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日本イギリス哲学会 3 / 29 / 2003
バーリン自由論における自由と責任の構成条件 1. 問題の所在 アイザイア・バーリン(Sir Isaiah Berlin, 1909-1997)のその生涯にわたる知的活動において中心をなすものは、自由の理念の擁護であったということは、多くの論者によって指摘されています[1]。たとえば彼の思想史研究は、ヨーロッパのロマン主義運動から19世紀ロシアの自由主義文学と政治思想、また20世紀におけるユダヤ知識人の思想・政治活動に至るまで、多岐にわたるわけでありますが、それらは総じて、人間的自由の理念と実践のために知的あるいは政治的に活動した人々の記録であったと言えます。 もちろん、この人間的自由の擁護に関して、1958年にバーリンが行った、チチェレ講座就任講演『二つの自由概念』ほど、よく知られているものはありません。この講演は現在に至るまで数多くの論争を呼び起こしてきたテクストであると同時に、政治的自由に関するその後の議論に対して「共通の出発点」としての役割を果たし、その意味ですでに、現代における政治的自由論の古典としての地位を確立していると言えるでしょう[2]。そのような論争において、『二つの自由概念』は、多くの、そして徹底的な批判に晒されてきました。その種類も多岐にわたりますが、なかでも社会的・政治的実践における自由の行使可能性の条件をめぐる論争は重要であり、また批判の多い点でもあります[3]。 とりわけ、チャールズ・テイラーが 「消極的自由の何が間違っているのか("What's Wrong with Negative Liberty?" 1979)」と題した論文において行った批判は有名です。彼によれば、バーリンによる消極的自由と積極的自由の区別は、自由の「機会概念(opportunity concept)」と「行使概念(exercise concept)」との区別として解釈できます。自由を、それを取り巻く文脈および他の政治的諸価値から厳格に区別し、選択の機会としての消極的な自由に固執するバーリンの態度は、彼の言う積極的自由の全体主義的転化を回避するという目的との連関においては無意味ではないものの、各人が抱く生の目的あるいは価値の「真正さ(authenticity)」に鑑みて理性的に選択肢を評価する能力から切り離された、抽象的な自由概念へ固執する消極的自由論は、実践的な観点から見て有意義な選択行為の実現をむしろ妨げるものであるとされます[4]。 一見したところ、こうした批判は説得的であり、また実際に重要な論点を構成しています。しかしながら、そのような批判でもって『二つの自由概念』がその政治理論史上の使命を終えたと宣告するのはいささか性急であります。その理由は第一に、自由の条件および自由な選択の具体的様態に関して、バーリンは他のテクストにおいても豊富な素材を提供していることに求められます[5]。それらを参照することによって、われわれはバーリンの自由論のより完全な像を得ることができるのみならず、彼が後に、『二つの自由概念』における消極的自由の定義を訂正した理由(1969 : xxxvii-xl / 56-9)について考察することが可能となります。 ここで、バーリン自身が二つの自由概念の共通分母と述べているところの、「自ら選択する自由」(1969 : lx / 91) ――ジョン・グレイはこれを「基礎的自由」と呼び、選択肢の中から選ぶ能力と理解しています[6]――について検討するのは意味のあることだと思います。というのも、この基礎的自由のなかには、「私」の選択という自己支配つまり積極的自由の要素と、「選択肢」という選択の可能性、つまり消極的自由の要素の両方が含まれているからです。この点は、テイラーの批判に応答する手がかりとなります。そして、消極的自由の定義の訂正が『二つの自由概念』の中に組み込まれた場合、その論点は二つの政治的価値の対立のみならず、「自由」と「自由の諸条件」(1969 : x / 9)、さらに言えば選択それ自体と選択の合理性との衝突と見なすことができます。この基礎的自由の問題は、彼の政治的自由論と比べればあまり論じられてはいませんが、バーリンは『二つの自由概念』に先立つ1954年のオーギュスト・コント記念講演『歴史の不可避性』において、この問題を詳しく検討しています(そもそも、先のテイラーによるバーリン批判において、この点に関する言及がまったくないというのは驚くべきことです)。 また、ここでこの基礎的自由について検討するさらなる理由としまして、バーリンの積極的自由批判は彼の多元論と責任論においても重要な役割を果たすにもかかわらず、現在までの研究においては、その点が充分に考慮されているとは言えないことが挙げられます。最近のバーリン研究は、『二つの自由概念』を中心とした自由論研究から徐々に、彼のもう一つの哲学説である価値多元論へと重心が移っており、政治理論の分野において、価値多元主義と自由主義、あるいはナショナリズムと政治的自由主義との調和ないし両立可能性というテーマの下でバーリン思想を検討する研究が現れています[7]。しかしながら、これらの政治的な問題を扱う前に、多元論における自由の位置、あるいは多元性と選択の自由との関係を考察することは、意味のあることだと思われます。というのも、彼の政治的自由の議論は、道徳的あるいは哲学的な意味での自由の問題をその基礎に据えており、彼自身もそのことを明言しているからです[8]。