<講師派遣報告>


※2003. 3/2 経済学部教授:鈴木 五郎先生・講演会テーマ:「英語ライティング講座」

今回の講演会は遠くから順に熊本、東京、和歌山、京都、 大阪そして兵庫と、全国各地バラエティに富んだ参加をいただきました。







※2002. 11/30 文学部助教授:石川 透先生・講演会テーマ:「中世の説話」
講演会は先生自ら所有されている本物の絵巻物を広げて色々解説いただき大変内容の濃いものでした。






報告:文学部稽燹 |羸遏〃

2002年度第2回講師派遣行事として、11月30日に文学部助教授・石川透先生をお招きし、「中世の説話」と題してご講演をいただきました。
石川先生は物語文学、説話文学をご専門に研究されており、最近ではデジタルカメラを駆使して御伽草子を中心に中世から近世初期の物語文学の絵巻物や奈良絵本などを探求されています。
○説話とは
「説話」は口承文芸として発達したもので、実は「物語」との違いはあいまいで両者はほとんど区別されずに使われているそうです。「今昔物語」(平安時代成立)は千話ほどの説話を含む最もよく知られた説話集ですが、中世にも、鎌倉時代に「宇治拾遺物語」や「古今著聞集」などの世俗的な説話集や「沙石集」のような仏教説話集などが多く作られました。室町時代になると、一つの短い物語が独立して多く作られ、「御伽草子」という一群を形成しています。今回のご講演は御伽草子とその絵巻が中心となりました。
○御伽草子について
御伽草子には昔話や絵本などによって現在も読み継がれている話が多く、当日は「鉢かづき」の詳しい紹介がありました(「三色旗」3月号、石川先生の「御伽草子の世界2」に詳しく掲載されています)。
「鉢かづき」は室町期成立とされますが、流行ったのは江戸時代で、中世の説話でもともと有名だったものは少なく、何が受け入れられるかは時代の志向によってかなり異なるそうです。
江戸時代には、特にハッピーエンドの御伽草子が好まれ、それを読むことによって自分も幸せになると信じられていたため、「鉢かづき」や「文正草子」などの成功物語は、年頭の「読み初め」に好んで使われました。
○絵巻の鑑賞
御伽草子には絵巻や絵本が多く存在します。当日は石川先生に二つの絵巻物をお持ちいただき、ゆっくり鑑賞することができました。先生がご説明された絵巻のポイントは以下の通りです。
絵巻は、薄い和紙を裏打ちした紙(縦33cm・横50cm程度の紙)を5mm程度の糊しろで横に貼り合わせ、両端に軸と表紙をつけて巻物にしたもので、軸には高価な象牙などが使われることもあります。表紙に続いて右から左へ、文章、絵、文章、絵、と交互に展開され、その両方が研究対象になります。文章(詞書(ことばがき))は句読点や濁点のない流麗な変体仮名で改行されずに墨書されますが、和歌の部分だけは改行し、絵の前には余白を残さず「散らし書き」されるなどの約束があります。
一つの絵巻物が完成するまでには、おそらくは書肆(しょし:本屋)などがプロデューサー的役割を果たし、作家、書家、絵師、職人など多くの人の手を経ています。絵巻には奥書(おくがき)や作者の落款はみられませんが、一つの巻は、一人の書家と絵師が書いており、このことは鑑定の重要な前提ともなっています(ただし絵は弟子との合作の場合があります)。
絵巻物は一点一点が手描きであるため、豪華な絵巻物は庶民が買えるものではなく、武家か富裕な町人が注文したと考えられ、こうした絵巻は美術品というより子女のための調度としての意味合いが強く、「嫁入り本」「棚かざり本」と呼ばれました。
「松竹物語」(1660年前後製作)
宮崎県の日向地方に住む夫婦が谷の水を飲み八百年も生き続け、やがてこの夫婦が没した後に松と竹が生えたので松竹神社として祀ったという話で、一種の養老伝説であると同時に松竹神社の由来を説明する物語となっています。御伽草子には寺社の由来や霊験を説明する「本地もの」とよばれる種類が多くみられ、寺社がこうした絵巻物の製作を依頼している可能性も示唆されます。
建物の線や髪の毛などが実に細緻に描かれ、顔を近づけて見てもまったく粗が見つからず、見事な職人技を感じました。画面全体にきっちりと色彩で埋め尽くされ、何百年もたっているものとは思えないほど美しく装飾性豊かな絵巻でした。
「鶏鼠物語」(1600年代製作)
縦が20cm余りで少し小さく、横方向に規則的に手垢の汚れがあり、冊子本を継いで絵巻物にしたものだということで、絵巻のバリエーションを感じました。ストーリーは6月号の三色旗「御伽草子の世界5」にも紹介されています。
擬人化された動物や鳥たちが鎧や兜を身につけて馬に乗って馳せ参じる姿は躍動的で、仲直りの宴会のために料理をつくる様子、舞や連歌に興じる姿など、時代風俗を反映しながら、ひとつひとつの動作が生き生きと描かれており、大変魅力的な絵巻でした。動物たちのユーモラスな姿に12世紀頃の有名な「鳥獣戯画」の絵巻を思い出した人も多いようです。
○デジタル機器による絵巻物研究
さらに石川先生のパソコンをスクリーンにつなぎ、絵巻物研究の実際についてご説明がありました。
デジタルカメラで撮影したコロンビア大学所蔵の「浦島太郎」の絵巻(1660年頃製作)と冊子本(1700年前後製作)を鑑賞しましたが、浦島太郎自身が亀(=乙姫の化身)を釣ったり、亀ではなく女が船に乗って浦島太郎を迎えに来るなど、ストーリーに異伝があることや、竜宮城の「四季の庭」を表すため東西南北に異なる季節の花が描かれている絵があるなど、場面の描かれ方にもそれぞれ特色があり、大変面白く感じました。このように海外の絵巻を鑑賞できることは、デジタル機器の恩恵に他なりません。
絵巻物はもともと京文化なので関西に豊富に残っているとのことですが、それでも全国各地に散在しているだけでなく、海外にも多く流出しており、所蔵施設から貴重な絵巻を持ち出すことはできないので、石川先生はこうした施設を訪れ研究をされているのです。このときデジタルカメラでの撮影が許可されれば、一度に何千枚と撮影でき、パソコンでゆっくりと絵や詞書の研究や他の絵巻との比較調査ができるので、こうした機器は絵巻物研究に大変便利であるだけでなく、その性能の向上に伴い、より精密な分析を可能にしているそうです。
先生は、以前ある美術館から盗まれた絵巻がのちに別の施設で展示されていたとき、すでに撮っていたデータと現物の比較調査によって盗品と鑑定したというスリリングなエピソードを紹介されました。盗難にあった美術館も、盗品とは知らずに購入した施設もお気の毒ですが、こうしたデジタル機器の貢献を端的に示す例として興味深いお話でした。
質疑応答では、絵巻と漫画の関係についての質問があった際、先生は、絵巻や近世の黄表紙などに接していた日本人は昔から漫画を読んでいたとも言えると示唆され印象深く感じられました。日本のアニメーションや漫画が世界で人気がある背景には、こうした絵の中にストーリーを凝縮する伝統の長さが関わっているのかもしれません。
以上、報告はほんの一部ですが、その他たくさんの興味深いお話が紹介され、大変有意義な講演会となりました。始終和やかな雰囲気の中、楽しみながら日本の伝統的な絵巻物の世界の一端に触れることができ、私を含め多くの方にとって新しい興味の扉を開くきっかけとなったようです。
最後に、石川先生より、「もし身近に絵巻や絵本があれば是非ご一報を!」とのことです。
以上



