郷原 佳以
1975
年生
2005
3 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程 単位取得満期退学
2007
6 パリ第7大学大学院テクストとイメージの歴史と記号学研究科博士課程 修了
These soutenue : Il y a de l’image – Maurice Blanchot et l’image minimale de la litteratureatelier national de reproduction des theses, 2009, 38euros, ISBN : 978-2-7295-7201-3
日本学術振興会特別研究員(東京大学)、放送大学非常勤講師、東京大学UTCP共同研究員を経て、
2008
4月より 関東学院大学文学部比較文化学科専任講師、20104月より同准教授
2015
9月より東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻准教授

単著

発表した文章
研究発表・講演
翻訳
科研費

仏語教育



単著

『文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論』 左右社2011220日発行3800円(税別)、ISBN : 978-4-903500-49-2 

 

発表した文章

・「「すべて」をめぐる断片の運動――ブランショにおける共同体の(非)実践的射程」、岩野卓司編共にあることの哲学と現実 家族・社会・文学・政治』書肆心水、2017年、187226頁。

・「訳者あとがき」、モーリス・ブランショ『終わりなき対話 V』筑摩書房、2017年、335350頁。

・「すべては「かのように」」(フィリップ・フォレスト『シュレーディンガーの猫を追って』書評『ふらんす』201710月号、白水社、70頁。

・「理論のフィクション性、あるいは、「デリダ派」蓮實重彦」『ユリイカ 総特集 蓮實重彦』201710月臨時増刊号370383頁。

「『終わりなきデリダ――ハイデガー、サルトル、レヴィナスとの対話』書評」『フランス哲学・思想研究』第22号、日仏哲学会、20179月、293297頁。

・「セイレーンたちの歌と「語りの声」――ブランショ、カフカ、三人称」、塚本昌則・鈴木雅雄編『声と文学 拡張する身体の誘惑』平凡社、2017年、74102頁。

「デリダにおける《ミッション:インポッシブル》――灰、自伝、エクリチュール」『言語・情報・テクスト』第23巻、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻、201612月発行、4160頁。

「文学は本当に「ゆっくり」なのか?」(イルマ・ラクーザ『ラングザマー』書評)『週刊読書人』2016129日号(第3168号)、5面。

・「連用日記のダイヤグラム、あるいは、記憶と記録」(「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」Review『現代の眼』第620、東京国立近代美術館、20161011月号、1011頁。

・マルグリット・デュラス『愛人』紹介、『東京大学新聞』第2775号、2016104日号、2面。

・「他なる声、他なる生、比喩形象(フィギュール)――「訳者解説」にかえて」、ブリュノ・クレマン『垂直の声 プロソポペイア試論』水声社、2016年、335365頁(「訳者あとがき」367372頁)。

・「「すべて」に向かって「間」にいること」『現代詩手帖』20164月号(特集 粟津則雄 批評と詩魂)、7478頁。

・「死を完遂させようとする試み」(ステファヌ・マラルメ+ジャン=ピエール・リシャール『アナトールの墓のために』書評)『週刊読書人』2016311日号(第3131号)、5面。

「バートルビーというFigure言語態・テクスト文化論コースFacebook記事、20151228日。

・「生誕を生き直す」(J・M・G・ル・クレジオ『嵐』書評)『週刊読書人』201611日号(第3121号)、5面。

「〈時に沿って〉捏造記憶」『教養学部報』第578号、2015114日、4面。

「「なぜ書くのですか?」」言語態・テクスト文化論コースFacebook記事、20151023日。

・「書くことと赦しを求めること シクスーによるデリダ」『ふらんす』〈特集 ジャック・デリダ〉201511月号、1718頁。

「教員コラム:非ポジティヴ思考のすすめ」2015814日。

・「作家の記憶」(河野多惠子『考えられないこと』書評)『文學界』20158月号、288289頁。

・「近い他者 遠い他者――デリダと文学的想像力」『早稲田文学』2015年夏号(通巻1014号)20155月、3851頁。

・「手紙とアーカイヴの思想家の伝記」(ブノワ・ペータース『デリダ伝』書評)『図書新聞』201544日号(第3201号)1面。

・「Lenfant que donc je suis、あるいは、猫のエピソードはなぜ「自伝的」なのか」『現代思想 総特集 デリダ』20152月臨時増刊号76100頁。

「「終わりなき対話」と「終わりなき分析」――ブランショとフロイト」『関東学院大学文学部紀要』第131号、201412月発行、121141頁。

・「伝記的なものをめぐる伝記的エッセイ」(訳者解説)、クリストフ・ビダン『モーリス・ブランショ 不可視のパートナー』上田和彦・岩野卓司・郷原佳以・西山達也・安原伸一朗訳、水声社2014年、609-620頁。

