幽玄
東京物語

(早稲田大学準硬式野球部だったページ)

   


ごくごく一部の要望にお答えして、旧早稲田大学準硬式野球部のコンテンツ(自称、元日本一の体育会系HP )を再公開

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東京物語

周知のとおり、東京に帰ってきた。
だから、東京物語。








2003年2月17日 「高原風味」
バレンタインはなんとなく過ぎてしまった。
女性の多い職場だから、義理チョコは沢山もらった。
営業の仕事は、少々の事で動じていてはいけないようだ。

だから、最近、感動が薄い。


2003年2月9日 「しましま」

最近、土日も仕事が多くてつかれるな。


2003年1月27日 「新世界」

眠い。今月は新しいところで、張り切って仕事しすぎたかな。
女を拝む時間も無かった。






男は筋肉だ。
女を拝め。

会社は合併するし、そういえば故郷は合併してるし、自分の周りはいつも動いているんだよな。
東京に戻った早々、親父の草ソフトボールの試合に鬼畜とダーソノを呼び出し、そうかと思えば会社の野球部で、大学時代に硬式野球部で神宮球場で見たことあるやつらと一緒に試合に出て、何故か相手チームの日生にはダーソノと関がいるし。
それも、東京に戻ってきたのは俺だけではなくて、怖い姉御も帰ってきたようだな。
いまだに名古屋時代に知り合った女とは切れず、それでも東京時代の女友達に連絡を取ってみたりしているが、ともかく、俺は初めて東京じゃないところに住んで、そして東京に戻ってきた。
やっぱり、東京が一番だ。そう思う。

また、地方に飛んでいく事もあると思うが、最後は生まれたところに帰るべきだ。



名古屋物語




社会人になって一年。
名古屋に来て半年。
生保マンとして生きると言う事。


2002年8月19日 「時間よ止まれ。君は美しい」
今日の「濱マイク」は、なかなか面白かったな。
石井聰互が監督だったんで、ビデオにとりながら観た。
「濱マイク」は今のところ、第一回から全部観て来たんだけど、ここ数回は好き嫌いが別れそうな話しが多かった。二回前の利重剛の回は、好きな人は好きなんだろうけど、俺はきつかったな。
なんか週に一回、小粋な邦画を観ているような気になれるんで、邦画好きの俺にはたまらない。

2002年8月18日 「愛は地球を救う」
名古屋の栄で、愛で地球を救うイベントをやっていた。
たまたま会場の近くを通ったので、イベント会場に寄ってみた。
名古屋のメインパーソナリティーは、野々村真であった。
俺は会場にはいたが、愛で地球を救う事は出来なかった。
俺もまだまだ大丈夫だと思った。

愛かエロかと言われれば、俺はエロを選ぶ。矛盾する様だが、愛を選んだ時から俺は「エロ親父」になりそうな気がする。
「私は悪人です。」と言う事は、「私は善人です。」と言うよりズルイかもしれない。
人から憎まれる、嫌われる覚悟は出来ているつもりだ。
でも、皆からは嫌われたくないのが本音だ。
俺は斜に構えているフリをしているが、そうする事によって、やはり人の共感を得ようとしているだけだ。
そして、なんとなく募金活動している人達の事を「何も考えてない幸せな人達」と侮蔑し、まるで自分が高みにいるような感覚を得ようとしている。そう、募金をしない事によって自己満足をしている。要するに、俺はズルイのだ。
俺は下らないが、安心する時がある。知らない人には、下着という布を見られたり、胸元を見られたりするだけで顔を真っ赤にして恥ずかしがったり、憤ったりするくせに、俺の前では信じられない事をする女がいる。俺は、そんな女の前では卑小で猥雑だが、悪人でも善人でもない。そして、どんな女よりも高みに立つ事は出来ない。そんな時間が嬉しく安心する。ほとんどの女が、そういう一面を持っている事を考えると安心する。俺は性風俗にはあまり行った事がないが、あそこにいる女達こそ、地球を救う事は出来ないが、男を救う人達かもしれない。俺は風俗嬢と付き合う気も結婚する気も無いが、彼女達は好きだ。
俺は、エロで地球を救えるか?
これからはエロとボランティア精神だ。
また、恥ずかしいものを書いてしまった。
2002年8月15日 「時には獅子のように」

今日は仕事ででかい声を出した。
のどがつぶれそうだ。
でも、やっぱり気持ちイイな。
最近、本当に声が枯れるほど吼えているかい?

