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「神の死」と神


 野呂芳男



(初出: 『神観の研究』 創文社、1978年)
※ 後に改稿の上、野呂芳男『神と希望』日本基督教団出版局、1980年、第二部第三章に組み入れられました。




(一)
(二)
(三)
(四)
 




一   →TOP  

一九七一年五月二十三日(日)の午後、調布市にある小田切ビル・ロゴス講堂で第二回目の「神観講演会」が開催されたが、その折の講演者の一人は、哲学者の清水礼子氏で「スピノザの神について」という主題で話をされた。もう一人の講演者が私であり、「『神の死の神学』の神観」という題の下に、ウィリアム・ハミルトン(William Hamilton)、トーマス・J・J・アルタイザー(Thomas J. J. Altizer)、ポール・ヴァン・ビューレン(Paul van Buren)の思想を紹介し、話の最後の段階でこれらの神学者たちの思想に関する私自身の批判を述べたのであった。ところが、ここで私が語った事柄は、一九七〇年に出版された拙著『実存論的神学と倫理』(1)の中に書いたものを幾分分かり易く解説し、かつ、私なりの批判を加えたにすぎなかったし、また、一九七四年に出版された『教義学講座』(第三巻)には殆んど同じ内容をもつ拙論「神の死の神学」が掲載されているので(2)、私としては今また改めて同じ主題で書く意欲が起らないのである。

しかも、私の意欲を減殺するもう一つの事情が存在するのであるが、それは「神の死の神学」が、その流行の地であるアメリカ合衆国において死んでしまった、ということなのである。勿論、流行しているとか死んでしまったとかいうような状況の変化によって、一つの神学運動の真偽を判断することはできない。併し、「神の死の神学」の死の場合には、状況変化が確かにその神学の真偽に深く関わっているのである。この点は、シカゴ大学のラングドン・B・ギルキー(Langdon B. Gilkey)教授の言うことによってよく示されているように思う。ギルキー教授によると、「神の死の神学」は二十世紀のアメリカをそれ迄支配してきた近代性、つまり、科学・技術・工業・資本主義、及び、政治的民主主義への信頼に根差した文化を基礎としていたし、それについては疑いをもっていなかった。ところが、六十年代の若者たちの政治的動揺や七十年代の宗教への高まり行く関心は、この近代性が崩潰しつつあることの兆候なのである(3)。その基礎が誤っていた、とギルキー教授によって批判されている神学、そして、私自身も同じような批判をもち続けてきたこの死んだ神学について、前になしたと同じような仕方で紹介しようとの意欲が私から失せたとしても容赦して貰えるであろう。

併し、他の諸存在と並ぶ一存在として宇宙空間のどこかにその存在の場を占めるような神が死んでしまったということは、アメリカ文化の近代性に基礎付けられていた「神の死の神学」の生死や消長とは一応区別され、分離されなければならない。近代科学の成立、近代的合理性の台頭、近代人の個人主義や主体性の確立とともに、「神の死の神学」の出現よりも逢か前から、そして、「神の死の神学」が死んだ後も、一存在としての神の死はきわめて重大な神学的・哲学的課題であったし、そうであり続けている。アメリカ文化のような近代性に我々が冷淡になったからと言って、我々は近代前の状況を良しとして、そこへ逆戻りする訳には行かない。

我々はこれ迄に、「神の死の神学」におけるアメリカ文化の肯定を排除しながらも、宇宙空間のいずこかに存在する一存在としての神を拒否する近代精神を、背負わざるを得ない現代人の宿命であるとしてきたのであるが、こういう事情をアルタイザーの神学を取上げることによってもう少し明らかにしてみよう。何故なら、ハミルトンが殆んど全くアメリカ神学の舞台から姿を消し、ヴァン・ビューレンも「神の死の神学」時代の自己の思想を清算してしまい(4)、ギルキー教授の言う如くにこの陣営は崩潰したと言わざるを得ないのであるが、アルタイザーは例外的に崩潰の中をくぐり抜けて、別の角度から、即ち、プロセス神学との対照において、改めてその神学が高く評価されているからである(5)。これはアルタイザーの思想には、消え去りつつあるアメリカ文化の近代性に依存したものばかりでなく、「神の死の神学」を越えてもっと広い、近代の初めよりその文化の奥底に深く流れている――また、現代の世界文化がもっているところの――神の死への必然性に根を張っている要素があるからであろう。

アルタイザーの思想の中へは多くの思想が流れ込んでいるが、神学者たちからの影響を今顧みないで言えば、ニーチェやウィリアム・ブレイク(William Blake)、特にヘーゲルの影響が多大である。アルタイザーによれば、旧約聖書の創造者なる神(正)と被造物(反)とはヘーゲル弁証法的に対立する。この対立は、次のような事情の中に明らかに看取される。ヤーウェは人間に律法を与え、それへの服従を人間に要求する。人間がまだその個人的な自我を確立していなかったが故に、この律法は人間を集団的に訓練するのには、事実大いに役立った。併し、人間の主体性が確立されるにつれて、個人性や移り変り行く状況を無視した抽象たる倫理規準――律法とはこういうものであるが――に対して、当然のこと人間は反逆するようになる。人間の心のドラマとしての律法ヘの反逆の初めを神話的に物語っているのが、あの創世記における楽園喪失の物語であるが、アルタイザーによれば、楽園の無垢を棄てて律法への反逆たる罪を知って、人間が律法と対立する者となってこそ、その対立を越えて、人間は自らの中から生きるための規準を創作するようになるのである。そのためには、堕罪は必要であった。人間が自らの中から生きるための規準を創作するということは、人間と律法との対立が止揚され、合としての神と人間性との弁証法的一致、相反するものの一致(coincidentia oppositorum)が実現されることであり、アルタイザーはこの実現の幻こそ、聖書の語る終末たる神の国の内実であるとした(6)

アルタイザーは自分の神学を、終末の時代が既にイエスより始まったとしたヨアキム・デ・フローラ(Joachim de Flora)や、現在も尚使徒たちの時代と同じように聖霊は直接に人間に啓示を与えているとするプロテスタンテイズム内の聖霊派の路線を歩むものとする(7)。人間に内在する聖霊というような神話的表現によって表現されている事柄の内実がアルタイザーの言う神の死なのであるが、これはキリストの出来事を出発点として神がその超越性を棄て、人間の歴史、また、人間性そのものの中に受肉する(内在化する)ことなのである。イエスの愛の生涯、特にその十字架上の死は、超越の神がイエスの出来事を出発点として徐々に内在の神に変わり行く有様、その変態(metamorphosis)の象徴である。神の死は歴史の終末たる神の国の到来までは完成しないけれども、十九世紀以降の思想や芸術の中に既に強度に現実化されたものとして啓示されており、現在も哲学・文学・美術などを通して直接我々に啓示されているのである。それ故に、こういう神の死の現実の中で今も尚超越の神を説くことは、人間性を豊かにするどころか、それを殺す悪魔に味方することに外ならないのである(8)

