■■書物史片々■■
レイアウト用紙の誕生
――春山行夫の發明だった?

森 洋介


初出は文献継承第7號(金沢文圃閣・二〇〇四年七月、横書き。六月初頭脱稿。初出誌では組版の手違ひで、新字體文獻からの引用までもが正字體フォントで印字されてしまった。編輯用語の知識が無いと解りにくいかもしれず、事典を參照したいところ。また、レイアウト用紙に關する文獻として、『季刊デザイン』第1號・春「特集 エディトリアル・デザインにおける割付と割付用紙」(美術出版社・一九七三年四月)を擧げるのを失念してゐた。のち、引用文中に見える雜誌『行樂』に就ては、サイト『稀覯本の世界』の掲示板「雜本與太話」で話題にした。


『出版情報』(日本宣傳社→日本情報社、一九四六年十一月〜一九四八年一月)といふ雜誌は初め小賣書店向けに創刊されたらしいが、金澤文圃閣の出した複刻版(全二卷・二〇〇二年)を見てゐたら、なかなか隅に置けない記事を載せてゐる。例へば第六號(一九四七年七月)所載、春山行夫「出版界の思い出」。

本好きにとって春山行夫(一九〇二〜九四)は、蒐書と博覽に裏づけられた多數の文化史的著作によって記憶されてゐようが、元來は詩人であり、文藝評論家であり、そして『セルパン』『雄鷄通信』の名編輯長であった。昨年出た時代を創った編集者101寺田博編、新書館・二〇〇三年)にも取り上げられたが、編輯者・春山行夫はもっと注意されてよい。

その春山の回顧を讀むと、最初出版界に入ったのが一九二五(大正十四)年。プラトン社『苦樂』の向うを張った『行樂』といふ雜誌で、入社三ヶ月にして編輯長となった。といっても仕事は主幹の下で校正と割付けをするだけ。さて『行樂』は前田曙山の講談を載せたが、曙山は插繪を鰭崎英朋といふ畫家以外に描かさなかった。「ところが英朋先生は、おそろしくルーズで、仲々挿畫に手をつけてくれない」。そこで春山編輯長は一策を案じたと言ふ。

即ち、「雜誌の字詰と同じ桝目に仕切つた割付用紙をつくり、それを持つていつて、大體どんな繪になるかを略圖で書いて貰ひ、それをもう一通つくつて、ここのところにこうゆう恰好の挿畫がはいるから、そこだけを空白にして活字を組んでくれと書いて、原稿を印刷屋に廻すことにした」。これが、普及した。「『行樂』の主幹をしていた石川宰三郎といふひとは、日本美術の批評家で當時『キング』の表紙に大家や新進の畫を集めることを手傳つていた。そんな關係から、割付用紙とゆうものは大變便利だとゆうことが講談社にも認められたとゆうことをあとからきいた。私の想像に間違いがなければ、方眼紙のように仕切つた割付用紙を考えだしたのは、私が最初であつたといつていいだらうと思ふ」(文中「ゆう」「いふ」が混用なのは原文ママ、新かなへの過渡期ゆゑか)

レイアウト用紙の發明! ちょっとすごいことではないか。のちの展開を思へば、これは編輯史上に特筆すべき技術革新だったのだ。それにかういふ創意工夫は、いかにもgadget lover(小道具好き)の春山行夫らしいではないか。……だが待て。本當だらうか、それまでグリッド式割付紙が無かったといふのは。歐米のものを眞似て移入したりしてさうなものだが。コロンブスの卵で誰も思ひつかなかったわけなのか? 

春山證言の裏を取るのは容易でない。用紙そのものがどこまで遡れるのか、物證を擧げようにも、用が濟めば捨てて殘存しないものだからだ。ひとまづ手許の事典類に當ると、出版事典出版ニュース社・一九七一年)は「レイアウト用紙」として、関善造『編集 印刷 デザイン用語事典』(誠文堂新光社・初版一九七七年)は「割付用紙」で、それぞれ立項してゐる。が、實務用の知識を記すばかりで、歴史的な檢討には役立たない。

では古い技術書に痕跡を辿れないか。戰前のものでは、編輯研究會編新版 編輯著述便覽』(三訂新版、厚生閣・一九四〇年)の「編輯・印刷の用語」に「割付用紙」の項が見える。「豫定の頁數に原稿を何頁から何頁までは第何章とか、何某氏の原稿と云ふ割當を記入する用紙、その用紙には頁數が印刷してある」と。しかしこの記述だと、レイアウト用紙といふより「臺割表」か「ページ割進行表」のことのやうに取れる。よくて精々ラフ・レイアウト用に縮小した「レビュー用紙」のことで、少なくとも今日謂ふ所の「割付用紙」――版面を文字の代りに○や□印で埋めて組んで「方眼紙のように仕切つた」原寸の印刷指定用紙――は指さない。それとも用語の混亂は昔からなのか……どうも現物を照合しないと埒が明かない。

書物制作におけるレイアウト・フォーマットの重要性は、出來上った本や雜誌から見ると背景に隱れがちだが、近年、鈴木一誌らの知恵蔵裁判全記録太田出版・二〇〇一年)等によって認識されつつある。鈴木によれば、割付用紙とはレイアウト・フォーマットを運ぶものであり、「デジタル時代を迎えて、割付用紙を必要としないレイアウト・フォーマットが急速に増大することは確かだ」(「複製論」前掲書283頁)。とすれば、フォーマットはさておき、割付用紙といふモノそれ自體は、向後さらに後景に退いてゆくのだらうか。こんなことも、ここらで振り返っておかねばもうわからなくなってしまふかもしれない。 ■


▲刊記▼ 【書庫】書物史展望 > 《書物史片々》レイアウト用紙の誕生――春山行夫の發明だった?

發行日 
2004年7月20日 開板/2010年5月12日 改版
發行所 
ジオシティーズ カレッジライフ(舊バークレイ)ライブラリー通り 1959番地
 URL=[http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1959/biblio/henpen02.htm]
編輯發行人 
森 洋介 © MORI Yôsuke, 2004. [livresque@yahoo.co.jp]
亂丁落丁(リンクぎれ)、誤記誤植、刷りムラ等、お氣づきの點は、乞ふ御一報