改正の背景には、もう一つ、学術審議会の昨年六月の答申が
ございます。いずれも、主として国立大学を対象に、大学評価をどう考えるか、
どういうふうにして大学評価をするかという、これまた我が国の高等教育にな
い画期的な提言があったわけでございます。

 私自身、これらの問題について見てみますと、やはり大学は第三者によって、
あるいは外部の世界によって評価されることが非常に重要である。それは、と
かく国立大学は、大学の自治という聖域の中で、言ってみればすべてを国にツ
ケを回しながら、果たして国のため、社会のため、あるいは人類、世界のため
にどういうふうに貢献するかという視点が非常に欠けていたわけであります。
したがって、これらの問題について公正な第三者による評価ということは、こ
れほど価値観が大きく変動し、ある種の知のパラダイムの再編が迫られている
ときに、いわばこれほどふさわしい評価機関の出発はない、まさに、当然もっ
と早く導入すべきであったと思います。

 もちろん大学の中には自己点検を、あるいはそういうことを皆さんお聞き及
びと思いますけれども、それぞれの大学がこのところ自己点検報告書を出して
おります。しかしながら、どうもこれらの自己点検は、私どももつくっており
ますが、果たしてどれだけそれを読んでいただいているのか、あるいは読むに
たえるものなのか。言ってみれば、大学の中の幾つかの会議録をまとめたもの
である場合が多いわけであります。

  私のところにも、九十九国立大学あるいは大学共同利用機関からそういうも
のが来ます。それ自体を否定するわけでもございませんし、その努力は多とす
るのですけれども、この自己点検というのは、どうしてもいわば自画自賛に、
あるいは本当の問題点を語らずに表面を取り繕うという形になりがちでござい
ます。ここに実は自己点検というものの限界があるわけでございまして、それ
をもう一つのシステムとしてつくっていくということが非常に重要だと思いま
す。

 評価ということは、特に国立大学においては必要でありまして、私自身、カ
リフォルニア大学のサンディエゴ校で一年教鞭をとったことがございますけれ
ども、非常に評価が厳しいですね。それから最後にはスチューデントエバリュ
エーションがありまして、学生が、その先生は果たしてシラバスどおりに授業
をやったかとか、その先生はゼミナールを活性化することができたかとか、先
生の知見はどの程度深いものであったかということを非常に厳しく評価された
経験がございます。こういうことをもっと日本の大学は積極的に取り入れてい
く必要があろうというふうに私は考えております。

 そこで、国立大学協会としましては、この問題に非常に真剣に取り組んでお
りまして、大学評価機関創設にかかわる国立学校設置法改正に備えて、国大協
の中に大学評価に関する特別委員会をつくって検討してまいりました。この検
討、あるいは特別委員会のみならず理事会、総会における討論におきましても、
大学と社会との間に生産的な緊張関係をつくっていくことが必要である、そう
いう意味から、まさに大学にとって評価機関の創設は社会的要請であるという
ふうに受けとめておりまして、国大協としても全面的に、むしろみずから襟を
正すという意味でも、こういう評価機関の創設を歓迎しているわけでございま
す。

 そういう状況の中で、結局、日本の高等教育ないしは大学がいかに国際的な
競争力を持ち得るか、ここにポイントがあるわけでありまして、そのためにも、
第三者評価は欠かせないものと私は考えております。

  特に、今回の大学評価・学位授与機構に関してでございますけれども、私自
身の個人的見解を申し上げますと、単なる大学を、あるいは学部とか研究所な
どを評価するというのではなくて、本来は、カリキュラムとかあるいは人事の
あり方、その透明性、情報公開のあり方というところまで踏み込んだ評価を期
待いたします。結局、どんなに法律が改正されても、そのあたりが本格的に直
らないと大学はよくならない。

 例えば、概算要求をして文部省からいろいろ要求をかち取るときは、言って
みればそれなりの目標を掲げるのですけれども、それが大学の現場に来て二、
三年すると、あるいは、大学の現場の中では縛りが解けるということがありま
すけれども、縛りが解けると、その要求事項と全く違ったカリキュラムなり人
事がそのまま動いていってしまう。そして、社会の動きが大きく変動している
にもかかわらず、それらと関係のないカリキュラムがずっと続いていく。そう
いうこともやはりしばしば見直していく、そういう組織的な保証をどこかに求
めないと、国立大学というのは改革がなかなか難しいというふうに私は考えて
おります。

  したがいまして、この評価に際しては、単なる大学人が大学人を評価すると
いうだけではなくて、広く産業社会とか地域社会のニーズ、そういうものを入
れたような、あるいはそういう人たちが評価の中に加わる。さらには、分野に
よっては国際的な、私の専門とする例えば国際関係論とか中国研究、地域研究
などは日本人じゃなくてもちゃんと評価できますし、その方が公正である。そ
こまで日本の評価機関がすぐれたもの、評価機関自体が国際的にも負けない立
派な評価機関であるというような評価機関ができることを期待するわけでござ
います。

 したがいまして、その際に、非常に情報公開の時代でありますから、その評
価のやり方自身も徹底的に透明性を確保する、そして、もちろんそれに対する
異議申し立ても認めるというようなことをすることによって、広く国民に国立
大学を透かして見えるような形にしていかなければいけない。今、これほど独
立行政法人化その他で国立大学のあり方が問題になっているにもかかわらず、
例えば世の中からあるいは国会議員の中から、国立大学のカリキュラムなり人
事はどういうふうにやられているのか、どういうふうに予算が使われているか
ということはほとんど全くわからない状況が依然として続いておるわけであり
まして、ここを広く社会にあるいは世界に開くということがない限り、日本の
国立大学は二十一世紀に競争力を持たなくなるのじゃないか。

 我が国のこれからを考えますと、特に知的な国際貢献ということが最も重要
でありまして、この知的な国際貢献を果たすための国立大学の役割ということ
を考えますと、そのための体制をきちんと早急につくっていくことが必要だろ
うと思います。

 最後に、今回の国立学校設置法の中に、大学院の研究科以外に、研究部、こ
れは研究院ともいいますが、九州大学の場合はそういう形で考えられてまいり
ましたし、東京大学の場合は学環ですが、こういうものが、つまり研究組織、
教育組織を分離してより大学院の充実を図ろうということ、これはそれぞれの
大学が自主的に発想したことでありまして、私はこれも大変結構なことだと思
います。ぜひ尊重していただきたいと思います。

 私どもの大学は留学生が今約一四%、日本で一番比率が高いのですけれども、
私どもの大学には留学生日本語教育センターとか日本課程というのがありまし
て留学生がたくさん学んでおりますので、そういうときに、日本語教育という
ことが非常に重要だ、今後大学改革の一環として日本語学環、アカデミックハ
ウスというようなものをつくろうなんという意見も出ております。それぞれの
大学がそういう自主的な制度改革を求めることに対しましても、どうかよろし
く御支援いただきたいと思います。

 ちょうど時間になりましたので、以上をもちまして終わります。どうもあり
がとうございました。(拍手)