「教員コラム:飼い犬になりたい?」20141121日。

・「あの頃のようには、もう読めない」『群像』201411月号323頁。

・「三角関係の脱臼――書くことと愛、ブランショとデュラス」『マルグリット・デュラス 生誕100年 愛と狂気の作家』河出書房新社、2014年、143-153頁。

・「巣穴の底で夢見るデリダ」(ニコラス・ロイル『デリダと文学』書評)『週刊読書人』201486日号(第3051号)、4面。

 « Atsushi Miyakawa et Maurice Blanchot – fascination de l’image », Cahier de L’Herne Blanchot,  Editions de l’Herne, 2014, pp. 370-376.

・「バタイユとブランショの分かちもったもの 「一九五二年一〇月一八日付のノート」から出発して」『別冊水声通信 バタイユとその友たち』水声社20147月、125139頁。

・「否定性の文学史に抗して」(中田健太郎『ジョルジュ・エナン』書評)『現代誌手帖』20146月号、153頁。

・「想像と生成」(JMG・ル・クレジオ『隔離の島』書評)『文學界』20144月号、294295頁。

・「訳者解説――「蚕」、あるいは、脱構築の告白」、エレーヌ・シクスー/ジャック・デリダ『ヴェール』郷原佳以訳、みすず書房、2014年、163201頁。

教員コラム:シュルレアリスム@金沢文庫」2013126日。

・「海外文学・文化回顧2013フランス:日本という磁場?」『図書新聞』20131221日号(第3139号)、7面。

recension de Yasuhiko MURAKAMI, Levinas – Kowaremono toshiteno Ningen [ Levinas – l’homme : etre fragile], Cahiers d’etues levinassiennes, No. 12, “La Nature”, l’Institut d’Etudes Levinassiennes, novembre 2013, pp. 217-220.

・「「物語」と第三の空席――村上春樹とモーリス・ブランショ」『早稲田文学』620139月、478495頁。

・「インファンスと神託の声」(モーリス・ブランショ『他処からやって来た声』書評)『図書新聞』2013615日号(第3114号)5面。

・「デリダが〈散種〉したもの」(藤本一勇・立花史と鼎談、ジャック・デリダ『散種』をめぐって)『週刊読書人』201345日(第2984号)、12面。

・「海外文学・文化回顧2012フランス:恋愛小説の国」『図書新聞』20121222日号(第3091号)、7面。

「教員コラム:顔を上げて読むこと」20121214日。

・「謎かけの人ブランショ」(安原伸一朗と対談、M・ブランショ『謎のトマ』をめぐって)『図書新聞』2012929日号(第3080号)、12面。

・「夢に呑み込まれたデカルト」(スーザン・ソンタグ『夢の賜物』書評)『図書新聞』201291日号(第3076号)、5面。

・「ヴェロニカ、あるいはファリック・シスターの増殖 ブランショとセクシュアリティ」『別冊水声通信 セクシュアリティ』水声社20127月、259283頁。

・「フレンホーフェル効果」『組立−作品を登る−』「組立」20123月、5264頁。

・「なんとなく、ノワズゥズ」『ユリイカ 特集 辞書の世界』20123月号170179頁。

・「「顔」と芸術作品の非 - 起源」『現代思想 総特集 レヴィナス』20123月臨時増刊号285299頁。

・「新人小説月評」『文學界』20122月号、259頁、『文學界』20123月号、264265頁、『文學界』20124月号、274275頁、『文學界』20125月号、260261頁、『文學界』20126月号、306307頁、『文學界』20127月号、258259頁。

「海外文学・文化回顧2011 フランス:小説と回想」『図書新聞』20111224日号(第3043号)、7面。

・「「白日の狂気」の治癒」(鹿島田真希『来たれ、野球部』書評)『すばる』20121月号378頁。

・「ジャンルによるジャンルの乗り越え」(池田雄一『メガクリティック』書評)『週刊読書人』2011122日号(第2917号)5面。

・「透明人間の肉体、あるいは、模倣と接触――アポリネールと「絵画の起源」神話」ART TRACE PRESS』第1201111月、104119頁。

「廃墟に踏みとどまる亡命者たち」(四方田犬彦『書物の灰燼に抗して』書評)『図書新聞』2011813日号(第3026号)、4面。

・「書評:ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』」『週刊文春』2011721日号、116頁。

