ユートピア社会主義者

ユートピア社会主義者

 

神山くん


 私は、この章の人物たちに、好感を持った。
オウエン、サン・シモン、フーリエらユートピア社会主義者といわれた彼らは、
理想の社会を作ろうと努力した人物たちである。

 19世紀前半のイギリスは、ぞっとするような労働環境であった。
10歳程度の少年少女が、鞭で打たれたり、
または、かいば桶の中の残飯を豚と奪い合ったり、
または、蹴飛ばされたり、殴られたり・・・
全ての労働環境がそこまでひどいわけではなかったが、
これが自然と見過ごされるくらいの社会情勢であった、ということだ。
そうした過酷な社会を目の前にして、
後にユートピア社会主義者と言われる彼らは、理想の社会を作ることを決心する。

 例えばオウエンは、貧困問題解決のために、
「協同村」というものを提案した。
これは、800人から1200人がひとつの独立単位となって、
農場や工場で働く、計画された庭園都市である。
また、フーリエは「協同村」と同じような
集合計画都市である「ファランクス」を作った。
ここでは、それぞれが好きな仕事ができるようなシステムになっていた、という。
これこそまさに人々が理想とする社会であろう。

 こうした彼らユートピア社会主義者を、バカにする見方もある。
経済学とは全く離れた理想ばかりを追求し、
平和と平等のみを望み、それが可能だと思っていたからである。
しかし、私はこの著者と同じように、そうは感じなかった。
彼らは、とても勇気のある勇者だったのだと考える
理想を追求し、それを追い求めた彼らを誰が笑うことができるのだろうか。
環境は、よくしようと動かなければ変化しない、
ということを、彼らが一番よく知っていたのではないか。
著者は、次のような文章を書いている。
「ユートピアンたちは勇気を奮い、社会全体を変革すべきであると主張した。」
彼らこそ、社会の平和を心から願い、
その変革を実行する勇気を持った勇者だったのではないか。
そんなことを感じた。

  

猪木くん


 サン・シモンが、死の間際に言った、「偉大なことをなすには、熱意をもたなければならない」には、共感する。ところで、何をもって「偉大のこと」とするのだろうか。「偉大なこと」とは、社会的に「偉大なこと」であり、それは、「大きな影響力」のことではないか。

 サン・シモンの考えは、社会のピラミッドを正しい姿にすることであった。これは、政府が経済的に人間を直接指揮することを指し、つまり、経済原則を最優先とすることなのだろう。

 ジェームズ・ミルは、息子のジョン・スチュアート・ミルに、普通ではない教育を施すこととなる。人格が破壊されずに、神経衰弱で済んだことは本当に奇跡である。他の若者が、知的活動の中に美がありうることを見出さなくてはならないときに、哀れにもミルは、美の中に美が存在しうることを見つけなければならなかった。これはどういったことを意味するのだろうか。彼にとっては、知的活動がもはや意味をなさなくなったということだろうが、それ以上の意味を見出すことは、今の私には出来ない。

 ジョン・スチュアート・ミルは『経済学原理』において、ユートピア改革者が提起した「共産主義」の図式を検討している。そこでは、労働に対する報酬の問題等に比べれば、共産主義に伴う諸問題は取るに足りないものだとした。そして、定常状態を資本主義と経済進歩の最終点ではなく、恵み深い社会主義の第一段階と見た。だが、彼自身が言うように、生き延びるために闘争していく状態が、人間の正常な状態である。当時は、共産主義の欠点が明らかになる前だったために、彼はこのように述べたのだろう。

 ミルによれば、人間は粗野である間は、粗野な刺激を求めるものらしい。これは、言い換えれば、人間は高貴になればなるほど、高貴な、知的な刺激を求めるということである。高貴で知的な刺激を求める資格のある人間を育てるためにも、すぐれた人による教育が不可欠である。

  

加藤さん

 
 今回は「ユートピア社会主義者たちの理想と現実」ということで陰鬱にならずに読みすすむことができた。前回までの章はまさに「陰鬱」という言葉がぴったりで、そのような時代があったことに驚きを隠せなかった。そして希望のない時代が偉大な経済学者を生んだことは必然か偶然か考えたものだった。ロバート・オウエン、サン・シモン、フーリエなどというユートピア社会主義者たちは高校の世界史で耳にしたとき先生が「結局失敗するんですが・・・。」といったのを強く覚えている。結局、ユートピアは幻想だったのだろうか。いま改めてその時代を読むと実におもしろい。実に動態的で、歴史は常に現代史だと思わされる。