アルタイザーにとって、神の死を体験しつつある人間はボンヘファー(Dietrich Bonhoeffer)の言う成人した世界(die mündige Welt)の中で生きているのであり、自分たちの外にいる一存在としての神に依存することをやめ、自分たちの主体性に基付いて生きて行かねばならないのである。また、律法はイエスの出現によって終ったのであるから、即ち、他者たる神の意志の表現としての律法へ違反することはも早やあり得ないのであるから、罪を忘却して生きることができなければならないのである。これこそルターの言った罪の赦しの内実なのである。但し、アルタイザーにとって神は死んだのであるから、人間は自分の力で自分の罪責を赦し、罪を忘却することができなければならない訳である。律法の存在してはならない世界に生きる成人した人間は、勿論のこと、失われた無垢への憧憬を棄てるべきだし、律法という行動の枠組に束縛されていない者として、具体の現実に密着し、その時その場で最善の行動をとらねばならないのである(9)

死の恐怖に対しても成人した人間は、一存在としての神が保証してくれるような死後の命を期待することによって対処せずに、自分の死の苦痛と恐れを寸分も逃げず、むしろそれに沈潜して味わいつくすのである。死を友とし、死によって限定された人間性の悲しみや喜びを底まで味わいつくすという、きわめて人間らしい体験を我々に与えるためにも神は死んだのであり、こういう仕方で非聖のものの(現世の)深みにおいてこそ聖なるものの体験が与えられるのであって、世俗性(secularity)をその深みから成就させるものこそ、アルタイザーの主張するキリスト教信仰なのである(10)

これまでに紹介したアルタイザーの神学の中に、アメリカの近代文化及びそれを土台とした楽天主義が混在していることは覆うべくもない。歴史が弁証法的に発展して人間の主体性がますます確立し、やがて――神の死がますます徹底するが故に――人間の主体的行動だけによって神の国が――アルタイザーの思想においては、この地上を離れたところに、霊の世界がある訳ではないから――この地上に実現するのである。歴史の進展するにつれて必ず人間の主体性が確立されるとか、人間が自分たちの力だけで愛の共同体たる神の国を創作できるとかいうのは、歴史に表われる不条理や悪の存在を、更に人間の主体性の確立が人間の思いや行動における罪へのより巧緻な傾斜を少しも妨げるものではないことを、全く忘れている人間の発想である。ここにアルタイザーの神学が、楽天的な合理主義や進歩思想がアメリカで批判され、また、排除されて行くにつれて、「神の死の神学」の他の神学者たちと共にその足を掬われそうになった理由がある。

アルタイザーの神学が完全には足を掬われずに、何とかアメリカの神学界に踏み止まリプロセス神学の対話の相手ともなり得ているのは、それがプロセス神学と同様に、一存在としての神を否定した上で、しかも、ティリッヒの神学と同じように、聖なるものの体験を主体性と矛盾するところにではなく、主体性の深みの次元に求めたからである。世俗性に生きる現代人にとつては、主体性の深みの次元以外のところで聖なるものの体験をもつことは不可能であろう。併しながら、ティリッヒにおいては、人間と、その人間が自己の主体性の深みで出会うところのものたる存在そのもの、あるいは別言すれば、存在の根底(Ground of Being)との間には、人格的な「我―汝」の象徴が適用され得るし、人間は自己の存在の根底に対して祈り、助けを求めることができる。それに対して、アルタイザーの神学においては、人間が自己の主体性の深みで出会うものは、人間性の中へ自己を死なしめ、人間性と融合したところの死んだ神であり、人間とこの死んだ神との間には対話も祈りの関係もない。即ち、ティリッヒとアルタイザーとの相遠は、前者に存在の根底をして人間を塑造させようとする一面があるに対して、後者に人間が自己を含む実在全体(リアリティー)を創作しなければならないとする強烈な姿勢が目立つことである。そして、アルタイザーのこの姿勢は、アメリカの近代文化の楽天主義や、自然に対立し自然を利用しようとする科学・技術偏重と連携しているものであるかも知れない。

ところで、こういう批判によって、アルタイザーの神学における神の死のもつきわめて重要な真理契機を押し流すことは許されないであろう。それは、愛と死、愛と消え去ることとの親密な関係である。私はかつてシモーヌ・ヴェイユ(Simon Weil)の思想に触れながらこの間の事情を探ったことがあるが(11)、それはヴェイユの遡創造(decreation)の思想との関連においてであった。そこで書いた事柄を要約してみよう。ヴェイユには消え去ることへの憧憬がある。彼女によれば、神はその創造の業によって造られたものに自由を与えられたのであるが、そのことは神の自己制限を意味し、その意味では神の自己放棄を前提とした。ところで、造られたものに属する人間に自由が与えられたのは、我々が神と同じように自己放葉に同意するためなのである。ヴェイユにとって、自己を無にすることへの人間の同意程に人間にとり尊いものはなかった。「このように、われわれに存在を与える神は、われわれの心のなかの、存在しないことへの同意を愛する」(ヴェイユ)(12)。こういう消えさることへの憧憬は、人格的なもの同志、神と人、人と人との間に成立する愛の関係のもつ論理構造を心理的に表現するものであると言えよう。愛においては、人は自分の愛の対象のために、否、何らかの形でその対象の中へ無となり、消滅して行くこと、死ぬことを切望するのである。愛と死とは離れ難く結び付いている。私はアルタイザーによる神のヘーゲル弁証法的理解には賛成できないのであるが、キリストの十字架が愛による神の死の象徴であるとする点では、彼の洞察は正しかったと思う。愛において人間と一つになるために神はご自分を死なせ、無となって人間性の中に入り込み融合する。そして、それに対応し人間も愛において神の中へ消え去るべきなのである。もっとも、アルタイザーの思想においては、一方的に人間性の中への神の死が語られ、人間の神の中への死は語られていないのであるが。

