保元物語

[保元物語とは何ぞや?]

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私が現代語訳している『保元物語』いったいおまえは何もの?という疑問をおもちの方、
『保元物語』って名前はきいたことはあるけれども。。。という方、そんな方のための、
ごくごく簡単なガイダンスがこちらでございます。ここで大事なのは、ごくごく簡単ってこと。
学術的に『保元物語』について考えているわけでもなんでもないので、ご了承を(^^;
簡単に、なのでQ&A形式をとっています。

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Q1:『保元物語』その成立時期は?

A1:成立したのは1240年頃よりも以前だといわれています。
『平家物語』と『保元物語』『平治物語』の先後関係についてはわかっていません。
ただ、『平家物語』よりも先に出来たのではないか、という説のほうが有力です。

Q2:『保元物語』の作者は?

A2:詳しくはわかっていません
ただ、『保元物語』と『平治物語』は作者が同一人物ではないか、と言われています。
葉室時長説(『将門記』『保元物語』『平治物語』『平家物語』の作者という説)、
中原師梁説(『保元物語』鈔の作者?)、源喩僧正説などがあるようですが、
どれもあまり信が置けるものでもないようです。

(29/12/2000追記)
諸史・資料、諸文献(文学作品を含む)を収集し得る立場でありつつ、
かつ武士、武具にかかわるかなりの知識を持ち得るような人物であったようです。

(15/1/2001追記)
従来は、『保元物語』と『平治物語』は作者が同一人物ではないか、と言われていました。
しかしその古態本が明らかになってゆくに連れて、異なる人物であるという説が主流に
なってきつつあるようです。

Q3:『保元物語』はどんな内容

A3:読んでください。。。といっては答えになりませんので。
その名の通り、1156年に起こった「保元の乱」の顛末を記したのが、この『保元物語』です。
時期としては、鳥羽院誕生(康和五(1104)年)から
崇徳院の廟が造営される(元暦元(1184)年)までの約八十年間を、
主に保元元年の一ヶ月間を中心として描いています。
『平家物語』と比べると単純ですが、記事の統一性など、
完成された軍記物語としての特色を発揮し始めている作品です。

Q4:『保元物語』は史実を書いているの

A4:大略の部分に関しては、史実通りです。
しかし、あくまで「物語」ですので、さまざまな伝説や巷談、故事などを織り込んでおり、
あくまで史実を説話化したものとして愉しんで下さい。

Q5:『保元物語』現代語訳は他でも参考になるの?

A5:拙訳ですので、あまり参考にしないほうがよいと思われます。
誤りなどが指摘していただければ、早急に直すつもりですが、見落とし、
誤解などあるかと思いますので、そのつもりでお愉しみいただければ幸いです。

そしてもう一つ、諸本の差異があることもご了承ください(→Q8参照)。
当『保元物語』現代語訳が参考としているのは、岩波文庫版保元物語岸谷誠一校訂)です。
この本では平仮名活字本の中の渡辺文庫本(東京文理科大学所蔵、二巻)を底本とし、
元和片仮名活字本(前田侯爵家所蔵、三巻)などの異本によって校異を改めています。
他の底本をもとにした原文とでは、また内容、順序などに異同が生じます。

最後に、章段も本来はなく分けずに書き連ねてありますが、
便宜上章段を分けてあります。これは参考とした岩波文庫版をもとにしており、
章名もまた、岩波文庫版に準拠したものとなっています。

Q6:ちなみに軍記物語って何さ?

A6:軍記物語というのは、日本の文学史上中世と区分される鎌倉・室町時代に登場した
文学ジャンルのひとつで、武士たちの戦いを語った物語です。
各作品は歴史上の争乱を取り上げて、その一部始終を再現するが、
同時にその背後に事件・争乱に対する作者の解釈があり、歴史批評の一面もあります。
先駆的作品としては、『将門記』『陸奥話記』などの平安時代の作品があるが、
代表的なのはやはり『平家物語』でしょう。
その後、バリエーションを加えて、『曽我物語』『義経記』などの英雄物語的なものも
現れてきます。その傾向は、この『保元物語』にも見られ、『保元物語』では
源為朝が英雄的役割を果たしているとも見る事はできます。

Q7:文体については?(8/11/2000追記)

A7:訳文では私の力不足で活かされていないのですが、
原文は和漢混交体(和漢混淆体)と呼ばれる文体で書かれています。
和漢混交体は、文字通り漢字と仮名が混ざった文体です(今は普通な文体ですね)が、
もともと日本では男性中心社会で書かれていた漢文と、
女性たちを中心にまた和歌などの世界で使われている平仮名書きの文体とが
並存していたわけですが、ちょうどこの『保元物語』の舞台となっている
平安末期の時代くらいから現れてきたのが和漢混交体です。
漢文の素養が必要とされるこの和漢混交体は、当然ながらそれなりの知識人層によって
つづられたものと推測されます。

Q8:諸本については?(29/12/2000追記)

A8:煩雑かと思い、A5ではとりあげなかったのですが、
一般的な『保元物語』は3巻本なのに対し、この現代語訳では2巻本を
取り扱っている関係上、とりあげたほうがよいかと考え直しました。
ちなみに、『保元物語』の伝本は五十余種あるといいますが、その全てを
あげることもできませんので、代表的なもののみ挙げさせていただきます。

金刀毘羅本(讃岐金刀毘羅神社所蔵本)
3巻本。本文は平仮名体で目次・序・各章段の標目を欠く。
内容としては[為朝の島渡り(下巻第20章前半)]を欠き、崇徳院崩御に終わる。
詞章の洗練・物語の集約化のすすんだ本文とされる。

半井本(国立公文書館内閣文庫所蔵半井本)
3巻本+附録。本文は片仮名体で目次・序・各章段を備え、
[為朝の島渡り]を末尾に置くところに特徴がある。
完本としてはもっとも古態をとどめるとされる。

鎌倉本(水戸彰考館所蔵本)
3巻本だが中巻に別系統の本文が補われている。
上下巻末に「上野守康豊」の識語があるため「康豊本」とも。
中巻を欠く不完全本文ながら、半井本につぐ古態を示す。

根津本(根津文庫所蔵本)
3巻本。文体は平仮名体で金刀毘羅本とは
編次・巻の分け方・字句などに異同が多い。
為朝に関する説話が入っている

前田侯爵家所蔵元和四年版
3巻本。片仮名の古活字本で、序を[後白河院即位(上巻第1章)]に併合している。

渡辺文庫本
2巻本。平仮名の古活字本で、上下2巻から成るところに特徴がある。

以上のような諸本があるようだが、実際に諸本に関する文献を
あたってみたわけではないので、正直ここにあるのは孫書きです。

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参考資料

『保元物語』(岸谷誠一校訂・岩波書店・1934年)
『新詳説 国語便覧』(東京書籍・1999年)
『三訂 常用国語便覧』(浜島書店・1987年)
『新日本古典文学大系 保元物語・平治物語・承久記』
(栃木孝惟校訂・岩波書店・1992年)29/12/2000追加

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それではごゆっくり。。。

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掲載日:5/12/2000 更新日: