メルマガ<心のテープ>アーカイブ
        No.1〜30/(2007.8〜2008.2)

(再録までのいきさつ)
 このブログを立ち上げる以前、2007年8月から2009年12月まで2年半にわたって
私は週一回メルマガを発行していました。そのメルマガ<心のテープ>は、不特定多数
の読者が対象ではなく、無料登録して下さった100名余の読者向けに限定して配信し
ていたのです。
 ところが、Yahooメルマガ のサービス中止により閉鎖の止むなきに至り、それをきっ
かけに2009年末から引き続いて、このFC2ブログへサイトを移動して発信を続けて
います。不特定多数の読者の中で「みさと原典研究会」(年会費千円)に参加して下さ
っている有志もあります。
 最終で123号になったメルマガの記事は、Yahoo メルマガ・サイトの廃止とともに
読めなくなりましたが、全号を保存して下さっていた読者からバックナンバーのファイ
ルを提供して頂きました。筆者としても愛着のある懐かしい記事が沢山あるので、この
たびその一部をUPすることにしました。
 とりあえず、2007年8月〜2008年2月(No.1〜No.30)をリンクしましたが、
いずれ最終123号まで引き続きUPする予定を立てています。

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件名:<創刊号>異色の教祖伝小説「大和の神楽歌」(村松梢風・作)の紹介
配信日:2007/8/2
 
 中山みき教祖の生涯を描いた「大和の神楽歌」が出版されたのは昭和18年、今から
65年前の大平洋戦争の最中でした。2段組の小さな活字で206頁あるので、相当な長
編伝記小説といえます。
 戦後の昭和44年にも再版されていますが、今ではこの本を入手することは難しいで
しょう。
 
 作者の村松梢風といえば、当時の人気作家で、講道館柔道の達人・姿三四郎や侠客
・清水次郎長を主人公にした痛快な小説もあります。作家の村松友視は孫に当たりま
す。
 たまたま私は友人宅の書棚にあった初版本を借りて読んだのですが、戦後になって
教会本部から「稿本教祖伝」が出版される以前に、よくこれほど資料を集めて活き活
きと教祖を描くことができたものと感心しました。
 
 この小説の発行元は共立出版株式会社となっています。この出版社は現在も主に理
工学関係、とくに化学専門書を出版しているのに、なぜお門違いの教祖伝を発行した
かというと、会社の創立者が天理教の熱心な信仰者であったからです。人並みの信心
ではなく、会社とは別に共立分教会を設立されていることでも分かります。
 
 事業家であり信仰者であった人に千葉県成田市の米屋(よねや)のようかん本舗・
諸岡長蔵氏があります。諸岡氏も成田分教会を設立していますが。その後あまり信仰
的な面で発展していないことを残念に思います。
 今も活躍中の事業家は、ご存知の通り「スジャータ」で有名な日比孝吉氏です。「
名古屋の松下幸之助」と呼ばれ、無臭ニンニクの特許健康食品を20万人以上の希望者
に無償で提供されていることでも知られている熱心な信仰者です。
 その他にも、戦後「天理時報」に連載された芹沢光治良氏の作品「教祖様」の初版
を出版した角川書店の先代社長も天理教に深い関心をもっていました。デジタル時計
や計算機のメーカー「カシオ」も同様に天理教と深いと縁があると聞いたことがあり
ます。
 
 それはさておき、次号では「大和の神楽歌」から、あまり知られていない教祖の幼
少期の生活を生き生きと描いた一節を、コピーしてお目にかけたいと予定しています


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<2号>『大和の神楽歌』の紹介=三昧田(6〜8頁)より
配信日:2007/8/9

「尼になりたい」と、みきは思った。
 それはかなりつきつめた気持で考えているのであった。
 女は年ごろになれば嫁に行かなければならぬ。そして子供を生んだり、育てたり、
家事を切り盛りしたりするのが女の役めである。世の中の女はほとんど例外なしに、
皆嫁入りするのである。人の妻になることは、女の務めであるばかりでなく、すべて
の生涯がそこから始まるのである。
 十二や十三のみきには、まだ人の妻になるということが、どんなことであるのかよ
くはわからなかった。少女の目に映じる人生は、春の夜の夢のような淡い幻影にすぎ
なかった。けれども、みきは何んとなく嫁入りすることを好まなかった。なぜかとい
えば、嫁に行けば、尼になることができないからだ。
 尼になって、仏に仕える身の上になりたいという気持ちだけは、非常にはっきりと
した欲望であった。
 みきが、尼になりたいと考えだしたのは、かの栗をくれた尼さんの影響というわけ
ではなかった。この地方には尼寺は諸方にある。中にはたいへん身分の高い尼が住ん
でいるお寺さえもある。だから道で尼僧に出会ったり、ときには尼寺へ行ったりする
ような機会もそう珍しくはないのである。
 朝に夕に経を読んで仏に仕えている尼の生活を見ると、みきにはそれがたとえよう
なく尊く感じられた。頭をまるめて、墨染めの衣を着ている尼の姿は、美しく着飾っ
た世間の女達よりも反対に輝かしく見えた。
「わたしもああして生涯仏様にお仕えすることができたら、どんなにうれしいことだ
ろう」
 尼になれば、この世から極楽浄土に住めるのである。殊に女は生まれながら罪業深
いものだという。してみれば尼になって仏に仕えることがいちばん幸福な生き方でも
ある。
 みきの、仏教に対する信仰は驚くほど強くなっていた。人生を知る前に、彼女は仏
を知ったのである。
 両親はこの娘が、時折り何か見つめているような深いまなざしをして考えているの
を知っていたが、それはこの年ごろの娘にありがちな単純なもの思いであろうと思う
うえから深く気にもとめなかった。
 するとある日、母親の絹が倉の前の座敷で縫い物をしているところへ、みきが来て
、かたわらへ行儀よくすわって、ふだんよりなんとなく改まった調子で口をきった。
「お母様にお願いがございます」
「何や、改まって?」
「わたしは尼になりとうございます。どうかわたくしが尼になれるよう、父様にお頼
みしてくださいませ」
 母はびっくりして、縫いかけたものを下へ置いた。
「なんじゃと、もう一ぺんいってごらん」
「わたしは尼になりとうございます」
「まあーーあきれた。なにをいい出すかと思えば、いきなり尼になりたいなどと、お
まえは夢でも見ているのとちがうか」
「いいえ、母様、わたし、ぜひとも尼さんになりたいのです。どうか許してください

「とんでもないことや。なんでそんなこと許すことできるものか。いったい、なんの
わけがあってそんなこというのや」
「別にわけがあってというではないけれど、わたし尼さんになって一生暮らしとうご
ざいます。それが望みです」
「まあばかばかしい。十二や十三で、おまけに何不足ないこの家の娘と生まれたもの
が、尼になりたいわけなどはないはずや。尼になるなどということは、よくよく運の
悪い女か、悲しいめにおうた人のいうことで、これから先にまだどのような良いこと
でもたくさん待っている若い娘などが考えることではありませぬ」
「それでもこの世は穢土(えど)だというではございませんか。わたしは、けがれた
ところで暮らすより仏様のおそばで清く暮らすほうがようございます」
「それはーーりくつはそうやけれど、人間と生まれたからはそれもしかたがないこと
や。ことに女は、嫁入りして子を生むことが第一の務めやし、仏様を拝むことは、な
にも尼にならんかて、誰でも拝めるのや」
「それでは、父様に願うても、許しては下さいませんか」
「なんで父様が許すものか。父様にそんなこというものなら、どんなおしかりを受け
るかわからへんがな」
 母は必死になって娘を説諭しようとした。しかし、この世は罪と汚れで満たされて
いる。来世には弥陀の浄土がある。この穢土を捨てて端的に浄土を求めようとする娘
の熱烈な信仰心には、内心驚かずにはいられなかった。
 みきあ、心から納得したわけではないが、母親が激しく反対するので、沈黙するよ
りほかはなかった。


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<号外>(07.8.15)=戦後62年目の8月15日=
配信日:2007/8/14

 終戦記念日が近づいてくるにつれて戦争に関連する報道が新聞・テレビ・雑誌など
で増加している。憲法改定や自衛隊の海外派兵についての論議が高まっている現在、
そうした情報はいくらあっても多すぎることはない。
<戦争を語りつぐ60年目の証言>管理人としても、私は8月15日に無関心ではいられ
ない。
 
 それにつけても2年余り前に、天理市での日系四世の女性との出会い、その後現在
まで貴重な情報交換が続いているのは、教祖のお引き合わせと思わずにはいられない

 彼女の名はエイミー・ツジモトさん。正確な歳は知らないが50代で、国際ジャーナ
リストとして、日米両国でスタッフを抱えて調査センターを運営している。ハワイ移
民の日系四世として移民の歴史や現状についても詳しい。日本に留学したこともあり
、日本語を話せるだけでなく読み書きも自由自在にできる。アメリカでは、学生たち
に人気のある日本語講師でもある。
 初対面のときは詰所で二日にわたり長時間対話を続けても話題は尽きなかった。そ
の後、戦争証言サイトに掲載するため、在米日系一世二世が戦時中に敵国人として強
制収容された苦難の体験(12名分)を取材して、その証言をテキストにまとめて送
って下さった。
 
 なぜ天理市と縁があるのかといえば、ハワイに移民した日本人の中には天理教の信
者たちがいて、その言動の中から中山みき教祖の教えを聞き、苦労を乗り越える力に
していたという。エイミーさんも祖父母からみき教祖の話を聞いて親近感を抱き、来
日した折々に天理市を訪れていた。私が初めて出会った頃には、ハワイ伝道庁に滞在
して調査に携わっていたほどだ。
 その後、日本語で執筆した著書の出版が決まり、ゲラ刷りの校正を手伝うことにな
った。太平洋戦争中ニュージーランドの捕虜収容所で起こった暴動事件を克明に取材
した『消えた遺骨』で、日本兵の心理を見事に描いたノンフィクションであった。
 戦争とともに日本から満州へ進出した開拓団の実情と悲劇の結末についても強い関
心を抱いていると聞いている。
 
 エイミーさんは年に2、3度来日してマスコミ関係者と情報交換したり、講演を依
頼されると各地へ出かけるのだが、彼女が何より関心を抱いているのが戦争と平和の
問題である。
 今年は5月に天理市内でお会いしたのだが、先月7月の参院選挙前にもエイミーさ
んが大阪府堺市での「平和講座」の講師として招かれた機会に私も参加した。閉会後
の懇談会で同席した98歳になる高齢者の方を、後日お宅に訪問して、80年前の希有な
体験の証言を取材した。
 これらの報告を下記の<戦争を語りつぐブログ>に書き込んでいますので、関心の
ある方は開いてみて下さることを期待しています。
 http://blog.canpan.info/shougen60/
 
 最後につけ加えたいことは、政治家たちは選挙目当てに「おぢば」へ帰参したり、
別席を運んだりしている場合が多い。それを「天理時報」の記事で閣僚の誰々が「よ
うぼく」になったと自慢げに報道するのは軽卒であり、権力におもねっている姿勢が
疑われる。あとで大臣のスキャンダルが表面化して信用を落とす場合もある。
 少なくとも「ようぼく」の自覚をもつ政治家ならば、平和を守るために努力するべ
きで、米国にすり寄って自衛隊の海外派兵や憲法9条改訂に賛成するのは矛盾してい
る。
 今の政権や官僚は「おふでさき」に「上・高山」として明示されている階層である
。権力をカサに着て国民を「まま」にしていることは間違いない。その内情と真偽を
確かめるためにも、上記ブログの報告を一読して頂ければ幸いです。
 
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(お詫びと訂正)
●創刊号で村松梢風の作品を紹介しましたが、正確な表題は『花の講道館』『清水の
次郎長』です。他の作家にも同じテーマの作品がありますので、誤解の恐れがある紹
介をしましたことをお詫びします。
 
●2号で転載しました「大和の神楽歌」本文の最終行で、
 「みきあ・・・」となっているのは「みきは・・・・」の誤りです。
 以上、お詫びして訂正いたします。


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<3号>(07.8.16)=「憩の家」で河合隼雄氏(元・文化庁長官)が永眠
配信日:2007/8/16

 新聞で報じられた記事を引用すれば、前文化庁長官・河合隼雄氏は、
<去る7月19日午後2時27分、脳梗塞(こうそく)のため奈良県内の病院で死去した
。79歳だった。
 2006年8月9日に奈良県明日香村の高松塚古墳を文化庁長官として視察、同庁職員
が損傷した国宝壁画を未公表のまま修復した問題で謝罪した。自宅で休暇中だった17
日に脳梗塞で倒れ意識不明の重体となり入院。体調が回復せず同年10月31日に休職と
なり、任期満了で退官した。
 京大理学部卒業後、高校教師を経て、問題児対策への興味から京大大学院で臨床心
理学を学ぶ。1959年、スイスのユング研究所に留学。日本神話を基にした論文で65年
に日本人初のユング派精神分析家の資格を取得する。帰国後、同派心理療法を紹介し
た。
 75年京大教授となり、95年から6年間、国際日本文化研究センター所長。00年に文
化功労者。02年1月、小泉純一郎首相の意向で民間から17年ぶりに文化庁長官に就任
した。>
 
 上記の中で「奈良県内の病院」とあるのは、天理よろづ相談所病院「憩の家」のこ
とです。河合氏が意識不明のまま永眠されたことに謹んで哀悼の意を表します 。
 じつは河合氏は若い頃に天理大学で教鞭をとったことがあります。当時の岸勇一学
長が同郷の丹波篠山出身で遠縁にも当たるところから、河合氏の有望な資質を見越し
て天理大学に招かれたのです。
 
 その後、スイスに留学した河合氏は、帰国後は京都大学に移り、ご承知の通りユン
グ心理学の紹介と臨床、さらに日本文化への応用など、幅広く研究を進め、多数の著
書を発表されたのです。
 私は天理大学教官時代の河合先生をよく知っています。もちろん京都大学に移られ
てからも、他の宗教と同じように、依頼を受ければ教内での講演や講義はされました
が、教祖や教理について言及されたことは、ついになかったのです。
 河合氏は、天皇が絶対的権威を失った戦後の日本を「中空構造」と指摘しています
。国民を総合する規範がなくなり、中心が空白になったという意味です。天皇に代わ
る価値を見出せないまま現在に至っているのです。その中空を埋める価値基準こそ「
元の理」にあると私は信じています。が、河合氏は神話やイメージの世界を分析して
優れた業績を残していますが、「元初まりの話」とは無縁であったことが残念でなり
ません。
 
 その河合氏が、天理市内の「憩の家」へ入院されたのは、いわば最後に「おぢばに
引き寄せられた」ように思われてなりません。とすれば、かんろだいにお願いして「
おさづけ」と取り次げば、必ず意識回復のご守護を頂けると信じた私は、入院して1
ヵ月も経たない昨年の夏、「憩の家」の受付で病室を尋ねたのですが、家族以外は面
会謝絶と記されたコピーを見せられました。それでも諦めきれずに、二日後に再度受
付で用件を説明し、家族の方に伝言をお願いしたところ、電話の連絡を受けた病室か
ら文化庁職員があわてて受付まで降りてきて、丁重なお断りの挨拶を聞かされるばか
りでした。
 
 それ以来、あと1ヵ月で丸1年となる長期間、意識不明で入院されたまま、ついに
永眠されたのです。
 最近の天理時報にも追悼記事が出ていましたが、本部のお膝元に引き寄せられなが
ら、おたすけ出来ずに意識不明のまま出直されたことに、残念な思いと教祖に申し訳
ないという気持ちにならずにはいられません。「憩の家」に入院中に、身上部の偉い
先生方が一度でも「おさづけ」の取り次ぎをされたのでしょうか。
 医学の治療に限界があるのは当然です。「おぢば」は医学の聖地ではないのです。


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<4号> 身上と出直しをめぐって
配信日:2007/8/23

 ここ1ヵ月の間に、前々から縁の深い2人の方の葬儀に参列することになりました
。同じ系統の分教会長(49才)と大教会役員(89才)でした。
 個人的なことは別として、一般的な問題として身上や出直しについて改めて考えさ
せられました。
 
 たすけ一条をめざす教会の役目は重く、その責任は日々会長の心から離れないのは
当然でしょう。個人の家庭とは違った環境に生活しているのですから、家族のことだ
け気にかけていれば済むわけではありません。
 諸々のほこりが振りかかってくることもあります。まわりに身上・事情が重なるこ
ともあります。それを気にかけていると、信心の原点に立ち返る余裕がなくなること
もあるでしょう。そうした教会という環境の中で、心身の健康を保つには、よほどの
覚悟が必要となります。
 
 誤って毒を飲んだ場合、なぜ気づかなかったのか、誰が毒をまき散らしたのか、体
にどんな作用があるのか、などと考えるより、一刻も早く毒を吐き出すか、排泄する
か、とにかく体外へ出す必要があることはいうまでもありません。
 体に対する毒物だけでなく、心の毒も同じことです。原因がどこにあるにせよ、心
のなかに毒や老廃物を溜めていては陽気づくめの心になれないのは当然でしょう。
 
 私たちの体内では一刻の休みなく新陳代謝がつづけられ、腎臓で水分が調節され、
老廃物が仕分けられて糞尿となって排泄されます。新陳代謝とは、体内の古い分子が
新しい分子に入れ替わることです。
 毎朝目を覚ますと、尿意をもよおして、トイレに行くと自然にオシッコが出るのは
、当然といえばそれまでですが、眠っている間も腎臓が休ますに老廃物を濾過して溜
めてくれていたと思えば、これほど有難いことはありません。それを当たり前と思う
か、不思議な守護と受け取るかどうかで信心の有無が問われるといっても間違いでは
ないでしょう。
 