※2002. 9/8 法学部教授:横山千晶先生・講演会テーマ:「英語っておもしろい! − 英語嫌いなあなたへ」の講演会には30名を超える参加があり、大盛況の会となりました。


横山先生のアツイ講義

真剣に聞き入る皆さん。そして最後は皆で記念撮影。
写真は写真館でもお楽しみいただけます。

<2002.9/8 法学部教授:横山千晶先生・講演会テーマ:「英語っておもしろい!−英語嫌いなあなたへ」>

報告:文学部稽燹 ’鮨澄〕擬

今年度第1回講師派遣行事による講演会が、去る9月8日に行われましたので報告します。
今回は、法学部教授横山千晶先生をお招きして、「英語っておもしろい!−英語嫌いなあなたへ−」という題目でご講演いただきました。
通信課程で学んでいる我々学生にとって語学は避けて通れない道であり、その中でもほとんどの方が馴染み易い英語を必修外国語として履修されていることと思います。しかし、英語が苦手な方や英語から随分遠ざかってしまった方たちにはなかなか乗り越えられない壁として大きく立ちはだかっているようです。日本語とは全く異なる言語である英語を我々日本人が容易に理解しようということ自体無理があるのかもしれません。
横山先生は、そんな我々日本人が英語を面白く学ぶ為にはどういうところに着目していけばいいのか、またどういったやり方をすればいいのかということを、日本語と英語の言語としての違いから文化の違いを含めてお話してくださいました。学生にとってもやはり興味深いテーマだったようで、参加者は30名を超える大盛況となりました。
講演の方は、横山先生が三色旗に語学入門講座として執筆された内容を中心に、前半はまず英語圏の国々の言語を始めとする文化背景についてからで、その中でも横山先生の専門であるイギリスについては詳しく語っておられました。
日本ではイギリス=イングランドと誤解されることが多いようですが、イギリスとはUnited Kingdomのことであり、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの国から成る連合国です。この中で英語を母国語とするのはイングランドだけで、ウェールズ・スコットランド・アイルランドではケルトの言葉であるゲール語が、元々公用語として話されてきました。現在のイギリスであるブリテン島の原住民はケルト民族であるといわれており、そこにアングロサクソンが侵略していった結果、ケルト民族は今のウェールズ・スコットランド・アイルランドへと追いやられていったのです。
これらの言語はイングランドによる植民地化が進むにつれて衰退していき、現在スコットランド語を話す人はほとんどいなくなっているそうですが、ウェールズ語は学校教育にも取り入れられ、今では多くのウェールズ人が話しているそうです。アイルランド語もゲールタクトと呼ばれるアイルランド西部の地域では日常的に話されています。
このように見ていくとイギリス=英語と決めつけるのは間違いで、実はイギリスも多重言語国であることがわかります(詳しくは三色旗2002年1月号に横山先生の語学入門講座として掲載されています)。
次に言語と関係のないレベルで考えてみるということで、日本と欧米のCM文化の違いを、実際のCM映像を見比べながら解説していただきました。
まず日本でのCMは映像や言葉によって視聴者にイメージを植えつけることに重点を置いているようです。例えば洗剤のCMの場合、白さというイメージを強調するため、実際には有り得ない、白いシャツだけを大量に干している映像や、難しい言葉によって左右されやすい日本人の性質を利用してすごい商品だというイメージを持たせます。
それに対してイギリスのCMは消費者にアピールする点を明確にし、それをストレートに表現することが多いようです。洗剤のCMの場合”DIGESTS STAINS WITHOUT BLEACHING OUT COLOURS”(色落ちさせないで染みを落とす)のように、言語的にわかりやすい説明がされています。他にも環境汚染への影響や動物生体実験など、倫理観の問題がイギリスでは重視されるようです。
また、白さイコール美しいというのは日本的な考え方であり、有色人種差別の歴史があるアメリカなどでは差別的になってしまいます。少し考えればわかることなのですが、日本で暮らしていると無意識にこういう発想はなかなか出てこないものなのでしょう。
このように、洗剤のCMひとつをとってみても文化的な価値観の違いがあることがわかります。
イギリスとアメリカの違いについても、英語が共通語になっていくためには差別化をなくさなければならないという考えの下、アメリカでは「PC表現」(差別するような表現をなくし新しい表現方法に変えていこうという動きのことで、詳しくは三色旗の2002年4月号の横山先生の語学入門講座を参照してください)というものが生まれました。メディアの影響が強いアメリカでは、映画の中での表現方法についてもこの新しい表現を使うよう指示されるそうです。
このように時代の流れに合わせてどんどん変化していくアメリカの英語に対し、伝統を重んじるイギリスでは昔ながらの表現を使うことが多いようです。
後半は英語と日本語の言語としての違いからその勉強法についてでした。
まず日本語と英語ではどこが違うのかということですが、文字が違います。日本語として我々が使っている平仮名や漢字は、口に出して言う時と書いてある文字を見る時では、イメージが違ってきます。例えば「さびしい」という言葉をとってみても、「寂しい」「淋しい」「サビシー」のように漢字やカタカナを使い分ける事によってその言葉の持っているイメージも微妙に変わることがわかります。日本語では文字が言葉の意味を表す絵の役割を果たし、その絵に対して音が結びつき、日本語として成り立っているのです(詳しくは三色旗2002年2月号に掲載されています)。今の日本のバラエティー番組などではやたらと出演者の発言を文字で表すことが多いですが、これは言っていることを文字化することでそのニュアンスを表しているのです。聞くということと見るということが拮抗しているので、文字がなくなると急に理解しにくくなるでしょう。