そこにおいて彼が自由とその条件との区別に固執する理由は、多元論と目的論のあいだに存在する特殊な関係に求めることができ、その関係は特に道徳的責任の概念に重要な意義を与えています。そして、自由主義社会に特徴的なこの責任という慣行を検討することは、自由と他の政治的諸価値との関係を含めたより具体的な社会のヴィジョンを得る助けとなるように思われます。 以下では、この基礎的自由としての道徳的自由の領域を扱い、それと政治的自由との接点を検討することを試みたいと思います。実のところ、自由に関するバーリンの記述の中で最も高い割合を占めるのが、このリベラルな自己の問いであります。またここから、この人間的自由が他の人間的価値や理想とどの程度両立するものであるのか、さらには人間的完成というのはどの程度そしてどのようなかたちで可能なのかといった、いわゆる啓蒙の問いが導かれますが、この点に関しては、最後に少しだけ触れたいと思います。 2. 決定論と責任の両立不可能性 次に、『歴史の不可避性』を取り上げ、このテクストを行為論の側面から読んでいくことによって、バーリンの考える自由の条件および責任の概念を検討してゆきたいと思います[9]。 『歴史の不可避性』の中心となる論点は、次のように要約できます。まず、この講演は決定論あるいは自由意志それ自体の真偽ではなく[10]、「自由意志と歴史における因果性の考えとの関係」を論じたものです。バーリンによれば、「道徳的責任と決定論、両者の存在の可能性は相互に排他的であり、いずれの信念も無根拠であることはありうるが、両方が真ではあり得ない」。そして、「人々は昔からずっと普通の談話では選択の自由を当然のこととして」おり、「決定論を支持する議論は確定したものではなく、もし決定論がついには広く受け入れられた信念となり、それが一般的な思考と行為の織物のうちに織り込まれるようになったとすれば、人間の思考の中心に位置する一定の概念や言葉の意味と使用は廃れてしまうか、あるいは劇的に変更されねばならなくなるだろう〔強調は引用者〕」と述べ、選択の自由と責任についての常識的な考えを擁護しています(1969 : x-xii / 10-13)。これらの主張は次の二点に要約できます。第一に、決定論と責任(および自由)概念の「両立不可能性(incompatibility)」であり、第二に、社会的実践における自由と責任の擁護です。ここではまず、この両立不可能性について考察し、そこから決定論批判、そして自由と責任の概念の擁護へと進みたいと思います。 両立不可能性の問題を考えるにあたって、まずE.H.カーによる有名な批判から始めることにします。彼は講演『歴史とは何か』においてバーリンを批判し、因果的なものと道徳的なもののカテゴリー上の相違を指摘した上で、それらの両立可能性を肯定しています。カーによれば「人間のあらゆる行為はその行為を考える視点によって、自由でもあり、同時に決定されてもいる」。なぜなら「原因と道徳的責任は相異なるカテゴリーに属」しているがゆえに、「自由意志と決定論のディレンマは現実の生活では起こらない」というのです。つまり、人間の行為は自由にも決定論的にも記述でき、日常の道徳的実践および歴史叙述に際して、われわれはこの問題について何ら実践的な困難を覚えないというのが彼の結論であります[11]。 しかしながら、この立場には難点があります。カーは続けて、「スミスの行為にはひとつの原因、あるいは幾つかの原因があった。しかし、それが外的な強制によって生じたのでなく、彼自身の人格の強制によって生じた限り、彼には道徳的責任があったのである[12]」と述べています。そうすると、われわれはその行為が「外的な強制」によるのか「彼自身の人格の強制」(つまり彼の選択)によるのかを現実問題として判断しなければなりません。この区別は、道徳的あるいは法的実践にとって決定的に重要です。なぜならバーリンが指摘するように、それがなければ「なぜある場合には非難し、他の場合には非難しないのが合理的なのか」(1969 : xxi / 28)を説明できなくなるからです。しかしこの判断の基準についてカーは何も答えていません。 問題となるのは、二つの記述が相互に関係する場面であり、ある行為の記述の種類がその行為の正当化可能性ないし道徳的評価の可能性を左右するという点です。バーリンによれば、因果的な決定論とは、「全ての出来事が他の諸々の出来事によってその現状のように完全に決定されている」(1969 : xi / 11)という主張です。もし、スミスの行為が先行する諸原因によって生起したと説明されるとすれば、「彼自身の人格の強制」を主張する余地はありません。そのような場合、われわれは彼に行為の責任を負わせることをためらうでしょう。このように因果言明は道徳的言明に少なからぬ影響を与え、さらに決定論は道徳的主張の可能性を完全に奪ってしまうのであり、このことはカーの最初の言明と矛盾することになります。 他方、モートン・ホワイトは、この両立不可能性の種類に焦点を定めてバーリンを批判しており、この両立不可能性が「論理的」ではなくむしろ「道徳的」であると主張します[13]。その上でホワイトは、決定論的世界観において自由と責任の概念が使用可能であるとし、決定論と自由な行為の双方を両立させる道徳規則が、われわれとは異なる他の一連の価値を備えた共同体において支持される可能性を示唆しています。バーリンは確かに、彼の議論において日常言語分析を援用しており、道徳的非難の可能性は別様にも行為しうる可能性を前提とするという常識的な立場に依拠しています。