東京都立大学の現況 地方自治体の大学への介入[1]

 

          

保阪靖人(東京都立大学)

yasu.hosaka@nifty.com

0. はじめに

 

 「大学改革」という言葉をもうこの10年以上聞かない日はない。法人化によってさらに拍車がかかっている。国立大学における「教養部解体」からも10年以上たち、文学系の縮小は誰の目から見ても明らかであり、教員側もそれに抵抗してないし、市民からのサポートを得られてないのが現状である。

文部科学省の支配下になく、地方交付税も受けていない東京都が運営する都立の大学は、「教養部解体」の声からも無縁で、数年前までのんびりとしていたと言える。実際に都議会・都庁には改革の声があったのに、それに配慮してこなかったのである。このような状況においていきなり出てきたのが、都立の大学の解体、特に文学科の全廃であった。このことが都庁側からどのように進められてきたのか、そして大学・教員側がどのように対処してきたのかをここに書くのは、歴史の一つの記録として、またあるいは他大学へもこの手法が適用されることを考えれば、資料として価値があると思い、ここに記すことにする。なお、用語解説・年表は末尾に付けるので、参照されたい。

 

 

1. 前史
 19994月に石原都知事が誕生し、200012月に「東京構想2000」が発表された。すでに1999年に「大学を私学に売却」、「スタンフォードのような大学に」という発言をした都知事は「東京構想2000」の発表し、高校教育の改革と並んで、大学[2]の改革に言及している。「新東京人」の育成や、多摩地区の技術系・芸術系の大学の推進、産学公の連携推進などが中心であり、実学志向ははじめからあったものの、どのような大学にするかの理念はそれほど明確なものではなかった。大学統合で、人員[=定数]を削減することが既定の方針であり、それと改革が結びついていることは自明であった。職員については22年間(200111月時点)に141名の削減をおこなってきて、ほぼ半減にしてきたことからも明かであろう。
 この時点では、大学側と都側の間で協議機関が設けられ、都側の主導であることは否めないものの、大学側は意見を反映させてきた。この間に都側は東京都立大学の格付けを下げ、二級事業所にし、人事などに口出せる体制にして、その管理を教育庁に預け、それから東京都大学管理本部[3]200171日に設置するという形で、制度的に外堀を埋めていく。これらの動きは全く知らされない形で巧妙に行われていて、ただでさえ動きの鈍い教員は全く対処できていない。200111月の『東京都大学改革大綱』(東京都大学管理本部発表)が一方的に出され、民主的とは言えない形であったが、これに沿った形で話し合いを積み上げて行く。ここで明瞭になのは都立の四つの大学の統合であり、それによって2割の教員の削減になる。20034月に石原都知事が再選される。都側との協議は20037月末まで行われた。

 200381日に石原都知事は記者会見で「新大学の構想」を発表する。この構想は全く教員(都立大学総長を含む)には知らされていないものであった。人文学部の教員の定数は139名か110名になるはずだったのが、この構想で、139名から、64名(助手の処遇は不明)と半減になることになる。また、学部は次のように形を変えることになる。[4]

 

(1)

哲学・西洋古典学

国際文化コースへ

ドイツ文学

消滅

歴史・考古学

国際文化コースへ

フランス文学

消滅

教育学

都市心理学コースへ

言語科学

消滅

心理学

都市心理学コースへ

文化関係学

国際文化コースへ

社会人類学

都市社会学コースへ

日本語教育・日本学

消滅

日本文学

消滅

社会学

都市社会学コースへ

中国文学

消滅

社会福祉学

都市社会学コースへ

英文学

消滅

 

 

 

 

この新構想は、学部構成・キャンパス配置から全く異なるものであり、管理本部単独で練り上げてきたものとは考えられない。都立の四大学の教員の一部がこの構想に絡んでいたことは内容から見て十分に考えられる。

