メルマガ<心のテープ>アーカイブ
        No.31〜60/(2008.2〜2008.9)


<心のテープ>(31号)26日前後の報告
配信日:2008/2/28

 毎月25〜26日は特に忙しくなる。25日の昼には和歌山から長年の
教友I氏が天理駅に着くので迎えに行く。うちへ着いてから簡単な
昼食を共にする。
 彼は私より一つ年上だが、ファイトは満々だ。昨年の秋に公刊した
小著については、ワープロ原稿を何度となく読み返してくれて、数々
の貴重なアドバイスをしてくれた。おかげで過不足のない適切な文章
に仕上げることができたと感謝している。
 
 午後は他のメンバーも加わって、最近1ヵ月に起こった教内外の
情勢についてねり合いをする。
 とくに今年は正月早々からいろいろな事件が次々に起こり、今後
も只ならぬ変動が起こる予感がする。中国製冷凍食品の毒物混入、
イージス艦と漁船の衝突、アメリカ発の経済混迷、等々。
 明治20年、昭和20年、平成20年と、20という数字が単なる偶然
ではないという思いを新たにさせられる。
 夕方からは詰所に場所を移して夜までねり合いが続く。夕食は7
時前に市内のスーパーで半額になる寿司やおかずを買い出しに行く
のが恒例になっている。その夜は詰所で一泊する。
 
 その日、話題になったのは、昔と今の日本人の生きざまが如何に
変わったか、それは進歩なのか堕落なのか、今後はどう変わるのか
、というテーマであった。以下、その日の発言の一端を要約してま
とめてみたい。
 
「まず何よりも食べ物が大きく変わったことは間違いないね。江戸
時代までは、庶民は玄米菜食が普通だった。外国から食糧を輸入す
ることはなく、土地と季節に育つ野菜しか食べず、牛肉や豚肉は売
られていなかった。
 一般に肉食動物に比べて草食動物はおとなしい。巨体をもつ象や
牛馬を見れば明らかだ。だから日本人も純朴で素直でおとなしかっ
たに違いない。270年つづいた徳川時代に戦争は一度もなかった。
 肉食をする西洋人は違う。原住民を殺して植民地や奴隷にしたり、
属国にしたりされたり、戦争の絶え間はない。日本のように一度も
植民地にされなかった国は珍しい」
 
「今の日本人の食べ物は西洋風に変化した。テレビでは毎日のよう
にグルメ番組を放映している。アルコールやギャンブルの依存症に
例えれば、日本人の殆どがグルメ依存症やお金依存症、セックス依
存症に罹っているのではないか」

「200年前の比べて堕落したのか進歩したのか、その判断が難しい
ね。人生50年といわれた昔と比べて平均寿命は30年前後も延びて
いる。が、さんざん医薬の世話になったあげく、最後に認知症にな
るのでは意味がないのではないか」
 
「私は親神様が”心の自由”を許されたことが最大の原因ではないか
と思っている。人間に心の自由を許された以上、いかに目的とする
方向が間違っていても、その自由は最大限に尊重される、人間が自
由に何をしようと極限まで見許されているのではないかと思う」

「その結果はどうなるのだろう。昔の人間のほうが自然に従順で善
良だったのなら、心の成人どころではないね」

「それは違う。神様が一番残念なことは、神でさえ心の自由を尊重
しているにもかかわらず、一握りの上・高山が谷底をままにするこ
とだ。一れつが”ろくぢ”ではないことだ。徳川時代はもちろん、明
治になり昭和になっても、ますます上・高山の横暴は募るばかりだ
った。62年前の敗戦までの日本は、言論統制や発売禁止で自由を禁
圧し、谷底を戦場に駆り出した。その時代から見ると、少なくとも
日本人は進歩しているんだよ」

「神様は人間がしたいことを自由にしたいだけした結果、目が覚め
ることを待ち望まれているに違いないね。その刻限が間近に迫って
いる。いずれはグルメや金品や車よりも、何よりも”いのち”が大事
であることを思い知らされる日が来ると私は信じている」

 翌26日は前述のI氏と共に甘露台つとめに参拝し、お茶所で先月
知り合ったようぼくと再会し、午後は二つの会合に出席した。その
報告は、又の機会にゆずることにしたい。

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<心のテープ>(32号)日本とアメリカの違い
配信日:2008/3/6

 3月4日、日系四世の国際ジャーナリスト、エイミー・ツジモトさん
の講演会に参加した。大阪宗教者平和協議会と天理教平和の会の共催で、
会場はカソリック北野教会。
 エイミーさんとは旧知の間柄で、つい先日も在米日系二世たちの過酷
な戦争体験をボランティアで取材・編集して送って下さり<戦争を語り
つぐ証言>サイトに掲載することができた。
  http://www.geocities.jp/shougen60/kaigai/index-2.html
 あの太平洋戦争が始まった直後、アメリカにいた日系人は、何の罪も
ないのに敵国人として差別され強制収容されて、筆舌に尽くせない苦難
の境遇に陥ったのだ。

 当日、エイミーさんの話は次のようなアメリカの現状から始まった。
 戦後62年間、一度も戦争しなかった日本に対して、アメリカは戦争の
好きな国であり、過去のベトナム戦争をはじめ湾岸戦争、アフガン戦争、
そして今はイラク戦争を継続している。
 現在アメリカ本国にある産業の85%以上は軍需産業であり、武器を売
って戦争で消費しなければ経済が成り立たない現状になっている。戦争
を手段として資源を獲得するのがアメリカの国益、軍需産業の利益に一
致している。
 ところが、すでにNATO軍はイラクから引揚げ、イギリス軍・オース
トラリア軍も僅かに残っているだけで、米軍は孤立化し、イラクから引
くにも引けない情勢になりつつある。
 同盟関係にある日米政府は、一日も早く憲法9条を改めて日本を戦争
のできる国にして、米軍の先頭に日本軍を投入しようとしている。
 
 一方、アメリカの民衆は決して戦争を望んでいない。戦争はもう沢山
という思いで、憲法9条があるために戦争できない日本を羨ましく思っ
ている。
 国民が戦争を望んでいないのなら、徴兵制度のないアメリカで若者た
ちがなぜ兵隊を志願するのか、そこにアメリカの裏面が現れている。と
いうのは、多くの人口を占める貧しい階層の若者たちは、生活するため
の職業として、あるいは大学へ進学するための学費援助の条件に釣られ
て兵隊になる場合が多いという。まさか戦場へ行って自分が戦死すると
は誰も予想していないからだ。
 いま大統領予備選挙が進行中で、イラク戦争に最初から反対していた
オバマ候補が人気を集めているが、それは民衆の草の根の支援が実を結
びつつある結果に違いない。とはいえ、誰が大統領になっても、アメリ
カの経済が軍需産業で成り立ち、日本政府がアメリカ政府の言うままに
なる限り、日本の軍国化は避けられない情勢になるだろう。
 
 エイミーさんのそんな話を聴きながら、私が思わずにいられなかった
ことがある。ブッシュ大統領が熱心なキリスト教徒でありながら戦争を
正当化するのは、異教徒を同じ人間同士とは見ない選民思想が根底にあ
るのではないか、と。
 もともとイエスを信じる者だけが救われると説くのがキリスト教の信
仰であり、西欧の歴史は異教徒との戦いや植民地の収奪で血塗られてい
る。今も中東では、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の三つ巴の戦い
が続いている。
「反対するのも可愛い我が子」「一れつ兄弟姉妹」と教えられた親神の
親心との違いは歴然としている。とすれば、心の自由を許された人間同
士が支配したりされたり、殺し合ったり、権力が民衆を弾圧したりする
世界の現状を、どれほど残念な思いで見ておられるだろうか。

 当日の講演会を共催した「天理教平和の会」長谷川俊夫代表は、現在
80歳の高齢ながら分教会長であり某大教会の布教部長でもある。会の広
報ビラ第6号には、原典おふでさきや教典の一節を引用しながら
「教祖の教えひとすじに──陽気ぐらし=憲法9条を守りましょう」
「むほんの根を切ろう」
「憲法9条のこころは、おやさまの教えそのもの」
「つらかった歴史=天理教弾圧の数々」
 等々の記事が並んでいる。
 
 この「天理教平和の会」は、2004年9月に結成され、今日まで3年
半に「訴え」のビラを合計4万枚、誕生祭や月次祭当日に天理市を中心
に手配りで渡されたという。
 その裏面には、受け取った人々からの共感の声も紹介されているが、
当日の講師として来日したエイミー・ツジモトさんの声を最後に紹介し
ておきたい。
 
<憲法9条は人類の宝です。
 国益のために紛争・戦争が続く世界の中で、日本だけが「国権の発動
たる戦争」を認めない9条をもち、世界に平和の灯を点し続けているの
です。
「平和の会」の皆さんの力で、その灯を絶やすことなく、更なる運動の
発展を願っています>

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<心のテープ>(33号)忘れてはいけない歴史的事実
配信日:2008/3/13

 3月10日は東京大空襲の日に当たる。今年は平成20年だから、ちょうど
63年前の昭和20年の同じ日に起こった「事実」を思い起こしたい。

 その日、早朝5時07分から約2時間30分にわたって、マリアナ基地から
出撃した300機を超えるB29が、隅田川沿いの人口密集した下町に焼夷弾
32万7千発(1800トン)を集中投下し、東京の1/4に当たる地域が焼失
した。一夜の間に26万戸が焼失し、死者は10万人に上ったという。当時の
深川区だけで3万人の死者が出ている。
 安全なはずの防空壕の中で全員が焼死した家族たち、国民学校に逃れた
ものの鉄筋の校舎の窓から火が吹き出す勢いで火の海に包まれた人びと、
言問橋の上にも河川敷にも積み重なった累々たる死体の山。………
 翌日の大本営発表では、襲来したB29爆撃機120機(実際の1/3)の
うち15機を撃墜し、宮内庁は午前7時、その他も8時には消火したとして、
生きながら焼夷弾の炎で焼かれた10万人の犠牲者には何ひとつ触れなかっ
た。国民にマイナスの情報は一切知らされず、公式の記録は何も残されて
いない。
 ただ一人、写真を担当していた警察官が、決死の覚悟で現場の生々しい
写真を撮影し、現場を見られた憲兵から殴り倒され、戦後は占領軍から提
出を求められても拒否して後世のために保存していた。その33枚の証拠写
真は今も残っている。
 
 その日投下されたM69型の小型焼夷弾は、米軍が燃焼実験を繰り返し、
最も効果的に日本の木造家屋を焼失させるために製造された。その油脂焼
夷弾にはゼリー状ガソリンを38本が詰め込まれ、空中で分解して着弾して
から数秒後に屋内で炸裂するように設計されていた。
 一般市民を大量殺戮することによって、軍需工場の労働力に打撃を与え、
国民の戦意を喪失させることが作戦の目的であった。
 作戦を指揮したルメイ司令官は、「多くの女性・子供が犠牲になるのは
分かっていたが、戦争に勝つためには必要だった」と語っている。
 
 じつはそれ以前に、日本空軍は中国戦線で重慶の市街を無差別爆撃して
いる。爆撃直後の被害状況を見た中国の詩人・郭沫若が以下のような詩を
詠んでいる。
「5月3日と5月4日と、 敵機は連日やってきた。重慶は惨憺たる爆撃を
受け、 死者は山のようにつみ重なった。 その中の死骸と見えたもの、 母
一人と子供二人だった。 一人の子供は腹の下に横たわり、 もう一人はふと
ころに抱かれていた。 骨と肉とはコークスとなり、 かたくくっついて引き
離せない。 ああ、優しい母の心は、 永久に灰にできないのだ」
 そのような民衆の被害が、より大規模に東京で再現されたことになる。

 米空軍のルメイ司令官は、日本軍の焼夷弾をモデルとして、日本の家屋
を焼き尽くすために最も効果的な焼夷弾に改良したといわれている。
 現在イラクでも使われているナパーム弾は、さらに進化した爆弾であり、
劣化ウラン弾とともに民衆に甚大な被害を及ぼしているのだ。
 東京大空襲は、初めから一般市民を主目標とした大量虐殺作戦だった。
明らかな国際法違反である。東京大空襲で“成功”した米国は、3月12日に
名古屋、13、14日には大阪へと無差別爆撃の対象を広げて行く。終戦まで
に150前後の都市が空襲され、犠牲者は50万人に上った。
 
 戦後、東京大空襲の準備と作戦を実行したルメイ将軍は、事もあろうに
日本政府から勲一等旭日大授章という最高級の勲章を授与されている。
自衛隊の空軍創設に功績があったという理由である。時の首相は佐藤栄作
で、前安倍首相の叔父に当たる。
 権力者や指導者が「国のため」という大義名分を掲げながら、じつは自
らの名誉や欲望を達成するために一般民衆をいかに犠牲にして顧みないか、
いわゆる「高山と谷底」の構図を明らかに読み取ることができる。
 軍人には今も恩給が支給されているけれども、空襲で焼け死んだ民衆は
名も知れず、まして何の保障もされていない。
 国のいかんを問わず、犠牲になるのは常に民衆であることを忘れてはな
らないと思う。

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<心のテープ>(34号)身近な縁のつながり
配信日:2008/3/20

 ここ1週間、天理市民病院へ何回か往復した。知り合いの父親
(79歳)が入院していると聞いたので、聞いた以上は知らん顔は
できないから、おさづけを取り次ぐために病院へ行った、
 病院では休憩所で家族が迎えてくれ、そこへ父親も出て来られ
た。腎臓が悪いとのことなので、「飲み食い出入り」のご守護の
理から、健康を保つには心身ともに老廃物を排泄しなければいけ
ないという話を聞いてもらう。腎臓だけでなく全身の細胞は、一刻
の休みなく新陳代謝の働きで古い分子から新しい分子に入れ替わっ
ている。
 おさづけを取り次ぐ時、私は下腹に力を込めて一心になる。夏な
ら汗が吹き出してくるほど全身に力を込めて、たすけ一条の親心と
一体になりさえすれば、必ず理がはたらくと私は信じている。取り
次いだ後は、全身の力が抜けてボーッとなることがある。
 
 その後に聞いたのだが、隣の病室に父親と同じ会社の後輩(74歳)
が脊椎腫で入院しているとのこと。その後輩を紹介して下さるよう
お願いして、2日後にその方の病室を訪ねた。脊椎のガンはモルヒ
ネなどの麻薬注射も効かないほどの激痛があることを知っていたの
で、さぞ衰弱されているものと予想して病室へ入った私は意外な感
じがした。というのは、顔色や肉付きを見る限り健康体と変わらな
いのだ。話を聞くと、やはり以前は激痛が止まらず死の一歩手前の
状態にまでなったという。
 ところが最近は、強い鎮痛剤を使わなくても痛みは感じなくなっ
た。楽な姿勢を保つと、ほとんど痛みを感じないほど快方に向かっ
ている。過去に脊椎に転移したガンの患者さんを知っている私は、
そう聞いて不思議で仕方なかった。最後には痛みを止める麻薬のた
めに意識までモウロウとして死に至る経過を辿るのが普通なのだ。
 最近は医師も首をかしげて、治療の仕様がないので退院の許可を
出してもいいと言っているとか。
 
 いろいろ話をしているうちに、その後輩の患者さんが言い出した
ことがある。息子の嫁は◯◯教会につながって熱心な信心をしてい
る。もとは会社で新入社員のインストラクターを勤めていたのだが、
息子と結婚して同居してからは退職し、非の打ち所のないほど良く
できた嫁で、農業の経験もないのに膝まで水に漬かって田んぼにも
出て働いてくれる。畠に出たこともなかった息子も、嫁のおかげで
農業に精を出すようになった。
 毎月一回、教会の参拝は欠かさず、時には教会の行事に参加する
ため2、3日留守することもあるが、普段はお化粧もしないで働い
てくれる。今では家のことを一切嫁に任せて安心している。その嫁
が以前から日を置いて「おさづけ」というお祈りを続けてくれてい
る。
 
 そこまで聞いた時、私はハタと手を打った。死に至る病が逆に快
方に向かったのは、確かにそのお嫁さんの「おさづけ」の効能に違
いない。それだけ家族に満足を与えているようぼくのおさづけが効
かないはずはない。これからも続いておさづけを取り次いでもらえ
ば、必ず不思議なご守護を頂けるに違いない。
 そう思い当たった私は、感じたままを父親に当たる患者さんに聞
いてもらった。そして自分も一心こめておさづけを取り次がせて頂
いた。
 
 それからまた二日後、腎臓を患って入院している患者さんの奥さ
んがうちへ訪ねてみえて、その後の検査の結果、胃にガン細胞と腸
にも幾つかポリープが見つかったが、家族で相談の結果、高齢でも
あるし手術はしないことにしたという。
 ついでの話に、もともと腎臓を患っている主人は人並み以上に腸
が長く、体質的に常習便秘で通じが悪いと聞いた時、私はその便秘
が腎臓・胃腸にも病変が生じている一因に違いないと思った。心の
掃除は別としても、体内に便を溜めていると、必ず老廃物が腐敗し
て内臓に悪影響を及ぼすに違いないからだ。
 そう判断した私は、最適の処方として「EBIOS」を飲用すること
をすすめた。エビオスは天然のビール酵母を素材にした錠剤で、薬
品というより自然食品の一種だから、胃腸を掃除し便通が良くなる
ことは自分でも体験済みで、1000錠入りの大瓶が1.500円までの値
段でどこの薬局でも販売している。
 そのすすめに奥さんは大変喜ばれ、さっそく薬局で買い求めて主
人に飲用してもらうと帰られた。
 天理市内に住所があるのだから、元気になって退院されたら夫婦
揃っておぢばへ参拝して別席を運ばれるよう、さらには修養科で3
ヵ月の生活を体験すれば、必ず病の根が切れる、とおすすめした。

 同じ病院でもう一つの縁が生まれた。最初に縁のあった父親と同
室の90歳の高齢者が、戦時中にビルマ戦線の生き残り上等兵だった
ということを聞いた私は、この機会を逃さず戦争を語りつぐ証言を
取材することにした。
 退院直前に病院の休憩室でお話をお聞きした。体調が回復してお
元気そうな様子であった。柔和な中にも意志強固な一面を持ってお
られることがうかがわれた。
 何しろずっと昔のことだから忘れてしまった、と言いながらボツ
ボツと思い出すままに話して下さった。
 中国戦線とビルマ戦線と2度も召集を受けて、丸6年間も最前線
に派遣されながら、今年90才を迎えられた根性と体力に敬服するば
かりであった。

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<心のテープ>(35号)平和運動と政治の関係
配信日:2008/3/27

 春が来て、26日の月次祭に参拝する途中の道端には色とりどり
の花が咲きみだれていた。私はおつとめと講話が終わった正午か
ら、本通り商店街の入口でチラシ配りに参加した。前に32号で紹
介した「天理教平和の会」の憲法9条を守る運動に共感している
からだ。
 
 現在、憲法9条を守る立場を取っている日本の政党は共産党と
社民党だけしかない。天理教平和の会は、あくまで教祖の教えに
基づく運動だから、直接政治には関係ないのだが、憲法の問題で
ある以上、政治と無関係ではない。だから共産党から呼びかけが
あり「赤旗」に紹介されることもあるが、それを拒否することも
できない。
 そうすると「あの運動をしているグループは共産党だ」という
ウワサが流れることもある。それを気にしていては平和運動はで
きない。

 一方自民党は、財界から寄付を受け、大企業の支持を基盤とし
ている。だから、財界人はすべて政府の味方で憲法改変に積極的
な姿勢を取っていると思っていたが、そうではなかった。財界の
リーダーと呼ばれている立場の人の中で、共産党と一緒になって
平和を訴えている人が実在している。その人こそ品川正治氏であ
る。

 品川さんは1924年生まれで今年83歳。学生時代に招集を受け、
中国の最前線で一兵士として戦った体験をもつ。
 中国で終戦を迎え、戦後も中国の内戦に巻き込まれ、翌年5月
日本の港に着いたが、その船内で日本国憲法草案が載っている新
聞を見て、9条を読んだ兵隊たちは全員感激して泣いたという。
 
 東大法学部政治学科を卒業して日本海上火災に入社、のちに社
長から会長となり、現在は経済同友会終身幹事に就任。2004年
から財団法人・国際開発センター理事・会長をつとめると同時に、
日本共産党が主宰する赤旗まつりへの参加や、同党と共闘関係に
ある政治運動「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会(全国
革新懇)」の代表世話人も務めている。いずれも共産党系の出版
社から刊行されている次の著書がある。
『戦争のほんとうの恐さを知る財界人の直言』(新日本出版社・
2006)
『9条がつくる脱アメリカ型国家――財界リーダーの提言』(青
灯社・2006)
『これからの日本の座標軸』(新日本出版社・2006)

 品川正治氏の存在を知ったのは、市民がつくるネット新聞 JAN
JANの記事で、講演会の要約が掲載されている。じつに筋の通っ
た説得力のある内容である。
 ぜひ次のページにアクセスして一読されることをおすすめした
い。
 
「戦争・人間、そして憲法九条」品川正治さんの訴え
 http://www.news.janjan.jp/government/0710/0710153990/1.php

なお、上記の天理教平和の会・長谷川俊夫代表の戦争体験は下記
のページに掲載されている。

「暴力で締めつけた日本軍の実態」
http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/m-T14-1.html

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<心のテープ>(36号)「理」と「情」について
配信日:2008/4/6

 今週のメルマガは体調不良のためタイトルだけで中身のないままにな
り申し訳ありません。
 いつも常用しているスジャータの無臭にんにくアホエン(旧名・蓬莱)
を倍量にして飲み、3日と4日夜は早寝したところ、発熱もなく回復し
ました。今までの経験からカゼ予防には効果テキメンです。家内も一晩
熱を出しただけで翌日には起きて動いていました。
 
「理」と「情」のケジメというのは、教祖の教えから申せば「かわい」
 のほこりと密接な関係があるということです。じつは「わが身可愛い」
の心は、換言すれば「利己心」といえますが、その意味は単純でなく、
さまざまな問題を含んでいるのです。
「わが身」は自分一人ではなく、子どもや家族を含むこともあります。
親が子に対する「情」を親心と呼ぶとしても、子どもを「わが身可愛い」
の心で育てることは真の愛情とはいえないのです。その情は神の親心で
はないのは当然で、動物に見られる自然な親子の情ともいえないでしょ
う。人間だけにある「ほこりの心」が混じった情は恐ろしい結果を生む
からです。