・「日常との向き合い方 アルベール・カミュ『シーシュポスの神話』」『現代思想 総特集 震災以後を生きるための50冊』20117月臨時増刊号242245頁。

・「読書日録」『すばる』20117月号280281頁、『すばる』20118月号284285頁、『すばる』20119月号316317頁。

・「ミシェル・ドゥギーの「commeの詩学」序説――ドゥギー/ジュネット論争(1)」『関東学院大学人文科学研究所報』第34号、20115月(「331日発行」)、319頁。

・「不実な忠実」『文學界』20116月号、241頁。

・「「あいだ」の換喩的なきらめき[オスキルム]――岡田温司『半透明の美学』書評」『表象』第520114月、301307頁。

・「「同期」する時代と筆」(神山睦美『小林秀雄の昭和』書評)『図書新聞』201142日号(第3008号)、4面。

「教員コラム:「オレンジのような青さ」の方へ」2011310日。

 

・「書評:湯浅博雄『応答する呼びかけ』(未來社、2009年)」『言語・情報・テクスト』Vol. 17東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻201012月、7578頁。

・「合一しないこと、あるいは、果てなき愛――ジュネ/ブランショ」『ユリイカ 特集 ジャン・ジュネ』20111月号200209頁。

・「海外文学・文化回顧2010 フランス:沈黙する術を学ぶこと」『図書新聞』20101225日号(第2995号)、7面。

・「「脱創造」へのいざない」(今村純子『シモーヌ・ヴェイユの詩学』書評)『図書新聞』2010925日号(第2983号)、3面。

・「「全体へのパッション」あるいは名前の射程――『彼方への一歩』に至るブランショ」『関東学院大学文学部紀要』119号、20107月、131頁。

・「既読感のドーナツジョルジュ・ペレック『煙滅』書評『図書新聞』2010320日号29584面。

・「海外文学・文化回顧2009 フランス:コミュニケーションのひび割れ――饒舌と沈黙を描き出す小説の言葉」『図書新聞』20091226日号(第2947号)、3面。

「教員コラム:機械的なものの美」20091126日。

・「書評:ミシェル・ヴィヴィオルカ『暴力』」 Revue japonaise de didactique du francais, Vol. 4, no. 2日本フランス語教育学会200910月、192194頁。

・「自己を/で織る詩――蚕になるデリダ」『ユリイカ 総特集 昆虫主義』20099月臨時増刊号192208頁。

・「簡便な消費を拒む身体−書物の世界今福龍太『身体としての書物』書評『図書新聞』2009829日号29314面。

・「「外光」に浸される現代性[モデルニテ]の「典型」と「様相」――マラルメの詩論展開におけるマネ論の位置」『関東学院大学文学部紀要』116号、20097月、737頁。

・「アブラハムから雄羊へ――動物たちの方を向くデリダ」『現代思想 特集 人間/動物の分割線』20097月号156171頁。

“ “ Il faut ” de la traduction ” in Association des amis de Maurice Blanchot (ed.), Blanchot dans son siècle, Lyon, Parangon/Vs, 2009, pp. 140-146.

 

・「芸術作品といかに出会うか――美術館の遍在と「美術館病」」『比較文化をいかに学ぶか【増補改訂版】』関東学院大学文学部比較文化学科編、明石書店、2009年、174195頁。

・「舞踊は詩のように、詩は舞踊のように、「……のよう〔comme〕」が世界を駆動する」(ミシェル・ドゥギー『愛着』書評)『図書新聞』2009321日号(第2910号)、4面。

 

・「透明フィルムのたゆたい」吉増剛造 DVDBook『キセキ――gozoCineオシリス20092月、163165頁。

 

・「俯瞰的な視点を妨げる細部の横溢」(ブランショ『アミナダブ』書評)『図書新聞』2009214日号(第2905号)、4面。

・「デリダにおける死刑の問題」『現代思想 特集 裁判員制度――死刑を下すのは誰か』200810月号162179頁。
 
・『現代詩手帖特集版 ブランショ2008 ブランショ生誕100年――つぎの百年の文学のために』思潮社、20087月:
「言語のショート・サーキット――マラルメとポーランが出会う場所」342359頁。
「非人称性の在処――「語りの声(「彼」、中性的なもの)」解題」229241頁。
「ブランショ研究の近況――スリジーのブランショ・コロック報告」6169頁。
座談会(湯浅博雄・上田和彦・西山雄二と)「来るべきテクストのために――ブランショの現在」84頁−119頁。
「解題」:『踏みはずし』360頁、『火の部分』361頁、『終わりなき対話』363364頁。

・「複製技術時代のラヴレター」(ジャック・デリダ『絵葉書I』書評)『環』第34号、藤原書店2008年夏、314319頁。

・「書評:西山雄二『異議申し立てとしての文学――モーリス・ブランショにおける孤独、友愛、共同性』」『cahier01日本フランス語フランス文学会20083月、2122頁(Web版はこちら)。

“ “ Il y a ” de l’image – Sartre, Levinas, Blanchot –  『フランス語フランス文学研究』第92号、日本フランス語フランス文学会20083月、122138頁(CiNiiPDF版が公開されています閲覧


“ L’enseignement par le dis-cours. La forme de l’enseignement selon Blanchot  ” in Philosophie et Education. Enseigner, apprendre – sur la pedagogie de la philosophie et de la psychanalyse, “UTCP Booklet 1”, Tokyo, UTCP, 2008, pp. 23-42.UTCPのサイトPDF版が公開されています→閲覧

「死体の重さ、あるいはアネット・メサジェの反ベルクソニスム」 SITE ZERO Review20071228日、http://site-zero.net/_review/post_44/

・「文学、この「ほとんど何でもないもの」――ドミニク・ラバテ『破れ鍋』によせて」『Resonances』第5号、東京大学教養学部フランス語部会、200710月、128129Resonances』のサイトPDF版が公開されています)。


・「言語のアポリアから言語の魔術へ――ブランショとシュルレアリスム」『水声通信』第20号(特集:思想史のなかのシュルレアリスム)、水声社、2007910月、7684頁。

・「美術館病、あるいは展示価値のアウラ」SITE ZERO / ZERO SITENo. 1、メディア・デザイン研究所、20079月、132159頁。

L’œuvre d’art en tant que Musee – autour des textes de Blanchot sur Malraux –  『フランス語フランス文学研究』第90号、日本フランス語フランス文学会20073月、101119頁(CiNiiPDF版が公開されています閲覧

・「「殺して終わり」の欺瞞性――「死刑廃止をめぐるヨーロッパの経験」シンポジウムに参加して」『未来』483号、未來社200612月、1013頁。

・「方法のポエティック――ブリュノ・クレマン『方法の物語[レシ]』に寄せて」『Resonances』第4号、東京大学教養学部フランス語部会、20069月、3637Resonances』のサイトPDF版が公開されています)。


Passion de la figuration – La figure d’Abraham chez Blanchot –  『フランス語フランス文学研究』第89号、日本フランス語フランス文学会20067月、108124頁(CiNiiPDF版が公開されています閲覧

・「待てないこと――コレットの場合」『アルゴ』第17号、フランス科研究室『アルゴ』編集委員会、20064月、172184頁。

・「「マラルメの神話」とは何か――ブランショとヴァレリーのマラルメ解釈をめぐって」『関東支部論集』第14号、日本フランス語フランス文学会200512月、237251頁。

・「海外文学・文化回顧2005 フランス」『図書新聞』20051224日号(第2755号)、4面。

 

「プロブレム――デリダの〈前〉に」『現代思想 特集 イメージ発生の科学』20057月号196206頁。

・「第三部訳者解題 証言――記憶しえないものを忘れないこと」『ブランショ政治論集 1958-1993』、月曜社、2005年、332377頁。

「「マラルメの神話」、あるいは、言語の虚構[フィクション]としての詩――ブランショによるマラルメ」『Resonances』第3号、東京大学教養学部フランス語部会、20053月、2829Resonances』のサイトPDF版が公開されています)。


・「「夜のように広々とした」――ブランショとバシュラールの詩学におけるイメージ概念の相違」『年報 地域文化研究』第8号、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻、20053月、108132頁。


・「言語によって言語に抗する」(ブランショ/ポーラン/内田樹他『言語と文学』書評)『図書新聞』2005312日号(第2717号)、5面。

・「デリダと(は)自動車(である)」『現代思想 緊急特集 ジャック・デリダ』200412月号219227頁。

 “ “Figures” feminines comme prosopon dans Au moment voulu ” in L’OEuvre du Feminin dans l’ecriture de Maurice Blanchot, coll. “ Compagnie de Maurice Blanchot ”, Grignan, Les Editions Complicites, 2004, pp. 157-179.

・「プロソポンとしての形象[フィギュール]――ブランショ『望みの時に』より」『Resonances』第2号、東京大学教養学部フランス語部会、20043月、123131Resonances』のサイトPDF版が公開されています)。

・「研究手帖 「表象しえない」ものの写真」『現代思想』20044月号206頁。

・「死刑存廃議論の沸騰のなかで――一九七〇−八〇年代フランス」『現代思想 特集 死刑を考える』20043月号214221頁。

・「彼女の名、この不気味な驚異――ブランショにおける命名行為」『未来』449号、未來社20042月、919頁。

“ Sur la traduction de l’oeuvre de Blanchot au Japon ” in Christophe Bident et Pierre Vilar (ed.), Maurice Blanchot. Recits critiques, Tours, Editions Farrago / Editions Leo Scheer, 2003, pp. 245-249.