 ここで都側は、「設置者権限」を振りかざし、「任期制・年俸制」を押しつけてくる。またこの81日以降の「教学準備委員会」では、都立大学総長を排除し、議事録を作らず、また大学側の参加者には、「個人」として参加し、その内容については漏らさない念書を書かせるなど、情報管制を敷くことになる。200312月には、それまで大学改革の中心となっていた人を含む法学部の四教員が都側のやり方に対する抗議を込めて辞職し、法科大学院の入試が延期される事態にまでなった。その中で、2004210日に、新大学(「首都大学東京」)へ行く意思があるのかどうかの踏み絵を踏ませるべく、大学の設置申請には不要の「意思確認書[5]」の提出を教員に求めた。提出期限が216日であったが、半数の提出しかなかった。教授会、教員懇談会などで議論を続けた結果、「教員の96パーセント新大学へ移行 都立大めぐる混乱収拾へ」(329日共同通信配信)となる。外から見れば大学管理本部が勝ったかに見えるが、混乱はこの後も続く。

 

2. なぜ都立の大学の改革が必要なのか

 ここでは、都立大学、特に人文学部に関して改革が必要な理由はほとんどない、ということを述べたい。

 都立大学の人文学部は、大学評価・学位授与機構による分野別教育評価を2003年度に受けている。その結果も大学評価・学位授与機構のサイトに記載されている[6]。簡単に言えば、少人数教育がうまく機能しているのが人文学部の特徴であり、今回の改革はこれを逆手にとって、少人数教育を行わない方向、つまり大学の特色をつぶす方向に進められている。

 また少子化が叫ばれているが、2次試験の倍率は2004年度で9倍であり、決して少なくない。

 初修外国語(ドイツ語、フランス語、中国語など)は、選択必修の形を取っているが、ドイツ語履修者は決して減っていないのは、次の(2)の表からも分かる。[7]


(2)
     初修外国語選択状況一覧(数字は学生数)

                           2000年 ド 542 フ 283 中 262 合計 1087

2001年 ド 558 フ 288 中 268 合計 1114

2002年 ド 469 フ 305 中 284 合計 1058

2003年 ド 475 フ  250  277 合計 1002

2004年 ド 363 フ 169 中 250 合計 782

 

ドイツ語教員は全て独文学専攻に所属していて、初修外国語を担当している。つまり教養教育と専門教育を融合させているのである。初修外国語の負担のために確かに教員数は多いが、このことは所属する教員も十分意識しており、退職した教員のポストを供出して、日本語、韓国語、ロシア語の教員を採用してきた。

 

4. 外からの圧力
 
それでは都側の教員数削減の圧力だけでなく、そのほかにどのような圧力が大学にかかっていたのであろうか、それについてここで述べたい。

 一つには、規制緩和の流れである。「規制を緩和して多様な「教育サービス」を提供できるようにし、親や子が自由に選ぶ。それが経産官僚らの描く市場主義の教育改革像だ。 」(朝日新聞2004/04/04)という記事からも分かるように、規制緩和は善、という流れがあり、官僚間での確執がある。経済系の官僚が攻勢をかけ、文部科学省の官僚が抵抗勢力となっているという図式が見て取れる。

 二つには、サッチャー、レーガン、中曽根の「個人の自由と責任に基づく競争と市場原理を重視する」考えであり、新自由主義と称される考え方である。

 三つには、NPM(ニュー・パブリック・マネージメント)である。NPM とは、1980年代半ば以後イギリスなどを中心に形成された考え方である。行政サービスへの競争原理の導入、施策の企画・立案部分と執行部分の分離、業績評価などがメインになる。施策の企画・立案部分と執行部分の分離、というのは、大学の経営・企画と教育の分離にそのまま対応する。サッチャー主義とも言われるが、たとえば公立学校に経営の権限を持たせたり、生徒が学校を選ぶことのできる学校選択制を導入するなどもその流れであり、大学改革もこの流れに組み込まれていると言える。このNPMは、地方自治体においては、重要な手法と位置づけられ、急速な広まりを見せている。

 四つには、大学の「学校化」がある。大学には指導要領は存在しないが、社会に就職できるある程度の学生(問題意識を持とうが持つまいが)を育てるためのマニュアル化、システム化が必要だ、という外の声である。東京都立大学の人文学部の学生は、大学院の進学が約2割であり、かなり研究意欲が高いが、就職率はそれほど高くない。就職する意思のある学生はほぼ100%就職するが、その100%が学生全体の数割だったりする。このことは個人的には決して悪いこととは思えないが、大学評価において「学生の進路」や、「雇用主の卒業生に対する評価」などの項目があることから言えば、アウトプットの問題を考えざるを得ないことなる。