 幼時から母親あるいは祖母に可愛い可愛いで育てられ、欲しい物は何
でも与えられ、何でも自分の思うままになる環境で育った場合、大きく
なっても心は成長しないまま、いわゆるアダルトチルドレンになります。
つまり、自分が何をしても家族や他人が聞き入れて許してくれて、尻拭
いしてくれる。何でも自分の思い通りになる。そう思い込む“自己中”の
オトナになる危険性が高いのです。それは自立心とは逆に他者に依存す
る心に他なりません。依存症といわれる精神疾患には、アルコールの他
にパチンコなどのギャンブル依存症があり、数百万人の患者の数倍に当
たる予備軍があるとのことです。他者への依存も、嗜僻への依存も、組
織への依存も同じ心理といえます。
 
「わが身かわいのほこり」心でもたれ合っている人間関係は、決して互
いたすけ合いとは似て非なる状態であり「共依存」といわれる閉鎖的な
輪をつくります。その輪は支え合うのではなく、依存し合いつづけた結
果として共倒れの危険を孕んでいるのです。
「情」という文字のつく言葉にはさまざまあって、愛情、感情、情愛、
情緒、人情、友情、情熱、心情、等々。いずれの情も「かわい」のほこ
りが混じっている限り「理」から外れる結果となります。
「たすけ一条の心」とは、「わが身かわい」ほこりを払い切った純粋な
情であり親心でありましょう。

 ここで「情緒」を重視した岡潔の言葉を収録した新刊書『情緒と日本
人』(PHP研究所)から幾つかの文節を書き写したいと思います。
「情緒の濁りはいけない。情緒は喜怒哀楽によって濁ります。とくに、
人を恨むというようなことをするとひどく濁ります」
「情と愛(欧米でいう)とは違う。愛も情にちがいないがごく浅いので
あって、情は心が通い合うのであるが、愛は自他対立する。愛を連続的
に変化させるといつの間にか憎しみに変わる。それで仏教では愛憎とい
うのである」
「人として一番大切なことは、他人の情、とりわけ、その悲しみがわか
ることです。これについては釈迦も孔子もキリストも口をそろえてそう
いっています」
「道義の根本は人の悲しみがわかるということにある。自他の別は数え
年で五歳くらいからわかり始めるが、人の感情、特に悲しみの感情は一
番わかりにくい」
「人の中心は「情」であって、情の根底は「人の心の悲しみを自分のか
らだの痛みのごとく感じる心」すなわち観音大悲の心である」

 たしかに他人の悲しみなどの感情がわかることは大事ですが、その感
情が心の濁りから発生していないかどうかを見極めることも必要でしょ
う。気づかないうちに「かわい」のほこりで行動していることもないと
はいえません。
 単に同情したり物金を与えたりして依存関係をつくり出すのではなく、
お互いに「天の理」に照らして自らの「ほこり」を自覚し、心の成人を
めざすことが「おたすけ」であり、神の望みに適う親心でありましょう。
 春らんまんの自然の情緒を楽しみながら通らせて頂きましょう。

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<心のテープ>(37号)続「理」と「情」について
配信日:2008/4/10

 先週の号外でお伝えしましたテーマに、一読者から賛成のメール
を頂きました。
 長年にわたって幼稚園の経営に携わっている知人の方からの投稿
で、さすが経験の上から私の申したいことを補足・展開された内容
でした。ご本人の諒解を得て匿名で下記に紹介させて頂きます。
(読みやすいように適当に改行しました)

<幼児教育の傍らに身をおいて20年になります。わが身の中に自分
の分身である我が子も含まれます。
 我が身可愛いほこりから、それが子どもためと信じ、意見を幼稚
園に向けてくる保護者が年々増えています。何時かは、子どもは自
立するもの、自立できるように成長させるのが親の本来の役目であ
るのに、我が身可愛い、自分の気持ちが優先してしまって、子ども
の成長が置き去りにされます。
 同時に、極端な放任もふえています、これも過保護と過干渉と根
は同じもので、
虐待も子どもの成長、自立を1番に考えた行動ではないことは、言
うまでもあり
ません。私が感じている理由として、親が自立していないから、又
は、自立とは
どういうことか教えてもらっていないから、自立ということを考え
たこともない親自身も少なくありません。
 すべては、親神様の「かしもの」であることが、広く世に知られ
ていないことが、原因のように思います。
 幼児期はとても大切です。世の中がいかに変化しようと、生まれ
て3年〜5年で世の中の影響をまともに受けているとは考えにくいで
す、今の幼児は数千年前の幼児とおそらく同じだと思います。
 親の認識や家庭環境がいかに重要であるか、幼児を持つ親は再認
識すべきと思います。子どもかわいい気持ちに溺れてしまう、自分
を見失うほど可愛がると、依存になり、子どもも親に依存し続け、
ひきこもり、ニート、をはじめ、共依存関係に陥って、自分を見失
う結果となります。>
 
 精神医療の分野では「機能不全の家庭」という専門用語がありま
す。文字通り家庭として機能していない状態をいいます。
 親から溺愛され「可愛い」いっぱいに育つのと逆に、親の愛情を
知らず、親子の間に信頼関係のない家庭も機能不全に違いありませ
ん。そうした家庭に育った子どもが成長すると、親さえ信頼してい
ないのだから、まして他人を一切信頼しない情緒不安定な人格のオ
トナになるでしょう。その場合、他者に対して演技したり、感情を
爆発させたり、無慈悲な犯罪を犯す危険性もあるのです。
 要するに機能不全の家庭に育った人は、自分もまた機能不全の虚
構の人間関係しか築くことはできず、孤立と絶望に陥りやすいので
す。幼時期からの自分の家庭をふり返り、自分の内心に潜む依存性
を自覚するとともに、「理」にもとづく「情」によってしか立ち直
ることはできないでしょう。

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<心のテープ>(号外)天理教平和の会からの御案内(緊急情報紹介)
配信日:2008/4/12

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    * 結成3周年 記念のつどい *
    ****************
 3年前、10数人で発足したこの会も本部前で配るチラシを見て加入
したいという人が相次ぎ、現在会員数は76名です。その上賛同、共鳴
を寄せる人も増えつつあります。
 小さく産まれ、大きく育った3年目を記念して、つどいを開催しま
す。それぞれ事情はあると思いますが、万難を排してご参加下さい。
 
■「日本国憲法の誕生」上映
 このビデオは2007年4月29日、NHKで放映されたものです。さ
すがはNHKと思わせる取材力で、これあで陽の目を見なかった資料
を探し出し、編集しています。一見に値するすばらしいビデオです。
この機会に是非ご鑑賞下さい。
 
■交流集会
 上映後、交流集会をします。会員相互の交流を深めると共にそれぞ
れが各地で取り組んでいる活動報告、平和の会の今後の取り組みなど
を話し合いたいと思います。
 
■日 時   4月18日(金)午後2:00〜
■場 所   かがやきプラザ 3F
 (天理市役所の南100m=天理高校方面へ通じる大通りに面した南側
/隣接して無料駐車場あり)
■参加費   500円(茶菓子代)
■連絡先   天理教平和の会:矢野太一 TEL 0725-45-5962

◎天理教平和の会については、当メルマガのバックナンバー32号を
 参考にごらん下さい。
◎18日の教祖誕生祭に帰参される方は会場へお立ち寄り下さること
 を期待しています。私もぜひ参加したいと予定しています。

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<心のテープ>(38号)春の旬を味わう
配信日:2008/4/17

 満開の桜が散るとともに筍の旬になった。親しい知人から筍を掘りに
来るようすすめられたので、彼の敷地内にある竹薮へ、朝から家人と連
れ立って行った。掘りたての筍は刺身にしても美味しいとか、一度試食
してみたいと思った。
 
 長靴とスコップを軽四に積み、用意だけは万全のつもりでいたが、
いざ小高い竹薮に入ると、どこに竹の子が顔を出しているのかわからな
い。先っぽだけ見えているのを探さないと、土から10センチ;以上も伸
びたものは堅くなってしまう。家人はあちこちで見つけるのだが、自分
は探しても1本も見つからない。結局は知人に大小5本ほど掘ってもら
って竹薮から出ることにした。私は1本も見つけることができなかった
悔しさのあまり、
「見つからなかったのは欲がないからや。もう帰ると言うのに、もっと
見つけようとするのは欲というものや」と、へ理屈を言うと家人から、
「人をわるく言ってばかり」と文句が返ってきた。

 とにかく筍は、掘ったらその場で茹でないと堅くなるというくらいだ
から、帰ってからすぐに皮を剥いで生まれて初めて筍の刺身を口にした。
何となく生臭いけれども土の香りがして、これが旬の味にちがいなかっ
た。ゆだった筍が横たわっている鍋の中を見ながら、蕗(ふき)やワカ
メとの煮付け、木の芽合えの香りを想像してワクワクした。
 
 一方、神饌用の野菜を作っている借地の畠は、待ちかねた春の到来と
ともに賑やかになってきた。
 玉葱の青い葉っぱが真直ぐに伸びている。冬の一番寒い時期、寒肥に
鶏糞を根元に置くと、6月に入ると土中の根が丸々と太ってくる。スー
パーで売っている発酵鶏糞は15キロ入り袋で100円もしないし、1袋あ
れば玉葱100本分の寒肥に十分足りるから、あとは火水風の恵みを待つ
ばかりだ。新鮮な生の玉葱を薄く刻んで、けずり鰹と醤油をかけて食べ
ると、格別の味がして体が若返るような気になる。
 玉葱の苗を植えつけてから収穫まで丁度半年の日数がかかることを思
えば、天然自然の理として何事も急いては実らない手本と思う。大寒の
時期に置いた肥が、春になって効いてくるということにも深い意味があ
ると思わせられる。
 春に巻くキャベツは最高に柔らかいのだが、今年の冬から春にかけて
寒さがつづいたためか、まだ葉が巻きはじめたばかりで、食卓に上るに
はあと1と月近くかかりそうだ。
 
 ジャガイモは1ヵ月かかって芽を出した。エンドウも花をつけ始めた。
明日にでもトマトやナスビの苗を植えつける予定だ。このところ何かと
忙しく週に一度くらいしか畠へ出られなかったが、苗を植えつけるため
の畝の準備だけはできている。
 ところで、こうした野菜類は連作を嫌うといわれる。前の年に植えて
いた同じ種類の野菜は影も形もなくなっているのに、なぜ連作すれば出
来が悪くなるのか、その理由がわからない。植物学や農学で科学的に説
明できるのかも知れないが、私はその分野は無知だから、もし連作して
はいけない根拠をご存知の方は教えてほしい。
 これは私の勝手な理屈だが、血縁の者同士は遺伝子が類似しているか
ら結婚できないように、畠の土の中に同じ種の記憶媒体が残っていて生
命の発育を邪魔するのではないだろうかと想像したくなる。
 
 ところが畠の面積が狭いから、毎年別の場所に移すわけにはいかない。
だから連作しても同じように実る結果が出る実験のつもりで、トマトや
ジャガイモは去年と同じ場所に植えることにした。いわば心次第で「い
んねん」を切ることは可能であるという証拠を示したいからだ。この実
験が成功するかどうか、結果はあと3ヵ月経てば見えてくる。楽しみに
待つことにしたい。
 トマトやキュウリは一年じゅうスーパーの店頭に出ているが、味や香
りは、やはり旬に実ったものにはかなわない。神饌物と言いながら、神
棚に供えても無くなるわけではないから、結局、人間という「かりもの」
のご神体に供えているようなものだ。しかも人間だけが、旬々に千変万
化の食べ物の味を楽しめるように創って下さった親神様に、いくら感謝
しても足りないのだ。


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<心のテープ>(39号)教会本部・教庁の平成20年度予算について
配信日:2008/4/24

 最近届いた「みちのとも」5月号に上記の予算が掲載されている。
毎年の恒例で、宗教法人は情報を公開する義務があるからだ。関心
のない読者もあるだろうが、今週は個人の信心を離れて予算の内訳
を分析してみたい。
 私たちの「かりもの」の身体を形づくっている70兆といわれる細
胞すべてに全身の遺伝子情報が含まれている。手足であれ内臓であ
れ大脳であれ、すべての細胞は、全身の遺伝子を等しく保有してい
る。だから組織に属している以上、どのような立場であれ、全体の
情報をもとに個々の立場を自覚することが必要なのだ。
 民主社会の原則として、すべての市民に公的な情報開示を義務づ
けているのは、人体システムからみても当然といえるだろう。
 
 いずれにせよ二つの宗教法人として設立されている教会本部と教
庁の予算・決算は毎年公開されている。その決定機関は集会であり、
教区代表から構成される集会員の全員一致の賛成で議決される。但
し集会員の任命は選挙によるのではなく、教区長の推薦によるので、
民主主義の手続きを経ているとはいえないが、ここではこの問題に
はふれないことにする。
 以下「みちのとも」5月号巻末の「教報」として告示されている
数字(読みやすいように漢字入り算用数字に転記)を引用して概略
を記すと、
 
(1)平成20年度 教会本部一般会計歳入歳出予算
  予算総額は歳入歳出共に164億500万円。その内、御供金収入
 は161億7000万円となっている。
  歳出は、教庁への回付金142億20697万円が大半を占め、他に
  祭務費、教義及史料集成費、やしき整備費、特別会計(おやさ
  とやかた建築費への繰越金)などの細目が記されている。
  なお平成19年度補正予算は2億8573万円減額となっている。
  教会本部の御用は、祭儀を司り、別席・おさづけ、修養科など
  主として信仰に関わる御用をするための法人として設立されて
  いる。
  もう一つの宗教法人・天理教教庁は、教会本部を「聖」(信仰)
  とすれば「俗」(事務・対社会)に当たる組織であり、その予
  算の殆どは本部からの回付金で賄われている。御供金はすべて
  本部の歳入となるからだ。教会本部の長が内統領、教庁の長が
  表統領と呼ばれる。
  
(2)平成20年度 教庁一般会計歳入歳出予算
  予算総額は歳入歳出共に158億7341万円。歳入の内142億余は
  本部からの回付金であることは前記の通り。他の収入としては
  教費金、幣帛料などがある。
  歳出の主な内訳は、布教伝道費=15億6682万円、文教費=54
  億2219万円、厚生費=14億5820万円、営繕費=23億5335万
  円、総合諸費=30億9441万円、寄付金=13億0282万円等とな
  っている。(総合諸費31億円弱の内訳は不明)
  平成19年度の補正予算は、教会本部と同様に5億7920万円減額
  されている。
  ここで予算の3分の1を占める文教費は、学校法人・天理学園に
  要する経費であり、中でも国公立と同じ給与を保障している天理
  大学の人件費・運営費が最も大きい。学校法人・天理学園は独立
  採算制ではなく、教庁の予算に依存して運営されている。
  寄付金の13億は天理市への寄付金に当てられる。市内の詰所はす
  べて本部名義の宗教法人施設となっているので、固定資産税を納
  めない代わりに市へ寄付することで同意ができている。
  
 一人ひとりの信心は別として、社会組織の常識として、ここで私な
りに問題点を挙げておきたい。宗教法人は社会的に認知された組織だ
から、現在の民主的な社会や法律に適応することは当然だからである。
もしそうでなければ「応法の道」とさえ呼ぶことができないだろう。

1)まず164億円の予算総額は、人口7万の天理市予算や天理よろづ
  相談所「憩の家」病院の予算よりずっと少ないから、決して過大
  な予算とはいえないだろう。ただ全教会数1万7000カ所で割って
  みると、教会1カ所につき平均年額96万円(月額8万円)に当た
  る本部への御供金が必要になる。
  教会としては、自教会の維持経費の他に上級教会への御供が必要
  であり、最後に最上級の直属教会から本部へ運ぶまでに各段階で
  教会としての予算が計上され支出される。
  それ故、末端教会は本部御供金(平均年額96万円)の3倍(約300
  万円)以上の歳入があり、最低その3分の2(200万円)を運ばな
  ければ本部予算は維持できない計算になる。現状でその最低基準を
  満たしている教会が何割あるだろうか。一方で基準の何倍もの御供
  金を運ぶ教会があるから予算が成り立っているのだが。
  まことに無味乾燥な計算になって恐縮だが、これが教団の現実であ
  り、決して過大とはいえない本部予算が将来も維持できるかどうか
  を見通すことは難しいと言わざるを得ない。
 
2)教会本部に勤める人を在籍者と呼び、教庁に勤める人を勤務者と呼
  ぶ。ところが在籍者は、教庁の役職も兼ねている。各部署の長をし
  ながら本部の当番やおつとめの役割にも当たっている。つまり一人
  二役で聖俗両方の役目をもっていることになる。
  教庁の役職についていれば、年数とともに教会本部の立場も次第に
  上がっていくことに甘んじていなければ幸いである。
  教会本部の役割はまさに神一条の道の手本となることだから、兼職
  で果たせるような軽いものではない。例えば大学の教授や助教授が
  事務的な仕事をしていては、本職の研究はおざなりになるだろう。

3)全国各都道府県にある教区予算は合計しても1億円どころが5000万
  円程度に止まっている。平均すれば年額100万円に満たない。教務支
  庁の人材も本部からは殆ど派遣されない。あとは教区管内の教会が経
  費も人材も負担することになっている。
  このような実情は教区を軽視していると判断されても仕方ないだろう。
  教区を代表する集会員から、もっと予算を増額するよう要望が出たと
  いう話は聞いたことがない。要望してもムリなことを承知しているか
  らだろうか。 
  教務支庁は本部の出先機関だから、教区の予算は本部が負担し、教区
  長や書記その他の人材も本部から派遣するのが本当であろう。戦後し
  ばらくの間(50年ほど前)まではそうなっていたのである。
  若手の本部在籍者が全国各地の教務支庁に派遣され、管内の教会の実
  情を調査し世話取りする経験が、後々になって役立つことは間違いな
  い。そう考えると、本部にいくら人材があっても足りないくらいで、
  教庁の役職に居座っているヒマはない筈である。
 
4)前述したように学校法人(特に大学)に必要な経費は全予算の3分の
  1に達している。それだけの予算をかけているにもかかわらず、大学
  の教員も学生も教会のために役立つ研究や調査をどれほどしているの
  だろうか。現実を無視して机上の空論に終わったり、本部の意に反し
  ない研究ばかりに没頭していなければ幸いである。
  とくに原典にもとづく歴史神学や教会論、組織論にふれた研究の展開
  は、私の知る限り皆無といわざるを得ない。教会からの御供金で予算
  が決定されているのに、教会・ようぼくのために予算が使われていな
  いとすれば、国の官僚組織に類似していると判断されても仕方ないだ
  ろう。
 
 神のかしものでありご神体ともいえる人体でさえ障害を起こして病気に
なるのだから、まして人間の集まりである組織集団が完璧に健全であるは
ずはない。人体の病気を治すためには検査・診断によって病因を明らかに
しなければ治療できないように、組織の分析批判は検査・診断に等しい意
味をもっている。もしその必要性を否定するならば、病気になっても病院
で検査・診断を受けることを拒否すべしと主張するようなものである。
 以上、今週は個人の身辺を離れた事柄に終始したことをお詫びします。


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<心のテープ>(40号)めいらく日比会長との初対面
配信日:2008/5/1

 メルマガの読者だけにホヤホヤの報告をしたい。じつは今日5月1日
(木曜日)にスジャータ(めいらくグループ)の日比代表兼CEO(最
高経営責任者)が昼前11時過ぎにうちへお見えになり、初対面ながら
45分にわたり面談するありがたい機会を頂いた。
 日比会長には小著『元の神・実の神』を大量に購入して頂いた上、
「推薦のことば」まで書いて下さったので、その御礼を申し上げたい気
持ちもあって、こちらから名古屋の本社まで伺いたいとの書面を差し上
げたのが事の始まりであった。もちろん超多忙な方だからムリであれば
致し方ないと思っていたところ、電話で1日におぢばへ帰参するので立
ち寄るからとの連絡を頂いたのが3日前のことであった。
 
 私は恐縮しながらも天理市に在住する者の有難さを感謝し、お待ちし
ていますと返事した。なにしろ初対面だから、少々緊張して今日を楽し
みにしていた。
 じつは10年余り前に、個人的に名古屋にある本社を訪ね、研究所を見
学したことはある。天白区中砂町の一角に新しい工場が幾つも立ち並ん
でいるのだが、本社の社屋がどこを探しても見当たらなかった。ようや
く木造の古い建物の引き戸をガタピシ開けると、板張りの床の上に粗末
な折りたたみの机と椅子があり。その前に受付嬢が2人坐っていた。客
用の椅子も折りたたみだった。案内を乞うと暫くして波動医科学研究所
の所長さんが姿を現し。うちのトップは工場は次々に新築するのに、事
務所や研究所は一番古い建物で十分との信念を貫いているので、との説
明があった。
 その時の訪問記は、かつて<心のテープ>に書いたことがあるので、
興味のある方は下記のリンクをごらん頂きたい。
 http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/news/nikki4-22.htm
 
 さて今日の報告だが、私にとって忘れることのできない有意義なひと
ときであった。日比CEOは昭和3年生まれの80歳、少し小柄で、目鼻
立ちのはっきりしたお顔で、じつに気さくで心の低いお方とお見受けし
た。情報宣伝担当と営業所の若い社員が2人、運転をかねて随伴されて
いた。
 近所のようぼくで毎月無臭にんにく(アホエン)を送ってもらってい
る3人がぜひお目にかかってお礼を申したいとのことで接待をかねて迎
えに出た。そのことを報告すると、逆にアホエンでお世話になっている
とのお返事であった。現在でも38万人に無償配布されている上に100万
人を目標に準備に取りかかっているとのお話に驚かされた。
 私が小著に対するご理解と購読についてお礼を申し上げると、2ヵ月
ほど入院していたので十分に協力できなかったが、今後もPRしたいと
有難いお言葉を頂いた。
 その他、波動研究の発展、船井幸雄氏や村上和雄先生との関係、特殊
な岩石が溶け込んだミネラル水のふしぎな作用など、次々に未知の情報
を話して下さり、目が開かれる思いであった。また関根豊松・愛町初代
との深い縁についても神秘なエピソードを聞かせて頂いた。経営者は例
外なく神様との縁を必要としているとの話もあった。これらの詳細はま
たの機会にしたい。
 