 生きているために自分の意思と関係なく体内で行われているすべての働きは神の守
護ですから、いのちは「かりもの」と教えられています。ですから、体を貸して下さ
っている神の責任において、体内は常に新陳代謝が行われ掃除され続けているのです
。いわば、人体は最も精密で完璧な生命の創造システムといえます。常に体内の物質
が分解・再合成されて、細胞のいのちが保持され創造され続けているからです。
 
 一方、心は自由を許されているゆえに、すべての責任は自分にあります。ですから
、「神のかしもの」と教えられる体の働きを手本として、常々「胸の掃除」をしなけ
れば、神の守護を頂けなくなるのです。人工の機械でもホコリが詰まると動かなくな
るのと同じ理です。「胸の掃除」とは心の新陳代謝に他なりません
「みかぐらうた」に繰り返し、たすけの前提として「こころすみきる」という意味の
お歌がしるされていることを思い起こさずにはいられません。
 こんな思案をしている私自身、今までいろいろ身上に知らされてきました。そうし
た身上で入院するたびに、改めて心身の健康は同じ理であることを確かめる機会を与
えられたことに感謝しています。
 
 ところで、世界一の長寿国となった日本ですが、その代わり年間30兆円を超える医
療費を代償にして、しかも長寿になればなるほど認知症になる高齢者が増加していま
す。
 私の知る限りでは、認知症の重要な原因は、将来の目標を見失ったり、人間関係に
心をすり減らしたりすることにあります。その結果、心の道具である脳に障害が起こ
るのは必然といえます。
 そうすると、心の奥底にこびりついている感情や欲望がそのまま表面に現れてきて
、自分のしたいことが抑えられなくなるのです。もちろん記憶や思考の力も減退し理
性が失われます。それは他人や環境のせいではなく、心の新陳代謝が衰えて老廃物が
溜まっているためといえないでしょうか。
 
 じつは私のただ一人の姉も認知症になって数年前に出直しました。ある大教会役員
に嫁ぎ、主人は部内の分教会長でもありました。信者さんの世話にはずいぶん熱心で
、昼夜を問わず駆け回っていました。
 あえて身内の恥をさらずことになりますが、症状が出始めてからの姉と話し合った
とき、大教会長や他の役員との人間関係ばかり気にしていました。教祖や親神様は心
の中に大きな場所を占めていないのを知って、私は愕然としショックを受けました。
 
 いくら長寿国になっても、認知症になったのでは長寿の値打ちはないでしょう。神
の守護を頂いて「生かされている」喜びに勇み立ち、「陽気づくめ」と「たすけ一条
」の目標をめざして日々「胸の掃除」を続けていれば、認知症になることはないはず
です。体は別として、心はいつまでも年をとらないのです。神一条に心を向けていれ
ば、理想としては病まず弱らず、いつまでも18才の心でいられると神様は約束されて
います。
 どんな出直しかたをするかということが、信仰者としての総決算といえるのではな
いでしょうか。
 
 今週は二つの葬儀をきっかけとして、心身の健康ばかり気にすることになりました
。しかし「命あっての物種」ですから、大事なテーマには違いありません。もし、も
っと詳しく健康について考えたいと思われる方は、発行者サイトから「身上」「入院
」で検索されるか、下記のページを開いてみて下されば幸いです。
「肝心かなめ」の健康法


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<5号> 新しい朝
配信日:2007/8/30

 関西エリアを中心とするABCラジオ(朝日放送)の人気アナウンサーに道上洋三
さんがいます。
 毎朝6時30分からの「お早うパーソナリティ」というトーク番組には、アシスタン
トの秋吉英美さんと共に百万人のリスナーがいるそうです。今年の春、30周年記念
の公開生放送には大阪城ホールに2万人近くのファンが集まり、広い会場に入り切れ
なかったとか。
 
「お早うございます、道上洋三(ドージョーヨーゾー)です!」という明るく爽やか
な声がラジオから流れてくると、パッと朝日が射したような気がします。歯切れのよ
い語り口に、今年64歳とは思えないほどの元気をもらいます。じつは私もファンの1
人です。

 ABC放送の電波が入らない地域の方にはラジオを聴いてもらえないので申し訳あ
りませんが、ちょっと我慢して読んで下さい。道上ファンの方は今更こんな説明を読
む必要はないでしょうが……。
 
 この番組を聴いていると、間違いなく阪神ファンにさせられてしまいます。何しろ
道上さん自身、阪神が最下位に低迷していた頃も含めて50年間応援を続けていたと
いうのですから、阪神が勝っても負けても納得のいく解説をしてくれます。
 
 その道上さんは一年前(平成18年の夏)脳腫瘍のため18時間かかった大手術を受け
ました。3ヵ月後には元気になって復帰し、その体験をもとに「新しい朝」という歌
曲を、作詞・作曲・歌唱とも自作で発表し、好評を博しています。良性の腫瘍だった
とはいえ、死の淵から生還した感動がこもったすばらしい作品です。 ちなみに、一
番の歌詞を紹介しますと、 

 歓びのとなりには  哀しみのあとがあり
 哀しみの向こうには  歓びの声が聞こえる
 見えるもののとなりには  見えないものがほほ笑み
 気づくもののとなりには  気づかないものがある  

 生まれた喜び 育つ楽しみ
 巣立ちの中 歌ってる
 どんなに辛い時にでも
 いつもの朝が来る

 ただ生きている(生きている)  それだけでいい
 ただ生きている(生きている)  それだけでいい
 ただ生きている(生きている) それだけでいい
 朝は いつも 新しい
 
 ここでメロディを聴けないのが残念ですが、なかなかの名曲で、9月末には「六甲
おろし」や自作の「ぶっちゃけロックンロール」も入ったCDが発売される予定です

 ただし、信心している者としては、
「生きている それだけでいい」のではなく、
「生かされている ありがたい」というのが本当、と言いたいのです。身の内に神様
が入り込んで守護して下さるから生きていられるわけで、自分の意志や力で生きてい
る人は誰もいないのですから。

 もう一つ紹介しますと、この番組に続いて午前9時から午後1時20分まで、何と
4時間以上もぶっ続けで「全力投球・妹尾和夫です」のトークが続きますが、その妹
尾さんは天理高校出身で、学寮から天高へ通っていた高校時代の思い出などをよく話
題にしています。本職は俳優兼・劇団一座の演出家ということです。
 今週はラジオ番組の紹介でお茶を濁しましたが、これで失礼します。


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<心のテープ>(6号)「道の後継者講習会」始まる
配信日:2007/9/6

 今週はメルマガの配信時間が遅くなりました。そのわけは、タイトルの通り、講習
会の記事が掲載されている「天理時報」の最新号が今日発行されるのを待っていたか
らです。天理市内に住んでいる私は、全国で一番早く時報を手にすることができるわ
けです。
 
 朝から道友社へ時報(9月9日号)を買いに行き、目を通しました。
 一面トップに「次代の道 受け継ぐ者の自覚高めて"一歩前進"」の見出しととも
に、開催の主旨が次のように記されています。
<教祖のひながたの道、そして先人の歩みを受け継ぐ者が、おぢばで基本教理を学び
、互いにねり合い、道の後継者としての自覚を高める「後継者講習会」(教会本部主
催)。その第一次が8月28日から30日にかけて開催され、各地から参集した994人(
うち女性433人)が受講した。教祖120年祭を勤め終え、全教が"次なる成人の一里塚
"へ向けて歩みを進める今日の時旬、次代の道を担う後継者の育成は、常時の動きを
進めるうえでの大きなテーマの一つ。10年ぶりのこの講習会は、20歳から40歳までの
道の後継者、特に教会長子弟子女とその配偶者(教会長およびその配偶者も含む)、
直属教会長が推薦する人を対象として、来年4月まで30次にわたって順次開催される
。……>

 このたびの講習会が今までと違う点は、「道の後継者」とあるように、後継者とい
う言葉を教会に限定せず、ひろい範囲のようぼく、極端にいえば別席を運んでいなく
ても教会の推薦があれば参加できることにあります。ただし年齢は20歳から40歳まで
の男女に限られ、まさに若い世代が対象となっています。
 真柱様のあいさつの中にも「将来、教会長となる人を後継者ということが多いが、
この後継者講習会の場合、道の信仰を受け継ぐ者」と説明され、さらに「この道が末
代続くご守護を頂くためには、お互いがいかにしっかりと信念をもって道を通り、後
に続く人たちに引き継ぐかということが問題で、それが講習会を開催する動機、理由
になっている」と、意義を強調されています。
 
 講習会のスケジュールは2泊3日で、講義は「親神様のご守護」「たすけ一条の親
心」「成人への道」をテーマとして、その間に「教祖に導かれて」のビデオ鑑賞やね
り合いの時間が用意されています。
 時報2面には8名の受講者の声が特集されていて、それぞれに受講後の感激や心定
めが掲載されています。その一部を紹介しますと、
*男性(28歳・警察官)
「受講して気づかされたのは、いかに自分の視野が狭くなっていたかということ。受
講者全員がお道の信仰者という、職場とはかけ離れた環境でのねりあいは刺激的だっ
た。意見を交わす中で、目の前がみるみる明るく広がって、人だすけへの思いを、あ
らためて確かめることができた」
*女性(26歳・OL)
「最初は皆さんについていけるだろうかと不安でしたが、同じ班の皆さんは、入信間
もない私を"同じ道の後継者"として快く受け入れてくださいました。合宿生活を通
して教えの基本を学ぶとともに、同じ世代の人たちと信仰について真剣にねり合うこ
とができたと思います」
*男性(37歳・トラック運転手)
「3日間という短い期間だったが、他系統の教友の皆さんと寝食を共にして話し合え
たのは、何よりも貴重な経験だった。これからの信仰生活の糧にしていきたい」
*女性(22歳・学生)
「ねりあいや講義を通して学んだのは、日常生活の中で"なるほどの人"を目指して
心を磨き、人柄や言動から、お道のにをいを感じてもらえるように努めることです」

 同じ時報の「視点」欄にも講習会の意義について論じられています。その一節には
、講習会の参加者が多いのは心強いとしながらも。
「しかし、こうした場面や機会への参加のみで、後継者としての道が十分ということ
ではない。今回の講習会も2泊3日の合宿で、充実した内容をもって効果ある研修の
場をしつらえ、その成果の大なるを期してはいても、数日の研修はあくまで成人へ一
端であり、すべてではない」
 として、講習会への過大な期待や依存を反省し、平素の丹精の大切さを強調してい
ます。
 
 とにかく3万8千人の参加申込(1教会につき平均2名強)に対して来年4月まで
30次にわたって講習会が続けられるのですから、重要な意義があることは確かでしょ
う。
 講習会を終わって各地へ散った後、おぢばでの心定めを持ち続けることが大切であ
ることはいうまでもありません。前記の参加者の感想の中にも「受講者全員がお道の
信仰者という、職場とはかけ離れた環境」「他系統の教友の皆さんと寝食を共にして
話し合えた」とありましたが、おぢばを離れると同時に、生活環境や信仰環境が180
度変化して孤立することは避けられないのです。それほど現実は厳しいのです。 
 3ヵ月の修養科を修了した後も同じことが言えます。これは一期講師を2度勤めた
私の実感です。おぢばに滞在している間は、皆が信仰を共にして、教会系統や地域と
関係なく生活を共にするのですが、一旦帰国すると全く環境が変わってしまいます。
そうした意味で、アフターケアの大切を痛感せざるを得ないのです。
 
 例えば、修養科にしても講習会にしても、同じクラスや班になった仲間同士は別と
して、同じ期に住所や年齢が近い者同士がいても、おぢばを後にしたら連絡不能にな
ってしまい、お互い通信したりねり合いする機会は失われてしまいます。
 個人情報の保護がやかましい今の時代、修了者名簿をつくることはムリとしても、
せめてメールや掲示板を利用してつながりを持続する方法はないものでしょうか。は
やりのmixiのようなサイトで、会員を修了者に限定して本部の担当部署で独自のサイ
トを運営できないものでしょうか。
 それがムリなら、せめて<週刊メルマガ=心のテープ>だけでも登録してほしい、
などと勝手な願いをしたくなります。
 
 長くなりましたので、この辺で終わります。
 おぢばでの講習とかけ離れた地方での現実生活をどうつなぐかという問題を、これ
からも考えてみたいと思います。何しろ「道の後継者講習会」は、来年4月まで30回
にわたって続くのですから、参加者の生の感想や修了後の実態なども取材したいもの
です。その面で、読者の皆さまにもご協力をお願いしたいと思います。


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<心のテープ>(7号)自殺予防週間
配信日:2007/9/13

 9月10日の世界自殺予防デーに因んで。10日から16日までの1週間、政府は今年初
めて「自殺予防週間」を設定し、国と地方が連携して幅広く啓発運動に取り組むこと
になっています。
 内閣府の実施要項によれば、その目的は、
「自殺予防週間は、当該期間中における集中的な啓発事業等の実施を通じて、国民に
自殺や精神疾患についての正しい知識を普及啓発し、これらに対する偏見をなくして
いくとともに、命の大切さや自殺の危険を示すサイン、また危険に気づいたときの対
応方法等について国民の理解の促進を図ることを目的とする」ということです。
 都道府県の中には、予防週間に限って「いのちの電話」の通話料を無料にしたり、
シンポジウムを開いています。NPOも活発に動いているようで、あるNPOでは、自殺
者101人の遺族と面接して原因を追跡したデータを発表しています。自殺者の内 66%
は複数の要因があり、70%は相談窓口に連絡したが自殺を防げなかったという結果が
出ています。(NHKの報道より)
 
 なにしろ国内で9年つづけて毎年3万人を超える自殺者があっても、殆どニュース
にならないのが現実です。
 このような現実を直視すれば、否応なしに人の「いのち」について考えされられま
す。現在の脳科学や医学の進歩からみて、人体は細胞というモノで出来ているゆえに
、モノを破壊すれば「いのち」という一時的な現象も無に帰すると考えるのが常識な
のでしょうか。
 科学的な見方からすれば、いのちはモノから発生する一時的な現象に違いないとい
うことになります。したがって、自殺によって自分の体の新陳代謝をストップすれば
、すべてが解決すると錯覚しているのでしょうか。それとも、追いつめられると過去
や未来を想像できなくなり、現在だけの狭い意識に閉じこもってしまうのでしょうか

 
 本当は、いのちはモノではなく、体内に入り込んで働いて下さっている守護の理に
よって生かされている故に「ご神体」であることを世間の人々に得心してもらうのは
至難の業(わざ)です。いのちの元は脳細胞や内臓や遺伝子やホルモンであり、その
異常が病気の原因と信じられているからです。その証拠に、薬はモノに効くのですか
ら、神や霊魂とは関係ないということになります。
 しかし脳から心が発生するのではありません。脳細胞が200億個あるからといって
、喜怒哀楽を感じたり年金問題を考える意識が生まれるはずはないからです。モノは
あくまで道具に過ぎません。こう言えば、モノではない心や霊魂があるという証拠を
示せ、と問い返されるかも知れません。
 もともと科学はモノを対象として発達してきたのですから、当然モノ以外の存在を
無視しないと成り立ちません。しかし、実験で確かめられないからといって否定する
ほうが間違っています。神霊はあると信じるのが非科学的だと言う人に対しては、科
学しか信じないのも偏狭な信仰ではないか、と反論したいのです。
 
