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都民に向けた大学『改革』説明会」報告

最終更新日:2004年1月3日

  • 総長説明
  • これまでの経過・8月1日まで
  • これまでの経過・8月1日以降
  • 都立大からの提案について
  • 質疑応答
  • 感想
  •  12月21日に開かれた都立の大学を考える都民の会主催による「都民の向けた大学『改革』説明会」は、都立大学の総長、教養部長、学生部長に出席いただき、無事終了いたしました。
     以下、総長による説明に対する質疑応答の模様です。


    ・質疑応答

    <都立大一期生、現理学研究科客員教員>

     この「改革」のためには、17年度というと文部科学省に申請が必要。新設だと各構成員の資格審査がはいるので、とても時間的に間に合わない。この「改革」の場合、組織替えという方法だと聞いているが、その場合、私立大学も含めて、理事長ではなく学長や総長といった教育を担当する責任者から文部科学省へ申請が行われるのが、普通の手順。今のこの案については、構成員の合意があるか、それに向けてどれくらい緻密な準備がなされたのかといったことが、どのように文部科学省に出されて、また、それが認可の際、どれぐらい判断の材料になっているのかということが不明確。

    <総長>

     17年に新大学を設置するためには、16年(来年)4月末日までに設置認可申請をし、7月末に認可がおり、学生募集その他に入っていくスケジュールとなっている。普通なら、4月30日までに、「事前伺い」(文部科学省との調整)があるが、今のところ正式な「事前伺い」はしていない模様。現在の大学改革の進め方は、既存の大学の施設・設備という条件、および教員といった人的なもの(職員については、職員が法人に出た場合、出向となるのか、都の職員となるのかよくわからないが)を活かして新大学を設置するもので、常識的には改組転換。改組転換の場合には教員の資格審査などは、普通は行わない。
     が、東京都は、現4大学を完全に廃止して、新大学を作るんだというように言っている。これは、普通考えられないことだが、そう考えているようだ。この辺が文部科学省との関係でどうなるのかという問題がある。つけ加えれば、都は17年度に新大学を作るといっているが、同時に現大学を平成22年度まで存続させると、10月の末になって、打ち出している。だから、現都立大は、公立大学法人○○大学が設置する東京都立大、あるいは科学技術大学になる。これが、同時並行で22年度まである。これが、22年問題となっている。学生部長は、なにかありますか。

    <学生部長>

     この問題には、「法人化」と「大学が変わる」という2つの問題がある。大学が変わるという問題については、総長が申し上げたとおり。これを「廃止」、「新設」、「移行」という言葉をつかうと難しくなるので、「教員審査のある設置申請」か、「審査のない設置申請」かというように分類すると、東京都が考えているのは、「教員審査を行わない設置申請」ということになる。なので、教員の世界では改組転換というものと限りなく近い。ですから、見かけ上はとても変わっているように見えるが、現在の形と8月1日に発表されたものを見せていって、実際には何も変わっていないよと(東京都は)言っていくことになると思う。

     もうひとつ、法人化関係では、10月31日に発表された姿が複雑である。通常、国立大学法人では、あらかじめ統合を先にして、その後4月1日から法人化するというやり方だが、そこでは基本的には、ひとつの法人が、二つの大学を法律上もてない。ところが、地方独立行政法人法の中では、一つの法人が複数の大学を持ってもいいということになっている。7月までの段階、あるいはそれを越えても、東京都は一大学・一法人と考えていたようだが、10月31日の報告では、17年発足当時では、ひとつの公立大学法人が、都の4大学、新大学と5つの大学を持つという方式をとっている。ただし、新大学以外には、教員定数を必要としないということで、極めてテクニカルな問題がはいってくる。したがって、新大学には専任を張り付けて、他の大学には学生のためには卒業するまで22年まで東京都立大というのが続くが、そこに専任で張り付く教員は、いないと思われる。重要なのは、現在いる教員が審査を受けずに新しい大学に採用される、そういうやり方だということ。

