愛知大学学長武田信照 五十周年を迎えるにあたり 杉浦健五師範
イギリスより愛を込めて 早川明心 連合王国より声のある限り 早川明心
故大塚最高師範 50周年史の発刊に際して 田中宏 私の欧州30年の回想 坂神国昭
同窓会会長 出席者の方々
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昭和63年卒業

同期生

                     近藤弘道                   主将

                     宮川裕史                   副将

                     高見昌周                   副将兼体育会                名古屋校

                     肥田信康                   OB連絡係

                     早川昌孝                   学連

                     井上英明                   道場取締

部活動

東海学生大会  (春季)                優勝

東海学生大会  (秋季)                3位

思い出

近藤弘道

 大学の武道系は厳しいと言う認識は、誰しもがもっていたと思うのだが、入学時、その認識を間違ったものと錯覚させた先輩方の優しい姿に騙され入部した。入部して新入生歓迎コンパの僅らくの期間は、昼食代は諸先輩が交替で我々の面倒を見て頂き、『1年生は先輩の金で飯を食う』と誤った認識を持った位でしたが、新入生歓迎コンパ後はそれまでの日々が『ウソ』のような地獄の毎日であったことを懐かしく思い出します。

 特に合宿では連日のシゴキ(練習)で手・足は無論顔まで怪我だらけであるのに、また殴られると判っていながら練習に参加しなければならないと言う感覚は、言葉では表現できないものがありました。余りの厳しさに隣人への気配りもおろそかになりがちとなり、その為か、同級生同志の喧嘩も                              多々あり、その原因と言えば、『誰が雑用をやるのか』とか『誰が電気を消すのか』等々で、今思えばあんな些細なことで言い争っていた自分達が情けなく恥ずかしく思う次第です。

 しかしこれらの経験が、同級生の絆を強め今社会に出ても人に負けない、そして他の人々を思いやる気持ちを持って望めるのは確かである。っこまではどの世代でも同じことと思われているが、私たちが4年生のときは、1・2年生が各一人づつしかおらず、廃部もささやかれたことも事実であり、このままOBだけでは、部が消滅してしまう可能性もあり、部員の確保に非常に苦労した思いがある。

 このような境遇を乗り切ったのも先輩方々の教えであると感謝しております。また、数少ない部員で東海大会に望み優勝できたのは、私たちの人生で大きな自信となったことは間違いなく、空手道部に感謝している。

愛知大学 空手道部     万歳!