
==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
参考人質疑第 147 回国会 衆議院 文教委員会 第 6 号 2000 年 03 月 10 日
参考人質疑での中嶋氏と池内氏の見解の相違
○濱田(健)委員
大学評価の、第三者機関での評価の目的でございますけれども、石井委員も
前の質疑の中で述べられたんですが、この準備委員会が出された報告書の中に
評価の目的がいろいろ書いてあるんです。個性輝く機関としての国立大学であ
るために、教育研究活動の改善に役立てるということ、広く国民の理解と支持
が得られるように支援、促進していく、簡単に要約すると、そういう形での評
価の目的になっているわけです。
先ほども出ましたとおりに、資源配分にこの評価が、この委員会の報告書の
言葉で言うと、「配分指標あるいは参考資料の一つとして活用することができ
る。」活用しなさいとは書いていない。活用することができるということで、
「これにより、より適切かつ効果的な配分や資金提供が可能となる。」という
ふうに書かれているわけでございます。目的の中には、この評価が資源配分の
ために使われるんだということは書いていないけれども、運用としてそういう
ことを活用することができると。
高く評価された研究に対して資源、財源を配分することは当然のことでござ
いますけれども、今池内先生がお話しになったように、基礎的、基本的な研究
や、産学一緒になってといいますか、民間も含めて共同研究をやる中で、例え
ばすぐお金に換算できないようなものについては、将来に向けて非常に価値の
ある研究であっても財源がつかないという、ある意味でいうと評価の問題点が
出てくると思うんです。仮にこれを財源配分について活用するとしても、どう
いう点に十分気をつけていかなければならないのか、お三方にお尋ねいたした
いと思います。
○中嶋参考人 私どもの大学で非常に重視している分野に、少数民族の言語、
あるいは、いわば歴史的な言語で、現在使われていないけれども言語系統を研
究調査するときに非常に大事な言語、例えばツングース語というようなことを
やっています。これらは当然、今の、ツングース語を勉強した人はすぐ何かそ
れを使って就職できるわけでもない、そういう講座がある大学がほかにあるわ
けではございません。しかしながら、ここは非常に重要だということで、我々
は大学の中できちんと位置づけています。
そういうことを位置づけて、むしろそれを積極的に認めていただく、そこに
たくさん資源を配分していただくというのは当然であって、資源配分というも
のは、いわばそういう学問的な必要性とか、そして社会のニーズではなくて、
これまでの積み上げられた既得権によって配分されているわけでございます。
したがって、国立大学の中でも、私どもが最近、五大学連合なんということを
言っているのは、そういう既得権、アンシャンレジームを打破したいという気
持ちもありまして、そういう意味からしましても、やはりこの評価を一日も早
くやっていただきたい。今まで余りにも遅過ぎたと思うのです。
これで果たして日本が国際社会に立ち行けるかということを考えますと、拙速
であるよりか何か慎重にと、慎重にということは実は何もやらないということ
の隠れみのでありまして、私は、従来、大学の中でも進歩を標榜していた人が
いかに保守的であるかということを日々実感しておりますので、どうかよろし
くお願いいたします。
○岡田参考人 この評価結果と資源配分ということなんですが、研究におきま
しては、文部省なんかも競争的原理を入れまして、科研費などはきちっとそう
いうことで配分されているというふうに理解しておりますし、それから一番問
題なのは、イギリスの場合には、我々の言う講座費、いわゆる恒常的に来る経
費さえ全部そこの結果でやってしまっている場合があるわけですね。これはちょっ
と私は行き過ぎなんだと思います。やはり、配分の仕方のいろいろな見方を、
ポジティブに見ていただきたい。
例えば今、うちで創造工学をやっておりますけれども、参加型の教育をしよ
うと思いますと、実際に物をつくったり、やはり費用がかかります。例えば教