 協同村などの夢物語を通して「人間は環境の生き物である」という希望の哲学を説いたオウエン、アイデアは豊富だったが計画に欠けた人生の冒険者サン・シモン、気が狂ったかのような空想の冒険者フーリエに共通しているのは勇敢であったことだ。経済法則の元で過酷さと残酷さが合理化された時代にあって頭がおかしいと思われるほど希望をもち、真に世の中を変えたいと思い実際に社会の変革を試みたことだ。私はオウエンが希望に包まれたまま死んでいったという記述を読んで正直うらやましかった。彼らの時代ほど過酷で残酷なものはないのに希望をもてずのっぺらぼうで生きる私は果たしてオウエンを夢想家と言えるだろうか。歴史を前に自分の小ささを感じずにはいられない。

 またオウエンの「人間は環境の生き物である」というのには感銘を受けた。人は環境によって大きく行動や性質が左右される。ならば現在起こっている問題はその環境が少なからず発生要因になっているわけだ。自分にとっての最善の環境、そして社会にとっての最善の環境を考えることは変革につながると、私は考える。

  

山田さん


 今回は、陰鬱で悲惨な時代になんとか希望と理想を見出そうとしたユートピアンたちの話だった。ロバート・オウエンは、貧困問題の解決は貧しい人々を生産活動に投じることにある、と示し、この目的のために計画された庭園都市である「協同村」をつくることを提案した。サン・シモンは報酬は人々の社会的貢献に比例すべきであるとして、社会のピラミッドを正しい姿にすることを提案した。シャルル・フーリエは社会はファランクスへと組織されていかなければならないと主張し、これはオウエンの「協同村」とあまり違いはない。ジョン・スチュアート・ミルは経済法則の領域は生産にあり、分配にはないと指摘して、人間の社会的行動を「変える」可能性を信じた。

 これら4人の描いた世界は、結局、夢物語におさまってしまったが、おそらく私がこの時代に生きていたなら、彼らの考えに賛同していたであろう。叙述されている当時の社会の悲惨さは相当なものである。こんな時代であれば、誰しもが「理想郷」を夢見るのではないだろうか。個人的にはシャルル・フーリエの描いた夢想世界が好きだ。彼によると、われわれは8段階の進歩の5段階目に生きていて、すでに混乱、未開、家長制、野蛮の段階を通り抜けて、将来には社会制度があり、次いで「調和」が存在するが、至福の頂点に到達するとシーソーは逆になり、これまで進んできた段階を逆戻りして最初に帰るのだという。また、調和の段階では「調和」にずっと適応した新しい種の生物が現れ、人々は144歳まで生きるようになり、120年は性愛の自由な追求で費やすそうだ。なんともSFのように聞こえるが、これがなかなか当たっているのではないかと私は思う。私も似たようなことを高校生のころに考えていたのだ。「将来」のことを推測するのは楽しい。たとえ将来が憂鬱なものであっても、無責任かもしれないが、そのころには自分は生きていないだろうという安堵感がある。ユートピアンたちは絶望的な世界に生きていたからこそ、すべての理想を詰め込んだ社会を模索していたのだろう。


金子さん


 オーウェン、サン・シモン、フーリエ等は「ユートピア社会主義者」と呼ばれる。私は彼らの考え方に好感を持った。彼らの夢見たユートピアは実現できなかったが、理想を頭の中に描き、周りを説得し、実現させようと努力したことは世の中を悲観的に見て人々を落胆させたマルサスやリカードとは対照的で、素晴らしいことだと思う。

 19世紀前半のイギリスでの労働者の扱われ方は恐ろしく残虐なものだった。1日16時間労働は珍しいことではなく、工場の時計は工場主によってコントロールされ、労働者に休む暇を与えなかった。10歳程度の少年少女ですら労働力となっていて、失敗したら昼夜を問わず鞭で打たれた。資本家は人間的な心を失い、労働者は人間として扱われていなかったのである。