・「人権リーグ」紹介、コリン・コバヤシ編著『市民のアソシエーション――フランスNPO100年』太田出版20037 133149頁。

・「ブランショは何を見ていたか、あるいは、カトリーヌ・レスコーの足」[付「モーリス・ブランショ主要著作目録」]d/SIGN』第5太田出版200310月、7477頁。

・「モーリス・ブランショ 国際シンポジウム報告 批評的物語[レシ]」(1)〜(6)『図書新聞』200367日号(第2632号)〜712日号(第2637号)、3面連載。

・「無気味な類似――ブランショにおけるイメージ」『Resonances』第1号、東京大学教養学部フランス語部会、20033月、814頁(Resonances』のサイトPDF版が公開されています)。

・「フランスでの死刑廃止二〇周年集会に参加して」『年報・死刑廃止2002 世界のなかの日本の死刑』インパクト出版会20027月、126134頁。

「しるしを残すルパン――『エギュイユ・クルーズ』を読む――『アルゴ』第16号、フランス科研究室『アルゴ』編集委員会、20018月、118132頁。

・「疲労の語り/語りの疲労――ブランショ「終わりなき対話」から――」『言語態』2言語態研究会20016月、515頁。

・「〈神〉の一人称――モーリス・ブランショ『至高者』をめぐって――『フランス語フランス文学研究』第77日本フランス語フランス文学会200010月、3648頁(CiNiiPDF版が公開されています→閲覧)。

・「二重のトーラーをめぐって――「デリダに感謝」するブランショ――『年報 地域文化研究』3号、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻、20003月、131146頁。

「マルグリット・デュラス著作解題」『ユリイカ 特集マルグリット・デュラス』19997月号所収。


研究発表・講演

20171029
日本フランス語フランス文学会秋季大会ワークショップ「ラスコーの曙光から〜バタイユ、シャール、ブランショ」@名古屋大学C22教室
「ラスコーと「永遠の誕生」――シャールとバタイユを読むブランショ」

2017
107
シンポジウム「デリダと死刑を考える」@慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎2階大会議室
「ダイモーンを黙らせないために――デリダにおける「アリバイなき」死刑論の探求」


2017
715
シンポジウム「デリダと宗教的なもの」第1部「赦すことと信じること」@慶應義塾大学三田キャンパス東館8階ホール 
コメント「デリダはなぜ自らを「最後のユダヤ人」として提示したのか――あるいは、キリスト教的エコノミーをいかにかわすか」

2017
311
成蹊大学アジア太平洋研究センター主催シンポジウム「カタストロフィと詩――吉増剛造の「仕事」から出発して」@成蹊大学10号館2階大会議室(poster
「「忘れがちの記憶」、吉増剛造」

2017
126
竹峰義和『救済のメーディウム』合評会
@東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム1
コメント「「毒をもって毒を制する」療法的思想――竹峰義和『救済のメーディウム』に見られるベンヤミン、アドルノらの弁証法」

2016
730
ワークショップ「ジャック・デリダ『獣と主権者U』を読む」@東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム1
コメント「喪をめぐる2つのファンタスム――最晩年のセミネールと過去の著作」

2016
630
フランス語・イタリア語部会談話会@東京大学駒場キャンパス18号館6階ラウンジ
「デリダにおける « Mission Impossible »――自伝の脱構築論に向けて」

2016
418
ブリュノ・クレマン来日講演「声なき者たちの声、プロソポペイア――文学と哲学の間の比喩形象」 « La voix des sans voix : la prosopopée, une figure entre littérature et philosophie » ディスカッサント@日仏会館1階ホール(コメント commentaire

2016
319
Journée d’étude : « French Theory au Japon », CIPh, Grande Salle, Maison Heinrich Heine, Paris
« Critique et traducteur – la passion du « tout » et de l’« entre » » (
résumé)

2015
1217
UTCP Workshop Bartleby revisited@東京大学駒場キャンパス101号館2階研修室
“On Gisèle Berkman’s L’Effet Bartleby, philosophes lecteurs” (handout)

2015
530
バタイユ・ブランショ研究会 大森晋輔『ピエール・クロソウスキー 伝達のドラマトゥルギー』書評会コメンテーター@明治学院大学
「「言語が足りない」ときにどうするか――シミュラークルの必要性とその様態」
(書評原稿および著者からの応答)

2015
222
ワークショップ
ジャック・デリダ『獣と主権者T』を読む」@東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム1
6回−第9回解説(配布レジュメ