 守護霊から伝えられた言葉をそのまま集めた本の「自殺した霊はどうなるか」とい
う章には、次のような霊言が記録されています。数百年前に比叡山で修業した僧侶の
霊があの世から伝えてきた言葉ですが、信じるかどうかは読者にお任せします。
『……さよう、そなた方の中で、希望を失うということについては、さまざまな理由
があるじゃろう。誰から見てもそれは無理でないと思うようなこともあるじゃろう。
あるいは、周りから見てそれほどまでにせずともと思われる時でも、本人から見れば
、この世には希望は何もないと感じる時もあるじゃろう。いずれに致せ、希望を失っ
た場合にただ一つ持っておる希望は何かといえば、早くこの生を終えて永遠の眠りに
つきたい、あるいは永遠の生に……つまり新しい世界にかわってしまいたいというこ
とじゃのう。その希望が、叶えられぬことになるということじゃ。それをこちらから
そなた方に得心のゆくようにと申すが、なかなかのう世界が違うがゆえに、うまく説
明ができるかどうかはしらんが、まずできるだけのことを努めてみようのう』
(中略)
『それはのう、まず永遠の眠りにつかんと致すじゃろう。それがその者の希望じゃ。
つまり、そちらの世に希望を失いし者の一番大きな……その者に残りし一番大きな希
望は、永遠の眠りにつかんと致すことじゃ。それは、絶対に叶えられぬことであるの
じゃ。なぜかと申せば、魂というものは、そなたももうご存じの通りであろう、永遠
のものであると。そして、そちらからこちらの世に来るのが眠りと思うておるは、そ
ちらの世の人びとの大層な思いちがいじゃ。必ず目が覚めねばならんのじゃ。目が覚
めるということは、自分に気がつくということじゃ。目が覚めたと致せ。こちらの世
でしばらく眠った後に目が覚めるじゃろう。その覚めた所は一体どういう所かという
ことじゃ。のう、本人が死を急いだは、永遠の安らかな眠りというを心に描いてのこ
とであろう。ところがその者が眠りを覚ました所は、思いもよらぬ恐ろしき世界とい
うことになるのじゃのう。
 向こうの世界に着けば目が覚めるじゃろう。永遠の眠りは無いということじゃ。誰
でも目が覚める。目が覚めたときにまず第一に当然のことながら<我は永遠の眠りに
ついたつもりなのに、自分がまだここに生きておる>ということじゃ。永遠の眠りと
いうことは、つまり死ぬということをそのように感じておるの。眠りにつくといえど
、これは何もなき、ということじゃな。永遠の眠りにつくということは、目が覚めぬ
ということじゃな。目が覚めぬと思うてこちらに来たのに目が覚めるということは、
「これは死にそこねた」とこう思うのじゃ。お分かりかのう。死にそこねたと思うの
じゃ。そこでまたぞろ、何とかして眠りにつきたいと思うじゃろう。なれどすでにこ
ちらの世、そちらの立場からいえばあの世に来ておるのじゃから、死のうと思うても
死ぬことができぬわけじゃ。つまり永遠の目覚めの世界におるということじゃ。永遠
の眠りについたつもりなのに目が覚めておるということ、これほど大きな苦痛はない
のう。そしてその苦痛が、長く長く長く続くのがその実態であるということじゃ』
(中略)
『つまり、そちらの世にて考えちがいを致していたということじゃ。永遠の眠りとい
うものがこの世にあると思いこんだがゆえにじゃ。のう、思いちがいというものは、
どうにもならんのう。思いちがいというものは、人からは許されるのじゃ。思いちが
いを致していたのじゃから、人はその罪を問わんじゃろう。なれど自らは、思いちが
いをしたことに対するしっぺ返しじゃのう、思いちがいをしたということに対しては
、どこまでもその結果を逃げるわけにいかぬということじゃよ。
 たとえばこれは一つの話じゃが、崖の上に立ちて、「我は空を飛べる者なり」と思
うて飛んでみたとしなされ。されば、これは誰しもお分かりの通りの結果となるであ
ろう。のう、空を飛ぶことができる者は、羽根をもたねばならんのじゃ。なれど、我
は羽根を持っておると思いちがいを致しておるのであるから、人はその非を攻めると
いうことは致さんじゃろう。しかし、その結果は自らがあくまでも受けねばならぬと
いうことじゃ』
 
 まだまだ霊言は続きますが、この辺で措いておきます。以上は、岩井 猛(霊言)
『霊宝の秘文』(たま出版・1988)からの引用でした。
 なお<心のテープ>過去ログに保存している下記のページに興味のある方は開いて
みて下さい。
「自殺をめぐる世相の一端から」(06.6.02)


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<心のテープ>(8号)足と健康
配信日:2007/9/20

 個人的な思い出になりますが、昭和30年(23才)の一年間近く、私は東京都八王子
市で布教したことがあります。真似事と言われても仕方ありませんが、面倒は一切見
ないという条件で老会長1人だけの教会に置いてもらい、月々3千円の送金の中から
千円をお供えし、残りの2千円で食費その他をやりくりしました。一日あたり70円足
らずで、米、醤油を買い、自炊生活をしたのですが、ついに1円もなくなって余分の
ズボンを500円の高値(?)で質入れしたことを覚えています。何よりのおかずは3
つ20円の納豆でした。
 その頃と現在の貨幣価値は品物によってずいぶん差があるようで、納豆は今でもス
ーパーで3つ100円ですから5倍程度、当時10円だったスうどんは今では200円はする
でしょうから20倍になっています。とにかく当時の2000円は今の1万円くらいであっ
たように思います。(お金が不足すると、つい細かい計算をしたくなるものです)
 
 私が間借りしていた教会の老会長は毎月決まって山梨県にある上級教会の月次祭に
行くので、当日は私が一人になるのですが、その晩、数少ない信者さんの娘さんが参
拝に来たことがありました。
 彼女は坐りこんでいろいろ話をするので、私は誘惑に負けてはならじと「会長さん
、今月は日帰りで晩には帰って来ると聞いてますよ」と言ったら、彼女はあわてて帰
って行きました。こんな出来事だけはよく覚えているものです。
 
 とにかく最低限の生活をしながら、ほとんど毎日、八王子から川崎まで約12キロ、
時には小仏峠を越えて相模湖まで約20キロを歩いて往復していました。にをいがけと
言えば体裁はいいのですが、じつは何処の家を訪ねても断られるばかりなので、でき
るだけ時間をつぶすために歩きつづけたのが実情でした。
 しまいに行き先がなくなって、自分で紙芝居を作って街角で子供たちに無料で見せ
たり、ガリ版で刷ったチラシを配ったりもしました。
 
 しかし、今にして思えば、その1年間が最高に健康で、体調もベストだったようで
す。一度だけゼイタクするつもりで買ったサンマの美味が今でも忘れられません。
 毎日ご馳走を食べ栄養を摂ることよりも、健康には歩くことが最善の道という体験
でした。「足」という字はふしぎな意味があり、「満足」「不足」など心の状態も表
しています。
 
 肝心の布教のほうは、天理教と聞いただけで警戒され、さっぱりでした。
 ある日、ハッピを着て道を歩いていると、新潟から布教に出てきたという人とばっ
たり出会いました。その中年の女性布教師が言うには、
「どこの家を訪ねても、天理教に入るとお金が掛かる、と断られるのです。何故でし
ょう?」と真剣な顔で尋ねられたことがありました。
 思えば教祖ひながたの道は、親類・僧侶・官憲からの非難と迫害に終始しています
が、その理由は、難渋な人に徹底した施しをされたり、病いを救い人を集めたからで
あって、決してお金を集めたからではありません。とすれば、現在の天理教のイメー
ジは全く違っています。天理教と聞けば「陽気づくめ」「いのちはかりもの」という
イメージが思い浮かぶようにならなければ教祖に申し訳ない、と決意を新たにしたも
のです。
 
 ところで私たちの身体は、使えば使うほど丈夫になるように創られています。一方
テレビや自動車は、使えば使うほど古くなり壊れてしまいます。生命あるものと生命
のないもの、神様が創造されたものと人間の知恵で製造したものの根本的な違いがこ
こにあります。
 この一事をとっても、親なる神の苦心と親心によって育てられて今日の姿になった
有難さを実感するのです。
 身体ばかりではなく、心もまた艱難辛苦して鍛えれば鍛えるほど丈夫になり強くな
ります。前号で書いた多くの自殺者にしても、身上・事情を乗り越えていくだけの心
の鍛錬が不足していたために、先に心が弱り切って死に至ったといえないでしょうか

 神のかしものであり「ご神体」に他ならない体の健康を増進する条件は、心の健康
にも共通していることを改めて痛感するのです。


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<心のテープ>(9号)全国一斉にをがけデーの虚実
配信日:2007/9/27

 9月28日は毎年恒例のにをいがけデーに当たります。
 5月に行われる「ひのきしんデー」とともに、すでに20年30年あるいはもっと以前
から毎年1回は巡ってくる行事です。
 今年は特に、その日に限って教会長は「路傍講演」するよう打ち出されています。
"初心に帰れ"という主旨と受け取ればいいのでしょうか。
 
 この日はパンフ配りに参加することに意味があり、結果を考えたら行動できません
。毎年何百万軒の家にパンフを配ったとしても、そのパンフがきっかけで入信したと
いう話は聞いたことがありません。
 事実、1枚の小さなパンフにどんな良いことが書かれていても、いわば"絵にかい
た餅"であって、きれいな絵に感心はしても、お腹を満たすことはできないでしょう
。とはいえ、手にとって読んだ人の心に印象づけることができれば決してムダではな
い、という見方もできるでしょう。
 
 それにしても、何万何十万人ものようぼくが半日かけて歩く時間と運動量を考える
と、チョットやソットのエネルギーではありません。とすれば、パンフの文章を決め
るためにはよぼど周到な準備が必要でしょう。
 こんな考え自体が功利的な人間思案といわれることは百も承知していますが、パン
フの文章を考えるのも人間である以上、最善を尽くすのが当然と申したいのです。
 パンフを作成し、行事の計画を決めるのは本部布教部の担当部署でしょうが、その
責任は重大です。少なくとも専門の委員会で慎重に検討され、実際にパンフを配る現
場の意見に耳を傾け、衆知を集めて文章が決められているのでしょうか。

 ところで、すでに1ヵ月前に支部を通して用意された今年度の「にをいがけ用パン
フ」を見せてもらいました。
 表紙にはトマトの写真が載っていて、
 <「慎み」の心が、幸せへの扉を開きます>
 という一行が載っています。中を開けると次のような文面が印刷してあります。
 
<たった一粒の種から、
 一万個の実をつけるトマトがあるのを知っていますか。
 これは遺伝子組み換えによって作られたものではなく、
 一本の幹から自然に数千の枝が分かれ、
 大量の実をつけた実際にあった巨木なのです。
 
 このトマトの特徴は、土に根差していないということ。
 意外に思いますが、植物本来の性質からすると、
 成長の度合いを最大限に発揮するのに土は必要なくて、
 むしろ土に根差していると、植物の生長能力は
 抑えられてしまうというのです。
 
 もし、このトマトのように、
 すべての植物が、制約を除いて持っている能力を無限に発揮したら、
 自然の生態系は崩れ、
 生物の存在そのものが危ぶまれるに違いありません。
 遺伝情報としては、大量の実をつける能力があっても、
 土という自然の力によって、
 適正な規模が守られている植物の世界。
 人間も科学技術の進歩によって、
 急速に便利さと豊かさを手に入れましたが、
 果たしてこのまま突き進んでよいのでしょうか。
 
 天理教の教祖は、
 生き方の手本を自ら通って示され、常に感謝と喜びを持ち
 何事にも「慎み」の心を忘れず暮らす道を教えられました。
 物の節約や節制だけでなく。
 自然や周囲に対して謙虚な心になることも
 人として大切な慎みの態度です。
 慎みは、幸せへの扉を開く重要な鍵。
 天理教は、慎みの心をキーワードの一つとして、
 陽気ぐらしを目指します。>
 
 パンフに印刷されているのは以上の文章です。
 このパンフを見た知人から、率直な感想を告げる電話がありました。その知人は常
識的で教養のある女性ですが、トマトと「土」と「慎み」がどう関係しているのか、
あまりにも飛躍しているから、意味が分からないというのです。
 もう一人、教会在住の男性(40代)からパンフの感想を聞きました。一本で一万個
のトマトができる巨木は「一粒万倍」の素晴らしい見本になっても「慎み」がないと
いう悪い見本に挙げるのはおかしい、と。
 正直なところ、パンフを読んで、あなたはどんな感想を抱かれるでしょうか。
 
 私自身は直接パンフについて感想を述べるつもりはありませんが、じつはトマトの
巨木を研究開発した野沢重雄氏(故人)とは、面識があるどころか何度も野沢氏が創
業した会社を訪ねて長時間面談したこともあり、この目でトマトの巨木を見学したこ
ともあります。
 野沢氏は物質科学では認められていない「生命力」が実在することを証明しようと
して研究開発を進めたのです。この無限の生命力は遺伝子では説明できないとも聞い
ています。またトマトが巨木に育つかどうかは、栽培者の心次第とも聞きました。つ
まり、常識を捨てて本当にトマトに潜在する無限の生命力を信じ切らなければ、トマ
トは期待に応えて巨木にならないそうです


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<心のテープ>(10号)天然自然のにをいがけ
配信日:2007/10/4

 前号で「全教一斉にをいがけ」について感想を述べましたが、何もパンフを持って
にをいがけに歩くことに異を唱えているのではありません。
 それこそ一日だけではなく、週に二度でも三度でも歩いてパンフを配布すれば、適
度な運動になり健康増進になると同時に「伏せ込み」になるのですから一石二鳥に違
いありません。しかし、種をまき散らしただけで土をかけなければ発芽しないのも自
然の理です。
 それではどうすれば自然の理に適った布教・伝道ができるのか、そのことを思案す
る必要があります。
 
 天然自然の理は自然現象とくに植物の種、発芽、根と枝葉、生長、開花、稔りなど
の姿に現れています。結果とか結実という言葉自体がもともと植物的な表現です。
 原典「おさしづ」にも、天候や植物に譬えて諭されている神示がたくさんあります
。なぜなら、植物には人間のように複雑な心がないから、天の理そのままに生育して
いるからです。
 たまたま私は、近くに小さな畑を借りて神饌物の野菜を作っていいるので、植物の
生長から稔りまでの経過がよく分かります。
 今年の夏は長く暑かったので、野菜も大変だったようです。照りつける夏の日差し
の中で、水を欲しがっているのがわかります。それでも野菜たちは水不足を耐え、水
分を求めて根を土の中へ深く伸ばしていくのです。
 さすがに日照りが続くと、朝か夕方、たっぷり水をやらなければなりません。一度
でも水をやると、毎日欠かさず水やりをしなければ枯れてしまいます。野菜も一旦満
足すると辛抱できなくなるからでしょう。
 9月の末、秋野菜の種まきをする旬がきても暑さが続いたので、いつ種を蒔けばい
いのか迷いました。が、10月に入ると、やはり秋らしい季節になって涼しくなり、ホ
ッとしました。
 
 話が逸れましたが、一番自然なにをいがけというのは、1人のようぼくが身近な家
族・友人・知合いのうち、たとえ1人だけでも信心をすすめることでしょう。それが
出来れば、ようぼくの数は倍になるのです。そうして新しくようぼくになった人が、
同じように1人の身近な相手に入信をすすめれば、たちまち3倍という計算になりま
す。
 そうすれば、イモのつるが次々に伸び広がっていくように、見知らぬ家にチラシを
配って歩かなくても、ネズミ算的にようぼく数が増えていくことは確かです。
 計算するのは簡単ですが、現実には一番むずかしいことを承知の上で提案したので
す。何よりも信用がなければ相手は耳を傾けてくれません。体験だけでなく教理も大
事です。といっても言葉や文字だけでなく、自分が信心している感激と自信が必要で
す。初めからお供金のことを話すわけにはいきません。
 要するに、日々胸の掃除を怠らず「陽気づくめ」の心で通っているかどうかが問わ
れるのです。
 
 もう一つのにをいがけは、不思議なたすけを体験した本人の姿を周りの人々が見た
り聞いたりして、自分もたすかりたいと入信する場合です。いわば、目の前のおいし
い果実を味わってみたい心理といえるでしょう。
 ずっと昔になりますが、私の経験では、てんかん発作の持病のある娘さんが修養科
へ入り、修了の1週間前から発作が治まって家へ帰った姿を見たり聞いたりした人が
10人近く、すすめなくても修養科へ入りたいと志願したことがあります。
 しかし残念ながら、私の丹精の足りなさと家族の反対、その他諸々の理由のために
、修養科を修了しながら殆どのようほくが道を離れてしまいました。
 
 前述したように、なぜ1人のようぼくが身近な1人に信心をすすめられないのか、
その原因をはっきりしない限り、教勢の発展は望めないのです。それは、個人だけに
原因があるのではなく、教内全体の問題でもあります。
 さらに言えば、天理教と聞いた時に人々が思い浮かべるイメージも影響しています
。今の世の中で天理教と聞いて「陽気づくめ」「この世は神のからだ」「いのちは月
日のかりもの」というキーワードを思い浮かべる人は、残念ながら誰もいないでしょ
う。
 
 もちろん教祖ご在世当時も、この道に対する非難攻撃や迫害干渉があり、その中を
教祖はいさんでお通り下さいました。とはいえ今の世の中で、すでに教祖の教えを非
難したり嘲笑する人は誰もいないはずです。
 道の先人たちは、やはり世間の誤解や非難の中を、わが身わが家を忘れて布教に奔
走されました。それほど不思議なたすけがあがり、感動と熱意に燃えていたからに違
いありません。
 いずれにしても、1人ひとりのようぼくが真底から自らの体験を通して、この道に
誇りと自信を深め、身近な家族・友人・知己に入信をすすめたい気持ちになり、それ
を受け入れられる土壌がなければ、天然自然の理によって発展することはあり得ない
でしょう。逆に天の理から言えば、発展が止まっている現状がふさわしいということ
になるでしょう。
 
「根に肥えを置く」ことの大切さが強調されることがあります。根が大切なのはもち
ろんですが、根は枝葉に水分や養分を送って枝葉を繁らせ、花を咲かせ実を結ぶため
に土中深くヒゲ根を伸ばしていくのです。
 根は水分や肥しを土壌から吸収しています。この場合、土に当たるのは、根のまわ
りに広がる社会を意味しています。社会から必要な情報を集め、組織的な活動の目標
を全教に流布する役目が「根」にあるからです。
 根から枝葉に流される水分・養分が、途中でストップして枝先まで届かない場合も
あります。これでは樹木も生長しようがないでしょう。
 
 現在、おぢばで実施されている「道の後継者講習会」にしても、受講者は3日間、
清水のような教理やねり合いを重ねて心を洗われて、喜びいさんで帰国していきます
。それにしても、泥水のような社会の中で理の養分が補給される修理丹精の循環回路
がなければ、やがて生気を失ってしまうことを恐れます。
 
 天然自然の理と似て非なるものに、いわゆるマルチ商法があります。
 たしかに人から人へ口コミを含めて顧客が広がっていく状態は、前記したイモづる
に似通って、天然自然の理に適って発展する組織のように見えます。会員の関係は幹
と枝葉のごとく系統に分かれ、親・子・孫という呼び方もします。
 しかし、枝先(末端の会員)の伸びが止まったら、たちまち矛盾が表面化します。
その理由は、金銭が末端から根元へ向けて逆流し、枝葉が養分不足になって枯れるか
らです。マルチ組織そのものが金銭欲と2人連れで動いているからです。
 
