要望書



東京都知事 石原慎太郎 殿
文部科学大臣 河村 建夫 殿



2004年1月29日

日本フランス語フランス文学会
会長 菅野昭正




都立四大学の統廃合問題および東京都立大学人文学部の改編について



 かねて2000年初頭から東京都立四大学の統合改編に関する計画案の策定が進められてきたなか、2003年8月1日に至って、それまで東京都と四大学の間で協議されてきた内容と関わりのない、「都立の新しい大学の構想」が発表されました。私ども日本フランス語フランス文学会としてこの事態を慎重に見まもってきましたが、現在も事態が改善されるきざしはなく、いっそう憂慮すべき状況に立ちいたっていると判断されます。

 問題は申すまでもなく大学全体の改編に関わる理念と方向でありますが、私どもの学会にとってとりわけ見過ごすことができないのは、現行の東京都立大学人文学部文学科の各専攻(国文学、中国文学、英文学、独文学、仏文学)を廃止する案が示されている事実であります。

 私どもの学会は、フランス語学・フランス文学を専攻する研究者の任意参加を原則とする組織体であり、したがって個々の大学の経営、改革、再編等々の問題にたいし、直接に関与すべき立場にはありません。しかしながら、東京都立大学人文学部の再編に関わる上記の案件は、個別の一大学の枠を超えた、はるかに広く重大な側面をふくんでいると考えます。それというのも、問題は文学研究・語学研究のみならず、わが国の人文科学研究全般に関わるからでありますし、ひいてはわが国の文化の現在、未来にさまざまな負の影響を及ぼす恐れがあると思量されるからに他なりません。

 また、現在、東京都立大学に所属するフランス語・フランス文学研究者は、大部分が私どもの学会の有力な会員として、活発に活動してきた学問上の同僚であります。

 如上の見地から、私どもの学会に課せられた社会的な役割に鑑み、学会の総意を可能な
限り反映した要望書をここに提出することにいたします。

 申すまでもないことながら、人文科学と総称される学問の存立が認められるのは、人類社会の培ってきた多様な文化の特性、価値、ひいては欠陥等々を、過去、現在、未来にわたって厳密に探求することを責務としているからであります。人間の思考・感覚等々の精神的・身体的活動の複雑豊富な様態を検証し、かつそれを表現する方法の特性を考察する語学文学研究が ― この場合、言語、哲学、思想をふくむ広義なものと理解して頂きたいと思います ― その重要な一環をなすことは、これまた申すまでもありません。そして、このような責務を負う人文科学の諸領域が着実に成果をあげているか、あるいは停滞状態にあるか、その状況はそのまま時代の文化の豊かさあるいは貧しさに結びつくことも自明であると言わねばなりません。

 「科学技術立国」がモットーとして唱えられ、科学技術がいちじるしく専門的に細分化される現代の趨勢のなかで、一方、精神生活、感情生活の調和と充実がともすれば阻害される現状を憂えて、たとえば「こころの時代」という指針を掲げ、調和と充実を恢復する道を開拓する必要を説く真剣な声も、かなり久しい以前からしばしば耳にしてきました。それは現代社会、現代文化の危機にたいして発せられた警鐘であり、そして文学が人間の「こころ」を見つめ、「こころ」を豊かに開発する役割を担ってきたという事実を、あらためて深く想起すべき時代であることがそこには示唆されています。

 そのような状況を思いあわせるとき、広義の文学研究をふくむ、人文科学の研究・教育は、現在、その重要さを本来的にいっそう増しているはずであると考えられます。そうであるとすれば、文学・語学に関わる研究・教育の場を排除する計画案が、この本来的な深い文化的、学問的な要請を充足する方向といちじるしく掛けはなれているのは明らかです。そのことに関連して、ある経済学者が、「日本の学術改革が人文科学や芸術を脇役扱いしてきた」ことが、現代的なソフトウェア産業(金融、情報、通信)向きの「人材養成を妨げてきた」と指摘していることが思いだされます。この観察は一見私たちの観点と異なるように見えるかもしれませんが、根本的には一致しています。というのも、文学・語学を重要な一環とする人文科学によって体得される真の意味での教養が、わが国の直面しつつあるポスト工業化社会にとっても不可欠なものであることがそこに明瞭に示されているからであります。