2015
131
日仏文化講座 シンポジウム「美術を哲学する――現代フランス思想とイメージ」@日仏会館ホール
「ジャコメッティを見るサルトルとブランショ――距離について」

2014
1122
ジャック・デリダ没後10年シンポジウム
@早稲田大学小野記念講堂
L’enfant que donc je suis、あるいは、猫のエピソードはなぜ「自伝的」なのか」

2014
927
シンポジウム「声と文学」第1回「声の不在と現前」
@東京大学文学部1号館315教室
「セイレーンたちの歌と「語りの声」――ブランショ、カフカ、三人称」

2014
525
日本フランス語フランス文学会2014年度春季大会
ワークショップ「人間と動物」@お茶の水女子大学共通講義棟105教室
animotをめぐって、あるいは、デリダにおける動物論の脱構築はなぜ必然的か」

2013
1221
2回脱構築研究会
 ワークショップ ジャック・デリダ『散種』@早稲田大学文学部キャンパス36号館581
「「散種」と枠(cadre)の問題・序説」

2013
62
日本フランス語フランス文学会2013年度春季大会
ワークショップ「来たるべき修辞学――文学と哲学のあいだで――」@ICU252教室
「「文彩」の学から「比喩形象」の学へ――ミシェル・ドゥギーとブリュノ・クレマン」(音声

2012720
ジゼル・ベルクマン来日講演「バートルビーと現代哲学」コメンテーター@東京大学駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3UTCP

2011
115
シンポジウム「フロイトの時代――文学・人文科学・無意識」
@東京大学本郷キャンパス情報学環福武ラーニングシアター
「「終わりなき対話」と「終わりなき分析」――ブランショとフロイト」

2011
101
合評会「『文学のミニマル・イメージ』を読む」@関東学院大学関内メディアセンター
自著について

2011
710
人文社会科学系若手研究者セミナー
@日仏会館5501会議室
「ミシェル・ドゥギーの「commeの詩学」序説――6070年代隠喩論争」

2011
43
『文学のミニマル・イメージ』刊行記念対談〈ブランショのまなざし〉若森栄樹×郷原佳以@sound cafe dzumi

2010
124
日本サルトル学会
26回研究例会 シンポジウム「サルトルのイマージュをめぐって:その射程と批判的考察」@立教大学
「遺骸としてのイメージ――サルトルに応えるブランショ」

2010721
2nd Derrida Today Conference, 19th-21st July, 2010, dir. Nicole Anderson @ Goodenough College, London
“ From Abraham to a ram – Derrida’s focus on animals”

2010
529
バタイユ・ブランショ研究会
@早稲田大学
「「全体へのパッション」あるいは名前の射程――『彼方への一歩』に至るまで」

2010
327
A Workshop on Maurice Blanchot’s Le Pas au-delà, 26-27 March, 2010, dir. Christopher Fynsk, The Centre for Modern Thought @ the Court Room, University of Aberdeen (Scotland)
« « La passion du tout » ou  d’une totalité à « facettes » infinies »


2009
125
関東学院創立125周年記念事業 文学部国際シンポジウム「東アジアの異文化理解とジェンダー」@県民共済みらいホール
基調講演「ジェンダーのアポリアを前に――日本とフランスの事例から」

2009725
キリスト教と文化研究所
「キリスト教と日本の精神風土」研究グループ2009年度第1回研究会@関東学院大学
「西洋思想におけるイサク奉献の解釈――カントからデリダまで」

2009523日 
バタイユ・ブランショ研究会
 吉田裕『バタイユの迷宮』合評会コメンテーター@中央大学後楽園キャンパス

2008
18
 
Forum « Philosophie et Education  Enseigner, apprendre – sur la pedagogie de la philosophie et de la psychanalyse », College international de PhilosophieUTCPとの共催)
 « L’enseignement par le dis-cours – la forme de l’enseignement selon Blanchot »

2007831

フォーラム「イメージ(論)の臨界――イメージの氾濫を前にいかに思考するか――」@京都大学(科学研究費萌芽研究「美術史の脱構築と再構築」(代表:岡田温司))

「「逆説的なオブジェ」としての文学言語――ブランショにおけるマラルメとジャコメッティ」

2007520

日本フランス語フランス文学会春季大会@明治大学

「イメージの〈イリア〉――サルトル、レヴィナス、ブランショ」

20061028
シンポジウム 死刑の様々な表象について@東京日仏学院
「デリダにおける死刑の問題」

2006
1021
シンポジウム モーリス・ブランショ――文学、言語@東京大学駒場キャンパス
 « « 
Court-circuit du langage » – ce qui rapproche Mallarmé et Paulhan chez Blanchot »