2002年8月13日 「萎える時もある」
それにしても女はわからない。
男もわからないんだから、女はわからん。
でも、男より面白くは無いが、男と違って気持ちEから良いか。

2002年8月12日 「祭りのあと」

夏休みも終わり、今日から仕事が再開だ。
夏休みは、わりと長く東京にいたのだが、実は土曜日にプロレスを観に行った。
ちょっとした縁があり、週刊ゴング編集長の奥さんと一緒に観戦し、その後に軽く飲んでしまった。
奥さんとはプロレス談義に花が咲き、「高橋さんは、本当にお詳しいですね。」と言わしめたので、これで俺も週刊ゴングが御墨付きのプロレス通となった。
俺は、何をやっているんだろう。
2002年7月31日 「3周り目」

今日で七月も終わりですな。
今年一年も、ゆっくりと後半に入ってきている。
野球で言えば、5回の裏が終わったところだな。
試合の流れにもよるが、6回っていうのは、結構大事なイニングじゃないか?
そうやって考えると、8月も少し気持ちが入ってくる。

2002年7月30日 「エメラルド・フロージョン」

緑のラグマットを買った。
昨日買ったベッドのシーツが緑だったから、それに合わせてみた。
というわけで、なんとなく今のへやは緑色っぽい。
でも、ブルース・リーとジェット・リーと矢吹丈と星飛雄馬のポスターが貼ってあるので熱くもある。
統一性を持たす為に剥がそうかとも考えたが、やはりこいつらは外せないな。

2002年7月29日 「もっと気持ちE」

それにしても、暑い日々が続く。
今日はベッドのシーツを買った。
イロイロあって、この夏休みは海外旅行はしなくなったので、ボーナスが少し余った。
一人暮らしを始めて10ヶ月経つが、出張が多いので、あまり家具に気を使ってなかったが、今度、ベッドとシェルフでも見に行こうかと思っている。
一人じゃ寂しすぎる、二人じゃ息さえ詰まる部屋。
といっても、寝かす女も捜さねばいかんのう(寝かさないけど)。海で拾うか。合コンもありそうだし。


2002年7月27日 「気持ちE」
今、「かまいたちの夜2」をやっている。
第1弾をスーパーファミコンでやったのがいつだったかは、もう覚えていない。
スーパーファミコンだからな。
それにしても、「恐い」っていうのは、なかなかの快感であろう。
ゲーム、小説、映画にも、「恐い」傑作や人気作はたくさんあるし。
ジェットコースターも、その一つであろう。
名古屋から1時間くらいの所に、「ナガシマスパランド」という遊園地があり、そこのジェットコースターは、高さだか落差だかがギネスに載っているらしいのだが、先日、そこに行く機会があった。凄まじい落っこち方だった。
娯楽として「恐い」を楽しんだ後というのは、妙に清清しい。
擬似的に「死」と隣り合わせてみる事が、生身としての自分の生命を感じる事が出来るからだろうか。
今夜も快感を得よう。

2002年7月25日 「男はひとりだから」

今日も一人で外を回っていたのだが、仕事が終わった後に、ラーメン屋に寄った。
少し大きめの駐車場のある、チェーン店だった。
当然、俺は一人でラーメンを食べていたのだったが、隣でも、土木業系の作業服を着た、俺と同じ位の年齢の男が一人でラーメンと大盛のライスを食べていた。
なかなか美味しいラーメンだった。隣の男も満足げにほおばっていた。

少し広めの店内には、カップルや女子高生グループもいたのだが、多分、一仕事終えた後の俺達が、一番美味しいラーメンを食べているんだろうなあ、と思った。
なんだか、ひどく、生きている実感をしたような気がする。

2002年7月24日 「至宝?」

リナレスが試合で打撃をするところを、テレビで初めて観たのだけど、やばい位にタイミングが合っていないな。
どうみても調整不足だと思うのだが・・・
まあ、自力はあるはずだし、経験もあるのだから、少しずつ上げてくるであろうけど。
ただ、少しでも、彼が日本の野球をなめているところがあるのだとしたら、絶望的だろうな。
いずれにしても、今の状態だったら、カブレラとかローズの方が迫力ある。
ナゴヤドームは近いからいいのだけど、パリーグの試合が、愛知だと観れないのが辛いなあ。

2002年7月23日 「豪腕」

今日は豊橋に出張していたのだが、思ったよりも早く仕事が終わった。
そこで、近くで何か面白い映画でもやっていないかと考え、「ぴあ」を立ち読みしてみた。
そしたら、ビックリ。
なんと、ノアが6時から豊橋市総合体育館という所で試合をするではないか。

というわけで、俺は、一年半の欠場を終えたばかりの小橋健太の試合を、かなり前の方で観戦する事が出来た。
彼の試合ほど、生で観戦する事をお薦めしたくなる選手はいない。