これに対しアルファベットは見た目のバラエティーがないので、英語ではリズムと音が大事になってきます。見て覚える日本語に対して、音で聞いて覚えるのが英語なのです。そのため、アルファベットの世界と音楽は深く結びついています。ということで、横山先生による提案は、「英語で歌を覚えましょう」とのことでした。これは英文の持つリズム感や音節の強弱などを知る上でとても効果的だそうです。また同じ理由から、クローズドキャプション機能対応(英語の字幕表示つき)のビデオで映画を見るのもいいそうです。この時、実際に台詞を一緒に声に出して言ってみることが大事だそうです。音で聞いて覚えるのが英語なので、自分で聞いた音を声に出して確認することによって英語のもっている音の感覚に慣れることが大事だということでしょう。
次に勉強法についてですが、やはりこれといったものはなくそれぞれ自分にあった勉強法を見つけるしかないとのことです。横山先生の場合は何度も何度も書いて体に覚えさせたそうです。かなりの努力をされたそうで、「自分で努力してやらないと絶対にダメ」とはっきりおっしゃっていました。皆さん、がんばって努力しましょう。
最後にイディオムや婉曲用語などについて例文を交えてお話しになられましたが、こちらの内容は三色旗2002年3月号などに掲載されていますのでそちらの方をご覧になってください。
以上、横山先生がお話しになった内容を私なりの解釈で書いてみましたが、全体の内容をまとめてみると、日本語と英語では思考回路が全く違うということをまず理解し、言葉そのものから入っていくのではなく思考や文化的な違いを探りながら英語を学んでみるのも一つの方法だということ、そして聞いて覚えるのが英語であるということを理解し、英語を学ぶにおいては音から入っていくのが大切だということです。
懇親会の席では、講演を終えてホッとされたのか、「今でも人前に立つと緊張する」と、ご自分で暴露されていた横山先生ですが、とてもフランクで接しやすい方という印象を受けました。全国各地の慶友会へ講師派遣や試験監督で行っておられるそうで、それぞれの地方でのことなども話されていました。今秋、夜間スクーリングで講義されるとのことですが、懇親会に参加された皆さんからの、「是非地方スクーリングも開講して欲しい」という意見にも賛同されていました。来年の夏期スクーリングでも講義したいという希望をもっていらっしゃるようです。
私は今年の夏期スクーリングでドイツ語を履修したのですが、その時の先生がドイツ語に対する情熱を非常に持っておられる方で、そのアツイ気持ちが生徒にまで伝わってくるほどでした。ドイツ語を学ぶのはその時が初めてだったのですが、その先生のおかげで私もドイツ語が好きになれました。素晴らしい先生に出会うということも、語学に限らずその科目を好きになるきっかけになると思います。そういった意味ではスクーリングで横山先生の講義を受けられる方はラッキーだと思います。実際に先生の講義を受けられた方によると「厳しい」と評判の横山先生ですが、それも先生の英語に対する情熱の表れだと思います。講演会に参加された方々も英語に対する考え方が変わり新たな興味が湧いてきたという感想を持っておられ、皆さんそれぞれいい刺激を受けたようです。
私にとっても、この講演に参加する前から英語は好きだったのですが、参加して改めて考えさせられる部分や共感できる部分があり、とても有意義な講演会となりました。
特に英語で歌を覚えるというのは私が英語を好きになったきっかけでもあり、私からもお勧めします。韻や強弱については横山先生の話を聞いて納得したのですが、私の場合歌を覚える事によって歌詞の中に出てくる単語・表現・文法などが頭の中に焼きついてしまい、例えば試験などでその単語や表現が出てきた時に頭の中でその歌が流れてくるようにまでなりました。教科書に出てくる英文を暗記しようと思ってもなかなかうまくいかないのですが、自分の好きな歌を覚えるというのは全く苦になりませんでした。私の好きな音楽はほとんど英語の歌詞がついており、一曲覚えてしまうと他も覚えずにはいられなかったのですが、そのおかげで教科書一冊分とまではいきませんがかなりの英語量を楽しみながらこなせたと思います。
これは歌や映画に限らず幅広く応用できると思います。英語ほど自分の好きな事や興味のある事に関連づけて学べる科目はないと思うのです。例えば、インターネットでアメリカやイギリスのサイトにアクセスして自分の興味ある事柄に関するキーワードを英語で検索していけば、それに関する英語での情報を簡単に見ることができます。最初は画面いっぱいの英語に拒否反応を示してしまうかもしれませんが、少しだけ我慢して画面を眺めていると、そこに書いてあるのは自分がよく知っていることなので、知らない単語があったとしても何となく文面が見えてくるはずです。それを何度か繰り返しているうちに自然と英語にも慣れてくると思います。
これは単なる一例に過ぎませんが、皆さんそれぞれに合ったやり方がきっとあると思うので、一度探してみてはいかがでしょうか。
題目からもわかるように、横山先生はこの講演を通して英語をいろんな方向から見てみることで英語の嫌いな人にもっと興味を持ってもらおうと思っていたはずです。講演に参加できなかった方も、新たな発見があるかもしれませんので、英語に対する見方について是非一度考えてみてください。



