- 人生は学校である -
我以外皆わが師

野蛮化する日本の社会環境
親父狩りに遭遇した体験から


     新世紀を迎え日本では16歳の少年達の殺傷事件が増えている。新聞やテレビで次から次とまあ、堰きを切ったように流行りのように事件が続いている。 私は、あれはしつけをしなくなった家庭、学校、そして社会の間違った教育理念の結果であると思う。
     野生動物の社会では自然のルールを知り、それを尊重しなければ生き伸びれないきびしい現実がある。 ところが人間社会では文明が進めば進むほど、過保護に育ちながら、犯罪を犯しても罰せられないおかしな法律に守られている少年社会があり、我慢することや、相手を尊重することなどはできない人間が増えている不自然な人間社会が形成されている。そしてそういう異常事態に気付く人が少ないのではないのだろうか。
     もしああいう少年達に出くわしたら私は社会のためにも半殺しくらいに痛めつけて徹底的に反省させるべきだと考えていた。ニュースを見る度に、人の命を尊重できない人間は社会にのさばらせるべきではないと、怒りを押さえることができないくらい激情していた。(ADHD症状)
     ところがある日突然その状況に出くわしてしまった。

     2000年7月にブラジル赴任を控えた6月のある夜、職場付近の仕事の帰りにそれはおこった! 新宿にあるジャイカ本部に通勤している身で背広にネクタイの標準サラリーマンの格好で、チリに赴任する友人の送別会の後、終電に乗ろうと千鳥足を急がせていた新宿駅南口のすぐ前で若い人間にぶつかり、いきなり「てめえ、ぶっ殺してやる」と数人に囲まれてしまった。よく見ると、16歳前後のモヒカン刈り頭でだぶだぶズボンの暴走族風の男女5人組だった。とっさに「おお今どき流行りのガキ供だ、さすがにリストラ不況の日本で威勢がいいのはこいつら位か」と考え、なぜか嬉しくなってにこにこしていると、 「おい、こいつ気狂いじゃねえのか」「てめえ死にてえのか」と、黙っていれば口先だけは威勢がいい。 しかしこいつらは実力もなく、相手を見分ける能力もないバカ供であることが一目瞭然だった。私のネクタイを引っ張った少年を平手で押し飛ばしたら「おとなが殴っていいのか」と情けないことをいう。人に喧嘩をうっておいて押した位で殴ったと喚くがきどもは喧嘩はできず駆け引きだけで俺から金を揺すり取ろうとしているのだろうか。私は怒鳴った。「押したくらいで泣き言をいうようなモヤシどもが、俺が殴ったらお前達の顔は潰れてるわ!」 中にはやばい相手に絡んでしまったと思っているのが顔に出ていた少年もいた。

     実際中米などで見かけるチンピラは目つきが鋭く、よく相手を見てからリスクの少ない相手を襲うが、私みたいな人間はみんな遠慮する。 以前ニカラグアのやばい仕事(水力発電ダム建設計画調査)から帰って、新宿の歌舞伎町で飲み会があった帰りにやくざ風の男にぶつかってやはり「てめえ、どこに目をつけてやがるんだ」と怒鳴られたが、ニカラグアでは地雷原を歩いてきたり、ゲリラに機関銃を向けられたりして仕事をしてきたテンションも高かったこともあり反射的に「てめえこそぶっ殺されてえのか」と相手よりも大きな声で怒鳴り返したらすぐにいなくなってしまった。(素直でよろしい、かわいいぞ)



     実は、私は少年期を南米の牧場で育ち、体重500キロ前後の牛によく追いかけられたりして育った。

     腰にピストルを下げて、ライフルを担いで猟に行ったりもしていた。しかし、牛は大事な商品であるから銃をぶっ放すわけにはいかない。脅かすつもりでも他の牛まで寄り付かなくなる。
     当時のうちの牧場は野性的な牛ばかりで、この牛たちは群れの中で上下の関係を作る習性があり、人間も含めてどっちが上なのかを見極めようとする。こいつは自分より下っ端だとみるとかかってきて、一度ナメラレたらそれからはいつも脅かされて逃げ回るはめになってしまう。
     牧場主の跡取として牛になめられればカーボーイたちにもなめられることになるので、17歳の頃からは、棒切れをもって向かってくる牛を張り倒したりしていた。

     しかし、21歳の頃、手には予防注射器だけで丸腰の状態の時に角の長い暴れ牛に正面から突撃されたことがあった。 死ぬかと思った瞬間無意識に回し蹴りが出て、牛の頭の耳後ろにヒットして突進コースが変わり間一発でかわすことができた。それからはその牛もカーボーイも私に一目おくようになった。そして私は、牛に負けない自信がついた。(当時の話) 牛以外にも猛犬や人間なども怖さを感じなくなった。(体重500キロ位まで相手にできる自信。)「危険な相手に背を向けることはもっと危険だ、相手がやる気なら勝敗を気にせず全力で立ち向かわなければならない」というサバイバル本能が染み付いてしまった。そしてそのサバイバル空手を多くの学生たちに教えたりもしてきた。<私のサバイバル空手>



     しかし、新宿で出会ったこのガキ供グループは、女の子もいて多くの通行人が見ているなか、プライドがあり後に引けない状態になっていた。(こっちは機関銃を向けたやつらとも喧嘩する人間だってのに) しばらく睨みあった後、私もまともに喧嘩をする気はなくなっていたが、「てめえ死にたくなかったらさっさと帰れ」といわれれば、私も人をぶっ殺すと喚く危ないバカどもをほっとくわけにはいかないという単純な正義感で「ここはみんなが歩く公道だ、おまえらの家でもあるまいし、ガキこそ人に迷惑をかけるようなまねは止めて帰れ!」と返してしまった。 しかし、はじめの正義感もだんだん冷えて冷静になり「下手に殴って怪我でもさせると自分がブラジルに行けなくなる」「新聞に変に書かれたら、俺もこの業界では仕事ができなくなる」という変なサラリーマン根性が出てしまった。 そして怪我をさせずに痛めつけるにはどう料理してやろうかと悩んでいる間に、酔っぱらったおせっかい親父が私に向かって「ここは私に免じて大人しく帰ってくれ」と仲裁に入ったが、私としてはこういう機会はめったにないので、チャンスを逃したくない気持ちが強く、「こういうやつらをのさばらせるから平気で人を殺してあるくんだ、反省させろ」というと、今度は少年達に向かって「ここは私に免じて勘弁してくれ」というと少年達は「この親父に免じて帰ってやらあ」と捨て台詞をいって行ってしまった。

     一部ではほっとしたが、こういう少年達をいっさい咎めず、黙って金を出したり、暴力を震わせたりさせる大人の社会に問題があるのではないのだろうかとつくづく感じさせられた。 そして多くの通行人が見ていながらだれも彼等の横暴を止めさせようとするものはいないのか。(あの酔っぱいのお節介親父はもしかしたら酔っ払ったふりをした少し勇気ある仲裁者だったのかも) しかし、これらの横暴を野放しているツケは誰かが犠牲になって払うことになるのだろう。 日本社会の懲りない面々だろう。 

     社会水準が向上するにつれて治安も安定してくるラテンアメリカでは、私の第六感の危険感知機は最近全然反応することがないくらい危険は少なくなってしまったが、たまに日本に帰ると、外国進出のマフィアがのさばっていたり、少年の犯罪グループがのさばっていたりと海外より危険度が高くなっており、上り詰めた社会の野蛮化を感じている。 (私の夢のサバイバル学校は途上国よりも今の日本に必要なのかも)



    <私のサバイバル教育>