アルタイザーにおいて人間の神の中への死が語られていないということは、人間性の中へ神が死んだ後、死んだ神と人間との間に祈りの関係の如き語らいが、つまり両者間の人格的関係が全くなくなるという事情と相即している。つまり、アルタイザーの神学では、神の死が、神の生の充実を意味しないのである。それ故に、神と人間との究極的な融合は、どうしてもネルス・フェレー(Nels Ferre)の言う相反充実的(contrapletal)なものでなければならない(13)。愛においては、相手のために無になることが自分の生の充実であるという、通常の論理では相反するものが一致しているのであり、この相反充実的思索はヴェイユにも欠けている。人間にとっても神にとっても、自己を相手の中へ消え去らせることが自己の個の永遠に豊かな存続なのである。死・無・消え去ることヘの同意が真の人格的・主体的同意、豊かさから出てくる同意であって、単なる自己破壊の情熱でないならば、それが神の創造の行為を無意味にしない同意であるならば、生の提供する高貴なものをでき得る限り収穫した上でのものでなければならず、収穫すること自体がそのまま消え去ることでもあり、消え去ることが収穫者の豊かにされた個を、個として豊かなまま存続させるようなものでなければならないのである。


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既に述べた如く、アルタイザーの神学は他の「神の死の神学」とは異なり、今尚その生命力を誇示しているのであるが、その一つの証拠となるものは、プロセス神学において指導的立場にあるジョン・カッブ(John B. Cobb, Jr.)が編集した『アルタイザーの神学――その批評と反響』(The Theology of Altizer: Critique and Response)(14)であろう。ここで私はこの書物に掲載されているエモリ大学(Emory University)神学部組織神学教授セオドーア・ランヨン(Theodore Runyon, Jr.)の論文「トマス・アルタイザーと神学の未来」(Thomas Altizer and the Future of Theology)を紹介しながら、私の言わんとするところを展開して行きたい。

ランヨンによると、人間はこれまで、神的リアリティーを表現するに当って二つの基本的な方法を採用してきた。一つは「同一性の方法」(the way of identity)であり、もう一つは「区別の方法」(the way of distinction)である。同一性の方法では、人間は自己と神的なものとが一つであることを直観的に知る。区別の方法では、神のリアリティーと人間のリアリティーとがあらゆる点で区別されるのである。従って原始的なものであろうと高度に発達したものであろうと、同一性の方法においては宇宙全体が聖なるものなのであり、人間は自分や社会や自分の日常生活をその聖なるものの部分と見做す。祭儀上の必要から人間のある行動生活圏のある場所が特に聖なるものとされたとしても、それらは聖なるもの、即ち、全体としてのリアリティーを凝縮的に表現しているにすぎないのである。また、この方法においては、神的なものに接近するために、何の媒介も基本的には必要としない。人間が自分たちの生活の表面的で、実は迷いであるにすぎない層を貫いて奥底に到達しさえすれば、そこで直接的に、時空を越えた、不変で確かな真理たる聖なるものと触れ合うのである。

「区別の方法」の典型的表現は聖書の創造物語である。その物語が表わしているように、創造者たる神と被造の世界とは質的に全く異なり、被造の世界に属するあるものがどれ程高貴になったところで、それは神的なものではない。そして、人間が神と出会うのは時空の中に展開される歴史の中においてであり、神も人間と同様にその歴史形成に責任を負われ、その責任を果すのに誠実である。時間と空間とは生の迷いの層ではない。

以上のように二つの方法を明確にした上で、ランヨンはアルタイザーの神学は「同一性の方法」に根を下ろしていると主張する。併し、ランヨンは、アルタイザーが「同一性の方法」だけに依存してその神学を作り上げたものでないことを、認めるのに吝かではない。アルタイザーが一つの方法だけで思索しなかったのは、「同一性の方法」だけに依存したのでは、キリスト教が説くような歴史における人間の責任、また、その責任を果たさない人間の罪や、諸悪に対する人間の戦いを、十分にその思索の中に汲み入れることができないからである。つまり、ランヨンの見るところでは、アルタイザーにおいては東洋的神秘主義と等しい同一性の方法が、歴史への十分な参与によって現世肯定を弁証法的に成就するのであり、ここに西欧による世界への貢献が存在するのである。併し、アルタイザーの弁証法的な思索においては、究極的には神と世界、神と人間との区別が神の死によって消え失せ、これらが一つに融合するところに歴史の目標が設定されているが故に、区別は同一性によって乗りこえられるべきものであるにすぎない。

ランヨンのアルタイザー批判は、アルタイザーの聖書釈義が恣意的であること、科学と技術に基礎付けられた現代文明が聖なるものへの感受性を全く滅ぼしてしまい勝ちであるという現実にアルタイザーが目覚めておらず、しかもこの危険な世俗性を賛美していることに集中している。またアルタイザーの神学における如き神と人間との区別の喪失は、ユダヤ教やキリスト教の出現前の宗教的・文化的状態に帰ることであり、人間と世界との原始的・宗教的同一性が人間と科学的・技術的社会との同一性に変貌するだけである。そこにどうしても起らざるを得ない事態は、同一性という距離なき事情の上での科学的・技術的世俗性の批判なき絶対化であり、かつ、自己の世俗的価値付けの神話たる種族や階級や国民性や血統の神秘的崇拝である。ランヨンによれば、世界との同一性から我々を呼び出して、世界への責任を我々に問うところの、我々と区別されている神こそ、真に人間を人格的存在たらしめるものなのである。

ランヨン自身がこの論文の初めに認めている事柄でもあるが、こういう類型による問題への接近は、問題が複雑な場合には必ずしもその問題に対して公正であるとは言えないのである。既に述べたように、アルタイザーの強味は人間にとって他律となってしまった一存在としての神の死を告げたところにあるのであり、神の他律を排除しなければならないという近代以来の宗教性の最大問題を解決せずに、ランヨンは再び神と人間との単なる区別を主張し、他律思考に戻ってしまったのではないか、という疑問を私はもたざるを得ない。併し、「同一性の方法」と「区別の方法」というランヨンの類型設定は、その使用の仕方さえ注意すれば確かに役立つ。


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我々が追求しその解決を得ようとしている問題は、なかなかに複雑なのである。できれば区別のもつ他律性を排除し、しかも同一性のもつ世界や世俗性の絶対化を避けるような神観、区別と同一性の弁証法的統一とでも言うべきものを獲得したいのである。この点での我々の思索をもっと深めるために、この点に関するパウル・ティリッヒとネルス・フェレーの思索を取り上げてみよう。

