愛知大学学長武田信照 五十周年を迎えるにあたり 杉浦健五師範
イギリスより愛を込めて 早川明心 連合王国より声のある限り 早川明心
故大塚最高師範 50周年史の発刊に際して 田中宏 私の欧州30年の回想 坂神国昭
同窓会会長 出席者の方々
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昭和40年卒業

同期生

後藤敏郎                              主将

後藤昇次                              副将

花井 勝      安田国光

高山嘉明      豊田幹夫

玉木琢郎      江川雄茂

杉本光賢      張本忠夫

前原修一      花城清昌

加藤 弘

空手部の思い

前原修一  

創部50年史発刊にあたり、空手部時代の思い出を書いてくれないかと連絡を頂戴した時は、気楽に「いいですよ」と答えたものの卒業して35年いや36年前のこと。容易に筆が進まない。それならばと、当時のアルバムを取り出して学生時代の写真を見る。今更ながら歳月の経過を思い知るとともに過ぎ去りし学生時代の思い出がついこの間の出来事のように胸のおくから突き上げてきた。懐かしさと、卒業してから社会人として、夫として父親としてはや35年も経ってしまったのかと改めて自分に問いかけた。大げさに言えば、自分が生きてきた人生に学生時代の空手部で過ごした4年間はどのような影響があったのだろうかなと、考えながら空手部での出来事を思い出しながら書き始めた。

 新入生として初めて車道にあった名古屋校舎へ行った時、狭い校庭というのか運動場に所狭しと各部が机を出し、その前で3・4人の先輩諸氏がそれぞれの部活の勧誘に声をあげて新入生を呼び止めていて、非常ににぎやかであったような記憶があります。

 私は何の迷いもなく空手道部と書いた机の前に立ち「空手部に入りたいのですが」と申し込むと、机に座ってみえた先輩のびっくりされた意外な表情を思い出します。多分そのとき先輩の心の内は「飛んで火にいる夏(春)の虫(新入生)」とほくそまれたことでしょう。その時、私自身これから地獄のような日々が待っていようとは想像もしませんでした。

 杉山道場での毎日2時間の稽古、それよりも一番びっくりし戸惑ったのは先輩方々への挨拶の仕方。いつどこでも精一杯の声を出しての挨拶には、最初本当に体裁が悪く回りの人達の驚いたり、眉をそむける姿に恥ずかしい思いをしました。「コンニチワ」を大声で云おうとすると「チワー」となり「チワー」「チワー」のオンパレードでした。しかし、この挨拶を大声でするという習慣が私自身の気が付かないところでいろいろと役だっていたのだと思います。礼に始まって礼に終わる。この教えは今も生きています。

 下級生の頃は、朝起きてまず頭に浮かぶことは稽古の厳しさや、つらさは勿論のこと、鬼のように恐ろしい先輩への恐怖観!望むべくもない事なのに、自然無意識のうちに今日もまた何か恐ろしいことがあるのではないかと悪い想像をしてしまう毎日だった。又春の合宿、夏の郊外合宿の日が近づくにつれて心に重くのしかかる恐怖感、そして当日のなんとか逃げ出したい気持ちとの戦い。このような気持ちに負けないで毎日道場で練習し、又各合宿に参加しこのどんなに怖いと思われていることも、辛いと感じる事も、勇気をもって踏み出せば、必ず時間が解決してくれる。そしてやりぬいた時の充実感と開放感の喜びの体験、勿論そこから逃げ出して解決するという方法もあります。しかし私は、逃げないで物事を解決するという方法を学ぶことができたのです。夏の郊外合宿で行われた演武会で司会を行ったとき、最終で失敗をして師範より大目玉を頂いた事もありました。夏の合宿で佐藤先輩から組手の稽古のとき前蹴りをもろにくらって肋骨を折り、息をするだけで痛く苦しく、毎日の稽古が最悪で合宿を終わったこともありました。思いでは次から次へと自分でも不思議なくらい限りなく浮かんできます。自分に負けないで最後までやり抜こうと言う精神力は、この空手部時代の特に1年生、2年生の間に培ったと思います。このように一つ一つ思い出していくと、自分の人生の生き方に非常に大きな影響を与えたのが空手部時代の師範、先輩諸氏又、同じ苦しみをすごした同級生の方々にあったのだと深く感謝しております。