バーリンの論拠が常識の力のみにあるのだとすれば、ホワイトが言うように、「すべき」と「できる」の言語使用が決定論と両立する場合、その主張は無効となるように思われます。 しかしながらバーリンは、この両立不可能性は単なるローカルな「倫理的命題」ではなく「概念的真理(conceptual truth)」であって、「われわれの通常の道徳の基本概念を使用するあらゆる思考体系が、何を許容し何を排除するかについての断言」(1969:xxii/31)である、と反論しています。ここで、先のE.H.カーに対する応答を思い出してみますと、彼の立場の困難は、自由な行為とそうでない行為を区別する基準が消失してしまうところにありました。二つの記述を同時に受け入れることは、道徳的判断そのものを不可能にしてしまいます。なぜなら、仮に決定論的説明において道徳的な言語が使用可能だとしても、その説明は非難すべき行為とそうでない行為をその言語によって区別できないがゆえに、道徳的実践を困難に陥れるからです。もしこの区別が行われず、行為が自由であると同時に決定されていると主張されるならば、われわれの選択肢は次の三つです。すなわち、行為者は常に道徳的責任を負うか、どのような場合でも全く責任を負わないか、あるいはそれ以外の基準において責任の有無を判断するか、です。最後の判断は、もはや道徳的なものとは言えず、おそらくはバーリンやトマス・ネーゲルが言うように、「美的判断」(1969:xiv/17)に似たものとなるでしょう[14]。いずれの場合においても、道徳的責任がひとつの社会的実践としてもはや機能しないことは容易に想像できます。ネーゲルも言うように、この両立可能性の問題は、あるタイプの道徳的実践に特有なものではなく、およそ「道徳的判断そのものの本性から起こる[15]」問題なのです。 このように、バーリンはこの両立可能性の問題を純粋な概念上の観点からではなく、むしろ日常生活における行為の正当化、すなわち行為の正誤、善悪、有責性の判断条件の観点から捉えています。例えば、スミスがガラスを割ってしまったという出来事に対して、われわれはスミスがそれを「意図的に」、「不注意によって」割ったと主張できるし、あるいは「強制によって」、「不可避的に」割ったとも主張できます。ここで二つの記述は相互に還元不可能である上に、同一の行為に対して両立不可能な評価(あるいは処置)を要求しています。仮に両者が理論上問題なく両立できたとしても、それらの言説が実際に出来事に対する判断のために持ち出されるや、衝突が避けられません。決定論と自由の問題は、相異なるカテゴリーが実践的な場面で相互に抵触する特異な問題です。バーリンは、「自由と因果法則との境界がどこに決められるべきか、これは決定的に重要な実践的問題である」(1954:35/223)と強調しています。道徳的実践においては両方の思考が不可欠であるにもかかわらず、そこにおいて両者はそれぞれ相異なる規範として作用し、同一の行為に正反対の判定を下すがゆえに、規範の適用をめぐる政治的なディレンマをもたらします。 このように、自由と必然性の問題、あるいは自由意志と決定論の問題は、単なる哲学的・形而上学的な問題ではなく、すぐれて政治的な含意を持った論争であることがわかります。たとえば、最近盛んに行われているような自己責任の議論は、基本的には、行為の自由というものを社会活動の前提とし、自己の活動の結果に応じて責任を負うという、非常にシンプルな図式に基づいていると考えられます。しかしながらそこにおいて、実際にどれほど行為が自由であるか、どれほど行為者はその行為に対して責任を負うべきであるかについては、さまざまな回答があり、その線引きも多様であります(たとえばわれわれは、精神的障害をもつ人や子供の行為に対する責任能力の有無をめぐってしばしば意見が一致しません)。こうした問題を考えるにあたって、この自由と決定論の問題は、自由と責任の概念上の可能性と限界を知るという観点から、自由社会の実践の議論に貢献しうると考えられます。 3. 隠喩の具象化としての決定論 次に、決定論を批判するバーリンの手法について検討しましょう。『歴史の不可避性』において、彼は「決定論が必然的に偽であると言いたいのではない」(1954:33/219)と述べ、決定論それ自体の真偽に関する判断を留保しています。先に見たように、彼は決定論を批判するが、しかし非決定論が真の説明であるとも述べておらず、どちらの立場にも特権的な地位を与えていないばかりか、さらには両者が共に無根拠である可能性をも示唆しています。 ここから見て取れるのは、バーリンの決定論批判の手法です。彼は決定論や自由意志論自体、つまり「非決定論は真である」という命題の証明を目論んではいません。彼によれば、決定論とは「理論でも仮説でもなく、その言葉遣いによって全てが把握され記述される、あるいはされるべき、カテゴリーないし枠組み」(1954:15/189)であります。つまり、決定論がそれによってわれわれが個々の経験的現象を真または偽と判断するところの枠組みであるとすれば、われわれはそれ自体として決定論を検証も反証もできないがゆえに、その真偽を問うことはできないということです。 このように、バーリンによって決定論はそれ自体「きわめて反経験的な態度」(1954:14/188)と見なされていますが、しかしながら、彼はこれを――かつての実証主義者のように――単なるナンセンスとは見なしません。