    <都立大一期生、現理学研究科客員教員>

     重要なことは、今までの大学の実績が対象になっているはずである。そういうものを引きずっている申請なのだろうか。

    <学生部長>

     まったくそのとおりで、教員審査を受けなくても新大学がひらけるかどうかは、現在ある大学が、きちっとした教員審査なり、中身の議論をしていたかが問題で、それが前提である。そこには二つ問題がある。一つ目は、実際、設置申請の書類に添付すべき資料として、たとえば学部教授会や評議会などで次の大学への移行に向けて、どういう議論をしたかという書類が必要になっている。ところが、ある学部が改組には反対したという書類があっても設置申請は、リジェクトされるかどうかということについては、明記されていない。二番目は、改組転換の場合、教員は、都立大学や科学技術大学等の学部や大学で、きちっと教育・研究をしているとされた大学で、審査されている必要があるが、すでに平成17年4月1日採用の公募がスタートしている。それ以外にも、これは管理本部のHPに記載されていることだが、その審査手順の中に、学部教授会は一切入っていない。すると、論理的に今回公募している教員の審査は、学部教授会を経ないで平成17年度開校の教員メンバーとして入るという、おかしなことが起こる可能性がある。全体の数としては少ないため、テクニカルな問題として設置基準以上の区分として乗せないということがおこるかもしれない。原理的には、改組転換であれば、どこかの大学の教授会などの議論を経ないと無理だろうと、私は信じている。

    <都立B類卒業生、独法任期付職員>

     B類が廃止ということで非常に残念。B類があってよかったことは、授業料が安いため、経済的な理由や、大学を入りなおすなど、様々なケースの人が大学へ入ってきた。やはり、授業料免除、奨学金など、いろんな事情を持った学生が入学できる制度を考えて欲しい。次に、任期制が新しい大学に導入されるということだが、都から提示されている制度は魅力がない。自分が新しい都立大に入っていただけませんかということがあっても、謹んで遠慮させていただくという。全体の流れのなかで、任期制が導入されるというのは否定しない。たとえば、プロジェクト単位や定まった研究課題があって、任期制が導入されていく場合はある。そういう場合は、積極的に扱っていく必要もあるが、大学、とくに助手の場合、授業はしなくても学生のニーズや研究環境、実験室の状況にあわせながら研究や実習の手伝いを行う。そういった形のものに、任期制は、なじまないと思う。任期制には絶対反対というわけではなく、どういうところになじむのか、どういうところではそうでないのかという部分を検討してもらいたい。その中で、卒業後研究をやっている者が、卒業後、また帰ってきたいという思う大学にしてほしい。

    <都立B類卒業生、都立高校勤務>

     一連の改革において、そのコンセプトがはっきりしないという印象を持っている。もう一つ、今、高校3年の担任という立場で、進路の方の問題を言いたい。まず、大学としての意見が都の方にいえないというのが大きな問題。それから、大学管理本部とは、いったいどういう組織なのか、これがどういった形で大学を支配しているのか、こうした点が不安。いろいろと協議を重ねてきたものを、最終的に管理本部が一方的にやりだしてきている。東京都のやり方としては、金曜の午後にプレス発表、土日は都庁休み、週明けクールダウンというやり方。まず、大学管理本部はどういう目的でやっているのか、それについて総長の方ではどのようにお考えかということが、一つ。

     もう一つは、大学のあり方について進路指導の立場から見ると、今、私立大学を中心に学部・学科改変がされているが、高校の教員から見て新しい所が、正直言うとよくわからない。パンフレットをみても、一般的なことしか書いてない。こういうところに生徒を送るのは、非常に不安。成績優秀な子については、伝統的で健全なところへ、新しく改変されるところは、倍率は低いだろうからランク的には低い生徒を送る傾向が私たちにはある。それを考えると、今のままでは都立大のレベルダウンは避けられないと思う。やはり基本的な部分は、大学としておさえて頂きたい。例えば、第一外国語、会話だけなら民間へいけばいいと思うが、カルチャーとしての外国語であるならきちっとした先生がいて研究・教育されるべきだと思う。どうも、大学の枠組みが大学管理本部によって壊されているように思う。

     お願いとしては、やはり伝統があって、実績があるわけだから、できるだけわかりやすい形で既存のものを残して欲しい。また、今後も統廃合の後、別の学校に移って、担任を持つことになるかと思いうが、今、都立大や科学技術大へは自信をもって生徒を送り込めない状況。大げさに言うと、この「改革」は、都立四大学を消滅に導くものになる危険を感じる。

