フェミニズムとマルクス主義


フェミニズムに潜む悪しき背景





 改めて指摘するまでもないことだが、フェミニズムの
根源は共産主義(マルクス・レーニン主義)に
ある



 それを、ここまではもう一度確認しようと思うのだが、そ
の前にフェミニズムの歴史を振り返ってみよう。筑波大教
授の中川八洋氏は『教育を救う 保守の哲学』で、「フェミ
ニズムのイデオロギーは、三期にわけるのが便利である」
と述べている。
 第一期は、19世紀から20世紀半ばにかけての婦人参
政権などの「男女平等」思想――所謂「リベラル・フェミニ
ズム」である。
 第二期は、『新しい女性の想像』のベティ・フリーダンらに
よって広められた「ラディカル・フェミニズム」である。これ
は「男性嫌悪(マン・ヘイティング)」「男性に愛される女性
への呪詛」を基調とするフェミニズムである。マルクス主義
はこの第二期に継承された。この主張には、法的、公的
な制度だけに留まらないことにまで問題にしている。また
上野千鶴子氏に代表される「マルクス主義フェミニズム」
も、この分派と言える。
 第三期は、「ジェンダー」を開発し、その構造の解体を目
指すものである。「ジェンダーフリー」が蔓延している今の
日本である。



 フェミニズムとは、共産主義の思想軸に位置付けられ
る。一番分かりやすいのが、マルクス主義の階級闘争史
観に男女を当てはめることである。
 つまり、男性をブルジョアに、女性をプロレタリアートに、
という具合である(あるいは、ジェンダーを支配構造と捕ら
えることなど)。
 ――共産主義として力を失ったマルクス主義がこういう
形で残っているのだ。「強者と弱者」「支配者と被支配者」
「権力者と被権力者」「富裕層と貧困層」……。
 また、マルクスと共にマルクス主義イデオロギーを作り上
げたフリードリッヒ・エンゲルスの著書『家族・私有財産・国
家の起源』がフェミニズムには大きな影響を与えている。
 これは、「夫は家族の中でブルジョアであり、
妻はプロレタリアートを代表する」という「階級
史観」による前提があり、これが今のフェミニ
ズムの「家族解体」運動の基盤である。
 もっともエンゲルスも『イギリスにおける労働者階級の状
態』で、妻が働きに出ることは「家庭を全面的に崩壊させ
るのは必然である」、家庭が崩壊することは「夫婦にとって
も子供にとっても道徳上もっとも悪い結果をもたらす」と認
めているのであるが。
 つまり、結局は、「家庭」という「夫=ブルジョア 妻=プ
ロレタリアート」の構図から脱し、そのために「家族(家
庭)」を崩壊(解体)させる、という具合なのである。
 マルクスはその主著『資本論』の中でこう言っている。
 「資本主義制度の内部における古い家族制度の解体
が、いかに恐ろしくて厭わしいものに見えようとも、それに
もかかわらず、大工業は、家事の領域の彼方にある社会
的に組織された生産過程において、婦人、男女の若い者
と児童に決定的な役割をあてるこちによって、家族と両性
関係とのより高度な形態のために新しい経済的基礎を創
出する」
 ここでマルクスが言う「高度な形態」とは、無
論、社会主義国(社会)のことである。



 八木秀次高崎経済大助教授は、『誰が教育を滅ぼした
か』の中でフェミニズムが目指す、究極のユートピア――
「ファランステール」と呼ばれる共同体を紹介しカルト性を
明らかにしている。
 これは「空想的社会主義者」フランソワ・マリー・フーリエ
(ジェンダーフリーの発明者)が主張したもので、その実態
は、一夫一婦制は無意味となり、恋愛や結婚は従来の拘
束から解き放たれ、風俗の自由が提唱され、夫婦が「2
組、3組、あるいは4組」で交際することが可能になる。さ
らに家族が廃止されるので、料理、育児等が外注化され
る。「スカートとズボンという対照的な衣服で男女を区別す
ること」が避けられる――そういう社会である。
 
 フェミニズムの問題とするものを解決するには「社会主
義革命」しか有り得ないのである。
 ――フェミニストがなぜ「シングルマザー」を推奨し、専業
主婦を差別し、家族を嫌悪するか。つまりは、その背景に
マルクス主義があってのことなのだ。
 周知のとおり、共産主義(マルクス・レーニン主義)は終
焉した。ベルリンの壁は崩れたし、ソ連も消滅した。
 だが、日本では死んだはずの共産主義がしぶとくに生き
残り、教育、政治、言論界など、あらゆるところに蔓延し、
そして影響力を発揮し続けているのだ。



 論より証拠。共産主義が、またフェミニズムが
目指す「家族解体」が、歴史によってその敗北
が証明された
 ソビエト政府は「女性解放」を実行しようとした。家族を解
体させようとし、それまでのことから、食堂、洗濯場、託児
所等に移行することにより、「家庭の負担」から女性を「解
放」することにした。
 だが、それは失敗に終わる。
 「イギリスの労働者の惨状と同じ状況が繰り広げられ」
て、さらに「青少年の性秩序や家族秩序に関する混乱が
生じ」、離婚が激増し「出生率が激減した」。また「少年犯
罪・非行が急増」し、「愚連隊の増加に関する報道や批
判」が高まり、「彼らは勤労者の住居に侵入し、略奪したり
破壊したりして、抵抗者は殺戮した」。
 性の自由化と女性の解放は、その目的とは裏腹に「強
者と乱暴者を結果として助けることいなり、弱者と内気な
者を痛めつけることとなった」。
 このような散々な結果に、1934年、ソビエト政府は家族
政策および女性政策を見直し、家族の強化策を取ったの
であった。(『反「人権」宣言』)
 これだけでなく、現在のスウェーデンであったり、1960
〜70年代にウーマンリブの嵐が吹き荒れたアメリカの就
学児童生徒のほぼ50%が片親という空前の高離婚率社
会を生んだ実績(!)があるのだ。



 共産主義(マルクス主義・レーニン)の特徴で
あり、恐ろしいところは、それがマルクス主義
的な考えであり、イデオロギーであるというこ
とに気付かずに、いつの間にか受け入れてし
まうことにある

 ところで、本当に共産主義は女性を救い、「抑圧」や「差
別」から解放するのだろうか?
 果たしてレーニン(スターリン)率いるソ連は女性を解放
したか? 
 中共は女性が解放されたのか?
 いや、そもそも「フェミニズム」「ジェンダーフリー」は女性
を救うのか? 解放するのか?
 私は思う――かくも安易な「理想」ほど、恐ろしいものは
ない、と。

 フェミニズムの発想の淵源、マルクス主義。……極端に
偏った、家庭の夫婦関係、一般の男女間の関係を、力関
係、上下関係として捉える構造……。
 こんなものが女性を解放するとは、とてもじゃないが信じ
ることはできない。




 ノーベル文学賞受賞者であるバートランド・ラッセルは次
のように社会主義(共産主義)を指摘している。
 「……ボルシェヴィズムは、たんにひとつの政治理論であ
るだけではない。それは精緻な教義と霊感のこもっ
た経典を備えたひとつの宗教である
 ――と。


 (参考文献)
 八木秀次『誰が教育を滅ぼしたか』
 八木秀次『反「人権」宣言』
 中川八洋、渡部昇一『教育を救う 保守の哲学』
 伊藤公雄『男性学入門』
 林道義『フェミニズムの害毒』



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