自己紹介というのは、昔からとっても苦手です。
でも頑張るぞ!
瀬古 素子。 20代後半、東京で一人暮らし中。
三重に両親・姉・祖父・愛犬がいます。
小さいころから未知の物に対する好奇心・独立心・プライドが強く、いつのまにかとっても気の強い、アウトゴーイングな子どもに育っていました。
高校2年〜3年にかけて、アメリカ政府の奨学金を得てロサンゼルス近郊の公立高校に留学。
学生の7割が非白人という強烈な人種・文化の差異に触れた経験から、国際的に生きていきたいという希望が固まりました。
とても素敵なホストファミリーに恵まれ、海外で暮らすことへの抵抗がゼロになりました。
その後、日本に戻り、大学進学。
慶應義塾大学SFCで、楽しくエキサイティングな学生生活を送ります。
山に登ることの楽しさを覚えたのも大学のサークルでした。学校に属している間には感じたこともなかった「女であることの不利」に、氷河期と言われた就職活動中に直面。
大学院留学を決める際に平凡な国際関係ではなく、女性学で国際問題を勉強することを選ぶきっかけになりました。
在学中には留学時にお世話になった(財)ワイ・エフ・ユー国際交流財団で、帰国生ボランティアとして国際交流のいろいろなお手伝いをしていました。
大学卒業後、留学浪人(?)をしながら、三重の実家に戻り1年と少しの間、痴呆の祖母の介護兼主婦業を経験。その時の経験から修士論文では介護と女性の無償労働について書くことになります。
96年からアメリカ・ミネソタ州の Minnesota State Univ., Mankato (当時は Mankato
State University)の大学院に留学。
アメリカ国内で唯一のMSプログラムで Women's Studies を専攻。
98年に修士号取得。
在学中は「開発と女性」、「高齢化」に焦点をあてて、目から血が出るかと思うほど勉強しました。
日本に帰国後は、女性センターなどで短期勤務をした後、東京にある国際機関に就職。
10年来の夢だった国際機関勤務を果たしたものの、より自分の専門分野(つまり女性・開発関連の分野)に近い仕事ができるよう、他の国際機関への転職を希望して活動中。
これから先、どういうキャリアを積めるか、不安半分/期待半分といったところです。
目標は高く、次の世界女性会議で国連側の運営に関わること。
頑張ります。
P.S. やっと長年の夢がかない、2000年派遣のJPO試験に合格しました。これでようやく国連の専門職員への仲間入りです。