![]() 我以外皆わが師 |
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新世紀は帰属超える「個」の時代
新世紀に注目すべきは、日本といわずどの国、どの民族が高度成長を遂げるか、支配的な地位を占めるかではない。情報革命の深化により、国や組織への帰属から解放された個人が生まれ、距離の制約を解かれた地球規模の自由な活動が始まることだ。
2002年には地球の裏にあるブラジルで、吉川栄治作の宮本武蔵ポルトガル語訳がベストセラーになりました。サムライ精神がブレイクして、ブラジルからブラジル版サムライたちが日本に殴りこみに来るようになりました。 日本では、宮本武蔵に続いて新撰組もブームになっていますが、新撰組は百姓がサラリーマンになるひとつのチャンスとして、命をかけての脱皮を描いています。マンガ「サラリーマン金太郎」もそうです。 しかし、宮本武蔵は、百姓から仕官(殿様に仕えるサムライになること)しようと戦(いくさ)に参加し、破れて落ち武者になり、散々な経験をして誰にも仕えず自分の武士としての技と道を求めたのでした。そして生きるために百姓もしたりしています。 いざとなれば百姓もできる宮本武蔵だったから、仕官(就職する)する必要もなく、殿様や役人に媚をうる必要もなかったのです。これがカッコイイと思います。職をもっていれば、またはなにか芸をもっていればどこでも生きていけるのです。戦国時代に落ち武者たちは傘貼りをしたり、用心棒をしたりいろいろなサバイバルスタイルがあったようです。しかし、一番人間としての尊厳を守り経済的に自立できる職業は農業でしょう。 スエズ運河建設の大事業を成し遂げたフランス人元外交官のレセップスは、外交官をリストラされてから田舎で農場管理をしていました。60歳近くしてエジプトの王様よりスエズ運河つくりの依頼があった時にはもう駆けつけて期待を裏切ることなく見事な仕事をして見せました。 今リストラの経験をした人は、仕官をやめて宮本武蔵のように独立したサムライを目指す時なのかもしれません。そして国際化する日本と国際化する世界で生きていく「インターナショナルなサムライ」の時代がきたのではないでしょうか。
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