<2002.3/10 法学部教授:寺崎修先生・講演会テーマ:福沢諭吉の政思想>

報告:経済学部 安藤 正

2001年度第3回講師派遣による講演会が、去る3月10日に行われましたので報告します。
講師派遣として法学部教授寺崎修先生を招聘し「福沢諭吉の政治論」という演題でご講演いただきました。
先ずは、寺崎修先生の略歴から報告します。
1968年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1970年、同大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。駒澤大学で19年間教鞭を取られ、平成9(1997)年より現職に至ります。 日本政府の歴史を作った近代国家について研究されています。現在は福沢諭吉没後100年の事業として展覧会や出版物としては福沢諭吉書簡集を手がけられています。書簡集では書簡を通して福沢諭吉の人物像の探求をされています。
演題の「福沢諭吉の政治論」では、法学部以外の聴講生も多いので、できるだけわかりやすい平易なかたちでご講演いただいきました。
「政治とは何をするものか」
〇人間社会の特徴
人間の社会の一番大きな特徴とは、物事の考え方は人それぞれに異なり、無数の考え方の違う人間が一定の国などの限られた領域の中で共同生活を営んでいるということである。そのような人間社会ではどういうことが日々起こるか。考え方の違う人間がひしめきあっている。意見の違いが出てくる。相違が大きくなりお互い理解できなくなると争いに発展してくる。人間の社会では争いはなくならず、対立はある意味ではやむを得ないと言える。原始の時代から現代に至るまで人間社会では争いがなかったことは一度もなかった。常に人間社会では争いは絶えない。古代中世では武力で戦った。勝った方の意見が認知され、負けた方は死ぬか、勝者の意見に従うしかなかった。
〇法治主義の芽生え
ヨーロッパでは18世紀以降、人権思想が発達し、意見をまとめる方法として武力を避け、法治主義という考え方が芽生えた。予想される争いについてルール化し、そのルールに基づいて解決する。そういうルールを皆で守り、守らないものは処罰する。そうすることによって、争いを起こらないようにする方法である。日本で法治主義が取り入れられたのは100年遅れの明治維新以降になる。
〇政治の役割
政治の役割とは、無数にある国民の意思をいかに一つにまとめるかということである。一つにまとめる場合、昔は武力を用いて戦って勝ったものの意見が正義であり、それが一つの最終的な意見として従った。政治の役割は武力を用いて一つの意見としてまとめる方法もあるが、18世紀以降、武力を用いないでまとめる方法もあるのではないかという考え方が発達した。そして、特にイギリスでは議会主義により、議会を通じて試行錯誤しながら国民の無数の意思をまとめようと考えられた。
〇議会主義の発展
議会は国民の代表者を選挙にて選ぶ。選挙によって、権力を争う手段が「拳銃」から「投票用紙」に変わった。それまでは拳銃で争って勝者になろうとしたが、それが紙切れになった。選挙制度の発達により、武力でなく投票用紙によって国の最終意思として、一つの意見にまとめられるようになり、今日に至っている。手段が穏健な形になり野蛮でなくなった。しかし、政治の実体、基本は変わっていない。政治は冷酷であり、凄まじい権力闘争である。一つに意見をまとめるとき、大変な争いが起きるという政治の本質は原始時代から変わっていない。
〇議院内閣制と大統領制
議会政治が発達するに従い、国の制度として議院内閣制と大統領制とに分けられる。
議院内閣制とは、現在の日本やイギリスで採用している方式で、国民が国会議員の選挙をし、その国会議員での選挙の結果、首相が選ばれる。行政を行うトップが議会(立法府)で選ばれる。国民が議員を選び議員が首相を選ぶ仕組みが議院内閣制である。こういう制度では、直接責任は選んでくれた人に対して責任を取ることから、議会は内閣を選ぶので、内閣は選んでくれた議会に対して責任を取る。我が国では、議会が内閣不信任を出せば内閣は総辞職をするか解散総選挙を行うかのどちらかを選ばなければならない。国会議員は選んでくれた国民に対して選挙という形で責任を取る。内閣は間接的に国民にまで責任を負うが、直接的に責任を負う方法はない。
一方、大統領制とは、アメリカやフランスで採用している方式であり、議会で大統領は選ばない。国民が大統領を選ぶ。また、議会も国民が選ぶ。大統領制では行政府の長(大統領)を議会が選ばない。そういう点で、議会と大統領の関係はある意味では切断されている。
議院内閣制では、議会が内閣を作るため責任の関係があり、議会と内閣は密接不可分である。
「民情一新」
〇産業革命の影響
「民情一新」は福沢諭吉にとって代表的な本であり、文化文明が産業革命の影響によりどのように進んでいくかを細かく述べている。産業革命、特にヨーロッパでは、その影響は大きい。蒸気機関(エンジン)の発明が、それまでの人力や自然の力(風車・水車)に頼っていたのとは異なり、人工的に作られた動力を利用するため、移動手段が発達する。福沢は、その当時の日本は、ヨーロッパには大きく遅れているが、いずれ追いつくであろう考え、文明の発達というものが、単にエンジンの発達だけにとどまらず、それは文明の質まで変えてしまうと説いた。そして、国民の意識も変わる。民情(国民の考え方)が機械文明の発展によって一新されてしまう。汽車が走り、電話が鳴り、船がエンジンで動き外国まで行く。交通と通信の発達というものが単にその領域の発達だけでなく文化文明をも変えてしまう。外からの情報もどんどんも入る。民情が一新されているのに、政府が昔通りの政府であったならばフランスみたいに革命が起こり民衆によって打倒されてしまうであろう。明治政府がもし倒れたくないならば、民情が変わるのだから、ヨーロッパ流の先進的な政治制度や経済制度を取り入れるべきであると、福沢は「民情一新」で説いている。
〇国会という概念
政治について、福沢諭吉は徳川幕府が倒れて10年少し経つ明治12年に、まだその当時としては国会という概念はなかったときに「民情一新」で「国会」について説いている。明治維新の推進力となった思想は、尊皇攘夷と王政復古である。明治維新は高度進歩的というイメージがあるが、明治12年当時は太政官制真っ盛りで(内閣制に変わるのは,明治18年)、法律制度は律令制である。まだ、憲法はなく、明治3年に新律綱領(明治政府が最初に制定した最初の本格的な法典)が、日本の大宝律令(奈良時代)、中国の唐・明・清の時代の律令から集めて作られた。ただ、鎖国はやめているので外国からの文化文明の流入はあった。 明治政府がこれではいけないと思い、後に憲法や民法、そして新律綱領をやめてヨーロッパ流の刑法(明治15年施行)をも作ったりした。このとき初めて、西洋流の法典が我が国で生まれた。
明治12年の太政官制真っ只中。その環境で福沢は「国会」とうい言葉を使っていた。
〇多数決原理の思想
当時、多数決ということは日本では一般化していなかった。先ず、議論の習慣が日本にはなかった。前提として、人間には色々な考え方があり、皆意見が違うとすると多数決原理の考え方が利用される。 それに対し、正しいことが一つだということになると、議論すれば必ず一つにまとまることになるという考えから、延々と話し合いをしようということになる。これを全体一致主義という。
〇国の安定
国の安定が維持されるためには、選挙によって政権交代をすることである(「民情一新」での福沢諭吉の結論)。そうすれば、一党独裁のように国民の不満がたまらない。フランスみたいな革命騒ぎにもならない。そして、近代化を進めることができる。
福沢は「民情一新」でイギリス政府の議院内閣制の良い点を説き、それを我が国に採用すれば良いとも述べている。また、国の政治を安定させるためにも良いとしている。福沢諭吉の政治論はこの時点(明治12年)において議院内閣制としており、そしてこれは終世変わらない。いまの我が国の制度は議院内閣制ではあるが、明治憲法の制度は議院内閣制ではなかった。天皇の指名で内閣が決められていた。わが国で議院内閣制が導入されるのは戦後の日本国憲法において始めて議院内閣制が採用された。福沢はそれよりも以前、既に明治12年から議院内閣制の必要性を説いていた。これは、福沢が偉大な思想家として、すばらしい先見性持ち、そしてどれだけのことを考えていたかを知る一面でもある。
以上


<2001.11/11 商学部助教授(当時)・権丈善一先生講演会・テーマ:日本の社会保障について>


報告:経済学部 廣居伸蔵

2001年度の第二回目講師派遣行事として、商学部 助教授 権丈善一先生に『日本の社会保障について』をご講演いただきましたので、そのご講演内容を報告します。記憶があやふやな点が少なからずあり不正確な内容があるかもしれませんが、なにとぞご容赦いただきますようお願いします。

冒頭に、日本の21世紀初頭の政治経済状況〔666兆円の長期債務残高(内国債 389兆円)、平成13年6月「財政構造改革への途」、苦境に立つ「骨太の方針」〕について概観されました。次に、財政構造改革のなかの社会保障の問題点として『医療保障政策と老人医療問題』と『年金における世代間再分配問題』が取り上げられていることを示されました。
そのうえで、日本における少子高齢化社会危機論への疑問として、ー匆駟歉磴伴匆颪侶繊↓日本人の生活水準の維持と必要成長率、少子高齢化社会に対するナンセンスな問題設定、い覆2025年を対象としたか、ダぢ經嵎配の公平に対する個人的な価値判断、について説明いただきました。ご講演の構成に沿って内容を以下に記します。
社会保障と社会の形 国民経済における社会保障の役割は、所得再分配に他ならないことを政府、家計、市場の関係図(省略)を使って説明されました。社会保障給付費と租税・社会保障負担率の国際比較(下表参照)では、日本の社会保障はフランスやスウェーデンに比べるとまだまだ低いことを指摘され、国のありようは社会保障がかたち作ることを示されました。