    <総長>

     私が代弁すると「ちがう」といわれてしまうので、なかなか難しい。もともと、都立大学は、東京都の局の一つであったが、ある時期、いわゆる二級事業所へ格下げになり、都立の大学を管轄する局として、大学管理本部というものが設置された。大学管理本部が打ち題している「大学改革」の方向は、実学重視や産学連携の重視で、そういう方向での「改革」を進めようというもの。いわゆる基礎科学とか人文科学などについては無駄が多い、都民の生活にも、都政にも役に立たないということで、そちらの方は削りながら、全体として東京都の産業、あるいは都民の生活に密着したところでの貢献ができるような大学につくり変えていく方向。

     そうした中で、「大学大綱」の段階までは、大学と協議して改革のあり方を検討してきた。これが問題なようで、大学と協議すると、いわば基礎科学という部分が大きく残って、直接的に役立つような学問への移行が難しい。だから協議する体制を取り払って、トップダウンで行く、という風にして強行してきている。そう思う。

     ただ大学の意見を聞いてもらうというのはその通りだが、大学のメンバーが相当に努力をし、大学としての意見を委員に託して述べてもらい、具体的に言う余裕はないが、それなりに、再検討や、ここは考え直さなければならないという印象を管理本部に与えることも一部だができている。大学づくりについて専門的な知識や力量をもっているのは、なんといっても現場の大学の教職員や学生諸君だ。そこのところの意見については妥当なものが多く、取り入れざるを得ないものが多い。そういうことで、あきらめていない。

     やはり、大学のメンバーをもっとしっかり位置づけて、大学の教授会などでも検討してもらいたいということを打ち出せば、大学管理本部の方もずいぶん楽になるのではないかと私も思うが、そこをどうしてもトップダウンにしたいということだ。

    <科学技術大教員>

     (前の方の)質問の趣旨は、恐らくこれだけ管理本部がひどいやりかたをしているのに、どうして大学は、いつもずるずるずるずるとやられてしまうのだろうということ。私は科学技術大学の教員だが、「改革大綱」が出て、都立大との統合の関係で科学技術大学の中で、それをどう具体化するかということをずっとやってきた。しかし、そのプロセスと都立大の今回のやり方が、科学技術大とまったく同じだという感覚を持った。

     「改革大綱」以降の中で、科学技術大の存在がなくなるとされ、科学技術大学の中でも、それは多くの教員にとっても残念だという意見がでた。実は、2003年というのは、大きな計画を立てる予定だったが、それがだめになったため、科学技術大でも管理本部から言って来ることに対して、教授会で二回ほど反対の決議を正式にあげた。が、何回出しても、結局なしのつぶてで相手にしてもらえなかった。つまり、大きな枠組みの中で、なんとか具体的に学生の就学の権利をできるだけいい形にしていこうということになる。しかし結局、人事権、予算権を管理本部が握っているところが、どうしても突破できないところがあり、ある枠の中で学生の権利をどうするのか、カリキュラムの編成をどうするのかというところに、どうしてもなってしまう。そんな感想を持っている。

    <私立高校教員、進路指導担当>

     今回の「改革」については高校生も私どもも関心を持っている。今年も、すでに推薦入学の子が決まっているが、私もその生徒の指導などをしながらどうなるのだろうと考える。先日、理学部研究科長から「教育はがんばります」というお手紙がきて、そういうものが来ること自体がとても珍しいことだが、本人にもそれを見せて、どうぞよろしくお願いしますということになった。それで、確かに河合塾の事などが出て、心配している。私の高校も河合塾の試験を使っていて、その関係で、都立大のほうはどうなんですかときいてみたが、「わかりにくいですね」ということで、予備校の方自体がよくわからないようだ。もう少しわかりやすくしたほうが、いいかと思う。

