佐々木英昭「精神病者をどう描くか――チェーホフ、中村古峡と漱石――」を讀んで
――或いは、類似關係の研究法について

以下は二〇一一年八月三日に執筆・送信した書翰であるが、轉載に際し[ ]内は原文を省略か補筆かしてゐる。以前に版行された拙文「解題  習作ゆめうつゝから『殼』、その他の短篇へ――中村古峽における狂氣と文學的事象日本大学大学院文学研究科 『夕づゝ』翻刻の会翻刻・註釈・解題 夕づゝ第四号日本大学大学院文学研究科 曾根博義研究室、二〇〇五年五月、pp.156-166)に言及した論文が出たことを二〇一一年八月初頭に報せてくれた人があり、その禮状としてしたためた返書。話題にした論文である佐々木英昭「精神病者をどう描くか――チェーホフ、中村古峡と漱石――(pp.117-154)を含む『越境する漱石文学』は、その後Google Booksでも部分がプレビュー畫像で讀めるやうになった……が、數ヶ月して、スニペット(拔萃)すら全く見られぬやう變更されてしまった。なほ、中村古峽の短篇「假寢の後」(→改題「うたたねの後」の再評價は、倉阪鬼一郎らの同人誌『金羊毛』復刊號幻想文学会、一九八三年春。季刊幻想文学の前誌)が「埋もれた作家シリーズ」第一號として紹介したものが先行してゐた。また更に、小林洋介博士論文日本モダニズム小説の研究――〈心身〉の表象――(二〇一一年九月學位授與)が第二部第一章「モダニズムの前段階としての〈狂気〉の再発見――中村古峡作品及び『変態心理』記事を中心に――」で取り上げてもをり、『〈狂気〉と〈無意識〉のモダニズム――戦間期文学の一断面笠間書院、二〇一三年二月)として公刊の運びとなったが、佐々木論文その他先行研究に關する加筆は無かった。


森です。

本日ゆうメール屆き、佐々木英昭「精神病者をどう描くか――チェーホフ、中村古峡と漱石――」複寫、正に落掌しました。御惠送に、感謝申し上げます。

收録書『越境する漱石文学』(思文閣出版)の奧附發行日が「2011(平成23)年3月31日」なのは年度末に合せたいだけで、實際は七月新刊なのかと存じます。少なくとも現在、思文閣出版のウェブ・ページでは「初版年月 2011年06月」、Amazonでは「2011/07」となってゐます。

コピーは早速、一讀しました。書いた佐々木氏の意圖から恐らく離れた所で、感興が湧きました。

[…(あなたの記述もサイトも出てくるとの指摘に對し)…]

多分、拙文や『夕づゝ』は、小生のサイトが檢索で引っ掛かって知っただけなのでせう。註(9)で擧げられたURLが、本來のPDFではなく檢索でヒットしやすいやうにテキストだけ出して置いたHTMLファイルだからです。

また、[…略…]、註(14)で『變態心理の研究』の發行所を「大同書店」と記すのは大同館書店の脱字、註(15)及び(16)で「森前掲論文(注13」と記すは「14」の誤り。どうも入念とは言ひ難く、急ぎで書き上げた事情でもあったのか、この邊り、何か混亂があったと見受けました。

[…(夏目漱石は中村古峽から相當に影響を受けたやうに書いてゐる感じだが、どう思ふかと問はれて)…]

佐々木論文は、「どれだけ意識的な操作であったかはさておき」(p.128)とか「ひょっとすると……あるいはたんに」(p.133)とか「ことによると……かもしれない」(p.135)とか、さすがに推測に留める愼重さは示してゐるものの、他の點でもいささか飛躍や附會の氣味は感じました。

つまり、漱石とチェーホフを重ね合はせる點など、それとして興味ある讀み方だとは思ひますが、別に無理に直接の影響關係を見なくてもいいのではないかといふことです。p.122以下に述べられた如き精神病院の内外の反轉可能性とか狂人と常人との分別不可能性と言ふ程のことなら、[後の映畫『カリガリ博士』に見る如く]ありきたりの發想であって、何もチェーホフ[からの影響]でなくたってよささうなことだと思はれます。それとも、チェーホフが書いた當時はまだ斬新だったのでせうか。それなら、もっと他の作者で精神病者を扱った作品と比較して示してくれなければ納得しかねます。それに漠然たる發想よりも、それを具體的にどう物語に仕組んでどう描いたかに小説家の手柄はあると思ふのですが。

