
超過滞在外国人に「在留特別許可」を求める研究者の共同声明
(1999年10月〜2000年5月)
1999年9月、21人の超過滞在者が在留特別許可を求めて、東京入国管理局に一斉出頭しました。翌月、21人の在留の正規化を支持する外国人問題研究者有志が集まり、「共同声明」を作成し、研究者の間で署名運動を行いました。このホームページは「共同声明」呼びかけ人によって、10月8日に開設され、2000年5月11日まで更新を続けました。
21名に対する裁決の結果が2000年2月2日から2月14日までに出されました。A家、B家、D家、E家の4家族16名に在留特別許可が認められ、C家3名と単身者FとG2名は不許可となりました。不許可となった3名は法務大臣を相手に訴訟を起こしています。5名が不許可となったのは大変残念な結果ですが、16名が許可を得たことは、日本の非正規滞在者の正規化への道を一歩前進したものと評価しています。共同声明にご賛同いただいた皆様へ改めて感謝申し上げます。
1999年9月以来の状況の進展については、21人の支援団体APFSの在特一斉行動速報をご覧ください。なお、1999年9月に出頭した21名に引き続き、1999年12月27日に新たな17人(5家族、全員イラン国籍)も東京入管に出頭しました[プロフィール]。
『超過滞在外国人と在留特別許可−岐路に立つ日本の出入国管理政策』(表紙)
はしがき
序論 超過滞在外国人の定住化と在留特別許可(駒井洋)
出頭者のプロフィール
子どもたちの作文より(筑波君枝)
T 在留特別許可要求の根拠 ― 戦後日本と諸外国の経験から
1「出稼ぎ目的」の「密航」者と在留特別許可 ―
済州島人を事例に(高鮮徽)
2 フランスにおける非正規滞在者とアムネスティ
―「サンパピエの運動」と市民社会からの応答(稲葉奈々子)
3 アメリカの移民規制とアムネスティ ― 日本の出入国管理政策との連関の中で(小井土彰宏)
4 在留特別許可の法的根拠 ― 憲法・国際人権法上の権利と「国際基準」(近藤敦)
U 正規化への道―岐路に立つ日本の外国人政策
5 アムネスティの類型化に向けて ― 何がアムネスティを可能にするのか(梶田孝道)
6 「取り残された超過滞在者」を産み出さないために
― 居住資格に基づく権利の拡充を(樋口直人)
7 在留特別許可と子どもの教育 ―「子どもの権利条約」の視点から(佐久間孝正)
8 日本国民のアイデンティティをどこに求めるか
― 超過滞在外国人の問題提起に寄せて(伊藤るり)
V 研究者グループの運動 ― ネットワークと問題点
9 研究者グループの運動の経過と意義 −「逆風」のなかでのNGOとの連携(渡戸一郎)
10 署名運動とインターネット −「共同声明」の作成から提出まで(山脇啓造)
11 「研究者」と政治的問題 ―「外国人問題」
の政治性の顕在化(定松文)
12 在留特別許可要求の落とし穴 ―「共同声明」に関する問題提起(山本薫子)
[資料] 超過滞在外国人に「在留特別許可」を求める研究者の共同声明
付属資料
1 フランスの事例
2 海外の専門家の参考意見
*署名運動の開始後、「共同声明」中の「善良な『市民』」という表現に対して、一部の賛同者から批判を受けました。呼びかけ人等が参加していたメーリングリスト上で、その批判をめぐって議論が行われましたが、上記ブックレットには部分的にしか紹介できなかったため、ホームページで公開することにしました。[発言者:山本薫子、五十嵐泰正(東京大学)、高鮮徽、近藤敦](1/21掲載)
1999年12月15日、法務委員会所属の保坂展人衆議院議員(社会民主党)に今回の在留特別許可問題に関する日本政府への質問を託し、内閣に書面で提出していただいたところ、2000年1月28日、小渕恵三首相の答弁書が送付されてきました。
出頭者のプロフィール(国籍の記述のない者はイラン国籍)→詳細
A家 父 1989年12月、祖母、母、長女1991年11月、入国。次女1995年1月日本生まれ。(長女は現在中学1年生。)父は鉄工所勤務。
B家 父 1990年5月、母、長女、次女1991年4月、入国。(長女は現在高校1年、次女は小学4年生。)父は自営(配管などの設備関係の下請け、親方から仕事が来た時のみ働く)
C家 父(ビルマ)1990年9月、母(ビルマ)1994年8月、入国。長女1997年8月日本生まれ。(日本で知り合って結婚)父は製本工場に勤務。
D家 父 1990年12月、母、長男1991年10月、入国。(長男は現在高校1年生。)
父は製本工場に勤務。
E家 父 1991年10月、母、長女1991年12月、入国。長男1994年3月日本生まれ。(長女は小学6年生。)父は自営(配管などの設備関係の下請け、親方から仕事が来た時のみ働く)
