補完性原則(抄録)

(1)

サブシディアリティ原則と介護保険(季刊社会保障研究 秋 2000,pp。200-201)

池田省三

1 補完性原則

 ヨーロッパで普遍的に承認されている原理として「サプシディアリティ」一Principle of Subsidiarityという考え方がある。補完性原則と訳されるのが通例だが、支援の順序という意味も有している。本来はカトリック原理であり、1931年、法王Pius11世が社会回勅「Quadragesimoanno」において示したものであるが、人間の尊厳を個人の自立に求めた上で、「問題はより身近なところで解決されなければならない」とする考え方である。

 回勅では「個人がその発意と資力によって果たしうる仕事を奪って共同体に移管することができないように、下級団体からその果たしうる役割を奪って、これをもっと広範でもっと高次な集団に託することは、不正をおかすことであり、社会秩序をはなはだしく害し乱すことである」と述べている。ドイツ社会保障総覧では、この補完性原則について、「個人のイニシアティブと自助が、そして、自律的な制度運営者と非国家的な組織が優先する」と説明している。

 近年、サブシディアリティは地方分権においても重要な概念として用いられている。全世界的な地方自治のガイドラインは、2001年にも国連総会の特別セッション(開催地はイスタンブールの予定)で「地方自治世界憲章」として成立する予定であるが、この憲章のキーワードのひとつがサブシディアリティである。1998年に公表された世界地方自治憲章のドラフト第1版は、「サブシディアリティの原則にしたがい、公的責務は一般に市民に最も身近な地域の自治体により担われること」と謳っている。

2 社会保障制度における支援の順序

 社会保障制度においては、補完性原則は、自助一互助一共助一公助という支援の順序として理解できる。なにか問題が生じて解決を迫られたとき、まず求められるのが自助努力であることはいうまでもない。これに家族、隣人などが手を差し伸べる。このインフォーマルな援助が互助である。自助、互助でカバーしきれない場合、システム化された自治組織が支援する。この自治組織は、かつてはヨーロッパにおいては教会、わが国においてはムラ(村落共同体)が大きな役割を果たしたが、近代化、都市化が進むなかでいずれの機能も衰退し、代わって職域の自治組織によるセーフティネットが登場し、多くの国では社会保険という形態に収斂していった。これは行政とは区別された自治組織であり、共助と呼ぶべきシステムである。そして、この共助システムに包括されない者、あるいはなお解決し得ない場合のみ、行政の保護、すなわち公助が発動する。

 社会保障におけるこうした補完性原則は、ヨーロッパ固有の考え方ではなく、わが国においても普通に見られるものである。

 たとえば、所得保障についてはどうであろうか。まず本人の勤労による収入が大前提であり、専業主婦や子どものように収入がない者は、家族内部の互助により支えられる。家計の担い手が失業した場合、民間サラリーマンであれば、雇用保険という共助組織から失業給付が支給される。雇用保険は民間サラリーマンの共助組織であるから、原則的に失業の恐れのない公務員、自営業者には適用はない。死亡や障害、老齢により収入を絶たれた者については、民間サラリーマンは厚生年金保険、公務員等は共済組合、自営業者等は国民年金など、職域に分立した共助組織から、遺族年金、障害年金、老齢(退職)年金が給付される。そして、これらのセーフティネットでもカバーできないものについては、最終的に行政が生活保護を通用することとなる。自助一互助一共助一公助がシステマティックに動いているわけである。

 ただし、わが国においては、国民健康保険、基礎年金等には、かなりの租税が投入され、所得再分配機能が付加されている独特の財政構造になっている。つまり、折衷型システムであって、共助と公助の区分が曖昧になっているという特徴がある。しかし、被用者保険においては、基本的に保険料を財源としており、共助システムとしての性格が強い。とくに医療保険の場合は、大企業や公務員においては、企業ごと、省庁・都道府県ごとに分立し、自治組織としての共助システムの性格はより鮮明になっている。

 

(2)

(北島健一「福祉国家と非営利組織」宮本太郎編『福祉国家再編の政治』ミネルヴァ書房p.251)

 1891年教皇レオ13世の回勅「新しい規範」に示されたカトリックの社会教義は、社会問題の解決は家族・友人・隣近所など要援助者に最も近接した社会組織にゆだねられる。それらでは手に負えない場合にのみ上級の組織に任せる、といういわゆる補完性原則というかたちで相互排除パラダイムを言い表した。

 

(3)

(安達智則「補完性原理批判-『NPM行革』への対抗のために」『月刊東京』2003.11,東京自治問題研究所)

p.14 2002年6月地方分権改革推進会議・中間報告で,「事務事業を分担する場合には,まず基礎的な自治体を,ついで広域自治体を優先し,広域自治体も担うに適していない事務のみを国が担うべきであるという『補完性の原理』に基づいて」,自治体と国とが事務分担をすべきであると主張している.

p.16 1994年経済同友会提言『新しい平和国家をめざして』のなかで,「個人と社会の新しい関係」を次のように「社会の構造改革」する事を提言した.

 「国内の仕組みの再構築を考えるに当たっては,個人で解決できることは個人で,地域で解決できることは地域コミュニティ(自治会,地域的な団体・サークル,社会福祉協議会,生協などか,岸),さらには,市町村,都道府県,そして,国へと問題解決の範囲を徐々に移行させていくという考え方を導入すべきである.これは,個の確立と公正の尊重に基づくいわゆる「サブシディアリティの原則」である.例えば,国と地方のあり方についても,このような考え方にたって,地方自治の原則を再確認し,国全体の仕組みが再検討されるべきである.」

 この経済同友会の「補完性の原理」が,今日の「地方分権改革会議」や「地制調」等の「補完性の原理」の日本導入の先鞭を付けたとみることができる.

p.17 EU統合で採択されたマーストリヒト条約の「補完性の原理」は,基礎的自治体優先主義ではない.各国ができることは各国が行い,超国家になるEUが関与した方がよい場合のルールを決めた関係原理である.単純化すれば,国の単位でできないことを「補完」するという定義を用意することで,国家とEUの権限を調整したものが「補完性の原理」である.(ただし,英国が主張したのは,加盟各国の政府にその主権と決定権をなるべくたくさん残しておくこと.藤村信『ヨーロッパ十字路』岩波書店,1995.(安達智則「同」その2,同,2003.12,p.21から引用)

p.18 地方分権になったとされる地方自治法「自治体の総合性・地域性・自主性」(第1条第2項)とは,それが基礎的自治体だけを指しているのではない.むしろ,今回の「地方分権」を強力に進めてきた西尾勝氏は,今回の地方分権は市区町村の団体自治よりも,都道府県の団体自治の制度改正だったことを繰り返し述べている.

 大阪府の行政担当者が理想の府政像として次のように語った.「補完性の原理に沿って,個人ができないことをコミュニティが担い,コミュニティでできないことを市町村に任せ,それでもできないことを都道府県,そして,それでも不可能なことを国に任せる」