プロレスを生で観戦した事はない人は、先ずは小橋の試合を見ることをお薦めしたい。

2002年7月22日 「純愛」

本日は仕事で飛騨高山に行ってきた。
朝ドラの舞台になっているそうだが、よく知らん。
森公美子と、レンホウ(漢字ワカラン)みたいな人が出ている奴だったと思うが。
帰りの電車まで時間があったので3〜40分散歩してみたが、ガッショウ作りのこぎれいな町並みだった。飛騨牛、高山ラーメン、飛騨ソバが有名らしいが、とりあえず、飛騨ソバは大した事無かった。近くの新穂高温泉は素晴らしいらしい。

まずまず綺麗な町並みに、美味しい食べ物、絶景の露天風呂もあって、ドラマの舞台にもなっているのだから、それなりに良い条件は揃っているのかなあ。

岐阜は何処に行っても川が綺麗。食いもんが有名なのは高山くらいか。

岐阜の温泉旅館は渋い所が多い。ビジネスホテル以外は泊まったことがないが、多分、女と泊まれば、愛人と逢引の不倫旅行のような気分が味わえそうな気がする。
観光地なんて、小奇麗になってしまえばどこでも同じだが、岐阜の、イケナイ雰囲気は守って欲しい。
2002年7月21日 「海はすげーなー」

今年も思った。海は女を大胆にさせる。
ありふれた感想だが、これは真理だ。
愛知の海での海水浴は初めてだったけど、なかなか良かった。
俺が海の日の前後に海水浴に行くのは、夏を始めるための儀式である。
これで夏が始まった。
24歳の夏だ。今年もきっと、熱くなるに違いない。

2002年7月18日 「イカ天とは、イカす天龍のことである」

天龍源一郎が三冠を防衛したらしい。俺がプロレスを夢中になってみだしたのは中一(12歳)の時からなのだが、その頃から彼はヴェテラン選手であった。あれから12年。俺は24歳になったが、彼は52歳になった。

ちなみに上の写真の小橋健太は、当時売り出し中の若手のホープであって、23歳だったから、俺は当時の小橋の年齢を超えてしまった。
俺は若手のホープか?
12年後は、一流になっているか?
50過ぎても一線を張れるか?

よくワカランが、ちょっとやる気になった。 なにを?
2002年7月17日 「みんな黒く塗りつぶせ」

うーむ。今日は仕事でとちった。
「次はもっ上手くやろう」と思えているから、俺もまだまだ大丈夫かな。

伊達にたくさん負けてきちゃいない。
それも俺の財産だ。

2002年7月16日 「男はいつも待ちくたびれて」

昨日、新しく買ったスーツが、丈がなおってきた。
早速、今日は新しいスーツを着て行こうかと思ったのだが、台風で大雨だったので、いつものスーツを着ていくことになった。
どんなに気に入っているスーツがあったとしても、やはり初めて新しいスーツを着ていく時は気分が良いものだ。
多分、どんなに気に入っている女性がいたとしても、新しい女性と遊びに行くのは楽しいものなのだろう。

2002年7月15日 「おそれるな。そして俺から離れるな」

今夜は岐阜県の高山という所に出張して、宿泊出張する予定だったのだが、台風が来ているので延期となった。知っている人は知っていると思うが、高山と言うところは、まるでノーフィアーの如く山の険しいところであって、土砂崩れ等も起きかねないと言う事で延期となった。
リナレスも練習をはじめたようだな。実は、俺の住んでいる部屋から名古屋ドームまでは自転車で10分程で、アパートの2階から見えるくらいなのだけど、まだ行った事が無い。
「我々がアメリカから受け取った唯一の素晴らしいものは野球である」とカストロが言ったそうだけど、社会主義国から来たスラッガーが俺の近所で何をもたらしてくれるのか、楽しみである。

2002年7月14日 「青春は、燃える陽炎か?」

最近、疲れが取れにくいのだよねえ。
顔も、少し老けてきたらしい。
気持ちの問題か。

太ってはいないので、まだマシかもしれないが、もう20代も完全に半ばだな。
意外と中途半端な年頃だ。
10代半ばも、大人と子供の中間で、心身ともに不安定になりがちだけど、20代半ばも、そういう傾向はあるのかもしれないな。俺のように独身で気ままな奴もいれば、子供も奥さんもいて、一家の主になっている奴もいる。
くだらない事で悩んだりする事が青春であるならば、まだまだしばらく青春だな。性旬でもイイけど。

2002年7月13日 「躍動」

今日は映画を観に行った。私はSW以外は、この夏の映画はノーマークだったのだが、連れの希望で「アイアムサム」という映画を観る事になった。
障害者の父と、娘の感動的なお話しなのだが、ショーン・ペンはイイ演技だったし、ミシェル・ファイファーもイイ女ぶりを発揮していた。まあ、よいお話しだった。以上。