 記念に色紙を書いて頂きたいとの希望を遠慮しながら申し出ると、こ
の世は陰と陽で成り立っているが、自分一代は陰の役目で表立つことは
避けているので、色紙も殆ど書いたことはないとのお返事に恐縮して引
っ込めた。講演も辞退し著書も出版していないとのこと。
 45分の時間はアッという間に過ぎたが、多忙な中をお立ち寄り下さっ
たのだから、心残りながら席を立たれるのを引き止めることはできなか
った。
 最後に、公開しないという諒解の上で写真を撮らせて頂きたいと希望
すると、気軽に認めて下さり、うちに来ていたようぼく3人や社員や家
人と写真に入って頂くことができた。


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<心のテープ>(号外)憲法記念日を迎えて
配信日:2008/5/5

 5月3日の憲法記念日の朝日新聞一面トップに、
<憲法9条 改正反対66% 本社世論調査 賛成23% 差開く>
の見出しで次のような記事が出ていた。
<3日の憲法記念日に合わせて、朝日新聞社が実施した全国世論調査
(電話)によると、憲法9条を「変えない方がよい」との回答が66%
にのぼり、「変える方がよい」の23%を大きく上回った。憲法改正が
「必要」とする人は56%いるが、その中で9条改正を支持する人の割
合は37%にとどまり、54%が「9条は変えない方がよい」と答えた>
<調査は4月19、20の両日に実施した。前の安倍内閣時代の07年4月
に実施した調査でも、9条は「変えない方がよい」が49%で「変える
方がよい」の33%を上回っていたが、今回は大きく差が広がった>
 他の頁の特集記事にも<「9条改正反対」自民支持層でも57%>と
なっている。
 
 何故このように世論が変化したのだろうか。その理由の一つは、改
憲を推進していた安倍内閣の退陣による国内の政治情勢の変化にある
ことは間違いないだろうが、さらには戦略に失敗したアメリカの現実
とイラク戦争の推移にあると思う。戦争では何事も解決しないどころ
か、膨大な戦費と人命・建物の破壊しか残らないことを、ここ数年の
うちに世界中に広く知らしめる結果となったからだ。
 軍需産業に依存しているアメリカは戦争による武器の大量消費を必
要としているが、膨大な軍費をまかなうために国債を乱発せざるを得
ず、ドル相場は下落し、今やアメリカの信用は地に落ちて、まともに
付き合う国は数少なくなっている。
 そうしたアメリカ軍の尖兵となって自衛隊を派遣する愚かさを日本
人も感じはじめているに違いない。
 
 一方では、北朝鮮の脅威に対抗するには軍隊が必要、とする意見も
ある。そうした単純な考え方は20世紀前半までの歴史が繰り返される
ことを前提にしているとしか思えない。
 21世紀の現代において、仮に北朝鮮が戦争できない憲法をもつ日本
に向けてミサイルを発射した場合、世界の世論が黙視するはずはなく、
直ちに経済制裁を加えるに違いない。そうした結果を見通せないほど
金正日は愚かではないだろう。
 ところが、日本が改憲して戦争のできる国になれば、日本を攻撃す
る理由を自らつくり出すことになる。過去において日本こそ朝鮮・中
国を侵略した実績があるからだ。右手にナイフを隠し持って左手で握
手を求めても、誰も信用する気にならないだろう。
 しかも、正面から日本を攻撃しなくても、テロによって原発やネッ
トを破壊する方法もある。生物化学兵器を使うこともあり得る。そう
したテロ攻撃に対して、いくら軍隊があっても敵は見えず、もはや国
同士の戦争は時代遅れなのだ。
 
 もちろん国民投票によって改憲の是非(とくに9条)を問うことに
反対しているのではない。国民の過半数が9条を堅持する意思を明ら
かにする結果となれば、民主主義を標榜するアメリカ政府は、まさか
日本人の意思を無視して戦争のできる国にすることはできなくなるだ
ろう。
 
 ここまでの記事は<戦争を語りつぐブログ>にも掲載しました。
 親神様・教祖の望まれる陽気づくめ世界を理想とする私たちの信仰
信念からすれば、戦争を肯定することは絶対に許されません。
 過去の戦争で日本が大きな犠牲を払って敗れたのは、教祖を迫害し
原典を禁圧した軍国主義の政治権力に日本人全体が支配されていたか
らであり、「おふでさき」に預言されているように月日親神の「ざね
ん」による「かやし」であったのです。
 もし日本が神意を信じて戦争できない憲法9条を守りつづける限り、
必ず神の守護によって平和が保障されると信じるのが本当でありまし
ょう。


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<心のテープ>(41号)青年会の実情
配信日:2008/5/8

 連休中の3日から4日にかけて、1泊2日で青年会の研修会があった。
広々とした駐車場など境内の整備が進められている大教会に、部内教会
の委員長が参集した。珍しくうちの三男(32才)も参加していた。彼は
10年ほど前から東京にいて仕事しているので、前日の真夜中に車で帰っ
てきた。ふだんの活動はできないし委員も会員も名前だけの状態だから、
参加するかどうか迷ったようだが、急に参加する決心をしたという。
 
 2日目(4日)の昼で研修会を終わって帰ってきた息子に感想を尋ね
てみた。研修といっても懇親をかねて夜には焼肉パーティをしたり、練
り合いするのが主なスケジュールだったようだ。参加者は部内教会120
カ所の内20人程度だから6分の1しか参加しなかったことになる。教会
は九州から関東方面まで散在しているから、連休中といっても参加者は
限られるのだろうが、それにしても少ないと思った。
 
 それでも彼は参加してよかったしムダではなかったという。とくにグ
ループに分かれて練り合いした時、みんな本音で話し合うことができた。
誰もが青年会の現状についての悩みを打ち明けた。というのは、青年
層が教会に寄りつかない。古い高年層の信者さんも数少なくなっている。
その子弟や孫の世代も後を継いで参拝しない。第一、親元を遠く離れて
生活している場合が多い。教会を維持するために自分も社会へ出て働い
ているから、教会の御用と両立できない。このままでは、いずれ家族だ
けになってしまうに違いない。そんな悩みをもつ後継者が殆どであった
と彼(息子)は報告した。
 
 こうした悩みは決して特殊なケースではない。もし過半数の教会の青
年層が同じ悩みを抱えているとすれば、もはや個人ではなく組織に問題
がある。その責任を個人に転嫁して全体的な原因を解明せずに、何の対
策も講じようとされない現状は納得できない。
 天理時報にも、こうした実情についての記事は一切掲載されない。ど
うすれば現状を打開できるのか、議論や意見交換をする場もなく危機意
識もない。
 
 青年会だけでもタテの直属青年会を廃止して、ヨコのつながりを強め
るために教区青年会の一本建てにするべきだ、という意見に私は賛成し
たい。一人の会員がタテ・ヨコ両方に所属しているために、どちらも中
途半端になってしまうからだ。
 系統の部内教会は広い府県に散らばっている。その青年層を大教会に
集めようとしてもムリがある。せめて青年会だけでも活動を地域に集約
して行えば、参加者同士の連帯感も育つはずである。青年会を教区だけ
にしても、障害となる事情が起こる理由は何もない。むしろエネルギー
が分散されないから活動が盛り上がるに違いない。
 
 そうした改革もされず過去の体制を惰性で続けているだけでは、発展
どころか現状も維持できなくなることは目に見えている。発展は現状か
らの脱皮なくして不可能だ。ヘビも脱皮しなくては大きくなれないし、
毛虫は蝶に変身するからこそ空を飛ぶことができるのだ。
 組織は社会に開かれていなければならない。教理と組織は一体化され
なければならない。「一列ろくぢ」の教理とタテ系統で成り立つ教会の
二重構造が解消されない限り、矛盾は拡大するばかりである。

「言葉はその場だけのもの。言葉の理を拵えてこそ、八方である。」
   (おさしづ 明治三十七年十一月二日 本席身上御障りに付願)


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<心のテープ>(42号)ひとり暮らしの心境
配信日:2008/5/15

 じつは先日から、ひとり暮らしせざるを得なくなった。10日の月
次祭の前に家人が上京したからだ。というのは、前号(41号)で報
告した息子(三男)は昨年結婚したのだが、出産が近づいていた嫁
が予定日より早く産気づき、本人の母親は10年ほど前に他界してい
るので、放っておけなくなったからだ。家人が不在の月次祭をつと
めるのは、30数年来ふり返ってみれば一度もなかった。それでも近
くにいるようぼくの助けを借りて、何とか無事つとめることはでき
た。
 赤ん坊が産まれるという芽出たいことが理由なので、誰も同情し
てくれる人はない。今まで三男は何かと教会や親の手助けをしてく
れたし、彼の望みに応えるために私がひとり暮らしするのは仕方な
い。
 
 ところが家人を天理駅へ送って帰ってきたとたん、予想もしてい
なかった気持ちが心の奥底から湧いてきた。何となく心が空白にな
ったようで、何もする気にならず、腑抜けのような気持ちだった。
こんな気持ちは初めて経験した。ちょっと大げさかも知れないが、
今まで家に居るのが当然と思っていた相手がいなくなった喪失感と
でも言おうか、寂しさとは一寸違った孤独感と言えるかも知れない。
もし出直していなくなった場合、これぐらいでは済まないだろうと
思った。

 来年で50年目の金婚式を迎えるので、長年連れ添った夫婦は空気
のような間柄とよく言われるが、空気なら無くなれば息ができなく
なるはずだから、息苦しいのではなく息する気がしない状態かも知
れない。
 もちろん、そんな気持ちがずっと続いているわけではない。間も
なく気を取り直して次々と用事に追いかけられて動いているから安
心して頂きたい。
 
 思えば私たちの結婚は、恋愛でも見合いでもない。いわば生まれた
時から縁があったというか、二人とも幼時から青年期まで詰所の塀の
中で育った間柄だから、私にとっては異性というより兄妹に近い感情
しかなかった。
 私が二十歳を過ぎて二度も家出して、このままでは何をするか分か
らないので、両方の親同士が話し合って結婚話をすすめたのであった。
私はべつに彼女に悪い感情はもっていなかったし、独り暮らしの不便
さが限界にきていたので、迷わずに同意した。そんな結婚のしかたは
おかしいと反対する身内もあったが、自分のことだから放っておいて
くれという気持ちだった。
 
 小著の奥付に経歴を記した通り、40歳になるまで私は9回も住所を
移転している。家庭をもってからの引っ越しもその半数に達するが、
女房は文句も言わず黙ってついて来てくれた。独り身の頃と同様に自
分の希望を優先して家庭を無視していたと言われても仕方ない。
 ようやく図書館司書の資格をとって落ち着いたのは7年間だけで、
ひどい痛みにやつれ果てた身上障りのあげく、経済的な先の見通しも
ないまま退職を決意した。家庭を顧みないとはいえ、その後は最低限
の生活を維持するためにアルバイトを転々とした。そのために本当に
実現したい目標が遅々として進まない時期もあった。
 
 誰しも経験することだが、人生には自分の思いも寄らない節目が幾
度かやって来る。その時どんな選択をするかが難しいし、選択する余
地のない事情もあるだろう。
「節から芽が出る」という教えは間違いない。どんな選択をしたにせ
よ、過去を振り向いて後悔しても始まらない。いつも前向きに心を定
めれば、きっと「節から芽が出る」ご守護を戴けると信じるほかはな
い。私の場合、どんな節目に遭遇しても、ただ一つの目標=原典を元
として教理を普遍的・体系的に理解したいという願望を見失わなかっ
たことに満足している。

 自分個人のことを話したり書いたりするのを好まないのだが、こん
な心境を告白する気になったのも、ひとり暮らしを余儀なくされたか
らに違いない。
 結論として、この世に男女の別をつくり、それぞれの特徴を与えら
れた有難さに思いを致すと、今さらながら創造主の親心に改めて感謝
せずにはいられない。その意味で、ひとり暮らしは不自然であり、お
互いどんなに不足不満があっても連れ合いのいない生活は、やはり人
生の半分しか生きていないことになると思う今日この頃なのだ。
 ところで昨日、東京から男児の孫が誕生した知らせが届いて感謝と
ともにホッとした気持ちに満たされている。


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<心のテープ>(43号)中国四川大地震に思う
配信日:2008/5/22

 中国奥地に大地震が起こってから10日が過ぎた。被害は日増しに
拡大するばかりで、ひとり暮らしがどうのこうのと言ってはいられ
ない。19日の時点で死者・行方不明者は凡そ6万人と報道され、さ
らに被害が増大する状況になっている。
 四川大地震の直接の原因はインドとモンゴルの中間にあるプレー
トの移動といわれるが、なぜこの時期に、この土地で地震が起こっ
たのか、偶然なのか必然なのか、という疑問が深まるばかりだ。
 地震だけではない。ミャンマーでは巨大なサイクロン(台風)に
よる風水害で莫大な被災者が出たかと思えば、今度の大地震が続い
て発生した。とくに肉親を失った被災者の悲しみはいかばかりかと
心が痛む。
 
「この世は神のからだ」人体は「神のかしもの」との教えを信じる
からには、地球も人体も同じ守護の理、つまり「一体性創造システ
ム」で成り立っていると受け取ることができる。地球はガイア(地
母神)とも呼ばれている。もちろん地球だけが独立して存在できる
わけはなく、太陽系全体に組み込まれて存在していることはいうま
でもない。
 それ故、地球の異変は神のからだの患いであり「病いの元は心か
ら」の現れであるから、人類全体が積み重ねた心のほこりが元とな
って自然環境に異常が起こるのは必然の結果といえるだろう。
 
 人体は頭脳・内臓(五臓六腑)・目耳鼻・手足などが一体となっ
て、互いにひのきしんし合って生かされている。社会も政治・行政
.法律から成り立っている組織である以上、国民はそれぞれの分野
で頭脳や感覚や手足などの役目を受け持っている。
 地域からいえば、首都は中枢神経が集積している脳にあたる。地
方都市は脊髄の神経節ともいえるし、手足に当たる山間僻地もある。
その意味でも大都市だけが栄えて地方が寂れるのは、決して健全な
社会体制とはいえないだろう。

 地球・社会・人体のいずれにせよ、病状は脳髄や内臓に現れると
は限らない。例えば、脳梗塞や糖尿病の症状は、まず手足のシビレ
や感覚マヒなどの異常となって現れる。その異常の原因を確かめず
に放置すると、さらに病気が悪化することは間違いない。
 このたびの風水害や大地震は、いずれも山間地方で起こっている。
そうした地方では経済的な格差(人体でいえば貧血)で政府(頭脳)
に対して不足不満が鬱積していたに違いないし、災害が起こると政
府も放置できずに緊急対策を迫られている。いわば頭脳に手足の痛
みを知らせる情報を送っているのだ。
 もちろん被災者に対する緊急の援助や対策は欠かせないし、すべ
てを一体として観るとき地球上で起こることは他人事ではない、い
つか大都会(頭脳)で大災害が起こらないとはいえない。それを防
ぐためには、地球・社会・人体を共通ののシステムと受け取って、
健全な体制に近づけるための根本的な方策を講じることが大切であ
ろう。
 
 原典「刻限さしづ」の次の一節にどのような神意が表されている
のか、災害が起こるたびにいつも思い浮かぶ一節がある。(カッコ
内は筆者の注記)
「いかなる道も見えて来る。うっかりはして居られん。そこで身に
障り。あちらの事情が走り身上が迫る。身上が迫るやない、世界の
道が迫る。どんな道が見えて来ても案じる事は無い。恐れるも心、
案じるも心、勇むも心、皆々の心を寄せてよく聞いて置かねはなら
ん。包み包みて胸の内、遠くいかなるも心一つの道、心一つの理を
めんめん一時という。どんな事がありても、辺所(辺鄙な地方)で
はどんな難儀が起こるやら知れん。皆承知をしていれば、その日が
来てもほんにあの事情かと、心に楽しむ。いっぱしどういう事情に
なるとも、日本一つの道がある。こう(効)がある。神一条と言う
てある。分からんやあろうまい。案じる事は要らん。天より始めた
一つの道を治めるという。」(明治24.5.18)


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<心のテープ>(44号)賞を総ナメにした俳句の鑑賞
配信日:2008/5/29

 長年にわたり友人としておつき合いのある同年輩の女性歌人がいる。
彼女の名は知る人ぞ知る田嶋イホ子さん。現在も月刊誌「陽気」の道柳
選者を担当し。多くの愛好者から師として敬愛されている俳人でもある。
 
 ところが私は短歌や俳句をつくるのは苦手で、鑑賞眼もおぼつかない
と自覚している。先日、その田嶋イホ子さんから、最近の俳句をワープ
ロで入力してプリントしてほしいとの依頼を受け、それぐらいのことな
らお安い御用と引き受けた。
 預かった俳句のメモを読んで驚いたことに、関西俳句会に応募した5
つの句が、特賞をはじめ一席から三席まで、総ナメにして受賞している。
 とにかく手元のコピーから、それらの俳句を紹介しよう。
 
(特賞) 逢ふも旅 別れも旅や 夏つばめ

(一席) 万緑に 耐えて無心の 美を歩く

(二席) 浮きあがる までの重さ 落椿

(三席) 夏怒濤 言葉とならず 崩れくる

     葱坊主 この身このまま 老ゆるべし
     
 この句を味読された感想はいかに? 俳句にうとい私でも、さすがに
入賞するだけの独創的な作品とうなずける。四季折々の自然の風物に作
者の情緒が一体となって溶け込んでいるからだ。
 二席の句は芭蕉の「古池や 蛙とび込む 水の音」を連想したくよう
な深い余韻がある。私の好みからいえば、最後の「葱(ねぎ)坊主」の
句が、何となく老境の心境がにじみ出ていて共感させられる。
 
 短歌や俳句は日本人にしか創れない、と岡潔博士は断言している。そ
の理由は、欧米人の心は自然と人間を切り離して認識するのに対して、
日本人は長い歴史の蓄積の中で、無意識のうちに自然との一体感が根底
にあるからだ。
 自然は単なる物質ではなく、自分の心の中で自然と共に生きている。
日本人だけにそうした感性が発達したわけは。四季の移り変わりととも
に千変万化する豊かな自然に恵まれた環境が大きな要因となっているに
違いない。
 
 とはいっても、田嶋イホ子さんの俳句は私には絶対に創れないし、日
本人なら誰でも創れるわけではない。誰でも松尾芭蕉にはなれないよう
に。やはり生まれつきの類い稀な感性がなければムリだろう。
 田嶋さんに率直な賛辞を述べると、必ず「私は才能も何もないので・
・・」と、いつも謙遜される。そんなことはない。田嶋さんの祖父も実
父も優れた教育者としても名を残した歌人・俳人であった。父母はこの
道に引き寄せられて入信し、神奈川県に教会を設立し、彼女はそこで生
まれ育った。青春時代におぢばで専修科を卒業し、その頃からの知人・
友人も数多いと聞いている。
 
 かつて私は、田嶋さんに直言したことがある。自分に才能がないと謙
遜するのは、親・先祖の名を軽んじていることになると。体質が遺伝す
るように、また心の遺伝子がいんねんとなるように。芸術の才能も親・
先祖から受け継いだ徳にちがいないからだ。昔から、血は争えないとい
う言葉もある。
 事実、田嶋イホ子の名は今回の関西俳句会に限らず、朝日・毎日など
大新聞の歌壇・俳壇でも数々の賞を受けてきた実績があり、教内外に多
くのファンがいる。にもかかわらず、未だ一冊の歌集も出していないの
が惜しまれてならない。いくら出版をすすめても言を左右するばかりな
のだ。
 
 私の個人的な感想はこれくらいにして、受賞の句と一緒にプリントし
た俳句会での5つの句を次に紹介しよう。
 
 言魂の さすらうあたり 夕ざくら
 
 我が命 さびしく花は うるはしく
 
 待つといふ このさびしさ 青りんご
 
 かなしみは 着流しでくる 桐の花
 
 親も子も 野火の匂いの ズボン脱ぐ


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<心のテープ>(号外)手書き原典資料の頒布について
配信日:2008/5/30

(手書き原典資料)「おさしづに啓示された理の研究:全6部」

「第一部 天の言葉」をご希望の方に見本として無料送呈中

 凡そ35年前に原典研究の出発点として作成しました上記資料は、
何度か版を重ねましたが、なにぶん6冊が各々別冊になっているた
め、一部に欠本ができるたびに増刷を繰り返してきました。
 その中で「第一部 天の言葉」および「第六部 身上・事情」は
欠本を補うために<天理と刻限>サイト上に再入力して連載してい
ます。
 ところが、昨年の秋、倉庫を整理してつとめ場所の拡張と客間に
改造することになり、その作業の途中で、欠本と思い込んでいた資
料が下積みになっているのが見つかりました。
 つきましては、全6部揃いの在庫が少部数ありますので、ご希望
の方に下記の要領でお分けしたいと思います。
 
1)第一部は余分の在庫冊数がありますので、希望される方に見本
 として無料送呈いたします。

2)その現物をごらん頂いて、第二部〜第六部まで揃えたいと判断
 される場合、一部につき頒価@600円を半額の@300円にさせて
 頂きます。(表紙の変色や汚れがあるため)

3)従って無料送呈の第一部を除いて残りの5冊分で合計1.500円
 となり、送料500円を加えて2.000円で全部揃うことになります。

4)上記の要領をご了解の上、申し込み下さる場合、メール・ハガ
 キ・FAXのいずれかで、送本先の氏名・〒・住所だけお知らせ下
 されば、折り返しメール便で「第一部 天の言葉」を見本として無
 料送呈させて頂きます。(個人情報は厳守いたします)

5)第二部以下が不要の場合、当方から強いておすすめいたしませ
 んので、同封の郵便振替用紙を破棄して下されば結構です。

6)もし第二部以後の全巻を希望される場合は、お手数ですが、振
 替用紙で2000円を払い込んで下されば、残りの全巻5冊を揃えて
 送本させて頂きます。(在庫が無くなれば、予めお知らせして頒布
 を終了させて頂きます)

7)このおさしづ資料作成の経緯、目次、画像などについては<天
 理と刻限>サイトの下記ページに記載していますので、アクセス
 してご検討下さい。
 http;//www.geocities.jp/tenri_kokugen/tosyo/osirase.htm
 
 みさと編集室
 〒632-0075 天理市西井戸堂町522-14 御里分教会内
 TEL & FAX 0743-63-1961
 misato_bk@yahoo.co.jp


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<心のテープ>(45号)今週の“受け売り”情報
配信日:2008/6/5

