◇ ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は、同じ一つの宗教の、異なった歴史上での現れ

 

  池田 西アジアで生まれたユダヤ教、キリスト教、イスラムという三つの宗教の関係についてですが、イスラム自体が、それをどう考えていたかが、「コーラン」で明言されていますね。
          一つは、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は、同じ一つの宗教の、異なった歴史上で の現れであるということです。
    

   例えば『コーラン』には、次のような言葉がある。
   「(ユダヤ教徒やキリスト教徒に)言ってやるがよい、〈中略〉アッラーのことで我々と言い争いをしようというのか。アッラーは我々の神様でもあれば、お前たちの神様でもあるものを。〈中略〉
  我々が誠の限りをつくしておつかえ申すのはアッラーのみ」〔コーラン二・一三三〕


  「われらはアッラーを信じ、われらに啓示されたものを、またイブラーヒーム(アブラハム)とイスマイール(イシュマエル)とヤアクーブ(ヤコブ)と(イスラエルの十二)支族に啓示されたものを、またムーサー(モーセ)とイーサー(イエス)に与えられたものを、またすべての預言者たちに神様から与えられたものを信じます。われらは彼ら(使徒たち)の間に誰彼の差別は致しません。われらアッラーに帰依し奉ります」〔同二・一三○〕


 「聖典を授けられた人々(ユダヤ教徒、キリスト教徒)は立派な知(神の啓示による特別の知識)を戴いておきながら、しかも互いに嫉み心を起して仲間割れを起した」〔同三・一七〕(井筒俊彦訳「コーラン」岩波文庫)
 
  ユダヤ教、キリスト教、イスラムは、それぞれの伝統のなかで、いずれも一神教の始祖としてアブラハムを崇敬するゆえに、しばしば等しく「アブラハムの宗教」と呼ばれます。
  ゾロアスター教も一神教であるし、それゆえにペルシャをイスラムが征服した後、ゾロアスター教の教えはイスラムによって「聖典の宗教」として認められました。
 
  イスラムの創始者ムハンマド(マホメット)は、モーセやイエスと等しく預言者であり、ムハンマドは「預言者の封印」すなわち最後の預言者であるlこれが、イスラムの認識ですね。

(信仰の対象は何でしょうか。)
                         
  キリスト教の場合は、キリストとしてのイエス、三位一体のキリスト、また場合によっては聖母マリアなども崇拝の対象となるようですが。
   「コーラン」には、次のようにあります。
  「信徒の者よ、アッラー(アラー)と使徒と、使徒に下された聖典と、それ以前に下された聖典とを信仰せよ」〔四・一三五〕(井筒俊彦訳 『コーラン』、岩波文庫)
  ここに、イスラムの信仰が要約されていると思います。
 
(アラーと使徒ムハンマド(マホメット)、そして彼が受けた啓示である「コーラン」と、それ以前の聖典、つまりユダヤ教、キリスト教の聖書が信仰の対象というのですね。)        

  イスラムがユダヤ教とキリスト教の聖書を大切にしているというと、驚かれる方がいるかもしれません。

○ ユダヤ教、キリスト教との関係性

  前述しましたように、イスラムの考えでは、イスラムもユダヤ教もキリスト教も、アブラハムを始祖とする「アブラハムの宗教」となるのです。
  イスラムもユダヤ教もキリスト教も、信じる神は同じです。
  その唯一の神が、モーセ・アラビア語ではムーサと呼びますがーを通じて地上に送ったのがユダヤ教の「律法の書」であり、イェス・アラビア語ではイーサと呼ばれますーを通じて送ったのがキリスト教の「福音の書」となるのです。  そして、ダヴィデを通じて「詩篇」がもたらされたのです。
                               
(「律法の書」、「福音の書」、そして「詩篇」lそれらで、ほぼ『旧約聖書』、『新約聖書』の多くは網羅されたことになりますね。

  ムハンマドを通じてもたらされた「コーラン」は、神の使徒に神の啓示をもたらし続けます。以上のことから、イスラムはキリスト教徒、ユダヤ教徒を、自分たちと同じく「啓典の民(アフル・アル・キターブ)」と呼びます。神はアダムからムハンマドに至るまで、人間を導くために多くの神の使徒を送ったのです。

(ユダヤ教やキリスト教に対するムハンマドの批判は、「異教の邪神を祈っている」ということではなく、「神への信仰の姿勢が弱くなってしまった」というのですね。)

 そうです。ユダヤ教、キリスト教の啓典と 「コーラン」は同じものであり、神と最後の審判を真摯に信じるならば、ユダヤ教徒やキリスト教徒にも天国が約束されるのです。
  しかし、イスラムの見解ではそれらの民は啓典を誤って自分勝手に解釈している、それを正すために啓示されたのが「コーラン」である、としております。

(日本では、アラーとヤーヴェが違う神と思われてしまっているようですが、「アラーAllah」という言葉はアラビア語で「神」という意味ですね。)
 
 ええ、「神」という意味の「イラーフ」Ilah(アラビア語)に、定冠詞「アル」Alがついたものです。英語でいうと"the God"になります。
                                          
(日本ではよく「アラーの神」といいますが、それでは「神の神」と、同じ言葉を重ねたことになるのですね。)

 アラビア語圏のキリスト教徒たちの聖書には、「天にまします神」が「アラー」と訳されているそうです。キリスト教徒が「アラー」に祈りを捧げていることになるのです。


 

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