 いろいろ思案してきましたが、親神様・教祖が望まれているのはようぼくの「数」
の増加ではなく、たとえ少数でも「むね」のわかるようぼくがあれば満足されるので
はないでしょうか。「よろづいさいのもと」に無関心なようぼくがいかに沢山いても
、教祖は決して喜ばれることはないでしょう。


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<心のテープ>(11号)35年前の中島みゆき さん
配信日:2007/10/11

 ここ数日、資料を整理していて1枚のコピーを見つけました。なんと35年前の「天
理時報」(昭和47年10月8日号)の<クローズアップ>欄の囲み記事に、
<72年全国フォーク音楽祭で優秀賞を獲得した中島美雪さん>
 というタイトルでインタビューが掲載されていました。当時は「みゆき」ではなく
漢字の「美雪」だったようです。
 中島みゆきといえば、NHK特集番組のテーマソング「地上の星」をはじめ数々のヒ
ット曲をもつシンガー・ソングライターで、修養科を修了したようぼくであることは
周知の通りですが、まだ学生で20歳のういういしい彼女が、どんな話をしているのか
、記事を読んでみることにします。
 
<「やはり嬉しかったですね。しかし大会に出ない人の中にこそ本当の実力者がいる
と思いますし、それなのに賞をもらったから人目に立つということに、恥ずかしさを
感じています」
 このほど開催された1972年全国フォーク音楽祭で見事最優秀賞を獲得したアマチュ
ア・フォーク"日本一"はそのことについて意外に控えめ。札幌地区出場者160グル
ープの中から一・二次予選をパスし、さらに北海道大会(2グループ選出)を経て、
東京・日比谷野外音楽堂で全国大会が行われた。課題曲「私が歌う理由」(谷川俊太
郎作詞)、自由曲「あたし時々おもうの」(作詞作曲・本人)の2曲をギター片手に
歌った。
 現在、札幌にある藤女子大文学部の3年生。高校入学の時お祝いにギターを買って
もらったのがきっかけとなり、時あたかもジョーン・バエズや P・P・M、森山良子な
どのフォーク歌手の活躍に一層刺激を受けた。大学に入ってからは寄宿舎生活の中で
暇を見つけて歌い、弾き、すべて自己流。
「プロ? いいえ、とてもそんな……。現在は学生が本分なので、歌は気楽に楽しむ
といった程度のものです」
 着やせするタイプで一見おっとりした感じだが、ハキハキして朗らかな現代っ子。
将来は音楽関係のプロデューサーのような仕事をしたいという。
 信仰の方は熱心な母の影響を受け、教区女子青年大会に出席して得意の歌とギター
を披露したりしているが、今はてをどりまなびの練習に精を出している。また来る10
月23日に行われる洲本大教会青年決起大会にも参加したいという。
「母は卒業後修養科に入るようすすめてくれ、私も、もちろん入りたいと思っていま
す。別席はその前に運びたいと思っています」
 所属している統北分教会(洲本部属・山本正義会長)の月次祭には参拝を欠かさな
い。
 弟と二人姉弟で、音楽以外の趣味は特になし。強いて言えば昼寝と食べることとか
。「大望」を愛読している。20歳。現住所・札幌市北区北16条西3丁目「藤学園寄宿
舎」(北海道・武藤社友)>
 
 以上の内容ですが、住所まで明記してあるのには驚きです。個人情報の保護がやか
ましい現在では考えられないことです。
 今では50歳半ばになる中島みゆきさんが、信仰について現在どんな心境にあるのか
、聞いてみたいものです。
 彼女の歌曲はどこか温かい陽気な匂いを発散していますが、道のようぼくであるこ
とが世の中に知られていないのは残念な気がします。
 
 天理時報とは関係ありませんが、世の中で名を知られていて天理教と縁の深い実業
家に、ナショナルの創業者・松下幸之助氏があります。氏とおぢばとの縁については
、サイト内の次のページに紹介したことがあります。
 http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/news/20010517.htm
 
 また「名古屋の松下幸之助」の異名をもつ日比孝吉氏(めいらくグループ会長)に
ついては創刊号にも一寸紹介しましたが、過去ログに次の記事


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<心のテープ>(12号)天理時報の記事に疑義あり
配信日:2007/10/18

 前号でずっと昔の天理時報の記事を紹介したついでに、今回は去年から今年にかけ
て物議をかもした記事を取り上げたいと思います。
 昨年10月8日号に「ようぼく4人が大臣に」という見出しが目に付きました。その
記事には、9月の安倍内閣発足当時に就任した大臣の名前がズラッと記されていまし
た。
 柳沢伯夫 厚生労働相
 甘利 明 経済産業相
 久間章生 防衛庁長官(後に防衛相)
 高市早苗 内閣府特命相(少子化担当)
 続いて各々の大臣が所属する系統・教会名、さらに入信の経過についての具体的な
情報や、おさづけを拝戴して熱心に信心している様子が誇らしげに紹介されていまし
た。
 他にも長勢甚遠・法務相、伊吹文明・文部科学相も夫々別席運び中の信者という紹
介がありました。
 なんと合計6人の大臣が信者というのだから驚きでした。しかし1年後の現在、短
命に終わった安倍首相とともに殆どの名前が立ち消えになっています。
 
 憲法改正を掲げる安倍首相の閣僚だから、大臣はいずれも日本が戦争のできる「普
通の国」になることを合意しているに違いありません。
 そうしたようぼく閣僚の姿勢は、教内有志で結成している「天理教平和の会」とし
ては黙視するわけにはいきません。この会は3年前<教祖の教えに基づいて世界の平
和(陽気ぐらし)と人類のしあわけに貢献すること>を目的に結成されました。会の
主旨は「天理教の教えの根本である<陽気ぐらし>とは<むほんの根が切れる>こと
で、恒久平和を原則とする憲法9条の精神そのもの」と受け止めるところにあります

 
 そこで、長谷川俊夫会長名で各閣僚の事務所あてに主旨を説明した要望書を差し上
げ、さらに表統領その他関係各方面にも同じ主旨の書面を提出したのです。
 その後、週刊誌が安倍内閣の閣僚に天理教信者が6名もいることを知るところとな
り、各事務所に真偽を確認したところ、全く「天理教平和の会」からの書面は知らな
いし、信者であることも否定したというのです。中には過去に公明党の支持を受けた
大臣も4名いることがわかりました。週刊誌の記者は本部の広報担当者にも確かめた
ところ「平和の会」は有志の会であり、正式の本部管理団体ではないとしながらも事
を荒立てないよう配慮されたとのこと。
 
 こうして今年5月に入って週刊誌に「仰天! 安倍内閣では閣僚6人が天理教の信
者」という見出しで事の顛末を暴露した記事が出ました。その他、3月には宗教新聞
「中外日報」も「天理教平和の会」の動きを報道しました。私も会員の一人ですが、
ようぼく閣僚の態度は選挙目当てのお粗末なつき合いとしか見えませんし、大臣にな
ったからといって特別扱いで記事にする編集方針には首を傾げたくなります。
 
 天理時報の編集は神様ではなく人間がしているのです。このように問題点を指摘す
ると
、不足するとか信心が足りないと思われがちですが、疑問点を指摘されるのを拒否す
る人は、健康を過信して第三者から症状を注意されても耳を貸さず治療しようとしな
い態度に等しいのです。
 ようぼくであるからには、少なくとも戦争で問題は解決しないという信念を持つべ
きでしょう。平和を守るより武力によって利権や安定を求めるのが目的ならば論外で
す。政治家がみんな信用できないとは言いませんが、記事にする前によほど慎重に検
討してもらいたいものです。


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<心のテープ>(号外)憲法9条を守り抜く財界人
配信日:2007/10/19

 前号「天理時報の記事に疑義あり」で、小泉政権につづく安倍政権が、戦争のでき
る「普通の国」にするために憲法9条の改変を旗印にしていたことを書きました。そ
して、ようぼくでありながら、そうした自民党政府の閣僚となって、アメリカ一辺倒
の政策に協力していることに疑問を呈しました。
 
 自民党と財界は表裏一体で、財界人はすべて政府の味方をして憲法政変に積極的な
姿勢を取っていると思っていましたが、そうではなかったのです。
 憲法9条を守り抜こうとしている品川正治さんという筋金入りの財界人が現存して
いることを最近はじめて知りました。
 品川さんは1924年生まれで今年83歳。学生時代に招集を受け、中国戦線で一兵士と
して戦った体験をもっています。最前線で受けた傷の後遺症が今も残っているそうで
す。
 中国で終戦を迎え、戦後も中国の内戦に巻き込まれ、翌年5月日本の港に着いた時
、その船内で日本国憲法草案が載っている新聞を見て、9条を読んだ兵隊たちは全員
、感激して泣いたのです。
 
 東大法学部政治学科を卒業して日本海上火災に入社、のちに社長から会長となり、
現在は経済同友会終身幹事に就任。2004年から財団法人・国際開発センター理事・会
長をつとめると同時に、日本共産党が主宰する赤旗まつりへの参加や、同党と共闘関
係にある政治運動「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会(全国革新懇)」の代
表世話人も務めています。次の著書もあります。
『戦争のほんとうの恐さを知る財界人の直言』(新日本出版社・2006)
『9条がつくる脱アメリカ型国家――財界リーダーの提言』(青灯社・2006)
『これからの日本の座標軸』(新日本出版社・2006)

 品川正治氏の存在を知ったのは、市民がつくるネット新聞JANJANの記事で、最近の
講演会の要約が掲載されています。実にわかりやすく、筋の通った説得力のある内容
です。
 ぜひ次のページにアクセスして一読されることをおすすめします。
 
「戦争・人間、そして憲法九条」品川正治さんの訴え
 http://www.news.janjan.jp/government/0710/0710153990/1.php


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<心のテープ>(13号)与野党の立場と神一条の立場
配信日:2007/10/25

 政権を担当しつづけている自民党・公明党に対して、野党は対立を深めています。
とくに参院選で第一党になった民主党が勢力を強めています。たしかに政官財の癒着
は目を覆うばかりです。権力は必ず腐敗するのが通例です。
 野党がなければ、与党が好き勝手に利権を拡大し、独裁政治になりかねません。現
在の北朝鮮はいうまでもなく、かつて軍部独裁で戦争を拡大していった頃の日本もそ
うでした。
 そうした意味で、思想や言論の自由は必要不可欠です。何よりも権力からの自由が
大切です。中立的な立場を標榜するマスコミは、与野党両方の情報を国民に伝える役
目があります。しかし実際は、与党か野党かどちらかの立場に偏している場合が多い
ので、国民のほうが一方に洗脳されないよう気をつけなければいけないでしょう。
 
 もちろん政治と宗教とは次元が違います。政治は人間同士の相対的な関係で成り立
っていますが、宗教は神と人間の関係です。教祖が在世であれば、あるいは神と一体
になった啓示者がいれば、人間を超えた立場から、先を見通して間違いなく判断し決
定することができます。
 本来、宗教は、タテの関係から成り立っています。タテといっても人間同士の上下
ではなく、神と人間の関係です。したがって、与党・野党という人間同士のヨコの対
立はあり得ません。いわば、同じ山頂に向かって山登りしている人間同士ですから、
多数決で行き先を決める必要はなく、お互いに励まし合い、導き合えばいいはずです

 
 ところが、あらゆる宗教は、創立後100年200年と経つにつれて変質していくことは
、世界の宗教の歴史をみれば明らかです。しかし、確定された原典があれば、つねに
出発点に立ち戻ることができる可能性はあります。いわば原典は政治における憲法に
相当するからです。憲法違反は重大な罪になります。同様に、明らかに原典に違反す
る教説は異端と呼ばれても当然でしょう。
 
 原典を元とする教学と原理主義とは異なります。原理主義とは、歴史の進歩を無視
して過去の史料の一字一句にこだわり、それを後生大事に守ろうとする態度を意味し
ます。
 そこからは心の成人による教理の展開は望めません。いわば明治時代と同じ服装を
変えてはいけないと思い込んでいる態度に等しいのです。前向きに未来をみて理想を
実現しようとするのではなく、後ろ向きに過去を詮索し固守することに熱中するばか
りです。
 
 それでは、神一条の立場とは、どのような状態を意味するのでしょうか。
1)何よりも、人間の考えや判断は絶対ではないという謙虚な慎みの心が大事。
2)人間思案を捨てて、無心になって、教祖の思いと一体化すること。人間思案とは
、自分の立場や地位、さらに利害得失を計算することに他なりません。
3)独断と偏見を避けるために、ねり合い、談じ合いの場を広げること。
4)客観的に世界に通用する教学を展開し確立すること。そのためには学者だけが象
牙の塔にこもるのではなく、広く門戸を開放して社会に目を向け、現場の意見に耳を
傾けることです。現実から遊離した教説や重箱の隅を突つくだけの論文は何の役にも
立ちません。

 残念なことに、現在の教内では、これらの条件が満たされているとはいえず、政治
でいえば決定権をもつ与党だけしか発言する場は与えられていないと言わざるを得な
い現状です。
 客観的に現実を反映するマスコミはなく、与党的な出版機関しかありません。一切
の批評や異論は認められず、一方的な情報発信しか行われていないのです。
 
 そこで私は、やむなく野党的な立場で発言を続けていまあす。といっても、特定の
個人と対立するのが目的ではなく、親神様・教祖にどう受け取って頂けるかを常に念
頭に置いているつもりです。
 このメルマガには与党も野党もなく、現実に看過できない問題やみんなの参考にな
る体験があれば、どしどし投稿して下さることを期待しています。個人情報は秘密厳
守して、いろいろな情報を提供したいと願っています。
 今はまだ、私を陰ながら支持して下さる方は30名くらいでしょうが、5年後10年後
には必ず大河の流れになると信じています。そんな夢を見るよりも、先ずメルマガの
講読者が100人になることを目標に努力したいと思います。ご理解とご協力を切にお
願いします。


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<心のテープ>(14号)小指が痛い
配信日:2007/11/1

「あなたが噛んだ小指」ではなく「靴ずれが化膿した左足の小指」が痛い
のが私の現実です。
 事の始まりは1年間のこと。詰所で「おぢばの集い」という行事があって、
大勢のようぼくが参加した日、私の安物のビニール靴がなくなり、色と形が
よく似たブランド物の靴が翌日になっても残っていたのです。
 
 私は仕方なく、というより上等の靴に代わったのだから有難い、成って
くるのが天の理と受け取って、それ以来、ブランド靴をはきつづけていま
した。
 その靴は私の足のサイズより0.5?小さかったのですが、少々窮屈なのを
ムリしていたためか、いつの間にか足の小指に靴ずれができ、それくらい
大したことはないと放置していました。
 
 今年の夏頃から時々痛みを感じながら裸足で過ごすことが多く、そのうち
黴菌に感染して化膿しはじめたというわけです。
 今になって、いくら上等の品でも自分に合わない物は身につけるべきでは
ないこと、小事を放置すれば大事に至ることを思い知らされています。
 
 先日皮膚科の医院で受診したのですが、抗生物質を含んだ塗り薬を塗布し
ても、一時的に痛みは消えても化膿は止まらず、むしろ痛まないのは血液循
環が悪いため神経がマヒしているためと疑われる始末でした。
 
 その後、今月25日に帰参した教友に相談したところ、独特の治療法に詳し
い彼が言うには、足の親指が紫色に腫れ上がり下手すると切断の恐れのあっ
た症状を治したこともあるそうで、皮膚の傷を治療するために殺菌剤を塗布
すると、黴菌と一緒に周りの細胞も死滅する恐れがあるというのです。
 殺菌に最善の方法は、50℃の熱湯に繰り返し指を漬けたり出したりした
上で、屋久島で栽培されているガジュツという植物の根を乾燥した粉末を水
で練って塗りつづけるのが一番効果があるとのこと。
 まだ半信半疑の私は、50℃の湯に小指を漬けたとたん、熱さより痛みに
悲鳴を上げ、辛抱が足りないと笑われましたが、湯はほどほどにして薬草の
粉を水で湿らして患部に塗ることにしました。
 つくづく痛みのない治療が当たり前と思い込む習慣がついていることを
実感しました。 
 ちょうど今月に限ってタイミングよく彼が和歌山から持参していたその
粉末を、それ以来、靴ずれが化膿した左足の小指に塗りつづけています。
初めは激痛が走りましたが、それは効いている証拠というのです。神経が
マヒして痛みを感じない状態が正常といえないのは確かです。
 今は次第に腫れが引いて皮膚の色も正常になってきたのですが、まだ患部
の中心に痛みは残っています。
 神様が何をお知らせ下さっているのか、思案の最中です。


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<心のテープ>(15号)おやしきの記念建物
配信日:2007/11/8

 最近知り合ったばかりの知人から、私が天理市に住んでいると言ったので、
メールでこんなことを書いて寄越しました。
 
「奈良へ移り住み、天理へドライブした時に天理教の建物に圧倒され、最近も
京都から友人が遊びに来た時に天理ラーメンが食べたいと言うので天理教の本
部?へ向かった時、またまた一段と建て直され?立派な建造物に友人と思わず
車を止めて眺めていました。
 因みに友人は違う宗教に入信していますが、私は宗教にも興味はないけれど
建造物には少し魅入られました。
 あの一角だけが違う世界に感じました。
 失礼なことを書いて申し訳ありません。
 天理というのは不思議な街です。」
 