     ただ、新大学を考える上で、やはり大切なのは、この地域で公立大とは、国公立の枠にある大学だということ。その大学郡の中で、都立大がどういう大学になっていくのかが大事だと思う。理科系の大学は、この地域に国公立はあるが、文型の大学は、少ない。その中で都立大はどうなっていくのか。例えば、競合するところは、東京外語大、一ツ橋というところかもしれない。そういうところは、大学院教育を重視した改革で動いている。学部と大学院を一体化するという動きをかなり打ち出している。そうしたポイントを作っていかないと、そうした中での、評価が、出にくくなると思うので、大学院のことは、是非重視して考えていただきたい。あと一番問題なのは、教養教育のところだと思うが、やはり外国語の問題は当然重視すべきだと思う。それからJABEEの問題。これも当然、どこの大学も重視しているところ。とくに私立大学は、こういったところを非常に気にしてやっているので、こうしたところを国公立大が落とすと、評価はとても難しくなる。そうした具体的なポイントではがんばって、都立大の評価という点で、新しい大学につなげていってほしい。

    <横浜市立大を考える市民の会、メンバー>

     先ほど、高校の先生の方から、学部改変にともなう受験生離れの問題が出ていたが、横浜市立大の例では、11月30日におこなわれた推薦入試で、国際文化学部および商学部は、およそ3割推薦入試受験者が減り、理学部では1割落ちた。

     お伺いしたいことは、いわゆる地方独立法人化された場合、理事長と、学長は分離する方向だと思う。私たちとしては、理事長、学長分離についてかなり危険だと思っていて、おそらく行政によるコントロールが強まると考えているが、ここについては、総長としてはどうお考えか。

    <総長>

     横浜市立大も「改革」の方向で、今いくつかある学部を一つにすると伺っている。任期制その他ということや、理事長、学長の分離型ということ。

     都立大も実は、今度の16年度入試を心配している。また同時に、理事長・学長の分離問題については、経過を言うと、大学側は、理事長と学長を兼務とすべきであるということについて一貫している。これは、教学と経営という問題を無理をすれば分離できる部分もあるが、かなりの部分が、経営的教学事項・教学的経営事項といえるような重なりを持っている。そういうことから、両方をしっかりと見通せる、全体をリードできる体制が、重要であるという考え方を持っている。が、現在は、すでに理事長も学長も分離して、理事長の予定者も発表された段階。ただ、そういう段階では、理事会、あるいは経営に対して、教員の組織、あるいはその代表がどれだけものが言えるシステムを作るかということだろうと考えている。しかし、今のところ管理本部の考え方では、教員が意見を述べることについて、非常に参加度が低い、ほとんど参加できない仕組みを作ろうとしている。理事長・学長が分離されるということは、ありうる話だとは思うが、同時にそれが、理事会側の独断がとおるシステムだということについては、問題だと個人的には考えている。さらに、いわゆる任期制の導入・年俸制の導入の公募が始まっていると学生部長から、話があった。これは、当面の平成17年度の人員を埋めるために、部分的に行われることだとされているが、これで選考していくと、今後もこういう形の採用ということになりかねない。教授会が、教員人事を行うという学校教育法の大学の条項にかかわるようなことが、人事委員会というところで行われる、そこに教員がまったく参加しないということではないが、教授会というものがそこにはないという仕組みになっている。そこで、管理運営部門が肥大化すると、人事・予算を全部掌握して、その下で教員は研究をする、業績が上がらないと任期が切れるなどの問題が表れる。その中で、教員は不安を持つという問題がある。

    <都立大・学生>

     現在のところ、学生の方は、人文系、それから理系の学生を含めて連絡会議というものをもってやっている。そこで、1月20日、21日あたりに広い教室を借りて、全学の学生・院生集会を開いて、多くの学生に、連絡会議に集まっている団体の動きと、意見表明を聞いてもらおうと思っている。その場には、A・B類自治会など、いろんな意見を持っている団体があって、特に統一見解をだすというわけではないが、もちろん総長等もお呼びしたいという意見が出ている。そこで、総長に伺いたいのは、学生にとしては、いったいどこら辺が先生方にとって問題で、または、ここは守らなければならない一線だという部分が全然見えてこないので、その辺をはっきりしてもらわないと、学生は、いったいどういう立場に立って、何を言わなければならないのかということが明確に出てこない。必ずしも、私たちは左翼学生ではないので、反対するために反対しているのではない。何かしらの基本的な核となるものがほしいのだが、例えば、12月に東京新聞に大学が新しい案を出たとされたが、それは中身も、何が出されたのかがよくわからない。その辺を明確にしてほしい。それから、総長のお話だと透明な、中身がよくわからない話だが、意外と中身はもっとどろどろしたものではないかとも思っている。端的に言うと、法学部の辞職された方々についてどう考えているか、伺いたい。