 五つには、基礎研究はお金がかかるので、大学にやらせろ、という形での産学協同の流れである。秋葉原ITセンターなどの構想がこれになるが、今回の新大学の開学でも建物を建てている。必ず箱物が結びつくのがこれらの構想の特色であり、産業界との結びつきが教育に優先することがよく分かる。

  六つには、石原都知事の心の東京革命行動プラン に見られるように、自らの人間観を押しつける姿勢である。市場原理のもとで主体的に生活設計できる「合理的人間」が、「新東京人」であり、そのような人間を育てるために、「東京未来塾[8]」に入れたり、単位バンク(後述)のような構想が生まれた。構想をするのは勝手であるが、地方の自治体は、首長の構想を実現するために職員が奔走する形を取る。このことは今回も見られる。もし職員の力が足りなければ、他に委託(たとえば大学の全体の構想を河合塾に委託したように)の形を取ることになる。都の職員で高等教育の専門家はいないので、今回の改革もまったく首尾一貫性のない形になるのは明らかである。このことは、開学から数年たてばいびつな形で現れるであろう[9]

 

 

 

5. 実際の攻撃

 

  前節で圧力についていくつかのポイントを上げたが、実際にどのような攻撃が行われたかを本節で述べることにしたい。

 一番大きな攻撃は、「都民の税金を使っている」という決まり文句である。「国公私立200近い大学・短大が存在する東京にあって、都立の四大学について、その存在意義を明確にする必要がある」、「ミニ東大はいらない」などなど。東大から見たら規模も学生数も、キャンパスもかなわない東京都立大学が「ミニ東大」とも言えるぐらいのレベルを維持していることへの誇りがないのも悲しいが、新構想の「都市教養学部」という名称はさらに輪をかけて悲しい構想であった。石原都知事が掲げる「都市」と、西澤学長予定者が掲げる「教養」を足しただけのこの名称が表す学問分野の説明と、存在意義の説明は、結局はなされていない。河合塾へそのことを丸投げしたが、それらしい提案も上がってきていない。地方自治体では、知事が「王様」であり、議会が知事と仲良しであれば、知事の構想はどんなものであれ実現されてしまう、というパターンの典型である。しかしながら、他方、都立の大学も東京に数多くある大学の中に埋没してしまい、存在意義を最後まで都民に伝え切れなかったということは大きな反省点である。

二番目の攻撃としては、 ポピュリズム的政治手法がある。石原都知事は、「三国人」発言や、「ババァは有害」などの発言など、大衆の非合理的な情念に訴える手法を取っている。それに対する反対声明を出せば出すほどマスコミは取り上げ、政治効果が上がるという手法である。たとえば、石原都知事は何度も都議会などで「ほとんど希望者のない専攻科がある。独文は2人。仏文は0人。」とオウムのように繰り返し発言している。20046月時点で、学部生30名、大学院生23名をかかえる独文学専攻にあり得ない数字を繰り返し出すことで既成事実化している。実際に石原発言を記憶している人は多いのである。

二番目の攻撃と関連して三番目に挙げられるのは、 メディアを有効に使っていることである。包括外部監査を都立の大学に関して行い、「赤字が多い」などと宣伝する。補助金なしで赤字のない大学は存在しない。これも当たり前のことをメディアで喧伝しているのである。また1節で述べた意思確認書などに関する報道も「大本営発表」的になり、東京都大学管理本部が大学を屈服させているかのように読める形の記事が多い。

四番目として秘密主義が挙げられる。新大学構想をいきなり発表したり、間違った発言(独文の学生数のこと)などは決して訂正しない。数字を挙げても、どこからの数字であるかの出典が明らかでない、など、いい加減なデータであっても、それがいきなり発表され、何度も繰り返されることで、定着が進む。

