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正規化の基礎データ(近藤敦、九州産業大学)


国連の移民問題に関する出版物によれば、非正規滞在者の正規化は、つぎの理由からなされてきたという。「多くの人を不法なステイタスのままでいさせることは、さまざまな原因から搾取され、恒常的な下層階級を永続させるからである。また、長くその国に住んでおり、人間関係のネットワークをつくってきた人々を強制退去することは、人道に反するからである」。

在留特別許可について、各国の専門家に意見を聞いてみました。

スウェーデンのストックホルム大学のトーマス・ハンマー名誉教授の意見によれば、入国管理がきちんとせず、多くの不正規労働者を有するのは、その個人だけの責任ではなく、国家にも責任がある。行政の能率だけの理由でなく、国益に合致するとか経済上の理由から、国は非正規労働者を黙認しているとしても、これを長く続けることはできない。アメリカ、フランス、イタリアのようなアムネスティや正規化で有名な国以外でも、様々な名称と条件で類似の退去強制をしない場合が存在する。

アメリカのワシントン大学のスティーブン・レゴムスキー教授によれば、ある人が救済に値すると思えば、政府が在留特別許可を出すことができるのだから、政府に柔軟な裁量を与える日本の方法(他の国も採っている方法)は、法律に要件を定めるアメリカの方法よりも賢明である。

アメリカのカリフォルニア大学のコーネリアス教授によれば、多くの日本の非正規滞在者は、日本に定住するように思われる。彼らの差別されやすい状況を改善し、雇用者の搾取をなくし、日本社会への彼らの統合を促進するため、また日本で生まれた子供の問題を解決する上でも、彼らを正規化することが得策である。

 

*各国の非正規滞在者

ヨーロッパでは1970年代前半の第1次オイルショックにより、移民労働者の正式な受け入れを停止したことから、非正規滞在者の問題が浮上してきた。(少し古いので、後日新しい情報に変える予定ですが、)

ILOによる1991年のヨーロッパにおける非正規滞在者の推定人数
         フランス ドイツ イタリア スペイン、スイス、その他、 合計
庇護希望者として
の入国者を含まな 20万 35万  60万  30万  10万 40万 195万人
い数

含む数       ?  30万   ―    ?    ?  35万  65万

1999年現在、アメリカでは推定500万人の非正規滞在者がいる。

 

*正規化と在留特別許可

非正規滞在者(超過滞在者および不法入国者)に対して、在留許可証を認める方法は、大きく分けて2通りのものに整理するのが適当と思われる(しかし、両者は、一般にアムネスティまたは正規化という名称のもと、一緒に論じられている)。

第1に、法務大臣などの所轄行政庁が、個別の事例に応じて裁量により、強制退去をせず、在留資格を認める在留特別許可がある。

第2に、議会が法律により、一定の期間内に出頭することがすすめられ、一定の要件を満たす大量の非正規滞在者を正規化し、在留資格を認めるアムネスティがある。

正規化プログラムには、さまざまな動機からさまざまな方法があるように思われる。

一定の滞在期間を要件とするタイプは、人道的理由、非正規滞在者の状況への同情が第1の理由であろう。ただし、その後の取締り強化のための法制化とセットになることも多い。

特定の職業にかぎり認めるタイプは、その特定の職業の労働力不足の解消を求める雇用者側のニーズが理由であろう。

お金を必要とするタイプは、政府の財政確保も1つの理由となっている。

特定の国の間だけで認め合うタイプもある。

 

*各国の事例

アメリカ

 1986年のアムネスティは、1982年1月1日以来、継続して非正規に滞在していること(ほぼ4年の滞在期間)が要件であり、約180万人がアムネスティにより正規化された。このときのアムネスティの理由は、第1に、同情(情状酌量)であり、第2に、正規化した方が生産的だとの判断により、第3に、新たに雇用者に不法就労助長罪を創設することとの兼ね合いでいわば飴と鞭の関係においてなされたと推察されている(レゴムスキー)。また、このとき、90日以上前年に働いていた農業労働者を対象とするものもあった(農業労働者プロジェクト)。少数ながらハイティとキューバからのボートピープルにもアムネスティが認められた。