2006521
日本フランス語フランス文学会春季大会@慶應義塾大学
「〈美術館〉としての芸術作品――ブランショのマルロー論をめぐって」

2005
1015
日本フランス語フランス文学会秋季大会@新潟大学
「形象化のパッション――ブランショにおけるアブラハム」

2005
528
バタイユ・ブランショ研究会
 『ブランショ政治論集』ミニ・シンポジウム@立教大学
「証言――記憶しえないものを忘れないこと(『ブランショ政治論集』第三部をめぐって)」

2005
321日 
日本フランス語フランス文学会関東支部大会
@東京大学駒場キャンパス
「「マラルメの神話」とは何か――ブランショとヴァレリーのマラルメ解釈をめぐって」

2003
  117日 
Journee d’etudes doctorales sur Maurice Blanchot, Université Paris 7 
« Qu’est-ce que Blanchot a vu ? ou le pied de Catherine Lescault »
version remaniée : “Il y a” de l’image ou le pied de Catherine Lescault”
(résumé : Travaux en cours, no. 1, octobre 2004, Université Paris 7, U.F.R. S.T.D. (Sciences des Textes et Documents), pp. 14-15.)

2002 126日 
Journée d’études sur Maurice Blanchot, Université Paris 7 
« La ressemblance inquiétante – l’image chez Blanchot »
(résumé : Cahiers de Théorie Littéraire, no. 4, juin 2003, Université Paris 7, U.F.R. S.T.D. (Sciences des Textes et Documents), pp. 18-19.)

2000
521日 
日本フランス語フランス文学会春季大会明治学院大学 
「〈神〉の一人称――モーリス・ブランショ『至高者』をめぐって――

 

翻訳

・モーリス・ブランショ『終わりなき対話 V』岩野卓司・郷原佳以・西山達也・安原伸一朗・湯浅博雄訳、筑摩書房、201711月(Maurice Blanchot, L’Entretien infini, Gallimard, 1969

・モーリス・ブランショ『終わりなき対話 T湯浅博雄・上田和彦・郷原佳以訳、筑摩書房、201611月、「終わりなき対話」Maurice Blanchot, L’Entretien infini, Gallimard, 1969

・ブリュノ・クレマン『垂直の声 プロソポペイア試論』水声社、20164月(Bruno Clément, La Voix verticale, Belin, 2013

・クリストフ・ビダン『モーリス・ブランショ 不可視のパートナー』上田和彦・岩野卓司・郷原佳以・西山達也・安原伸一朗訳、水声社2014年(Christophe Bident, Maurice Blanchot. Partenaire invisible, Champ Vallon, 1998

・ジャック・デリダ『獣と主権者[T]西山雄二・郷原佳以・亀井大輔・佐藤朋子訳、白水社、2014年、第6回−第8回(Jacques Derrida, Séminaire La bete et le souverain Volume I (2001-2002), Galilée, 2008

・ジョルジュ・バタイユ「一九五二年一〇月一八日付のノート(ノート十一、未発表断章)」『別冊水声通信 バタイユとその友たち』水声社20147月、6970Georges Bataille, 18 octobre 1952, Carnet 11, fragment inédit, Gramma, no 5, 1976

・ブリュノ・クレマン「もうひとつの声の必要性――モーリス・ブランショとプロソポペイア」『関東学院大学人文科学研究所報』第37号、2014331日発行、87137頁(Bruno Clément, « Besoin d’une autre voix : Maurice Blanchot et la prosopopée »

・エレーヌ・シクスー/ジャック・デリダ『ヴェール』みすず書房、20143月(Helene Cixous, Jacques Derrida, Voiles, Galilée, 1998

・ジャック・デリダ「散種」『散種』藤本一勇・立花史・郷原佳以訳、法政大学出版局、20132月、461592頁(Jacques Derrida, « La dissémination » (1969) in La Dissémination, Seuil, 1972

・カトリーヌ・マラブー「ピエールは恐怖のオレンジを好む レヴィナス−サルトル−ナンシー、哲学におけるファンタスティックなものへのアプローチ」SITE ZERO / ZERO SITENo. 2、メディア・デザイン研究所、200810月、5680頁(Catherine Malabou, « Pierre aime les horranges : Levinas-Sartre-Nancy ; Une approche du fantastique en philosophie », Le Sens en tous sens. Autour des travaux de Jean-Luc Nancy, Galilee, 2004