 なんだか建物ばかり感心しているふうですが、まだ天理教のことは何も知ら
ないのだから仕方ないでしょう。
 私が案内役を買って出る場合、天理市を初めて訪れる人には、必ず案内する
場所があります。それは、やしき内の一角にひっそりと保存されている記念建
物です。
 そのわけは、およそ150年前わずか20戸ほどの村落だった頃の庄屋敷村のイ
メージを呼び起こしたいからです。
 修養科生は3ヵ月の間に一度は記念建物を見学する教課がありますからご承
知のはずですが、一般の帰参者にはあまり知られていないようです。誰でも自
由に見学できるのですが・・・。
 
『稿本教祖伝 第四章 つとめ場所』によれば、元治元年(1864)6月25日、
のちの本席・飯降伊蔵夫婦が揃ってお礼参りした日が、初めておやしきの新し
いふしんが始まる元一日となりました。
 産後の患いを救けられた伊蔵の妻女おさとは、お礼に何かお供えさせて頂き
たいと言ったので、伊蔵は手作りのお社を献納することを思いついたのです。
そこで翌26日、再びお参りして、教祖にその旨取り次いでもらったところ、御
伝によれば教祖は、
 
<「社はいらぬ。小さいものでも建てかけ」
と、仰せられた。
 どれ程の大きさのものを、建てさして頂きましょうか。と、伺うと、
「一坪四方のもの建てるのやで。一坪四方のもの建家ではない」
と、仰せられ、更に、
「つぎ足しは心次第」
と、お言葉があった。(後略)>(上掲書53〜54頁)

 教祖が「社はいらぬ」と答えられたのは当然です。教祖ご自身が「月日の社」
つまり、生き姿のまま社となられたのですから、その他に木造の社は要らない
からです。
 その代わり「小さいもの」「一坪四方のもの」を建てかけ、と仰せられてい
ますが、常識で考えても畳2枚の家というのは、倉庫にしても小さ過ぎますか
ら、建物の大きさを神が指示するのではないという意味でしょう。みんなが心
を寄せ合うことを望まれて「つぎ足しは心次第」と仰せられたのでありましょう。
 そこで、飯降伊蔵を含めて、当時信心していた5名が相談した結果、3間半に

6間(21坪=40畳)のふしんを心定めして、それぞれ大工の手間、瓦、畳など
の寄進を自発的に申し出たのです。1坪から見れば、ずいぶん大きなふしんの心
定めをしたものです。
 
 9月に始まったふしんは、10月26日、めでたく棟上げの日を迎えました。簡素
ながら酒肴が用意されて棟上げを祝ったあと、山中忠七が、自宅へ招待したいと
提案します。お祝いとはいうものの、何か浮ついた気持ちがあったように感じら
れます。
 翌27日になって、一同が山中宅へ向かう途中、神前を通る時は拝をするように
ーーとの教祖のお言葉に従って、大和神社の前で拍子木や太鼓を力いっぱい打ち
鳴らしたために、祈祷の最中であった神職たちの怒りを買い、秀司はじめ同行し
た13人が留置されるという事件が起こります。
 この大和神社の節によって、みんなの信心熱がいっぺんに醒めてしまい、殆ど
誰もおやしきに近づかなくなり、年末が近づいても「つとめ場所」は完成できな
いままの状態になります。
 こかんが「行かなんだらよかったのに」とつぶやいたら、教祖は、
「不足言うのではない。後々の話の台である程に」
 と、厳しい態度でたしなめられた、と伝えられています。
 この教祖のお言葉は、節を通して人の誠真実を神が試された、と受け取ること
ができます。
 
 そうした状況にあって、只一人、飯降伊蔵だけは変わることなくおやしきに通
いつめ、材木屋や瓦屋に頼みこんで後払いの条件で買い揃え、暮も正月もなく
ひのきしんに精を出して内造りを進めたのでした。
 
 完成するまでに紆余曲折はありましたが、こうして出来上がった「つとめ場所」
が、今日まで記念建物として保存され展示されているのです。
「つとめ場所」は、何か立派なお社やご神体をお祀りするための神殿ではありま
せん。月日の生きた社である教祖の御前で、生きたご神体を借りているようぼく
が、陽気づくめの心を一つに揃えてつとめるための場所に他なりません。その
躍動する姿を神が受け取って共に勇み、共に楽しまれるのです。


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<心のテープ>(16号)月から昇り、月に沈む地球
配信日:2007/11/15

 昨日14日の新聞やテレビで史上初といわれる映像が公開されていた。
 9月14日打ち上げに成功した探査機「かぐや」が38万キロの遥か彼方
から世界で初めてハイビジョンカメラで撮影した映像であった。
「かぐや」は長さ4.8m、重量は3トンあり、月の上空100キロの位置から
撮影した映像を送ってくるという。
 JAXA(宇宙航空研究開発機構)のHPには、その動画が公開されている。
 http://www.jaxa.jp/
 
 月の出・月の入りではなく地球の出入りを見ることができるのは初めて
である。地平線(月平線?)の向こうから、青と白のまだら模様に彩られ
た宝石のような地球が昇ってくるのだから驚くばかり。
 地球の出は月の北極から撮影したもので、月の南極からは沈みゆく地球
の入りが映されている。
 月には大気がないから写真は鮮明に写るが、その代わり月面は昼が100℃
以上、夜は−150℃以下の温度差があるという。太陽光が当たらない深い
クレーターの底には氷が残っている可能性があるらしいけれど確認されてい
ないし、それ以外の場所にはどこにも水はない。月の重力は地球の6分の1
しかない。
 
 アポロ11号で月面に降り立ったアラン・ビーン宇宙飛行士がテレビで特
別出演していた。すでに高齢となった元宇宙飛行士は、月から見た地球の
絵を描きつづけていて、人類が地球に住んでいることが如何に幸運であるか
を語っていた。
 ずっと以前に読んだ『宇宙からの帰還』(立花隆・著)の中で、宇宙飛
行士が自らの宇宙体験を語った言葉に感銘を深くしたことがあり、その一節
を最新刊の小著『元の神・実の神』にも引用したが、もう一度ここへ書き写
すことをお許し願いたい。
「……すべては一体である。一体である全体は、完璧であり、秩序づけられ
ており、愛に満ちている。……宇宙は創造的進化の過程にある。この一瞬一
瞬が宇宙の新しい創造なのだ。進化は創造の継続である。神の思惟が、その
プロセスを動かしていく。人間の意識はその神の思惟の一部としてある。そ
の意味において、人間の一瞬一瞬の意識の動きが、宇宙を創造しつつあると
いえる。……こうこうことが一瞬にしてわかり、私はたとえようもない幸福
感に満たされた。それは至福の瞬間だった。神との一体感を味わっていた。
……」

 宇宙探査器や宇宙船の開発や打上げは莫大な費用のかかるプロジェクトだ
が、月へ旅行するとか宇宙ステーションを構築する以上に重要な効果は、人
間の意識を無限に拡大することにあるだろう。
 宇宙から地球を見る体験を積み重ねれば重ねるほど、創造主や地球との一
体感が育っていくことは間違いないからだ。


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<心のテープ>(17号)もともと石油は只のはず
配信日:2007/11/22

 つい最近、訪ねて来たようぼくと、こんな話をしました。
「石油がまた値上がりしたね。セルフの店でも?143円したよ」と私。

「150円台まで上がると平気ではいられませんね」と彼。

「値上がりでうんと儲けている資本家もいるのだから、どこか狂っているね」

「だいたい地下に埋まっている原油そのものは只ですからね。それが人間の手
を経ているうちに、どんどん値段が上がっていく。石油価格の相当な部分は税
金だし、その税金分にまで消費税を加算するのは矛盾してますよ」

「石油の元を質せば、火と水と風のおかげで太古の地球に生息していた生物が、
地殻の大変動で埋没し、高圧で液状化したというのが通説だからね」

「石油だけでなく、海を泳いでいる魚も原価は0ですからね。もちろん船を動
かすためには油がいるし、漁師の生活もかかっているから値段がつくのはわか
っていますが」

「そういえば、鉄にしろ金銀にしろ、自然に埋蔵されている元の鉱石はすべて
只なのだが、人間がそれを自分の所有物のごとく発掘し加工して売っているん
だよ。しかも資源は有限だから、いずれ底をつくことはわかっているから、
値段が下がることは望めないね」

「只で与えられている資源に感謝を忘れて、お金さえ払ったら自分のものと平
気で浪費しているのです。火水風の神様の守護がなければ何一つ資源は手に入
らないことを忘れているのが人間ですね」

「200年前までの明治以前の日本では、ほとんど資源の一部だけを利用して自
然に依存した生活をしていたのが、西洋の文明を輸入して以来、自然の恵みを
忘れ、何でも人工的な物資だけを有難く思うようになったんだね」

「その頃までの日本人は、自然汚染や破壊などすることなく、自然と一体に
なって生きていたわけですね」

「人間が欲望のまま自由にしたい放題したあげく、神様がこれ以上黙視できな
いと思われたら、いずれもう一度、200年前の時代に回帰する時がやって来る
に違いないよ。神意が現実となる日こそが"刻限"に他ならないのだ」

「神様がなさることなら、決して悪い結果にはならない筈ですからね」

「その通りだよ。陽気づくめの世界はお金やモノが十分あるからといって実現
するのではないからね」

「金銭で計算する前に、只で与えられている資源に有難いと感謝するのが順序
ですからね」

 彼(50歳)は建築企画を独立自営しています。「もったいない」と言うだけ
でなく、常々建築資材をムダにしないよう、まだ使える廃材は捨てずに倉庫へ
保管して有効に再利用しています。
 どんな資材も元はといえば只で神様から与わった資源だから、有難いという
感謝の念で活用するとともに、喜んで仕事しなければ、施主にも喜んで受け取
ってもらえないという信念の持ち主です。不足しながら仕事すれば、不足しか
返ってこないのが天の理だからです。


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 <心のテープ>(18号)「小指が痛い」その後
配信日:2007/11/29

 自分の身上のことで恐縮ですが、14号の「小指が痛い」の経過報告を
いたします。
 その後も左足小指の靴ずれが完治せず、ラチがあかないので、家族の
すすめもあって、とにかく今月12日、天理よろづ病院「憩の家」皮膚科
を受診することにしました。
 薬草がこびりついている小指を洗うときは痛さに悲鳴を上げました。
それからレントゲン、血液検査、細菌検査などがあり、感染を防ぐ塗り
薬を処方してもらって帰りました。

 1週間後の19日、再診を受けたところ、皮が貼りかけていてよくなっ
ているとの診断でした。まだ患部を障ると痛いのですが、歩く時もあま
り気にならなくなりました。
 検査の結果は異常なしとの診断で、さすがに部長らしく慎重な治療を
受けることができ、やはり"餅は餅屋"と安心しました。
 
 何しろ足の指先というのは一番血液循環が悪いところで、治りにくい
とも聞きました。痛いという感覚があることは、神経がマヒしていない
証拠だから有難いこと、と看護師さんから説教されました。中には糖尿
病が悪化すると、全く感覚がなく麻酔なしで小指を切断しても少しも痛
さを感じない患者もいるとか。
 今日現在、まだ完治していない状態ですが、正常な姿勢でバランス
よくサッサと歩けることの有難さを改めて実感します。女性の場合、足
に合わないハイヒールをはいて歩いていると、腰にまで悪影響が出てく
るということです。

「おさしづ」に「同じ五本指の如く、兄弟の中なら、どの指噛んでも身
に応えるやろ。」(明治32年12月27日桝井安松23才身上願
 と諭されています。
 ここでは人の集団を指に例えて、一れつ兄弟の意識を共有することの
大切さを諭されています。
 本当に小指1本が痛むだけでまともに歩けなくなります。その痛みを
感じるからこそ、大事に至らぬ先に治療できるのでしょう。
 
 ところで最近、教祖が75歳のお年でどんな日々を通られていたのか、
私も同じ歳になるので、気になって御伝を読み返してみました。
 なんと、その年に75日間の断食をされているのです。断食といっても
穀物や火を通したものは召し上がらず、生の野菜や水だけで過ごされた
とのことです。別火別鍋にするよう指図されたのも、その年です。
 その合間に、4里(16キロ)離れた松尾市兵衛宅へおたすけに出向か
れて13日間滞在されています。また、その年の暮れには長女おはる様が
出直されています。
 その年には、まだ「おふでさき」は1号と2号までしか筆を執ってお
られないことから見ても、教祖の75歳は、まだ道の始まりであったので
す。ひながたを手本とするならば、凡人の私に断食はできなくても、こ
れからの15年が本番のつもりで通らなければならないと覚悟を新たにし
ています。


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<心のテープ>(19号)58年目の同窓会
配信日:2007/12/6

 58年目という意味は、昭和24年に天理高校卒業後の年数で、5年ぶりに
同じクラスの仲間たちだけの同窓会が先月27日にありました。久しぶりだ
ったので、20名の出席者が集まりました。
 会場は大阪心斎橋のビル11階にあるレストランで、窓のない空間を迷路
のように仕切った大小さまざまの部屋は、どこも満杯のようでした。
 
 天理高校出身だから、みんな教会には何らかの縁があったのですが、今
では教会に直接つながっているのは、ほんの数名に過ぎないようです。
 自己紹介を聞いていると、大多数は囲碁や旅行など趣味を楽しんで老後
を過ごしているようで、教会に関わっている者にとっては羨ましい思いが
しました。
 もちろん、みんな隠居して遊んでいるのではなく、何かの形で社会に寄与
しようという気持ちはあり、中には精神障害者の家族をつなぐNPOを立ち
上げて大活躍しているクラスメートもいました。

 話が戦争中のことになると、極度の食糧難の状態での寮生活が話題にな
ります。自分の身長が伸びなかったのは、少年期の食糧不足に原因がある
と、戦争を恨んでいる者もありました。事実、伸び盛りの中学一年生の身
長が、敗戦直前の半年ほどの寮生活の間に、逆に縮んでいったのです。
 一方、昔から粗食に耐えてきたおかげで、今も健康でいられるのではな
いか、と感想をもらす者もいました。

 遅れて来たT君は、同級生の中ではいわゆる"出世頭"で、大阪市長選の
自民党選挙対策委員長を務めていたとのこと。戦後間もなく大阪市内で経
営に乗り出した賃貸マンションが今では数百戸になり、全国賃貸住宅協会
理事長も務めていました。今でも家賃には消費税は掛かりませんが、彼の
努力の結果、最低限の生活を保障するために家賃が無税になったのです。
 
 私は自民党の支持者ではありませんが、かねてから彼の見識には敬服し
ています。 20年前のバブル最盛期の当時、土地建物がウナギのぼりに高
騰する中で、天の理に反したバブル経済が長続きする筈はなく、必ず数年
後には崩壊するという予測を業界紙に発表し、土地投機には一切手を出さ
なかったのです。
 彼の予測が的中し、不況のため倒産する会社が続出する中で、彼の会社
は健全経営を続けることができたのです。
 
 じつはT君は教会の長男に生まれたのですが、世襲する考えはなく、役員
に後を継いでもらって、経済的に教会を支援する立場を続けてきたと聞いて
います。
 その日、彼と話し合ったところでは、天理教に強い危機感と憂慮の念を
抱いていました。会長を役員に譲った彼の教会は、次の後継者になる人がい
ない状態になっている。それは彼の生まれた教会だけではなく、天理教全体
の組織のあり方に問題があるからだ、と語っていました。
 今のままでは末端の教会を継ぐ後継者は少なくなるばかりで、新しく入信
する人も殆どいなくなるだろう、とも予測していました。
 
 彼は前々から私の著書を読んで評価してくれているので、同窓会の翌日、
彼の意見に対する回答のつもりで、小著『元の神・実の神』をメール便で
送呈しました。


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<心のテープ>(20号)ウソと無責任の結末
配信日:2007/12/13

 今の世の中、ウソと無責任が氾濫している。政治家の「記憶にありま
せん」発言はもとより、ブランド企業による商品の賞味期限改ざんは当
然のように行われている実態が次々に暴露されている。
 しかもそうした商品の偽装が発覚したあと、社長や幹部が責任逃れの
ために二重のウソをついて現場に責任を転嫁しようとする醜い態度が目
につく。政治家や官僚のトップが、ウソと無責任で保身に専念するのは
今に始まったことではない。
 たまたま昨12日、今年を代表する言葉は「偽」と決定した。
 
 何も期限を過ぎた商品を捨てればいいというのではない。腐っていな
いものを廃棄するのは「もったいない」のは確かだろう。それなら、値
段を下げるとか、二級品というかたちで流通する方法もあるはずだ。ス
ーパーでは、夜になって売れ残った食品を3割引とか半額にして売って
いる。
 
 私が最も恐れるのは子どもに対する悪影響だ。トップの立場にあるオ
トナは誰でもウソをつき責任逃れをするものだ、というイメージを心の
奥底に植え付けられた子どもたちが、どんなオトナに成長するかを考え
ると空恐ろしい。
 
 今はもはや美辞麗句を連ねた広告や、老舗の看板や、ダイレクトメー
ルは信用されない時代になっている。とすれば、人と人の個人的な付き
合いを通してしか信用できない時代になっている。誠実さや正直さだけ
が販売のための唯一の方策ともいえる。いわば、これからは自分を高く
買ってもらうしかない時代なのだ。
 
 教祖は「高う買うて安う売るのやで」と諭されたと伝えられている。
その真意は、仕入れ先の人を高く買うこと、あるいは高く買ってもらえ
るような商品をつくること、と悟ることができる。安く売るというのは、
信用第一に、お客さんに喜んでもらうことを第一に売っていれば、安く
売っても永く続いていけば、決して損することはないという意味ではな
いかと思う。
 いくら仕入れ先を叩いて安く買っても商品が良くなければ信用を失う
し、ウソをついて高く売って一時的に利益を上げても、いずれはそのウ
ソがばれて一度に信用を失い、売れ行きがストップしてしまうからだ。