最後に、五番目として、反撃するこちら側の体制について反省を含めて言及したい。今回の大学改革は、四つの大学の統合というのをうまく利用している。大学がそれぞれ独自の文化・雰囲気を持つ。短大は廃止し、残りの三つの大学は統合、という形からまず短大の教員は廃止なのだから居場所を確保しなければならない、という問題が生じる。また理工系の教員は巨大な実験設備、実験に参加する学生などをかかえている場合に、簡単に研究室を変わったり、枠組みを変えられない、という事情がある。もし今回の改革で文学系がつぶされても、「自分のところがこのままならば」という考えで改革に賛成することは十分あり得るのであり、この教員の意思統一を分断という形でうまく利用していると言える。

 

6. 教員・学生の戦い

 

 では実際にどのように戦っていったかについて、この節で述べることにする。すでに述べたように、大学の教員はかなり「腰が重い」。そのため、なかなかすぐに動くことが出来ないでいた。また前節で述べたように、教員の利害が一致しないため、統一的な行動が難しかったという背景もある。その中でさまざまな声明が出された[10]。日本独文学会理事会からも20031215日に「都立四大学の統廃合を巡って」という声明がでた。これらの声明についての都側の反応は全て無視であった。20031016日に、「開かれた大学改革を求める会」(以下「求める会」)が人文学部教員を中心に結成され、都議会にいくつかの請願・陳情を行った。その際、都議会各会派への要請(国会議員への要請も含む)を行い、文教委員会などでの審議の様子のチェックを行った。そのうち、3万筆の署名付きの陳情も行った。これらの請願・陳情は穏当なものであったが、そのほとんどが都議会文教委員会で不採択になっていて、都議会と都庁の厚い壁を思い知ることになった。その中で、「これまでに培われてきた都立四大学の教育研究上の蓄積は、都民の共有財産であるので、都は、これらを生かした大学作りをしてください。」という誠に穏当な請願は、「求める会」の運動もあり、いまだに否決されずに保留のまま残されているが、どのように日の目を見ることになるかは分かっていない。

 今回の改革では、任期制・年俸制という身分・労働条件が重要な役割を果たす。その点で組合がかなり重要な役割を果たしている。実際に都立大学・短期大学教職員組合は5割を越えるという国立大学には見られない組織率であり、その点でそれなりの対応が可能となっている。

 また、都立四大学で連帯し、開かれた協議を大学管理本部に求める動きとなり、2004121日に「四大学教員の声明 都立新大学設立のための開かれた協議体制の速やかな確立を求める」(都立四大学の過半数を超える賛同署名付き)が出されている。

学生・院生も独自の運動を行い、大学管理本部に質問状や抗議文を持参するが、前述のように全て無視されている。学生が相談しても、要領を得ない答えしか返ってこない状態であった。[11]

都民を巻き込むという形では、2003111日に、「都立の大学の改革を考える都民の会」が結成され、日比谷公会堂での集会などを開いた。

 

7.反省点

 

最大の反省点は、「都立大学がどうなろうと関係ない」と思っている都民があまりに多かった、ということである。これは都側もそうであり、今まで都立大学に一番関心を示したと言えるのは、石原都知事が初めてではないかと思われる。それくらいに無関心であったから、大学側も都民に存在意義を宣伝することを全くしてこなかった。また、「設置者権限」も全く考えても来ていなかったし、1992年に「将来計画委員会」が発足しているのにもかかわらず、具体的な提案を全くしてこなかった。その間に、都庁・議会からは都立大を問題視する声があっても、それに耳を傾けてこなかったという落ち度は十分に反省されるべきであろう。また大学行政の専門家は東京都にはいないので、有り得ないこと、とても普通とは思えないことをやってのけることが可能になってしまっている。自治体では議会よりも圧倒的に首長が強いので、チェック機能が働いていない、ということも大きな問題である。

また学部の思惑がバラバラであり、かつ学部内だけでもまとまれなかったというのが大きな敗因である。たとえば、経済学部では、経済COEグループが切り捨てられたが、これも学部でまとまれなかったというのが大きい。また、この大学改革ではいろいろな意味で最後まで反対していたのは人文学部であるが、大学全体で人文学部だけ反対するのでは運動にならなかった。

 

8. これからなすべきこと

 

法人化して、教学と経営面が分離されてしまうが、その際に、 人事権を教授会に取り戻すことを何とか実現しなければならない。不透明な大学人事をすることは避ける必要がある。また都立大学のことを始め、各大学で起こっていることはほとんど一般の人の知るところとなっていない。世論と連動するような主張をしなければならない。また、運動を行うために、細かな差違を捨てて、運動体としてまとまらなければならない。また活動は休みが許されなず、スピードが第一であるが、これはかなりつらい作業である。