御承知の通り「影響」といふ概念、比較文學で殊に用ゐられたこの概念には色いろ問題があって[Cf.矢野禾積「影響をめぐる諸問題」島田謹二教授還暦記念會編『島田謹二教授還暦記念論文集 比較文學比較文化』 弘文堂、一九六一年七月]、しばしば實證が困難です。推測を交へた論證をするにしても、多くの場合、蓋然性を示すくらゐが關の山で定論は下し難い。ただ、類似を見つけると今までより興味ある讀み方ができることは確かにあるので、證明できないから斥けるべきだとは思ひません。言語學では、系統關係を科學的に明らかにする十九世紀以來の比較言語學(=史的言語學)とは別に、影響關係から離れた言語同士を比較する新しい分野を對照言語學[contrastive linguistics]と呼びます。さういふ對照文學[(=對比研究)]として論じれば良かったのではないでせうか。

ちょっと遠回りな理窟を申しますと――マルク・ブロック『比較史の方法』(高橋清徳譯、創文社、一九七八年十二月)は、アントワーヌ・メイエ『史的言語学における比較の方法』(泉井久之助譯、みすず書房、一九七七年十月)を引きつつ、比較には二種類あると概念分けしてゐました。歴史學は地理的・歴史的に近接した同士の影響關係の比較を得意とする。他方、歴史學が不得手な方法で成果を擧げた例に出されるのはフレイザー『金枝篇』、つまり人類學的比較法です。互ひに懸け離れた地域・時代を對照する人類學・民俗學流の巨視的な比較法を歴史學に導入するに際しての問題は、カルロ・ギンズブルグ『闇の歴史 サバトの解読』(竹山博英譯、せりか書房、一九九二年十一月)を例にして上村忠男歴史家と母たち カルロ・ギンズブルグ論未来社、一九九四年一月)が論じてゐました。それを讀んでも判るやうに、ブロックの問題提起したフレイザー流の比較方法は、のちにレヴィ=ストロースの構造主義によって洗練された解決を見たわけです。

ところで、ウルリヒ・ヴァイスシュタイン『比較文学と文学理論――総括と展望――』(松村昌家譯、ミネルヴァ書房、一九七七年六月)等で比較文學の研究史を讀んで面白かったのは(震災で本が雪崩れて該書も出て來ないので記憶で申しますが)、古くフランスで論爭があったこと。作者や作品を單位として直接の影響關係を論じる元来の比較文學のほかにジャンルや構成法などを國際比較する研究が出て來て、それに對し、そんな廣義の比較まで比較文學に入れてよいのか、それではもはや一般文學論と呼ぶべきものになってしまはないのかといふ議論があったさうです。これが、マルク・ブロックが區分けした二つの比較法の問題に相似する所に興味が湧きました。しかし、比較文學はフランスが本場だったといふのに、フランス人たるブロックも、邦譯書でページ數の半ばを占める譯者解説も、この分野を全く參照してゐません。逆に、比較文學論でメイエやブロックを引いたものも管見に入りません。民俗學・人類學でも、謂はゆるフィンランド學派の歴史地理的方法とは別な比較法があることをあまり説きません。先の上村忠男『歴史家と母たち』もブロックは引證しても比較文學までは取り上げてない。惟ふに、言語・歴史・文學・民俗[・生物學]その他多領域に跨がった一般比較方法論が考へられてよい。といふか、構造主義を經た以上、既に誰か書いてゐてもよささうですが……これ以上、比較文學研究史とか調べるのは門外漢には難儀なので放り出してゐます。

話を佐々木論文に戻しませう。漱石の諸作品はチェーホフの影響を受けたのかしれないが、受けなかったのかもしれない。もっと他の文學にも影響された可能性があるし、寧ろよくある一般的發想の一つだったのかもしれない。中村古峽についても、亦然り。p.131における古峽とチェーホフの影響關係の可能性を示唆する所などやや強引で、要調査でせうが、調査したとて果して證據が出て來るかは覺束無い。或いは佐々木氏としては、pp.136-137の漱石のチェーホフ評がモーパッサン評價と重なる所などは註(3)にも擧げた前著漱石先生の暗示(サジェスチョン)[(名古屋大学出版会、二〇〇九年七月)]等で説いたことだから、はしょってしまったのでせうか。小生は未見ですが、それを讀めばもっと説得力が増すのでせうか。でも何も、できない證明に骨を折らなくてもいい筈で、さういふ證明とは別に論の主題は設定されるべきでした。

比較とは、何のためにするのでせうか。まづ何かを比較可能にするには、バラバラなものの間に類を成す共通性を見出すのが前提です。その類似性によって繋げるには、たまたま漱石がチェーホフを讀んで書き込みをしてゐたとか、たまたま中村古峽もチェーホフに似た短篇を書いてゐたとかいふ偶然の事實、偶合が手掛かりになってくれます。さういふ準備作業として實證調査の意味はあるわけです。しかし歸納は偶然の重なりですから頼りなく、往々にして、そこに類似を見出してゐるのは[、]對象(ここでは漱石や古峽)ではなく、自分の主觀を投影して意味を賦與してゐるに過ぎないことがありませう。これは立派な研究者さへ混同しがちです。さうした主觀性は客觀的である研究よりは批評と稱すべきものかしれませんが、批評は批評でいいものですし、學問的研究の土臺の上に立って批評性を發揮してくれればなほいいわけです。しかし研究であれ批評であれ、ちゃんと比較論をやるためにはその先の仕事があります。

