学生短歌の現在〜相聞というアプローチから
 東北大学短歌会 西村 一人

1,今回の応募歌をふり返って〜相聞歌における肉体接触の“実感”の喪失〜

 応募歌をふり返って感じたのは、相聞歌において肉体の接触の実感を詠った歌が少ない、と言うことでした。恋をしていて一番お互いの存在を実感できるのは触れ合っている時だと思うのですが、肉体接触の機会が減ったわけではないと思うのに、肉体接触の“実感”を詠う歌が少ないのはなぜ?と言うことを思いました。

 今回の応募歌の中で「身体の一部が出てくる歌」であり、なおかつ「実感を喪失している」と感じる歌は以下の八首でした。


愛のなき抱擁を受け入れるたび脆くなりゆくわたしのからだ      三原由起子 共立女子大学 

人のいない海が見えるよ恋人のピアスの穴を覗いてみれば       五島諭 早稲田大学

吾よりも長き生命線持てる君この朝もよく笑ひをり          松澤俊二 國學院大學

北京っ娘の悲しさ螺旋に渦巻きて肩甲骨に胡蝶蘭を植う        宍戸隼 早稲田大学

青映るその静脈に包まれて耳澄まし聞く赤の鼓動を          宍戸隼 早稲田大学

ひびわれた心を金で繕ってまだ残ってる爪のあいだに         羽澄祐 慶応義塾大学

心臓を食べられる夢あの人の唇にならそれもまたよし         中谷仁美 京都教育大学

「嘘臭い」の反対言葉「本当にいい匂い」だねあなたの髪は      秋元裕一 早稲田大学 


 次に、応募歌のうち肉体の実感が主題になっていると考えられる歌を述べます。これは二首でした。

汝が唇に小梅あたへし指にてひちりひちりと紅をひきたり       橋元優歩 早稲田大学

エアコンの風がくるたび君の香が我の髪から立って図書館       福永昭子 京都教育大学

2,秀歌発見
 学生短歌大会のシンポジウム司会を引き受けるに当たって、若手とか我々の世代と言われる人の歌集をいろいろ読み返しました。その中で、「いいじゃない」「こんないい歌があるんだ」と紹介したい歌を並べてみました。自己紹介までに、私の歌も一首入れました。

告白にOKならばすぐ僕と8番線まで走ってください         秋元 裕一(紹介作品より)

大好きと思つて思いてもう言わざりきすべてをその眼がその眼がすべて 一倉 扶江(「心の花」2001年7月号)

会う人のみなやさしくて牛乳のような雪降るきみのすむ街       岡 しのぶ(歌集「もし君と結ばれなければ」)

あの夏にくれたビー玉透ける空ふり返る度思い出になる        門川 雅美(「栗麻呂歌集」七)

気付かれていいやと決めて陽を返す柿の若葉の表情で会う       木村 瑞穂(「早稲田短歌」32号・紹介作品より)

通過する特急電車の後にくる突風の中ひとを恋する          五島 諭(「早稲田短歌」32号)

すきという気持ちは手から始まってうしなうことももう知っている   笹岡 理絵(「心の花」2001年7月号)

宦官の恋を思ひき春の暮れ白桃の裏いたみゆけるを          清水 みゆき(「早稲田短歌」32号)

五分後の予感に抗う一言を探せぬ二人に波の音近し          白水麻衣(紹介作品より)

その時をむかえるまえの一瞬に子を抱くように頬をあわせた      鈴木 風花(「かばん」1999年12月号)

また今日も指ふれたから細筆で君の名を書くひらがなで書く      田中 克尚(「京大短歌」11号)

接続がうまくいかない月曜に会へぬメールはまだ暗き海        田中 あろう(「京大短歌」11号・紹介作品より)

河馬がいいこんな炎暑の夕方に水辺で君と戯れるには         千賀 啓市(「北斗七星」3号)

あのひとはどんな色した絵を描いていたのだろうか 赤色(カーマイン)満ちる   天道 なお(紹介作品より)

つきつめてひと恋う朝の闇に張る薄氷あらば火もて踏むべし      中川 華奈(「心の花」2001年7月号)

一日のわずかな時間君を見しのみに夕方川に出てみる         永田 紅(歌集「日輪」)

気があるのないのほれたのはれただの枝豆の殻あふれておりぬ     西之原 一貴(「京大短歌」11号)

さらさらとさわりし君の黒髪のシャンプーの香が告げる週末      西村 一人(「かばん」1999年5月号)

始まってしまえば震えがくるほどの行方を思う助手席の恋       福永 昭子(「栗麻呂歌集」七・紹介作品より)

会うは点 待つは線だね 線を引くインクが残り少ないみたい     藤井 恭子(「心の花」2001年7月号)

白を着る日はしんしんと近づいてゆっくりゆっくり柿の皮剥く     二又 千文(「早稲田短歌32号」)


シンポジウム当日配布された資料です。なおこの文書の著作権は西村一人さんに帰属し、
学生短歌大会HPの公開資料として編集し掲載いたしました。

2001 09 15 gakusei-tankna-taikai2001(C)