    <総長>

     学生が何を要求するということについては、学生自身が決めることだと思う。つまり、何を言ってはいけないということではない。ただ、いい大学にするために、まじめに検討したものは、どんどん提案していただきたい。とりわけ、学生の学習権を保障するという点については、最大限の努力をすると教員の方では考えている。その点で、こういう風にして学習権を守れというような意見があれば、それはどんどん提案を受けたい。それは、狭い意味での、授業、カリキュラム、入学時点での学則に照らした在学期間の問題だけでなく、課外活動も含めて新しい大学ではどうあるべきか、学生の方から提案がでると、我々も考えやすくなると思う。それから、法学部の教員の方々が、3月31日、今年度末をもって、辞職するという意思を表明し、これが新聞報道された。これについては、私が代弁することはできないが、基本的には、8月1日の転換に対して、抗議の意思、あるいは批判の意思をしめされたと考えている。健康問題、その他、個別の事情もあるかと思うが、共通しているのは、そこにあると受け止めている。学内の法学部有志教員による説明会が先日、開かれて、多数の方々が参加されたので、聞いた方もおられると思うが、これは、ひとつの行動、意見表明のあり方だと思うが、その他にもいろいろな形で意見表明のあり方はあると思う。

     なお、大学側が案を出したという東京新聞の記事ついては、全学説明会で資料を配って、教養については教養部長から、大学院問題については中林都市科学研究課長から説明があった。それが、新聞報道に該当するもの。だから、大学の案は、全体の構造を変えるということではなく、全体の構造の中で、いくつか重要な問題を選んで、ワーキンググループで検討し、そこでまとまったものを、公表しつつあるというもの。これは、大学はこうあるべきだという包括的な対案を作っているというものでは現在のところない。事態の推移によって、どうなるかわからない。

    <都立大名誉教授>

     39年間、ここでお世話になってきた者。2点ある。1つは、管理本部の方で提案された都市教養学部のネーミング。今回大学で提案されたものも、都市教養学部というものになる。これはどういう構想をもったものになるのか。都市という概念ひとつとってもいろんな意見がある。それから教養というものについても、さまざまな考え方がある。そういった中で、都市と教養をドッキングして、どういうイメージが出来上がるのか。都市・教養なのか、もし仮に都市を東京だと置き換えた場合、東京人のための教養なのか、東京のための教養なのか、東京による教養なのか、もう少しその辺のところは、つめられる必要があると思う。長い歴史をもつ人文学部というネーミングを変える新しいものであるならば、新しい理念、コンセプトをきちっと、相当時間をかけて考えるべきだと思う。

     2つ目、今日は話に昇らなかったが、管理本部の提案である全寮制の問題。全寮制で「東京塾」という名称をつくるとしている。これは、いろいろな問題を含むと思っている。全寮制については、旧制高校の最後の卒業生だから、肯定的な評価も持っていると同時に、否定的な評価も持っている。学生の思想を社会主義の思想から守るとか、長い歴史の中で、いろいろな評価がある。少し、学生にきくと今頃全寮制かと顔をしかめる学生もいた。もし強制されるならば、父兄の負担もすくなからず増えるし、全寮の学生を収容する充実した施設のための建設費もかかる。それを考えると、これはそう簡単じゃない。それから、都市教養学部をもしスタートさせるなら、現在の先生方を審査し考査するということがあると、新しいイメージ、理念にあわない研究をされている先生は、排除される危険がある。そういうことがありえないわけではないと思う。これは、大学の自治にかかわる問題だ。

