Cotopaxi(コトパクシ火山)標高5897m


5400mで、悪天候のため下山。


コトパクシ山
Volcan Cotopaxi
エクアドル中央部、アンデス山脈中にある活火山で、首都キトの南東に位置する。
コトパヒ山ともいう。
世界の活火山の中でもっとも高く、標高は5897m。
火口は東西500m以上、南北700mと推定されている。
山頂部の1300m以上は、雪をいただき、雲におおわれて氷河となっている。
1532〜33年に噴火した記録がある。
1698年の噴火では、南西の町ラタクンガに大きな被害をあたえた。
1744年の噴火の際には爆音が800km以上はなれたコロンビアのオンダまできこえた。
近年では、1903年に大爆発がおこっている。
"コトパクシ山" Microsoft(R) Encarta(R) 97 Encyclopedia. (C) 1993-1997 Microsoft Corporation. All rights reserved.
1997/8/14

ようやくインデヘナのストライキが終わった。
ガイドの名前は、ディエゴだ。
ガイドの車(トヨタ・ランドクルーザー)で、コトパクシの山小屋へと移動する。

登山口近くのエクアドル独立戦争の頃から有る家による。今は、ホテルになっていて、一休みして、お茶を飲む。
独立戦争の時の銃弾で、穴が空いた鐘が、おいてあった。大変きれいな建物だった。
大きな木の並木があるエントランス。 ガイドは、ビールを飲んでいた。 噴水のある中庭。背景は、教会。

パンアメリカン・ハイウェイのそばの登山口から入山する。
インデヘナが、看板の下で、土産物を売っている。 国立公園入り口。
入園料20000スークレ。
約5ドル。
案内板。キリマンジャロのように、もう一つの山がある。
登山口からあとの林道にも、丸太や石が散らばっている。
インデヘナのストライキのバリケードあとだ。
林道は、イリニザのように、水流でえぐらているところもなく、快適である。
あちらこちらに大きなゴミ箱がある。
どのように集めるのかと思っていたら、ピックアップ・トラックできちんと回収していた。

駐車場に着いた。エンジンがかかりやすいように、車は下向きにとめる。大きな観光バスが上がってきている。
山頂へは、愛知教育大学ワンゲルOBの中本幸志・倫子夫妻と一緒だ。ガイドとで、4人パーティになる。
風が、ビュービューで、寒い。雪も降っていないのにフル装備なのは、やはり高度のせいだ。
駐車場(4600m)着。 駐車場から、小屋を見る。


富士山の5合目のような赤茶けた溶岩砂礫の道を、登っていく。
まだ順化が獲得できていないためか、しんどい。
足場も崩れやすい。
ガイドがストックを使う理由が、よくわかる。
この高さで、この荷物は、ネパール以来かもしれない。

ガイドは、料理(?)をしてくれるが、食料は客も担いでいる。
他のツアー会社より、安い理由か?
それにしても、食料に生ものが多すぎる。
ブドウやリンゴが入っている。
ヨーグルトが、2Lもある。

途中の岩で一休み。1時間近くかけて、コトパクシの山小屋(4800m)へ到着。
山小屋(4800m) 小屋から、駐車場・湖方向を見下ろす。 小屋からの山頂方面。
小屋がすごく大きく、全体図がとれなかった。
暖炉でまきを燃やしている広い部屋に、とりあえずザックをおろす。テーブルがあり、食堂に使っている。
奥には、ガイド用のキッチンがある。
高校生の団体がいて、歌を歌っている。あの観光バスで上がってきたのだろう。

小屋の前にトイレ小屋があるが、洋式トイレなのに便座がない。みんな、しゃがめずにするので、すごく汚れている。
水は、汲み置きの水で流す。

2階に客室があり、2段ベッドや3段ベッドがあった。個人装備のロッカーがある。
すでに満員なので、1階の別の部屋の暖炉の横でいすを並べて寝ることになった。

夕食は、ツナトマトサンドだ。イリニザでは、食欲のなかった中本も、しっかり食べている。

明日のために、7時に眠る。
1997/8/15 
コトパクシに、トライ。

11時起床のはずが、誰も起きずに、1時に起きる。
キトで買ったカップヌードルを食べ、2時に出発する。
天候は、強風と共に細かい雪が降っている。ようするに、雲の中だ。
なかなか速いペースで歩くのでしんどい。
1時間ぐらい歩くとガレ場が終わり、そこでアイゼンとロープをつける。

雪の急斜面を取り付く。雪の上になると、ぐっとペースが落ちた。
吹雪が強い。メガネが、凍り付いてしまった。はずして、ロープを頼りに歩く。
一度クレバスに、右足が膝まではまった。
ヘッドランプにも、雪が凍り付いている。私のは、リチュウム電池ランプなのでついているが、単三のやつは、寒さで消えかけている。

どんどん状況は、悪くなる。全身、凍り付いて真っ白だ。
ガイドが「寒し、遅いし、もうやめよう」という。
5400mで下山。4時。
下山も、ガレ場のルートがわからず、大変だった。

小屋が見えて、一安心する。5時。寝袋に潜り込み、寝直す。
再び起きたら、9時だった。中本が置いていたポリタンが盗られていた。
トイレの汲み置きの水が、凍り付いて使えない。
ピッケルでも、割れないほどだった。
下山する。
湖からの山頂

湖のそばで、別働隊を待つ間に、高山植物を写す。 リオバンバへ移動。
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