In my opinion about ベースボール

僕が思うこと。あるいは意味のないコラム。随時書き足していきたいと思います。





  • スポーツ紙寸評  ・・・・・・・6大スポーツ新聞について一言ずつ (98.05.03)

  • 応援団は偉いのか?  ・・・・・外野スタンドにのさばる不要な人々 (98.05.03)

  • 谷繁と秋元を巡って  ・・・・・レギュラーと控えの差 (98.05.07)

  • ベースボールの国で  ・・・・・大リーグ放浪観戦記 (98.05.07)

  • なんとかならんか広島球場  ・・狭すぎないか? (98.05.12)

  • 佐々木主浩の時代   ・・・・・伝説になる男 (98.06.08)

  • 懐かしの大洋達   ・・・・・・僕の宝箱 (98.06.26)

  • 外野席の憂鬱   ・・・・・・・外野席にて (98.07.10)

  • オールスターに思う   ・・・・夢の球宴? (98.07.24)

  • 最後の一球   ・・・・・・・・忘れられないシーン (98.08.01)

  • 頼むよ、ボビー   ・・・・・・4番セカンドローズ (98.08.18)

  • 野球バカの独り言 ・・・・・・・あぁ野球バカ (98.09.07)

  • 僕の10.8   ・・・・・・・38年振り優勝、その瞬間 (98.10.13)

  • タイトルに思う   ・・・・・・タイトルの話 (98.11.19) New!



    スポーツ紙寸評

       僕は毎日仕事場へ行くのに電車を利用しています。駅が終点、始発なので、電車が来ると乗客が全員降りて、そのあと乗車することになります。そうすると、網棚の上にスポーツ紙が結構置いてあるので、拝借してます。

     日刊スポーツ 高校の図書室にあったのを読んでいた時から愛読している。一番好き。買うときは必ず日刊を買う。一番12球団公平な報道をする(あくまで、他紙との比較での話)。データが豊富。ウェブページにもお世話になっている。

     スポーツニッポン 買わないが、あれば見る。可もなく不可もない。紙質が他社より厚くて妙にかさばる。保存するにはいいかも。コジローの4コマ漫画が面白い。

     報知新聞 絶対買わないし、あっても見る気しない。巨人の機関紙。

     サンケイスポーツ 絶対買わないが、あれば見る。ヤクルトの機関紙。この新聞の一番嫌いなところは打撃成績は上位30人。投手成績は上位15人しか載っていないこと。これは重大な欠点。たとえば今(5月3日現在)でいえば、松井、ゴメス、新庄、マラベなどが載っていない。

     東京中日スポーツ 絶対買わないが、あれば見る。中日の機関紙。F1の報道に熱心だが、興味ない。この新聞のイイ所は、規定打席未満、規定投球回数未満でも、主力選手は別欄で成績を掲載しているところ。また部門別のタイトル争い状況表もイイ。

     デイリースポーツ 絶対買わないが、あればとりあえず見る(でも滅多に置いてない)。阪神の機関紙。今日の試合のところに勝利確率が書いてあるのが面白い。



    応援団は偉いのか?

       昔の応援風景は、応援団の笛、太鼓に観客の拍手と肉声でした。その当時の応援はわりと好きでした。しかし今はどうでしょうか、トランペット必要ですか? 変な踊り必要ですか? 振り返ってみると、いつの間にか、「山崎一家」と称するうるさい連中が、ライトスタンドの一部を独占するようになっていた。山崎がダイエーに移籍した時、てっきり一緒に消えてくれると思ったが、名前を変えましたね。山崎への思い入れってその程度だったん? そして今では、その手の団が4つもあって、それぞれ50人は座れるところを10人位で占領して座席の上で踊ってらっしゃる。只でさえ少ない浜スタの外野席、すいているときならともかく、立ち見の人がたくさんいるのに何も感じないのでしょうか? 自分達は特別だと思っているのでしょうか? スタジアムの係員もマイクで盛んに「座席を詰めてください、荷物は席の下に」と叫んでいるが彼らには対しては何も言わない。なんで? 一般客とつかみ合いのケンカをしているのを見たこともある。はっきり言って一番邪魔なのは彼らだろう。だれも席の上で踊ってくれとは頼んでいないし、ありがたいとも思っていない。自分達はさぞや気分のイイことだろうが、不快に思っている人の方が多いだろう。踊りたければ、家のテレビの前で踊ってくれ。そしてさっさと席を譲ってくれ。トランペットがなくても、すばらしいプレーには大歓声が上がるし、佐々木が出てくればの応援団の誘導がなくたって盛り上がるんだ。
     息子はまだ野球のルールをよく分かってなく、知らない選手も多い。子供と球場で観戦していると、頻繁にあれこれ質問してくる。しかし、攻撃中はうるさくて、彼が言っていることが全く聞こえない。野球を観に行って野球の話が出来ない。”それなら、テレビで観てろ”と言うかもしれないが、それなら僕も言う、”僕の方が先にここに居たんだ”と。うるさいだけの応援がなくたって野球は十分楽しめることをわかって欲しい。
     昨年、「週ベ」のアンケートで「応援団は必要か?」というアンケートをやっていたが結果は「不要」59%、「必要」39%、「どちらでもよい」2%となっていた。外野席でアンケートをしたなら全く違った結果になるのだろうが、これだけ多くの人が応援団が不要だと思っている現実が確かにあるのだ。