「余れば返す、足らねば貰う、差引勘定は神がする」との「おさしづ」
もある。神の差引勘定は、およそ100年単位で行われると見てよい。
 100年といえば、人生でいえば三代にわたる年限となる。その三代の
栄枯盛衰を見れば、誠真実の通り方だけが栄え、ウソは消滅する結果を
確かめることができるだろう。


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<心のテープ>(21号)『元の神・実の神』の評価
配信日:2007/12/20

 上記の小著を発行以来2ヵ月経ちましたが、教区・支部の読書会員の
方々に配本のお世話取りをして頂いたり、お道に関係深い企業からまと
めて購入の注文を受けたりして、おかげさまで版を重ねることになりま
した。
 何よりページ数と価格が手頃であったこともよかったと思っています。
(10冊以上は@600円、定価の場合も書店のマージンや送本料・振替払
込料を負担しています)
 
 手前味噌になって恐縮ですが、今までに頂いた読後感の一部を参考ま
でに紹介させて頂きます。(ご本人の承諾を得ていませんので、匿名の
ままで了解して下さい)
 
☆「50年にわたる思案の結論」と言われる通り、よく練り上げられた内
 容で、今日のお道の若い人達にぜひ読み深めてもらいたいと思う。
                           (本部員)

☆野武士の無手勝流、荒っぽい信心で布教したきた身にとって、『元の
 神・実の神』は、まさに襟を正して謹読せざるを得ない御本でした。
 さすが50年かけて熟成された、と感銘を深めております。(講演や著
 書で名高い教会長)

☆「システム」などと聞き慣れない用語が出てくるので読む気がしませ
 ん。(教会長・ようぼく)

☆天理教の知人から送呈されたので、はじめから天理教のことばかり出
 て来る本かと思いましたが、そうではなく最後まで抵抗なく読めまし
 た。ページ数も読みやすい程度の厚さなので、息子らにもぜひ読ませ
 たいと思っています。(天理教に関心を寄せている女性)

☆これは、単なる「論」ではなく、著者の「叫び」と感じました。(古
 くからの教友)

☆「元の理」=教祖の教えと、最先端の科学的情報および日本人の宗教
 観とを総合止揚しようとされている試み、敬服の至りです(宗教学者)

 以上はほんの一端に過ぎませんが、いずれにせよ自分としては想定外
の評価を頂いたものと受け取っています。
 最初、執筆をすすめられた時は、少部数をコピーして配布するつもり
だったのですが、やはり印刷してよかったようです。
 また、何か新しい情報があれば、お知らせしたいと思います。
 
 年の瀬も間近に迫り気忙しい日々となります。次号は今年の最終号で
すので、今年一年をふり返ってみたいと思っています。


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<心のテープ>(22号)今年一年をふり返って
配信日:2007/12/27

 今年もいよいよ残り少なくなり、何かと気忙しい日々となりました。
 今年の最終号にあたり、一年をふり返ってみると、前半は『元の神・実
の神』の執筆に明け暮れていました。
 私は日記もつけたことがなく、過去をふり返るより前向きにものを考え
るクセがあるので、正確な記憶は残っていませんが、6月頃になって一応
最後の章まで入力し、気がつくと4キロほど体重が減っていました。ワー
プロを入力し終わってホッと気をゆるめて暫くすると、いつの間にか元通
り64キロに回復していたので、精神的な緊張がいかにエネルギーを消費す
るかがわかりました。

 ファイルをプリントして古くからの教友に読んでもらうために送ってから
が、また大変でした。最初に私が構想を話したとき、彼は100ページくらい
の中でまとめられる筈はない、と信じていなかったそうです。ところが何度
も読み返しているうちに評価を改めてくれるようになりました。
 それから2ヵ月ほどの間に和歌山と天理の間で数えきれないほど電話を
かけ、合計10時間以上も話し合って校正や推敲をしたのです。幸い二人と
もヤフーのBBフォンに契約しているので、いくら長電話しても無料です
から、これほど有難いことはありませんでした。
 
 8月から週刊メルマガを創刊しました。
 その動機や趣意は前に書いたことがあるので略しますが、HPの虚しさを
痛感したことが一つの理由です。時を同じくして本を発行する巡り合わせ
になったことは、私にとって大きな転機になる予感がしました。
 
 9月に入って、ネットで適当な印刷所を探せばいいと教えられ、あちこ
ち探しているうちに信用できそうなHPを見つけ、発注することにしました。
カラーを使ったりカバーをつけたりすると、いっぺんに経費がはね上がる
ので、一番簡単な印刷・製本を選びました。
 ただ、表紙だけは特別に良質の紙を選んだのですが、版下プリントを送
ってから2週間ほどで満足できる仕上がりの本が届きました。
 10月26日、秋の大祭を発行日として、まずご縁のある方々へ献本しまし
た。郵便の3分の1の料金でメール便を利用できたことは、経費節約の上
で大いにたすかりました。
 
 ところが、発行直後の10月末から思いがけないことが始まったのです。
その日、ずっと以前から建築リフォームを自営しているようぼくの知り合
いが、職人さんを2人連れて訪ねてきて、裏の空き地を測量させてもらい
たいと言われました。そこは空き地といっても浪板を屋根にして荷物置場
にしていたのですが、測量する目的が分からないまま返事できずにいると、
巻き尺で寸法を測り始め、1間半に3間はあるから荷物さえ除けば十分建
増しする空間はあるとの話でした。

 一度でも訪ねて下さった方はご承知ですが、うちのつとめ場所(上段)
は日本一狭いことを自慢(?)していたのですが、事実、参拝所にパソコ
ンを置いている状態で、来客があっても落ち着いて坐ってもらう場所にも
不自由していました。
 もし裏の屋根を差し延ばして部屋を広げることができれば、鳴物の場所
も十分にとれるし、パソコンも移動できることは間違いありません。しか
し山と積んだ荷物の持って行き場がなくなると言うと、広い土地を借りて
作業場や倉庫を建てているから、この際、不要な物品を整理した上で残っ
た物品は事務所の倉庫へ預かってもよいとの返事でした。
 
 それから1ヵ月あまりの間に、夢にも思わなかったつとめ場所と参拝所
の拡張が実現したのです。前以てようぼくの方たちに相談する間もなく、
できる範囲で真実の心を寄せて下さるようにお願いしました。
 まず東京にいる息子たちに相談したところ、長男はすぐに賛成してくれ
ました。自分で思い立ったことのない計画をすすめられたのは、長年積も
り重なった荷物を整理して新しい風を入れる絶好の旬ではないかと。
 たしかにその通り、いくら狭いと言っても、75歳の今になっては仕方な
いと諦めていました。そこへ"神の使い"がふしんをすすめに来てくれたの
ではないか、と今では本気で有難く思っています。
 
 思えば、この天理市の西外れの地に、無人となった教会を鹿児島から移
転して以来35年目になります。御里という名称は元のままですが、鹿児島
で設立されながら親里ぢばのある天理市にぴったりの名称がついていたの
は不思議な感じがします。
 今から15年前の平成3年、移転・就任20周年の記念祭は住宅内の集会
所で賑やかにつとめましたが、その後は現在に至るまで、文書伝道に専念
する心を定めました。いくら教内を対象として原典の伝道に努力しても、
信者が増えることはなく教会が盛んにならないことは承知の上でした。自
分は応用(にをいがけ・おたすけ)よりも基礎(原典の研究)を固める役
目があるのだ、と信じてきました。
 
 ところが、思いがけず建増しふしんが完成した今、教祖75歳(自分と同
じ年齢)のひながたを御伝で確かめてみると、まだ道の始まりであったこ
とを改めて思い知らされました。「おふでさき」は未だ2号までしか筆に
しるされていないし、ぢば定めもされていません。その年には遠くまでお
たすけに出掛けられ、10日以上も滞在されて寄り来る人々に教えを説かれ
ています。
 そうしたひながたに思いを致すとき、自分も初心に帰って、これから再
出発する心を定めることが肝心ではないかと気づきました。
 
 今年は自分にとって「成ってくるのが天の理」といわれる通り、思いが
けない事が成ってきた年でありました。
 本を発行したのも親しい人から依頼があって書き始めたのがきっかけで
した。夢にも思わなかった建増しふしんも、頼みもしないのに裏の空き地
の寸法を測りに来てくれたことから始まりました。
 くわしい経緯はここでは書きつくせませんが、これからは誰が訪ねて来
られても、落ち着いて話ができる部屋を与えて頂きましたので、おぢば帰
参の折には是非お立ち寄り下さることを期待しています。
 
 今年のメルマガは、これで最終号になります。
 来年も続けておつき合いのほど、よろしくお願いします。
 どうぞ佳い新年を迎えられますことをお祈り申し上げます


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<心のテープ>(23号)謹賀新年
配信日:2008/1/3

 新春を迎え皆様方の益々のご清福をお祈り申し上げます。
 旧年中はメルマガを講読して頂き有難うございました。
 今年も引き続きおつき合いの程、よろしくお願いします。

 前号で2007年の身辺をふり返りましたが、言葉足らずの点があるのに気
づきました。というのは、
「ホームページの虚しさがメルマガを発行する原因の一つとなった」と記
したのは私の思い違いでした。
 これまで7年間<天理と刻限(天刻)>サイトの更新をひのきしんで
コツコツ続けてきましたが、ひのきしんが虚しい結果になる筈はないから
です。何故なら『元の神・実の神』は、天刻サイトに蓄積し保存してきた
コンテンツなしにまとめることは出来なかったのです。
 
 他に管理している3つのサイト、つまり<戦争を語りつぐ60年目の証言>
<岡潔:幼児と情緒教育><一体性心脳理論>の成果は具体的にわかりま
せんが、目に見えないところで役に立っていないとは限りません。
 岡潔サイトでは、私の個人研究だけではなく、30年にわたりひたすら岡
潔研究を続けてきた知人にもページを提供しています。
 戦争証言サイトは、85人分の証言を掲載し、現在のべアクセス数12万9
千人に達しています。男女を問わず年齢順に市民層の戦中体験を集めたサ
イトは他にないことだけは確かです。戦争と平和を考えるには、まず戦争
の実態を知ることが大事なことは間違いありません。
 一体性サイトは、心身問題の基礎となる専門的な内容ですが、全国の脳
科学者あてに、もし論旨に誤りがあれば指摘して頂くよう案内メールを発
信していますが、未だに指摘されたことはありません。
 これらのサイトはすべて、ボランティアに徹して、ひのきしんで更新・
管理しています。

 ところで、元旦早々に嬉しい電話がありました。
 数日前に天理市内の書店で『教祖ひながたと現代』を見つけて購読した
ばかりという読者からの電話でした。
 お名前も住所も年齢もわかりませんが、本の内容に共感したので、他の
著書も読みたいと言われるので、10月に新刊したばかりの『元の神・実の
神』も書店に委託してあるので読んでほしいと返事しますと、もう一度書
店へ探しに行って読んでみたいとのお返事でした。
 最後に「頑張って下さい」と励ましの言葉を掛けて下さいました。どう
やら私が、孤立無援の中で文書伝道を続けていることを推察されているよ
うでした。私の書くものは道友社や養徳社で発行されることはあり得ない
からです。

 ここでラジオの受け売り情報があります。
 2日夜11時、就寝前にNHKラジオのスイッチを入れると、新春インタビ
ューでハセ・ミチコさん(漢字は不明)という「言葉パフォーマー」の声
が聞こえてきました。パフォーマンスにもいろいろあるようですが、言葉
のパフォーマーは恐らく自分1人しかいないとか。「アイウエオで世界を
つなぎたい」のが目的だそうです。日本語のすばらしさを伝えるために、
外国でもパフォーマンスを実演しているそうです。
 例えば「ア」という発音にはいろいろな意味が含まれていて、あーあ、
アッ、あ〜あ〜、など発音が違えば意味も違ってきます。
「カ」行は固い感じで、音をぶっつけるような発音になります。
「ナ」行は唇をつけないで発音するが、「マ」行はすべて唇をつける。
「ハ」行は笑いを表す発音になっている、等々。

 要は、日本語の50音は他国語にはない豊かな情感を表している、その日
本語を大事にして、もっと言葉で楽しく遊びましょう、と呼びかけている
のです。
 一人称の言葉にしても、英語には「 I 」しかないのに比べて、日本語
では相手に応じて「私、ボク、俺、わし、うち、あたし……」など、いろ
いろな言い方があります。それほど日本語は情緒的に豊かな表現ができる
わけです。

 ハセ・ミチコさんは元・舞台女優だったので、頭で覚えた台詞を話すだ
けでは体がついていけなかった。頭で覚えた言葉には情緒が伴わないこと
に悩んだそうです。
 言葉には頭言葉と体言葉があり、前者は活字や読み書きの文字言語とな
りますが、それ以外に文字のなかった古代から音声で伝える言葉が体言葉
として互いに気持ちを伝えるための重要な役目を果たしてきたというので
す。
 50音はもともと音表であって文字の表ではなかったので、豊かな心情を
相手に伝えるには文字より音声が大事だということです。
 たしかに歌謡曲にしても、印刷した歌詞を読むのと歌手の歌声を聴くの
では大違いです。
 
 ラジオでこの話を聴いていて、文字ばかりで表現している自分を反省さ
せられました。頭言葉の文字を書いているだけではいけないと思いました。
 しかし、頭ではなく心の底から湧いてくる文字もあるはずです。文字で
なければ伝えられない情報もあります。文字の限界を自覚しながら、いか
にして魂から発する真実を文章で伝えることができるか、それが何より大
事だと改めて思い当たった次第です。


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 <心のテープ>(24号)仕事始め
配信日:2008/1/10

 アッという間に正月が過ぎ、7日から仕事始めの方が多いことでしょう。
 おぢばでは恒例のお節会(おせち)が5日から7日まで開かれました。
 今年は5・6日が土・日に当たっていたので大賑わいでした。
 初日に子ども連れで会場へ出掛けたようぼく一家は、とうとう雑煮を
よばれないまま帰ったと聞きました。私は7歳のとき一度行ったきりで
50年ぶりという知人に同伴しました。6日の日曜で長蛇の列でしたが、
お節会でしか味わえない雰囲気と雑煮に満足しました。各新聞にも何十
トンの鏡餅や水菜に5千人を超える接待係などと写真入りで報じられて
いました。
 50年ぶりのお節会に行った知人の話では、昔はテントはなく露天で、
目の前で餅焼きをしていたそうです。余計なことですが、雨天のときは
どうしたのかと気になりました。
 正月に甘露台の四隅にうず高く積み上げられる御供の鏡餅は、年末に
市内の各詰所で餅つきして運ばれたものです。大教会が遠い詰所では人
手が足りないため、遠くの教会から餅つきのひのきしんに出る場合もあ
るそうです。しかし、わざわざ九州や東北からはお節会に帰参できない
ので、まだ雑煮を味わったことのない人もあることでしょう。
 お節会が終わると翌日の8日からは、東礼拝場でビニール袋に約10個
ずつ詰めたお下がりのお餅を頂けます。私も本部へ参拝して、お節会に
帰参できなかった信者さんにお分けすることにしています。
 おぢば近くに住まいする者は有難い限りですが、陰でひのきしんしな
がらお節会に帰れない人々が大勢いることを忘れてはいけないと思いま
す。
 
 話は仕事始めに戻りますが、仕事という文字は「事」に「仕える」と
書きます。つまり、もともとは報酬が目的ではなく、何事にも「仕える」
気持ちが大切であることを思い知らされます。
 奉仕というのは、「仕え奉る」のですから、人だけでなく神仏のため
にひのきしんする意味でしょう。
 なお、「仕」という漢字は「イ」(人)に「士」と書きます。漢字辞
典によれば、もともと士とは、男性の下級官僚という意味があります。
昔の武士なども今の官僚に当たります。職分としては一般民衆より上位
にあるとしても、「事に仕える」ひのきしんの精神で仕事に携わるのが
本来の役目でありましょう。
 ところが最近は、本来の意味から逸脱して、利権や収賄を目的に仕事
をしている官僚がはびこっている現状です。
 昔は士という漢字は男性だけを意味していたのですが、今では官僚に
しても弁護士にしても女性の進出が著しくなっています。
 
 ついでながら、同じ「し」と発音する漢字に「師」があります。いつ
の間にか「看護婦」という呼び名が「看護師」に改められました。本来
「婦」という漢字は既婚の女性(主婦)を意味しますから、独身のナー
スには不適切であることは確かです。
 さらに「帚」は「ほうき」でゴミを掃除する意味ですから、「婦」は
差別的な文字と受け取られています。別に掃除が差別的な仕事とは思え
ませんが、「看護師」と呼ぶようになると、親しみがなくなったような
気がしないでもありません。
 話がややこしくなって申し訳ありませんが、今年はお互い仕事という
本来の意味を噛みしめて、「事に仕える」気持ちで通らせて頂きたいも
のです。
 