同一性の方法でその神学を徹底的に展開した点で、ティリッヒは我々にとって記憶すべき人物であるように思う。既にティリッヒの神学のこの性格を明らかにするために、私は「ティリッヒの死」という小論を書いたのであるが(15)、そこで述べたように、アルタイザーの人間と融合する神という思想は確かにティリッヒの存在の根底(Ground of Being)としての神という思索の発展であると言える。勿論、アルタイザーにあってティリッヒにないのは、広大な宇宙空間と時間の流れの中で、それを支える神がイエスの時と場とで変貌した、少くとも変貌し始めたという発想である。この発想はあまりにも地球人類中心的であり、イエスの前と後とで神と宇宙との関係が変更したと考えることは、あまりにも神話的な感がするのであるが、これはティリッヒとアルタイザーの終末論の相違から由来していると思われる。既に見てきたように、アルタイザーは終末たる神の完全なる死、神と人間性の融合という幻を、世界史の終りに世界史の中で実現するものとして見ている。それに対してティリッヒは、究極的なリアリティー(無制約的なもの、存在そのもの、存在の根底)たる神と人間との融合の達成を、世界史の彼岸の出来事として見ているのである。

ティリッヒにとって事情がそうであるということは、その宗教的象徴論からも明白なのである。無制約的なものを象徴する役割を、特定の諸現実が他の諸現実にまさって果すのであるが――つまり、この世界の中のある人物とか、ある物体とか、ある事件とかが、特別に他よりもすぐれた象徴力をもっているが――、これはまだ、現実そのものが無制約的なものの中に存在していないからなのである。終末(eschaton)が現にあるものの中で生ける力として働いていれば、真の現実、無制約的なものは、現実の中で現実を通して語りつくされ、宗教的象徴は止揚されている筈なのである(16)。まだ我々が宗教的象徴においてのみ、無制約的なものとの関係に入り得るということは、今のところ我々は無制約的なものに参与(participation)しているにすぎず、その無制約的なものとの真の関係をもっている真の自己から疎外(estrangement)されているのである。実存(existence)とは、本来あるべき状態、即ち、本質(essence)から移行した疎外の状況を指し示すのである。アダムの堕罪とか、そのために神によって呪われた自然とかいう聖書の物語は、ティリッヒによると、文字通りに把握されるべきものではないし、時間と空間との中で起った出来事として理解されてもならない。これらの物語は、本質から実存への移行(the transition from essence to existence)という時空の中で起るあらゆる事態のもつ超歴史的性質(transhistorical quality)を表現しているのである。時空の中では疎外状況以外の状況はなかったのであり、この実存的疎外(existential estrangement)という悲劇の普遍性は、自由と宿命(freedom and destiny)の織り成す場である創造の実際の中では避けられない。創造が善であるというのは、創造の本質について言われ得る事柄なのである(17)。

人間の実存的状況が普遍的かつ悲劇的に疎外状況にあると主張するティリッヒから、勿論のこと、我々はアダムの堕罪以来その罪性が遺伝するというような正統主義的な原罪論を聞くことはできない。それにも拘らず、ティリッヒは、自分が宗教改革者たちの、不信仰が罪である、という洞察を回復したと信じている(18)。人間の不信仰とはその中心において神から人間が疎外している状況を指すのであり、その状況の中で、人間はその自己実現のために自分自身と世界とに働きかけるが、その前に人間は、世界と自分自身との両方の根底であるものとの本質的一致を失っている。そして、この存在の根底との本質的一致の喪失は、人間の自由による責任であると共に、誰でもに普遍的に生起する悲劇的宿命なのである。

ティリッヒは正統主義の原罪論を斥けながらも、自由と宿命、責任と悲劇が人間の幼き頃より分ち難く編み合わされていることを強調する。そういう彼にとっては正統主義の原罪論よりも、むしろオリゲネス等に見られる超越的堕罪(transscendental fall)の神話の方に親近感をもっているのではないかと思われる(19)。ティリッヒによると、この神話は聖書には見られないが、併し、聖書と矛盾するものでもない。オリゲネスに見られる超越的堕罪の神話は、人間の運・不運が実際問題としてあまりにも不公平であるという現実を、神がその運・不運を決定した、というところに由来させずに、被造物の自由の責任によるものである、と主張するために使用されている。永遠なる神の創造の業も時間・空間を越えたところで始められたのだが、時・空の彼岸で、神はまず一定の数の、もともとはすべて同じように造られた自由意志をもつ被造物を創造されたのである。そして、各被造物の道徳的行為はそれぞれに異なっていたので、神は各々の功績に応じて各々の生存状態を決定した。つまり、神は各々にそれらの功績に従って物質的形体を与えたのであるが、天的な階級と悪魔的な階級との間にあって、人間の階級に属する者たちは我々が知る如き身体を与えられたのである。これが時間の初め、世界の初めであり、現実の世界そのものが既に、超越界で被造物が行ったことに対する神の審きの表現なのである(20)。ティリッヒによれば、この神話は実存状況のもつ悲劇的性格の普遍性を表現しようと意図しており、この神話の意味は、実存の構造そのものが本質から実存への移行を暗示している、ということである。実存的疎外を作り出す個人の行為が、実は単独者の単独行為ではなく、その自由の行為は、実存の普遍的宿命の中に埋め込まれている。そのため、個人のあらゆる行為において、存在のもつ疎外の性格が如実となる。このように倫理的自由と悲劇的宿命とは共に実存の根本的性格を形造っており、そのどちらかが否定されると、人間の状況は不可解となる(21)

キルケゴールが問題としたような人間の実存論的分析を、ティリッヒも存在論の俎上で処理しようとする。ティリッヒによれば、人間が自己の有限性に気付いている状態が不安(anxiety)である(22)。不安は恐怖(fear)と違って何かその対象となっているものをもっている訳ではなく、人間が死なねばならないこと、即ち無の脅迫を受けているのである。人間はその自由を行使して、無から自分を守ろうとして自己や世界の中の何かに依存する。そこで起る事態は、自己や世界の中の何かを恰も自分の存在の根底であるかの如くに取扱い、絶対化し、自分の真の存在の根底から、また、自分の本質的存在から疎外されることである。人間はこのように、自由に必然的に罪を犯すのである。

ティリッヒおける自由と宿命との絡み合いを見てくると、人間に(必然的に)罪を犯させる無は、存在の根底とどういう関係をもっているのか、という疑問が我々に起ってくる。ティリッヒはルイス(Edwin Lewis)のようには現実を創造性(Creativity)と破壊性(Discreativity)の闘争の場として見ていないので(23)、存在の根底たる神の外に罪や悪の現実を説明し得る別の原理がある訳ではない。ティリッヒは、ヤヨブ・ベーメの無底(Ungrund)やシェリングの第一のポテンツ(Potenz)のように、神たる存在の根底それ自体の中に無(nothing)の力を、弁証法的否定性を定立しているのである(24)

