==> 国立大学独立行政法人化の諸問題


Date: Mon, 27 Mar 2000 09:05:17 +0900
Subject: [reform:02684] 国立大学の独立行政法人化について
To: reform@ed.niigata-u.ac.jp

reformのみなさまへ

 下記のレポートは、岩手大学教育学部・教育学研究科における授業の中での論議を
ふまえて、授業参加者3名による討論の結果をまとめたものである。内容としては、
国立大学の独立行政法人化に対して、教育学部の大学院生としてどのような考えをも
つべきかについて考えてみたものである。

国立大学の独立行政法人化について

1.基本的な考え方として  レポートを書くにあたって、私たち教育学部の大学院生にとって、国立大学の独立 行政法人化は何が問題なのかを考えてみた。独立行政法人化とは、行政法人化の一環 として、行政のスリム化・効率化・機動的な意思決定過程の実現という目的(「行政 改革会議 最終報告」)で導入が進んでいる。  全国大学院生協議会では、国立大学の独立行政法人化によって、次のような問題点 があげられている。第一の問題点は効率重視の「評価」の大学の研究・教育への導入 を軸にした公教育の「スリム化」である。この「スリム化」によって3年〜5年単位 の効率重視の行政による「評価」と予算配分が行われ、大学における学問研究の健全 な発展が歪められるとしている。また、学費の上昇や、各研究科間・大学間での学費 の格差拡大は避けられず、研究条件等の格差も拡大も広がるとされる。このことは何 を意味するのか。「スリム化」を目指している以上、業績による大学への評価で予算 の絞込みが行われ、大学が淘汰されていく危険性はないだろうか。行政の考えるよう な「業績」が上がらない大学は、廃止・縮小・統合が行われる恐れがあるだろう。ま た、学費においても、大学・研究科間で格差が生まれ、地域や大学によって通学条件 に格差が生まれるのではないだろうか。このことは教育を受ける権利を著しく侵害す る危険性があるように思えてならない。  全院協では、第二の問題点として、政府・文部省による大学運営への干渉・介入が 強まることを危惧し、第三の問題点としては、公立大学・私立大学への深刻な悪影響 をあげている。  私たちが教育学部の大学院生として考えるにあたって、話し合った結果、次の三つ の点に絞ってレポートにすることにした。 1.学生にとって学習の機会の減少 2.研究機関・教育機関として大学の役割の負担増加による悪影響 3.大学外との学問的交流の減少(学会・研修・講演・資料など)  1.は学費の格差などによる、高等教育を受ける権利への影響について、2.は大 学や教授にかかる負担増加による大学院生への影響について、3.は大学の外部への 役割について考えることにする。 2.学生にとって学習の機会の減少   国立大学の独立行政法人化が実施されることによって、いろんな問題が深刻化さ れると思われる。その中でもまず考えられるのは「学費の上昇と各研究科間・大学間 での学費の格差」である。今までは、家庭の経済状況によって、ある程度、国立大学 か私立大学か、自分の進路を決めることができた。しかし、独立行政法人化の実施に よって学費が上がると、高校のときからすでに、経済的な理由で大学への進学を断念 する学生が増えることが考えられる。  日本国憲法の第二十六条は、「すべての国民は、法律の定めるところにより、その 能力に応じてひとしく教育を受ける権利を有する。」と定めている。その精神に基づ くならば、教育としては、その本人の能力に応じて高等教育を受ける機会も与えられ るべきであろう。特に国立大学では、生徒の家庭の経済状況や学校で行われる授業の 質の維持などを考えた上で、状況を考えながら、できるだけ学費を引き下げることに 力を入れるべきではないだろうか。学費を上げることによって、大学の教育レベルが 上がるとは言えない。かえって大学が、生徒たちの自分の知識を広めるための場所で はなく、単なる就職のために学歴を必要とする場所に変わってしまう可能性もあるで あろう。学生が大学で求めることは「社会的・人類的意義を有するのかについて基本 的な理解を得ること」であって、それを満足させることが大学の責任であると思う。 3.研究機関・教育機関として大学の役割の負担増加による悪影響  大学院生としてやらなければならないことは何か。それは修士論文を書くことであ る。では、その修士論文は自分自身の力だけで書けるのか。いや、そんな実力は自分 にはない。