日本人の生活水準の維持と必要成長率
年齢階級間の生活費格差と必要成長率に関するシミュレーション(仮定及び推計式は省略)によると、2025年に必要となる実質GDPの必要成長率は、たかだか1%未満であり大きな負担とはならない、という数量分析結果を示されました。
少子高齢化に対するナンセンスな問題設定
少子高齢化社会の例として、2040年には、生産年齢人口2.1人が高齢者1人を支える事例がよく喧伝されていますが、「就業者1人当たり人口の安定要因」と「経済成長要因としての技術革新と労働力」に関する過去の推移から、就業率の上昇と技術革新により十分カバーできるという予測を示されました。
なぜ,2025年を考察の対象としたのか
政府が描く将来像として2025年の日本の姿を示すことに言及され、将来のことを論じるにあたっての考え方として、ドラッガーの『未来は予測不可能である。未来を予測しようとすれば,現在の自分の信用を落とすだけだ』という言葉と、シャーデンの『経済予測に限らず,つねに極端な予測を出す人は性格的に極端なのだ。こうした予測は,その人の人生観を反映しているに過ぎない』という言葉を紹介されました。
世代間再分配の公平に対する価値判断
「統治者はなぜ公平を視野に入れた政策を考えるのか?」という問題提起をされたうえで、マキャベリの『結論として述べておきたいことはただ一つ、君主は民衆を見方につけなければならないこと』という言葉を紹介されました。被統治者の感情を逆なでしない政策(そして必ずしも被統治者の利益に適わない政策)をしばしば行う際に、民主主義の経済モデルであるDenzau and Mungerモデル(下図参照)のように、有権者に対して政治家やマスコミのキャンペーンによる世論操作が行われていることを強調されました。

最後のまとめとして、先生が現在考えておられる「日本の年金および医療・福祉サービスのあるべき姿」として、以下のように述べられました。
’金について
以下の諸条件を満たすことができれば、年金制度を少しは信頼するようになるだろう。
・年金受給者と勤労世代との間での租税負担のバランスをあくまでも追求すること。
・多額の資産をもつ高齢者の年金給付を賄うために,我々が高い年金保険料を支払う一方で、こうした高齢者の多額の資産が,相続財産として彼ら資産家の子どもたちに相続される状況を改革すること。
・高齢者への年金の給付が、かえって高齢者間の所得不平等を拡大するような状況を解消すること。
医療・福祉サービスへの願望について
以下の諸条件を満たすことができれば、我々は費用負担の増加に対しても支持する場合があるかもしれない。
・何よりも、必要な時に必要なサービスを受けられる体制ができること。
・サービスの供給者に対して猜疑心をもって眺めるような制度ではなく、我々消費者が供給者を信頼し、その信頼が報われる制度を作ること。
・支払能力に応じて、医療サービスへの利用格差が生まれるという、人びとの嫉妬心をいたずらに煽る怖れのある制度には慎重になること。
【報告者感想】
予想以上の少子高齢化社会の到来によって、日本の社会保障制度はその持続可能性を問われています。政府やマスコミによる情報操作に惑わされず、本来あるべき社会保障の姿を見つめ直す必要性を感じました。経済学では有名なマーシャルの言葉『冷静な頭脳と温かい心(cool head but warm heart)』のとおり、批判的かつ合理的な政策と社会的弱者に対して思いやりのある政策という二つの要素の共存。それが「第三の道」と言われているものかどうかは私にはわかりません。しかし、私たち自らが社会保障のありかたを考えるきっかけになるいい機会となったように思われます。
以上

<2001.9/9 文学部教授・河合正朝先生講演会・テーマ:中世日本の美術絵画についてー仏教美術を中心にー>


報告:文学部砧燹ト珍匐鎧

 今年初めての講師派遣 講演会が九月九日(日)に神戸勤労会館で行われた。講師は、慶應義塾大学文学部教授、河合正朝先生、演題は「中世日本の美術絵画についてー仏教美術を中心にー」で、午後一時からほぼ午後五時までの長時間であったが、夢中で拝聴した。卒論に日本美術を取り上げたいと思っているので、特に興味深く聴講した。  先ず、仏教美術の見方として、   (教美術が、人々にどのように見られていたか。   ∧教美術の機能はどうであったか。 に注目しつつ、「知識にはとらわれず、身構えず無心に形を感じて欲しい」との意のお話が、初めにあった。  6C半ば(552)に仏教が公伝し、それに付随して仏教美術が組織的、理論的に体制を整えて日本に伝えられて、初めて日本美術史が成立した。日本文化史的に見ると、日本は外国文化を積極的に摂取する時期(例、6C半ば〜9C)と、それを咀嚼し自分たちの表現に適うように変化させていく(国風化、和様化)時期(例、10C〜12C)を、300年ごとに繰り返している。又、日本文化の特徴の一つに、対立、緊張関係が常に存在して、例えば「侘び、寂、幽玄」を好むと同時に、それらを際立たせるために対立した「華美」が存在する。西欧では、一つのもので完結しているのと異なる特徴である。  仏教公伝以来日本の仏教は、奈良時代は、現世利益もあったが、主に仏教の哲学的側面に焦点が当てられた。又、国家権力と結びついて、護国鎮護が重要な役割であった。この護国鎮護は後代まで続くものである。それに比べて、空海、最澄が日本に移入した密教では、皇族、貴族達の現世利益や即身成仏に焦点が当たった。鎌倉時代に栄西によって禅宗が持ち込まれて、武将達がその中心の支持者となり禅宗文化を発展させ、一方で街の聖、一遍上人、親鸞上人、日蓮上人などの活躍で、庶民の間にも仏教信仰は盛んになった。 平安時代初期に空海(真言宗、高野山)、最澄(天台宗、比叡山)が、遣唐使として唐に渡り、空海が日本に持ち帰った曼荼羅図ー密教の中心の考え方を表現した図ーから始まり、中世仏教美術全般についての講義と二面のスライドを使って比較・対照させながら説明があった。  空海が、唐から請来した彩色された両界曼荼羅図(現存していない)を空海が存命中に無賦彩で転写した京都高雄山神護寺に伝わる紫綾金銀泥両界曼荼羅図、鳥羽天皇が作らせた装飾的な曼荼羅図等をスライドで見る。同じ経典によって図式化されても、依頼主の趣向や解釈の違いで描図も異なってくる。元来、両界曼荼羅図は、壇の上に向かって右に胎蔵界曼荼羅図、左に金剛界曼荼羅図を掛け、時に敷曼荼羅図を、真言祖師像と共に飾って、修法の際に使用される。しかし、美術作品としてもデッサンは確かで、拡大されても狂いがなく、青、緑、丹、赤などの色彩と形が整理され、洗練された造形となっている。 ・胎蔵界曼荼羅 大日経を基にして、大日如来を中心にした中台八葉院が画面中央に、 13大院が周りに置かれ、414体の尊像が描かれている。母親の胎内にいる時の様子が表わされ、感情面を表している。 ・金剛界曼荼羅 金剛頂経を基にして、九会の曼荼羅図とも言われている。上、中、 下各段に三会を計九会に分けられて、上段中央に大日如来が描かれ、1461体の尊像が表されている。胎内を出て人間として誕生してからの理念を図式化している。 ・如来形 慈悲で人を救済する。  ・菩薩形 正法で仏に変わって人々を救済する。   ・明王形 如来や菩薩が忿怒の形相に変身して、敵を力で威圧する。  ・天部形 仏の世界を守るガードマン。 他に、修行中の比丘や羅漢達が尊像に表される。    スライドで、高野山にある最も古い涅槃図(中国北宗の絵画技法で描かれている)、釈迦再生説法図(京都国立博物館、釈迦金棺出現図、国宝)を見る。後者は、仏画には珍しく中心に描かれた再生した釈迦に求心的に描かれ、動的な表現になっている。密教の他の尊像、浮遊する黄不動(滋賀・園城寺三井寺)、青不動(京都・青蓮院、国宝)、普賢菩薩像(東京国立博物館、国宝)、赤釈迦(京都高雄神護寺、国宝)などがある。  10Cに国風化が進んだが、10C末には末法思想と多発する天変地異と相俟って、浄土を願う人々が増え浄土信仰が盛んとなった。阿弥陀如来を思い浮かべ(観想)、念仏を唱え、臨終の時阿弥陀如来の来迎を見ようとした。貴族達は競ってその思いを現実化しようとして、浄土や来迎図を作成した。宇治平等院鳳凰堂は、藤原頼通がその浄土・来迎図を現実にしたものである。鳳凰堂とその中の阿弥陀如来(定朝作・国宝)、壁面の雲中供養菩薩像群(国宝)、天蓋(国宝)、光背、周りに来迎図も描かれて、まさに極楽浄土がこの世に出現したかのようである。来迎図に、阿弥陀聖衆来迎図(比叡山・横川、国宝)がある。これら極楽図と共に、対極にある地獄絵、六道の絵も盛んに描かれた。鎌倉時代、禅宗の導入とともに水墨画も入ってきたが、これも宗教的なものである。日本人は北宋の水墨画より、南宋の柔らかい表現の水墨画を好んだといわれる。  講演の後、「両界曼荼羅図で丸や八角形、四角形が描かれているが、これらの形は心理的にもいい影響があると言われているが、何か意味があるのか。」等の質問があった。    講演会後、近くの中華料理店で懇親会があり、先生も御出席戴いた。楽しい歓談の中にもレポートにもっと真摯に向かって欲しいとのお言葉があり、どう向かうのがいいのかも色々お話しいただき、新入生の私には有意義な場となった。  仏画に全く造詣のなかった私も、先生のお話に触発されて、早速京都国立博物館の釈迦再生説法図を見たいと思って出掛けたが、残念ながら、当日展示されていなかった。次の機会を期して、代わりに曼荼羅図や仏画の本を何冊か求めて帰った。

