「そして彼女は片目を塞ぐ」について

 

 

 

2001年冬、気付いたら友達が死んでいた

正月以降メールこないなと思っていた

 

                       

 続いて春にももう一人友人が死んだ

 両方とも自殺だった

 彼女達はあまりに多くのものが見えすぎたようだった
だから、片方の手で目をおさえてみる。そうすると
世界は半分しか見えなくなる。醜悪なものも半分に
減る。そうやっていきのびてきた人たちだったと思う

でも、死んでしまった

 きみが悪いほどに自分は何も感じていなかった。泣きも
怒りもしなかった。死ぬということはもう会えないし肉体も
ないんだってことがうまく認識できないでいた
 感情が凍りついていた

 ただ、わたしには彼女達と一緒に議論してみたり、
お茶をのんでみたり、ねころんでみたりしたということだけが
残った

 周りの友達ともその死についてあまり語ることは
なかった。ひっそりと時間がすぎていく。このまま、
彼女達が存在したことが風化していくんだなあと思った。

残酷だけれど

 理不尽だってことは分かっている
わかっているけれど、何ができるというのだろう?
政治運動や宗教やそういうことでなにかが
かわるというのだろうか?

 つづっていくことだと思った

 私が抱きしめた彼女達の体温と、息遣いと、
そういう彼女達のあまりにも若い時期の
まだ無垢でそして残酷な面をすこしでも
私の手のひらの中に閉じ込めたかった

 あの時間を閉じ込めたかった

 だから私は撮った

  無駄にまじめで、ユーモアが無く、不器用で、
極度にトロく、口もたたず、権力も金もなく
人と関係を持つことが怖い自分が出来ることは

 そういうことくらいだった

 

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