私はカンフー映画と邦画が好きなのだが、この夏の話題の邦画は「ピンポン」であろうか。松本大洋という人の漫画を読んだことが無いので、原作については良くワカランが、どうも俺には、窪塚クンがわざとらしくて駄目なんだよなあ。竹中直人も、お笑いやらなくなってからは、なんか刺がなくなって、ふつうの「個性派俳優」になっちゃって、竹中直人が出ているというだけで、なんか期待が薄くなってしまうのだよねえ。まあ、これは完全に俺の個人的な好みの問題であって、窪塚クンも竹中も素晴らしく、「ピンポン」も面白いのかもしれないから、機会があれば観るつもりではいるんだけどねえ。
東京では放送するかわからないけど、今日の深夜にCBCテレビで放送される「東京フィスト」という映画は、90年代の邦画を代表する名画の一つだと思うので、時間のある方は是非、録画でもしておいて下さい。
2002年7月11日 「だから私は青臭い」
3月くらいからスポーツジムに通っている。
15年近く野球部員として野球をやってきていたので、運動不足はかなり深刻であったからだ。
三島由起夫が「人間は勉強をしたら、同じくらい体も鍛えなければいけない」といっていたので、俺はどちらも重要なものだと考えてきた。
それにしても、最近、仕事上の勉強はしているけど、学問のような勉強はしていないな。
実生活や仕事に、直接的に関わらない学問を軽視する考え方もあるが、逆にいえば、実生活や仕事に、直接関わるような類のことは、現場で体で身につければ良いのであって、敢えて勉強しようとする必要は無いと思う。敢えて勉強しなければいけないのは、自分の行き方の核となるような教養を作り上げる事であろう。

2002年7月10日 「私達がのぞむものは」
天気予報によれば、もうすぐ名古屋も暴風域に入るらしい。
どういうわけか、台風の前というのは、不謹慎ながら不安よりもワクワクする気持ちのほうが大きい。よっぽど日常がツマランのか。情けない話しだ。
まあ、毎日がエキサイティングでも困るが。
今日、久し振りに気持ちが昂ぶる出来事があった。
俺は、かつては怒りや憤りのようなものをぶつけて生きていたような気がする。
どうも、社会人になってから恵まれすぎていたのかもしれない。
仕事がしんどい時もあるとはいえ、まずまず名の知れた会社で、そこそこ良い待遇で飼われていたのだから、怒る機会なんて当然無かった。

俺は憤ったのだから、当然、俺にとって不愉快な事が起こったのであるが、一時だけ感情的になった後、俺はなんとなく懐かしい気持ちになった。むしろ、思い出した事が嬉しかった。忘れていたけど、求めていた気持ちだったのだと思う。
やはり、なにもないところではなにもうまれない。

2002年7月9日 「嵐の明日」
台風がきているようですな。
とにかく名古屋の夏は蒸し暑いらしい。
俺は雨は好きじゃないが、暑いのは好きなんで、早く夏になってほしいものだ。
昔、のび太くんが、「寒いのは着るものを増やせばイイが、暑いのは脱いでも暑いから、冬の方がイイ」などと言っておったが、俺は暑い日にギラギラの太陽に照らされながら
ダラダラと汗をかく事を好む。

2002年7月8日 「夏なんです」
月曜日はイマイチ気合が入らんな。
土、日を楽しみに生きているようでは、まだまだ充実した仕事を出来ておらんのだろう。
野球をやっていたときは、取りたてて練習がない日を楽しみにしていたというわけではないからな。
まあ、なんにせよ今週も始まった事だし、この夏もテーマを決めて生きてみよう。
2002年7月7日 「前のめり」

女もすなる日記と言う物を、男もしてみようと思う。
準硬を引退して以来、漠然と新HPの構想を考えつづけて早二年近くになる。


このままでは丹波哲郎の「大霊界」と同じくらいの構想期間になってしまいそうなので、取り敢えず、書くことにした。

今後、コンテンツが増えていくかどうかは未定。

先日、連載が終了した漫画の「幽玄漫玉日記」と映画の「東京物語」からタイトルはもじってみた。

俺は生きているだけだが、何かとイロイロな事が起きるし、イロイロな事を感じたりする。

それは、ありふれた事であったとしても、記してみるのも面白いかもしれない。
自分が考えていたよりも、激しく生きている自分。
自分が考えていたよりも、意外とつまらない自分。


他人か怪我か病気か寿命かはワカランが、殺されるまでは死なないし、ずっと前のめりのまま生きてやろうという気持ちを込めながら、ちょっとした名古屋の観光案内なんかになったり、金融への就職の参考になってみたりもしたら悪くないなと言う事で、こつこつ書いてみようと思います。


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