 ここで24号を書き終わって配信の設定をするつもりでいたのですが、
天理市内の知り合いからとんでもないニュースを耳にしました。8日付
の朝日新聞奈良版を見れば分かるというので、読み落としていた紙面を
開いてみました。
 ナント「天理教分教会長/痴漢容疑で逮捕」という見出しが目に付い
たのです。記事は次の通りです。
<天理署は7日、山口市名田島、天理教名田島分教会長の原田一郎容疑
者(55)を県迷惑防止条例違反(ひわいな行為の禁止)の疑いで逮捕し
た。
 調べでは、原田容疑者は同日午前10時55分ごろ、天理市三島町の雑貨
店で、同店のアルバイト店員の女性(22)の下半身を触ったほか、30分
後には同店経営の女性(24)に後ろから抱きついた疑い。
 原田容疑者は、天理教本部で催されている「お節会」に来ていた。
「酒を飲んで酔っぱらい、記憶にない」と話しているという。>
 何ということか。こうした恥ずかしいニュースは天理時報には決して
掲載されませんが、事実である以上、ここでお知らせすることにします。
事実にフタをしてウヤムヤにすると、同じことが繰り返し起こらないと
は限りません。たかが痴漢容疑といわずに会長は厳しく処分されるべき
でしょう。お節会の名を汚し、多くの教会・信者に迷惑をかけながら、
その責任をウヤムヤにするようなことがあれば、社会的信用に関わりま
す。
 ちなみに「教会名称録」で調べてみると、容疑者が会長をつとめてい
る教会は、山陽大教会系統で最も古く明治29年に設立され、部内が16
カ所ありますから、会長は恐らく4代目か5代目に違いありません。こ
れだけ記せば、あとは大体の状態が推測できるでしょう。どんなつもり
で教会長の「仕事」をしているのか、直接本人に聞いてみたいくらいで
す。
 正月早々とんでもない記事で終わることを、申し訳なくお詫びいたし
ます。


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<心のテープ>(25号)痴漢事件その後
配信日:2008/1/17

 前号でお節会最中のとんでもない痴漢事件の新聞記事を転載しました。

その後、天理市内で出会ったようぼく・知人の反応を聞いてみたところ、
見方は人さまざまでした。
 意見を聞いたのは、男女を問わず年を取った人が多いのですが、
「酔っぱらった上のことだから」と同情する男性あり、「昔は女にそん
な振舞いをしても誰も問題にしなかった。太腿やお尻を触られるくらい
私でも経験している」と問題にしない高齢の婦人もありました。むしろ
、男がチョッカイを出したくなるのは自分に魅力がある証拠、と受け取
っているようでした。
 三島商店街の店員さんにしても、一度なら笑ってすませたかも知れま
せんが、半時間後に再度別の女性経営者(24歳)に抱きついたため警察
に通報したのでしょう。

 今回の事件は、暴力や傷害、強盗殺人の犯罪ではなく、軽微な迷惑行
為には違いありませんが、問題は昔と今の時代の違いにあります。いま
女性からセクハラと訴えられるような行為も、昔は問題にならなかった
ことは確かです。
 それだけ女性の人権意識が強くなり、男女平等になったのは、悪いこ
ととは言えません。そのような社会の変化を自覚していなければ、信用
されなくなっても仕方ありません。
 思えば古代の昔から武器を振り上げて戦ってきたのは男性です。それ
が拡大して正義をふりかざした戦争となり、今も武器による闘争が続い
ています。そのかげで女性は犠牲を強いられてきたのです。
 中山みき教祖を迫害したのも男性による権力でした。今にして「ろく
ぢに踏みならされた」社会では、男の横暴が許されなくなったのです。
少なくとも陽気づくめの平和な社会に近づくためには、人類の半分を占
める女性の目覚めが必要でありましょう。
 親神様が望まれる陽気づくめの男女関係は、愛のある性であり、愛と
性を切り離したり、あるいは愛と性を混同する行為ではないのです。
ダメな男ほど、女性に限らず弱者を思うように支配したがるものです。
 
 話が拡がってしまいましたが、じつは事件があった8日から1週間目
の昨日16日、警察に逮捕された当事者の名田島分教会(山口市)に電話
しました。私自身、この事件について判断に迷うこともあり、事実を公
表した以上、その後の経過を報告する責任を感じたからです。
 電話口に出られたのは会長夫人でした。
「もしもし、じつは奈良県内の教会の者ですが、8日の朝日新聞奈良版
の記事を見たのですが、会長さんが帰っておられたら話をお聞きしたい
と思いまして・・・」と、取り次ぎを頼もうとしたら、
「まだ天理から帰って来ていませんので」との答えでした。まだ身柄を
拘束されているのか、あるいは詰所に滞在中なのか、つい聞きもらしま
した。
「信者さんからいろいろ事情を聞かれるので、その後の経過を知りたい
のです。酒の上のことだからと同情する人もありますが、今の難しい時
代ですからね。大教会を通して本部から何か連絡がありましたか」
 その質問には、はっきりした答えはなく、
「会長の辞職願を出しましたから」との返事でした。
「それは大変でしたね。魔が差したということもありますが、一から再
出発の心定めで頑張って下さい」と、私は慰めと励ましの言葉をかける
しかありませんでした。
「ほんとうに迷惑をおかけして・・・信者さん方にもよろしく申して下
さいますように・・・」と、奥さんは消え入るように言われました。
 やはり私は男性の会長より、困り果てた夫人に味方したい気持ちにな
りました。
 
 正直なところ私には、この事件の結論は出せません。
 若い世代の読者に限りませんから、これまでの報告に対して率直なご
意見があればメールで聞かせて頂きたいのです。たかが酔っぱらった挙
句の暴走に過ぎないと受け取られるのなら無視して頂いて結構です。
 もしご意見を送って下さる場合は、迷惑メールと見分けがつくように、
タイトルには「心のテープへの投稿」と明記して下さるようお願いしま
す。(匿名でも結構です)


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<心のテープ>(号外)阪神大震災の日に当たって
配信日:2008/1/17

 早くも13年目を迎えることになり、毎年の追悼行事が催され、マスコミ
はさまざまに特集記事を載せています。いのちを失った人、生き残った人、
その家族には言い尽くせぬ感慨があることでしょう。本人でなければわか
らない体験が心の底に刻印されていることでしょう。

 天理市に住む私は第三者でしかありませんが、それでも震災後10日目に、
キャリアに食糧を載せて東灘区の県営住宅に住んでいたようぼく一家を訪
ねました。幸いその一角は倒壊を免れていて、横浜の親戚に疎開したとい
うメモがドアに貼られていました。
  
 せっかく持参した食料品は、近くの小学校の校庭に建てられたテントに
寄付しました。そこに避難していた人々は、意外なほど落ち着いて冷静だ
った様子が記憶に残っています。戦争中の空襲と違って、神戸周辺を除く
と世の中が平和で安定していたからではないかと思いました。
 震災直後から毎日、おぢばからは握り飯や飲料水その他の救援物資をト
ラックに満載して神戸へ運ばれていました。


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<心のテープ>(号外)痴漢事件に関する投稿
配信日:2008/1/22

 前号の末尾に次のようなお願いをしました。
「これまでの報告に対して率直なご意見があればメール
で聞かせて頂きたいのです。たかが酔っぱらった挙句の暴走に過ぎない
と受け取られるのなら無視して頂いて結構です」
 その結果は、今日現在で受信した投稿は2通でした。
 新聞も普通の職業の人が起こした痴漢事件なら無視するのでしょうが、
警官や裁判官や教師や宗教家が起こした場合はニュース価値があるので
報道したのでしょう。
 どうやら真正面から取り上げたのはオトナ気なかったようですが、
せっかく投稿して頂いたので、その一部を紹介します。
 
☆男性ようぼく(40代)
<まず、酔った上でのことだから・・というのは、まったくあてはまり
ません。お酒に酔ったら、多少のことは許されると考えるのは、大きな
間違いです。
 多少のこととは、肉親者とかに暴言を吐く程度ならということで、そ
れでも難しい時代です。あまり、面識のない若い女性の体に触るという
のは、「酔った」状態という理由では、見逃すことはできないでしょう。
お酒に関しては認識を新たにされたほうが、飲酒運転による大きな事故、
配偶者への暴力、などがあげられます。
 お酒に酔うという状態は、医学的にも難しく、多くの場合に「酔った
フリ」をして、記憶にないとか、覚えていないとか、言います。
 また、植田先生が山口の教会にまで電話をされたことには、驚きま
した。
 天理教内部の、よく知っている者同士の論理と、世間との隔たりを、
再度思い知らされたように感じましたので、メールをさせて頂きました>

☆女性ようぼく(年齢不詳)
<やはり、事情身上は、節であり、花です。
 事情身上のなかから、心をつかい、成人し、神の深い愛がわかっていく
のではないかと思います。
 この成人させてもらえた時も、神様の大きな御守護であるような気がし
ます。
 価値を逆転させて、色々思あんさせてもらうと、見えてくる世界が変わ
ります。
 会長さんがいけないように見えますが、かえって、回りが変わるときに
来ていたりします。
 会長さんを責めている間は、見えてきません。
 もちろん被害者をせめても、同じです。
 神様を恨んでも駄目です。>

 この女性の意見は、何事も心の成人をするための肥やしとして「節から
芽が出る」ように受け取ることが大事、と提言されたのだと思います。
 その後に次の「追伸」も頂きました。
 
<もう少し付け加えさせてください。
 下記の考えが、基本になっています
 セクハラは、相手の了解をとっていない以上いけないことです。
 相手の了解がないということは、相手に恐怖を与えます。
 恐怖は、恨み腹立ちの心を起こします。
 恨み腹立ちの心は、争いの元となります。
 争いは、世界助けの邪魔になります。
 慎まなければいけない行為です。
 相手の方には、誠心誠意謝罪する事だと思います。
 恨み腹立ちの心を、昇華させることは、暴力連鎖の根を切るのにとて
も大事です。
 会長さん始め、周りの方が、この件を受け入れるにはどういう心にな
ったら出来るか。
 そこに、成人があると思います。>

 以上、投稿の一部だけを転載させて頂きましたことをご了解ください。
 次号からは、もっと必要な肝心かなめのテーマについて送信したいと
思います。


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<心のテープ>(26号)結核感染者2800万人の現実
配信日:2008/1/24

 先日何気なくテレビを観ていると、今どき珍しく結核の特集番組であっ
た。何と2005年の統計では、日本全体で結核菌の感染者が2800万人、
つまり日本人の4人に1人が知らないうちに結核菌に感染していることに
なるという。
 世界では、総人口の約3分の1(20億人)が結核に感染しており、毎年800
万人が新たに発病し、200万人が命を落としている。その多くはアジア地
域をはじめとする開発途上国で発生している。
 昨年4月1日には結核予防法がおよそ50年ぶりに改正された。乳幼児へ
のツベルクリン反応検査は廃止され、BCG接種を生後6ヶ月までに行うこ
とになった。
 日本国内でも、結核は時限爆弾のようにじわりじわりと蔓延している。
 
 もちろん感染しても発症する人は1割しかないというが、患者は若者
と高齢者に多くみられる。肺結核は半世紀前までは不治の病といわれ、
多くの若者が命を失ったが、特効薬の抗生物質が発見されてからは過去
の病気と見られてきた。昔は予防のためにBCGワクチンを接種すること
が義務づけられていたから、殆どの高齢者の腕にはその瘢痕(はんこん)
がある。
 
 結核菌の特徴は、体内で6〜70年経っても眠ったまま生きていること
にある。つまり寿命がないようなもので、過労や免疫力が低下すると目
を覚まして
肺組織を破壊し穴が開く病気である。長引く咳は赤信号といわれる。
 今は薬を半年服用すると治るが、途中で止めると耐性ができるので、
少なくとも9ヵ月は続ける必要があるという。
 
 他人事ではなく、私自身24歳で、青年会本部発行の月刊誌「あらき
とうりょう」編集部に勤めていた頃、カゼをこじらせて肺浸潤(結核
の初期症状)と診断され、1年近く自宅療養したことがある。その間、
熱が下がると殆ど自覚症状はなくなったので、強い関心のあった目的
(心理学関係の読書)に集中していると、不思議に早く治癒したこと
を覚えている。だから、病気を忘れて好きな目的に熱中することが最
善の治療法といわれる意味が理解できる。
 私の楽しみは健康回復したら二度目の家出(?)をすることで、1
年後には希望通り京都へ独りで移り住むことになった。

 さらに話は昭和10年代の昔にさかのぼるが、私がまだ小学生の頃、
私の兄2人は結核のため出直した。2人とも19歳の若さだった。兄の
臨終の様子を子ども心にうっすら憶えている。
 その後、私も19歳が近づくにつれて、自分も同じ歳でこの世を去る
運命ではないかと密かに恐れを抱いたことを思い出す。そう思うと、
のんきにしていられない気になって、早く為すべきことをしなければ
命がなくなる、と本気で焦ったものだ。
 
 今にして青春の夢を残したまま死を迎えた兄たちを思い出すたびに、
もし兄たちが病気で出直さなくとも、おそらく戦争に駆り出されて殺
すか殺されるかの戦場で悲惨な戦死をしたのではないかと想像すると、
むしろ家族に看取られて畳の上で息を引き取ったほうがよかったと、
せめてもの慰めを感じるのだ。
 事実、南方戦線に派遣された兵士たちは途中で輸送船が撃沈されて
海の藻屑になったり、戦うどころが食糧欠乏のために餓死した兵隊が
半数を超えているという。
 結核の特集をテレビで観た機会に、結核にまつわる体験と情報を書
き込んだ次第です。


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<心のテープ>(27号)正月二十六日
配信日:2008/1/31

 今年平成20年の1月26日の春季大祭は、数日前に無事つとめられま
した。寒中にもかかわらず、おぢばは全国各地からの参拝者で賑わい
ました。
 そこで20年という数字から思い当たるのは、教祖が現身をかくされ
たのが明治20年、戦争が敗戦で終ったのが昭和20年、そして今年が平
成20年ですから、何か偶然とはいえないものを感じます。いずれも天
を揺るがすような大変動が起こった刻限だからです。
 ちなみに明治20年の前年、旧暦12月8日、教祖が風呂場からお出ま
しの時フトよろめかれて、
「これは、世界の動くしるしや」
と仰せられた日は、まさに太平洋戦争開戦の日と一致しています。
 あたかも今年は正月早々アメリカ発の不況が世界を席巻しています。
株価が上がろうと下がろうと自分には関係ありませんが、マネーゲー
ムに翻弄された資本主義の末期症状が表面化した異常な状態に違いな
いでしょう。
 
 今年平成20年の予測は別として、いま一度、明治20年正月26日を
ふりかえってみるのもムダではないでしょうから、手元にある二代真柱
著『ひとことはなし・その二』を開いてみることにします。
 この著作には、二代真柱ご自身の母(玉枝様)からの聞き書きや、
現存していた側近の人たちの書き残した史料にもとづいて、26日前後の
様子がくわしく記述されています。
 明治16年以来、教祖が最後まで移り住まわれていた御休息所は4畳と
8畳の小さな建物でした。御休息所の南に隣接して「つとめ場所」があ
り、北には土蔵が建っていました。
 教祖がお隠れになった明治20年に玉枝様は数え年11歳でした。その
母から聞いた話が前記の『ひとことはなし』に記録されています。
(現代表記に修正の上、カッコ内は筆者による注記)

<その頃私は常に八畳の間で姉やん(梶本ひさ)と一緒に寝起きしてい
ました。教祖様はその西側の上段の間においでになっていました。傍に
ついて世話していたのは、姉やんと新建の叔母やん(教祖の長女まさ)
とであった様に覚えてます。そして御気分のよい時には、
"玉さん此処へ来て一緒に寝、ねむりいったらお久にそっとそっちへつれ
て行ってもろたげるから"
と仰って御自分の側へ寝かされたが、何ぼ子供でも教祖様の側だし、そ
れに長四畳の狭い部屋なのだからゆっくり寝られませんでした>
 
<丁度正月二十六日の事、八畳の間に居るとお父様(初代真柱)が来ら
れて、
"いと、今日はお前もお勤めに出よ"
と、仰いました。そしてお琴に出して貰ったんや。誰と誰とが出たのか
判然とは覚えてない。(中略)教祖様のお側には、叔母やんと姉やんと
二人がつききりにお世話申していたんや。
 お勤めはその頃はまだ家の外にあった甘露台でつとめた。十二下りも
その前で、南から北向きに──丁度今の様に──勤めた>
 
<おつとめを終わってから、よしゑさん(飯降本席長女)に手をひかれ
て勤場所の上段に祭ってある神床に参拝した。
"教祖様(おばあさま)はもうようなって下さったやろか、御飯も上がっ
て下さるやろな"
と話しかけると、よしゑさんも、
"そうでしょうとも"
と言っていられた。
 そして八畳間の入口まで送ってもらってよしゑさんは帰った。
 私は八畳の間へ入ったが誰も居なかったので北へ廻って、いつもの様
にこわごわソッと障子から中を覗いた……>
<ソッと覗くと、いつの間に来て居られたのかお父様はもう来て居られ
て、真赤な顔をして、
"いと、早よ来い"
と大声に言われたのや。教祖様が寝て居られるのにあんな大きな声を出
してとちょっと変には思ったが、それでもまさか御昇天になっているの
だとは思わなかった。
"いとちゃん、教祖様がこんなになられた"
と姉やんが私の手を教祖様の顔にもって行ったが、それでもまだ息が引
き取ったとは思わなかったが、
"冷たいんやな、教祖様はもの言わはらへんねがな"
と言われて初めてそれと知って、
"わァ"
と大声で泣いたので、
"泣くな"
とお父様に叱られたのを覚えている。それからお父様は、
"皆に話して来るから、いと、教祖様のそばを離れてはいかんで"
と出て行かれたが、その時には叔母やんも居たように覚えている……>