そこで、そんな自分のよきアドバイザーとして、また、基本的研究の支え として、師匠として指導教官がいるように思う。私たちは未熟であり、自分の実力だ けで論文が書けるような存在ではない。そこで、指導教官の指導を受けるわけだが、 独立行政法人化がその指導教官や大学に、深刻な影響を与えるものであるとしたらど うであろうか。大学院生である自分にも大きな影響を及ぼすのではないか。ここで は、そのことについて述べていきたい。  独立行政法人化された大学では、一般企業の研究機関のように、三年〜五年という ひじょうに短いインターバルで研究成果をあげなければならないとされている。この ことは長期な展開を見据えた基礎研究が、ないがしろにされてしまうという事態を呼 び起こす。指導教官の基礎研究はその指導を受ける大学院生にとって、もっとも大き な影響を受ける部分であると思う。自分の論文の基本的立場さえも見失いがちになる ような、深刻な影響を受けることも考えられる。  また、「スリム化」によって、大学内の教官の数は間違いなく減り、非常勤講師の 増大と言う結果を招くとも考えられる。このことによって、教育機関としての役割を 担うため、各教官の担当する授業数も増えるのは必至である。このことは、その教官 の抱える学生・大学院生の指導時間にダイレクトに影響する。学生への指導教官の指 導時間が減ることは避けられなくなるであろう。  なぜ、独立行政法人化の矛先に国立大学が向けられたのか。それは大学生の学力低 下などの大学教育に対する不満が根底にあるように感じる。しかし、このように独立 行政法人化に移行すると、教官・大学に対する負担は増加し、大学関係者は目先のこ とに追われ、大学教育を振り返る時間は全くといっていいほど無くなり、大学教育は よりすさんだものとなってしまう。このことは、大学に対する不満を増やすだけには ならないだろうか。大学の抱える問題を解決するには、独立行政法人化はまったく逆 効果であるように思えてならない。 4.大学外との学問的交流の減少(学会・研修・講演・資料など)  もし、かりに大学が各県ごとに無くなった場合、各種研修や学習の場が限られ、高 度な知識に触れる機会がより少なくなることが考えられる。  大学の役割としては、研究をしてその成果を学生に伝えるのみでなく、広く社会に 伝えるということも挙げられるのである。大学は地域の学習センターを象徴する存在 なのである。大学に行けば、多くの資料と高度で専門的な知識をもつ研究者がおり、 日本中、世界中の知識と繋がっている。そのような学習センターとしての大学が、各 県ごとにある現在の状況と大都市に行かなければ触れることのできない状況とでは、 あきらかに現在の状況の方がいいと言える。 このように大学の整理統合は、地域間の文化的格差の増大を広げることは明らかであ る。このように、大学の役割の大きさを考えると、教育基本法における第三条、第七 条の精神を尊重する上でも、大学の良き姿での存続を心より願うものである。 5.まとめ  このように考えてくると、国立大学の独立行政法人化が教育に与える影響は、とて つもなく大きい。大学教育の現状を圧迫し、大学教育の問題点を赤裸々にし、日本国 憲法や教育基本法・学校教育法の精神を、著しく侵害するものになる危険性がある。 現在の大学にも問題点があることは否めないが、独立行政法人化が決して解決を促す ものではないように思う。したがって、独立行政法人化は、私たちにとっては悪影響 を及ぼすものであり、日本の教育の未来をつぶすようなものである。このことから、 独立行政法人化は到底賛成できるものではなく、反対していかねばならない問題であ ると主張する。  現在、岩手大学の学生のほとんどが、このような背景を全く知らないで大学に通学 している。直接的に自分たちに関わる問題ではないとしても、大学にいる以上、大学 の置かれている現在の状況を把握することは必要なのではないだろうか。この「知ら ない」という事実が、もっとも怖いような気がしてならない。
参考文献・資料 全国大学院生協議会 第4回理事校会議特別決議  「国立大学の独立行政法人化への反対を全国の大学院生に呼びかける」 (1999年10月31日 全院協理事校会議) 武田晃二 全大教時報 第23巻6号所収(2000年)  「大学教育のあり方をめぐって・1999年 −国立大学の独立行政法人化によって事態は決定的に悪くなる−」 大学改革情報ネットワーク:[reform:769]  1997年10月21日 文責:岩手大学教育学部教育学研究科 学校教育専攻  徳増 全矢