なぜならこの考えに従えば、行為の自由もまた、経験によってその存在が検証できない性質を備えているからです。自由と責任によって構成される道徳的概念枠組もバーリンにあっては一つのメタファーとなり、決定論と非決定論はそれぞれ対等の資格をもつ二つのメタファーあるいはモデルとして捉えられます(道徳的実践のこのような反本質主義的な捉え方は、バーナード・ウィリアムズが「擬制(fiction)」と呼ぶものに相当します[16])。ここから、彼は存在証明の問題を回避し、むしろ決定論にしたがってわれわれが思考し行為する場合の様々な(特に倫理的諸問題に関する)帰結に注意を喚起することによって、選択の自由を擁護したと理解できます。そして彼が決定論を分析する方法が、カテゴリー批判の方法です。 『歴史の不可避性』をめぐるバーリンの叙述には、しばしば「隠喩(metaphor)」という言葉が登場します。彼によれば、われわれが世界を語る一群のメタファーは、われわれの世界認識を規定するカテゴリー、あるいは「世界観(Weltanschauung)」(1955:510)として機能します。したがって、彼の言う決定論とは、われわれが世界を見、語り、思考する仕方、換言すれば世界観を導くひとつのメタファー体系であると言えます[17]。 ここまでの議論は、決定論と非決定論の両方にあてはまります。バーリンが問題とするのはその次のプロセス、すなわち「不法な『具象化』(illicit “reification”)――語を事物と、メタファーを現実と取り違えること」(1954:15n/191)です[18]。ここから、決定論が「広く受け入れられた信念となり」、「一般的な思考と行為の織物に織り込まれる」という、先に見た表現の意味が理解されます。彼は決定論という言説がわれわれの思考と行為に作用する仕方、換言すれば、決定論という言説と、われわれの日常的な道徳的実践との関係を、相互の影響の観点から分析し、そのことがもたらす変化を問題としているのです。決定論に基づいて認識される規則性やパターンが、隠喩によって「創造された」のではなく「字義通り発見され、見分けられた」ものであると信じられるとき、その規則性は「具象化」され実体的なものと信じられ、その結果、「個人の責任という観念は『結局のところ』ひとつの幻想である」という見方に至るおそれがあります(1954:16/190)。つまり決定論が問題となるのは、その「具象化」が、選択の自由と責任という一連の人間的行為の了解枠組を弱め、消失させる力を備えている場合であります。 この具象化が個人の自由と最も明白に衝突するのは、物理的決定論の場合です(1954:18-9/194-6)[19]。物理法則を拡張し、最も強い意味での機械的決定論のように、個人の行為が厳密に法則論的に決定されていると想定する場合、われわれが現に為したのとは別様に行為し得たと考える余地はありません[20]。また、その必然的法則が歴史社会学的なものである場合、人間の歴史は個々人に降りかかる運命に近いものとなります。それを文字通りに受け取れば、出来事に個人の責任に関する主張が入り込む余地はありません。「生起する出来事に対する究極的な責任」は個人の手を離れ、「非個人的、『個人を超越した(trans-personal)』、『超個人的(super-personal)』実在ないし『諸力』」(1954:7/176-7)に移されることになります。 次に、目的論的な決定論に考察を移します。バーリンによれば、目的論とは「人間および全ての生けるものは、さらにおそらくは無生物も、ただ単に現にあるように存在するだけでなく、諸々の役割を持ち、目的を追求しているという信念」(1954:13/186)です。このような信念は最終的にひとつの世界観に結実します。すなわち、「ある物や人間の『宇宙的な』位置を知ることは、それが何であり何をなすかを言うことであり、そして同時に、なぜそれが現にあり現に為しているように、あるべきであり、為すべきであるのかを言うことである」(1954:14/187)というヴィジョンです。 他方、これを個々の存在である行為者の側から見てみれば、目的論はひとつの行為論として捉え直すことができます。行為者はこの宇宙における自己の位置を知ることによって、自分が何者であり、何をなすべきかを知ることができ、そして個々の場面において、行為者は自己の目的に照らして何をなすべきかを決定できます。そこにおいて目的体系は、行為者の選択の正しさを保証する参照項として機能しています。 一見すると、このような目的論は、機械的および歴史社会学的な決定論とは異なり、個人の選択の自由と両立するように思えます。というのも、そこにおいて個々の行為や出来事は先行する諸々の出来事によって必然的に決定されているとは言えないからです。また、与えられた目的に向けて行為することは、行為の正しさという概念を含んでおり、正しい行為は誤った行為の可能性を含意するとすれば、そこにはある意味における選択が存在していると言えます。さらには、このような説明は選択という行為をきわめてよく説明するように見えます。通常、価値の比較はそれを手段とした目的との連関から行われます。例えば黒板に字を書こうとするとき、われわれはチーズよりもチョークを選びます。《チーズとチョークはいずれが優れているか》という問いは、それ自体としては無意味ですが、目的との関係の下では意味があります[21]。しかしながら、バーリンによれば、決定論に共通する特性は、個人の選択の自由が究極的に幻想であるということでした。目的論においてそれはどのようなかたちで現れるのでしょうか。 