多くの方のご参加、ありがとうございました。
東京都の教育「改革」で、いま起こっていること

−これでいいのか?都立の大学「改革」−

参加頂いた方のご感想。

最終更新日:2004年3月4日

 「都立の大学を考える都民の会」では、2004年2月28日(土)に日比谷公会堂にて都立の大学のあり方を中心に、東京都の教育「改革」について考えるシンポジウムを開催しました。

 都立の大学の関係者だけではなく、広く都民のみなさま、当日お手伝い頂いた方々を含め、1800人の方にご参加頂き、成功を納めることが出来ました。

 ご参加頂いた全ての方に心から感謝いたします。それとともに、励ましの、カンパ、宣伝のお手伝いなど、様々な形でご協力頂いた全ての方に、心から感謝いたします。

以下は、当日ご参加された方から寄せられた感想になります。

 都民の会ではみなさまから寄せられたご意見を大切にして、今後の都民の会は活動を続けていきたいと思います。また、ganbare_toritudai@yahoo.co.jpにもご感想と、都立の会に対するご意見をお待ちしております。


・「日比谷シンポジウム」感想

石原知事の新大学教育改革は、教育を何も考えない知的水準の低いファシストのやり方です。内容を知り怒りで一杯です。発言の方々の言葉をきいて、この大攻撃をうち破っていく力を見出した集会でした。これからは微力ながら、この実態を知らせていきたいと思っています。

品川区に住む親として、学童の廃止(全児童対策事業への吸収)にあらがっております。高橋品川区長もトップダウンのお好きな方で、都庁から若月氏をヘッドハンティング(?)してきて教育長にすえ、「プラン21」を推進しています。それで学校はよくなったか。冗談じゃございません。「全児童対策なんかやっている場合じゃないだろう、教育委員会」という趣旨の意見が親の実感としてあがってきています。感想になっていませんね。当事者の声を大切にする自治体を求めるという点では同じです。どっちも(学童のことも都立大のことも)私なりにやっていきたいです。池上さんの行動提起いいかも!です。品川区在住の卒業生に呼びかけてみたいです。

非常に誠意の見える集会であったと思います。そして有意義でした。関係者のみなさま、大変ありがとうございました。外へ発信することの重要性を痛感するとともに、みなさまの熱意におされました。

「学問の自由」は「大学の自治」が保障されてこそ成り立つものです。戦後の現憲法に認められた当然の権利が、自治体の首長によって公然と簒奪されようとしています。戦後民主主義の制度の根幹が破壊されようとしています。都立大学がつぶされようとしていることに強い憤りを感じます。何のための改革か、学長に西澤をトップダウンで決めたやりかた一つ見ても明らかです。大学の教員・学生・職員の方の団結が大切です。私たちOBもできるだけ応援・協力します。メディアをまきこんで、こちらの真意を広報していく必要があります。事務局の方、ごくろうさまです。最後までがんばりましょう。司会(五十嵐氏)、面白いけれどちょっとしゃべりすぎです。

都立大の良さを改めて思いました。※昼夜開講制は、のどから手が出るほど、うらやましく、東横線の都立大駅近くに引っ越そうとして、はたせなかった若い日を思い出す。 ※在職中、聴講生として、山住先生の講義を聴くため、東横線で夜間通ったことを思い出した。※定年退職と同時に、都民カレッジに入学(?)し、受講した。丸の内の都庁舎だけでなく、南大沢のキャンパスに昼間通えたときは、本当に嬉しく、ほこらしかった。パソコン(マック)に初めて触れた時の感動は忘れられない。すばらしい大学でした。「石原」は、ひどすぎます。

事は深刻です。今、国から市町村レベルまで、様々な形で行われている改革こそ同時多発テロです。我々は、火を消さなくてはいけません。力によるねじりあいでなく、あたりまえの議論ができ、それが社会に反映されるふつうの民主主義をとりもどさなくてはなりません。正直、リストラにもあい、絶望に近い自分の今の状態です。しかし、今日の集会で勇気も得ました。大きな歴史のうねりの中、自分が何をすべきかしだいに見えてきたところです。

二部司会面白かったですよ。土屋、田代、古賀都議はプチネオコンって呼んであげればいいのかな。

運動、主義を広げていくというのはとても重要な事だと思います。もう一つ、「手段」を広めていけたら、より賛同者の活動が広がるのではないかと思います。抽象的ですみません。