 1992年2月段階で、一般的なアムネスティが175万9705人、特別農業労働者プログラムが127万2143人、合計300万人以上が合法的な移民のステイタスを得ている。

 在留特別許可としては、第1に、cancellation of removal(強制退去の停止)がある。法務長官の裁量による。1996年からは、10年滞在し、善良であり、退去強制が家族にとって非常な困難をもたらすことを証明することが要件であり、年間、4000人を超えてはならないという要件もある。第2に、registry(届出)があり、これも法務長官の裁量である。19721月1日以後、継続してアメリカに滞在し、善良であれば、非常な困難を証明することなしに認められうる。なお、deferredaction(執行猶予)もあり、現場の執行官の裁量で執行を猶予していることもあるが、この場合は在留資格が認められるわけではないと思われる。

アメリカと日本を比較する上での注意点

(1) 無条件の生地主義を採用するアメリカでは、国内で生まれた非正規滞在者の子どもは国民であり、退去強制の問題は生じない。

(2) アメリカで養育された子どものいる非正規滞在者の家族の退去強制について、子どもの権利条約を批准していないアメリカは条約に拘束されない。

 

フランス

正規化された人数と申請が認められた割合
1973年、4万人(42.5%)、
1974年、1万3103人(83.1%)、
1976年、7000人(45%)、1977年、7200人(57.5%)、1978年、6200人(69%)、1979年、1980年(1973年と1980年が小規模な正規化プログラムとの記述あり)。
 
1981年―1982年の大規模な正規化の目的は、第1に、法的保障を与えることで不安定かつ最底辺にある状況を終わらせ、不法就労と労働斡旋と戦うためである。第2に、とりわけ好意的に協力する関係諸国とともに、この施策の実施状況を検討しながら、新たな入国制限を目的とする。別の論者の説明では、道徳上およびプラグマティックな理由による。すなわち、非正規滞在者はフランス経済のニーズに対応し、すでにフランス経済に貢献しているので、彼らを迎え入れ、統合を手伝うのは「正しいこと」であるとする道徳上の理由による。また、正規化は不法性を取り除き、大半の非正規滞在者が雇用されている考えられる地下経済を規律し、すでにフランスにいる外国人の家族の社会経済的統合を容易にするというプラグマティックな理由に基づく。

1981年の1月1日以前に入国し、雇用されていることを証明できることが要件とされた。実際には、複数の雇用者をもつ賃金労働者、短期就労資格者、報酬を得る研修生、年季契約の労働者、正規化を求めたために解雇された労働者、妊娠している女性、病人、職業活動を伴わない短期滞在資格者、庇護希望者、学生であると主張する者、本国に帰るための援助を受け取った者(?)、数年間恒久的な仕事に準ずる形で季節労働に従事していた者にも、対象が広げられた。小さな商店主も1978年1月1日から1982年1月1日までに正式の書類のない者は、正規化された。申請の期限は、当初、1981年12月31日であったが、1982年1月15日(季節労働者の場合は同29日)まで延長された。

約15万人(14万9226人)が申請して、約13万2000人(13万1360人?)が正規化された。(1981年当時、30万人の非正規滞在者が推定されている)。

その後、雇用者への不法就労助長罪が法制化された。

1997年から1998年の大規模な正規化プログラムでは、約15万人の申請があり、約8万人が正規化され、まだ6万人が内務省により正規化されるだろう(Wenden)。

(フランスでも一定時期にかぎったアムネスティとそうした申請時期とは別の個別な事例に応じた在留特別許可の二本立てとなっていると理解してよろしいのでしょうか?)

正規化の対象となったのは第一に子供や配偶者がフランス人である者です。「フランスと家族的つながりがある」ということが重視されています。第二に、居住が数年にわたって「フランスとの絆」が築かれた者が対象となりました。これは、子供や若者であればフランスで学校教育を受けている者、あるいはフランスに7年以上滞在している者があてはまります。つまり、フランスでの生活の実績により、フランス社会との間に築かれた絆は無視し得ないという理由です(稲葉)。

オランダ

1981年に、197? 年の1月から1979年の10月までに入国したすべての非正規滞在者を対象としている。

イタリア

 1986年法   12万人(約11万人)が正規化された。
 1991年法   1989年12月31日以前に入国した労働者とその扶養者
 1992年    22万5000人(22万1000人)の正規化。