目的論における決定論的問題を、ウィリアムズは「実践的必然性(practical necessity)」と呼んでいます[22]。つまり、与えられた目的であれ、内在的な目的であれ、ある目的を絶対的なものとして設定し、選択に際してそれ以外の目的ないし価値を無視する――あるいは、他の目的と必然的に調和すると想定する――とすれば、それまで複数存在した選択肢は一つに収束してしまいます。具象化され固定化された目的論は、選択肢を拘束する外的な統制原理として作用するのです。ここにおいて、選択を有意味あるいは合理的なものにしていた目的は、選択それ自体を否定するものへと転化します。選択は目的に対して有意味となるが、選択それ自体の重要性は完全に失効してしまうのです[23]。 このような目的論批判は、『二つの自由概念』における積極的自由批判と同じ図式を共有しています。絶対的な目的の参照によって正しい選択肢を同定する目的論的決定論は、自己の選択を超越的な存在(たとえば上位の自己、理性、最高善)の選択と同一視する積極的自由の構想と厳密に対応しています。そしてその場合、やはり責任は個人にではなく、その超越的な存在や上位の自己、あるいはそれらを体現する社会のほうに向けられることになります。目的論はわれわれの選択の正しさを保証すると同時に、われわれの行為の責任を担ってくれるものとなり、具象化された目的論は選択の自由および個人の責任と両立しません。しかしながら、目的の存在は選択という出来事にとって本質的な要素であるように思われます。以下ではこの問いに関するチャールズ・テイラーの見解を取り上げながら、選択の自由と目的概念との関係を、価値の多元的状況における道徳的責任の可能性という観点から考察してゆきたいと思います。 4. 倫理的多元論と責任 テイラーは「自己に対する責任[24]」と題した論考の中で、サルトルの『実存主義とはヒューマニズムである』を引用しながら[25]、選択の自由に対する実存主義的アプローチの難点を指摘しています。彼によれば、絶対的な主張のあいだのラディカルな選択という実存主義の考えは、一方で「道徳的ヴィジョンの多元性」を表現するものとして評価できます。しかし他方、ラディカルな選択それ自体は「ある選択肢の他の選択肢に対する優越性を分節化しうる言葉を何ら持ち合わせていない」がゆえに、行為者は「ただ一方へと身を投じるだけ」であり、その「選択の理由」を全く説明できません[26]。そして彼は、ラディカルな選択理論は、その議論の射程を超えるような目的概念を密かに想定することによって、もっともらしい外観を保っているに過ぎないと結論付けています[27]。このように、また冒頭でも触れたように、テイラーにとって選択を有意味ならしめるものは選択肢の比較可能性です。彼の言う「強い評価(strong evaluation)」とは、量や強度の観点からは比較できない多元的な諸価値を、質的に序列化するひとつの方法(あるいは評価枠組)であり、これによって行為者は自己の選択の理由を説明し、責任を負うことができるとされます[28]。 しかしながら、テイラーがこの「強い評価」をあらゆる倫理的判断の必要条件として想定するとき、彼の主張は多元論の中心的主張の一つを無化するように思われます。それは選択肢の比較不可能性、さらには比較しないことの重要性です。彼は、通約不可能な選択肢に直面した行為者は、望ましい選択肢を、「強い評価」に従って、(暫定的にせよ)選択に先立って確定できると想定しています。しかしながら、価値多元論の主張に忠実であろうとするならば、まさにそのような語彙が存在しない状況を可能性として常に考慮に入れておくことが必要であると思われます。ジョセフ・ラズが言うように、多元的価値の世界においては「どちらが選択されるかが意味のある重要なことではなく、両者の間で無差別な態度を取ることが正しい場合」が存在します[29]。スティーブン・ルークスはさらに、優劣の比較が「無意味」であるのみならず「不適切」となる場合を指摘し、通約不可能性は単なる尺度の不在ではなく、それ固有の倫理的な問題圏を構築することに注意を喚起しています[30]。 ここにおいて、われわれは選択という出来事のもう一つの側面、すなわち選択が行われた後の事態に注意を向ける必要があります。バーリンが選択に伴う「犠牲(sacrifice)」を力説するとき、そこにおいて暗示されているものは、失われたものに向けられるまなざし、すなわち、選択に伴う喪失に対する配慮(care)の感覚です。 ルークスは価値の「トレード・オフ」と「犠牲」を区別し、倫理的考察における後者の重要性を論じています。トレード・オフは商業的な隠喩であり、ある価値と他の価値の間に交換(あるいは等価関係)が成立することを暗示しています。他方、犠牲は宗教的な隠喩であり、そこにおける喪失は根本的に回復不能であることを示唆している[31]。ルークスはこの「犠牲」の隠喩を日常的な経験世界に見出します。もし選択されなかった価値がトレード・オフを通じて元どおりに回復されるとすれば、道徳的な痛みや悲劇的な感情は発生する余地がありません。しかし、例えば友情や個人の名誉、自由な言論などは、他の価値、例えば金銭によって回復されることはありえません。彼はこのような価値を「神聖な価値(sacred value)」と呼び、その神聖さの源泉を価値の通約不可能性の認識に求めています。 