 “受け売り”とはいうものの、別にお金が掛かっているわけではない。
無料でいくらでも情報をゲットできる今の時代、見流し聞き流さなけ
れば記憶がパンクしてしまいそうだ。
 その中で、自分の関心と一致していて印象に残っている情報だけを
選んでみることにしたい。すでにご存知かも知れないし、読者の関心
と一致するかどうかは分からないが、こんなニュースもあったことを
再確認する意味で目を通して頂ければ幸いです。

<キングペンギンの愛情子育て>

 毎週土曜19:30からの「ダーウィンが来た」で、南極に200万羽
棲んでいるキングペンギンのうち50万羽が集まっている氷原が舞台に
なっていた。その棲みかとなる氷原の減少が、ペンギンの生態に影響
を及ぼしている。
 ペンギンの中でも最大の皇帝とキングの2種は、一度に一つの卵し
か産まない。そのたった一つの卵を真冬の間、両親が1週間交代で飲
まず食わずで卵を羽根の下に抱きつづけている。子供が卵から産まれ
てからは、海へ出て胃袋に溜めた餌を吐き出して口移しに子供に与え
ている。子ペンギンは何十万羽の中から親の鳴き声を聞き分けて見つ
けるそうで、それほど親子の絆は強いのだ。
 この映像を観ながら私は考え込んでしまった。ペンギンと違って過
去を反省し将来を予想できるのが人間であるにもかかわらず、明日の
ことも考えない異常な人間があっちにもこっちにも暮らしているから
だ。ギャンブル依存症の患者や最近多発している強盗殺人などの犯人
も、明日は破滅に決まっているのに、人間の顔をしていながら、今の
一瞬しか意識できなくなる人間失格者に違いない。相手やその家族の
悲しみを全く感じられない畜生以下の餓鬼に落ちた姿なのだ。

<アフリカで根付く憲法9条>

 今アフリカで日本の憲法9条に関心が集まっているというニュース
映像をテレビで観た。
 部族抗争に明け暮れてきたガーナでは、土地をめぐる部族間対立に
よる抗争のあげく、その結果が若者の死や土地の荒廃をもたらせるだ
けに終わることに目が覚めかけている。内戦は憎しみと仕返しの悪循
環でしかないことにようやく気づき始めている。
 本当の平和は武器のない状態であり、日本国憲法はすでに60年以
上も前に理想の灯を高く掲げている。
 その9条を手本にして新しい国づくりに取り組んでいるのは喜ばし
いことだ。
 ようやく武器のない社会の大切さに気づいたアフリカでは、異なる
部族の子供達が同じ学校に通って仲良く学んでいるという。子供にと
っては部族の違いなど関係ないのだ。
 日本語の「もったいない」を世界にPRしてくれたのはケニアの環
境副大臣でノーベル平和賞を受けたマータイさんである。彼女はいま
来日して、アフリカの深刻な食糧不足を訴えている。その理由の一つ
として、平和でなければ農民が農産物の種をまいて育てることができ
ないために食糧不足になると言っている。
 これからは「もったいない」だけでなく「憲法9条」の理想を大い
に世界に訴えて広めてほしいものだ。

<サンゴ礁はいのちの宝庫>

 月曜の真夜中に目が覚めて、何気なくラジオのスイッチを入れると、
NHKのラジオ深夜便の時間で、珊瑚(サンゴ)研究の権威、東大大
学院教授の先生のナイトエッセーを再放送していた。
 サンゴは鉱物・植物・動物の三つの性質を併せ持っているというの
は聞きはじめだった。内側は石灰質の骨格(鉱物)がいろいろな形を
つくっていて、その表面に住まわせている植物に光合成させて餌にし
ている。いわば自分の体に畠を持っているようなもの。しかも卵と精
子が詰まっている袋を放出するから動物に違いない。
 サンゴが積み重なってできるサンゴ礁には、たくさんの生物が棲み
ついている。天然の防波堤となり、美しい外観から観光資源ともなる。
サンゴの色は共生植物の色であり、死んだ後は石灰色に変色してしま
う。これをサンゴ礁の白化と呼ぶ。
 20世紀末頃から全世界的にサンゴ礁の白化が広がった。オーストラ
リア、カリブ海、石垣島をはじめ沖縄の島々でも、サンゴ礁が死んで
石灰の残骸だけになった。細菌感染やダイナマイト漁法による死滅も
あるが、その大きな原因は地球温暖化による水温の上昇にあることが
明らかになっている。
 そこで今、サンゴの養殖法が研究されている。海中に放出された卵
子と精子の袋の殆どは魚の餌になるが、受精したサンゴの幼生を集め
て養殖し、適当な場所に植えつけて繁殖させる実現可能な養殖法の研
究が進んでいる。
 
 半ば眠りながら興味ある話だけは記憶に残っている。人はみんな心
にフィルターを持っているから、関心のない話題は覚えていないもの
だ。
 ところが、そのフィルターが破れているか欠損していると、要不要
の区別ができなくなって情報の洪水に流されてしまう結果になる。あ
るいは一切の情報を受け入れず、自分の偏った主張だけに固執するよ
うになる。いずれも健全な精神状態とはいえない。
 1991年だから18年前になるが、当時はまだインターネットもまだ
普及していなかったので、各省庁共同の情報化推進会議とか日本情報
処理開発協会があって、その20周年記念の公募論文に応募した私のエ
ッセーが最優秀賞に選ばれたことがあった。自己PRになって恐縮だ
が、心身の共通性・一体性を基に、その後の情報化社会の問題点を先
取りした内容なので、もし余暇のある方は下記のページを読み返して
頂ければ“情報とは何か”を考える上で参考になると思う。
「私たちのくらしと情報化」
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/jouhou-index.html
「インターネットの機能と功罪」
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/it.htm


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<心のテープ>(46号)忘れられた悲劇の歴史=天理教の戦前・戦後
配信日:2008/6/12

 なぜ悲劇の歴史なのか、その理由さえも忘れられている現実を悲劇
と呼ばずして何と言うべきか。悲劇の歴史であったという自覚の欠如
が、今も悲劇が終わらない原因なのだ。といっても、私の年代より下
の人々が戦前の歴史を知らないからといって責めるわけにはいかない
が…。
 
 私が悲劇の歴史と呼ぶわけは、明治40年から敗戦後の昭和40年まで
の少なくとも60年間、原典「おさしづ」を棚上げしたまま教会が設立
され発展してきた歴史があるからだ。「おふでさき」にしても、警察
の手から守り没収を免れたことが奇跡的な幸運といえるほど迫害干渉
の時代が続いたのであった。上記の「おさしづ」全7巻は、昭和41年
の教祖80年祭を期して全教会に配布されたのであった。
 昭和11年の教祖50年祭、その翌年の立教百年祭当時、二代真柱の意
志で原典が印刷・発行されたことはあったが、直ちに発禁処分になり
回収と焼却を余儀なくされた。
 明治20年から40年まで、つまり飯降本席による「おさしづ」の啓示
が続いていた20年間、「応法の道」としての天理教は野火が燃え広が
るように全国に500万人以上も信者が増え、教会が次々に設立されてい
った。そして明治40年に本席亡き後、昭和40年に至るまで、さしづを
拝読できないままの60年の間に教会制度が固められていったのが歴史
の真相である。
 
 敗戦までは「みかぐらうた」も「よろづよ八首」をはじめ三下り目
や五下り目を歌うことは禁止され削除された。その理由は、
「ひのもとしよやしきの つとめのばしよハよのもとや」(三下り目
一ツ)
「ここはこのよのもとのぢば めづらしところがあらはれた」(五下
り目九ツ)
というお歌の「ひのもと」「よのもと」「もとのぢば」など、古事記
を聖典として日本の根源は伊勢神宮にありとする国家神道に反する歌
詞は、たとえ神楽歌といえども排除されたからであった。

 明治以後の政権は欧米のキリスト教に倣って神道の国教化を推し進
め、軍国主義が権力を握るとともにその傾向はエスカレートした。一
貫して教祖の教えを否定し禁圧してきた主義・思想が正しいはずはな
かった。にもかかわらず、昭和20年の敗戦に至るまで日本人の殆ど全
部が天皇教信者であった。
 国家神道を信じなければ個人も組織も生き残れない時代であった。
その意味で、昭和20年の敗戦当時10代の後半以上の年齢に達していた
日本人には、天皇を神として必勝の聖戦を信じた負い目と責任がある
ことは否定できない。
 個人として信じるだけではなく、指導的立場にあった者は、人に間
違った信念を強制した責任を負っていた、中学校の教師も例外ではな
い。もちろん宗教的指導者の責任も逃れることはできない。ところが
オトナたちは戦後、反省を語ることはなく沈黙を守るか、変身して
180°違った信念を語り出した。
 
 昭和20年の敗戦によって日本は大きく変革された。教祖の教えを差
し止めていた「上・高山」の軍部権力が「一夜の間に」崩壊し、世の
中は大掃除され「ろくぢ(平等)に踏み均され」た。男女同権や信教
の自由が保障され、差別撤廃が社会の通念となり、施し合いの社会福
祉を推進することが当然の義務となった。百年前に教祖お一人が通ら
れたひながたの道は、誰も反対する者のない万人のひながたとなった
のである。
 こうした戦後の大変革は、すべて教祖が「見えん先から」おふでさ
きにしるされ「おさしづ」に予告されていた刻限の到来に他ならなか
った。
 
 私のように敗戦の年に10代前半の少年であった者には、戦争に勝つ
と信じた負い目や責任はない。だからオトナの心理を察するとともに、
人間の信念の変わりやすさ・頼りなさをイヤというほど痛感し、オト
ナの言うことを信じられなくなった。
 ただ「元の神・実の神」と公称される神の啓示だけは信じ得る可能
性はあった。事実、原典「おさしづ」は昭和20年の敗戦という刻限
(それを「一日の日」と呼ばれている)において、日本の国も道も大
きく変わることを前提に諭されていることを知って、見えん先を見通
されている天の言葉だけは間違いないと信じることができた。
「おさしづ」は、来るべき立て替えの大掃除がなされる刻限までの間、
「応法の道」「神一条からは万分の一の道」ではあっても、何とか道
のようぼくを連れて通るための現実適応の啓示であり、「おふでさき」
と表裏一体の関係にあることは明らかであった。

 戦後20年を経た昭和41年、教祖80年祭が執行され、その翌年には
二代真柱が出直された。教祖80年祭を期して「おさしづ」全7巻が戦
後初めて印刷・発行され全教会に配布された。二代真柱の最後の遺志
によるものであった。
 前述した通り、教会は原典を棚上げしたまま設立され発展してきた。
それ故に、今さら原典を必要としなかった。戦前は発行禁止のため棚
上げを余儀なくされた原典は、戦後は飾りものとして棚上げされたま
まとなった。
 時に「おさしづ」が引用され参照されることがあるにしても、それ
は教会にとって都合の良い神示に限られ、全7巻6300頁を超えるさし
づ全体の九牛の一毛に過ぎない。
 
「おさしづ」全巻が全教会に配布されてから8年目に有名無実の教会
をお預かりすることになった私は、自分の責任として原典を拝読する
ことから出発しようと決心した。
 ユダヤ教であれ、キリスト教であれ、聖書を読んでいない牧師(聖
職者)はあり得ないからだ。どこにも参考書を見出せなかった私は、
自力でおさしづ全体を体系的に構成する以外になく、その作業に熱中
した。二年にわたる手書き資料の作成に携わりながら、私は原典の絶
対性を益々確信するに至った。
 一つの分冊が出来上がるごとに真柱宅にお届けした。それが当然の
義務と思ったからであった。その頃、ある席で前真柱様にお目に掛か
る機会があって、受け取って頂いているかどうか直接に確かめたとこ
ろ、届いているが忙しくて目を通す暇はないとのお返事に落胆したこ
とを思い出す。
 
 ここで再確認したいことは、今までに教内出版物で引用されている
「おさしづ」は、全体のごく一部であること、私の作成した手書き資
料には、今まで恐らく一度も目にしたことのない刻限さしづの数々が
含まれていることである。
 一例を揚げると、次のような「おさしづ」の一節を今までの教内公
刊物で読まれた読者はないと断言してもいいだろう。( )内は筆者
による補足。
   
「さあ∧遠からず(往還の)道見える。遠からず(神一条の)理が分
かる。遠からず分かる事知らずして、応法世界の理に押され∧、だん
だん根気尽くし罪重ね、心一ぱい働き(をしても)働き損になっては
ならんで。これをよう聞き分け。一日の(刻限の)日を以て尋ねた理
のさしづ(を棚上げして)、(道が)栄えると思うか∧、栄えると思
うか。さあ∧栄えるか。栄えると思えば、大いに取損ない」
            (明治34.2.4「第三部 神一条の道」より)

「どんな山坂あるやら分からん。何程通してやろうと思えど、神一条
の道を忘れては、山坂ころっと落ちにゃならん。このやしきたすけや
しきと言えど、めん∧の心の差違に重なれば、どんな災あるやら分か
らん」(明治24.7.24「第四部 鏡やしき・ぢばの理」より)

◎上記の一節を含めて、手書き原典資料『おさしづに啓示された理の
 研究:全6部』には数多くの重要な刻限さしづを収録しています。
(第一部 無料送呈中=詳細は5/30発行のメルマガ号外をごらん下
 さい)

◎また小著『教祖ひながたと現代=復元への意識革命』(1200円・
 在庫あり)では、明治から昭和に至る教会の歴史を跡づけています。


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<心のテープ>(47号)無差別殺人が起こる原因は??
配信日:2008/6/19

 10日前に東京・秋葉原で起こった無差別殺人事件のことが心から離れ
ない。犯人は25歳の青年で「誰でもいいから人を殺したかった」と7人
を死に至らしめ、10人に重軽傷を負わせた。
 秋葉原では35年前から休日には歩行者天国が続いていて、警備体制は
何もなかったという。そこへトラックを乗り入れて3人を轢き殺し、さ
らに鋭利なナイフで4人を刺殺した。被害者にとっては、まさに地震の
ように予知不能の事件だった。
 今年3月茨城県土浦市で起きた8人殺傷事件、その直後のJR岡山駅
ホームからの突き落とし事件など、いずれも犯人は「誰でもよかった」
と言っている。顔や体だけは人間でも、人間らしい感情や思考を失った
男は、社会的に存在を許されない危険極まるケモノになる。否、ケモノ
はナイフや包丁などの凶器は持っていないから、それ以上に危険な存在
になる。
 
 先々週の45号で、ペンギン親子の生態を紹介しながら次のように書い
たところだった。
<この映像を観ながら私は考え込んでしまった。ペンギンと違って過去
を反省し将来を予想できるのが人間であるにもかかわらず、明日のこと
も考えない異常な人間があっちにもこっちにも暮らしているからだ。ギ
ャンブル依存症の患者や最近多発している強盗殺人などの犯人も、明日
は破滅に決まっているのに、人間の顔をしていながら、今の一瞬しか意
識できなくなる人間失格者に違いない。相手やその家族の悲しみを全く
感じられない畜生以下の餓鬼に落ちた姿なのだ。>

 秋葉原での殺人犯の男は、警官から拳銃を向けられると、手にしてい
たナイフを落としたという。無差別に7人も殺しながら、自分が射殺さ
れることは怖かったのだ。犯人の人権など考えずにもっと早く警官が銃
で威嚇していれば、被害が少なくて済んだかも知れない。
 いま日本では年間3万人を超える自殺者が出ている。毎日80人が自ら
命を絶っている計算になる。それらの人々は少なくとも第三者には危害
を与えていない。自分で自分の命を絶つのは勝手だが、自分は生きてい
たいくせに他人の命を奪う行為は絶対に許せない。
 
 ところが、マスコミの報道は被害者を無視して加害者の人権ばかり守
っているように思えてならない。第一、現行犯で逮捕された犯人を何故
「容疑者」と呼ぶのだろうか。容疑というのは、まだ犯人かどうか確定
していない場合に使うべきではないか。
 現行犯で逮捕されながら安全に身を守られて、衣食住が保障される。
一方、死者となった被害者は、もはや生きていないから人権を守る必要
がないというのだろうか。突然に断ち切られた本人の人生や家族の悲痛
な思いは報道されずに葬られてしまう。
 もし世の中に法律がなかったとすれば、犯人は被害者の家族から報復
のリンチを受け、殺した人数と同じく自分も7回殺されても仕方ないだ
ろう。法律があるからこそリンチは禁止されるのだが、それは社会の秩
序を守るためであって犯人を保護し弁護するためではない筈だ。
 
 殺人という行為は、人類始まって以来のテーマといえる。時代劇や推
理小説のテーマから殺人を除けば成り立たない。戦争は国家による無差
別大量殺人に違いない。国家間の戦争の代わりに出現したのが無差別テ
ロであり、個人による無差別殺人も21世紀型の犯罪といえるかも知れな
い。特定の相手への憎悪・復讐・処罰などを動機とする殺人なら、まだ
しも理由は説明できるが、相手は誰でもいいという殺傷行為は、最低レ
ベルの人間らしい心さえ失った最も卑劣な犯罪に違いない。
 
 にもかかわらず、犯行をためらっていたとか、誰かに止めてほしかっ
たとか、不遇な派遣社員の孤独と絶望とか、付き合っている女性もなか
ったとか、犯人の心情に理解を示すかのような記事ばかり報道され、被
害者の家族や友人たちの悲痛な心情は無視されているとしか思えない。
 こうした無差別殺人の特徴は、殺された人たちに家族があり、それぞ
れの人生があることへの意識が全く欠如していることにある。とすれば、
報道する側も犯人と同様に、被害者に対する意識が欠如しているのだろ
うか。
 犯人への厳しい断罪と非難が見られないために、この事件を真似たイ
タズラや摸倣犯が次々に表れている事実が、こうした報道の歪みを反映
している。

 犯人と3つ違いの実の弟の手記が週刊誌に発表されている。弟は犯人
を兄とか名前で呼ぶのではなく「アレ」と呼び、兄弟という意識さえ欠
落している。
 信用組合に勤める父と3歳上の母と2人の兄弟の家庭は、幼時は楽し
かったが、小学の上級生になる頃から冷え込んでいた。家族は別々の部
屋に寝て、テレビを観るのは禁止、ゲームは土曜に1時間だけ、マンガ
を読むことも許されなかった。
 とくに母が教育熱心で、つねに完璧な結果を求めて厳しく管理された
状態にあった。女の子との交際は厳禁を申し渡された。犯人の兄が県下
随一の進学校に入ったものの成績が芳しくなかったので、母は弟を優先
して期待するようになった。
 両親は別居して帰るべき家庭は崩壊し、兄弟が顔を合わせることもな
かった。
 こうした家庭環境は特別に異常とはいえず、ありがちな状態であると
すれば、これからも起こり得る可能性があるからソラ恐ろしいという意
見もある。
 
 いずれにせよ、この犯人のような青年が育った原因は、今の日本の家
庭に見られる7つの要因のどれかにあるという説を否定できないだろう。
すなわち、過保護・過干渉・放任・両親の不仲・家庭内暴力・兄弟の不
公平・ネグレクト(育児放棄)等々。
 たしかに犯人の青年は、親を信頼し依存することができない環境に育
っている。最も身近な肉親を信頼するどころか激しく憎悪していたとす
れば、まして他人を信頼できないのは当然といえる。こうした人間不信
の意識から「殺すのは誰でもよかった」という冷酷な言葉が平気で発せ
られる。
 
 ここで見逃すことができないのは、親と本人が何より優先して信じて
いる歪んだ価値観である。子供のいのちへの感謝や歓びではなく、他の
子供と競争して勝ち組になること、他人より優位に立つことにしか価値
を認めない。あまりにも自己中心的で、刹那的な心といわざるを得ない。
いのちの不思議、心と体のしくみ、人生の目的について全くの無知・無
関心としか言いようがない。
 今さらながら「おふでさき」にしるされているおうたの真実を思い起
こさずにはいられない。
 めへめへのみのうちよりのかりものを 
 しらずにいてハなにもわからん    (三号ー137)


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<心のテープ>(48号)アンチ・エージングについて
配信日:2008/6/26

 天理高校の同級生が今年喜寿を迎え、卒業後60年に当たるということ
で、記念の文集をつくることになった。たまたま私は天理市内に住んで
いるので、編集の手伝いをすることになり、市内の同級生宅で6人ほど
準備の会合をもった。
 メンバーには大学の名誉教授が2人と福祉NPOの代表がいて、女子
は大阪のど真ん中で貸店舗をもつ家主あり、天理市の山奥で山林業を営
む女傑ありで多士済々というところだ。前にどこかで書いたことがあっ
たが、賃貸マンション業界のトップにある教会出身の実業家も同級生の
1人であり、今回の企画には経済的に協力すると約束してくれている。
 
 ところで前記の山林業の女傑?同級生は、たしか早くに未亡人になっ
たと聞いているが、山奥から街に出ては多趣味多才の本領を発揮して、
まさにアンチ・エージングを地で行っている。誰が見ても未だに50代に
しか見えないから驚き桃の木なのだ。
 その準備会にも彼女が最近発明賞を受けたアイディア杖の試作品を持
って来ていた。握りの所にあるボタンを押すと、杖の先にある豆電灯が
ともって足元を照らす仕掛けになっている。その他、社交ダンスにお絵
描きに料理に、八面六臂の大活躍で、少しも歳を取らないから、誰が見
ても感嘆するばかりなのだ。
 
 じつはかく言う私も、歳よりずっと若いつもりでいる。白毛まじりだ
が髪の毛は十分あるし、腰も曲がっていないつもりだ。腰といえば、1
年半ほど前に胆管結石を内視鏡で除去してもらってからはウソのように
軽くなり、歩くことが苦でなくなった。
<心はいつまでも歳をとらない>という言葉は、クレオパトラが言い遺
したとか、定かではないが、私のモットーにしている。とはいえ、ふと
歳を思い起こすと、こんなに好奇心旺盛で何でも手を出していては、い
くら時間があっても足りないと反省している。いま手をつけていること
で精一杯だから、これ以上あまり関心を広げないようにしたい。

 ある真夜中のこと、例によってラジオの深夜番組でアンチ・エイジン
グまたはエイジング・マネージメントを専門とする医師の話を聴いたこ
とがある。何でもアメリカで10年間経験を積んで帰国し、これからます
ます必要となるこの医療分野を開拓している専門医の先生で、東京でク
リニックを開設しているという。
 話を聴きながら「なるほど」と思ったことが幾つかあった。つまり趣
味をもつことが脳のアンチ・エージングに有効なのは間違いなく、アメ
リカで4000人の高齢者を対象に調査した結果、4つ以上の趣味をもって
いる人の老化現象が最も少なかったという。
 脳の加齢性変化(老化)は顔の認知速度の低下、ブレーキをかけるま
での時間などで測定できる一方、ストレスによる性ホルモンの低下も見
られる。
 男性の更年期障害は確かにあるのだが、個人差が大きいそうだ。テス
トステロン(男性ホルモン)は徐々に低下していくからで、ホルモンを
ヘタに補充すると前立腺肥大の症状が発生することがある。