非常に多くの参加者があって、心強く思えた。参加すること自体に意味があると同時に、聞くことに非常に価値のある内容の発言が多い集会だった。視野を広くして、都立大問題を捉えなくてはならないと思う。学生の運動では実現できないような規模と内容をもった集会で、さすがと思いました。運営スタッフのみなさんお疲れさまでした。

今日は、とても良い集会でした。必ず参加するつもりでしたが、期待以上のものでした。石原知事の強引な手法に対し、あきらめムードになっていたのですが、それではいけない、できることから声を上げ、行動をおこしていきたいです。それが都立大学の精神でもありました。

会場いっぱいの参加者、さらに参加者層が、若い方から年輩の方まで、女性男性の差なく幅広いこと、集会の内容もすばらしく(米田さんよかったー)、大成功ですね。よかった!!都響の演奏はすばらしく、おひとりおひとりの発言はどれも共感できるものです。この力を、この場限りにせず、ネットワークを広げて、それぞれの斗いを支援できるといいですね。そして、石原知事には、あと3年などといわず、すぐにでも辞めてもらい、都民の立場にたった教育・医療・福祉を充実させる知事を実現させたいです。

五十嵐さんが面白かったです。どんな時でもユーモアと反骨精神を忘れない都立大が好きです。学校(高校)と病院が、統廃合で数が減ってしまうのは都民として非常に困ります。少しずつ、自分なりにこういう活動に参加できたらいいなと思いました。

都立大の学生です。他の団体からの話も聞き、いま、東京都で何が起きているかがよくわかりました。七生養護学校で起きたことには、憤りをおぼえました。正しい性教育を行おうとしていた先生方の誠意をふみにじる、ひどい行為です。許せません。

横浜市大の改革内容と酷似していて非常に勉強になりました。このようなシンポジウムの開催の情報などをメールで送っていただけるとありがたいです。

よい意味で予想外の内容だった。パワーあふれたすばらしい内容だった。都立大で起こっている「改革」のプロセスが教員や院生の議論を全くうけつけない内容であることを聞き、自分の大学でおこっている「改革」のプロセスと同じであることを痛感した。身近な所から自分の声で問題点を伝え、運動を作っていきたいと思う。そういう意味で、多角的で内容の深いとてもよい集会だった。私と同じ世代の学生・院生の参加が多かったのもうれしかった。

私は大学という場で教育にたずさわる者でありながら、お恥ずかしいことにこれまで自分の仕事・研究に追われ忙しいことを理由に、都立大や都立高校という教育の場で起こっていることにあまりに無知だったと思います。今日の会で、教育関係のみならず、都響、都の医療、図書館など、全ての場で起こっている問題が、すべてつながっていることがはっきり見えました。これから自分の言葉でなるべく多くの知人に訴え、語り続けたいと思います。

都立図書館では、予算によるしめつけ、区市町村への一方的な協力廃止、職員には何も知らせず、現場の実情を無視した運営のおしつけが進んでいます。都響も都立大も、教育現場も、構造はみな同じと知りました。おさえつけられた心から進歩は生まれません。子どもたちに恥じないよう大人として、がんばっていきたいです。

都立大問題で、頑張ってたたかうことが、一つの大学の問題ではなく、大きな歴史の流れの中で自分たちの生きた証を刻むことになるということを実感した。個人的には、小森陽一さんのお話には、感動をおぼえました。

国立大学の法人化に疑問をもっていましたが、それよりもはるかに進んだ改悪に、こんなことがあっていいのかという思いです。あって当然だと思っていた思想の自由が、なしくずしになっていくのは許せないと思います。運動を応援します。

報告をおききするにつれ、暴挙に怒りがわきました。豊かな学生時代を送れた大学をずっと、存続させたいです。民主主義が全く無視されており、どうにかしたい思いです。微力ながら、この声をまわりに伝え、大きな力にしていき、都の動きを止めていきたいです。

何事も合理性・経済性が優先され、それによって豊かな人生・生活が手にはいるはずはないことが明確になってきました。利便性・効率性…今まであまりにもかたよった考え方が、現在の世界・社会を形作り、これからを決定していこうとしていることに、強い憤りと危機感を感じるとともに、なんとかしたい、そのために何をすればいいのか、と思い参加しました。