 このような陰鬱な社会の中で、オーウェンが責任者を務めた小さな共同体だけは全く異なった社会を作っていた。そこでは労働者は人間として扱われ、慈愛によって守られていた。子供達は良く遊び、よく勉強した。オーウェンは人間は環境次第であり、環境が変われば地球上に天国を作ることができるという考えのもとにこの共同体を作り大成功を収めた。しかし、彼の考え方には限界があった。結果から言うと彼の理想はあくまで理想であって人間は利益を追求する生き物で必ずしも慈善的、協力的ではなく不正を行ったり、仕事をなまけたりしてしまうものなのである。

 サン・シモンやフーリエも同じように理想を掲げ、実践的な行動をしようとしたが、結局最後には上手くいかなかった。現実との差が大きすぎたのである。

 しかし、私は陰鬱な社会においても素晴らしい理想を持ち続けた彼らの考え方は多くの人に影響を与えたと思うし、人々に上位階級の人だけが恩恵を受ける社会を、暴力的手段によってではなく、人々の心を変えることによって是正しようという雰囲気をもたらしたことは非常に有用で評価すべきことだと思う。


江草くん


 19世紀前半のイギリスの工場での労働条件は悲惨なものだった。本編とは直接関係のないことだが、私はその記述を読んで中国の始皇帝の土木事業や、明治日本の富国強兵政策下での労働条件を思い出した。どれも今の時代からは想像できないほどの劣悪な労働環境だった。継続的な発展だけではなく、時には不健康なほどエネルギーを投入したからこそ現在の社会が造られるに到ったと、私は自分のテスト勉強と比較してそう思ったりもした。

 さて、話を本題に戻す。この時代に登場したオウエン、シモン、フーリエ。彼らは経済学者だったのだろうか。私はどうしてもそうは思えない。経済学者とは論理的な根拠に基づいて主張するものである、と私は勝手に思っている。しかし彼らの主張は論理的というよりも空想的である。オウエンの「共同村」が、ニュー・ラナークでは一応の成功をみせるものの、アメリカでの完全な失敗をみれば、彼の主張は非現実的であったと言わざるを得ない。「ユートピア社会主義者」という言葉は、彼らを的確にとらえている。しかし、私は彼らを当時の物差しで計らなくてはならない。当時の状況の中で、彼らが真剣に「ユートピア」を描けたことは奇跡的と言っていいものであり、我々はやはり彼らを評価すべきなのである。オウエンの「人間は環境の生き物である。そして、その環境をつくるのも人間自身である。」という言葉に私はひどく感銘を受けた。これは、人間の本質的な部分をとらえており、現代社会の諸問題を考える際にも十分適用できる。結局は人間次第という考え方が私はとても気に入っている。今後、私はオウエンを経済学者としてではなく哲学者として記憶しておく。その後、J・S・ミルが登場する。ミルは経済法則は分配とは全く無関係であることを指摘した。しかし、道徳的価値を押しつけることによって社会の自然の働きを改善しようとするのがミルの社会観であるため、私個人としては彼のユートピアにも論理性は感じられなかった。


椎野くん


 ユートピアンたちが生きた世界は、過酷で残忍なだけでなく。経済法則の装いの下にそうした残酷さを合理化していた。世界は経済法則によって動いていた。この法則はわずかしかなかったが、決定的であった。それは、人間の悪意が盛り込まれているわけではなかったし、人為的操作がなされているわけでもなく、社会のダイナミックスの自然な結果であることは明らかであった。そのような不可侵に見える経済法則のために、ユートピアンたちは極端に向かったのであった。社会全体を変革すべきであると主張した。彼らユートピアンは頭ではなく心の改革者だった。ユートピアンたちは改革以上のことを望んだ。互いの卑劣なだまし合いよりも、「汝の隣人を愛せよ」が優先されるような新しい社会を望んだ。財産を共有する状況、共同所有という暖かな状況においてこそ、人間の進歩の基準が見出されるはずだった。