『現代詩手帖特集版 ブランショ2008 ブランショ生誕100――つぎの百年の文学のために』思潮社、20087
 フィリップ・ラクー=ラバルト「忠実さ」2241頁(Philippe Lacoue-Labarthe,  « Fidélités », L’Animal autobiographique. Autour de Jacques Derrida, Galilée, 1999
 モーリス・ブランショ「語りの声(「彼」、中性的なもの)」219228頁(Maurice Blanchot, « La voix narrative (le “ il ”, le neutre) » 1964in L’Entretien infini, Gallimard, 1969

・エレーヌ・シクスー「フィシュとカルソン」『別冊 13 ジャック・デリダ』200712月、104118頁(Helene Cixous, « Fichus et caleçon », Cahier de l’Herne : Derrida, no. 83,  2004

・ソフィー・ヴァニッシュSophie Wahnich「伝えること――歴史との感性的関係を創り出す」『前夜』11号、20074月、118129

・クリスティーヌ・フェレChristine Ferret「民族の名のもとに――ドイツの曖昧さについて」『前夜』9号、200610月、205208

・J= L・ナンシーJ-L Nancy他「ターブル・ロンド 無−無神論」郷原佳以・西山達也・西山雄二書き起こし+訳、『水声通信』20068月号、85119

・ジョエル・トラヴァールJoël Thoraval「哲学的なものと非−哲学的なものに関する考察――人類学者の視点から」『いま、哲学とはなにか』小林康夫編、未來社2006年、205240

・モーリス・ブランショ『ブランショ政治論集 1958-1993安原伸一朗・西山雄二・郷原佳以訳第三部担当月曜社2005Maurice Blanchot, Écrits politiques : Guerre d’Algerie, Mai 68, etc. 1958-1993, Éditions Lignes & Manifestes, 2004

・ジャン・ラプランシュ「人間性剥奪への道死刑に関して『現代思想 特集 死刑を考える』20043月号、206213Jean Laplanche, « Les voies de la déshumanité (a propos de la peine de mort) »  in Le Primat de l’autre en psychanalyse, Champ Flammarion, 1997

・ドゥルシラ・コーネル『脱構築と法――適応の彼方に』仲正昌樹監訳、共訳3章担当、お茶の水書房、20034 Drucilla Cornell, Beyond accommodation   Ethical feminism, deconstruction, and the law, Rowman and littelefield publishers, inc., Maryland, 1999

・ハーシム・フォーダ「連れ添って」『現代思想 総特集 思想としてのパレスチナ』20026月臨時増刊、154173 Hachem Foda, « En compagnie », Cahiers Intersignes : « Rencontre avec J. Derrida », no. 13, 1998

・ドゥルシラ・コーネル『自由のハートで』仲正昌樹監訳、共訳3章担当、情況出版、20013 Drucilla Cornell, At the heart of  freedom   Feminism, Sex, and Equality, Princeton University Press, New Jersey, 1998

・ジャック・デリダ『滞留 [モーリス・ブランショ『私の死の瞬間』]湯浅博雄監訳、郷原佳以・坂本浩也・西山達也・安原伸一朗共訳、未來社200011 Jacques Derrida, Demeure – Maurice Blanchot, Galilée, 1998 / Maurice Blanchot, L’Instant de ma mort, Fata Morgana, 1994

 

科研費等による研究

2016年度日仏会館人文社会系セミナー招聘事業により2016417日から27日までブリュノ・クレマンBruno Clément氏を招聘。
4
18日から22日まで4回の講演会・セミナーを開催。→詳細

2015-2018年度 科学研究費 基盤研究(C
「ジャック・デリダにおける「自伝」の脱構築」(研究課題番号 15K02393)(研究代表者)

・平成24年度日本学術振興会外国人招聘研究者(短期)により201337日から321日までブリュノ・クレマンBruno Clément氏を招聘。
3
9日から320日まで5回の講演会を開催。→詳細 →ポスター(PDF  →39日講演報告 →連続講演会報告

2012-2014年度 科学研究費 若手研究(B
20世紀フランス文学・文学理論における「類似性」の脱構築」(研究課題番号 24720159)(研究代表者)

2009-2011年度 科学研究費補助金 若手研究(B
「モーリス・ブランショと現代芸術」(研究課題番号 21720116)(研究代表者)

 

仏語教育

・「2011年度秋季出題内容のあらまし」『仏検公式問題集 2012年度版 2級』駿河台出版社20123月、183213頁。

・「2010年度春期出題内容のあらまし」『仏検公式問題集 2011年度版 2級』 駿河台出版社20113月、132162頁。

工藤庸子、笠間直穂子、郷原佳以、南玲子「生涯学習と初修外国語――面接授業「初歩のフランス語」の教材作成と全体構想」『放送大学研究年報』第23号、放送大学、20064月、5163頁。

2017/11

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