    <都立大、元教員>

     私は都労連の執行委員をやっていたが、賃金闘争でストライキを構えて座り込みをやったので、地行法違反、先導あおり行為ということで、東京都から、懲戒処分をしろという内申があった。都立大の評議会は、その内容を議論するということではなく、それを今度やったらやるぞと前々年の組合の委員長に言っていて、それを実行した。そのために私は懲戒免職一日と、時間は短いが、処分された。これは都立大始まって以来の事だと思う。これは、評議委員会では十分に議論されたかどうかわからない。処分される前年、「大学大綱」が決まり、都立大に対して包括的外部監査報告として、都立大の全ての支出された経費について、入学金や授業料を引いたものそれ以外はすべて赤字だというキャンペーンが張られた。これに対し大学は、具体的に抗議してこなかった。その無茶苦茶な論理の監査報告に対して批判を言ってこなかった。今回、8月1日以降の不当な事に対して、総長は、声明を出した。これは重要なことだと思う。しかし、これまでの大学に対する攻撃について、明らかにしてこなかった。そういうことが、今回、8月1日以降に、暴力的攻撃を招いた。それをやれば、大学を押し通せるのではという見通しを、向こうも持っているのではと思う。先ほど、学生の方が言われていたように、ほんとに大学の中で守るべき一線とは何か、それを今の大学の教職員の方々がどれだけ自覚しているのか、まとまっているのか、それを都民の前に示す、はっきり出すべきではないかと思っている。これまで都立大学には、50年におよぶ歴史がある。これは、都民、大学の教員がつくってきた貴重な財産だった。これを、全国的に広めていくということが都立大学に課せられてきた課題だった。少人数教育も、昼夜開講制もそうだった。今では、文部科学省は、夜の学部も四年で卒業できるとか、都立大のやってきたことを否定しながら、逆に今ではとりいれるような形をとっているが、こうしたものが都立大学では実行され、維持されてきた。こうした貴重な財産を、今大学にいる人々が、本当に守るんだということが、必要だと思う。

     私自身は、今まで、学生を含めて40年間都立大にいたが、夢にも思わなかった事態だったが、処分されて、退職まで1年間いて、毎日が暗い日々だった。法学の先生方が、辞職を決意されたということについては、よくわかる。私は、今、外にいるが、やはり今までの都立大でつくられたものを守るべきだと思い発言している。

    <都立大、卒業生>

     新しい大学の形がどうあるべきかについては、残念ながら私には、評価できない。私見ですが、大げさに言えば、三回目の大きな変化がある。動力革命、産業化社会の次の情報化革命というべきか。大きな変化があって、情報化社会にむけて大学をつくるというのであれば、すごく発想の転換が必要だと思う。従来の発想とは違うものがほしいと思うが、それをやるためには、公開で、多くの人をあつめてやる必要がある。先ほどの学生さんの言葉をうければ、卒業生の立場から言えば、やはり、当事者の方々が総長を中心に核をつくって一致して動いていただきたい。それを、卒業生としてもどうにか応援したい。なにをどう応援すればよいか、といいたい。

     どこの一線かというと、やはり私は、10月7日の総長声明、あの線で、全部一致して、やるべき。管理本部とか言うが、ようは知事。あの300万票集めた知事に対するためには、こっちの方もやはり力を集めなくてはならない。できることは、署名なのかわからないが、一致して力を集中しないと、分散していたらだめだ。請願書などが握りつぶされないためにも、知事が正面で答えざるを得ない都議会などは利用すべきだし、都議員で質問している方もいる。左翼学生じゃないという話があったが、左翼学生だけがやっていてもしょうがないわけで、逆に言うと、共産党も賛成してくれるなら力を借りるべきだ。どこかそういった中核を作っていただきたい、応援したくても、どこをどう応援するかがわからない。線としては、10月7日、進め方がおかしいのを直しましょうと、そういうことだと思う。