 ユートピアンたちに創造されたそれぞれのユートピア的な社会は、個々に細かい違いはあるものの、その目指そうとするものはかなり同質なものであった。そのため、それらは一見理想的で夢の世界のように思えるのだが、現実との摩擦のために実践性が高いとは言えなかった。当時は、過酷というより残虐という方があてはまるかもしれないような労働条件や、機械の本格的な導入によって労働力が労働者から機械に移ったことで起きた労働者の集団による工場の襲撃、焼き払いで深刻な社会不安な状況であった。実際、最悪な労働条件で、人間としての尊厳が与えられていないような工場が多く存在していた。このような深刻な社会不安な状況では、夢のような世界へという動きが出てくるのはごく自然な流れだろう。しかし、そのような考えが出てきてもそれが必ず実現するというわけではないのである。現実という壁は予想以上に大きいため、崩れ去る理想郷がほとんどであった。たとえどんなに理想的で壮大な改革も、現実社会での実現は不可能に近いのかもしれない。しかし、不可能というタブーを破って理想を現実に近づけようとするようなユートピアンたちがいて初めて社会が改善されるのだろうと感じた。私は、彼らの勇気に対して驚嘆と尊敬の念を抱く。

 

加瀬さん


 「人間は環境の生き物である」という言葉を説いたロバート・オウエンに、私は経済学者の如何を見せつけられたような気分である。なるほど「あまりにも簡単すぎることが難点な」経済法則を、的の中心に矢を射るように指摘し、また彼自身も環境の生き物そのものであったからだ。環境に影響されることなしに自分の人間本能だけに影響され、行動を起こしていたのはまさに原始時代のことである。歴史の上で人間が環境に影響されることができるだけの知能を持っていたことが、ここにきてやっと言葉に表され証明されようとしたのだろうか。

 彼らユートピア社会主義者たちの生きた時代は、当時最も経済を発展させたといわれるイギリスの産業革命の生み出した残虐さが表に出はじめた頃である。リカードの鋭い洞察は資本主義の目に見える過酷さの上に、全ての階級に対して本物の不安を引き起こした。時代の上にたつ一挙一動や思想が彼らの現実を大きく説明しうるものだったからである。それゆえ、未知の理想社会を模索し、掲げることは、現在の資本主義体制を変えることに求められた。劇的な変化を人々が望むほど、対極の思想の良い面がより鮮やかに写るようになったのであろう。思えば資本主義体制を確立しようとする時にも、その体制はその時代でみれば理想であった。やりとりに関わるムダや歪みは、正すも正さないも自己責任であり、人々は理想をまっとう出来るだけの自信が変化し続ける環境の中でいくらかあったから、その方向が選択されただけである。労使の関係などはそれまでの流れでも自然であり、社会主義への転向が必要とするような劇的変化はそこには必要とされなかった。資本主義は、やはり彼らのもとでは偉大であったからだ。

 それまでに自国で社会主義が長期的に機能しうることが垣間見えていたのなら、その奇抜に見えるその主義でさえ、すぐさま受け入れられたであろうもう一つの現実として考えられうる。もしかすると、環境の生き物である私達は、時代の主義・信条によって、直接指揮されているのかもしれない。

 

青木くん


 ユートピアとは誰もが一度は思い描くものであると思う。私も自分なりのユートピアについて夢想することがある。しかしユートピアという言葉からは、はなから実現不可能な夢の世界というニュアンスの胡散臭さを感じる。本来、ユートピアとは言葉は理想郷という意味である。基本的に誰でも現実を理想に近づけようとするものである。だから私にはこの章で描かれているロバート・オーウェン、サン・シモン、シャルル・フーリエだけがユートピア社会主義者という風にユートピアという言葉を冠したカテゴリに属されていることに違和感を持った。

 おそらくその後の人々が彼らを見るときに、現実感のない夢見人というような認識をもって来たからだと思う。確かに彼らの試みのほとんどは短命に終わった。しかし彼らはただ夢を見ていたのではなくそれを実行に移し、現実に短期間ではあるが、ロバート・オーウェンのニューナラーク、シャルル・フーリエのファランクスといったものは存在したのである。それは現代からは見れば一歩間違えればカルト集団のようなものであり、明らかな失敗に見える。しかし19世紀前半のイギリスの悲惨な労働環境の記述を読むと、当時の人々がそういった極端な思想に傾倒していったことも理解できるし、むしろ自然な流れだったと思う。そしてそうした悲惨な現状を打破するために全力で戦った彼らの試みは、現代に生きるわれわれにとっても尊敬に値するものだと思った。