 医学的な結論として、アンチ・エージングのためには、一日に一度体
温を上げる習慣が大切であるという。体温を上げるためには何をしても
良い。例えば運動して汗をかいても体温は上がるし、入浴して体温を上
げても同じ効果がある。熟睡する習慣も老化防止に役立つことが分かっ
ている。
 とはいえ、精神的に老化しないことが何より大切であることは間違い
ない。理想を抱いてつねに前向きに目標達成に進んでいくこと、現状に
安住しないこと、「心はいつまでも歳をとらない」のなら、身体も同じ
理から成り立っていると信じたい。
 教祖口伝に、陽気づくめの世界になれば、歳はいくつになっても病ま
ず弱らず、いつも18才の心にて陽気あそびの境地になるというイメージ
が伝えられているが、これはあまりにも現実離れしているような気がし
ないではない。
 
 紹介が遅れたけれども、うちの数少ないようぼくも高齢化して、86歳
と84歳になる2人の婦人が毎月の月次祭で三曲やてをどりをつとめて下
さっている。お二人とも顔に全くシミがなく色艶が良いので羨ましいく
らいだ。神様が受け取って下さるつとめの御用に奉仕していれば、必ず
長寿のご守護を頂けるに違いないと自他ともに言い聞かせている。
 
 最後に、この人をおいて他にないアンチ・エージングの生き証人とし
て日野原重明氏(96歳)が現存している。
「日刊ベリタ」2008年06月14日15時09分掲載の記事に「 憲法9条伝
えるのは老人の役割 日野原翁と対談:福島社民党首=安原和雄」と出
ている。
 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200806141509146
 記者の安原氏によれば、日野原重明(ひのはら・しげあき)さん(聖
路加国際病院名誉院長・同理事長)は、今年(08年)10月4日の誕
生日に満97歳を迎える。著書も数え切れないほど多い。日野原翁と福
島みずほさん(社民党党首)との対談が目に留まった。日野原さんは現
役の平和運動家でもあり、対談では「憲法9条を子どもに伝えるのは、
戦争を知っている老人の役割」― などと強調している。 

 安原氏のコメントには次のように書かれている。
 日野原さんが若さを持続させている秘密は何だろうか。 
*その第一は100歳近い高齢で、高い理想を捨てていないこと。 
平和運動に関与していることが、その具体例である。対談でのつぎのセ
リフは年齢を感じさせない。 
*憲法9条を子どもに伝えるのは、戦争を知っている老人の役割です。
今後、改憲を問う国民投票が行われたとしても、自衛隊を自衛軍にする
案には絶対に反対しなければいけない。 
*はっきり「日本は武器を捨てる」というべきです。現状はアメリカの
核兵器に守られているのだから、日本が核を持っているのと同じですよ。
とんでもない国です。
 
 このように理想を明確に掲げて恥じない態度はすばらしい。今年96歳
でなお第一線の医師として活動している日野原氏の発言だからこその重
みを感じるのは私だけではないだろう。
 最後に記事のURLを再コピーしておきます。
 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200806141509146
 
 それからもうお一人、今年99歳になる歴史の生き証人として、昨夏に
大阪府内のお宅を訪ね、戦争体験を取材した西川治郎さんが今も健在で
おられる。余暇をみつけて次の歴史的証言を一読されることをおすすめ
したい。
「戦中の権力に抗して検挙・投獄された98歳の人生と信念」
http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/m-M42.html


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<心のテープ>(49号)近時片々
配信日:2008/7/3

「光陰矢の如し」というありふれたコトワザを改めて思い起こしたくなる
ほど、とくに月末は多事多端であった。
 早くも7月に入って、月末の1週間を思い出そうとしても記憶の底に沈
みかけている。というのも、何事も前向きに考えて、過ぎた物事は忘れて
しまうからだ。仮に思い出したとしても、第三者のプライベートに関わる
物事は公開できないので、記録してもいいかどうか是非の判断が難しい。

 先週木曜日はちょうど26日の本部月次祭の当日だった。前日の25日、
毎月の恒例で和歌山から教友のI氏が帰参して、その晩は一緒に詰所に宿
泊して、26日の朝参拝に出掛けるまでの時間、様々な課題についてねり合
った。
 長年おつき合いしながら、I氏から初めて「易」についての講釈も聞い
た。今から半世紀近く前の昭和37年に、ナゾの美人と評判になった黄小娥・
著『易入門』という新書版の本がベストセラーになったが、その当時から
I氏は易に関心を持ちつづけ応用してきたという。3千年前から中国に伝
わる「易経」による占いの一つとは聞いていたが、易という漢字が「日」
と「月」の組み合わせから生まれたという説があることは知らなかった。
 いずれにせよ天地自然を八つの要素に分け、それぞれの要素は陰陽の組
み合わせによる三つの形から成り立っていて、その形をさらに二つずつ組
み合わせて64種類の答えが出る。これを八卦(はっけ)と呼ぶ意味を初め
て知った。
 
「みかぐらうた」六下り目に、
 九ツ こゝまでしんじんしてからハ 
    ひとつのかう(効)もみ(見)にやならぬ
 十ド このたびみえました 
    あふぎ(扇)のうかゞひ(伺い)これふしぎ
 と歌われている。
 当時、信心深い人々に一つの効能として「扇の伺い」が許されていた。
ただ伺う人に欲得の心(私利私欲)があれば正しい答えは頂けないのが
当然であって、そうした理由で後に飯降本席以外の人はすべて扇を取り
上げられたと伝えられている。
 現実の生活で様々な事情に突き当たれば、対応に迷う場合が起こって
くる。そうした場合に、人は何か神秘な存在に伺いを立てたくなるもの
だ。事実「伺いさしづ」は本席様に身上・事情の伺いを立てて頂いたお
諭し(神示)の集大成に他ならない。
 
 I氏によれば、神霊はそうした真剣な伺いに何かのかたちで応えてく
れるに違いないという。それゆえ方法として易を応用するにしても、
「なむ天理王命」と神名を21遍唱えてお伺いすれば、必ず答えは与えら
れるとI氏は信じている。
 前記の黄小娥「易入門」では10円銅貨を6枚使って簡単に占えるよう
になっている。じつは目の前に態度を決めなければならない事情を抱え
ていた私は、I氏のすすめるままに伺ってもらうことにした。
 易の答えは「天沢履」(虎の尾を踏む危険)と出た。これは危険信号
を意味しているという。何か数日後に迫っている状態を暗示しているよ
うで偶然とは思えなかった。
 
 じつは私が最後まで責任を取る力もないのに安請け合いした結果が行
き詰まっている事情があり、今後は自分の言動によほど気をつける必要
があることを天から知らされたものと反省していた。対応を誤ると事情
がこじれかねない状態にあった。
 ようぼく、および教会の立場にあると、自分が他人に必要とされるよ
うな物事が身辺に起こった場合、教祖の道具衆としての存在証明とする
ために。知らん顔できないで手を差し伸べることがある。しかし、その
言動は「たすけ一条の心」というより自分の存在証明を得たいという自
己中心的な動機から発しているとすれば、内心に矛盾を抱えていると言
ってもよい。「ひのきしん」のつもりで報酬を求めないからといっても、
すべてが相手のために良い結果に成ってくるとは限らない。
 
<他者からの評価を得ることによって自らは存在の意義を手に入れよう
と、他者の用意した「定義された自己像」に向けて、「この人を立ち直
らせるのは自分しかない」と自己破壊的同調をしていく>
<「自分がどのように評価されているか」と少しでも高い評価を得よう
として、自らの「品質」を上げることを生きる目標にしている>
 分かりにくい文章だが、上記は精神医学における「共依存」という病
的な心理状態をまとめた一節である。ここに指摘されているような言動
が、ようぼくや教人という使命を与えられた者の落とし穴になる危険性
があることは、たしかに気をつける必要があるだろう。
 もっとも共依存は一方的に陥る状態ではなく、依存される相手があっ
て、共に陥る症状だから「共依存」と呼ばれるのだが。
 
 26日は、本部祭典が終わるのを見計らって「天理教平和の会」のチラ
シ配りに参加した。場所は西礼拝場からスロープを下りた辺りであった。
そのチラシ第6号は見出しに<教祖様の教えひとすじに=陽気ぐらし=
憲法9条を守りましょう>と記されていて、全面が非の打ち所のないほ
ど素晴らしい記事と私は受け取っている。同行のI氏は石の側壁に坐っ
て私の姿を見物していた。
 何より嬉しかったのは、祭典を終わって帰路につく参拝者の2人から、
チラシを受け取りながら「私も地方で(9条の会)に入って活動してま
すよ!」と励ましの声をかけて下さった時だった。
「天理教平和の会」の関連記事は、4/12(号外)と3/27(35号)にも
記載しているので参考にして頂けば幸いです。
 
 平和チラシの配布を終わって午後1時30分からは予定の会場で例会が
開かれた。その席で私は、「メルマガ<心のテープ>(46号)忘れられ
た悲劇の歴史=天理教の戦前・戦後」のコピーをもとに「手書きおさし
づ研究資料」を作成した経緯について話をさせて頂いた。
 午後4時半からは長年おつき合いしてきた別の会合で、「第一部 天
の言葉」を出席者13名全員に無料進呈した。その本には「資料頒布につ
いて」の説明書と上記メルマガ46号のコピーを挿入しておいた。
 会が終わって帰り際に、1人の会員(教会長)が近寄ってきて、自分
が「愛知布教の家」に入寮していた頃、図書室に私が作成した原典資料
が揃っているのを読んで感激したことがある、と言って全巻の送本を希
望された。かつて教区長の肝いりで、愛知布教の家に常備図書として置
いて下さっていることを聞いて有難く思ったことがある。
 
 月末30日の夕方には知り合いのM氏から緊急の携帯電話があり、家に
帰ってみると84才の父上が倒れていて脳梗塞の症状に違いないという。
私は食事を中断して直ぐに車で15分ほどのM氏宅に駆けつけた。救急車
が家を出るところだったので、憩の家よろづ病院まで後ろを追った。命
に別状はないという診断だったが、左半身不随の症状が出ているので、
翌日から毎日おさづけを取り次ぐために救急病室に通っている。
 1日は、朝から大阪府内の法律事務所へ付添いのため車で同行した。
あまりにも気の毒な実情を聞いて、平和運動が機縁で知り合った教会出
身の弁護士に依頼した事情が、その法律事務所のトップにある先生の良
心的な協力と努力のおかげで順調に解決の方向に進んでいる。
 
 この1週間をふり返ってみるつもりで書き出したのだが、中途半端で
奥歯に物が挟まったような内容になったことをお詫びしたい。前記の
「虎の尾を踏む危険」のある事情も、何とかワダカマリが溶けて、虎の
尾ではなく解決の方向に踏み出している。
 この辺で近時片々の報告を終わりたいが、世間では「偽装うなぎ」事
件の内幕が明らかになりつつあり、金儲けのためにここまでやるか、と
呆れるばかりだ。
 教祖は商売繁盛のコツとして「高く買うて安く売りなされや」と諭さ
れてと伝えられている。偽装うなぎ事件はその逆で「安く買うて高く売
りたい」欲の心から起こった事件に違いない。天の理に反した行為は決
して長続きしないのだ。
「高く買う」とは品質の良い品を選んで仕入れることであり、「安く売
る」とはお客にサービスする精神で薄利多売すれば、信用を得ることが
できて商売が長続きして繁盛することは間違いない。昔も今も天の理に
一つの狂いもないことを再確認したような気がしている。


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<心のテープ>(50号)イラク戦争の総決算
配信日:2008/7/10

 おかげさまで50号発行のキリに到達しました。おつき合い下さって
いる読者の皆様に心よりお礼申し上げます。
 どうしても固いテーマになりがちですが、固い物を噛み砕くのはア
ゴを丈夫にする運動と受け取って頂き、今後ともよろしくおつき合い
のほどお願いします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 アメリカ国内の産業は殆ど軍需に関連していると聞いたことがある。
たしかに武器の消費と生産に戦争は必要だが、戦費を際限なく補給で
きるはずはない。日本もかつての戦争で莫大な戦時国債を発行し、敗
戦後はその国債が紙くずとなり、ハイパーインフレに見舞われた。
 今アメリカはイラク戦争を5年間続けている。そのための経費は莫
大な額に達しているに違いないが、果たして総決算するとどれくらい
になるのか。アメリカの景気を立て直すためには更に戦争を拡大する
他に道はないとさえ言われるが、そんなことが今後も可能なのだろう
か。
 そんな疑問を感じていたところ、『世界を不幸にするアメリカの戦
争経済』という本の広告を新聞で見た。私はさっそく市立図書館へ行
き、その本の購入希望を提出した。本代を節約するための一策であっ
た。10日あまりして図書館から希望の図書が入ったので貸出すとの連
絡があった。
 
 二人の著者=ノーベル賞を受賞した経済学者スティグリッツと協力
者のビルムズによる、イラク戦争にかかる戦費の算定は容易ではなか
ったという。訳者あとがきを引用すれば、
「イラク戦争の開戦の判断については、ブッシュ大統領の暴走、失策
であったという評価が定まって久しいが、その誤った判断がさほどの
抵抗もなく受け入れられた背景には、ブッシュ政権による巧みな世論
誘導があった。
 アメリカ国民は、自国に理のある戦争だと信じ込まされたばかりか、
「楽勝で安上がり、国民には負担をかけない」という政府の謳い文句
に、まんまと乗せられてしまった。しかも、徴兵は行われず、兵員は
民間の軍事請負業者から調達された。ふところは痛まないし、戦地に
は赴かなくてすむ。まさにお手軽な戦争……のはずだった。
 ところが、開戦から5年以上を経た現在(2008年春)も、戦況は
混沌としたままで、戦争の大義であるイラクの民主化どころか、治安
の改善すら果たされておらず、イラク内外に憤懣と憂慮がつのってい
る。
 さて、この実りなき戦(いくさ)に、どれだけの資金と人的資源が
投じられたのか? 気の遠くなるようなその膨大な空費は、アメリカ
経済に、そして世界経済に、どういう影響を及ぼしているのか? お
ぞましい負の連鎖は、いったいいつまで続くのか? ……素朴にして
切実な問いが、著者ふたりのリサーチの出発点だった。……」
 
 過去の戦争とイラク戦争のコストを比較すれば、
 12年続いたベトナム戦争に費やしたコストの1.5倍をすでに超えて
いる。
 湾岸戦争のほぼ10倍。
 著者によれば、戦争のコストは人的被害と財政コストに分けられる
という。例えばアメリカは湾岸戦争から16年経った現在でも、20万人
以上の退役軍人に対して毎年43億ドル(4,300億円)以上を保障して
いる。(円換算を簡略化するため1ドル=100円とする。以下同じ)
 イラク開戦直前、リンゼー(大統領経済顧問・国家経済会議議長)
は、戦費が2000億ドル(20兆円)になる可能性を示唆したところ、
ラムズフェルド(当時の国防長官)によって「たわごと」と片付けら
れ、アメリカの負担分は17億ドル(1700億円)だけで済むと発言し
た政府筋の高官もあった。
 ところが2008年における戦争経常費は、イラクだけで1ヵ月125
億ドル(1兆2500億ドル)、アフガンと併せると1ヵ月160億ドルに
上っている。これは国連の年間予算に等しい驚くべき金額になってい
る。しかも国防総省の年間予算5000億ドル(50兆円)は別に支出さ
れている。
 
 何故これほどまでに戦費がふくらんだのか。その理由の一つは兵士
のコスト高にある。つまり06年度で請負兵が10万人以上に増加し、
危険特別手当、予備兵、州兵の再入隊ボーナス(1人15万ドル)も支
払われている。そのため政府の息のかかった民間軍事会社は大儲けで
株高になっている。
 かくして著者の試算によれば、2017年までイラク戦争があと10年
続くとすれば、いくら少なく見積もっても、財政コストだけで3兆ド
ル(300兆円)を下らないという。この中にはイラクやアフガンの戦
後駐留コスト(最低5000億ドル)や退役軍人にかかる膨大な医療費
は含まれていない。これらの数字には、イラク側の失われた人命や破
壊された施設の損害も一切含まれていない。
 しかも、これらの戦費はすべてアメリカの借金で賄われているので、
今後10年の利息だけで1兆ドルに上る。
 アメリカ政府が海外から調達した借入金は06年度までに8500億ド
ルになり、08年会計年度が終わる時点では9000億ドル(90兆円)に
膨らむことになる。
 アメリカの会計検査院長ディヴィッド・ウォーカーの発言によれば
「滅亡直前のローマ帝国と驚くほど似ている」。

「戦争は経済を上向かせる」という神話を信じるエコノミストは今で
は一人もいないし、軍備に費やす金はドブに捨てるに等しいと考える
のが常識になっている。
 健全な投資(工場設備・インフラ・研究開発・教育など)に期待さ
れる将来性は戦争投資には望み得ない。イラク開戦のもくろみはイラ
クの石油を手に入れることと言われているが、国際法の壁もあって実
際に安い石油の確保には失敗した。もちろん石油会社やメジャーは原
油高によって大儲けしたことは事実だが。
 原油暴騰の原因は明らかにイラク戦争にある、と著者は断言してい
る。たしかに中国の経済成長による需要増もあるに違いないが、中東
の不安定化を含めて原油高はイラク開戦と同時に始まったからだ。当
初1バレル25〜30ドルの相場を上下していた原油先物取引は、今では
1バレル140ドルにも達している。イラク戦争による影響が価格上昇
の半分を占めていると仮定しても、途方もない影響を全世界に与えつ
つある。原油高によって世界が直接負担するコストは約1兆1000億
ドル(110兆円)に達すると試算されている。

 イラク戦争による膨大な出費は他国事ではない。日本が負担しけれ
ばいけないコストの総額は3000億ドル(30兆円)を超えると試算さ
れている。
 原油高だけで済むと思えば大間違いだ。30兆円といえば、国民総医
療費の年額にほぼ等しいほどのお金が国民のためでなくアメリカとの
おつき合いのために消えてしまうのだ。
 
 それではイラクから早く撤退すれば問題は解決するのかといえば、
話はそう簡単ではない。
 作戦を完遂しないで撤退すれば、アメリカは信用を失墜し、しかも
撤退後にイラク国内のアメリカ支持派は全滅させられる結果になる。
 もし駐留を延長して民主的に選ばれた政府から撤退を要求されるよ
うなことがあれば、まさに恥の上塗りになる。現にイラク全土で駐留
反対の意見は78%に達しているのだ。
 さらにアメリカが破壊したものは復興するのが当然であり、その借
りを返さないままで撤退できないというジレンマもある。
 しかもブッシュ大統領が撤退の命令を出せば、自ら敗戦を認めたこ
とになるから駐留延長を譲ることはできない。その結果、撤退するに
せよしないにせよ、次期大統領が窮地に立たされることになる。
ブッシュの尻拭いをさせられ、責任を転嫁されることになるからだ。

 ただ一つ、イラク戦争に有益な成果があるとすれば、過去の歴史は
別として21世紀においては、戦争によってはいかなる問題も解決でき
ないことが白日のもとに曝されたことだ。それにしても高価すぎる授
業料と言わずにはいられない。
 日本の世論調査の結果をみても、憲法9条の価値が見直され、9条
を守れという意見が大幅に増えている。
 大は戦争から、テロ、個人的犯罪に至るまで、暴力による無差別殺
戮は後を断たない。今さえよくば、我さえよくば、のほこり心が掃除
されない限り暴力はなくならない。が、いずれ必ず武器では解決
事態に行き詰まり、両手を挙げて神の前にひれ伏す刻限が到来するこ
とを信じて待つしかない。

 イラク戦争関連の記事として、
(32号)「日本とアメリカの違い」を再読して下されば幸いです。

 なお、50号の記事の一部は<戦争を語りつぐブログ>にも書き込ん
でいますことをご了承ください。


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<心のテープ>(51号)ブラウン管からデジタル液晶へ
配信日:2008/7/17

 テレビ画面が一変したという話です。何のことかお分かりにならない
でしょうから、身近に起こった最近の事情を説明します。
 つまり20年ほど前に一人暮らしの知人が出直され、その形見に頂いた
テレビをずっと視聴していたのですが、さすがに半年ほど前から画面の
カラーが変色して、緑の草木が赤茶けて枯れたように見える状態になっ
ていました。
 
 もともと私は、画面がボケていようとカラーが色あせていようとあま
り気にならない。とはいえ、今はオークションで探せば、割安で中古テ
レビでも手に入れることができるかも知れない。1万円前後の出物で程
度の良いテレビがあれば、何も変色した20年前のテレビを見続ける必要
はないと思った。
 
 そこで東京にいる長男に、オークションで1万円前後の中古テレビは
ないかと聞いてみた。彼の返事は、1万円のブラウン管テレビなら近く
のリサイクルショップに行けばいくらでも出物があるし送料もかからな
い、オークションで探すのなら液晶テレビで割安な出物があるか調べて
みるとのこと。そうなると1万円どころではなく、いくら割安でも5、
6万円以上するに違いない。
 そう思った私は、どうせ3年後には強制的にデジタルに移行するし、
それまで観れたらいいのだから、リサイクルでブラウン管を探すことに
する、だからオークションで高価な液晶を買わないように、と断りの連
絡をした。
 
 ところが長男の言い分は、どうせ3年後に買い替えるのなら、今から
デジタル放送を観れる液晶テレビにすれば、そのままずっと買い替える
必要がないのだから、と液晶テレビを選ぶように勧めてくれる。こちら
としてはその言い分はわかっていても、それだけの出費はできないし、
毎月の御供以外に負担してもらうのは遠慮して、とにかく今回の話は白
紙に戻すことにする、と再度返信した。
 