私は障害児学級で働く現職の教員です。この間、国立大学の独立法人化に対してとても危機感をもってきました、まだまだ世論的には、理解を広げられずにおりましたが、「大学改革」は、日本の子どもたちの教育・学びの権利を、出にから急速に変質させるものだからです。又、今、障害児教育でも「専門性」が強く問われていますが、これにしても本当に子どもに応える専門性を追求する立場に立つなら、乱暴で機械的な「大学改革」と同じ次元では、絶対「専門性」は育めないと思います。いかなる大学教育・研究を担保するのか抜きに、教師の専門性は語れません。逆に言えば、大学といえば「受験」のレベルでしか国民的に見えにくいかと思いますが、こうした大学攻撃と、私たちの知る権利、学ぶ権利、そして生きる権利への侵害が同じ根っこをもつことを痛感した集いでした。民主主義は、絵や字ではなく、こうしたひとりひとりの行動で作りだすものであり、元気が出る会でした。石原都政をこれ以上許すわけにはいきませんね!!

石原都政が何を目指そうとしているのか。防災訓練に自衛隊を加え、女性・障がい者への差別発言を行う。そして今度は、教育介入に足を踏み入れ、最後に軍国化への大きな一歩をこの東京から進み出そうとしている。自治と自由、民主主義、そして平和はだまっていては守れない。良識ある都民の声を大きく広げて、都政を私たちの手に取り戻そうではありませんか。今日の集会の成功が、都民の未来に輝かしい展望を開かせてくれたことに感謝するものである。

一部、二部構成で東京都の教育をめぐる問題が浮き彫りにされ、学ぶことの多い集会で、来て良かったです。一部の米田さんの話は小気味よくて、胸がすっきりしました。様々な困難の根源に、ファッショ的強権をふるっている石原都知事がのさばっていることがあるわけですが、私たち障害児教育の現場でも、この数年の間に、学校も教育も、誰も想像し得なかったものに変質させられようとしています。これだけ各方面、多岐に渡って攻撃があるわけですから、思いは一つ、みんなの力を合わせて、今日の参加者よりもっと多くの都民に呼びかけていきたいものですね。ちょっと残念だったのは、今、米のイラクへの戦争に加担させられ、平和をおびやかそうとしている政府の動き、戦争の21C 戦略の中での教育の位置づけ、地方自治の危機についてなど、主催者からの基調報告などが欲しかったですね。資料は各々から出されましたが、会の経緯や基調・プログラムなどあると、ありがたかったです。

普段なかなか会えない人、久しぶりの人に会うことができました。皆、都知事の勝手で50年続いた大学をつぶすことにいかっているんだなぁと感じました。通りがけの人も、都知事のわがままで有名な大学をつぶすなんて許せない、がんばってねと言って励ましてくれました。

学問の大切さ、文化の大切さが、それぞれの訴えから伝わってきました。自分なりに真剣に考えてみたいと思っています。同時に、不当な抑圧に対して抵抗するという、人として当たり前の事ができない理由についても考えようと、今日の集会で思いました。全く知らない問題も多く分かり、新たに怒りを覚えました。また同時に、このような行政の不正という問題に抵抗・反対する人が多くいることも確認できて、良かったと思います。

今回の都立の大学の破壊は、学生や都民の教育環境の破壊に直結するものであるが、決してそれだけにとどまるものではないと思っています。その狙いは、教育基本法の改悪にみられるものと同じものであり、人間性の破壊ではないでしょうか。権力の言いなりになる従順な人間をつくる皇民化教育の復活をめざしているものと危惧します。戦争できる国への日本、憲法改悪に、軍隊保持の明確化にはじまり軍国主義化への道につながるこのファッショを許してはいけないと思っています。