<2000.12/10 理工学部教授・小菅隼人先生講演会・テーマ:表現の諸要素から演劇美を考える>


報告:長岡由希子(文機

 昨年12月10日あすてっぷKOBEにおいてあいにく小雨のふるなかでしたが、理工学部助教授小菅隼人先生をお迎えして\現の諸要素から演劇美を考えるというテーマで講演して頂きました。
 この講演が小菅先生にとって初めての講師派遣の講演という事で『大変緊張しております』との先生のお言葉から始まりました。神戸に来られる前に『みんなにわかりやすく講義するように』と助言を頂かれたとの事で、講義中には海外の100年に1度村人全員で公演するというめずらしいお芝居を見に行かれたときのお話や学生時代から親交のおありになる俳優の真田広之氏のお話、言葉の美しさに定評のあるシェイクスピア作品を演出家の蜷川幸雄氏が日本語で舞台にして何故海外でも受け入れられたのかなど幅広い演劇のお話も交えられ、講師派遣初受講で初司会という私は最前列に座らせて頂き緊張しきっていたのですがいつしか演劇の世界に引き込まれあっという間に3時間が過ぎてしまいました。
 講義は牘薹爐汎常の相違瓩箸い事を中心に、先生のご専門であるシェイクスピアの劇作品を例題にすすめられました。
1、 演劇の定義
基本概念、演劇行為の図式、演劇の構造、舞台上の演劇はすべて観客に対しての記号という事から記号行為の挫折、内世界的コミュニケーションと芸術的コミュニケ−ション 2、 言語・台詞
演劇の言語と日常の言語、台詞の多機能、台詞の形態分類
3、 ビデオを数本見ながら(時代劇からシェイクスピアまで)実際の映像を参考に場面場面での演技と表現についての解説
 これから先シェイクスピア研究の単位を取る事になるであろう私には、シェイクスピアという敷居がぐっと低くなり、すべての作品を精読しようかとの思いにかられるほどの内容でした。
 今まで何気なく聞いていたひとつの台詞にしてもNが(俳優が?作家が?)Nに(観客に?他の登場人物に?)、何のために(感情の表現として?現状の説明?)発せられているのか等を考えるだけでもこれからは今までとは異なる面白さで見ることができると思います。その足がかりを発見させて頂いた貴重なご講義でした。


<2000.3/5 法学部教授・井田 良先生講演会・テーマ:刑法と生命倫理>


報告:長谷川義雄(法)

神戸慶友会では,平成11年度「講師派遣」に慶応義塾大学 法学部 井田 良教授をお招きして, 「刑法と生命倫理」と題して平成12年3月5日(日)13時からJR元町駅近くの兵庫県私学会館で 講義をしていただいた。今回受講の機会を得ましたので,僭越ながら私見の一端を御紹介させ ていただきます.同教授については,法律を学ぶ方々には既に御周知のことと思いますが, 慶應義塾大学法学研究科博士課程を修了され,現在、刑法を専攻しておられます。 刑法の科目勉強では教授の共著「刑事法講義ノート」に大変お世話になりました。刑法理論は, とても難解で勉強は抽象論から具体論に進むにつれてなかなか解り難いのですが,初心者に 解りやすいこのテキストのお陰で刑法総論,刑法各論を履修することができました。しかし, 浅学の私には,個人的,社会的,国家的法益に対する罪のほんの一部をかじったに過ぎません。 今回は「生命倫理」という始めての講義であり,その上,日常生活に密着したものでしたので、 とても関心深く受講させていただきました。 講義の内容は,レジュメ(概要)からさらに要約して次ようなものでした。
1.生命保護と自己決定権
l)安楽死 ^続攣爐僚類型 ∪儷謀安楽死 裁判例
2)尊厳死 ーN澱羯澆遼‥評価 ∪弧唇飮治療の限界 裁判例 2.脳死と臓器移植
1)死の概念と判定基準 ゝ候説と脳死説 脳死説の根拠 Bヾ鎔椰∨,隼爐粒鞠
2)死体からの臓器摘出と適法化要件 〇阿弔離皀妊襦´臓器移植法における同意要件
3.生命の始期とその保護
l)妊娠中絶 ―仞犬泙任離廛蹈札后´現行刑法による保護 B杙の生命の保護
2)人クローン産生の規制 ゝ制の現状 規制の根拠
 講義内容に対する反応の仕方は,受講者により千差万別ですから一概にどうこうと決めつけられるもの ではありませんが,これだけ濃い内容の講義を鏤められて僅か四時間弱(質問時間を含む)の短い時間の 中ではその行間まで読みとる余裕はありませんでしたが,些かなりとも私なりに感じたことを羅列してみま した。
1)安楽死については,積極的安楽死を適法行為としてよいかどうか裁判例(名古屋高判昭和37・12・12)に よる安楽死適法化のための「六要件」(内容略)として示したものが特に印象に残りました。 事案は,脳溢血で倒れ,全身不随の父親を看護していた被告人が,容態が悪化し,激痛に苦しむ父親を 見るに見かねて牛乳に有機殺虫剤を混ぜて飲ませ死亡させたというもの。
2)尊敬死については,治療不能な病気に躍って死期が迫り,意識を回復する見込みのないいわゆる植物 人間になった患者について治療を中止する行為が合法かどうかについて,事実は「東海大安楽死事件」 (横浜地判平成7・3・Z8)をあげ末期ガンの患者が意識を失っていたものの,呼吸が苦しくなっている状態 を患者の長男に強く迫られた医師が点滴などの治療を中止し,塩化カリウムを注射して死亡させたというも ので,横浜地裁は積極的安楽死の許容される二要件(内容略)を示したというものでした。
2.脳死と族器移植について,〇按Ц説と脳死説では,三徴候説として’戮砲茲觚撞杠醉僂猟篁 ⊃澗,砲茲觀豈媾朶弔猟篁澂F傾Δ梁亳反射の消失があり,脳死説では,全脳機能の不可逆的 停止として精神(大脳)身体(脳幹)の2つの要素の本質的部分が不可逆的に失われたものは人として の法的保護に値しないこととなっている.またBヾ鎔椰∨,砲弔い董さ譟岾冕譴よび腎臓の移植にする 法律」は死体から眼球および腎臓を摘出するもので,本人が事前に同意の意思を表明していないときは 遺族の承諾のみでよく,また本人が事前に同意していても,遺族はこれを拒むことができるとしていたのが 「違法性阻却説」から論議がなされ,「臓器移植法」正確には「臓器の移植に関する法律」(平成9・10・16 施行)は,死の概念や判断基準において問題が発生する.すなわち,旧法との関連において,将来脳死 移植をより広く可能にする過渡的立法であり,附則4乗は脳死説を前提とすると不徹底で矛盾した規定とし ており疑問が残る法律です。3.生命の始期とその保護は割愛しました.今回の講義については, 三色旗611号(平成11年2月1日)10項に「先端医療の現在」と題して掲載されています。