    <都立大、2期卒業生>

     私が大学に入ったときも混乱期で、社会的にも安定していなかった。そういった中、民主的な大学をつくりたい、民主的な日本をつくりたいという気持ちで仲間たちと心を一つにして一生懸命、学生生活を送った、そういう気持ちがある。だから、都立大の存亡については、どなたにも負けないくらいの思い入れがある。今回、このようなことをお伺いして、何よりも教育という場面では、民主的にやらなければならないというのは、当たり前であって、実際に働いている人たち、現場にいる人たちの話を聞いていないというのは、どんな暴挙かということか、私は身にしみてわかっている。だから、総長が出された声明をみて、どんなにか憤懣、やるせないか、そうした気持ちがあるかと思い、なんとか励ますことはできないか、大げさだが声をかけたいなと、ずっと思っていた。私も、今まで、教員生活をずっとやっていて、東京都がやっていることは、あまりにもひどいということを経験してきた。今回の問題に対しても、同じ流れを通ってきたと思った。私は、あんまりにもくやしいものだから、どうしてやろうかとおもっていたが、1期と3期の女性に電話したとき、みんな悔しがっていた。でも、今日、総長のお話を聞いていて、光があるのではという気持ちになった。少しずつ、粘り強く、粘り強く、総長が、大学の先生方、それから委員の先生方に望みを託して、少しでもいいものにしていくために、院生や学生のために、奮闘しておられることを知り、もうだめじゃないかと思っていたが、ちょっとは光も感じた。だから、大いに意を強くして、これからも私たちできることをがんばってやりたいという気になった。先日も、教育基本法改正をゆるさない、そういう意見書を国にあげてほしいという署名運動をやったが、こういうものの、エネルギーの原点は全部、学生生活にあったと思う。皆さんもぜひ力をあわせてやりましょう。

    <都立大卒業生、元教員>

     都のやろうとしているのは、不法行為だと思う。一般の社会人に聞くと、どうして白紙委任状みたいのを出させられて、大学の先生方は、それを問題にしないのだと非常に不思議に思っていられた。これに対しては、敢然として一致して闘ってほしい。そして、闘っている姿というのを都民によく示してほしいと思う。学校教育法、あるいは労働法というように、これは明らかに不法行為なのだから。今日、総長の話を聞いていると、あからさまに東京都のやっていることに対抗することは戦術的には、プラスではないだろうと。それにある意味で、都のやり方に乗っかって、「改革」の実質的中身を取ろうということだと思われるのだが、それは、とても危険なことであって、それとこれとは、峻別されているということが都民にわかる形でやっていって頂きたい。そうでないと、一般的都民としては、東京都がやろうとしていても、誰がやろうとしていても、よりよい大学にするように、ようするに仲良くやってくださいという形になってしまう。それは闘いとしてはいかがなものだろうか。繰り返えすが、総長の立場としては、闘うぞというスタイルは簡単にはできないとおもうが、実際上の問題としては、峻別をしてほしい。

     もう一つ、志願する高校生については、東京都立大は、半世紀を越える蓄積と伝統を持っている大学であると、その研究内容なり文化・学芸に対する貢献はどういうものであるか、それを高校以下の先生方や生徒にわかるように、広く示してほしい。そうすると、やはり、都市なんとか学部というものではなくて、人文、経済、法、理学、工学、という中で、新しい社会に対応する学問をやっていく大学だということが社会にわかるのであって、東京都が示した紛らわしい名前をつけられると、都民としては非常にわかりにくくなる。

     最後に、都民として考える場合には、都議会議員、自民党、共産党の別なく、今、大学をどのように解体しようとしているのか、これが日本の文化や学芸あるいは都民にとってどのような問題になるのか、よく話してよくわかっていただく、そういう戦術も必要だと思う。もうひとつ八雲会だが、八雲会は、どうやら動かない。前にも、同じことをいったが、八雲会が何もしないのはどういうことなのだろうか。八雲会は世論じゃないのか。この辺については、会員としては訴えていきたい。みなさんもどうぞ、そちらの方に、手紙なり、メールなりを出して訴えて頂きたい。

    <都立大、大学院卒業生>

     都市教養学部という名称に、クローズなかんじをうける。私自身が、宮崎県とか群馬県とか、あっちこっちを回ってきて、今、都税を払っている都民。だが、ほんとに一部の人たちが、東京都に住んでいて、東京都の経済の恩恵を受けていて、それが日本だという風に思いこんでいる節があるんじゃないかなという雰囲気を感じる。それで都市教養学部の中身を聞いても、どうもぴんとこない。河合塾との連携についても、確かに人に教えるのは上手かもしれないとは思うが、今まで、それぞれの地方で大切にしてきたもの、そうしたもの全体を、これから日本を背負う人を育てるとき、そういう名称でいいのかと思う。やはり、何かを作り出していくというのは、すごく犠牲を伴うものであり、また白紙からレールを引くことは難しい。これは身に染みて分かっている。だから、今までの歴史を無視し、一からやり直すということを、時間不足のまま、対話不足なまま人を育てられると思っているのは、やっぱり間違っていると思う。それがないままだと、都立大学がとんでもないところになってしまうと思う。