「10年後の夢を!」「敵」は、石原を再選させた300万人の都民の「民意」である。「民意」を変えるためには、少なくとも10年はかかる。10年後に「民意」を変え、新しい大学を創建すればいい。<わたし>は、そういう10年後の夢を見ている。10年後の夢、志のない闘争は、潤いのないギスギスしたものになる。むなしい闘いである。その、むなしい闘いをこそ、闘うのだという気持ちも分からないではない。けれども、そのような闘争を<わたし>は評価し得ない。さらに、日本の「学び」の再生のためには、全ての国公立大学を廃止すべきだと<わたし>は考えている。そのためには、小泉を支える「民意」を変えるべきである。勝てない闘いは意味がない。10年後の夢を!※啓蒙に陥らずに、少数者が飛躍することだ。それは、少数者のみが利益を得ることではない。※「民主主義」という言葉は党派用語なので使わない方がいい。「デモクラシー」はまだ実現されていないのである。※「外国人労働者」という言葉を使ったパネラーがいた。「国」には根拠がない。「異文化労働者」とでも私なら使う。※「自由」などないと気づいたとき解き放たれる。※インドネシアのジョグジャカルタに親友がいる。彼は10才で小学校を中退した。その後、30年間、ずっと車引きをしている。インドネシアのような社会にいるからこそ、そういう境遇にいるが、北側にいれば必ず教員になれる知性を持っている。私たちは、彼のような存在がいることを忘れてはいけないのではないか。

第二部、東京都の文化・教育・保健の分野で起きている様々なことがわかり、非常に危機を感じました。特に七生養護学校の件には、とても現代の自由な先進国のこととは思えず、涙が出てきました。現在の日本が向かっている方向の問題の本質が、見えてきたような気がします。このような集会の開催の実現に感謝します。頑張ってください。

アイネクライネナハトムジークで始まったオープニングで、文化的雰囲気がただよってきました。3時間があっという間でした。都立大学へのトップダウンの攻撃が、医療、教育など全ての分野に渡っていることがよくわかりました。五十嵐仁さんの司会は適任ですね。最後の三氏のコメントは圧巻でした。いろいろな場で、今日、学んだことを伝えていきたいと思います。

学年末考査を控え、問題をつくらなければならないのですが、参加しました。なぜなら、これは民主主義への攻撃と思われるからです。私が父に「お父さんは、なぜ、あの戦争に反対しなかったの?」と聞いたときの父(82才)の顔が思い出され、私自身が子や孫にその問いをつきつけられたとき、どう答えることができるのか…。手をこまねいていたわけではない、やれることはやった、反対の叫び声をあげたと言いたいと思いました。

それぞれの関係者の力をもっと結集しなければと感じました。

私は現都立大学の学生です。都立大がこのようにひどい有り様になっているにもかかわらず、メディアではほとんど報道されず、「私たちは「牛丼」以下か」と嘆いていました。それだけに今回の集会に2000人もの人が集まったということが本当に嬉しかったです。私たち学生もまだまだがんばらなくてはいけないと思いを新たにしました。

都立大OBであると同時に、現在大学関係の仕事をしている立場から、石原都政のやり口は許せず、と参加しました。今日、様々な発言者のお話をきき、この問題は単に大学の問題に収まらず、生活、文化、そして民主主義、平和にまで連なる問題であるとの認識を強くしました。「都民は石原の手法を許さなかった」という結果をかち取ることを目指して、できることから始めていきたいと思います。集会に出て「あ、都立大ってこんな大学だったな」と思い出しました。

現在の都立の大学改革のやり方はおかしいと考えますし、他の「改革」で起こっていることに対する問題意識にも共感します。でも「反対」「石原都知事はやめろ」というかけ声だけが、声高にきこえる今日のような状況には違和感を持ちます。石原都知事は都民によって支持されて、都政を行う権限を与えられている以上、「反対」「やめろ」という声は少数派なのだと考えなければならないはずです。少数派がするべきことは、「反対」などと勇ましい言葉で息巻くことでなく、自らに対しても、多数派の人に対しても「考える」ことを促すことだと考えます。茂木総長は都に対して「反対」を表明したのではなく、「協議」を求めたのです。これまでの都立大学のあり方に対する反省を含めて「考える」ことをもとめるのが、解決への合理的な方法だと考えます。

今日の集会で20数年前、授業料が36000円と格安だったから都立大に入れたのを思い出しました。授業料値下げの話がありましたが、全く賛成です。英では20数万円の国立大の授業料の値上げが大問題になっているというのに、日本は何という状況でしょうか。本来の大学としての役割を果たせる都立大の存続を望みます。

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