愛知大学学長武田信照 五十周年を迎えるにあたり 杉浦健五師範
イギリスより愛を込めて 早川明心 連合王国より声のある限り 早川明心
故大塚最高師範 50周年史の発刊に際して 田中宏 私の欧州30年の回想 坂神国昭
同窓会会長 出席者の方々
昭和27年度 昭和28年度 昭和29年度 学生歌 空手道部歌
昭和30年度 昭和31年度 昭和32年度 昭和33年度 昭和34年度
昭和35年度 昭和36年度 昭和37年度 昭和38年度 昭和39年度
昭和40年度 昭和41年度 昭和42年度 昭和43年度 昭和44年度
昭和45年度 昭和46年度 昭和47年度 昭和48年度 昭和49年度
昭和50年度 昭和51年度 昭和52年度 昭和53年度 昭和54年度
昭和55年度 昭和56年度 昭和57年度 昭和58年度 昭和59年度
昭和60年度 昭和61年度 昭和62年度 昭和63年度 平成元年度
平成2年度 平成3年度 平成4年度 平成5年度 平成6年度
平成7年度 平成8年度 平成9年度 平成10年度 平成11年度
平成12年度 LINK  

昭和34年卒業

役  職 

 主  将

澤根宏昌

幹  事

岸本四郎

副  将

和田満也

幹  事

木村豊彦

サブマネジャ  

石川 惇

幹  事

武田博之

マネジャ  

大塚隆一 

幹  事

石王則康

 幹  事  

松田 灝

幹  事

千賀 曄

幹  事

岩川新次

(平成4年死去)

 

最高師範  故大塚博紀(和道流開祖)年12回東海地区大学、支部にて指導にあたる。立派な人格者で空手道一筋、真の武道家、無駄のない流れるような技は名人芸。
愛大師範 鈴木辰夫(元国際和道流総師範)イギリス在住、週1回豊橋高校にて指導にあたる。大変厳しい稽古で知られていた。
空手道部部長

故大内義郎教授、厳しい1面人間味豊かな心の優しい先生であった。

道  場 豊橋本校 旧陸軍兵舎を改築した木造道場、1年生〜4年生練習
名古屋 分校 車道校舎にて12年生練習
練習   月曜日〜土曜日 昼休み・放課後 3〜4時間
部員数 豊橋    名古屋合わせて 60名〜70名位
合同練習  定期練習は豊橋、名古屋共別々に行っていた為23カ月に1度合同練習後行う
練習内容 基礎練習,巻藁,鉄下駄,サンドバック,バーベル,etc
基本練習 順突,逆突,順突の突込み,逆突の突込み,
(突・蹴り) 前蹴り,廻し蹴り,足刀,足刀踏込み,etc
平安初段〜5段,公相君,ナイハンチ,セイシヤン、チントウ,etc
約束組手 1本〜10本
自由組手 フリー,現在行なわれている様な試合形式ではなく,制限技なく実践的な組手,上段の突,流し突,裏拳,手刀,背刀,前蹴り,脛蹴り,金的蹴り,廻し蹴り,足刀,足刀踏込みなどの技を用いた。
軍  行 昭和3212月 豊橋〜鳳来寺山、全部員参加
交換稽古    30年 名城大との交換稽古 (名城大)31年 東海地区(名大,名城,岐大,etc)代表と剛柔流、京都正剛会道場との初めての他流派交換稽古が行われた。 (岐大)
合宿練習 30年 1年、愛知県東栄町、2年、長野県飯田市、3年、長野県善光寺、4年、福島県会津若松市 50名〜60名参加 鈴木辰夫先生の紹介 会津若松中学校体育館に置いて愛大空手道部による大演武会大会を行う 会場満員、大盛況に終わる、また地元知名士を始め多くの人々の交流を図る。苦い思い出として合宿先旅館の食事による食中毒となり全国ニュースにて報道される。
大会出場記録

昭和32         第1回全日本学生空手道選手権大会 (東京旧両国国技館)

   11/30       3年 澤根,和田,和田,石川 4年 杉浦,平川

昭和33         1回東海学生空手道選手権大会 (名古屋)

団体戦優勝 4年 澤根,和田,石川,岩川,大塚,千賀,岩本

昭和33         1回全日本学生個人選手権大会並びに

1回東西学生選抜対抗戦 (東京都体育館)

4年 澤根 東海地区代表

昭和33         2回全日本学生空手道選手権大会    (大阪府立体育館)

11/3       4年 澤根,和田,石川,大塚,岩川

昭和33         2回全日本学生個人選手権大会 (大阪府立体育館)

11/3     2回全日本東西対抗戦 4年 澤根、和田