F氏 1991年9月、入国。独身。精密機械部品製造の工場に勤務。労災にあい、治療中。
G氏(バングラデシュ)1994年2月、入国。独身。自動車部品製造の工場に勤務。労災にあい、治療中。
活動記録
10月 4日(月) 研究者有志が集まり、共同声明の作成を計画
10月 8日(金) 声明原案が完成
10月18日(月)共同声明が完成、賛同の呼びかけを開始
11月11日(木)法務省に「共同声明」を提出、記者会見 [提出書類全文]
午前10:50 法務省1階ロビー集合
午前11:00 法務省入管局へ「共同声明」を提出
午前11:30 記者会見(弁護士会館 502号室)
12月11日(土)国際シンポジウム「岐路に立つ外国人政策−超過滞在者と在留特別許可」
基調報告:駒井洋(筑波大学教授)「外国人定住化と在留特別許可」
パネル・ディスカッション
司会:渡戸一郎(明星大学) 、山脇啓造(明治大学)
パネリスト:高鮮徽(鹿児島大学)「在日コリアンの経験から」
稲葉奈々子(茨城大学)「ヨーロッパの経験から」
小井土彰宏(上智大学)「アメリカの経験から」
近藤敦(九州産業大学)「国際人権法と正規化」
場所:板橋区立産文ホール(東武東上線大山駅下車、徒歩5分)
時間:13:30〜16:30
法務省への申し入れと集会のレポート(山本薫子、1999/10/22)
関連情報
EU事情(稲葉奈々子、1999/10/5)
フランス事情(稲葉奈々子、1999/10/8)
正規化の基礎データ(近藤敦、1999/11/7)
在留特別許可の統計(山脇啓造、1999/10/19)
在日済州島人の「不法入国」から「特別在留」獲得まで(高鮮徽、1999/10/25)
*上記のリンク先に掲載された文章の転載を禁じます*
マスコミ報道
<1999年>
9月2日『朝日新聞』朝刊「不法滞在21人が出頭 『在留許可』を求める」
不法滞在を続けてきた外国人労働者と家族ら21人が1日、 法務大臣の裁量で特例として滞在が認められる「在留特別許可」を求めて、
東京入国管理局に一斉出頭した。日本人と結婚した外国人らを除き、この 許可が認められたケースはほとんどない。・・・退去強制覚悟のうえで、公の
場に現れた彼らの訴えに、政府がどうこたえるか、注目される。
法務省によると現在、国内には27万人1千人の外国人が不法滞在している。不法滞在の者の定着化が進んでいる。
Japan Times, "Illegal workers make plea in risky immigration visit"
10月19日『朝日新聞』朝刊「入管に出頭した外国人21人『在留特別許可を』−支援団体 法務省に申し入れ」
11月4日「あすを読む」(NHK総合)が「在留特別許可」を放映(10分)
11月11日『朝日新聞』夕刊「不法滞在の『在留許可』問題−学者600人が支援声明」
外国人・移民問題に詳しい内外の学者や研究者約600人が11日、人道的見地から出頭者に特別許可を与えるよう政府
に求める共同声明を出した。在留外国人の処遇をめぐってこれほど多数の学者らが行動を起こすのは異例という。
12月21日『読売新聞』朝刊「超過滞在の外国人−『在留特別許可を』訴え」
<2000年>
1月27日『朝日新聞』朝刊「不法滞在者 合法化へ道 − 在留特別許可の基準緩和」「法務省方針 子供の権利を重視」
1月28日『毎日新聞』朝刊「12人に在留許可−入管出頭のイラン人ら
「特別事情」解釈緩め 法務省方針」
「不法滞在外国人の在留許可 実態重視の新基準−12人の申請認める方針」
2月3日『朝日新聞』朝刊「イラン人家族に在留許可 不法滞在者に『特例』新基準」
「就学の子に配慮か ミャンマー一家『理由ない』却下」
2月4日「BS22」(NHK・BS1)が「変わる外国人受け入れ政策」を放映
2月5日「ザ・スクープ」(テレビ朝日)が「日本育ちの子どもに在留許可を−不法滞在外国人21人の記録」を放映
2月10日『朝日新聞』朝刊「新たに2家族在留許可」「不許可の外国人は提訴」
2月15日『朝日新聞』朝刊「在留許可通知終了−イラン人計16人に」
2月20日『読売新聞』朝刊「不法滞在の外国人家族に在留特別許可−政策見直す契機に 多様な価値観どう判断」
3月11日「Japan This Week」(NHK・BS1英語ニュース)が在留特別許可問題特集を放映
4月30日『朝日新聞』朝刊「『私たちに在留許可を』−不法滞在者 素顔で行進」
5月3日『朝日新聞』「わたしたちの15年−外国人労働者」「進む定住化
遅れる政策」「『子供には責任ない』。
在留特別許可求め自ら出頭した。」「明星大学