    <総長>

     お話のあった都市教養学部について、このコンセプトについて管理本部もおそらくわかっていない。私たちは一層よくわかっていない。「都市の文明」というような表現はところどころにみられるが、何かよくわからない。教養という言葉、それ自体をどう考えるか。都市と農村、地域との関係の問題をどのように考えるのか、本当は深い問題があるのだが、教養に都市をつけただけの言葉だと考えざるを得ない。そのためカリキュラムを、どのようなものとして組むかがよく見えてこない。その点で、管理本部も苦難の道を歩くことになると思う。私たちは、これについて提案をしたが、その前に教養教育のありかたについて検討していたのと、あまり違わない形で管理本部も、プログラムを出さざるを得なかったというように私は認識している。ただ、「都市」のつく授業科目がいくつか増えているということはある。

     全寮制の問題だが、最初の打ち出しは、言葉の通り全寮制だったと思う。だが実際には、一学年50名で出発をしたいといっているようだ。そこでは、塾長という人が、いわば生活をともにしながら人格教育というような、そういうこともやるということだが、これは、現在の学生の意向や、指摘のあった親の負担、その他、あうかあわないかというのは、なかなか微妙な問題だ。同時に、これは現在ある都立大の学生寮を順次使っていく見通しで、経済的な事情その他で現在入寮している学生諸君の生活問題、学習問題が、やや深刻になってくるという風にも思う。50名といっても学年の進行に伴って、4年間たつと200名になる。都立大の学生寮は、現在230名ぐらいだから、将来問題が出てくると思う。「東京塾」というのは、管理本部によると、「未来塾」とは違うものらしい。寮に入る学生は「東京塾」生。これは希望する学生が入るらしい。

    <学生部長>

     誰もまだ、わからない。50名ぐらいが寮にはいって学習すると、それぐらいの状況。

    <総長>

     「未来塾」というものに高校三年生から入ると、これが「東京塾」にはいるのかと私が問うたところ、そうでもないとのこと。

     本日の参加者のご意見は、大きくは二つに分かれ、10月7日の総長声明の線でがんばれという意見と、いやそうではない、そういう線でいくと都の方針に乗っかった形になって、非常に問題が多いという意見だが、現在、私の立場としては、できるかぎり、学内で一致でききる点を追求して、そこが一番力がでるというところなので、そこがどこなのかを探りながら、一致点を作り出しながらやっている。その場合、なかなか難しいのは、例えば、「同意書」問題についても、人文と理学の教員は一人も出していない。それは、総長が「同意書」が問題であるとしたことと、機を一にしている。ただ、出した方もいられる。でもそういう方々も含めて一致できるところを探る、これが今の私のやりかた。それが、どういう結果をもたらすか、全て見通せるわけではないが、討議に討議を重ねてやっている。

     全体としては、励ましをいただいたと考えると甘いかもしれないが、卒業生の方などが、どんなことができるのか明快に示して欲しいとおっしゃられたことについては重く受け止めて、どこでどうやって手をつないでやっていけるのかということを引き続き検討していきたい。ただ、こうした会が開かれて、そこで話すということ自体、そこで一歩を進めたと私は考えていて、今後、個別問題についてご意見を伺う機会を作っていきたいと思っている。また都議会との関係のことについて、ご指摘があったが、これはすでに、さまざまな形で都議会に働きかけられている方々がおられる。皆さんの方でも、そうした動きについての情報を把握していただいて、一緒にやっていきたいと思われる方は、やっていただきたい。不透明な発言が多いということだが、時間がたつにつれて透明になっていくと思う。都市教養について、教養部長なにか。

    <教養部長>

     私も全くわからないというのが本音。要するに言葉をつなげたというだけで、先程「都市教養プログラム」というものが、提案されていたものがあったが、これは、以前「課題プログラム」と呼んでいたもので、その名前を変えただけで、哲学的な意味などないというところだ。

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