先に「世論との連動」と書いたが、広告戦略が必要である。東京都は知事の言いなりであるから、「単位バンク」というアイデアを出せば、それを実現するべく動き出す。「単位バンク」というのは、ドイツの大学のように、さまざまな大学で単位を取る形に一見似ている。しかしながら、この場合には下の図のように、他大学の授業も「一定の基準をクリアするかどうか科目登録委員会(仮称)でチェックする」ということになっている。あらゆる大学の科目をチェックする、というのはそもそも考えられないが、新大学の理事長予定者がいみじくも言っているように、「たとえば仏文学を学ぶとすれば、東京大学の仏文科や慶應義塾大学の仏文科で単位を取得してきなさいということになります」というが、それで仏文学の単位を取得した学生が、新大学に来る意味があるのであろうか。なぜそこまでしてこの大学の卒業証書が必要なのだろうか。学士入学ではダメなのか、科目を認定してもらうのではなぜダメなのか、という当たり前の問題に行き着く。また、ある大学の歴史学を終了した卒業生が首都大学に入って、そのまま学士(史学)の卒業が出きる(多分卒業論文だけは別に書く)ことになる。現在存在する単位互換制度で十分なのである。だいたい他大学の科目を「評価する」ということ自体が越権行為である。

 

 

 


9. 戦いすんで?

 

 この報告を書いたのが200466日で、それから就任承諾書[12]の提出があり、新大学は文科省の認可を受け、20054月の開学に向け、準備が進んでいるように見える。独文学専攻でも、二人が新大学への就任拒否、一人は定年退職、三人は定年前に退職、一人は転出と、かなりの人数減となり、現在在籍する学生への影響は深刻である。そしてこのような変革によって影響を受けるのは、学生であることは言うまでもないことだと思う。現大学との協議なしで設置申請を受けた首都大学東京の新入生に関するさまざまなことはまだ「未定」になっているものが多い。これは無理矢理進めたからで、知事が替わったら、本当にこの統合大学が存続するのかは大きな疑問である。高等教育のスペシャリストが必要だとどれだけ言っても都はそれを用意しないであろう。実際に大学をつぶすのはこれほど簡単だという最初の例になるかも知れない。それでもまだ条件闘争は局地的に(ゲリラ的に?)行われている。大学管理本部がこの夏に消滅し、首都大学東京の中でさまざまなことを決めるようになった場合にどのようになるのかを是非注目して頂きたい。そのときのこともまた機会があれば報告したいと思う。

 

 

 

資料

鬼界彰夫(2004)「大学の理念,機能,運営」科学 vol.74, No.4, p.432-443.

林哲介 (2004) 「大学評価・学位授与機構による大学評価を検討する」 科学 vol.74, No.4, p.491-493.

東京都立大学科学専攻院生会,生物科学専攻院生会,人文科学研究科院生会(2004)「都立大生から見た都立大「改革」」科学 vol.74, No.4, p.472-475.

東京都立大学・短期大学教職員組合/新首都圏ネットワーク(2004)「都立大学はどうなる」 花伝社.

都立科学技術大学有志(2004)「「単位バンク制」は大学教育を破壊するおそれがある」version 7, 200455日版(http://tmu.pocus.jp/tbank7.html より)

村上義雄(2004)「東京都の「教育改革」―― 石原都政でいま,何が起こっているか (岩波ブックレット)

山下正廣(2004)「石原都政のファッショ的手法による都立4大学の「廃止」をめぐる危機」科学 vol.74, No.4, p.467-471.

 

 

関連サイト

東京都立大学独文学専攻 http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/dokubun/

東京都立大学独文学専攻 亡命サイト 

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/2076/

都立大学の危機 --- やさしいFAQ http://tmu.pocus.jp/

開かれた大学改革を求める会 http://www.geocities.jp/hirakareta_daigakukaikaku/

東京都立大学・短期大学教職員組合 http://www5.ocn.ne.jp/~union-mu/

 

 

 

雑誌資料(http://www.bcomp.metro-u.ac.jp/dokubun/shimbun.html による)

 

2003106 週間東洋経済(20031011 増大号)独法化で前哨戦の国立 都立は統合構想見直し P.53-57

20031014 週間朝日(20031024日号)慎太郎流トップダウンに教員激怒:東京都立大リストラ騒動 P.142-143.

