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吸入麻酔薬を主とした麻酔管理


目次 1.笑気
 2.フォーレン 
 3.セボフレン
 4.ハロタン、エンフルラン
 5.吸入麻酔薬使用時の注意点

 これまで吸入麻酔薬を中心とした麻酔は全身麻酔の代表として考えられ,誤って全身麻酔の同義語として使われることもあった。しかし麻酔薬による臓器傷害,副作用の回避,経済性の見直し,地球環境への影響など多くの視点から,その見直しがなされ,“バランス麻酔”“全静脈麻酔”“笑気を用いない麻酔”“低流量麻酔”など多くの概念,方法が導入されてきている。今後も全身麻酔の中にしめる“吸入麻酔薬を主とした麻酔”の位置付け,手技はさらに変化していくものと思われる。しかし本章においては,本書が主に初期研修医を対象としたものであること,当科での臨床場面での実際を考え,いわば最も“標準的”と思われる実際的な手技を中心に述べていきたい。

 吸入麻酔薬は大別すると笑気を代表とするガス麻酔薬とフォーレン、セボフレン、ハロタン、エンフルランなどの揮発性麻酔薬に大別される。

1.笑気

 ガス麻酔薬の代表として笑気があげられる。

笑気の特徴
 (1)導入,覚醒が迅速。
 (2)鎮痛効果は強いが,麻酔作用は弱いので,ほかの麻酔薬の同時併用を必要とする。
 (3)気道刺激性がない。
 (4)非引火性。
 (5)hypoxiaをきたさない限り毒性が少ないが,長期の吸入で骨髄抑制作用をまねく。
 (6)閉鎖腔がある場合,容積拡大を引き起こす。
 (7)大気に悪影響(特に温室効果)を与える。ただこの点の医療用笑気の使用の影響を
  どう評価するかについては,麻酔科(医)として一つの合意にはまだ至っていない。

 このような笑気ガスの特徴から,笑気と酸素(通称GO)の組合わせは,他の揮発性麻酔薬や静脈麻酔薬との併用により,全身麻酔のいわばベースとして通常使用されている。

2.フォーレン Forane(一般名:Isoflurane) 

 Foraneは1965年に合成され,日本では1990年から市販されたハロゲン化吸入麻酔薬である。構造は非常に安定。
 MACは100%酸素中で1.15%,70%笑気中で0.5%といわれる。

a)特徴

 (1)導入,覚醒が迅速 (セボフルラン>イソフルラン>エンフルラン>ハロタン)。
 (2)化学的に安定 (安定剤不用,金属・ソーダライム・紫外線と反応せず)。
 (3)生体内代謝率が0.2%と最も低く (ハロタンの1/100,エンフルランの1/10),肝障害,
   腎障害を引き起こす危険性がほとんど無い。
 (4)不整脈を生じるエピネフリン量はハロタンの約3倍と安全。
 (5)脳血流をあまり増加させず,脳圧も亢進させない。痙攣・異常脳波を引き起こさない
   (脳外科手術に良い)。
 (6)気道刺激性がやや強い。
 (7)心拍数の増加傾向がある (フェンタニールの併用がすすめられている)。

b)導入

 色々な方法があるが,代表的な方法を二つ挙げる。

 (1)Isozol+筋弛緩薬(記入例:IV→CA,IVec→GOI),急速導入。

  ・純酸素を5分間マスクから流し脱窒素後,2.5%Isozol(1ml=25mg)50mgを投与(test dose)。
  ・高度の血圧低下などの異常がないのを確かめてIsozolを追加投与。
   投与量は通常4〜5mg/kg程度。最近はこれに挿管時の循環変動を避ける目的で,
   フェンタニール2〜4mlの投与が併用されることが多いが,この場合、
   執刀までに血圧低下,徐脈をきたすことも多く,一律の使用には慎重さを要する。
  ・補助呼吸を行いながら筋弛緩薬(最近はベクロニウムが使用されることが多い。
   詳細は筋弛緩薬の項を参照)を投与し,挿管。
  ・数回100%酸素で換気後,チューブ固定。GO=2L:2Lとしバイタル確認。
   安定していれば,Forane0.5%とし,バイタルを見ながら維持濃度まで上げる。

 (2)GOI slow induction (記載例:CA,GOI),緩徐導入。

  ・100%酸素で5分間の脱窒素後,High flowのGO(GO=3L:3L,必要あれば6L:2Lなど)
   を数呼吸。その後 Forane を0.5%,さらに約10呼吸ごとに0.5%ずつ2〜2.5%
   まで濃度上昇。
  ・舌根,下顎の沈下がおこったら気道確保。難しい時はAir way使用。
   このまま補助呼吸を続ける(Head bandを使用すると楽)。
  ・眼球運動,睫毛反射が消失し,自発呼吸がなくなりそうな深度になったら
   SCC 1 mg/kg(ベクロニウム使用の時はもっと早く投与しておく)を投与し,挿管。
   または筋弛緩薬を投与せず,局麻薬(4% Xylocane)をスプレーし,さらに数分間
   補助ないしは調節呼吸を行った後,挿管する事もある。
  ・麻酔開始から挿管まで,成人の場合通常15分前後。