シェリングに関するティリッヒの初期の論文(25)の中で、キルケゴールが神と人間との恒常的関係を悔い改めにあるとしたことに触れてティリッヒが述べていることは、今の我々の問題に示唆するところが多い。そこでティリッヒは、神と人間との通常の関係が悔い改めであるようでは、長い間にわたると信仰さえも人間から奪われてしまう、と言う。何故なら、キルケゴールの言う悔い改めは、神と人間、神と世界との間の対立を予想しており、全存在が、全存在と異質の神の視角より、否定的にしか見られていないからである。全存在が否定的に見られているところでは、そのように見られた世界の中に人間は生きているが故に、行動への喜びは人間から失われ、人間は絶望におちいらざるを得ない。それ故に、キルヶゴールが絶望を死に至る病とした時に、彼はまさにこの体験を味わっていたことを告白したのである。神と世界とがいつも異質であるところでは、世界は神と関係なく進行し、宗教的生は世界との実際的な係わりを失う。ティリッヒの以上のキルケゴール批判は、そのままティリッヒが何故に罪や悪の原理さえも存在の根底そのものの中に求めざるを得なかったかの理由であろう。現実は善と悪とが離し得ない仕方で入り雑っているが故に、それらが別々の原理から由来するとして現実を二分することは、行動への喜びを失わせるし、また、信仰をこの世の実際から遊離させることになると、彼は考えたのであろう。

キルケゴールの主張した神と世界、神と人間との質的相違は、まさにランヨンの言う「区別の方法」による思索の典型的表現であると思われるが、それに対してティリッヒは、むしろ「同一性の方法」に依拠している。前にも触れた初期の論文「シェリングの哲学的発展における神秘主義と罪責感」(Mystik und Schludbewustsein in Schellings Philosophsicher Entwickelung)の中で、ティリッヒはシェリングの哲学が、神秘主義において予想されている主体と客体との同一性と、罪責意識において予想されている主体と客体との対立をどのように統一するかをめぐって発展したものであると言う。即ち、倫理的意志は、人間と絶対者との対立を土台として、人間が絶対者に対し全存在的に責任的応答をなすところに成立するのであり、罪責意識もそこから生れてくる。それに対して認識は、そこで主体が直接的な確実性をもって絶対者を把握しようとするのであり、遂には主体は客体と自分が神秘的に同一であるところまで進み行き、認識の確実性を獲得しなければ止まないのである。倫理と認識とのこのような背反をティリッヒは前掲の論文の中で、シェリングに共感しながら、むしろランヨンの言う同一性の原理に傾斜しつつ統合する(26)。テイリツヒが―ランヨンの言う意味での―同一性の原理に基付いて終始一貫思索していたことは、「神に関する知識が存在するならば、それは神が、人間を通して自分自身を知ることなのであろ。神が論理の客体になる場合でさえも、神は主体であり続けるのである」という『組織神学』の中の言葉や(27)、最晩年のティリッヒが周囲の人々に語ったところから疑いの余地(28)がない。我々が今経験している自分自身の現実は、本質と実存とが一致していない姿を呈しているのであるが、ティリッヒが象徴的に言うところによると、それは、神であるところの存在の「根底を人間が去ってしまった」(29)からであり、去る前には、人間は本質と実存の疎外を越えて存在の根底の神秘の中に、もろもろの本質ともろもろの実存との間の分化(differentiation between essences and existents)(30)に先立つ神的な命の中にあったのである。

大乗仏教の本質は実在と現象世界とが一つであること(identity)の中にあるのに対して、キリスト教の場合は、神と人間との関係は参与(participation)であるとティリッヒは言っているが(31)、この参与という表現によって、神と人間との同一性及びキルケゴール的な神の人間に対する絶対他者性を避け、しかも、人間が神と向い合って立ち、倫理的責任を負って応答すべき存在であるということをティリッヒは主張したいのであろうが、神認識においては人間を通して神が自分自身を認識するのだ、と主張するティリッヒを既に見てきた我々にとっては、この参与は神と人間との同一性を破るものとは思えない。

アルタイザーが現象世界の中で歴史的に、即ち、水平線的に正・反の対立が合で止揚される思索を展開したのに対し、ティリッヒは時・空を越えた神秘の同一性が、現象世界で本質と実存との疎外状況を呈示し、しかも、実存は存在の根底に参与しているのだが、やがて現象世界を越えた同一性に、つまり、存在の根底たる神との融合に回帰すると主張しているのである。ティリッヒの思索は、言わば垂直線的であり、歴史の中でユートピアが実現するかの如きアルタイザーの思想よりも、罪と不条理に満ちた現実に密着しており、それだけに――歴史の中に神の国が実現し得るという――徒らなる希望を与えることによって人間を絶望に陥れることがない。

併し、ティリッヒの参与さえも、結局は同一性を破るものではないことを見てきた我々には、現象世界はティリッヒにとり、究極的には存在そのもの(神)の遊びであり、戯れであるにすぎないのではないか、との疑いをもたざるを得ないのである。成程ティリッヒにおいては、人間が有限の自由をもつ責任存在であることが強調され、人間のなすことまでが神の遊びであるとは直接的に言えないし、また、神と人間との関係が人格的なものであることが繰返し主張されているのであるが、こういうティリッヒの主張のすべてが同一性の原理の上に立ったものであることを思うと、我々としては危倶を覚えざるを得ないのである。ジョン・カッブは、ティリッヒやマコーリー(John Macquarrie)の如き存在論に対して、「それは、世界において神が効果的な仕方で、個々の出来事に個別的に働いて下さることを説明できない(32)」と言っているが、勿論カッブのこの発言の土台となっているのは、個々の出来事に個別的に働く程にはティリッヒの神が人格的なものではないのではないか、という疑惑である。