 最後にオーウェンの残した「人間は環境の生き物である」という言葉は彼らの生き様を凝縮したような言葉であると思う。この言葉に見られるような、「環境を作るのは人間自身であり、世の中は必然的によくなったり、悪くなったりするのではなく、われわれが良くも悪くもしているのだ」という能動的な希望の哲学には私自身とても感銘を受けた。

 

塩田くん


 この章の題「ユートピア社会主義者たちの夢」というのは、まさに彼らにとってぴったりだ。いつの時代においても、人の理想とするところは「幸せな」暮らしだ。そしてその意味では、ロバート・オウエン、シャルル・フーリエが作り、実現しようとしたモデルは確かに理想的なものだった。しかし、それは経済が極めて小さい範囲にとどまっている場合にのみ有効なものであった。その例はニュー・ラナークからニュー・ハーモニーへの失敗に顕著に現れている。このような試みは時代錯誤とすら言えよう。また、サン・シモンにいたっては、計画すらない本物の「空想」に近い。しかし、このような思想が真剣に検討され、実行に移されてしまうほど、19世紀のイギリスにおける労働者の、もっと言えば民の大半の経済状態・生活が悲惨なものであった。産業革命以降、急激に産業が発達し、その生産性に追いつこうとして労働者には過酷な労働が課される。非人道的な扱いを受け、食事すら満足に取れない。機械に労働すら取られてしまい、ラッダイト運動へとつながってしまう。しかも、たいして働いてもいない資本家はますます富を蓄積していく。このような状況の中では、働いたものが、働いた分「平等に」報酬を得ることのできる社会の構築に向かうのは、至極人間的な発想といえる。しかし、現代になり、見せ掛けの「平等」を掲げる純然たる社会・共産主義では成功しないのは、すでに上記のニュー・ハーモニー以上の規模で、実証済みだ。それに対して、このような時代にありながらも、J・S・ミルは人々の貪欲さを嫌いながらも、そのような人間のエネルギーに対しては、有用に使うべきだ、としている。「思想・感情・行動等の単調な均一化の押し付けにならないか」というところに、ミルの鋭さを感じる。

 「人間は環境の生き物である」。まったくもってその通りだ。いま私がこのように考え、ものを感じているのも、今までの環境があったからこそである。ユートピアが具体的にどのようなものか、想像がつかないが、少なくとも、思考を制限されるようなことがないようなものであることは、確かなようだ。

 

小松くん


 ユートピア社会主義者やJ・S・ミルの活躍した時代を後世に生きる私達はどのように解釈したら良いのであろうか?マルサスやリカードのように憂鬱で陰険な時代と捉えるべきであろうか?私の答えは「否」である。後のマルクスの『共産党宣言』、そしてそれに付随した社会主義という恐るべき「嵐」を踏まえてみれば、彼らの活躍した19世紀前半は「嵐の前の静けさ」的な時代であったと私は思わずにはいられない。そしてJ・S・ミルが資本主義の「定常状態」というヴィジョンを描いていたことを知ると、資本主義世界にとって最後の「夢の時代」であったのだと、私には思える。そう、まさに19世紀前半は世界が、資本主義が、そして経済学が心地よい最後の夢を見ていたのであろう。

 ユートピア社会主義者たちは多くの夢を見ている。そして、そこからかけ離れた悲惨な現実も同時に見ている。しかし彼らには悲壮感が感じられない。どちらかと言うと前向きで、20世紀を戦慄させた社会主義体制とは無縁の明るさがある。先ほど挙げたJ・S・ミルも同様である。資本主義体制のもとによる経済成長の終りを予想し、社会主義への穏やかな移行を信じた彼の姿は少し微笑ましい。では何故に彼らはこのような明るき展望を開くことが出来たのだろうか?