  ※Foraneは気道刺激性があるため,緩徐導入には十分な訓練が必要。

c)維持

 通常GO=2L〜4L:2L,Forane1〜1.5%くらいで維持。麻酔時間が長くなるにつれ,
 Forane濃度を低くする。血圧が高度に低下した時は,濃度を下げる。

d)覚醒

 麻酔が長くなれば,早目(手術終了10〜15分前)にForaneを止め,GOで手術終了まで。
 終了後は100%酸素とし,自発呼吸の出現を待って,リバース(後述)を投与。
 筋弛緩作用消失確認後,気管内,口腔内を吸引し抜管。

※ 麻酔導入時の脱窒素は上記方法の他に,マスクを密着させて100%酸素で4〜5回
  深呼吸をさせてもよい。ただし,老人,肥満者,呼吸状態の悪い患者では不十分。
  参考文献:「フォーレン麻酔の手引き」 ダイナボット社,1990年

3.セボフレン Sevofrane(一般名:Sevoflurane)

 1971年に発表され一時期姿を消したが,1990年世界ではじめて日本国内で発売されたハロゲン化吸入麻酔薬の一つ。快い臭気,麻酔導入・覚醒が早く調節性が良いという特徴があり,現在当科では最も頻用されている揮発性麻酔薬となっている。
 MACは100%酸素中で1.71%,67%笑気中では0.66%で力価はやや低い。

a)特徴

 (1)麻酔の導入,覚醒がきわめて迅速。
 (2)快い臭気。
 (3)筋弛緩作用が強い。
 (4)エピネフリンに対する心筋感受性亢進作用は低く,ハロタンの約6倍とされている。
 (5)腎障害に関与する血中無機フッ素を上昇させるが,メトキシフルランのような
  重篤な腎障害をきたしたという報告はない。
 (6)ソーダライムと反応し,種々の有害物質を生じる。したがって閉鎖循環麻酔での
  使用には注意が必要とされるが,総流量2l/min以上であれば安全に使用できると
  されている。
 (7)物理的に安定(光,熱,強酸。安定剤を必要としない)。
 (8)代謝率は約2〜3%。
 (9)脳圧を高め,脳潅流圧を低下させるがハロタンよりはやや弱い。

b)導入

 (1)急速導入→Foraneの項を参照。
 (2)GOS slow induction(CA,GOSと記載)
  Sevofluraneはその特徴からSlow inductionだけでも導入は速い。
  ・5分間の100%酸素で脱窒素後,0.5%から開始。数呼吸毎に0.5%づつ上昇させ
   (Sevofluraneに慣れるともっと早くなる),4〜5%とする。
  ・十分な麻酔深度になってから(10分以内),筋弛緩薬を投与し,挿管(筋弛緩薬な
   しでの挿管はやや難しい)。

c)維持

 通常1.5〜2%前後の濃度で維持。長時間では濃度を下げる。覚醒がきわめて早いので,
 他の揮発性麻酔薬のようにあまり急いで下げる必要はない。

d)覚醒

 手術終了約10分前でoffとし,GOで維持(実際には覚醒が早いため,手術終了まで
 低濃度でも投与を続けたほうが良い)。 手術終了後,100%酸素とし,自発呼吸
 出現後,リバース投与。また覚醒した直後から痛みを訴える患者が多いので,
 積極的な鎮痛対策が必要。

参考文献:「セボフレン麻酔の手引き」丸石製薬発行,1990年
      「セボフルレン」 稲田豊著,克誠堂出版,1988年

4.ハロタン Fluothane(一般名:Halothane)
  エンフルラン Ethrane(一般名:Enflurane)

 ハロタン麻酔におけるエピネフリンに対する心筋の感受性の亢進,肝障害の可能性,エンフルラン麻酔における痙攣誘発の可能性などの欠点はあげられるものの,揮発性麻酔薬として決定的に劣る薬剤とは思われない。しかし実際には,前述のよりすぐれた麻酔薬の登場により,現在その臨床使用の頻度は激減していることもあり,主に初期研修医を対象とした本書では,その説明は省略する。成書を参照されたい。

 ただ麻酔専門医を目指すものは,その臨床使用の実際を経験しておくことは有益と考え,当院では気化器の点検,整備を含め,その使用はいつでも可能な状態にしてある。

5.吸入麻酔薬使用時の注意点

1.ハロゲン化麻酔薬の間で交差過敏性の可能性が示唆されるため,当院では3ヶ月以
  内に吸入麻酔の既往を有するものは,理由がない限り吸入麻酔を避けている。

2.血圧低下に対する対応:吸入麻酔薬の循環抑制,末梢血管拡張作用が原因の事が
  あるので濃度を下げる事が第一。次に昇圧薬。

3.酸素:笑気の割合について
  研修初期では低酸素予防のため,笑気:酸素は2L:2Lで行う。ガス分析後,低酸素
  血症がなければ笑気:酸素=3〜4L:2Lに上げても可。

4.悪性高熱
  吸入麻酔とSCCなどを誘因として,麻酔中,麻酔後に体温上昇,筋強直,頻脈,
  呼吸性,代謝性アシドーシス,ミオグロビン尿などを生じることがある。
  細胞内Ca代謝異常が原因で,死亡率も高い。麻酔研修する場合には必ず念頭に置くべし。
  詳細,対応は巻末付録を参照。


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