バーリンによれば、われわれが生きる世界は「ひとしく究極的であるような諸目的、ひとしく絶対的であるような諸々の主張のあいだで選択を迫られているような世界であり、それらの一方を実現すれば不可避的に他を犠牲にしなければならないような世界」であります(1969:168/383)。このような世界において、「われわれは選ばねばならない運命にあ」り、そして全ての選択は、取り返しのつかない損失(irreparable loss)を招く可能性」(1990:13/19)があります。これらはルークスの言う犠牲の概念を端的に言い表しています。バーリンのまなざしにおいては、選択の後にあっても二つの価値は二つのままであり、綜合され宥和されることはありません。選択されざる価値は犠牲にされます。彼にとって綜合への欲求はむしろ「深く、治癒し難い形而上学的欲求」(1958:57/390)ですらあります。それにもかかわらず、われわれは、例えば、「自由も、自由の擁護やまた最小限の福祉に必要とされる組織も、いずれも犠牲にできない」(1950a:384/163)というのです。このディレンマをどう考えればよいのでしょうか。 多元的価値の世界における倫理的生活のありさまを、バーリンは「現実感覚(sense of reality)」論として展開しています[32]。そこにおいて彼はアリストテレス的な実践的推論、つまり具体的状況の把握と選択肢の比較考慮に基づく意思決定を重視しますが、しかし、それは必ずしも所与の状況に対して理想的・調和的な判断を与えてくれるものではありません。バーリンの力点はむしろ、実践的判断が必要とされる場面においては、たとえ状況を顧慮した最善の判断であってもしばしば犠牲が避けられないという点にあります。多様な価値のあいだでバランスを取ることは、それらが極大化する理想的な均衡点に到達することではなく、それらをそれぞれある程度において犠牲にすることを意味します。
多元論の承認は、諸価値の宥和されざる現実を直視することにかかっており、またその実践は、このような価値の喪失に対処できるか否か、つまり、自己の選択がラディカルであった場合ですら、なお個人は自己の選択を引き受け、選択によってもたらされた状況に応答できるか否かにかかっています。 一見したところ、この課題は解決困難です。選択に先立って確定的な見通しが与えられていない状況における選択は、行為者に対する責任の適用を拒むように見えます。しかしながら逆に、このような状況こそが問題解決の鍵となります。先に見たように、テイラーはラディカルな選択理論を、選択肢を評価する語彙の不在という側面から批判し、評価可能性と責任の可能性を不可分のものとして結びつけました。しかしバーリンやルークスが指摘するような、多元的状況における説明語彙のラディカルな不在は、そのような評価可能性に基づく責任の適用を困難に陥れます。というのも、選択の理由が説明できない場合に、個人は責任を引き受けられないことになってしまうからです。したがって、もし多元論を深刻に受け取るのであれば、責任は選択肢の評価可能性ではなく、むしろ選択それ自体、および選択がもたらした結果の側面と本質的な関わりをもつという見解が導かれます[33]。ここで「後悔(remorse)」についてのバーリンの見解を見てみましょう。
バーリンによれば、道徳的責任は自分が別様にも行為し得る(し得た)という、他行為可能性に対する信念から生じます。このような信念は、選択が別様でもありえたと行為者が反省する可能性を前提としています。選択による犠牲や価値の喪失は、別様にも行為し得たことへの反省とあいまって、犠牲に対するまなざし――たとえば後悔の感情――を発生させます。そのような感情は、自己の選択がもたらした結果に配慮する感覚を呼び覚まします。他方、選択によって重要な価値が犠牲とならない(と感じられる)場合や、トレード・オフを通じて元どおりに回復できる(と感じられる)場合、それらの感情は発生する余地がありません。行為者が絶対的な目的から理想的な選択肢を導き、「正しい」判断を行う場合、嘆くに値する価値の喪失は存在せず、そこにおいて後悔の感情が存在する余地はきわめて小さくなります。また、選択が自分以外の何か(誰か)によって強制された場合、それが自己の選択として重くのしかかってくることはありません。道徳的責任の条件は、安定的な目的体系や価値判断の基準――それがいかに全体主義に転化する危険が少なかろうと――が予め与えられていることではなく、自己の選択に伴う喪失と向き合う倫理的な態度に存すると考えることができます[35]。 ここまで来てわれわれは、バーリンが数々の批判に抗して「自由」と「自由の行使条件」との区別(1969:liii-lv/81-3)に固執した理由のひとつを理解できます。責任は、選択肢を序列化する評価枠組とではなく、選択の自由それ自体と本質的な関わりをもちます。この評価枠組を自己の選択と常に同一視し、さらには自由それ自体と同一視すれば、むしろ自由に伴うべき責任を個人が承認する契機を奪ってしまいます。もちろんテイラーの言うように、自己の統合性(integrity)は重要な価値であり、犠牲を伴わず、ディレンマに陥ることなく選択できることは望ましいことでしょう。しかし、常にそれが実現されるとは限りません[36]。倫理的多元論における責任の問題は、理由に関する完全な説明が存在しない場面において最も先鋭的な形で発生するのです[37]。結局のところ、積極的自由の全体主義的転化という言葉が意味するのは、自己の選択と集団の理念、あるいは自己の選択と選択の合理性が同一視されることによって、その選択が「私の」選択であるという点が消失してしまうことです。