化 石 論 講 座
−補論1:五日市の化石、雑感。−

 化石論講座を開講するのも、随分と久しぶりになりました。最終講義を行って以来、足掛け3年が過ぎております。
 今回は、様々な年代の化石が、比較的気軽に採取できる地域として、東京都あきる野市の五日市のお話と、それにまつわる情報を皆さんにご紹介したいと思います。あくまでも個人的な経験と諸々の雑感をお話しするものですから、あまり力まずに聞いてください。
 五日市へは、電車で簡単に行くことが出来ます。JR立川駅より、五日市線にて終点の武蔵五日市駅に至ります。ただし、立川駅から直通で行くことが出来るのは、朝夕の通勤時間帯が主で、多くの場合は、青梅線・拝島駅にて五日市線に乗り換えることになります。いずれにしても、立川駅から290円で行くことが出来ます。(2004年3月現在。)

 五日市周辺の地図

 武蔵五日市駅全景

 五日市は、現在は旧秋川市と合併してあきる野市の一部となっておりますが、かつては五日市町という一つの地方自治体でした。前に示した地図の中ほどを秋川(あきかわ)という川が流れていますが、この川の周辺の盆地 に形成された集落です。盆地であるため、東京都内とはいうものの、閉ざされた鄙びた地域といった感があります。それだけに、五日市住民の郷土への思い入れが強いようで、旧五日市町時代に町立の郷土史博物館として創設された施設があります。
 この施設は、現在、あきる野市立五日市郷土館 と称されており、五日市の自然史と郷土史に関する様々な展示品が陳列されています。なかでも、化石に関する展示には、実に様々な年代の化石が含まれており、興味深く観察することが出来ます。郷土館の化石に関する展示を実質的に取り仕切っているのが、五日市在住の樽良平 (たる りょうへい)先生という方です。先生は、かつて高校の教諭として教壇に立っていた方で、地学や工業高校の電気科の科目を担当していらっしゃったそうです。先生は郷土館の常勤の職員ではありませんが、私が郷土館を訪問した際には、運良くお会いすることが出来ました。職員の方に紹介され、館内の会議室で小一時間ほどお話を伺いましたが、化石や古生物学のみならず、地質学や農業に関するお話、さらには自然遺産や文化財の保護に関するお話、はては博物館の展示のあり方や地学教育のあり方に関するお話など、多岐にわたる興味深いお話を伺うことが出来ました。先生は、五日市には様々な年代の地層が存在することに触れ、「五日市の地層を半年も観察していれば、地質学や古生物学の基本は身につくだろう。」とまでおっしゃっていたのを憶えています。職員の方によれば、先生は興味を持って郷土館を来訪した人と話し合うことがお好きな方とのことですから、五日市を訪れる際には、出来れば電話などで郷土館にアポイントを取ってみるといいでしょう。

あきる野市立五日市郷土館
 所在:あきる野市五日市920‐1 都立五日市高校近く
 電話:042‐596‐4069 
 開館時間:午前9時30分から午後4時30分まで 
 休館日:火曜・水曜・祝日(水曜が祝日の際は木曜も休館) 入館無料 
 ウェブサイト:http://www.city.akiruno.tokyo.jp/14_shisetsu/framepage_shisetsu_annai.htm

樽良平先生の著作として、
五日市町立郷土館・刊行「五日市むかしむかし」、
「多摩の化石」(たましん文化財団・刊『多摩のあゆみ』第27号所収)、
「多摩200万年」(同誌第96号所収)などを参照されたい。

 では、郷土館に展示されていたものの中でも、特に興味深かった「パレオパラドキシア」の化石を紹介しておきましょう。

 パレオパラドキシア(頭骨)の化石

 パレオパラドキシア想像図

 パレオパラドキシアとは、スモスチルス科の絶滅したほ乳類です。学名Paleoparadpxiaは、ギリシャ語のpaleaios(古い)+paradoxos(奇妙)に由来しています。中新世紀前から中期、日本・北米に分布していました。日本では、三重県・岡山県から北海道道南地方まで産出しています。たいへんな巨獣で、一部では「珍獣」「奇獣」とも言われます。かつて、この化石論講座 で紹介した「ようばけ」からも発見されていて、その化石は、「ようばけ」近くのおがの化石館 にも展示されています。事情が許せば、おがの化石館も訪問して、二つのパレオパラドキシアを見比べてみるのもおもしろいかもしれません。

おがの化石館 
 所在:埼玉県秩父郡小鹿野町大字小鹿野89
 電話:0494‐75‐4179
 開館時間:午前9時から午後5時まで
 休館日:火曜(ただし、11月から3月の間は、土曜、日曜、祝日のみ開館)
 入館料:300円 
 ウェブサイト:http://www5.ocn.ne.jp/~ogano/kankou/midokoro/kasekikan/kasekikan.html
 