 東京都立大学人文学部の文学・語学系の各専攻は、創立いらいそれぞれの分野において、多大なる業績を積みあげてきました。仏文学専攻もわが国のフランス語学・フランス文学の研究および教育の充実にかけがえのない寄与を果たしてきたばかりでなく、国際的に高く評価される業績を生みだしてきたことも、特筆しなければなりません。さらに教育の面においても、文学専攻の学生にたいする専門教育の枠内では多くの人材を育成してきました。文学専攻以外の学生についても、前記のような真の意味での教養を培うための文学教育の実績を収めてきました。その上また、仏文学専攻に所属する教員が全学的にフランス語教育を担当し、しかるべき成果をあげてきたことも忘れてはなりません。とくに付けくわえるならば、高度の研究・教育能力を有するスタッフによる語学教育でありますから、単なる日常的コミュニケーションの手段としての外国語に終始するのでなく、本当の教養を土壌とする外国語運用能力の習得を目標とする教育が、実践されてきたものと推量されます。多面化し複雑化する国際社会に生きるほかない現代の日本において、このような人文科学、社会科学についての知見、さらにひろく文化全般に関する教養と識見に支えられた語学教育が切実に求められていると考えます。そうした語学教育によって得られた成果は、やがて国際的交流・交渉の現場において、相互理解を深める不可欠の条件となるはずです。われわれ日本人は外国との交流・交渉の能力に乏しい憾みがあることは、しばしば指摘されるところですが、その点からしても、以上に述べてきたような語学教育の重要さは、あらためて正当に認識されねばなりません。ひるがえって考えるに、都立大学におけるフランス語教育は、その方向に沿う努力を重ねてきたことに思いあたります。

 一方、私ども日本フランス語フランス文学会として深く憂慮しているのは、前記の如く研究・教育の両面において、顕著な業績を累積してきたにもかかわらず、文学科に所属する教員諸氏の研究環境、教育環境が崩壊の危機に追られていることです。また、大学構成員としての地位に変更が生じるのではないか、これも危惧されるところでもあります。さらにまた、現在、各専攻に在籍する学部学生、大学院生の将来について、今回の計画案ではなんら保証がなされていませんが、この問題に関しても私どもとして重大な関心を払わざるを得ません。このようにいくつかの問題点を指摘したからといって、それはしかし現状維持を要求するという意味ではありません。そうではなく、改編される新しい大学において、研究・教育の新たな展開を期待するのであれば、文学科各専攻が蓄積してきた歴史と伝統がまず尊重されなければならないし、真に実りある改革は、その蓄積の持続と新たな発展からしか生まれないはずであると確信するからです。

 現在、大学制度を根本的に見直し、必要な改革を早急に実行すべき時代を迎えていることは私どももかねてから十分に理解しています。「科学技術立国」という現下のさしせまった要請にもとづいて、現代にふさわしい改革を実行することは、もちろん歓迎すべきでありましょう。しかしながら、大学という研究・教育制度の本来的なありかたに照らして、改革は長期的かつ綜合的な視野に立って構想されなければならないこと、これまた繰りかえすまでもありません。また、ここで、あの終戦時いらい、国民の大多数が合意してきた「文化国家」の建設という目標のことも、ぜひ想起する必要がありましょう。「科学技術立国」と「文化国家」はいわば車の両輪であって、その二つの大目標に均衡よく支えられた改革の方途を探ることこそ、現在、大学に課せられた最も重要な使命であると考えられます。そのような見地からして、また既に述べた通り、文学・語学の研究・教育の占めるべき場を排除する改編は(それは前記の通りひいては人文科学諸領域に関わる問題でもあります)、将来に大きな禍根を残すのではないか、という不安は拭いされません。そこから、単に大学問題のみならず、日本の文化全般の危機を醸成する要因が発生する恐れがあることも、既に述べた通りであります。

 以上の通り、日本フランス語フランス文学会は、現在進められつつある都立四大学の改編計画にたいして、真摯な疑念と憂慮を表明せざるを得ないと考えます。そしてかかる疑念と憂慮を払拭するため、当事者すべてに開かれた協議の場を設け、しかるべき論議の過程を踏んで、当事者すべてが納得して受容できる解決を速やかに図られることを、衷心から要望する次第であります。