スペイン
 
  1985―1986年
 1991年    12万7825人が申請し10万8372人の正規化が認めら
れる。スペイン全土で59%の非正規移民が正規化された。

 1996年

ポルトガル
 
  1992年
 

スウェーデン

1年以上の滞在許可を有する者に与えられる住民番号が労働・納税に際し必要なので、非正規就労者を生み出さないシステムが伝統的にはつくられている。したがって、プログラムとして取り組んだアムネスティの例はない。しかし、近年、非正規滞在者もみられるようになっており、そうした非正規滞在者であっても、スウェーデン社会との関係を強めている
(スウェーデンで子どもが生まれたなど)場合には、退去強制されないという入管当局の裁量が認められる。8年以上も非正規滞在が続く事例はほとんどなく、しばしば数年後に在留資格が特別に認められる。また、虚偽の申請内容により滞在許可が発給されていたことが判明しても、4年以上、滞在している場合には、強制退去しないというルールは法定されている。このことから、4ないし5年の滞在が1つの目安とも考えられるが、あくまでも個別の生活・家族状況を判断して在留特別許可か認められる。

オーストラリア

1973年、300人、1976年、8000人、1980年、1万1000人が正規化された。非正規滞在者の実質的な部分は、これらのプログラムに参加したと考えられている。この国の比較的少ない非正規滞在者は、ビザを必要とする入国規制の厳しさと地理上の位置に起因すると1986年の文献では分析されていた。

カナダ

 1972?1973年
 1972年11月に正規の書類をもたない者にそれを申請するように移民局が求めた。1973年6月の移民法で、1972年11月以前に入国した者は、正規化される旨を定めた。安定した雇用歴とカナダにおける家族のつながりを示すことが要件とされた。推定された20万ないし30万人の非正規滞在者のうち、5万人が申請した。

個別の在留特別許可もあった。1984年の文献によれば、雇用・移民大臣が裁量により、個別のケースにつき、在留特別許可を認めることができる。その際、非正規滞在の期間(5年以上)、重大な犯罪を犯していないこと、非正規となり、それを継続させる決定にいたる事情、生計能力および社会統合の見こみ、最近および今後の事実上のカナダでの家族状況、申請者の本国の事情を勘案する。

現在、市民権・移民大臣が、同情(情状酌量)または人道的配慮が存在することを理由に、認めることがある。その際、滞在期間と家族状況が勘案されるとのことである。

韓国
 1992年      6万人以上
   工場労働者だけであり、当局に届出たものはその年の年末まで滞在が認められ、滞在期間はその後何度も延長された。

マレーシア

 1994年までに   45万人が登録したが、労働許可を認められた数は不明。

フィリピン

 1996年      7000人が申請。
  申請者7923ドル、配偶者2154ドル、子1192ドルが必要という要件

タイ

 1996年  ミャンマー、ラオス、カンボジアからの非正規滞在者は、2年間にかぎり、水上輸送と工場で働けるようにした。
 

アルゼンチン

1949年(19カ月間)、1958年(6カ月間)、1964年(24カ月間)、そして1974年(6カ月間)に大規模な正規化プログラムを行った。

1974年の正規化の目的は、非正規滞在者をアルゼンチン社会にとうごうすることであり、正規化は政治的正義の行為と考えられた。1974年1月1日以前に入国した者で、入国許可証か、入国カードを伴うパスポートか、入国期日を示す公務員の発行した何らかの証明を提出することが要件である。約18万人が正規化の申請をした(20万人ないし30万人の非正規滞在者が推定されていた)。

1991年       何千。

ベネズエラ

1980年5月22日のプログラムは、1978年1月1日以前または正規化プログラムのほぼ2年前に入国した者を対象とする。1年間の短期滞在許可が与えられ、完全な居住資格の要件に合致するまで更新される。35万1000人(28万3000人という数字をあげる研究者もいる)が正規化された。非正規滞在者に公式推定は、120万人(最大350万人という推定)であった。

毎年、3万人から4万人がこの正規化プログラムの前後に個別事例としてその資格を変えていたという。

チリとエクアドル 

 1990年  両国国民の間では相互に正規化することを条約で締結した。