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「第二章:人物小誌」

高崗

  高崗、1905に生まれる。陜西横山の人。1926年中国共産党に加入。1933年から、紅軍陜甘遊撃隊隊委員会書記、陜甘辺紅軍臨時総指揮部政治委員、紅二十六軍政治委員、西北革命軍事委員会副主席、紅十五軍団政治部主任、中共陜北省委員会書記、陜甘寧保安司令部司令員などを歴任、陜甘革命根拠地の創建に参加する。
  抗日戦争勃発後、中共陜甘寧辺区党委員会書記、参議会議長、中共中央西北局書記、陜甘寧晋綏聯防軍副政治委員・代理政治委員などを務める。1945年には中共中央委員、中央政治局委員に選出される。
  抗日戦争勝利後、東北に派遣され、東北民主聯軍副政治委員、北満軍区司令員、中共中央東北局副書記・書記、東北人民政府主席、東北人民解放軍第一副司令、東北軍区司令員兼政治委員などを歴任する。
  中華人民共和国建国後、中央人民政府副主席、革命軍事委員会副主席、中共中央東北局第一書記、東北人民政府主席、国家計画委員会主任兼東北行政委員会主席を務める。
  1953年、饒漱石と中国共産党の分裂・党と国家最高権力の簒奪という陰謀活動に従事、失敗に終わる。1954年自殺。1955年3月、中国共産党党籍を剥奪される。

  中共の公式見解は上のようなものである。
  最も注目されるのが53年の事件。通称、「反党連盟事件」。最近ではアメリカあたりで、「ソ連の同事件に対する関与は皆無、内実は毛沢東と劉少奇の権力闘争のとばっちりを受けた、中共内部の純粋な政治的闘争の被害者」と言われはじめているらしい。
  個人的には、同事件に関する資料が、特に政府の档案の第一資料がほとんど開放されない(中共が健在なうちは絶対に開放されないだろうが)段階で早急に結論を出すべきではないと思うが、そこはアメリカらしく、第二、第三資料として取り扱うべき回顧録を利用して結論を急ごうとしている。
  まあ、どちらにしても、中共や政府内でこれだけの地位にあった人間の粛清事件であるにもかかわらず、事実、アメリカ側は同事件のソ連の関与を否定しているが、スターリンでさえ「満洲王」として評価していた人物であり(何らかの接触はあっただろう)、注目度が足りないのは惜しいことである。アメリカらの見解も全く的外れとは言えず、この事件が毛沢東と劉少奇の関係を解く上で非常に重要であることは間違いなく、彼らの対立と文革の謎を解き明かすかもしれない大事件であるだけに、こういう人物や事件に出くわすと、本当に資料の全面的開放が待たれてならない。



「人物小誌」

中国近代重要人物20選

林則徐/洪秀全/曽国藩/李鴻章/康有為/梁啓超/西太后/袁世凱/孫中山/宋教仁
段祺瑞/陳独秀/魯迅/馮玉祥/張作霖・学良/陳炯明/蒋介石/汪精衛/宋慶齢/毛沢東


黄興張jian陳独秀蔡鍔劉少奇林彪陳公博張之洞/高崗



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