20031027日発売 サンデー毎日(2003119日号)"石原流大学改革"の虚実:都立4大学統廃合, 秘められた狙いは大リストラか!? P.142-144.

200310 インパクション(138)本橋哲也(インタビュー・田浪亜央江)"石原都政下で進行する大学の危機 P.8-19.

2003118日発売 世界(200312月号)都立大「改革」--- 苦悩する教員,学生,インタビュー 茂木俊彦総長に聞く自由闊達な話し合いこそが大前提 P.120-125.107日総長声明付き(P.126-128.)

200311月発売 前衛(200312月号)都立四大学の統廃合をめぐる異常な事態とのたたかい 日本共産党中央委員会理論政治誌P.185-190.

200311月発売 サイゾー(200312月号)石原都知事がブチあげた矛盾だらけの新大学構想のお粗末さ P.36.

20031128日発売 週間金曜日(486)(暴走する石原「日の丸」教育)都立大「改革」推し進める人脈 P.14-15.

20031226 週間朝日(2004129 新春合併号)法学部教授ら4人が抗議の辞職: 都立大「法科大学院」設立構想に黄信号 P.190-191.

200417  村上 義雄著:東京都の「教育改革」―― 石原都政でいま,何が起こっているか ―― (岩波ブックレット )

200423日発売 サンデー毎日(215日号)(石原慎太郎研究[5])石原流「教育改革」の実像反響続々 都幹部の忠誠・保身で都立大"大混乱" 佐野眞一・斎藤貴男が斬る"都知事の欺瞞"P.137-142.

200428日発売 Yomiuri Weekly(222日号)都立新大学に異論止まず 05開校大丈夫? P.80-81.

20043 ユリイカ20043月号 カタけりゃいいってもんじゃない アルス・アマトリア論文術 pp.160-180. 「特集*論文作法 お役に立ちます!」の中の一編

20043月号『法学セミナー』P.52-58.米津孝司氏「大学の自治△東京都立大学「改革」の問題点」

20043月号『法律時報』P.74-79.人見剛氏「東京都による大学「改革」の法的問題点」小特集「大学の自治、学問の自由をめぐる今日的論点」の中の一つ

20044月号 岩波『科学』大学改革の特集号。325日発売

20044月号『現代思想』 特集   教育の危機 長谷川宏氏「『運動初心者』たちのたたかい:『今どきの学生 たち』とともに」P.122-132.

2004416日号『週間金曜日』(504)村上義雄「石原『心の東京革命』の乱暴狼藉」P.23-25.東京都による強権的な教育「改革」の一貫として<都立大"改革" の狙いは自主性のない学生の量産>であると指摘しています。

2004520日『都立大学はどうなる』発行・花伝社/発売・共栄書房

20045月『地方自治職員研修』(6月号)平館英明「東京都交響楽団・東京都立大学改革: 今,東京の文化芸術・学術分野で何が起きているか」 P.39-41.

2004525日『財界』(68日号)特集「試練の大学改革 vol.2:首都大学東京はどんな大学にな るのか」p.73 播磨岳彦「学生へのサービスを重視、就職率の低さなどを克服 へ─教授陣に任期制や年俸制を導入 実学重視の大学を目指す」P.74-75. 西澤潤一「都市問題、国際紛争の解決に向けて、日本人 の原点である宮沢賢治,新渡戸稲造,後藤新平の思 想を東京から発信したい」p.76-79. 高橋宏「東京都からの補助金百五十億円が垂れ流しとなっ てはならない:首都大学東京の経営では五年後をメドに黒字体質を目指す」p.80-82.

200461日『前衛』(6月号,No. 778)乾 彰夫「大学の自治」「学問の自由」の岐路としての 都立大問題 P.168-177.