 また、五日市で発見されたのに、なぜか五日市郷土館ではなく東京都高尾自然科学博物館 に展示されているステゴドンの化石も、大型の動物として一見の価値があります。

東京都高尾自然科学博物館
 所在:東京都八王子市高尾町2436
 電話:0426‐61‐0305
 開館時間:午前9時から午後5時まで(ただし、12月から2月までは午後4時まで)
 休館日:第1・第3月曜(祝日にあたるときは火曜)、年末年始 入館無料
 ウェブサイト:http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~takahaku/

 ステゴドン(ゾウの一種)の化石 肋骨と左前脚の一部(尺骨)

 ゾウの骨格図

 1978年3月2日、五日市町の工事現場で、ステゴドン・ボンビフロンスの化石が発見されました。ここには、ほぼ一頭分の化石があったようですが、発見されたときにはすでに工事によって多数の化石が失われていました。ステゴドン科ステゴドン属に含まれます。ステゴドンとはギリシャ語で屋根(ステゴス)のような歯(オドント)を盛ったゾウという意味です。この科のゾウは、アジアと東南アジアを中心にアフリカおよび中近東から化石が発見されています。日本ではステゴドンゾウの仲間のゾウは、シンシュウゾウ、アケボノゾウ、トウヨウゾウの3種が知られています。シンシュウゾウは、約400万年前から200万年前まで生息していた肩の高さが約3メートルの大型のゾウで、トウヨウゾウは約50万?30万年前に生息していたゾウです。アケボノゾウは、日本でしか発見されていない固有の種で、発見例としては、関東と新潟を結ぶ線から西側で北九州まで知られています。最も多いのは、近畿地方です。約250万?70万年前まで生息していたと思われます。肩までの高さが約2メートルくらいの小型のゾウです。今のアジアゾウやアフリカゾウよりはるかに小型です。
 余談ながら、高尾自然科学博物館には、同じくゾウの化石で、約30万から2万年前の間に生息していたとされるナウマンゾウのものも展示されています。1976年に都内の中央区日本橋浜町、隅田川近くの地下鉄工事現場からから発見されたもので、保存状態も良く、欠損部分を補って復元骨格として展示されています。ナウマンゾウの場合は、生息年代が人類と重なるだけに、古生物学のみならず考古学の分野からも関心が寄せられているようです。私の知るところでは、長野県信濃町の野尻湖ナウマンゾウ博物館 で、古生物学・考古学両面からの研究・展示が行われており、アマチュアも参加しての発掘や観察も行われているようです。事情が許せば、一度は参加してみたいものです。

野尻湖ナウマンゾウ博物館
 所在:長野県上水内郡信濃町野尻287-5
 電話:026‐258‐2090
 休館日:4・7・8月をのぞく月の末日、11月30日?3月19日(冬期間休館)
 入館料:500円
 ウェブサイト:http://www.avis.ne.jp/~nojiriko/

 ナウマンゾウの化石(高尾自然科学博物館展示)

 話が五日市から飛んでしまったようなので、話を五日市の化石に戻しましょう。

 先ほども申しましたが、五日市には様々な年代の地層が露出しています。山間部では、約3億から1億年前の古生代(有名なところでは、三葉虫などがいた時代)や中生代(恐竜がいた時代)の地層も出ているようです。特に、「岩井の沢」と呼ばれている場所の中生代・三畳紀の地層からは、アンモナイトの化石も発見されているようです。私の知る限り、都内でアンモナイトが出た例は、ここだけではないかと思います。また、古生代のフズリナ(紡錘虫)の化石を含んだ石灰岩を産する場所もあるようです。余談ながら、五日市の周辺には、石灰質の鍾乳洞も多くあり、洞窟探訪(ケービング)を目的としてやって来る人も多いようです。
 先ほど紹介した樽良平先生のお宅の近くは、樽沢(たるさわ)と呼ばれており、やはり石灰質の地層の露頭があるようです。樽先生のお家の敷地にも中生代・ジュラ紀の地層が露出していて、シダリスなどの棘皮類(ウニ、ヒトデなど)や腕足類の化石が出ると聞きます。なお、フズリナやシダリスの化石を含む岩石は、五日市郷土館の敷地内に置かれており、観察することが出来ます 。

 五日市にある化石を含んだ地層の中でも、武蔵五日市駅から無理なく徒歩で行くことができ、化石の採取が容易なのは、秋川の河床に露出した新生代・第三紀の地層だと思います。化石の採取に適した場所を、2ヵ所ほど紹介しておきましょう。2ヵ所とも、秋川層という第三紀層に含まれます。電車で行く場合には、武蔵五日市駅近くの観光案内所で道順を確かめてから歩を進めたほうが確実かもしれません。

