イギリスの大学

オックスフォード大学


ロンドンから高速道路を1時間。のどかな郊外の町オックスフォードに到着する。人口10万人ほどの小さな町で、アメリカのホームドラマに出てくるような一戸建て芝生つきの家々を抜けると、古風な建物がびっしり並んだ旧市街に着く。クライスト・チャーチ(ルイス・キャロルが教鞭をとった)、マートン・カレッジ(皇太子殿下の留学先)、ベルリオン・カレッジ(雅子妃の留学先)などのカレッジを見て回る。石畳と重厚な石造建築がどこまでも続く。

あるカレッジではハリー・ポッターの撮影に使われた食堂(ダイニングホール)を見学。学食といっても厨房は別の部屋であり、30人ほどで一杯になってしまう小さな食堂。しかし内部の装飾は荘厳でまるで教会だった。いろんな人の肖像画がおごそかに飾ってあったが、大学に財政面で貢献した人たちと聞きちょっとずっこけ。

オックスフォード大学(University of Oxford)は1160年代後半に誕生した英国最古の大学で、学生数は約11,000名。単一の大学ではなく、39の独立したカレッジで構成されている。カレッジは、「学寮」とも訳し、日本の単科大学がcollegeと称する場合とは全く異なる。教師と学生が寝食を共にし、同じ建物に住み、共に学ぶという独特のシステムをとっている。

各カレッジの規模は平均して400人程度と小さいが、複数の学問分野を持っている。講義形式の授業はほとんどなく、基本的に教員と学生との授業は1対5で、マンツーマンの個人指導も行われる。カレッジごとに晩餐会を催すなど、独特のしきたりが多数ある。公式行事では黒のガウンを着用する。学生はブレア政権になってから年1000ポンド(約20万円)の学費を払うようになった。文系イメージが強いが理学部があり、レーザーの研究はここが発祥。

出身著名人…クリントン前大統領、サッチャー元首相、ブレア首相、ルイス・キャロル、マハトマ・ガンジー、クリストファー・レン(母校の設計もやった)

住民との対立…地元住民と学生のトラブルは日本でもよくあるのだが、オックスフォードも例外ではない。かつては粗暴な学徒と市民とのトラブルが多く、1355年2月10日には63名もの教授が殺されるという争乱になった。この結果、王室と教会の権威のもとに大学の権力は強化され、市長や市の有力者たちは、その後500年ものあいだ、事件のあった聖ショラスティカの日に反省の行進をさせられた。現在のオックスフォードにはそのような血なまぐさい雰囲気は微塵も感じられない。

写真は「ラドクリフ・カメラ」。オックスフォード大学のシンボルともなっている円形の図書館で1749年竣工。カメラとは「部屋」という意味で写真とは関係ない。残念ながら内部は非公開。右にあるのがボドレイアン図書館。左はカレッジの校舎。

聖メアリ大学教会…1315年竣工のオックスフォード大学全体を代表する教会。127段の階段を上って屋根に出ると、オックスフォードの町の全景が眺められる。

ボドレイアン図書館…500万冊の蔵書を誇り、イギリスでは大英図書館についで大きな図書館。ただし蔵書は1冊たりとも持ち出すことはできない。

学生生活…オックスフォード大学の学生は39のカレッジのいずれかに所属し、宿泊も食事もカレッジの中で完結する。毎週「テュートリアル」という個人指導による勉学の管理がなされる。スポーツイベントやカレッジ・ボール(ダンスパーティー)などの多彩なイベントがある。1年生と3年生の終わりの試験時には「サブファスク」という正式のガウンを着用しなければならない。試験は厳しく、放校される学生は多い。テムズ川ではボートが盛んで、カレッジ対抗戦やケンブリッジ大学との対抗戦が華やかに行なわれる(日本の大学の対抗戦もルーツはここである)。女子学生の入学は1878年(学位の授与は1920年)と保守的。

ルイス・キャロル…女流作家のようなペンネームだが、本名はチャールズ・ドジソンという数学教授のおっさん。学長の娘アリスに聞かせた創作童話がのちの「不思議の国のアリス」となる。

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