 それから3日後のこと、長男から電話で、07年製の26インチ型液晶
テレビが明日届くから受け取るようにとの連絡があった。地上デジタル
やハイビジョン放送も受信できるという。断ったのになぜ? と意外だ
ったが、聞いてみると、オークション出品者は昨年26型を買ったところ
家族の中から画面が小さ過ぎると異論が出てもっと大型を買ったので、
26型をそのままに放置するのは勿体ないからオークションに出したとい
う。どうやらお金持ちの家らしい。
 今年の新型なら10万円はする人気商品(東芝REGZA)だが、長男がい
くらで落札したのか、聞いても言わないから分からない。
 
 というわけで、うちのテレビは先週のはじめから変色ブラウン管が鮮
明なデジタル液晶へ大変身して、雲泥の差、月とスッポンほど違いのあ
る画面が映っている。液晶画面がこれほど鮮明なカラー映像に進化して
いるとは、改めて驚き桃ノ木の毎日なのだ。
 
 じつは8年前、パソコンが手元にあればホームページを開設すること
が出来るのではないかと、適当なパソコンの出物を探してくれるよう、
やはり長男に頼んだことがある。その時も、こちらの望みについて散々
説明したあげく、新発売されたばかりのMac Cubeという機種と17イン
チ型ディスプレーにプリンターを付けて送ってくれた。そのおかげで半
年後にHP<天理と刻限>を立ち上げることができた。
 彼(長男)は一旦聞いたことを中途半端に放置できない気性があるよ
うで、今回のテレビも、その気性をアテにして相談したわけではないの
だが、こんな有難い結果になるとは想定外であった。
 以上、他人事のテレビ騒動につき合って頂き恐縮の至りです。
 


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<心のテープ>(52号)炭素から太陽光へ=未来のエネルギー転換
配信日:2008/7/24

 前号の続きになるけれど、ついでにテレビで視聴した情報をお伝え
したい。
 変色した古いテレビでも同じ情報が映ることは間違いないのだが、
テレビが液晶になり鮮明になると、何か特別に重要な情報みたいな気
がするものだ。
 私と同じ番組を視聴された方は、再確認のつもりでおつき合い願え
れば幸いです。
 
 21日の月曜は「海の日」で休日。しかも茹だるような暑さで昼間は
外出どころでなく、うちで新聞のテレビ番組表を確かめると、10chに
「地球1億年の大紀行=炭素大循環の謎を追う」という文字が目につ
いた。チャンネルを押すと、途中からであったがアフリカのカメルー
ンの露天市場が映っていた。リポーターは笑顔がかわいい金子貴俊。
彼は市場を歩き回っていて、トウモロコシを発酵させて作った生暖か
いビールを飲んで何ともいえない味に感心したりする。
 
 画面は一転して、謎の遊牧民ポロロと野宿を共にする金子リポータ
ーの姿。祭りの日には若い男たちに負けず人垣の真ん中で踊り回る。
そのお祭りに踊るのは結婚相手を見つけるためと聞いた彼は、すでに
既婚者だからと断るが、一夫多妻の習慣だから構わないと教えられて
踊り出し、6人ほどの女性が結婚したいと手を挙げる。
 それはともかく、昔と比べて気候の変化を遊牧民に尋ねると、雨が
少なくなったと答える。牛の餌にする草も飲み水もなく、草がどんど
ん枯れていくという。データでも、ここ50年間で雨が30%減っている
ことがわかっている。
 次に金子リポーターはチャド湖へ向かうが、その途中にルムシキ奇
岩地帯という所があって、地球の角のように背の高い奇岩が地上に突
っ立っている。太古の昔、火山から流れ出た溶岩が固まって残った跡
が角のような形になったという。
 
 次はインドネシアにある奇跡の海の映像だ。海底には450種を超え
るサンゴが群生している。その美しさは譬えようもない。
 ここラジャアンパットの住民は自給自足の生活を続けている。リポ
ーターは沖縄生まれの知花くらら。私としては顔も芸名も初めて聞く
タレントだ。
 ヤシの実から掻き出した繊維を煮て搾ると重宝なココナッツ油が採
れる。実際にくららもココナッツ油を作る作業を体験してみせる。
 長老の一人は「本当に必要な分だけ森と海から分けてもらっている」
と話す。
 海を守るための運動も進められていて、サンゴの白化現象の調査と
観測データの作成が急がれている。海水温上昇のため既に30%のサン
ゴが白化しているという。
 このインドネシアの海にはマンタが棲息しているというので、くら
らは潜水装置をつけて海中に潜り、運よく海中を悠々と泳ぐブラック
マンタに出会って感激する。船上でもマンタの群れを観察することが
でき、こんなステキな地球を次の世代に残さないといけないと、くら
らリポーターは訴える。
 と同時に、夜の海中に雲霞のごとく繁殖する植物プランクトンが電
燈の光で映し出される。このプランクトンが、炭素の循環に重要な役
目を果たしてきたというのだ。
 
 ここで、タイトルにあるように地球における一酸化炭素(CO2)の
循環について図解と説明が入る。1億年前、地球には現在の10倍に当
たる炭素が存在し、気温も4〜5℃高かった。その頃、大量に発生し
た植物プランクトン(シアノバクテリア)が大気中のCO2を取り込ん
だために地上の炭素が激減した。
 その後、地球の高熱化による地殻移動が起こり、炭素を大量に含ん
だプランクトンが地下に圧縮され蓄積されて石油などの化石燃料とな
った。
 一方、地球では今でも炭素の循環は続いている。つまり海中の炭素
を取り込んだ植物プランクトンを餌にして食べた動物プランクトンを
魚が食べて炭素を吸収し、その魚を人間はじめ他の動物が食べて必要
な炭素を体内で循環させている。死体になれば炭素は再び自然に還る。

 18世紀(日本では江戸時代)までは人為的な気温上昇や自然破壊は
なかった。人類が消費するエネルギーはごく僅かで、自然に順応して
生活していた。小著『元の神・実の神』の中では松井孝典氏の著書を
引用しながら次のように記している。
<著者(松井氏)によれば、人間圏の発展段階は二つに分けられます、
その一つは農業・牧畜を主として自然に依存していた時代で、地球を
循環している一定のエネルギーの一部を利用するだけで生活を維持し
ていた時代です。
 ところが、産業革命(エネルギー革命・動力革命ともいう)による
工業の発展が地球システムに影響を及ぼす第二段階に入ります。この
革命によって、過去数十億年にわたって地球に蓄積されてきた物質を
取り出して、人間圏の中へ大量・急速に運び込むことができるように
なりました。(後略)>
 
 改めて申すまでもなく、18世紀中頃にイギリスで始まった産業革命
によって、1億年前に海中のプランクトンが蓄積して出来た化石燃料
が発掘され、大量消費が続いた結果、一旦プランクトンによって地下
に固定された炭素が再び大気中に排出され続けている。そのため35%
もCO2が増え気温が上昇する状態になりつつあるのだ。
 テレビの画面では、突如ロンドン市内に学者の風態で現れた泉谷し
げるが、杖を振り上げて「地球をいじめるな!」と叫びを上げる。
 
 ここで再び最初に出演していた金子貴俊リポーターがチャド湖の位
置に辿り着くが、湖はどこにもなく消え失せている。草原に舟が置き
去りにされ、湖畔は砂漠化している。
 ようやく出会った漁夫は、湖岸が6キロも離れてしまったので、47
℃の猛暑の中を2時間かけて舟を運んでいくという。舟の運搬に同行
した金子リポーターは、ようやくチャド湖に辿り着くが、水が減りす
ぎて殆どの湖底は人が歩けるくらいの水深になり、ここ40年の間に温
暖化によって湖の面積は12分の1に減ってしまった。
 定置アミでは魚は捕れなくなり、投げアミでようやく魚(鯉の仲間)
を捕っている。今やチャド湖周辺に住む2億人の生活が奪われる寸前
になっている。
 それでも住民は、こんなに環境が変化した理由がわからずに、これ
も神様の思惑なら仕方ないと諦めている素朴な心情に接して、金子リ
ポーターは思わず涙ぐむ。
 
 番組の最後に、地球温暖化の原因となっている化石燃料から、CO2
を排出しないエネルギーとしてマグネシュームへ、エネルギーを転換
する研究が紹介される。
 マグネシームは海水に大量に含まれ、その総量は1800兆トンに達す
るという。しかもマグネシームを燃やすと、水素の10倍に当たる大き
なエネルギーを発生する。今までの風力とかパネルによる発電とはケ
タ違いの技術が開発される未来に期待が寄せられている。
 問題は純粋なマグネシュームを分離する方法だが、太陽光レーザー
によって分離する技術開発が進められている。この分野の研究は日本
が最先端を走っていて、東工大と阪大がそれぞれ独自の研究体制を組
んでいるようだ。
 東工大では巨大なレンズで太陽光を集めた超高温から変換した強力
なレーザーによって純粋なマグネシュームを分離する技術を研究して
いる。これらの技術開発についてはGoogleで検索すれば情報を集めら
れるが、次にその一部のURLを紹介しておきたい。

 太陽光レーザーが拓くマグネシウム社会:矢部 孝(日経サイエン
ス2007年11月号より)
 http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0711/200711_030.html

 阪大のレーザー研究施設では、例えば静止衛星を打ち上げて、その
衛星が集めた太陽光をレーザーに変換する技術の研究を進めている。
この技術が完成すれば、一つの静止衛星で集めた太陽光エネルギーで、
原子力発電所一基分に相当するエネルギーが得られるというからスゴ
イとしか言いようがない。
 http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070904_satellite_laser/
 大阪大学レーザーエネルギー研究センター
 http://www.ile.osaka-u.ac.jp/
 
 太陽光は親神様から発する無限のエネルギーであることは申すまで
もないが、自然と人間の関係について、個人としての基本的なあり方
はどうあるべきだろうか。
「それ人間という身の内というは、神のかしもの・かりもの、心一つ
が我がの理。・・・」という「おかきさげ」の一節をはじめとして、
地球環境に関連する啓示を調べると、次のような「おさしづ」の諭し
が残されている。(カッコ内は筆者による補足)

「天然自然というは、誰がどうする、彼がこうしようと言うても出来
ん。独り成って来るは天然の理。金でどうしよう、利巧でどうしよう
というは、天然であろまい」

「常々に真の心に誠という心あれば、天然という理がある。世界とい
う、自由自在は何処にあると思うな。めんめんの心、常々に誠あるの
が自由自在という」

「(神と人を)立てば(自分が)立つ、(神と人を)倒(こ)かせば
(自分が)倒(こ)ける。これ一つ天の理という。この理を心得ば、
何一つの難も無いという」

「さあさあ天のあたゑというは、薄きものである。・・・・めんめん
年々のあたゑ、薄きは天のあたゑなれど、いつまでも続くは天のあた
ゑという。・・・」
(以上、手書き原典資料「おさしづに啓示された理の研究:第五部 天
の理・心の理」より抜粋)
 


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<心のテープ>(53号)夏のおぢばがえり真っ最中
配信日:2008/7/31

 毎年のことだが、大和では7月末から8月にかけて、こどもおぢば
がえりの期間は最高に暑くなる。一昨年より昨年、昨年より今年のほ
うが暑さは厳しいようだ。
 子どもは元気だから暑さには強いだろうが、付添いのオトナのほう
が参ってしまいそうだ。とはいえ高齢になった私ども夫婦は、子ども
の引率や世話取りは卒業したつもりでノンビリしている。

 受け入れるおぢばの準備やひのきしん態勢なことはわかっているが、
子どもたちは何回か参加しているうちに飽きてしまうこともある。
年々新しい企画を具体化して迎えて下さっているのなら有難いのだが。
(天刻サイトの表紙に夜のおやさとパレードの写真を貼付けています
のでごらん下さい)
 http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/
 
 思えば、少年会活動は二代真柱様によって40年前の昭和42年、教祖
80年祭直後の1月を期して発足した。少年会に限らず学生生徒修養会
など、現在に至るまで継続している年中行事は、殆ど二代真柱時代に
始まっている。毎年の準備や世話取りは多数のひのきしん参加によっ
て成り立ってきたが、単に恒例のイベントだけに終わらず、新しい天
理文化が芽生えることを願っている。
 
 教理を元とする独自の発想によって世間とはレベルの違う独創的な
天理文化の誕生を期待するのは私だけだろうか。とくに少年少女の健
全な情緒の発達が問題視されている昨今、そうした健全な情緒を発達
させるような音楽・映像・文芸が生まれることを願ってやまない。
 音楽の分野だけは、前真柱様の肝入りで天理教音楽研究会が活発に
活動を続けている。著名な作曲家に「おうた」の作曲を依頼し、毎年
おうた演奏会が全国どこかの都市で開演されている。数年前は台湾で
も開催された。
 おぢばからの距離の遠近に大きな差があることを思えば、地方でも
いろんなイベントが盛んに開催されることを期待したい。
 
 そのため莫大な経費が掛かるのは当然だが、音楽だけではなく美術
や文芸の分野でも新人を発掘し育成するシステムがほしい。そのため
には相当な予算が必要だが、それは決してムダにはならない。そのよ
うな天理芸術の苗床があってこそ、その成果が年中行事の企画にも生
かされて発展してゆくことを願わずにはいられない。
 
 例えばアニメの制作・監督として世界的に知られている宮崎駿の作
品は、豊かな芸術性を感じるが、そのテーマは単純素朴で奥深い意味
はない。もっと芸術性と独創性を兼ね備えた作品が天理の土壌から生
まれてきてもおかしくない。
 最近、アニメの新作「崖の上のポニョ」を期待して鑑賞したが、色
彩や構図の素晴らしさは別として、ストーリーはあまりに荒唐無稽で
共感できなかった。アンデルセンの「人魚姫」を換骨奪胎したものだ
が、映像や音楽の芸術性だけでは満足できないのは、私が子どもの心
を失っているからとは思えない。
 
 かく言う以上、私自身10年ほど以前に創作した児童文学作品がある
のだが、残念ながら世に認められず、未だに印刷・刊行できず、ワー
プロ文書のファイルを保存したままになっている。これは私の少年期
の原体験を土台にした内容であり、一般にも通用する作品と認めて下
さる教友もいるのだが、いつか印刷した本文を読んで頂ける日がある
ことを期待している。じつは23歳のとき、若気の至りで短編小説集を
出した経験もあることを初めて白状する次第。
 ここでは、せめてタイトル・目次と「あらすじ」だけでも披露して
おきたい。夏のこどもおぢばがえりの最中ということで、お愛想と受
け取って下されば有難い。
 
《超古代ファンタジー》 縄 文 の つ ぼ(中学生向き)
  (目 次)
(1)森の中の出会い 
(2)謎の少女アズサ 
(3)消えた時間 
(4)縄文人の集落
(5)秋祭りの出来事 
(6)あらしの日 
(7)長老との対話
(8)一つの決意

《あらすじ》
 北陸地方にある縄文遺跡発掘現場へ遊びに来た落ちこぼれの中学生
の真吉は、隣接する森の中で謎の少女に出会う。遙か古代から抜け出
してきたような彼女は、常識はずれの態度で真吉と接して彼を驚かせ
る。発掘現場へ戻った彼は、パートの主婦から少女の噂話を聞かされ
る。彼女はアズサという名前で、知恵おくれらしく中学も中退したま
ま森の中を走り回っているが、陶芸家の父に似て焼きもの作りが得意
という。
 森の中で古代のストーンサークルらしい石柱を発見した真吉は、再
びアズサと出会い、彼女の貧しい小屋を訪れる。彼女の数奇な身の上
と不思議な感性に魅せられ、心が一つに結ばれた二人は、光に導かれ
て一瞬のうちに異次元の世界へタイム・スリップしている。
 六千年を隔てて発掘現場と同じ場所にあった縄文人の集落にやって
来た二人は、村の長老から家族のように歓迎され、縄文人たちの〈ウ
ソをつかない・独り占めしない掟〉を厳守する生活を実地に見聞する。
冬に備えて貯蔵された木の実を盗み食いした男たちへの厳しい裁き、
年越しの祭りの感激と誘惑、巫女のお告げのとおり襲ってきた嵐の日
々、子どもたちの死と埋葬、長老との長い対話、等々。
 再び現実に戻ってアズサの小屋の前に立った二人は、夢からさめた
ように何処にいたのか覚えがない。が、カセットラジオのアナウンス
から現実感覚を取り戻した真吉は、家に母親がいることを思い出して
小屋をとび出し、森の中を通って帰る途中、数々の記憶を呼び起こす。
真吉は、いつかいのちの悦びに目覚めた仲間が森の中に寄り集う日が
あることを希望の光として、アズサから離れて家に帰っても心は一つ
につながっていると信じることができた。
 以上、同じ場所で六千年前の縄文時代にタイム・スリップした少年
少女を通して、縄文時代の土器・土偶からイメージした単純素朴で生
命力あふれる生活とともに、自然との一体感の大切さを伝えるファン
タジーです。


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<心のテープ>(54号)原爆の日=世界で唯一の被爆国として
配信日:2008/8/7

 広島・長崎に原爆投下された日(63年前の8月6日と9日)、
それから戦争が終結した日(8月15日)が近づくにつれて、マスコミ
では原爆特集の記事が報道される。
 
 7月23日の朝日新聞、その朝刊と夕刊に被爆者に関する記事が掲載
された。
 朝刊は長崎が舞台になっている。同市の高校生たちが被爆者の証言
を集めたDVDを完成させたという。
「私たちは被爆者の話を直接聴ける最後の世代かもしれない」という
思いでビデオカメラを手に取材し、半年がかりで撮影した。
 制作したのは核兵器廃絶を訴える「高校生1万人署名活動」のメン
バーたち。長崎、広島だけでなく在外被爆者の声も集めるため韓国や
ブラジルにも足を運んだ。
 先年上映されたドキュメンタリー映画「ヒロシマナガサキ」(ステ
ィーブン・オカザキ監督)の中で、東京の高校生たちが8月6、9日
を何の日か知らないと答えているのを観てショックを受けたことから
DVD5枚にまとめ、全国の学校に配る計画を進めている。
 
 同じ23日の朝日夕刊一面トップに、こんどは次の大きな見出しが出
た。
<被爆語る100人の顔/広島の学生ら描く/過酷体験・平和への祈り>
 どういうことかと記事を読むと、
「原爆の惨禍をくぐり抜けた被爆者らの肖像画を描き続ける学生たち
がいる。一人ひとりから被爆体験を聞き取り、深く刻まれたしわ、遠
くを見つめる目、引き締まった口元を写し取る。モデルが経験した過
酷な人生を静かに訴えかける絵はこの夏、100枚に達する」
 肖像画を描いているのは広島市立大芸術学部の油絵専攻の学生や教
員らで、4年前、平和祈念資料館の依頼で被爆証言の内容を絵で再現
したことがきっかけとなった。実際に現場を見ていない自分たちの絵
にリアリティが欠けているとの自覚から、今も生存している被爆者自
身の肖像画を描くことになった。
 これらの肖像画のうち40枚が7月31日から上記大学の芸術資料館で、
8月1日からは60枚が、はつかいち美術ギャラリーで展示される。
 
 やはり朝日新聞25日朝刊の社会面トップに写真入りで大きく報道さ
れたのは、
<特攻兵が見たヒロシマ/「君が代」歌い少年絶命/穴掘っては埋葬
/救護の惨状児童書に>
「ヒロシマに原爆が投下された直後、1万人を超える負傷者が運ばれ
た瀬戸内の島がある。似島。ここに、闘いに命をささげるはずだった
少年特攻兵が出動した。任務は重傷者の救護。少年が目にした光景、
抱いた心情をつぶさに聞き取り、まとめた話がこの夏一冊の児童書に
なった。本の表題は「もうひとつのヒロシマ」(講談社刊/1365円)

 ここで美空ひばりが登場する。そのわけは「戦争はいやだと私は書
く・・・」という歌詞が出て来る「一本の鉛筆」(松山善三監督作詞)
を彼女は好きな持ち歌ベスト10に選び、今から34年前の第一回広島平
和音楽祭で発表したからだ。
 ひばりは幼少時、横浜で大空襲に遭い、父が徴兵される戦時中の体
験を持っていた。ステージの上からは「幼かった私にもあの戦争の恐
ろしさを忘れることはできません」と観客に語りかけたという。その
14年後、大病を患って退院した直後にも、楽屋で点滴を打ちながら、
この「一本の鉛筆」を歌ったことがあった。
 反戦を静かに訴えるこの歌を歌うコンサートが、今年8月6日の午
後、原爆ドーム対岸の平和記念公園内で開かれた。次に参考までに歌
詞をコピーしておきたい。

 <一本の鉛筆>
 あなたに 聞いてもらいたい
 あなたに 読んでもらいたい
 あなたに 歌ってもらいたい
 あなたに 信じてもらいたい
 一本の鉛筆が あれば
 私はあなたへの 愛を書く
 一本の鉛筆が あれば
 戦争はいやだと 私は書く
 あなたに 愛をおくりたい
 あなたに 夢をおくりたい
 あなたに 春をおくりたい
 あなたに 世界をおくりたい
 一枚のザラ紙が あれば
 私は子供が欲しいと書く
 一枚のザラ紙が あれば
 あなたをかえしてと 私は書く
 一本の鉛筆が あれば
 八月六日の 朝と書く
 一本の鉛筆が あれば
 人間のいのちと 私は書く
 
 原爆に関連した情報をお伝えしたついでに、と言えば軽々しい言い
方になるが、是非一読をおすすめしたい被爆体験記がある。それは長
崎に原爆が投下された当日、14才の中学3年生だった寺田修一さんが、
当日の真に迫る状況と心の動きを、微に入り細にわたって詳細に記録
した体験記なのだ。
 日本が唯一の被爆国だから、世界で一番詳しいと言っても間違いの
ない寺田さんの被爆体験記は<戦争を語りつぐ60年目の証言>サイト
で公開している。
 この体験記「枯れない涙ー生き残りし者に罪はありや―戦後六十年
の悔恨―」は、多摩市原爆被害者団体「やまばと会」が企画・印刷し
た『原爆/証言集』に掲載されたものだが、戦後60年に当たる3年前、
寺田氏自身のご厚意により『枯れない涙』への読者からの感想文も提
供して頂いている。他にも、前記「証言集」に収録された6名の被爆
体験記を転載する承諾を受け「広島・長崎の原爆体験特集」として、
前記サイトで公開している。同サイトの延べアクセス数は、今朝現在
で144524人になっている。
 寺田修一「枯れない涙ー生き残りし者に罪はありや―戦後六十年の
悔恨―」
 http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/m-S5-1.html
 