ティリッヒにとって、神は他の諸存在と並ぶ一存在でないことはも早やあまりにも明白であるが、神の人格性に関する彼の論議を我々が理解するためには、ティリッヒが神を宗教的象徴として、及び、存在論的、非象徴的に考察されるものとして二重の仕方で取り扱っていることを検討する必要があるであろう(33)。ティリッヒによると、神を非象徴的に語れば神は存在それ自体、存在の根底、存在の力である。神を象徴的に語れば、神は、有限存在がもつ良き属性を完全に一致させている最高存在である。そして、存在それ自体という非象徴的に把握されるものと、我々との間の関係について語る時には、我々は象徴的に、即ち、神に関して人格的に語らねばならないのである。また神に関する象徴的な語り方においても、我々は二通りの発言をしなければならない。神は人格存在たる我々の体験を無限に超越しておられるが、同時に、神は人格存在たる我々にふさわしい仕方で関係をもって下さるので、我々は神に対し「汝」と呼びかけ、祈り得るのである。併し尚も、無制約的なものたる神は、この祈りの主―客構図を超越しているのである。以上の如きティリッヒの思想については、我々は矢張り、その思想は根底的に同一性の原理に立っており、「我―汝」という神と人間との人格関係よりも神秘主義的なものが中核をなしていると考えざるを得ない。そうすると、カッブが批判するように、ティリッヒの神学では、個別の出来事を個別に神が配慮するという局面が、神観の中にその基礎をもっていないと言い得る。神と人間との明確な区別があってこそ、両者の相互責任と互いへの配慮が、両者の自由の織り成す個別の出来事の中で展開され得るからである。

一存在としての神ではなく、しかも、神と現実全体が同一でもないような思考形態、また神と現実全体が区別された場合に生起するところの、神と人間との相互他律関係を排除するような思考形態はないものだろうか。私はそれを、ネルス・フェレー(Nels F. S. Ferre)の霊(spirit)の概念に見出し得るのではないか、と思っている。併し、正直のところ、私にはフェレーの言うところの内容がしばしば明白でなく、あるいは私の思索をフェレーの言うところに読み込んでしまっているのかも知れない。だが、私の読み込みを恐れる必要は、この小論に関する限り存在しないであろう。この小論の目的はフェレーを紹介するところにはなく、私自身が「神の死」の後に生きる者として、神をどのように信じているかを明らかにするところにあるからである。

フェレーによると、霊とは、存在と生成と非存在〈being, becoming, non-being)とのあらゆる形態に参与し(participate)ながら、しかも一貫してそれ自体を変えない力(power)なのである。ここでフェレーは、神を一実体(一存在)として表わすような実体(substance)思考を避けて、神は霊であることを主張する訳であるが、このフェレーの主張は、フェレーが、親しかった友人ティリッヒの神観念を明らかに意識しながらなしたものである。我々は既に、現実のこの世界の諸存在に神たる存在の根底が参与するというティリッヒの主張を検討してきたのであるが、ティリッヒの場合の参与は、存在の根底と諸存在との究極的同一性を踏まえたものであることを見てきた。ところがフェレーにおいては、霊たる神が存在や生成や非存在に参与する時、その参与は、霊たる神と存在、生成、非存在との区別を前提としているのである。しかも、フェレーは、霊が、それ自体とは別のものとして創造したものの内面と同一となり得るものであること(inner identity)を言う。即ち、フェレーの言う参与も、ティリッヒとは別の意味ではあるが、同一性の意味内容をもつ。そして、創造されたものの自律は、この霊の力に依存して初めて保全されるようなものなのである。一つ一つの創造物が霊を必要とする度合に応じて、霊はその創造物に現臨したりしなかったりする。つまり、霊は創造物に参与したり、あるいは、創造物の隔私性(privacy)を守るために身を退けたりできるのであり、創造物に対してある時には積極的に働きかけるが、ある時には全く受動的となる。創造物の存在・行動・感情が霊の働きと区別されて存在することを許容しながら、霊はそれらの創造物と完全に同一なのである。フェレーは、霊が創造物に対してもつ関係の仕方は、二枚の紙が相互に糊付けされたような状態(coinherence)以上のものであって、むしろ両者が混合されたょうな状態(congruence)であると言うが、その場合、前者は参与の意味を内包し、後者は同一性の意味を含んでいる。従って霊は創造物と共同して働く以上のものであり、多彩な諸相違を許しながらもそれらを一つにまとめあげる力、多次元を許容している現実との同一性なのである(34)

二枚の紙が相互に糊付けされたような状態では、そこには両者の向い合わせに(他律に)なっている現実がまだ残っていて、特に人間が何か自由に決断する時には、糊付けがはがされて自由の空間ができ上り、神・人協力説的なものが生じる。ところが、両者が混合されているが故に、人間の決断がそのまま神の恵みと言うことができる、とフェレーは考えているのであろう。

フェレーによれば一存在としての実体的な神を主張するのが有神論であるが、キリネト教は有神論ではない。神は愛で、人格的(personal)ではあるが一人格(a person)ではないのである。ところで、存在そのものというような哲学的に究極的なものとしてティリッヒの如く神を考えることは、フェレーによれば、キリスト教信仰が二つの究極的なもの、即ち、新約聖書の霊であり愛であり父である生ける神と、存在論的に究極的なものたる存在そのものとを所有することになる。ティリッヒは、新約聖書の神と存在そのものとが同じものであると主張するが、フェレーは、どちらかが他に従属しない訳には行かないとし、むしろ、新約の生ける神が創造の業の中で、存在そのものの働きを設定したと考えているようである。

フェレーによれば、生ける神は空間のどこにもいないし、何ものでもない。またプロセス神学の言う神も、神がプロセスに影響するばかりでなく、プロセスが神に影響を及ばし、神の超越性が十分に保たれているとは言い難いので、聖書の生ける神ではない(35)。聖書の神は人格的愛の霊として、超越でありつつ歴史に内在し、歴史をすべての被造物の救いという目的のための愛の訓練の場として導いて行くのである(36)

フェレーのように考えれば、キリスト教の創造の教理がティリッヒにおいてはもち得なかった重要性をもつてくる。アルタイザーやティリッヒと違った次のような私なりの神学的構図が、フェレーのような考えを土台にして創作されてくるのではないだろうか。神が天地を創造されたということは、神と被造物の根源的な区別を意味する。そして、現実の世界は、この区別された両者の混在である。この地上で愛の訓練を経たものは、やがて神の中へ無となって、また、神も我々の中へ無となって消滅する。但し、この消滅は、神の消滅(死)の場合には、それによって神の愛の充満さが更に輝きわたるようなものであるし、我々の場合には、個の個たることや、個が個として体験したところのものを豊かに保存してくれるようなものであろう。