それは積極的自由の最初の意味である「自己支配」からの逸脱を意味します。この「私の」選択という契機は、ネーゲルも言うように、行為の結果を引き受ける倫理的責任にとって必要不可欠なものです[38]。それゆえ、バーリンが積極的自由の重要性を低く見積もったという見解は正しくありません。事実、『歴史の不可避性』においてバーリンが擁護したものこそ、この「私」の重要性、つまり自己決定の契機だったと言えます。 しかしながら、もちろん、行為者が常に責任を引き受けられるわけではありません。たしかに一方において、自己の統合性の完全な達成は、いかなる道徳的葛藤も意識に上らないことを意味し、それは多元論の基本的想定である諸価値の完全なる調和の不可能性を掘り崩してしまいますが、他方、諸価値の統合不可能性と選択のラディカルさを極限まで押しすすめれば、初期サルトルの自由論のように、自己の統合性あるいは連続性が消滅し、いかなる状況判断からも超越した空虚なコミットメントと自己同一性に帰着することになります[39]。先に見たように、自由と責任をめぐる倫理的実践がウィリアムズの言う一種のfictionに支えられているとすれば、行為は時に自由な選択によって、時に先行する諸原因によって引き起こされたものと見なされます。バーリンは次のように言っています。
われわれの社会的実践が自由な行為と自由でない行為の境界の存在を前提としているというは、無限責任論とは区別されます。完全な自由と責任というサルトルの責任論[40]は、ウィリアムズの言う「道徳の純粋さ(the purity of morality)」というひとつの価値を表現していますが、このような見方はそのまま受け取れば「幻想」であり「哲学的誤謬」であります[41]。この境界は時代と場所に応じて変化するが、しかし、この境界の存在それ自体は、人間の社会的実践にとって最も普遍的な前提の一つであり、その一方の側に自由な行為のカテゴリーが存在しなければ、われわれの道徳的実践は不可能になってしまうということ、『歴史の不可避性』においてバーリンが言わんとしたのは、このことであったように思われます。 5. 『歴史の不可避性』から『二つの自由概念』へ 以上において、『歴史の不可避性』がもつ、主に倫理学上の意義を検討してきました。最後に、政治的自由を論じた『二つの自由概念』との関係を見ておきたいと思います。バーリンは、二つのエッセイが完全に異質なテーマを扱ったものではなく、ある論点を共有していると述べています(1969:xxxvii/55)。彼によれば、人間の行為における選択の自由と責任の概念は、他の存在者から区別される人間の本性という観点から説明される形而上学的概念ではありません[42]。
責任と自由はむしろ、われわれが人間の行為を了解する際の日常的な語彙に含まれているメタファーであり、行為を道徳的に評価するためのカテゴリーを構成する概念です。他方、人間が物のように扱われ得ないわけではないという指摘は、人間の行為を法則論的な行動と見なす決定論も、非決定論と同様に、人間の行為に対して適用可能であることを暗示しています。人間の自由は人間本性論によって基礎づけられるものではなく、常に確実に実現するものでもありません。その意味で、選択の自由から政治的自由が演繹されるというよりも、むしろ選択の自由および責任の範囲自体が、その境界をどこに定めるかという意味で、ひとつの政治的選択の対象であることを示しています。 この境界はどの社会にとっても基本的なものですが、その中でも自由主義社会は、個人の自由と責任に比較的高い価値を置く社会と考えることができます。非常に単純化して言えば、自由主義社会における中心的な原理は自己責任であり、この原理は、行為者の自由と責任の対称性を前提としています。つまり、この社会において行為者は自由な活動を行う代わりに、自己の行為の結果を引き受けることを期待されており、行為者が他者や社会に損失を与えた場合、その人は損失を補償できなければならなりません。しかし、自由主義の社会的実践を支えるそのようなメタファーは、自律的な主体という概念の後退とあいまって、後期近代と呼ばれる現代において衰微しつつある、つまり、その実践的な力、行為を正当化する力を弱めているように見えます[43]。例えば、原発事故や遺伝子操作などの社会的諸問題において顕著にあらわれているところの、人間の行為能力と責任能力の著しい不均衡は、伝統的な責任概念の適用を根底から脅かしています[44]。また、このような自己責任原理の実践は、最も純粋な形で行われれば、個人に対して強い心理的ストレスを与えることが予想されます。というのも、先に見ましたように、選択の自由は諸価値の葛藤状態を意味し、多元論の観点からすれば、このような価値の衝突こそが、道徳的なもの、特に自由の契機をもたらすからです。 ここから、価値多元論を肯定する自由主義が答えるべき問題として、自己の統合性と選択の自由との両立可能性の問題が浮かび上がってきます。価値の多元性とラディカルな選択の契機が完全には除去されないということは、多元論の想定の下では、自己の統合性が完全に達成されることは不可能である、ということを意味します。したがって、価値の多元性と選択の自由を基本的な想定とする多元論的自由主義の下で形成される自己は、常に統合失調症あるいは分裂症(schizophrenia)の傾向をはらんでおり、そしてその傾向は決して除去できないことが帰結します。バーリンはこの神経症的傾向に明示的に言及しています。