 被爆者が自分の体験を語り始めたのは、まだ数年まえからのことだ。
それまで自分の被爆体験を黙して語らなかったわけは、放射能の影響
に対する未知の恐怖や差別を恐れ、子や孫までが差別されることを恐
れるあまり、家族にさえ語ろうとしなかった。ようやく戦後60年を過
ぎて、ボツボツと口を開きはじめたのが数年前からなのだ。
 なお、上記の原爆体験記については昨日6日、まさに広島原爆の日
に、人気サイト<きっこの日記>で紹介されたため、昨日一日で3000
人のアクセスがあった。きっこさんは6日の広島平和祈念式典での1
分間の黙祷さえ、NHKとテレビ朝日を除く他の民放が放映しなかっ
たことを批判しながら、上記の被爆体験記を読み返すことを勧めてく
れている。
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20080806
 


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<心のテープ>(55号)遠来の客
配信日:2008/8/14

 北京オリンピックの開会式は「友あり遠方より来る、また楽しからず
や」という孔子の名言で始まったが、7日の夕方から8日の昼にかけて
私にもそのような出会いがあった。北海道紋別の地から遠路はるばるY
氏が来訪したからだ。といっても北海道から関空まで2時間余、関空か
らバスで天理市櫟本のシャトルバス停まで1時間少しで到着する時代だ
から、時間はそれほど掛からないのだ。
 
 電話の連絡があってバス停へ出迎えに行った。Yさんは元気にバスを
降りてきた。ここで彼の紹介をするよりも、前号でおすすめした<戦争
を語りつぐ60年目の証言>サイトに最年少(3年前で65歳)の証言者
として登場している。つまり「戦争が終わった時、5才の私は満州にい
た」というタイトルがYさんの証言なのだ。お暇があれば、その比類の
ない苦難の証言を下記のページを開いて一読されることをおすすめした
い。
 http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/m-S15.html
 
 上記の証言末尾にも記しているのだが、満州から帰国の途中Yさんは、
階段から落ちて背骨を打った怪我がもとで少年のころ脊髄カリエスを患
い、一時は寝たきりの状態まで悪化した。
 ある日、可哀想な子どもがいるという噂を耳にした天理教布教師のお
ばあさんが訪ねてきて「おさづけ」という神様へのお祈りをしてくれた。
毎日のようにおばあさんが訪ねてくると、母は天理教に入れられること
を嫌って外へ逃げてしまう。
 そんな繰り返しのうちに、Y少年はおさづけを取り次いでもらうごと
に起き上がれるようになり、ついには歩けるまでに回復する。その奇跡
的なご守護を目のあたりにした母は、誰よりも熱心な信者に変身する。
 
 とはいえ、Y少年の身体は完全に回復したわけではなく後遺症として
脊椎陥没の障害が遺る。その姿に対して所属教会長は「いんねんの悪い
者」とレッテルを貼り、事ごとに差別的な言葉を投げつける。高校への
進学はもとより修養科を志願することも首を縦に振らなかったという。
 しかし、成人した彼がおぢばへ帰参した折に出会った人(後に学問や
信仰の師となる人)から「君のからだには神様から御用のあるしるしを
つけられている」と言われて回心し、おぢばに滞在して求道の日々を送
ることになる。
 
 師と死別した後に故郷の北海道紋別の地に帰ったYさんは、努力の末、
小学生を対象とする塾の経営に携わり、1万坪を超える山林を50万円で
入手して自然とともに生活しながら、時には詩歌やエッセイを創作した
り、地域の障害者福祉の分野でもリーダー的役割を果たすようになる。
 さらに向学心に燃える彼は50代で慶応大学通信学部に入学し、6年か
けて卒業する。中山みき教祖の天啓をテーマとした卒業論文は、知友は
もとより教授にも好評を博したという。
 
 紹介が長くなったが、以上はYさんの経歴の一端に過ぎない。Yさんと
私との縁は10数年前にさかのぼり、共通の知人を通して紹介を受けたこ
とに始まる。それ以来、年に一度か隔年に一度おぢば帰参のたびにお会
いして四方山の会話するのを楽しみにしている。会うたびにYさんが繰り
返して話す言葉がある。私は「なるほど」と頷きながら、Yさんのように
言葉を信じて実行するか否かで結果が決まるに違いない、と思わずにい
られない。
 
 Yさんは言う。古今東西にわたって、宗祖開祖は同じ真理を違った言葉
で語っている。つまりイエスは「まいた種は刈り取らねばならない」と
教え、仏教には「因果応報」という言葉がある。この道では「まいたる
たねは みなはえる」と歌って踊る。それ故に宗教の違いを超えて真理
であることは間違いない。
 種とは自分の想念であり言葉に他ならない。だから決してマイナスの
想念を抱いたりマイナスの言葉を出してはいけない。事実、Yさんは決し
て「ない」という否定の想念はもたないようにしているという。例えば
「お金がない」と思ったり言ったりすると、その通りに「お金がない」
状態がいつまでも続くからだ。「◯◯になりたい」とか「△△してほし
い」と望むと、「なりたい」とか「ほしい」という状態が続くことを望
んでいることになり、望みが実現して満足する状態は決して実現しない。
まさに想念や言葉には、その通りに成ってくる力(エネルギー)がある
からだ。
 先にも紹介した通りYさんは慶応大学で通信教育を受けたのだが、入学
した当初から「卒業できて有難うございます」と感謝の想念を抱くこと
にしたら、試験でも論文でも好都合なことばかり起こって楽々と卒業で
きたという。
 
 とにかく彼は年とともに益々元気だが、少年期に彼をいじめた教会は
どうなったのか。彼は教会の束縛を離れて自由な道を求めて通ってきた
のに比べて、教会の後継者は交通事故の後遺症で車椅子の生活を余儀な
くされ、とうとう会長になれず、親にあたる会長は泣き暮らして最後を
迎えたという。
 教会の運命がすべてそうなるとは言わないが、一つ間違うと会長が神
様や教祖に成り代わって高慢のほこりを積み、人を差別し責め苦しめる
言動を当然として通ることほど恐ろしいことはない。天の理は公平だか
ら、内も外も隔てなく善悪ともに成ってくるからだ。
 次に天の理に関する「おさしづ」の一端を書き写して参考に供したい。
 
「一粒万倍の理を聞き分け。皆種より生えて来る。天の理に凭(もた)
れてするなら、怖き危なきは無い」(明治23.6.29)

「(ひとを)立てば(わが身が)立つ、(ひとを)倒(こ)かせば(わ
が身が)倒(こ)ける。これ一つ天の理という。この理を心得ば、何一
つの難も無いという」(明治25.2.20)
 
「追(つい)しょうは濁りの台である。これをよく聞き分け。しっかり
聞き分け。どうなりこうなりと、だんだん年限思う中に、もうやろうか、
追しょう/\理重なる/\。めん/\心から出る。めん/\心から出るから、
めん/\始末せにゃならんで。このやしきは(追しょうは)一つも要らん。
追しょうは騒動の元、追しょうあればどうもならん。追しょうの中に濁
り心の迷わす理、めん/\潰れる台してるようなもの。追しょうはその場
のもの。良い顔して追しょうから追しょう出る。皆してる。息してる間
は皆してる。・・・」(明治31.4.20)

(追記)
 天刻サイトの表紙写真を「大塔の吊り橋=2008.8.06撮影」に更新し
ています。遠来の客とは逆に私のほうが、熊野の本宮町まで往復300キ
ロの道を運転して同地の教会を訪ねた途中で撮った写真です。同行して
くれた友人と一泊二日のドライブでした。夕食に出た鮎寿司の味だけで
なく、初対面の人との珍しい対話など、後日報告したいと思っています。

週刊メルマガ<心のテープ>(号外) 63年目の刻限(8月15日)を迎えて 
配信日:2008/8/15

 私が戦争と平和に関心を抱かずにいられない理由は、神仏の信心以前
に少年期の原体験にもとづいている。
 小著『元の神・実の神』の一節を繰り返すことになるが、 戦争が終
わったとき中学2年生であった私にはもちろん戦場の体験はない。しか
し戦争末期、私が住んでいた奈良県天理市(現在)には予科練(海軍予
科航空兵)が1万名近く駐屯して訓練を受けていた。予科練は他でもな
い特攻隊員の養成機関であった。
 ある日、兵舎となっていた信者詰所から、10代の練習生たちが隊列を
組んで私の目の前に駆け足で近づいてきた。その若々しい半裸の肉体の
群れに圧倒されながら、私は立ち止まって青年たちを眺めていた。その
若者の集団が発散していたのは、まさに強烈な生命のエネルギーであっ
た。躍動するいのちの美しさに感動した鮮烈な印象は、いまも私の脳裏
に焼きついている。
 数カ月後に敗戦となった時、多くの若者たちのかけがえのない生命が
戦場に散った悲劇に思い至り、街角で見た情景を思い浮かべて、何と若
いいのちが浪費されたことか、と彼らを戦場へ追いやった国家権力を憎
んだものである。
 
 戦後の日本は、私自身の成長と並行して、経済の成長発展に向かって
やみくもに走り出していた。戦争中の食糧難や物資不足を取り返そうと
するかのように、所得倍増やGNPが唯一の目標となった。しかし、昨
日までの全体主義が民主主義体制に一変したからといって、春になって
衣替えするように日本人の心まで変わるはずはなかった。
 戦時中の言動と矛盾する正反対の思想を口にする大人たちを私は信じ
ることができなかった。同じ教師が180度違った教育を始めたことも不
信感を抱く原因となった。今さら勉強する気になれなかった私はスポー
ツに熱中した。
 人間の心とはいかに変わりやすいものか。最後に信じ得るものは何か。
私の内心には、間違った信念によっていのちまで犠牲にして省みない人
間への恐れと疑いの種が宿されていた。
 数多くのいのちが失われた戦争の時代に生まれたためか、私は生きる
ことの意味にこだわり、世の中の風潮に背を向けて文学や哲学に興味を
もった。哲学といっても観念的な思弁を好んだのではない。いのちの価
値を確かめたいという欲求がすべてであり、いのちと一体になる生き方
を模索した。
 
 オトナに対する不信感を抱いていた私は、最後に信じ得るものが存在
するとすれば神仏しかないと思った。
 私の周囲は天理教で囲まれていたが、教会長であれ信者であれ、教義
を曲げてまで権力に妥協し、他の日本人と同様に勝利を口にして戦争に
協力した点で、信じるに足りなかった。
 しかし教祖・中山みきだけは別であった。もともと天理教は、教祖な
きあと神道の一派として公認されるために作られた組織であった。教祖
は存命中、官憲からの迫害干渉を受け、18回にわたって警察や監獄に拘
留されながら権力と妥協することなく最後まで神一条の道を貫き通した。
 教祖は信者集団として「講を結ぶ」ことをすすめ、信心することを
「道を通る」と表現していた。
 最後の遺言というべき教祖の啓示に「一列ろくぢ(平らな地)に踏み
ならす」とあるように、民衆を抑圧する「上・高山」(権力者)を真っ
向から否定する教えであった。
 一方、西欧諸国に追従して日本の近代化を急いでいた当時の明治政府
は、天皇をイエス・キリストに、古事記を唯一無二の聖書に擬して国家
神道による民衆の思想統一をもくろんでいた。そうした政治権力にとっ
て中山みきの説く道は邪魔に違いないから、早いうちに芽を摘み取って
しまう必要があった。
 
 明治20年、教祖が現身を隠した翌年、側近者たちによって神道に所属
する天理教会が設立された。そうしなければ信者の組織は認可されなか
ったのが当時の悲劇的な社会情勢であった。
 教祖を弾圧した国家権力は日清・日露の戦争を皮切りに、軍部に引き
ずられて中国に戦場を拡大し、ついに大平洋戦争に突入した結果、敗戦
によって崩壊した。
 その間、殆どの日本人は国家神道に洗脳され、情報操作によって聖戦
の勝利を信じ、約310万人といわれる国民が戦争の犠牲になっていのち
を失った。
 多くの犠牲の上に戦後の大変革によって自由・平等・人権が保障され
るようになった。
「一列ろくぢに踏みならす」と予告された神意が実現したのは偶然では
ない。その証拠として、教祖の啓示を継承した飯降伊蔵本席によって啓
示された「おさしづ」には、明治20年から昭和20年に至る60年の道筋
と結果がさまざまに予告されている。その一例を挙げると、日露戦争が
始まった年の啓示の中に、

「敵と言うて睨み合い/\という。一時の処旨いように思う。旨い事や
ない。何でも彼でもという。これまで諭し置いたる理は、仮名な柔らか
い中に、要々(かなめ)の言葉諭してある。……大き事すっきり、これ
ではどうもならんという処まで行ってみよ。これではならんという処ま
で行かにゃ、分からせんで」(明治37.8.23)

「この世一つ始まりてから、一つ全国において大変々々の理、大変とい
うは5年10年20年やない。これまでだん/\諭したる。ようようの日ど
うもならん日に及んだる。道は60年以来から始め掛けたる。皆諭し詰め
たる。残念々々現れたら、どうもならん日になる、と諭したる」
                        (明治37.12.16)

 敗戦の混乱とともに自由・平等の世の中が実現する預言の一端を次に
挙げておきたい。 「おさしづ」では「刻限」を「一日の日」という言
葉でも表されている。(明治の年号を略す)

「さあ/\変わる/\。今まで弱き者が強くなる。今まで強き者が弱く
なる」(20.3.16)
「これまですっきり掃除すると言うてある。……十分道と言えば、世界
から付けに来る。世界からろくぢという道を付き来る。濁った/\道で
どうもならん」(21.3.9)
「こちらが妨害、あちらが邪魔になる処は、皆神が引き払うて了うで」
                         (21.12.13)
「高い所はすっきり取って了う。すれば低い所は均れるであろう。変な
話と思うやろう。世界すっきり均らす」(23.9.11)
「これから先は自由(じゅうよう)の道を付ける。……さあ思わく通り
にするで」(23.9.11)
「もう敵(かな)わんかいなあと、隅から隅まで涙を流し、涙を流すは
一日の日と言うたる」(36.5.29)
「国の一つ事情も。道の事情も同じ理。…皆何でも彼でもという心あっ
ても、どれだけしても、理がなくばどうもならん。一日の日がある。越
し難い。飲むに飲まれん。行き付かにゃならんで。これよう思やん定め
て、一つの心に定めてくれ。聞いて心に治まってなくば、一日の日が通
り難くい」(38.5.11)
 等々の神の警告が示されている。その預言通りに成ってきた昭和20年
8月15日こそは、「見えん先から」予告された刻限であり、「元の神・
実の神」がこの世・人間の一切を見抜き見通されている何よりの証拠で
あった。
「おふでさき」の一節に、
 だん/\とみゑん事をばゆてをいて   四号ー105
 さきでみゑたらこれが神やで     

(上記の「おさしづ」は、「理の研究:第二部 神の預言」の一部です。
なお最近号(55号)の末尾に引用しました「おさしづ」は「第五部 天
の理・心の理」から転写したものです)


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<心のテープ>(56号)「上・高山」が「まま」にした横暴の歴史
配信日:2008/8/21

 戦争にこだわるようですが、この号で最後にしますから、もう一度
だけおつき合い願えればありがたい。
 戦後63年目の8月15日、正午前に政府主催の全国戦没者追悼式が東
京の日本武道館で行われた。追悼・慰霊の対象となるのは、旧日本軍・
軍属の戦死者(台湾・朝鮮半島出身者を含む)約230万人と、空襲で亡
くなった民間人約80万人、併せて合計310万人に上る。靖国神社に祀ら
れたり軍人恩給の対象となる戦死者と違って空襲で焼死した市民たちの
霊は、この追悼式でしか慰められることはない。
 参列者は、遺族約4600人のほか、天皇・皇后両陛下、衆参両院議長、
各政党代表、各界代表ら約6000人。
 式辞で福田首相は「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大の
損害と苦痛を与えた。犠牲となられたすべての方々に謹んで哀悼の意を
表し、悲惨な戦争の教訓を風化させることなく、史実を未来に引き継ぐ」
と反省の言葉を述べた。
 
 15日を境として、戦争体験に関連するさまざまな情報が報道された。
 朝日新聞の「語りつぐ戦争」という連載欄には「終戦記念日に寄せて」
の投稿が集められている。南洋パラオ諸島でジャングルの中で飢えのた
め骨と皮だけになり、部隊が4分の1になった時、戦争が終わって「助
かった!」と喜び合った(今年88歳)。満州で銃口を突きつけられたソ
連兵に所持品を強奪されても生き残るために無抵抗で黙認するほかなか
った(84歳)。いずれも高齢者自身からの投稿であった。
 
 13日付朝日では、土田さん(88歳)が同じくパラオ諸島で、終戦を知
らず34人の兵士と共に1年半も山中の洞窟にこもっていたと語っている。
一方、アリューシャン列島のアッツ島では、日本軍2600人に対し上陸し
た米軍は1万人以上。死を覚悟して「バンザイ」と叫びながらの玉砕攻
撃の最中に意識不明のまま捕虜となった高木さん(86歳)は、「負傷し
て動けなくなった仲間は母親や子どもの名を叫んだ後、手投げ弾で自決
した。この世に神も仏もないのかと号泣する年上の軍曹もいた」と語っ
ている。
 
 中でも16日夜のNHKスペシャルで放映された「証言記録 レイテ決
戦」は衝撃的であった。太平洋戦争の敗戦が決定的となった1944年10月
のフィリピン・レイテ島の激戦では、日本軍の将兵の97%約8万人、米
軍や現地人を含めて約10万人が戦死した。この戦闘で僅かに生き残った
生存者は、老齢となった今まで兄弟にも話したことはないと言いながら
悲惨な戦場の記憶を語っている。
 
 もともとレイテ島の決戦は、弱体な敗残兵しか米軍は島にいないとい
う誤った情報を鵜呑みにした大本営の錯覚から始まっている。それが誤
報と分かってからも現場の声に耳を貸そうとせず部隊を増援しつづけた
ため、補給を断たれ孤立した現地の将兵は米軍の圧倒的な攻撃と飢えの
ために生き地獄の苦しみの中で全滅した。日本軍は飢えを凌ぐため現地
人から略奪して恨みを買い、ゲリラ化した現地人から仕返しを受けた。
そのうえ現地人は米軍の爆撃にまきこまれて大きな被害を受けた。
 
 最後に島に取り残された1万余の日本軍は山にたてこもり、爆撃やゲ
リラを避けて逃げまどいながら、ついには餓死するほかになかった。
「私が死んだら肉を食ってくれ」と仲間に勧めたという生存者の証言も
放映されている。
 戦後63年を経た現在、老齢となった現地人の女性へのインタビューで、
彼女は弱り切った姿で山を下りて来た日本兵から写真を渡された話をし
ている。日本へ送ってほしいと頼まれたその写真には、奥さんと可愛い
二人の子どもの姿が写っていたことを今も忘れることができない、と語
っている。
 
 このような戦争体験の証言から痛感することは、少なくとも63年前ま
での日本では、国民は支配する者と支配される者に分かれていたという
ことである。いうまでもなく支配する者は少数で、大多数の国民の生殺
与奪の権を握っていた。つまり権力者は民衆の人権や自由を奪い、生か
すも殺すも思いのままであった。教祖はこの種類の人間を「上・高山」
と呼び、何よりも神の残念とされた。

 明治以後に外国に拡大した戦争だけではない。古代から中世、中世か
ら近代にかけて、どの時代にも「上・高山」は存在した。戦国時代の領
主は武士という職業軍人を使って覇権を争った。そこで討ち死にするの
は足軽と呼ばれる下層階級であり庶民であった。テレビで時代劇を観れ
ば、信長、秀吉や家康の名は出てくるが、その他大勢の無名の民衆がど
れほど野たれ死にしていることか。こうして「上・高山」は、法律と武
力を独占して民衆を支配してきた。
 
 同じ戦争の体験者といっても、加害者と被害者に分類される。トップ
の加害者は軍部の中心にいた大本営の参謀であった。その下に連なる職
業軍人には、何らかの形で多少とも加害者の側面がある。軍人も下級に
なるほど被害者の側面が強くなる。職業軍人ではない国民の大多数は、
自由を禁圧され生命を犠牲にさせられた被害者であった。戦場で殺すか
殺されるかの瀬戸際に立てば、被害者が加害者に一変することもあった。
利用されていると知らず加害者に加担する被害者もあった。
 職業軍人というプロがいなければ戦争は遂行できない。何事にもプロ
が必要である。職業政治家もあり、職業宗教家もある。但し、プロがア
マを支配するために特権を求め、自らに都合のよい利権や支配欲・名誉
欲に溺れるとき、例外なく被害者となる民衆の悲劇が始まる。
 
 戦後の日本では、仮にリーダーやトップとしての立場になっても、過
去の「上・高山」のように民衆を「まま」に出来ない世の中に法律が変
革された。福祉政策が拡大され差別が撤廃された。それは神の望まれる
「ろくぢ」の社会であった。憲法9条で戦争を放棄した。その意味で日
本は世界の最先端に立っていたといえるだろう。
 人間の心の自由を尊重されるた元の神・実の神は、人々の自由を束縛
し支配する「上・高山」を誰よりも残念の思いで「かやし」されるに違
いない。その神意は昭和20年の刻限を予告された「おさしづ」に裏付け
られている。
 今でも世界には63年前までの日本のように「上・高山」が支配してい
る国々があることも事実である。そのような国がどんな悲劇をもたらす
かを確かめる意味で、戦争体験を語りつぐことの大切さを改めて強調し
たい。そしてどんな困難や犠牲があっても、これからの世界が神意の実
現に向かって「一列ろくぢ」の方向へ近づいていくことを信じたい。

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<心のテープ>(57号)願い事をしない心定め
配信日:2008/8/28

 私どもの御里の教会に一番古くからご縁のある高齢の婦人Fさんは今年
84歳になる。今も毎月の祭典日にはおつとめ奉仕を欠かさず、てをどりを
つとめて下さっている。
 もう一人、最高齢(86歳)のOさんも毎月おつとめ奉仕して下さってい
る。お二人とも顔にシミ一つないのが不思議なくらい若々しい。
 なお、ついでに言えば、お二人とも入信は初代となる。無人から出発し
た御里には親先祖から信仰を受け継いだ二代目三代目の家は唯一軒しかな
い。
 ここでは、初めに紹介したFさんの信心についてお伝えしたい。
  
