

おもに大学院時代に研究していた小説家・牧野信一=通称<ギリシャ牧野>の小説「村のストア派」
について論及した論文。牧野信一については、その他にも、幾つかの論文を発表している。小説とは
何か、私小説の形式と方法、文学と笑いといった問題を考えるには、非常に役に立つ作家である。近
い将来、別の角度から、本稿の続篇を書く予定である。
なお、当サイトに掲載するに当たり、若干の加筆訂正をおこなっている。
牧野信一については、下記のホームページのなかで、詳しく紹介されている。
参考にしていただきたい。
続・西部劇通信 http://www2.gol.com/users/connec/makinos/
初出:「シュンポシオン」第1号/1996年3月
小野十三郎と「抵抗の科学」−人民戦線/風景/短歌批判との関連において(1)
小野十三郎と「抵抗の科学」−人民戦線/風景/短歌批判との関連において(2)
小野十三郎という詩人については、文芸批評家/小説家である花田清輝についての論文「<四分
の一>をめぐって−吉本隆明と花田清輝」を書いている過程で、偶然、めぐり逢った。花田清輝の
代表作『復興期の精神』が「文化組織」に連載されていたのは、第二次世界大戦中のこと。その同
じ「文化組織」誌上において、花田の連載と平行する形で、小野は『詩論』を連載している。国威昂
揚と称して、日本の伝統文化の擁護、「万葉集の精神」といったスローガンが叫ばれていたまさに
その時代に、小野は「短歌的抒情の否定」という一貫したテーマのもとで、『詩論』を連載しているの
である。日本の伝統文化=短歌/俳句的なるものの否定をスローガンに掲げた「第二芸術論争」が
はじめられるのが、戦争の危機、国家権力による暴力的蛮行が過ぎ去った敗戦後のことであること
を踏まえると、小野の短歌批判は誰よりも早く、そして、徹底していたことがうかがえる。
本稿(1)(2)では、『詩論』に至るまでの過程を追いつつ、小野の認識論的構造を「抵抗の科学」や
「大阪の風土に対する批判」といった観点から考察している。
なお、続篇(3)は、発表後、当サイトに転載する予定である。
初出:「縦覽」第5号/1999年6月
「内向の世代」を代表する小説家であり、近畿大学文芸学部教授だった後藤明生は、私の恩師に
当たる方でもある。私の文学に対する見方や接し方は、すべて後藤明生からの教示によるものであ
るといって良い。1998年の秋のある日、後藤明生から呼び出された私は「一度、僕の小説につい
ての論文を書いてみないか」と要請される。そして、それを受けて書き上げられたのが、本稿にほか
ならない。原稿を送付した数日後、後藤明生から「きみの論文は、だいたい当たっているよ」といわ
れたことが、いまでも印象に残っている。何がどう「当たっている」のか、あえて訊ねなかったことが、
いまとなっては悔やまれる。
こちらの個人的な事情で、結局、原稿は後藤明生没後の翌年3月、「近畿大学日本語・日本文学」
第2号に発表されることになるが、掲載にあたっては、誤字脱字の訂正以外、ほとんど手を加えて
はいない。本稿に関して、後藤明生の没後に書かれたものであるのかという問い合わせが、各方
面から、何件か寄せられていたので、ここにあえて明記しておく。
初出:「近畿大学日本語・日本文学」第2号/2000年3月
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