<2000.1.23 経済学部教授・塩澤 修平先生講演会・テーマ:現代金融事情>


報告:佐野仁朗(経)

1月23日、小雨がそぼ降るなか、神戸市勤労会館にて塩澤先生の講演会が 行なわれました。テーマは「現代金融事情」(副題、「日本の金融・経済システムの変化」)という少し身構える内容と思いきや、予想に反して、経済学の基本問題から始められました。

〃从儚悗箸麓匆颪砲ける欲する量と利用可能な量の違い、つまり 希少性 をとりあげる学問であること、、
▲侫蹇爾肇好肇奪はどう違うのか(Q1.国民総生産や貯金はどっち?) (Q2.30万円の給与は高いか安いか?)
2瀛召箸浪燭、
ざ睛撒ヾ悗箸浪燭、
ツ樟楸睛擦抜崟楸睛擦琉磴い箸蓮 (Q3.直接金融とは企業や家計どおしの直取引、間接金融とは、金融機関が間にはいる間接取引のこと)
*Q1−3は皆さんも考えてみて下さい。答えは最後に。。。

などの導入部からいよいよ、メインテーマである金融ビッグバンのお話です。 このテーマは大変大きなテーマなので、内容をここに逐一ご紹介することは とても無理ですが、先生は、日本の金融政策は過去、どうして護送船団方式をとらねばならなかったのか、それが今日行き詰まるようになった内的および外的な原因とは何か および、今後の金融ビッグバンの方向性(市場のグローバル化=世界的規模での資本の再分配)について御講義下さいました。
意外だったのは、先生は大の漫画好きで、ビジネスコミック等から学ぶのも勉強の一方法であると示唆された事です。先生のお薦めは、「加治隆介の議」、「課長・部長 島耕作」。「なにわ金融道」などで、特に加治隆介シリーズには殊のほか愛着をお持ちの様子で最終回には自らの挨拶文も載せられたとのことでした。わたしも早速図書館で全20巻を読みましたが、確かに時のたつのも忘れる面白さでした。我々は常日頃、活字を追っていますが、そればかりだとどうしても頭が硬くなってしまい、漫画のビジュアル性とストーリー性を利用するのも確かに一方法であり、気分転換にはもってこいです。
塩澤先生の爽やかでソフトな語り口による「現代金融事情」は、私を含む多くの参加者にとって金融問題をより身近にとらえ、今後も関心をもち続けるきっかけとなったと思います。


ー惴から出る水はフロー、風呂桶にたまる水はストックと考える。つまり、ある一 定 期間にどれだけのものが動いたかはフロー、ある時にどれだけあるかはストッ ク。 従ってGDPはフロー、貯金はストック(厳密には貯金の定義が必要!)。
△海譴蓮引っかけ問題。月給か、日給か、自給かを特定していない。フローの概念 を試す問題。
D樟楸睛擦禄峪で取引が終わる。間接金融は取引が継続する、つまりリスクが 発生する。

<1999.9/19 文学部教授・小谷津 孝明先生講演会・テーマ:心の教育>


報告:佐藤綾子(文1)

 先日の講師派遣で『心の教育』について、お話を聞かせていただいて2週間経ちました。しかし、そんな時間の経過があるにもかかわらず、私はこの講義で感じたことや、考えたことを今でも鮮明に思い出すことができます。それは、私が求めて「心の勉強」を慶應で始め、その核心にやっと辿り着いたという喜びのあらわれかもしれません。この夏のスクーリングでも、幸運なことに先生の講義を受けることができた私は、ほんの少しの知識の蓄積と、さらに深く学びたい気持ちから、とてもハリキッて先生の話される心の教育に着いて、聞くことになったのです。
 小谷津先生は大学人としてのお立場と、具体的な臨床の場で得たご経験を踏まえて、心の問題と教育の在り方についてお話くださいました。先生は文字通り、私たちの中に入って着ながら(もちろんごく自然な形で、ゆっくりと)、エリクソンやサリバンの理論を話され、いわゆる不適応に至る背景を明らかにしていったり、具体的な問題―いじめや虐待問題にまで言及されました。講演が進むにしたがい、物理的な先生と私たちの距離のちぢまりと相俟って、心理的な距離も近づいていったように感じたのは私だけでしょうか?
 3時間という短い時間枠の中で、様々な角度から心と教育の問題について学ぶことだできました。そこでは私が関心のあるカウンセリング的な個を中心としたアプローチの他、集団を対象としたそれ、そしてコミュニティを対象としたもの・・・などの治療的アプローチが示されました。現在のあらゆる心の問題は、対処療法的な視点だけでは解決できない質のもので、社会の在り方そのものの問い直しがそもそも大切なのでは?という問題提起からも、これからは、心と教育の問題について、コミュニティの果たす役割が益々重要となってくるのだということが、とても自然な形で理解できたように感じています。宗教性の問題までをも含む、「壮大」な内容に問題の難しさを思ったのは確かなのですが、私を含めた一人一人の人間が、しっかりと向き合う必要のある問題なのだということに気づくことができた、とても素晴らしい講義であったと思います(心残りは、やはり3時間という時間不足に対してでした・・・)。
 講演を聴いて学んだことから、私の砧爐諒拔が深さを増してゆけますように。