育評価で今まで資源配分をなどというのはないのですけれども、できましたら、
別に東北大学に下さいと言っているわけじゃないのですが、あそこは、東北大
学は非常にすぐれた教育をやっている、確かに経費もかかっている、とすれば、
プラスの面で評価をしていただいて、それでその辺をもっとやりなさいという
意味でプラスアルファの資源配分ということは、私は大賛成です。
何もしなくても何をしても同じように来るよりは、私はプラスの思考で、ネ
ガティブ思考で、しなければこれは出しませんよでは、これは大変困りますの
で、イギリスは私は本当に行き過ぎだと思いますので、なるたけプラスの評価
で資源配分につなげていただきたい、これが私個人の大学人としてのお願いで
ございます。
○池内参考人 今おっしゃったように、実は基礎的な配分が十分あった中で、
余分の、それ以上の例えば科研費に当たる部分、あるいは競争的部分、そうい
う部分での資源配分というのは、これは当然あり得る。我々自身も現実にやっ
ているわけですね、科研費等で。
しかしながら、私が非常に懸念しておりますのは、現在、ことしの四月から
文部省の予算の配分方法が変わったわけです。これはもう皆さん御存じでしょ
うね。これは非常に大きな変革でありまして、これまで、博士講座の持つ、例
えば私たち理系の実験講座に当たる部分、そういうふうに講座の規模、中身に
よって単価が決まっていた。そういうのが一番低いのは文系の、例えば修士講
座、それが一番低かったわけですが、今回の四月からの配分方法は、その一番
低いところへとりあえずは全部合わせる。いわゆる公費というのはそれに全部
合わせる。無論、一遍に予算が減っては大学は大変ですから、これまでの余分
の部分に関しては大学そのものに与えます、全体の額としては去年とほとんど
変わらない、そういうことです。平成十二年度は前年度とほとんど変わらない
と書いてあります。十三年度はクエスチョンですね。
そんなにひどいことは文部省はおやりにならないとは思いますが、つまりそ
の部分、基礎的な部分を非常に下げておいて、文部省の自分たちの意向で配分
できる部分をかなり大きくしているという予算のシステムになったということ
自体が、この資源配分に見事に反映できるシステム、予算措置としてなりつつ
あると私は思っているわけです。
これはほとんど我々が何も知らないままでやったというふうに実は僕は教授
会で聞かされて、何たることですかというふうに部長をしかりつけて、しかり
つけてというのはあれですが、そういうことでありました。
これは、戦後の大学改革の中でも、目立たないけれども非常に大きな改革で
あった、我々の知らないうちに進んでしまったと。それが、今回のこの評価と
資源配分というのに見事にリンクするシステムになったと私は思っております。
懸念しております。
したがって、先ほどから何回も強調しておりますように、五年の短い期間で
資源配分にはね返るということは、大学そのものを例えば悪循環に、ちょっと
悪いとどんどんそれは悪くなっていきます。そうすると、そういう大学に若い
人が残りますか。学生たちが来るでしょうか。いや、無論、大学つぶしのため
にそういうふうにされるのなら、私はそれはそれでまた別のあれがあるのです
が、私はそのように思っております。
実は、先ほど進歩人は保守的だとおっしゃられました。私は進歩的な人間だっ
たかどうかは知りませんが、今や日本という国は効率主義に侵され過ぎている
と私は思っております。それこそが二十一世紀に向けて反省しなければならな
いことであります。しかしながら、現在進められようとしているのは、まさし
く効率主義を国立大学に貫徹しようと。無論、我々自身何もしないというわけ
ではなしに、名古屋大学でもアカデミックプランあるいは学術憲章等を現在議
論しておりまして、私もその委員でやっておりますが、そのような努力をして
いる。
それと、無論そういう中で、私が先ほど言った文化を基本的に継承し発展さ
せるべく守るということ、これらの大学の基本的な使命を効率主義で毒させて
はならない、あるいは大学が目立つようなパフォーマンスだけで生き延びよう
とするのは非常にまずい、私はそのように思っております。(池内)
○濱田(健)委員 終わります。ありがとうございました。