かつて折口信夫は『古代研究 第一部 民俗學篇 第二』(大岡山書店、一九三〇年六月)の「追ひ書き」(#)に、「比較能力にも、類化性能と、別化性能とがある」と述べました。「私には、この別化性能に、不足がある様である」と反省の辯が續くのですが、よしんばそれが謙遜を裝った自負だったにせよ、どうも折口の愛讀者は彼の卓越した類化性能のみを賞讚するばかりで、別化性能の重要性を認めないのは不滿です。

ウェーバー流の理念型でも何でもいいから類似する共通性を以て比較の土俵に上せた上で、その先に必要なのは、別化性能によって差異を辨別することでせう。それでこそ、比較される對象ごとの特質(文學的に言へば「個性」)が判明するわけです。佐々木論文の場合は、やっと最後の最後になって、同じくチェーホフ作品を對象としながら「トルストイには共有されない漱石批評の特異性」(p.138)「チェーホフ批評の特異性」(p.151)といふ不一致から、漱石特有の「倫理=芸術」(p.137・p.151)を抽出しようとします。或いは、同じく狂氣を題材[と]する作品でも「気狂に至る経過其物即ち他から見た事実もしくは事実の推移其物の叙述」(p.133・p.148所引)にどういふ差があるかを見て、特に漱石が好んだ敍述法をあぶり出さうとします。が、しようとしてゐるだけで成し遂げたとは到底言へますまい。後半「黒衣の僧」の紹介に無駄に紙數を費やしてしまった所爲か、そこが説明不足で、ほんの示唆に留まってゐます。そここそが主題とすべきことだったでせうに。

[……]

佐々木論文の標題は「精神病者をどう描くか」といふ一般論を主とし、そのために使った材料を「チェーホフ、中村古峡と漱石」と副へました。しかし以上讀んだ通り、事實上は漱石といふ個別へと歸着する方向で書かれてをり、狂氣乃至精神病をどう文學作品にするかは主題となし得てゐません。[……]文學者や文學作品の個性を見究めるならそれはそれで結構なことですが、構造主義好きの小生としては狹義の比較文學から廣義の比較文學へ一般文學論へと擴がるやうな方法論についても研究者の方々に考へて貰ひたい所です。

參照された拙文「習作ゆめうつゝから『殼』、その他の短篇へ――中村古峽における狂氣と文學的事象」(##)について言へば、佐々木論文註(16)に「古峡がねむいを読んでいた可能性にふれているが、証拠は示されていない」とある通り、[古峽作品「假寢の後」とチェーホフ作品「ねむい」との]類似性の示唆に留めてその先に踏み込めてゐませんでした。そこまで調べるのが面倒だし、それをする餘裕無かったし、さうでなくとも既にあの拙文は解題の枠を越えて話が擴がりすぎてゐましたから。しかし今にして思へば、小生と佐々木氏はベクトルが逆向きなのです。佐々木氏が關心があるのは飽くまで漱石なのでせう。達成はしてなくとも方向としては漱石固有の特性を論じようとしてゐます。他方、小生の關心は「狂氣と文學的事象」(ショシャナ・フェルマン)といふ一般論に向いてをり、古峽は一事例に過ぎませんでした。古峽の諸作品といふ例から、狂氣を扱った「奇妙な味の短篇」は如何にあり得るのか・あるべきかを論じようとしてゐます(これまた達成はしてないけれど)。どうも小生は唯名論的な觀念論者とでも申しませうか、多分に唯名論的に個物の考證に即しながらも、その果てに望見される一般的な觀念に興味があるやうです。しかも、佐々木論文は漱石が「氣狂に至る經過其物即ち他から見た事實」と言ふ[やうな]外的焦點化による描寫に重きを置くのに對し、小生は狂氣に至る過程を内的焦點化して敍述することを求めてをり、それゆゑに「假寢の後」の狂氣のリアリティーを評價したのですから、その點でも對照的でせう。

日ごろ思ってゐたことが、佐々木英昭氏の論文を讀んだことを機にして噴き出してきてしまひました。長ながと詰まらぬことを書きつけ、失禮しました。

以上、お禮かたがたの所感でした。[後略]


▲刊記▼ 【書庫】佐々木英昭「精神病者をどう描くか――チェーホフ、中村古峡と漱石――」を讀んで

發行日 
2013年2月5日 開板/2013年10月15日 改版
發行所 
ジオシティーズ カレッジライフ(舊バークレイ)ライブラリー通り 1959番地
 URL=[http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1959/GS/Chekhov01.htm]
編輯發行人 
森 洋介 © MORI Yôsuke, 2013. [livresque@yahoo.co.jp]
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