<1999.3/14 法学部教授 小林 節先生 テーマ:私たちのくらしと憲法>


報告:八鍬  健(経)

  今回の小林先生の講演は、たまにしか接することのできない大学教授 のお話を聞けた、というばかりではなく、普段から余りなじみのない憲 法についても楽しく、または講演中も色々考えながら聞けた、というこ とで非常に有意義でした。内容といたしましては、学術的なものも多少 有りましたが、むしろ最近社会問題にもなってきている数々のテーマに ついて一つ一つ丁寧に話していただきましたし、参考資料といたしまし ていただきましたプリントにも普段良くわからなかった問題点の考え方 についても記載されていました。
この講演が行われた3月は、ご承知のように卒業式のシーズンで、 ある学校君が代、日の丸のボイコット問題が起きていた時期でありまし た。私自身は君が代にも日の丸にもまったく抵抗がないので、どうして 学校の卒業式で問題になるのかもさっぱりわかりませんでしたので、実 はこの点を質問しようと行きの電車の中で考えていました。しかし、講 演が始まる前の配布されましたプリントに私の欲しかった答えが載って いるではありませんか。正直困ってしまいました。実際問題、国旗や国 家を法律によって定めている国もあるそうですが、日本の場合、この問 題は慣習法で処理できるのでは、という先生の意見にまったく賛成であ ります。慣習法とは
1. 国民に広く伝わっていること(認識されていること)
2. 成文法に違反していないこと
ということで、特に先生の言葉で印象に残っているのは「日の丸や君が 代が戦争を引き起こしたわけではない」という部分で、これを聞いて、 この問題に反対している人たちは何が気に入らないんだろうとつくづく 感じました。この話を聞けただけでも非常に有意義でした。もう一つの テーマは、いわゆる平和主義による戦力の不保持という問題点です。お りしも北朝鮮から「テポドン」という人工衛星もどきが、本州を縦断い たしまして、非常にびびった、という事件です。国際的な視野でこの事 件を問題化すると、国際航空路線を事前報告もなく通過した、と言う部 分だそうです。テポドンが横切った空路は世界中の航空機が行き交う通 路であり、そこに無断侵入した、と言うのが問題点だそうです。実際先 生は日本では防衛庁などにも知人(教え子)がいるばかりでなく、アメ リカなどの著名な方々ともお知り合いらしく、「中国とアメリカが戦争 した場合、一週間も有ればアメリカが勝つ」とかなんかすごいことを知 っていました。それで講義の内容としては、自衛隊の考え方として「国 の自然権として自衛権がある以上は合憲」と言う部分があります。まず、 日本は「現在侵略しようという動機も対象国もない」わけでして、第二 次世界大戦で懲りているわけですから、軍備を増強したからと言って、 どこかの国に攻めていくためのものではない、と言うことは全世界が納 得してくれるのではないでしょうか?(ただし、北朝鮮は朝鮮中央放送 において日本の軍事増強はわが国に責めてくるための準備だ、と放送し ているらしい)実際問題として、先生の講演の一週間後に2隻の不審船が 日本海沖で、海上保安庁、海上自衛隊とおいかけっこをしたのでありま した。このときの日本の(政府の)対応は今までになく迅速でありまし たが拿捕できませんでした。拿捕できなかったのは残念でしたが、海上 警備行動を発令した、と言う部分は個人的に非常に評価できると考えて います。金日成国家主席が死去し、金正日体制になってから、非常に対 日、対韓、対米感情をあらわにしております。国のほうとしましても、 法改正に非常に柔軟な対応をし始めていますので良い事だとは思います が、やはり戦争はしないに超した事はないと思います。
約三時間の講義と質問の後、お食事会が有りました。先生の傍には座 りませんでしたが、大阪慶友会の方などといろいろ情報交換も出来たの で、お食事会も有意義でした。
最後に皆さん、ぜひ、講演会には出席してください。先生方と接する 事の出来る数少ない機会です。そして「テスト問題は一年分をまとめて提出する」と言う 事ですので、まあ普通に考えれば、6月に出た問題はその後一年は出ない 、という山も張る事が出来ます。安上がりで情報収集、仲間とのコミュ ニケーションがはかられますので、是非次回は皆さんの出席をお待ちし ております。


<1999.1/31 商学部教授 中条 潮先生 テーマ:規制破壊ってナンダ?>


報告:井上仁志(文1)

 1月31日、大阪で科目試験2日目が終わったのが13時。それから 神戸に戻ってからの講演会。開会は17時からでした。先生は大阪で開 かれた教え子の結婚式にご出席されたその足で、会場の県民会館に駆け つけていただきました。
 テーマは先生のご専門の規制緩和・規制破壊についてのお話しでした。 まずクイズ形式で内外価格差と規制について。「東京のガス料金はロン ドンの何倍でしょう?」「日本の公営路線バスの単位あたり費用は民営 バスの何倍でしょう?」「並行輸入したが販売許可がおりなかった商品 を城南電気の名物社長はどのように扱おうとしたでしょうか?」などなど、 私たちの身の回りの普段意識していない「規制」について改めて気がつ いたり、欧米に比べて日本での価格のあまりの高さに驚いたり…。需要 調整規制や公共料金の規制、タクシーナンバープレートの売買、神戸港 を例に船の調整カルテルの話しから、35年ぶりに航空業界に新規参入 したスカイマーク社の設立時の苦労話からその経営戦略、そして「キャ リアガールA子さんの一日」と題してA子さんの一日の行動…そのなか で規制の影響を受ける商品とサービス…その関係する規制・制度という 楽しい教材の使い方(例えば…、
…起きて顔を洗う…
水道・石鹸を使う…水道事業の公営制度・地域独占、石鹸の原料である油脂の輸入規制。
▲丱垢捻悗
バス…地域独占の免許制度、運賃認可制。
E埒瓦離拭璽潺淵襪巴浪偲瓦望茲蟯垢
エスカレータ…速度制限規制。
い腹すいた〜お昼ご飯食べよ
肉じゃが定食…豚肉価格支持制度、調味料としての砂糖の価格支持制度、 肉牛飼育のための農業飼料・肥料の農協による 独占的供給を可能としている農協の独禁法摘要除外…等 日々の生活は規制だらけという事がよく理解できる) で工夫されており、経済学部生の みならず、受講していた全員が興味を駆り立てられる話題と先生の解り 易い講義に、あっという間の2時間が過ぎていきました。特に先生が会 社設立時から深くかかわったスカイマーク社をはじめとする航空業界関 連のお話しは質問する受講者も多く、一般の人では知る事の出来ない裏 話まで惜しげも無く(?)ご披露いただき、参加した受講者はみな大満 足!
なお中条先生は、毎週木曜日、昼の12時からの朝日放送のワイドショ ー番組「ワイド・スクランブル」のコメンテーターとしてご出演されて います。


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