==> 国立大学独立行政法人化の諸問題
創文2000-08 No. 423 p23-26

市場経済のなかの大学

ーー川口浩編「大学の社会経済史」を読んでーー

新保 博(神戸大学名誉教授・日本経済史)


(抜粋)
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1970年代以降加速する「大学の大衆化」は、市場原理による 競争を激化させた。その競争は、当然高等教育サービスの販売競争 という形をとるが、その場合「大学」における研究水準や、教育サ ービスの質・内容よりも、各種の方法による知名度のアップや施設 などのハ−ド面の充実のほか、個性重視を大義名分とする選抜方法 の多様化に重点をおいたものとなっている。川口氏が指摘するよう に、「大学」は「高等教育」というよりは「中等後教育」の水準に とどまるとともに、事実上基礎教育や「総合知」教育の軽視、ひい てはエリート教育に不可欠な工−トスに関わる問題の軽視に帰結し ている。市場原理にもとづく競争は、「神の見えざる手」に導かれ てより良い安定した教育制度をもたらす、というのはオプティミス ティックな幻想のように思えるのである。

最後に、本書で触れられなかった日本独自の問題について、一言 しておきたい。「大学」に在籍する学生が、パートタイム労働力の 重要な供給源となっている点である。大学生のマジョリティを占め る人文・社会科学系学部学生の大部分と、理科系学部学生の一部分 は、サービス産業を中心とする単純労働のパートタイマーとして恒 常的に労働市場に参入しており、その数は現在150万人を下回る ことはないと思われる。しかも、かれらは、社会保険など一般の労 働者に保障されている権利が与えられていない労働力、言い換えれ ば雇い主にとって「使い勝手のよい」労働力であり、現在では日本 の労働市場の不可欠の構成要素となっている。本来ビジネス・エリ ート養成を目的とする高等教育機関の学生が、エリートとは無縁の 単純労働の恒常的な供給源となっている、というきわめて皮肉な事 実そのものが、田口氏のいう「新制大学の死」を告知しているとい ってよい。この点をふくめて、現在のような形で「大学」が組みこ まれている日本的市場経済の構造が根源的に変わらないかぎり、 「大学院大学」・「高等教育機関」・「中等後教育機関」の三種類 への「大学の種別化」と、市場原理による淘汰が進められたとして も、日本の大学の「新新制への転生」は現実のものとはならないで あろう。

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