リレーエッセイその18

 

松山大学OB 鹿野圭生





 後輩である児島有一郎君に頼まれて、このエッセーを書く事になりました。
女流棋士の鹿野圭生です。昭和59年松山商科大学の人文学部社会学科
卒業です。ちなみに本名は鈴木圭生。仕事上は旧性のままでやっています。
 夫は、同じ将棋部であった、昭和60年卒業の鈴木恒成と申します。大学を
卒業し、10数年たってから、再会して、結婚しました。
 学生時代の私の棋力はアマの二〜三段位だったと思います。まあ、大学に入って将棋を
覚えた者としてはよく頑張った方ではないでしょうか。当時松山商科大学(現行
の松山大学)は優秀な部員がたくさん居り、A級に在籍していました。その先輩
方に、六枚落ちから手ほどきを受け私は強くさせて頂きました。私と同年代に
活躍していた中四国の方々は、広工大の田尻氏、岡大の赤畠氏、広大の柿本氏、
愛大の森岡、一色両氏等です。その他にもたくさんおられますが、ここでは割愛
させて頂きます。
 現在の私は一応女流プロですから、当時よりは強くなっていると思うのですが、私の
周りには、もっと強い人達(プロ棋士)ばかりがいる為よくわかりません。でも、仕事で
指導対局などをしていると、二、三段の人が相手の時は、多面指しで、駒落ちで
指さなくてはなりません。ちょっと考えると、つらいようですがこの勝負に勝ったり
するのだから不思議なものです。
 いえ、別に自慢してるわけじゃあないですよ・・・。ホント
 数年前、仕事で鳥取に行った時には、当時鳥取大将棋部だった方に指導対局を
申し込まれ本当にびっくりしました。結婚した年には、同い年だった広大の
安東氏から年賀状をもらったのも、驚きでした。職団戦に顔を出すと、
「OB会か?」と言う位懐かしい顔にお目にかかれます。
 私は将棋が仕事ですが皆は趣味でありながら、こんなにも情熱を持って
将棋と接しておられる事に、本当に敬服してしまいます。

 次は先程名前の上がった広大OBの安東毅氏にお願いします。