 J・S・ミルの場合は明らかに愛すべき家族の存在が大きいであろう。幸せな家庭生活はミルの経済社会を見つめる視線を優しいものにし、そして将来を希望的観測で彩ったのである。そして、この事実は経済学を志す私にとって重大な示唆をおこなっていると言えるであろう。つまり経済学という現実世界を観察する学問にとって、その観察者自身が自分自身の日常生活に対して、満足と幸福を感じているか否かで観察する視線が変わってしまうことである。つまり経済学とは多分に人間味を帯びた学問であるという事実である。しかしながらこれは避けることの出来ない現実であろう。なぜなら初学者から知的巨人まですべて経済学者というのは人間だからである。

 

寺本さん


 ユートピア社会主義者とは夢想家である。ロバート・オウエン、サン・シモン、シャルル・フーリエ、そして、ジョン・スチュアート・ミルである。彼らは本当に「夢想家」であった。共産主義者とは対照的に、上層階級に対して、社会改革は最終的には彼ら自身の利益になることを納得してもらいたいと願った改革者だった。共産主義者は大衆に語りかけ、目標達成のためには、必要ならば暴力を勧めたが、社会主義者は自分たちと同類のインテリ層、小市民層、自由思想を持つ中流市民、あるいは知的に開放された貴族に対して、自分たちの計画を支持するよう訴えた。また、経済の改革者でもあった。こんな彼らは、勇敢であったと褒め称えられている。しかし、勇敢で夢想しているだけでは経済は成長しないのだ。

 彼らは、悲惨な現実を打破するために様々な手法をとった。しかし、みな失敗に終わった。オウエンのニューラナークや協同村、シモンの教育計画や産業宗教、フーリエのファランクス、そしてミルだ。彼らが失敗に終わったのは、やはり現実から逃げていたからではないだろうか。彼らの行動は、悪く言えば、現実逃避とも思えるものである。私たちは辛いとき、勉強しなきゃいけないときに現実逃避をしてしまう。それとユートピア社会主義者の行動は似た現象であるような気がした。ユートピア主義者の行動は、悪くいえば一種の現実逃避行動であろう。現実逃避をしていても、いつかは見たくない現実に戻らなくてはならない。いつかは現実と向き合わなければならないのだ。現実逃避をしていても、結局いい回答は出てこないし、問題解決にもつながらない。これが、ユートピア社会主義者が失敗に終わった所以であろう。しかし、ここまで信じ込み、徹底して現実逃避をしたのは評価できるところである。夢想家であった彼らは、少なくとも、当時の陰鬱な時代のイギリスで暮らしていた人々にはかすかな希望と夢を与えたであろうから。


瀬畑さん


 「夢想家がいなければ、人類はいまもって洞窟の中に住んでいることだろう。」

 確かにそれはあるかもしれない。

 誰にでも夢があるし理想もあるだろう。しかし、多くの人はそれまでで終わってしまう。理想に向かって進むというのも簡単なようで難しい。思ったことを行動に表すというのもそう簡単なことではない。ゆえに、社会を変えるとなるとそう簡単なものではなかっただろう。

 しかし、誰かが新しいことを始めることによって、それに連なって何かを始める人というのは必ずいるように思える。一人が勇敢であることは、他人の勇気をも奮い起こす。それはこのユートピア社会主義者たちのなかでも言えることだろう。逆に誰も何もしなければ、何も起こらないのである。

 誰にとっても新しいことを始めるということはチャレンジである。成功するかしないかなんて誰もわからない。だからこそ、このユートピア主義者たちは勇敢だったと言われるのだろう。

 「偉大なことをなすには熱意を持たなければならないことを忘れるな。」とサン・シモンはこの中で述べている。知るべきことは何でも知ろうとし始めた彼。これはかなり偉大なことだろう。しかし、この知識なくしては改革、チャレンジは無理だっただろう。何かを始めるということは多くの知識を要すると思う。なぜなら、新しいことが始まるからだ。発生してくるものも今までとは違う。すべてが始まりであるがゆえに、起こりうるすべての問題を想定することができない。それに対応できるだけの能力が必要であるのだ。

 「世の中を悲観的に考えてしまうことも理解しにくいことではない。」

 ここを描かれている世界は想像を絶するものだ。こんな世界があってもいいのか。と疑問をいだくばかりか。考えただけでも恐ろしくなってくる。ここを読むとユートピアンたちが立ち上がったのもわからなくもない。過酷で残酷なだけでなく、経済法則の下にそうした残酷さが合理化されていたこの時代、彼らは経済の改革者としてかなりの大仕事を成し遂げたことになるだろう。