現実の世界は、区別されねばならない神と創造物との混在であると主張することによって、愛の訓練の場たる歴史内で犯す人間の罪は、また、人間の責任とは全く言い難い、しかも、人間から存在の喜びを奪い取る不条理も、――ティリッヒがこれらを非存在から由来するとなし、非存在も結局は存在そのものに根拠をもつと言ったのとは違って――必ずしも神から由来したものと見做さなくてすむ。愛である神の創造した現実にどうして罪や悪や不条理が存在するのかという疑問は相変らず残るにしても、同一性の神学がどうしても逃げ得ない結論、つまり、(悲惨と不条理に満ちた)現実は神の遊びたわむれにすぎないという残酷な結論を避けることができる。更に、もしも我々がフェレーと同じように、歴史の中で神が我々を愛のために訓練して下さるということを信じ得るならば、不条理さえも神が我々の愛の訓練の道具として用いておられるという事実は、――何故そんな道具を神が用いなければならないのか、ということは別にして――認め得るのである。そして、ティリッヒの言うような意味での同一性や参与がなくても、不条理の中でさえもそれを人間のために愛の訓練の道具にしようとして、神が混在していること――そういう意味で、神が不条理と同一になっていること――を我々が信じるなら、神と創造物との区別の原理に立っていても、この世界が神を信じる我々にとってよそよそしいものとなる必要がない。この世界のどこででも、罪や死や悪や不条理の中ででも、我々は愛の神と出会うのである。


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我々は既に、ティリッヒが、シェリングの思想との関連で、認識の確実性のために存在そのものたる神と人間との間の同一性を想定したことを検討した。ここでもう少し詳細にこの点でのティリッヒの思索を見ておきたいのであるが、それは私がティリッヒと異なり、人格的なもの同士が相互に知り合うにあたっては、ティリンヒの主張する主観―客観の同一性以上のものが、つまり、一人が相手に自由に自分の心の奥底を語り開示するような出来事が必要である、と信じているからである。

ティリッヒは「宗教哲学の二つの道」(37)というすぐれた論文の中で、人間が神に到達する二つの道が存在すると言う。第一の道では、人間は神を発見する時に、実は自分自身と一つであるところのものを発見するのであり、従って、神を発見することは自分自身の疎外(Entfremdung)状況を克服することでもある。ところが、もう一つの道では、人間が神と出合う時は、見知らぬ一者(ein Fremder)と出会うのである。この道では、神と人間とは実質的に互いに属し合っていないので、どんなに親しくなっても人間は神に関して何の確信ももてないのである。そして、ティリッヒによると、第一の道が存在論的なもので、第二の道が宇宙論的なものである。第一の道はアウグスティヌスやボナヴェンテューラ等によって代表され、第二の道はトマス・アクイナスによって代表される。第一の道は、人間が直接的確実性をもって神を知り得るとなすが、それは主観と客観の同一性こそが神だからである。従って神を疑うことは――心理学的には可能であっても論理的には――不可能である。と言うのは、疑惑は主観と客観の分離を前提としているが、この分離は、存在そのものを、分離される両方の側を成り立たせている存在そのものを、分離前の両者の一なることを前提としており、実は疑惑そのものがこういう神を前提にしてのみ(心理的に、分離が堪えがたいことの兆候として)可能なのである。第二の道では、神への道は間接的となり、絶対的な確かさを人間にもたらさない。我々はトマス・アクイナスの指示に従って、身のまわりにある、よりよく知り得るところの事物たる(神の働きの)諸結果を土台として神の存在を実証しなければならないのである。このような神の探求は、原理的には科学の実証と質を同じくしており、ここでは神と人間との間の同一性は初めより拒否されている。人間にとって神は見知らぬ者であり、究極的に人間をしてこの見知らぬ神を受け入れさせるのは、トマスが言う如くに何らかの権威、例えば教会の権威なのである。第一の道では、神が直接的・神秘的に把握される存在そのものであるから、そういう哲学の存在論がそのまま神学と折り重なり、そこからティリッヒの主張する如き哲学的神学(philosophical theology)が成立してくる。第二の道では、神学の告知する神には、どうしても人間の理性の把握し得るところを越えた見知らぬものたる要素があるために、教会とか聖書とか啓示とかの権威に服従して初めて、人間は神を自分の救いに役立つ程度に知るのであるから、哲学は神学に少くとも従属せざるを得ない。ところで、ティリッヒ自身は第一の道の土台の上でだけ第二の道を生かそうと試みた。即ち、第一の道で直接的・神秘的に知られ得る無制的なもの(存在そのもの)を認識し得た時に、人間は今度は、身の回りの現実の中の諸事物・諸事件において、その無制約的なものの現われを認識するのである。

上掲のティリッヒの論文の中では全く検討されていない、第三の道があるように私には思える。それは、神を一存在や一人格と考える訳ではないが、神は究極的に人格的なものであるために、どうしても見知らぬものたる要素が残り、その見知らぬものは、神がそれを啓示されない限り消えないとする道である。人間という人格的存在をとってみても、その人間の起居振舞いをつぶさに観察し、その行動の結果を検討することを通して、我々はその人間の大凡を知り得るでもあろうが、その人間の中核は、どうしてもその人間が自分の胸襟を開いて語ってくれない限り、把握し得ない神秘であり続ける。併し、その人間が自分の心の奥底を吐露してくれた時に、その内容が、我々が彼の起居振舞いや行動を通して知ってきた事柄をよりよく理解させるものであったり、今迄気付かなった角度からそれらに光を与え、深みを照らし出すものであったりするならば、我々はその吐露が本物であり、権威あるものであることを信じるのである。これと同じように、神が人格的なものであれば、神がご自分で我々に啓示される迄は、神にはどうしても神秘が残ってしまう。どれ程人間が自然や歴史の中における神の働らきに注目しても、この神秘の蔽いを取りのけることができない。つまり、第一の道やティリッヒの哲学的神学が我々に提供する存在そのものである神では、この神秘が初めからないものとされているために、我々には不十分なのである。そして、キリストの生涯、特にその十字架を通して神がその心の奥底たる愛を啓示される時に、それが、我々が自然や歴史を通して知ってきたものと相呼応するが故に、真に権威あるものであることを――存在の神秘的・直接的認識というよりも人格的な出会いという意味で――直接的に知るのである。この権威は、聖書や教会のそれではない。聖霊の権威である。

この第三の道は、トマスに典型的に見られる第二の道とも違う。第二の道では、神は最高存在ではあろうが、一存在であることに変わりはない。私の主張する第三の道では、神は一存在ではなく、現実を包みそれに混在する人格的・想像的な愛の創造性である。