渡戸一郎教授−条件付きで滞在認めよ」
5月5日「ホリデーにっぽん」(NHK総合)が「この国で暮らしたい−在留許可を求める外国人たち」を放映(18時10分〜45分)
「共同声明」への署名のお願い
研究者(大学院生を含む)の立場から、以下の「共同声明」に賛同して下さる方をひろく求めています。賛同して下さる方は、下記の連絡先にメールかFAXでお名前とご所属をご連絡下さい。署名は10月末まで集め、11月初旬に法務大臣に提出する予定です。よろしくお願い申しあげます。(なお、9月2日付「朝日新聞」朝刊の社会面で、今回の集団出頭について、大きく取り上げていますので、ご参照ください。)
1999年10月18日
呼びかけ人:駒井洋(代表、筑波大学)、伊藤るり(立教大学)、稲葉奈々子(茨城大学)、梶田孝道(一橋大学)、高鮮徽(鹿児島大学)、近藤敦(九州産業大学)、佐久間孝正(東京女子大学)、定松文(広島国際学院大学)、樋口直人(徳島大学)、山本薫子(東京都立大学)、山脇啓造(明治大学)、渡戸一郎(副代表、明星大学)
超過滞在外国人に「在留特別許可」を求める研究者の共同声明
去る9月1日、超過滞在の外国人5家族19名と単身者2名の計21名が、「在留特別許可」を求めて、東京入国管理局に集団出頭しました。これらの出頭者は全員、日本での生活の継続を強く望んでいますが、「不法滞在者」として無権利状態に置かれたままでは、将来的に正常な生活を確保できる展望をみいだせないことから、熟慮の末、意を決して、日本における合法的な在留が認められることを求めたものです。
今回の出頭者の成人たちは「出入国管理及び難民認定法」違反の超過滞在者ですが、その他の犯罪歴は一切ありません。また、職場で勤勉に働き、納税義務を果たしてきました。こうした人々を強制的に退去させることは、日本にとって大きな損失といえます。何より彼らが日本社会に適応し、すでに生活基盤を形成するとともに、善良な「市民」として日本社会との絆を築き、職場や地域社会の実質的な構成員となっている事実は、きわめて重く受けとめる必要があります。さらに、今回の出頭者には、日本で労災に遭い、退去強制されると、治療の継続が困難になる人も含まれています。
また、出頭者のなかには、保育園児から高校まで8名の子どもたちが含まれています。子どもの権利はいかなる場合にも優先的に擁護されなければなりません。子どもたちは自らの意思で超過滞在者になったわけではなく、日本政府が批准している「子どもの権利条約」を踏まえた措置が必要です。とくに子どもたちの場合、日本の保育園や学校で学び、日本語しか話せず、また日本人の子どもたちと親しい友人関係を築いているという意味で、日本社会に実質的に統合されており、それだけに日本での教育や生活の継続を強く望んでいます。こうした子どもたちが退去強制になれば、人権上の問題がきわめて大きいことは、明らかです。例えばフランスでは、国内で学校教育を受けている未成年の子どもに対して、退去強制が行われることはありません。これは学校教育をつうじて、フランス社会と確固たる絆を築いているという事実が重んじられるためです。また、これらの子どもの親が非正規滞在の場合にも、子どもが親とともに生活する権利が優先されるため、親の退去強制が行われることもありません。
日本の場合は、日本人の配偶者か日本人の実子の養育者以外には、超過滞在外国人の「在留特別許可」は認められていないのが現状です。確かに、今回の出頭者たちはこの枠組みから外れています。しかし、歴史的にみれば日本政府には、「不法入国」してきた韓国・朝鮮人に対して、彼らの日本社会への定着を根拠に、人道的な見地から、在留特別許可を認めてきた多くの前例があります。とくに、出稼ぎ目的の人々に対しても、その生活実績を認め、在留特別許可を与えてきたことは、重要な前例であり、今回の出頭者たちに対しても同様の措置をとることが強く望まれます。
私たち研究者は、以上の観点に立ち、今回の集団出頭者たちが日本での健全な生活を送ることができるよう、日本政府が一日も早く、「在留特別許可」を与えることを強く訴えます。
1999年11月11日
*「共同声明」は研究者を対象としたものでしたが、今回の出頭者の支援団体であるAPFS(吉成勝男代表)でも、団体や一般の方の署名活動を現在、行っています。
APFS連絡先
住所 東京都板橋区大山東町24-16、TEL 03-3964-8739
email apfs@jca.apc.org
URL http://www.jca.apc.org/apfs/index.html
在留特別許可関連は URL http://www.jca.apc.org/apfs/zai_index_j.html