ここまでの解釈に従えば、選択の自由は必然的に神経症的傾向を伴う、あるいは人間の神経症的徴候こそ、道徳性の本性を表現していることになり、その点で彼の立場は一貫しています。 このようなバーリンの道徳心理学は自由主義社会におけるひとつのパーソナリティ分析として読むことができます。ここですぐさま思い当たるのが、エーリッヒ・フロムによる自由をめぐるパーソナリティ分析です。御承知のように、フロムは『自由からの逃走』において二つの自由を分析し、消極的自由の欠点を現代の大衆社会・資本主義社会における病理的なパーソナリティと結びつけ、他方で積極的自由に、理想的な人間像としての「生産的パーソナリティ」を見出しました。彼によれば、「積極的な自由は、全体的な、統合されたパーソナリティの自発的活動」[45]であり、「自発的な活動とは、人が自己の統合性を犠牲にすることなしに、孤立の恐怖を克服できる一つの方法」[46]であります。 他方、バーリンは『自由論』の序論において、フロムの自由論に対して批判的に言及しています。バーリンにとって、自由とはラディカルな選択の要素を含む、精神的には非常に不安定な状態であり、複数の価値や理想をめぐる心理的なconflictの状態であると言えます。その葛藤状態において行為者はいずれか一方を選択し、それによって失われたものに対する責任を負うことになります。つまり、選択というのは複数の理想の統合を断念することです。そこで行為者は価値の犠牲を明白なかたちで認識します。これを後悔の感覚と言うことが出来ると思います。 したがって、多元的価値のあいだの選択という事柄と、心理的な安定性あるいは人格の統合性とは、基本的には衝突し合う方向に相対しているという風に言えるのであり、これは、道徳的あるいは倫理的な多元論者の基本的な想定であります。このような観点からすれば、フロムやテイラーの言う人格的安定性や統合性の実現と自由の拡大とは必ずしも調和するものではなく、こうした点を見逃している、あるいは過小に評価している点し対して、バーリンは疑問を感じた、さらに言えば危険を感じたのではないかと考えることができます。こうした人格の統合性と自由の拡大との調和という楽観的な想定こそが、政治的理想主義からユートピア主義、さらには積極的自由の全体主義的転化につながるおそれがあるとバーリンは考えていたのであります。 ここから、最後に述べるべき点としまして、人間的自由というのは、他の人間的理想、たとえば平等や人格的統合、また社会的安全や安定性、そうしたものとどれほど調和するのか、人間的自由の理念の完成というのはどのようなかたちで可能なのか、これらに関するバーリンのヴィジョンが見えてくると思います。しばしば言われるように、それは、ユートピア主義に対して警告する懐疑的なリアリズムであると考えられます。反啓蒙主義の思想家たちに対する卓越した共感的理解の能力ゆえに、バーリンは啓蒙の敵ではないかとしばしば疑われてきました。しかし、彼はみずから、自分が啓蒙合理主義の側に立っていると明言しています[47]。ルークスはこれについて、「啓蒙の諸理念を護る最善の道は、その最も強力かつ深刻な批判者である人々に対面することである[48]」と指摘しています。この点に注意すると、彼の思想史研究における反啓蒙主義者たちは、啓蒙を全面的に否定する者としてではなく、啓蒙主義の楽観的態度や傲慢さに対する批判を通じてその進歩を助ける者として現れてきます。バーリンは同時代のポパーやハーバマスらとは異なり、啓蒙のプロジェクトを積極的に構築するタイプの思想家ではなかったし、その達成に関しても楽観的ではありませんでした。しかしながら、彼はプロジェクトの構築者たちが見落としがちな事柄に対して注意を喚起することで、人間の道徳的・知的進歩に貢献しようとしたのです[49]。このようなバーリンの思想的ポジショニングは、政治的理想として徹底してネガティヴな構想、つまり善の促進よりはむしろ悪の除去をその第一の目的とするところの、「品位ある社会(decent society)」という考えを志向することからも伺えます。
バーリンはさまざまな人間的諸価値が衝突する可能性があることを常に意識していました。彼が啓蒙の主要な目標とみなしていた自由の理念に関しても、彼はそれが他の人間的理想と必ずしも両立するものではないと考えていました。われわれがリベラルな自己と社会を肯定するとしても、それはあらゆる積極的価値が調和する理想的人格やユートピアには通じていないこと、自由の促進には何らかのリスクが生じること、これらを認識してなおそれを擁護することこそ、われわれがリベラルな自己と社会に対して責任を負う倫理的な契機となるように思われます。その意味で、リベラルな社会とは抽象的理想でも熱狂の対象でもなく、一定の価値の犠牲を伴う具体的選択の対象であると言えます。たとえ、彼自身が繰り返し述べるように、それが後期資本主義文明の一時的な産物に過ぎないという可能性を、究極的には除去できないとしても、です(1969 : xli / 61; 172 / 390)。
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1950a: “Political Ideas in the Twentieth Century”, Foreign Affairs 28, pp. 351-85. 福田歓一訳「二十世紀の政治思想」、小川晃一ほか訳『自由論』(みすず書房、一九九七年)所収。
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