 祭典日には、以前Fさんは教会まで約2キロほどの距離を3輪バイクに
乗って通ってきたが、数年前からは私が軽四でお宅まで迎えに行くことに
している。
 1年ほど前、自宅の近くの交差点で信号が赤に変わってバイクを停車し
たとたん、後ろから車に追突されて路上にはね飛ばされ、左の手首を捻挫
して長期間不自由な暮らしをされたことがある。それでも頭を打たずに大
難は小難で助けて頂いたと、Fさんは100%責任のある相手を非難しなか
った。
 
 同じ市営住宅内に住んでいる娘夫婦と孫、曾孫にあたる孫の子ども2人、
と家族に囲まれて賑やかな暮らしに見える。ときには4代揃って講社祭を
つとめる月もある。経済的に決して豊かとはいえないが、その代わり子ど
もや孫、ひ孫が近くに住んでいるので、年をとっても寂しさは感じないよ
うだ。
 Fさんのご主人は10歳ほど年が離れていたせいもあり、数年前に90歳
で出直された。連れ合いがいなくなってからのFさんは、かえって若返っ
たのではないかと冗談まじりに冷やかしたこともある。老化防止のために
も趣味の短歌をいつまでも続けるように勧めているのだが、最近の句作は
見せてもらっていない。
 
 8月中旬の暑さと日照りが続いていた日、用件があってお宅に伺った時
の雑談の要点をメモすると、
私「先日の月次祭にはおつとめ頂いて、あと疲れが出ませんでしたか」
F「てをどりをよく間違うのでお恥ずかしいことです……」
私「いや、月々神様が共に勇んで下さるおつとめの御用をさせて頂いてい
 る限り、願わなくても健康のご守護をいつまでも頂けますよ」
F「有難いことで感謝しています。何も役に立ちませんが、続いているだ
 けが取り柄で……」
私「それが何より大事ですよ。続いてこそ道、と教えて頂いてますからね」
F「誰にも言ったことないのですけれど、ずっと前から一つだけ心定めし
 ていることはありますが……」
私「ほう、どんな心定めですか?」
F「自分に関することで願い事はしないということですの」
私「なるほど、人様のことでおたすけを願うのは私どものつとめですが、
 自分のことを願うのは筋違いですからね」
F「今のままで結構ですから、何も神様にお願いする事はないので……」

 このひと言を聞いて私は「なるほど」と感心した。他人事を自分の事と
してたすけを願う場合は別として、うっかり自分の願い事をしている場合
がないだろうか。自分の願い事をするということは、ありのままの現在に
満足できず、もっと・・・なってほしいとか、・・・してほしいとか、不
足の心、ほこりの心が混じっているからではないか。
 そう思うと、Fさんがいつまでも元気でいられる秘訣を教えられたよう
な気がした。

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<心のテープ>(号外)世の中の動きを知るサイト紹介
配信日:2008/9/2

 昨日9月1日、福田首相の突然の辞任発表があった。その理由はさま
ざまに取り沙汰されているが、真実は闇の中かも知れない。
 いずれにせよ一方的な情報を信じることは危険であり、できるだけ多
方面からの情報を比較して判断することが必要だ。視野を広げるために
はネットが最適だから、ネット情報の中から私が参考にしているサイト
の一端を紹介したい。一度訪ねてみられるかどうかは読者のご自由です。

 元駐レバノン特命全権大使であり作家でもある天木直人(あまき・な
おと)さんのブログは、独自の視点から国際情勢の分析がなされている。
 天木氏は、2003年8月イラク戦争に反対し事実上の解雇処分を受け外
務省を離れ、その後自由な立場から言論活動を続けている。

「天木直人のブログ」
 http://www.amakiblog.com/
 
 もう1人、信用できる政治評論家として森田 実氏のサイトを紹介した
い。
 森田氏は私と同年の1932年静岡県生まれ、東京大学工学部卒業。日本
評論社出版部長、「経済セミナー」編集長を経て1973年に政治評論家と
して独立。著作・論文を著す一方、テレビ・ラジオ・講演などを通して
評論活動を行っている。
 HP「森田 実の言わねばならぬ」サイト内のコラム「時代を斬る」を
毎日更新している。

「森田 実の時代を斬る」
 http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/

 ついでながら、戦争を語りつぐ永六輔さんの記事を紹介しておきたい。
 著名な作家・放送タレントの永六輔さん(1933年生まれ)が「戦争
を語り伝える会」を立ち上げて積極的に活動している。
 関心のある方は、下記の毎日新聞大阪夕刊8/25付の記事をごらん下さ
い。

「今、平和を語る:作家・放送タレント、永六輔さん」
 http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/talk/


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<心のテープ>(58号)夏の日照りと野菜たち
配信日:2008/9/4

 8月半ば過ぎまでの暑さと日照りつづきの最中、うちの小菜園(10坪
足らず)の野菜たちも悲鳴を上げているようだった。キュウリやナスビ
が水を欲しがっているのが手に取るように分かるのだ。
 夏の暑さがなければ米が稔らないことは承知している。水を張った田
んぼの稲は青々と育っている。田んぼにしても、日照りが続くと田に水
を引く作業が大変に違いない。私も日照り続きの早朝か夕方遅く、水や
りに通うのが日課になった。
 8月20日を過ぎて雨が降りつづき、地方によっては豪雨災害が発生し
た。お気の毒なことだが、大和ではそれほどひどい雨にはならず、野菜
たちは大喜びであった。
 
 とくにキュウリは水を欲しがるのだ。二日も水をやらなければ、頭だ
け太って先細りに変形する。オーバーな例えかも知れないが、車につけ
る初心者マークか高齢者マークのような格好になる。
 それでも5月初めに植えた苗から次々と枝が伸びて、9月に入った今
でも花が咲き、節には小さな実がついている。早朝に畠から小さめのキ
ュウリをもいできて、10分後に刻んで朝食の食卓に載せる新鮮な味は何
とも言えない。
 今年から家人は「キュウリのキューちゃん」の作り方を身内から伝授
されて、自家製に取り組んでいる。何度も熱湯やダシに漬けては冷ます
のを見ていると、これほど手間のかかるものとは知らなかった。
 
 ナスビも水が不足したら太らない。根が水に浸るぐらい水分を欲しが
る野菜なのだ。
 夏の盛りに枝を剪定して一服させてやると、秋口から再び枝葉を伸ば
しはじめ、やがて花をつけ実を結ぶから、いわば二度の収穫がある。意
味深長な次のことわざもある。
「茄子の花と親の意見は千に一つも仇(あだ)はない」
 今ちょうど二度目の花が咲き始めている。これから秋ナスの味が楽し
みだ。

 今年も初夏から盛夏にかけて、自然の恵みいっぱいの完熟トマトが赤
く色づいた。
 1本68円の苗を20本ばかり買ってきて植えたのだが、うち3本ほど
生長が遅れたものの、あとの苗は大きく育って1本につき10個前後の
実をつけた。実が大きく赤くなるにつれて期待も大きくふくらんだ。
毎年の恒例で、神饌にするだけでなく、ようぼく宅への配達、東京の
息子一家へもクール宅急便で届けているからだ。店頭の値段より送料
のほうが高くつくとしても、味が違うから値打ちがあると思いたい。
 暑さが増すにつれて枝の末端についている小さな実だけになるが、
形は小さくても味や香りは大きなトマトに負けなかった。ついにその
小さな実もなくなった頃、トマトは下の葉から枯れていき、赤く染ま
った美味しい実を精いっぱい食卓に届けてくれた後、4ヵ月余りの一
生を全うした。
 
 今年は初めて鳴門金時という品種のサツマイモの苗をスーパーで見
つけて、試しに10本買って植えつけた。1本50円もする芋ヅルが、
今や所狭しと繁茂している。果たしてどれほど芋がついているだろう
か。1株に5本でも収穫できれば大成功というものだ。
 毎年ひとり生えの青シソも大きく繁っている。日照りと虫食いで葉
っぱはやられたが、いずれ枝先から穂が伸びてシソの実がつけば、今
年はキュウリのキューちゃんと同じ製法で漬け物を作ってみたい。
 夏場は空地にして休ませておいた場所に種を蒔いた白菜が芽を出し
ている。白菜の葉は柔らかく甘みがあるせいか、虫に食われるのは避
けられない。その弱々しい苗を一人前に太く巻いた株まで育てること
ができれば、農業も一人前と言えるそうだ。
 他の狭い空地に蒔いたほうれん草や小松菜も、雨が続いたおかげで
発芽した。次は大根やカブの種をまく番だ。
 秋の訪れとともに、わが菜園も新参の野菜が増えて賑やかになりそ
うだ。


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<心のテープ>(59号)同窓会記念誌『生かされて今に』発行
配信日:2008/9/11

 どこの同窓会かといえば、天理高校第二期生有志同窓会であり、何の
記念かといえば卒業60周年の記念になる。つまり、同期生が喜寿を迎え
た記念の文集が、つい数日前にメール便で届いたのだ。
 
 今まで同窓会といえば世話になるばかりだった私が、予想外に編集委
員の1人に入ることになった。発行までに2度ほど会合を持ったが、レ
イアウトや連絡・印刷に至るまで高槻市に住んでいる経験ゆたかなK君
にお任せすることになった。
 かくしてB5版(週刊誌の大きさ)128頁の堂々たる記念誌『生かさ
れて今に』が完成した。表紙はカラー版で、同窓生の描いた油絵が表裏
両面に入っている。本文の空間にはモノクロながら多数の写真が挿入さ
れている。
 
 経費は初め100万を越す見積りだったところ、頁数を圧縮して80万円
以内に収め、有志の寄付を募ったところ30数名から50万円余集まり、
不足分は言い出しべえの事業家T君にツケを回した格好になった。私も少
ないながら1枚だけ送金したが、編集委員に名を連ねている以上、赤字
になれば分割でも追加金を払い込む覚悟はしていた。
 
 内容は三部に分かれている。第一部 中学・高校時代の思い出。第二部
卒業後のこと、いま思うこと。第三部 同窓会史・年代史。その他にアン
ケートの回答が各頁の上段に組み込まれている。質問は*一番楽しかっ
たこと*一番つらかったこと*一番思い出に残ること、等々。 

 頁をめくりながら何より感心したのは、どこから選び集めてきたのか
写真がたくさん挿入されていることだ。例えば私の「戦争の原体験より」
という投稿の名前の上に、学生帽をかぶった紅顔の?少年の顔写真が添
付されている。高校時代にどこかで撮影した集合写真からカットしたも
のに違いないが、同じ写真は自分の手元にも残っていない。
 残念なのは、つい最近1年の間にも、故人となった同窓生が数人いる
ことで、親しかった級友の追悼文も数多く収録されている。その意味で
も適切な旬に編集・発行できたのではないかと思う。
 
 内容は何と言っても戦争末期の中学生時代、空腹の毎日を送った寮生
活の思い出でいっぱいだ。当時の空気を想像するために最適の歌を書き
写しておきたい。長年大阪にある教会長をつとめ最近で直したT君が過
去の文集に書いた回想の中から転載したもの。
 (天理中学寮の数え歌)
 一ツ 人の嫌がる寄宿舎に
    好んで飛び込む馬鹿もある
    なんぼ修養の為じゃとて
 二ツ 二親見捨てて来たからは
    この身は舎監にまかせます
    及ばぬ乍らもつとめます
 三ツ 皆さんご承知の寄宿舎は
    気楽で呑気でよい様だが
    来てみりゃさ程の事はない
    
 (軍事教練で習った歌)   
    勝ち抜く僕等小国民
      天皇陛下の御為に
    死ねと教えた父母の
      赤い血潮を受け継いで
    心に決死の白だすき
      かけて勇んで突撃だ
    必勝祈願の朝参り
      八幡様の神前で
    木刀振って真剣に
      敵を百千斬り倒す
    力をつけて見せますと
      今朝も祈りを込めて来た 
      
 当時の日本人にとって、天皇陛下は天理王命と同じ信仰の目標であっ
た。しかし教義には雲泥の差があった。天皇は国民に犠牲と死を求めた
のに対して、天理王命は神人和楽の陽気づくめの世の中を望まれている
からだ。
 洗脳されて信じ切れば天皇という現人神(あらひとがみ)のために生
命まで投げ出すから人間は恐ろしい。しかも、信じていた対象が間違い
と分かれば、あっさり過去を水に流して逆の方向に走り出すのだからい
い加減なものだ。
 
 雪が積もっていた冬の朝、登校のため隊列を組んで出発する直前、一
生徒が家から送ってきた冷え防止の座布団をカバンの裏に隠していたの
が見つかり、そんな弱虫は御国の役に立たんと教官の激怒を買い、全体
責任として全員が靴を脱いで雪の上を裸足で学校まで歩かされたことも
あった。
 
 当時、本部前の神苑は、すべて私たち天理中学生が耕したサツマイモ
畑に変わっていた。交代で見張り番に当たった寮生が、畑のサツマイモ
を内緒で掘り出して、殆ど食べてしまったのが実情であった。
 教祖は貧に落ち切られてひながたの道を通られたが、当時の日本国民
は皆、食べるに米もない難渋の中を否応なしに教祖ひながたと同じ道を
通らされたと言えるだろう。
 そうした戦争中の苦難の日々が決して偶然でなかったことは、週刊メ
ルマガ<心のテープ>(号外)「63年目の刻限(8月15日)を迎えて」
に筆写した「明治から昭和にかけての歴史を裏づけるおさしづ」を再読
して下されば了解して頂けると思う。
「生かされて今に」この世に生存している私は、歴史の中に神が顕在し
ている証拠を跡づける使命を自覚している。そのためには刻限さしづの
研究を疎かにできないのだ。 
 
 もう一つ、知られざる役目が寮生の一部に与えられていたことを、記
念誌への投稿記事で初めて知った。というのは、真柱邸の奥に教祖の遺
品などを保存している御文庫と呼ばれる倉庫があるのだが、空襲警報が
発令されるごとに選ばれた寮生たちが御文庫に駆けつけて、万一の空爆
から大事な品々を守るために警備に当たったと、当の役目についた同窓
生が書いていることだ。
 戦争末期になると、大阪へ空襲に向かうB29爆撃機の編隊が、頻繁に
おぢば上空を悠々と飛行していた。その編隊の中の一機が甘露台めがけ
て爆弾を投下しないという保障はどこにもなかったのだ。


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<心のテープ>(60号)百歳以上の長寿者が3万6千人に
配信日:2008/9/18

 9月15日は例年の「敬老の日」であったが、新聞を見て少々驚いた。
なんと100歳以上の超高齢者が3万6千人もいるという。朝日新聞の記
事を念のために再確認してみると、
<15日の「敬老の日」を前に、厚生労働省は12日、全国の100歳以上
の高齢者数が9月末時点で3万6276人になると発表した。38年連続で
過去最多を更新。前年比3981人という増加数(12.3%増)も過去最多
だった。厚労省は「今後も増加は続くのではないか」と見ている。
 集計を始めた63年に158人だった100歳以上の人の数は、98年に1
万人を突破。その後は03年に2万人、07年に3万人を超え、急速に増
えている。全体の86%を女性が占め、今回、女性だけでも3万人を突
破した。
 都道府県別では、人口10万人当たりの100歳以上が最も多いのは沖
縄の61.03人で、島根、高知と続く。沖縄は36年連続で1位を維持し
ている。逆に最も少ないのは埼玉(14.22人)で、90年から同順位。
46位は愛知、45位は千葉だった。上位10位はすべて西日本で、東日本
で低い傾向がある。
 国内最高齢は沖縄県の113歳の女性。男性は112歳の宮崎県都城市の
田鍋友時さんで、男性の世界最長寿としてギネスブックに認定されてい
る。田鍋さんの日課は「新聞を読むこと、日記をつけること、午後3時
に牛乳200mlを飲むこと」だという。(後略)>
 
 上記の通り、世界最高齢の男性・田鍋さんはテレビのインタビューで
「まだまだ10年位は生きたい」と語っていたので二度びっくりした。な
んでも日本では、70歳以上の人口は2000万人台になっているそうだ。
 1963年(45年前)には158人しかいなかった100歳以上が、今では
3万6千人超というのだから、その増加率には目を見張るほかはない。
しかもその86%が女性で占められている。ということは。女性は子ども
を産むだけあって元々生命力が強いのか、それとも男性と比べてストレ
スが少ないのか、男は独り生き残ると不自由だから先に迎え取って下さ
るのか、いろいろ思案したくなる。
 いずれにせよ平均寿命が延びた原因は、今の高齢者層は戦時中に粗食
と勤労で鍛えられた一方、戦後は栄養が豊かになり、環境が良くなり、
医薬が進歩したことにある、と常識的に考えられる。
  
 つい最近、80歳を超えた婦人から次のような話を聞いた。
 主人が脳梗塞で神経が死んだ部位のため記憶を失ってしまった。その
ため家族2人の顔しか覚えがない半身不随の状態で2年間寝たきりにな
った。動く右手で自分の下着やら布団を掴んで引き出すので世話が大変
だったある日、横に寝ていた自分さえ気がつかない間に息を引き取って
から来年で10年目になる。
 亡くなった直後は肩の荷が下りてぼんやりしていたが、その後は何で
も自分の思うように出来るので以前より元気に過ごしている、と。
 
 月日親神様の思惑によれば、理想の世界では人間の寿命は115歳と定
めつけたいと原典にしるされている。その世界を実現することが最終的
な「めづらしたすけ」になると受け取ることができる。
「おふでさき」三号ー98〜100のおうたには次のように明示されている。

 ほこりさいすきやかはろた事ならば あとハめづらしたすけするぞや
 しんぢつの心しだいのこのたすけ やますしなずによハりなきよふ
 このたすけ百十五才ぢよみよと さだめつけたい神の一ぢよ 

 100歳どころか115歳が定命ともなれば、人口が増えすぎて困るので
はないかと心配する向きもあるに違いない。そこは良くしたもので、そ
うした陽気づくめの理想世界では、子どもの数が少なくなり、男女一人
ずつ与えて頂けるようになるから心配無用。今に伝えられている各種の
史料には次のように記録されている。
「子供は原則として1男1女が与えられ、欲しいと思えば70、80才に
なっても、男女希望通り与えて頂ける。子供を預かってほしいと思えば
産まれない」
 天刻サイトの「陽気づくめのイメージ」に、上記の予言を古い史料か
ら転写している。
 http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/shiryou/hinagata12.htm
 
「病いの根」が切れて、病まず弱らず、いつまでも18歳の心で、陽気づ
くめで生かされる境地というのは、日本の現状とは大いに違っている。
いくら寿命が延びたといっても、医者・薬の世話になり、その上認知症
にでもなれば長寿の値打ちはない。寝たきりで動けない高齢者も多い。
 ということで現在、国民総医療費は30兆円を超えている。この膨大な
金額は、日本国の一般会計予算の3分の一を超えている。もし病まず弱
らず長生きできれば、もっと有益な用途に使えるのだ。薬漬けの高齢化
社会は決して手放しで喜べない。今では病院のベッドではなく、わが家
の畳の上で息を引き取る人は滅多にない。
 信心の総決算は、いかに死ねるかにあるといえるだろう。

 とくに末期医療の技術開発によって、病院はあらゆる手段を取って延
命しようとする。それはもはや病気の治療ではない。いわば、息を引き
取るご守護の邪魔をしているとさえ思える場合がある。私自身、その現
場に立ち会ったことがある。その記録は、2003.4/19の<心の日記>で
公開しているので、関心のある方は下記をクリックしてページを開いて
みてほしい。
 http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/news/nikki4-19.htm
 
 もう一つ、100歳以上の高齢者が増えた現状は、戦争を語りつぐ証言
者がたくさん生存していることになる。ボランティア・サイト<60年目
の証言>の取材は延べ90名を超えたが、生存者の数からいえば九牛の一
毛に過ぎない。これで満足せずに今後も男女を問わずかけがえのない戦
争体験の証言を集めていきたいと、改めて覚悟を固めている。
 今まで証言して頂いた高齢者からは例外なく証言したことに満足して
頂いている。とはいえ、何かの縁がなければ証言を聞くことは難しいと、
つくづく痛感している。

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<心のテープ>(号外)麻生首相の評判
配信日:2008/9/29

(その1) 産経ニュース 2008.9.26
麻生新首相に「中国との協調」を“進言” NYタイムズ
【ニューヨーク=長戸雅子】25日付の米紙ニューヨーク・タイムズは
麻生太郎首相を社説で取り上げ、「隣国を対等に扱い、国粋主義を現実
主義に入れ替える必要がある」と“進言”した。 
「タロー・アソウの復活」と題した社説は麻生氏について「隣国では
好戦的な国粋主義者としてよく知られている」と紹介、「日本が植民地
支配下で行ったことを称賛し、第2次大戦での旧日本軍の残虐行為を正
当化して中国や韓国との関係を損ねた」と記述した。
 さらに「日本の将来は最大の貿易相手国である中国、韓国、急速に発
展する他の近隣国と政治・経済的関係の強化にかかっている」と協調姿
勢をとるよう提案した。
 一方で、「麻生氏が現実主義的な政策を取れれば、首相として成功す
るだろう」とエールも送った。
 同紙は、2006年2月にも「日本の不愉快な外相」と当時外相だっ
た麻生氏を社説で取り上げ「(日本の植民地支配などに関する麻生氏の
発言は)誠実さも賢明さもない扇動的なもの」と批判。日本政府が同紙
に反論を投稿した経緯がある。

(その2)9月24日の毎日新聞「つむじ風」
「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて普通の人には分か
らんだろうな。」
 この記事について「にほんブログ村の<政治ブログ>で次のようにか
らかっている。
<お金持ちであることが本当に苦しいのなら、お金を全部捨てちゃえば
楽になれるじゃないか。それをしないということは、苦しんでいるなん
て口先だけで、実際は、この言葉を吐くことで、優越感を感じたいだけ
じゃないのか。
 お金のない人がお金持ちになるのは、宝くじがあたるか、よほど運が
よくないとなれないけど、金持ちが貧乏になるのは、お金さえ放棄すれ
ばいつでもなれるじゃないか。そんなことちょぴり脳を使えば誰でもわ
かることだ。それさえもせずに、又は、わかっていてわざとこういった
軽口を叩く麻生太郎の人間性を疑う。>

(その3)「坊ちゃん嬢ちゃん内閣」
<今度の新内閣では、18人いる閣僚の中で、15人までが2世から5
世(麻生)議員だっていうんだから、典型的な「坊ちゃん嬢ちゃん内閣」
と言っていいだろう。>

 私どもようぼくとしては、教理に基づいてどのように評価すればいい
のでしょうか、各々の課題にしたいと思います。


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