Erasmus
                   エラスムス
                 (1469−1536)

迷信的な教えについて:「そういうことを説いたことばが聖書の中にある
ならひとつ見せていただきたい」(「対話集」より)
エラスムスは聖書に基づかない人間の伝承を非とし、その不合理性を
鋭く批判しました。例えば免罪符の不合理性について、偽善、淫乱、
泥酔、乱闘、殺人、詐欺、不実、裏切りが彼らの「山のような略奪品から
わずかなお金を供物にしさえすれば」完全に償いおおせるとはおかしい
ではないか、といいます。(「痴愚神礼賛」40)また人々が聖人に熱心に
祈願しているのは利己的なことばかりではありませんか。(41)
マリアの無原罪懐胎についてエラスムスは「使徒たちはイエスの母を知って
いました」が、「アダムの穢れからマリアが免れていることを証明した使徒が
1人でもいたか」と問い掛けています。(53)

神学者批判:エラスムスは腐敗した教会の神学者たちを槍玉にあげ痛烈に
風刺します。彼らは皆から「我らが師という称号でうやうやしくお辞儀される
ごとに神の隣りに座っているようなつもりに」なっています。(53)
修道士たちはといえば靴紐の結び目の数や帯の色、頭巾の形、睡眠の時間
など細々とした規則に縛られており、それを破ることが重い罪であるかの
ような生活をしていますが、彼らは「自分たちの暮らし方で人目を引こうと
熱中して」います。しかしお金や女にさわることは少しもこわがらない
修道士もいるのです。説教坊主たちの”雄弁さ”が皮肉られます。
「聖三位一体の玄義」をいかにも並外れた知識によって”証明”するものも
います。彼らは「福音書を説明することこそ本来唯一の仕事であるべきなのに」
神学上の問題に熱中し「なにもわからない民衆に向かってスコラ哲学式の
たわごとをわめきちらして」いるのです。(54)
次に批判は雪白の法衣を着た枢機卿に向けられます。「貧しい使徒たちの
役割を受け継ぐ人間として、地上の財宝などご入り用でしょうか?」(58)
教皇の「あれほどの財宝、栄誉、支配力、勝利の記念、課税、免罪符、
馬、騾馬、あれほどたくさんの快楽」についてはどうですか?
ペテロは「私たちはいっさいを捨ててあなたに従いました」と言っているのに
教皇はそのような財産でまさに一王国をつくりあげているのです。(59)

「自由意志論」:エラスムスは旧教側の腐敗を鋭く批判したものの、プロテスタント
の側と組することはなく、彼らとも幾つかの点で対立していましたが、
その1つが自由意志に関する問題でした。この書物を通しエラスムスは
人間には自由意志があることを示すたくさんの聖句を示し、また自由意志がない
ように思える聖句についての説明が試みられています。この面でエラスムスは
ルターと考えを異にしていました。人間は自分の将来を決定していくことのできる
崇高な存在であることをヒューマニストであるエラスムスは示したのです。

「平和の訴え」:戦争ばかり行っているキリスト教徒に対し平和を訴えたもの。
自然は多くの論拠をもって平和と協調を教えています。(9)たとえば
星空や体内の器官の協力関係がそうです。(4)それなのになぜ人間は
争いあっているのでしょうか。特にキリスト教は平和の祈りを唱えながら
戦争に明け暮れています。(12)
エラスムスは聖書自体は平和を説いていることを数々の聖句で示して
いきます。イザヤは暴虐の太守ではなく平和の君主を告げたのではなかった
でしょうか。(Isa9)(16)。イエスが残したのは馬や護衛兵だったでしょうか?
平安を残し、彼らが1つとなることを願われたのではないでしょうか。(Jn14)(21)
「キリストはどんなしるしでその弟子たちを識別できるようにされたのでしょうか。」
それは「お互いに愛しあうこと」ではありませんか。(Jn13:35)(22)
剣を構えて主を守ろうとしたペテロは「剣をもとの鞘に収めるように命令」され
ました。(Mt26:53)(26)聖職者自身が戦争に従事しているのは驚くべきことです。
(40)人間の戦争以上に神のみ名を辱めるものがあるでしょうか。(44)
エラスムスは平和がどのようにもたらされるかに話を進めます。
それは条約のようなものによっては成し遂げられません。(49)
聖職者は一様に戦争反対の声を挙げ、平和を説き、人々の心に刻みこむ
べきです。(55)戦争によってもたらされる事柄に目を向けるならその無意味さ
がわかるはずです。(62-67)このようにしてエラスムスはクリスチャンすべてが
戦争に一致して反対すべき(74)理由を提出しています。

参考文献:「世界の名著」17、エラスムス、渡辺一夫、二宮敬訳、中央公論社
       「平和の訴え」、箕輪三郎訳、岩波文庫
       「エラスムス」斎藤美洲著、清水書房