 一つは、武蔵五日市駅を出た後、駅舎を背にして目前の、線路に平行な通りを右に向って進みます。上り坂を15分ほど進むと、「東京都秋川保健所」を示す標識がありますから、その角を左折します。下り坂を5分ほど進み、保健所を通りすぎてしばらくすると、秋川に掛かった小和田橋という橋にあたります。橋を渡って、下流方向にしばらく進むと、川に堰があります。その堰の直下に、黒っぽく崩れやすい泥岩の河床が露出しているのがわかります。これが小庄泥岩部層と呼ばれる新生代・第三紀、約1600万から1500万年前の地層です。ここからは、メタセコイアなどのセコイア杉やケヤキの類の植物の化石や貝類の化石などが産出します。特に、メタセコイアは、日本領土内においては一度は絶滅しており、1945年に中国四川省の山奥で原生しているのが発見されるまでは完全に絶滅したものと考えられていたことを思えば、まさに、シーラカンスやオオサンショウウオと並んで「生きた化石」とも称されるべき存在であり、たいへんに興味深いものがあります。 余談ではありますが、1978年、五日市に隣接する八王子市の北浅川の河床から、当時高校の教諭であった吉山寛先生がメタセコイアの化石林を発見したことが知られています。一度は発見現場を見ておきたいものです。

なお、このエピソードについては、
前掲・樽良平「多摩の200万年」、
および吉山寛「メタセコイアはなぜ滅びたか」
(たましん文化財団・刊『多摩のあゆみ』第96号所収)に詳しい。

 小庄泥岩部層近辺

 同・接近

 小庄泥岩部層は、堰の上から観察すると、地層が複雑に折れ曲がっている(褶曲している)様子がよく分かります。こうした様子を「スランプ構造」といい、地層が堆積する際、堆積物が固結しないうちに大地震による地すべりなどで複雑に変形して形成されます。小庄泥岩部層は、スランプ構造の観察にも適していますが、河川改修工事などのせいで以前ほど面白くなくなったという人もいます。詳しくはお話できませんが、五日市には、この他にも地層の観察に適したロケーションが多くあるようです。

 堰の上から観察 水中の部分に激しい褶曲が見られる。

 この地層から出る植物の葉の部分の化石には、観察しやすい理想的なものが多いのですが、母岩がたいへん脆い泥岩であるために、持ち帰る途中でこなごなになってしまうことがよくあります。持ち帰る際には、化石を丁寧に包装し、持ち帰り次第必要な補修や固化処理を行うように心がけてください。

 メタセコイアの化石

もう1ヶ所は、武蔵五日市駅を出た後、駅前の通りを駅舎を背にして直進し、しばらく進むと「錦江閣(きんこうかく)」という旅館の看板がありますので、錦江閣を目指して歩きます。錦江閣の門前を通りすぎると、秋川の川原にに出ることが出来ます。この川原にも、ところどころ黒っぽく崩れやすい泥岩の河床が露出しています。こちらは舘谷泥岩部層と言われる地層で、やはり新生代・第三紀、約1600万から1500万年前の地層です。こちらからは、二枚貝の化石が多く出ます。

 舘屋泥岩部層近辺

 同・近影

 私自身が掘ってみた感じでは、こちらの地層の泥岩は、先ほどの小庄層の泥岩にもまして脆く、崩れやすいようです。一部、若干堅いところもありますが、たいていの場合は、化石を見つけたとたんに化石の部分もろとも崩壊してしまいます。化石の摘出には細心の注意が必要ですし、それにもかかわらず、悔しい思いをすることが多々あります。

 崩れた泥岩(黒い部分)

それでは、最後に、化石とはあまり関係のないお話をして、今回の講座を終えることにしましょう。

 五日市は、盆地であるために、電車で化石採集にでかけると、駅からかなり坂道を歩くことになります。当然、腹も減るものですが、どういうわけかコンビニエンス・ストアなどもあまり見かけません。
 そこで、私が見かけたお薦めの軽食堂を一軒紹介しておきましょう。その名を「やまねこ亭」といい、駅前の通りを横断してすぐのところにあります。

 やまねこ亭

 こちらのお店は、コーヒーやハーブ・ティーなどの飲み物にもかなりのこだわりを持っているようですが、そのメニューの中でも私がお勧めしたいのが、その名も「五穀カレー」です。カレー・ルゥの作りもしっかりしているようですけれども、ご飯の部分が特筆に価します。通常の米のご飯に、種々の穀物を混入してあり、サフラン・ライスの如く淡い紫色がついています。これがカレー・ルゥに実によく合います。
 味の好みについては個々人の趣味もあるでしょうが、少なくとも、他日の話のネタになることは確かです。ここまでお付き合いくださった皆様も、化石を掘りなどに五日市にお出かけの際、時間に余裕があり、なおかつ空腹を感じられた折には、ぜひともお試しください。              

 ‐了‐


トップページへ
「化石論」トップへ