200468日発行予定:雑誌『世界』

              ・「都立新大学問題―何が起こっているのか 開かれた大学改革を求めて」川合康

              ・「[フランス発] 東京都知事への要望書」 アラン・ジュフロア起草 西川直子訳・解説

              ・「都立新大学構想の評価と経済学者たちの選択」 経済学グループ  浅野皙・神林龍・戸田裕之・村上直樹・脇田成

              ・「読者談話室」 東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程1年 吉田達也

 

 

 

 

 


[1] この報告は200366日に日本大学で開催された日本独文学会春季研究発表会でのシンポジウム「ドイツ語・第二外国語教育の危機とドイツ語教師の姿勢」での発表に基づいている。「現状」もその時点のものであるとご了解願いたい。またこの発表に関しては、同僚の岡本順治さん、初見基さんにお世話になった。またシンポジウムの参加者(発表者を含めて)の方々にもコメントなどをいただいた。ここに感謝いたします。

[2]都立の4大学:東京都立大学[都立大](八王子市)、東京都立科学技術大学[科技大](日野市)、東京都立短期大学[短大](昭島市・中央区晴海)、東京都立保健科学大学[保科大](荒川区)

[3]東京都立大学管理本部[管理本部]:都庁の行政組織。局に相当する。都立大学も局であったが、それ以外の大学は別の局に管理されていた。都立大学は二級事業所に格下げされ大学管理本部という局の下に入った。教員の補充などは局に置いて行われるので、都立大学以外の大学に置いては、都庁との何らかの関係が必要であったことは想像に難くないが、都立大学が局であった場合にはそのような問題が無かった。20035月〜6月頃、管理本部長が更迭され、産業労働局、港湾局系の職員が中枢を占める。

[4] 現時点(200531日)では、これとは違う形で開学する予定になっている。

[5]意思確認書:通称「イカク(意確)書」。管理本部が新大学の設置認可の本申請を控えて、大学設置・学校法人審議会大学設置分科会運営委員会に手続きを簡略化するためと偽って教員に送付。文科省に提出する「就任承諾書」とは全く別の法的根拠のないもの。特に「文部科学省からは、設置認可の申請にあたっては、専任教員予定者から早期に確実な意思確認をとり、法科大学院のような事態を二度と招くようなことのないよう対応されたいとの強い意見がありました」という箇所は文科省からも「そのようなことは言っていない」と抗議されている。半数の教員が期限までに出したが、さまざまな政治的な綱引きがあり、結局96%の教員が「出したことになっている」。

[6] (http://www.niad.ac.jp/sub_hyouka/hyoukahoukoku/200403/contents.htm#kyouiku-jinbun

[7] なお、2004年から、夜間課程(B類)が廃止されたので、学生の数が減っている。

[8]東京未来塾:平成17年度に開校する首都大学東京と高等学校との連携により、日本の将来を担い得る改革型リーダーとしての資質を持つ人材を育成するために平成16年度に開塾した。特別講義、ゼミナール、課題解決学習などを行う。首都大学東京が実施する東京未来塾特別推薦制度による選考を受験することができる、というのがそのポイントであり、「必ず入学できる」とはどこにも書かれていないし、首都大学東京も入学を保障していない。受講する学生にとってはかなり問題がある制度である。いつまで続くか注目したい。

[9] たとえば、健康福祉学科の学生は、1年生の時だけしか、現東京都立大学のキャンパス(南大沢)にいない。とすると、1年生で落としてしまった単位、あるいは取れなかった科目は2年目にどこで取るのか。健康福祉学科の2年次からのキャンパスは、荒川区にあり、電車で1時間半以上かかる。このようなことは全く考えられてきていない。多分数年したら、現在の構想は破綻するであろう。これも首長が変わったら、ということと連動するのであろうか。

[10] http://tmu.pocus.jp/seimei.html を参照されたい。

[11] これは現在(2005.2.20)も同様であり、いまだに決まっていないことがある。教育は学生を育てるが、それは、箱物を作ったり、工場で物を生産するのとは違うプロセスであることが都側にとっては自明でないようだ。

[12]就任承諾書:文科省への設置申請のための書類。教員が新大学でどの科目を担当するのかを承諾した書類。印を押す。ただし、これにハンコを押しても、新法人に身分・労働条件に同意したことにはならない。これについては別の書類が用意される。