文学研究、文学教育の場を守るために、東京都立大学の「改革」に反対する

日本文学協会声明(「日本文学」12月号)

(実際は縦書きになっております)



 現在、東京都はいっさいの議論と情報公開を否定した非民主的な手法により、東京都立大学の「改革」を実施しようとしています。二〇〇三年八月に、現都立大学の廃止と非公開の場で作られた「新」大学案が突然提起され、その経緯や詳細は当事者である大学関係者、学生はもちろん、東京都民に対してもまったく知らされていません。しかもそのような不透明で唐突な「新」大学を二〇〇五年四月に開校するとしています。
 このような状態で提起されている「新」大学案では、現在ある人文学部・法学部・経済学部・理学部・工学部が「都市教養学部」という学問的教育的理念不明の一学部に集められ、人文学部の教育内容が大幅に削られています。とりわけ人文学部において専攻として設置されている国文学をはじめ、中国文学、英文学、独文学、仏文学、そしてそこに併置されてきた各語学の研究・教育の場が、「新」大学にはまったく存在しないのです。
 「文学」がわが国の文化や教養の基盤を形成してきたものであることは言うまでもありません。国際化・情報化が進む今日においても、他国の文学・言語、そして何よりも日本文学・日本語の研究・教育の重要性は一段と増しています。そうした状況の中で、研究と教育の場である大学から、文学・語学の分野を抹消するということは、わが国の将来のために決して看過できない問題です。この領域で多くの実績をあげ、研究の拠点となってきた東京都立大学の文学専攻が失われるということは、経済効果でははかることができない致命的な損失となります。また、現在学部や大学院で学んでいる学生(留学生も多く含まれる)の権利という観点からも、突然の、一方的な廃止は許されることではありません。
 大学の存在意義、文化・教養の意味を少しでも真剣に吟味すれば、このような「新」大学構想の持つ欠陥は明らかです。しかしこれは一大学における教育の崩壊にとどまらず、経済効率を優先させた国公立大学の独立行政法人化などの指し示す方向を象徴的に示していると思われます。もしも、このような文学・語学の研究と教育とを排除した大学「改革」が東京都において一方的に強行されれば、それはたちまち全国へ波及してゆくことも予想されます。そうなれば、わが国の文学・語学の研究・育、また大学における民主的な学問・教育への取り組みそのものが崩壊してゆくことになりかねません。
 以上の観点から、私たちは文学研究、文学教育の場を守るために、現在行われようとしている東京都立大学の「改革」に反対し、東京都がただちに「新」大学の構想を中止し、現都立大学との協議による大学改革という本来の手順に立ち戻るよう、強く求めます。


             二〇〇三年一一月             日本文学協会