<後になってから姉やんに聞いた話やが、皆がお勤めに出たあとで、叔
母やんと姉やんと二人でお側に居たんやが、陽気なおつとめの声を聞い
て教祖様は心地よさそうにすやすやとおやすみになった。そこでその時
まで始終お側に居た叔母やんが、
"お久そこに居て、わしは一寸拝んでくるから"
と言って、十二下り目にかかったと思われる時に出て行かれた。丁度"大
工の人も揃い来た"という最後のお歌が終わる頃、教祖様は一寸変なそぶ
りをされたので、
"お水ですか"
と言ったが何とも御返事がない、それでも水を差し上げた処、三口召し
上がった。
"教祖様(おばあさま)"
と重ねてお呼び申したが、何とも御返事がないので、大いに驚いて、
"誰か居ませんか、早く真之亮さんを呼んで来て下され"
と大声で呼んだが、そこに誰か居ったか居なかったか知らんが、やがて
叔母やんも真之亮さんも来たのや。(中略)教祖様の御昇天になる時に
お側に居ったのは私(おひさ)一人だったとの話や">

 26日前後のおやしき内外の状況は『稿本教祖伝』の巻末に詳しく記さ
れていますから省略します。この日、教祖の望まれる「つとめ」に踏み
切るためには、それまでに真之亮との神人問答が重ねられたのですが、
いざ我が身どうなってもという心を定めてつとめ終わるまで、誰一人警
官が現れなかったのは不思議としか言いようがありません。
 当日の記録では、参拝者はおやしきの庭にあふれ結界も壊れるほどで、
無慮数千人といわれています。
 
 明治20年1月9日(旧19年12月26日)の教祖のお言葉として、
「さあ\/年取って弱ったか、病で難しいと思うか、病でもない、弱った
でもないで。だん\/説き尽してあるで。よう思やんせよ」
 と記録されています。しかし側近に人々にとっては、教祖のご気分が
優れず何も召し上がらない状態が心配で、上田嘉助(上田奈良糸実父)
の親戚にあたる西村勝次という医師の診察を受けたところ、老衰という
診断でした。
 
 当時、道の教えが広まれば広まるほど「医薬妨害」と誤解され、おぢ
ば近辺の医者が談合して、信者の診療を拒否し死亡診断書を出さないと
取り決めていました。もしこの取り決めを守らない場合は違約金を課し
ていたのです。
 西村医師はこの取り決めを無視して教祖の死亡診断書を書いたことが
知れて、違約金どころか医者仲間から除外すると言われて診断書を取り
戻しに来たため、大阪の森孫平という医師に依頼して役場へ死亡届を出
したということです。
 
『教祖伝』には、ご葬儀について何も触れられていませんが、二代真柱
著『ひとことはなし』には詳しく葬祭について記されています。埋葬の
場所、火葬の是非についても村の世話役や側近の間でさまざまな議論で
もめたようです。中にはおやしき内に埋葬すべしとの意見もありました
が、それは法律の上から不可能でした。
 結局、頭光寺の中山家の墓地に一時的に埋葬し、葬儀は神式で執り行
われました。
 そうと意見がまとまるまでの間に、飯降伊蔵様に下がったおさしづが
あります。側近の増野正兵衛の日記に残されている神言の大意は『ひと
ことはなし』にも記されていますが、原文がないためか、公刊された
『おさしづ』7巻本には掲載されていないのです。最後に引用させて頂
きます。
 
「身はかくすが、たましいは此のやしきに留まって生前同様、万(よろ
ず)助けをする。此の身体は丁度身につけてある衣服の様なもの、古く
なったから脱ぎすてたまでの事、捨てた衣服には何の理もないのだから、
何処へすててもよい」


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<心のテープ>(28号)アメリカの新しい風向き
配信日:2008/2/7

 アメリカの次期大統領予備選挙に、私は無関心でいられない。アメ
リカの属国とまでいわれる日本の現実は、その風向きが変われば大き
く影響されるからだ。自民党政府は相変わらずブッシュ大統領のご機
嫌ばかり伺っているが、もはやアメリカではブッシュの支持率は低下
するばかりになっている。
 あたかも6日はスーパーチューズデーということで、多くの州で予
備選挙や党員集会が行われ、民主党のヒラリー候補とオバマ候補は互
角の接戦となった。
 
 もし経験と知名度でまさるヒラリー候補が大統領になれば、アメリ
カで最初の女性大統領が生まれることになる。一方変革を訴えている
オバマ候補は、やはり初の黒人大統領となる。半世紀前までは公民権
も与えられず差別されていた黒人が互角の選挙戦を演じているだけで
も、アメリカの風向きが変わったことを感じさせられる。
 
 オバマ氏の父はアフリカのケニア人であり、白人の母とは留学中に
知り合い、ハワイで結婚したという。当時、アメリカ本国では白人と
黒人の結婚が認められなかったからだ。父が自動車事故で早く他界し
た後、母はインドネシアの男性と再婚したが、彼が18歳の時ガンで亡
くなった。
 家族とともに貧しい人々の環境で育ったオバマ氏は、若い頃から社
会変革を志し、弁護士を経て上院議員となった。彼にはかつてのケネ
ディ大統領に匹敵する資質があるとの評判もあり、とくに若い層の白
人の支持率が高いという。
 
 誰が次期大統領に当選するかは予断を許さない情勢といえる。が、
いずれにしてもアメリカの風向きは変わりつつあることは間違いない。
 それにしても、日本にもヒラリーやオバマのような大局的な判断力
と雄弁を兼ね備えた首相が出現しないものかと痛感する。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 <スジャータ めいらくグループ代表 日比孝吉氏の推薦のことば>
「50年かけて真実の理をまとめられた『元の神・実の神』は、
どなたでもわかるよう、平易に書かれた貴書である。修養科を修了
されている方にとっては、有益な手引書・座右の書となること間違
いない。自社には、修養科卒の社員約1000名、非常に心強い。
是非、一読を心からお勧めします」  
*スジャータでは、日比会長の指示で、修養科を修了した社員約
 1000名に本書をテキストとして配本して役立てています。


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<心のテープ>(29号)2月10日の月次祭
配信日:2008/2/14

 毎月10日はうちの月次祭。なかでも2月10日(日曜日)は私の誕生日
でもあった。歳は言いたくないが、当年とって76歳。心はいつまでも歳
をとらないから、まだ40代のつもりだが・・・。
 
 前日の9日は天理市も近年にない大雪となった。土曜から連休になる
ので、千葉から次男が、東京から三男夫婦が帰ってきてくれた。長男は
正月にゆっくり帰省したので、今月は遠慮するとの連絡があった。
 三男夫婦は東名高速を走って8日の夜中に天理に着いたのだが、もし
大雪が一日早くズレていたら、途中で立ち往生して帰り着けなかったに
違いない。これも小難は無難と思えば幸いであった。
 
 10日は雪の朝になったが、天気は上々。はじめて参拝しておつとめ奉
仕して下さった2人を含めて賑やかにつとめることができた。
 その2人のうちの1人は、昨年までケニアを往復して海外布教に専念
していたM氏。天刻サイトで氏の活動ぶりを写真入りで紹介したことも
ある。(詳しくはサイト内検索で「ケニアのおたすけ隊」と入力して下
さい)
 現地はキリスト教が広まっていて、ケニア人はみんな神様を信じてい
るから、おさづけの効能がどんどん現れている。身上が不思議に治って
いく姿を見ているキリスト教側は、布教所の神餞物を見て「バナナを拝
む宗教」と誤解して笑っているとか。
 ところが昨年の夏、M氏は現地滞在中に脳梗塞で倒れているところを
危機一髪で発見された。病院の治療よりもおたすけしたケニア人が取り
次いでくれたおさづけで回復し帰国できた。片手に残っていたシビレも、
帰国後に修養科へ再志願して、障害者の車椅子を押して通学しているう
ちに消えてしまった。M氏が身上障りを頂いたおかげで、家族揃って心
の成人ができたと感謝されている。
 
 もうお1人の参拝者は、若い頃から重度のアルコール依存症で入信し、
ワンカップを飲みながら修養科生活を送ったが、15年ほど前から一滴の
酒も飲んだことのないK氏。教友の紹介で1週間前に出会ったばかりだ
が、10日までおぢばに滞在して参拝して下さった。
 昔さんざん迷惑をかけた恩返しに、今は自分の体験を通して、同じ依
存症で苦しんでいる患者や家族のおたすけを続けている。実際、家族の
アルコール依存症で悩んでいる知人に連絡をとり、二度ほどK氏の体験
を聴いて原因を理解し、解決の糸口を見つけたと感謝されている。アル
コールに限らず、ギャンブル・ドラッグなどの依存症にも共通の原因が
あるという。
 
 前にメルマガ22号で報告した通り、新たに広くなったつとめ場所と参
拝所を与えて頂いたことに感謝しながら、それぞれつとめの役割につい
て奉仕して下さった。珍しく笛の音が響き、女鳴物の揃った賑やかなつ
とめになった。
 祭典後の挨拶では、初めての方々を紹介しながら、自分の信念を一言
聞いてもらった。
 私は基礎に専念してきたのだが、体験者の真に迫る説得力には脱帽せ
ずにはいられない。だから、基礎と応用のいずれも無視することはでき
ないと思っている。
 
 信心の基礎とは、かりもののご守護と一体となった意識を持ち続ける
ことだ。つまり、体内の臓器が互いに協力し合って生かされている姿を
手本として、全体のためにひのきしんの心で働くこと。例えば、競走す
れば心臓の鼓動が早くなり、多くの血液を手足に循環させ、体温が上が
り過ぎると汗が出てくるように。
 さらに「飲み食い出入り」のご守護によって老廃物が排泄され体内が
掃除されるから健康が保たれているように、また細胞のレベルでは、つ
ねに新しい分子が古い分子と入れ替わる新陳代謝が一刻も休みなく続け
られているように、心のホコリを掃除しつづけること。人工の機械でも
ホコリが詰まると動かなくなるのだから。

 月々につとめて下さるようぼくを含めて16人に過ぎないが、直会は味
噌味の鍋を囲んで談論に花が咲いた。
 直会の最中に、粋な演出を考えてくれたご夫婦があり、急に電灯を消
してカーテンを閉めたかと思うと、キャンドル・サービスが始まった。
ローソクを並べた見事なケーキが私の前に運ばれてきた。そんな大掛か
りな誕生日のお祝いをしてもらった記憶のない私は大いに照れながら、
二度失敗したあげくにキャンドルの火を吹き消した。後から皆で分け合
って口にしたケーキがとても美味しかった。
 
 二代真柱様は直属教会長の集まりである「かなめ会」の席上、「系統
は今では布教の妨げになっている」とはっきり発言されている。その発
言は会報にも掲載されている。布教の妨げだけではなく、ようぼくの成
人にも妨げになっていることは明らかだ。近くに教会があっても所属が
違えば余所者として扱われ、参拝もままならず孤立してしまうからだ。
一方で、一れつ兄弟と叫んでも、本音と建前が違っていては社会に通用
しないだろう。元始まりの理に系統はないし、教祖ご在世中に結成され
た「講」にも系統はなかった。
 
 しかし、長い年限の間に固定観念となった系統意識は、教会がギリギ
リになって行き詰まるまで、チョットやソットでなくなりそうもない。
目覚めた者からそのカラを破るしかない。
 誰にでも開放された教会でありたい。系統に囚われず、心あるよう
ぼくの集まる場所でありたい。改めてその思いを新たにしている。


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<心のテープ>号外 お詫びと訂正
配信日:2008/2/17

前号(29号)の一部の記事に誤りがありました。

終わりから2段目の書き出しに
「二代真柱様は・・・」とありますのは、
「前真柱様は・・・」の間違いでした。

つい錯覚して書き違えましたことをお詫びしますとともに訂正いたします。
発言そのものには間違いはありませんので、念のため申し添えます。


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<心のテープ>(30号)天理から姫路へ
配信日:2008/2/21

 16日(土曜日)朝に天理を発って姫路まで往復した。片道2時間半の
トンボ返りだった。この寒い最中に観光はないから、格好よく言えば
「おたすけ」が目的ということになる。
 じつはようぼく夫婦(共に39才)が借金・離婚・失職という三重の危
機を乗り越えるためのアドバイスに出掛けたのだ。ギリギリの瀬戸際で
掛かってきた電話に答えた私の一言で一応危機は回避したものの、電話
では責任を果たせないので、どうしても夫婦に直接会って話したいとが
あった。
 家庭の事情はプライバシーに関わるので書くわけにいかないが、私が
伝えた言葉の要点だけ記しておきたい。
 
 大阪から新快速に乗り換えて11時に姫路駅に着いた。夫のKさんが改
札口まで迎えに来てくれていた。先にネットで地図を調べていたので、
駅から姫路城まで歩いても行けるし、彼の住んでいるマンションも城か
ら歩いて行ける場所にあることはわかっていた。
 とにかく姫路城まで歩くことにした。彼と2人きりで話したいことも
あった。幸い薄日の射す天気で風もなかった。駅前から大通りを15分ほ
ど歩くと、さすがに世界遺産だけあって姫路城が見事なたたずまいを見
せて堂々と目の前に現れた。春には桜が見ものに違いない。敷地も大阪
城に勝るとも劣らないほど広々としている。
 しばらくベンチに腰掛けながら話すことにした。
 
 まず私の幼少年期の思い出を語った。私は末っ子として育ったので、
母にずいぶん甘えて育った。言うことは何でも聞き入れてくれた。いく
ら我が侭を言っても父にも叱られた記憶はない。
 このような家庭環境に育って成人すると、何をしても後始末は誰かが
してくれる、何をしても許される、だから自分の望みは何でも叶えられ
る、というような甘い考え方のオトナになり勝ちになる。
 
 ところが私は12、3才の戦争末期に、極度の食糧難の最中に全寮制の
中学で、数百人の少年たちとともに寮生活を送った。それは、少ない食
糧をめぐってのトラブルをはじめ、僅かな食糧を平等に分け合ったり、
厳しい集団生活であった。「独り占め」は最も重い罪として制裁を受け
る対象となった。
 その2年間の体験で、私はつねに他人の気持ちを意識するようになり、
自分の思うようにはならないことを知り、自分ひとりの満足よりも連帯
の歓びを経験することができた。
 
 今の世の中には、依存症と呼ばれる心の疾患が蔓延している。アルコ
ールにしてもギャンブルやドラッグにしても、依存症には共通の原因が
ある。
 つまり、幼児期に親に甘やかされて育った人は、成人してからも無意
識のうちに、酒やギャンブルで借金しても周囲が何とかくれるという甘
い考え方になり、安易に依存する気持ちを抑制できなくなる。これが依
存症の一つの原因となるようだ。
 
 私の場合、少年期に寮生活を体験したために他者の気持ちを意識する
訓練ができたのでバランスをとれるようになったが、そうでなければも
っと甘い考えに陥っていたに違いない。ある意味で依存症は、自分がど
んな失敗をしても他者がたすけてくれることを信じているという点で、
自信過剰が原因ともいえるだろう。
 
 逆に幼児期に親から放置されて育った人は、親への信頼感を失ってし
まう。親さえ信じられない子どもが成人すると、まして他人を信じられ
なくなる。
 この場合、他人に依存できないから、自分しか頼るものはないという
気持ちに凝り固まってしまう。その極端な結果が、平気で他人を殺傷す
る犯罪者になる危険性がある。
 
 以上のような話をしているうちに寒くなってきたので、立ち上がって
マンションまで歩くことにした。また15分ほど歩きながら話しているう
ちに、きれいな8階建てのマンションに着いた。3LDKの広さで、家
賃の6割は会社が負担してくれるという。彼がギャンブルで作った借金
も、夫婦が元通り力を合わせる気なら会社が肩代わりしてくれるという。
今時そんな親切な会社は探しても見つからないだろう。
 もし離婚した上に20年勤めた会社をクビになれば、このセチ辛い世の
中で一から仕事や住居を探して立ち直ることは難しい。
 玄関でKさんの妻が出迎えてくれた。18才になったばかりで修養科を
修了した彼女は、結婚後に夫に別席をすすめ、おさづけを拝戴した。
 部屋の奥から、この春に高校に進学する長女、中2の次女、離れて生
まれた小3の末娘が挨拶した。ここ数年会わない間にみんな大きく成長
していた。
 
 やぐらこたつに入って暖をとりながら、今度は夫婦揃ったところで、
次のような話をした。
 人という字が示すように人間は一人で生きていけない。もたれ合うこ
とは必要だが、一方がもたれ過ぎると相手を倒してしまうこともある。
本当はもたれ合うのではなく、支え合うことが必要ではないか。家族と
自分が一体となる意識をもてば、自分だけの満足ではなく、家族みんな
の満足が何より大切に思えるようになる。
 もちろん、時には妻が夫に甘えてもたれることも大事だろう。夫は信
頼できないから自分だけを守ろうとする気持ちでは夫婦は成り立たない。
信頼されて初めて人は立ち直ることができるものだ。
 体の特徴が子どもに遺伝するように、親と同じ道を子どもも通る結果
になる。この道は、親が間違った心の種を子どもに残さないために信心
していることを忘れないようにしてほしい。
 
 帰り際にKさんは「今まで自分に甘かった」と反省の言葉を口にして
くれた。過去に囚われず前向きになって、くれぐれも夫を信頼するよう
に、と私は奥さんに念を押した。
 夕方までに天理に着かなければいけない用事があったので、私は帰路
につくことにした。
 外にはいつの間にか粉雪が舞っていた。タクシーを呼ぶと言うKさん
の言葉を遮って、運動になるから駅まで歩くと私は言った。駅に自転車
を預けてあるというKさんの道案内で、粉雪が舞う道を約30分歩いて駅
に着き、幸い新快速の電車に間に合った。


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(No.31〜60 に続く)