また、ティリッヒが第二の道に関して非難するようには、第三の道における神は全くの見知らぬものでもない。人間を神はご自分の像にかたどって創造したという聖書の記事から古代教会が作り上げた、人間の中にある「神の像」(imago Dei)の教理を、我々は、人間の中にある神の像を人間の愛による創造性であると見做し尊重したいのである。即ち、神と創造物、特に人間とは、創造の教理が意味するように、明らかに区別されねばならないが、併し、創造物の中へ神は混在し、しかも、創造物を内包しつつ超越しているのである。人間が人格的な愛の神への応答としてこの創造性に即して生きる時に、人間は、自己の疎外状況を克服する。神と人間や他の創造物とが同一であると主張する立場を、この第三の立場は直ちには否認しない。同一を混在に変えて、ティリッヒのような立場を内包する。

比愉的に言えば、愛が神の人格にとって中心的な精神であり、神はその愛によって創造物に目的を与えているし、また、我々の自由の中へ浸透してくる。我々の精神の中にある罪たる不条理(心の中の悪魔)に対する神の愛の戦いが、そこには生起する。我々に関する限り、その目的は愛の体験をできる限り深く広く所有して、神の中へ消滅し、豊かな個として神の中に融合することである。併し、人間で言うならば心理や身体に相当する神の人格の周辺のところで、神は創造性として現実に混在し、そこでは、神と悪魔との闘争――非神話化すれば人格的な想像的愛の創造性と、破壊性たる不条理との衝突――があるのである。神の創造の業には非存在の介入が神も止むを得ず認めなければ創造を行い得なかったものの介入があったからである。


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(1) 拙著「実存論的神学と倫理』、東京、創文社、一九七〇年、七十六頁以下。
(2) 拙論「神の死の神学」は『教義学講座』第三巻(東京、日本基督教団出版局、一九七四年)に所載。
(3) ラングドン・B・ギルキー「現代アメリカ神学の諸潮流」、立教大学キリスト教学会編『キリスト教学』(第十六・十七合併号、一九七五年刊)所載、特に三十七頁を参照のこと。
(4) 拙論「ポール・ヴァン・ビューレンの思想的移行」(立教大学キリスト教学会編『キリスト教学』第十四号、一九七三年刊所載)を参照されたい。
(5) この事情を証拠立てる事柄の一つは、プロセス神学の指導者の一人たるカッブ教授が編集した、アルタイザーの思想をめぐる多くの神学者たちの論文を集めた次のような書物が出版されたことである。Cobb, Jr., John B., edit. by: The Theology of Altizer: Critique and Response, Philadelphia, The Westminster Press, 1970. また、次の書物も大分前の出版ではあるが、そこに示されているアルタイザーへの評価によってこの事情を示しているものかもしれない。 Ice & Carey, edited by: The Death of God Debate, Philadelphia, The Westminster Press, 1967.
(6) Altizer, Thomas J. J.: The Gospel of Christian Atheism, Philadelphia, The Westminster Press, 1966, pp. 34ff., pp. 92ff.
(7) ibid., p.27.
(8) ibid., p. 51, pp. 68-69, p. 97.
(9) ibid., p. 124, pp. 127ff.
(10) ibid., pp. 147ff.
(11) 拙論「神話の季節の到来」(立教大学キリスト教学会編『キリスト教学』第十六、十七合併号、一九七五年刊に所載)、三十二頁以下を参照されたい。
(12) シモーヌ・ヴェイユ著・渡辺義愛訳『重力と恩寵』(東京、春秋社、一九六八年刊、『シモーヌ・ヴェーユ著作集』III所載)八九頁
(13) Ferre, Nels F. S.: The Universal Word, Philadelphia, Westminster Press, 1969, p. 51, p. 235, pp. 250ff.
(14) 注(5)を参照のこと。
(15) 拙論「ティリッヒの死」、山本和編『死と終末論』(東京、創文社、昭和五十二年刊)に所載。
(16) Tillich, Paul: "Das Religiose Symbol" in Die Frage Nach dem Unbedingten (Gesammelte Werke, Band V), S .212.
(17) Tillich, Paul: Systematic Theology, vol. II, Chicago, University of Chicago Press, 1957, pp. 36-44.
(18) ibid., p. 48, p. 47.
(19) ibid., pp. 38-39.
(20) Seeberg, Reinhold: Text-Book of the History of Doctrines, trans. by Charles E. Hay, Grand Rapids, Baker Book House, 1952, p. 151.
(21) Tillich, Paul: Systematic Theology, vol. II, pp. 37-38.
(22) Tillich, Paul: Systematic Theology, vol. I, Chicago, University of Chicago Press, 1951, p. 191.
(23) ルイスの思想については次を参照されたい。拙著『実存論的神学』、東京、創文社、昭和三十九年刊、三十八頁以下。
(24) Tillich, Paul: Systematic Theology, vol. I, pp. 188-189.
(25) Tillich, Paul: "Mystik und Schuldbewustsein in Schellings Philosophischer Entwicklung" in Gesammelte Werke, Band I, Stuttgart, Evangelishes Verlagswerk, 1959, S. 22-23.
(26) ibid., S. 17-20.
(27) Tillich, Paul: Systematic Theology, vol. I, p. 172.
(28) 拙論「ティリッヒの死」を参照されたい。
(29) Tillich: Systematic Theology, vol. I, p .255.
(30) ibid.
(31) Tillich, Paul: Christianity and the Encounter of the World Religions, New York, Columbia University Press, 1963, pp. 68-69.
(32) Cobb, Jr., John: Christ in a Pluralistic Age, Philadelphia, Westminster Press, 1975, p. 78.
(33) Tillich, Paul: "Das Wesen der Religiosen Sprache" in Gesammelte Werke, Band V., S. 218ff.
(34) Ferre, Nels F. S.: The Universal Word: A Theology for a Universal Faith, Philadelphia, Westminster Press, 1969, p. 92.
(35) Ferre,, Nels F. S.: The Living God of Nowhere and Nothing, London, Epworth Press, 1966. この書物の内容を紹介した次を参照のこと。拙著『実存論的神学と倫理』、一四一−一四二頁。
(36) 拙論「神話の季節の再来」の中で(三〇頁、三二頁、三五−三六頁)、サムサーラやカルマとの関係でフェレーへの言及があるが、これを参照のこと。
(37) Tillich, Paul: "Zwei Wege der Religionsphilosophie" in Gesammelte Werke,Band V., S. 122-137.







入力:佐藤啓介
2002.5.15
※原文の註において、ティリッヒの著作の一冊だけがイタリックになっていますが、とりあえず原文に従っています。



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