    谷繁と秋元を巡って


       デーブ大久保がラジオの解説で次のようなことを言っていた。「一部の中心選手を除いてはレギュラーと控え選手の力の差なんて殆どない。監督が”この選手がレギュラー”と言えばレギュラーで、”控え”と言えば控え、それだけ」。この発言は自身の実体験に基づいてのことだと思う。そして、この言葉を聞いた時、ベイスターズの捕手、谷繁と秋元にのことを思った。
     90年秋元が西武から移籍して来てから6年間、谷繁と秋元はほぼ併用され、ほぼ同じような成績を残している。つまり、力の差は殆どなかったのである。しかし、大矢監督が就任すると”レギュラーは谷繁”と決めたため、谷繁は正捕手となり、秋元は控え捕手になった。そしてこの2年間、谷繁は確かな実績を残し、もはや決められた正捕手でなく、誰もが認める正捕手となった。もし大矢監督が秋元を選んでいたなら恐らく立場は全く逆になっていたはずである。
     96年度谷繁の年俸3250万円、秋元2900万円。2年後の今年、谷繁の年俸6600万円とFA契約金、秋元2500万円。秋元は何を思うのか・・・。




    ベースボールの国で

       1990年4月〜5月にかけての40日間、僕はアメリカに居た。グレイハウンドのバスで西海岸から東海岸へ横断し、そして南から北へ縦断。その間、16の球場で18のベースボールのゲームを観た。南では半袖で観ていたのにデトロイトあたりでは、ジャンバーを着ても寒くて寒くてしようがない。アメリカの広さを実感した。
     あちらでは、選手とファンの間の垣根が低くネットなどない。選手はフェンスごしにいくらでもサインに応じるし、気前よくスタンドにボールを投げ入れる。僕はヒューストンのアストロドームでその前年巨人に在籍してアメリカに復帰したばかりだったガリクソンとフェンスごしに話をし、そしてボールをもらった。スタンドに入ったボールは全てファンのものになるが、それは試合中に限らず、バッティング練習でも同じで、早く球場に行って外野で待っていればかなりの確率でボールをゲットできる。僕は再三あと一歩というところで逃してしまったが。アメリカは広いので球場のファンは殆どホームチームのファンとなるが、相手チームの選手の好プレーにも拍手が起こる。日本の球場にはびこる「自分のひいきチームが勝てば何でもいい」という姿勢ではなく、野球ファンの「野球を楽しむ」という本来の姿がここにある。また入場料も安く、その上サービスもいい、シカゴのリグレーフィールドでは入場者全員にカブスの帽子をくれたし、アトランタでは全員にサングラスをくれた。横浜のS席5500円というのは冗談としか思えない。
     とりあえずホームチームを応援することにしていたが、当然いつも違うチームの対戦で当然知らない選手達なので、正直、野球は面白いが、あまり試合に熱くなれなかった。無性に横浜スタジアムが恋しくなったりした。もし日本のオールスターチームが一年リーグ戦に加わったらどのくらいの成績を残せるんだろうか、とか途方もない空想したり、誰か日本の選手が大リーグに入ってくれないもんかなぁと思ったりした。 −−その5年後に野茂が渡米することになる。
     アメリカで見た選手で後に日本にやって来た選手は結構多い。中でも印象に残っているのはダイエーに入団したケビン・ミッチェル。あちらで買ったメジャーリーグのガイドブックの表紙だった(前年、ホームラン、打点の2冠だった)。あとは、アストロズの4番を打っていたグレン・デービス(阪神)。ツインズの1番打者ダン・グラッデン(巨人)、タイガースのモスビー(巨人)、エンゼルスのジョニー・レイ、ジャック・ハウエル(共にヤクルト)、インディアンズのジャコビー(中日)、ヤンキースのバーフィールド(巨人)等など。



    なんとかならんか広島球場

       数年前、仕事で最初で最後の広島への出張があり、木曜日に仕事が終了したのに、次の日から横浜3連戦が始まることになっていたので、強引に有給を取り、自腹で、もう1泊して観戦してきました。試合は完封負けで全然でしたが、まあ滅多にない機会なので観れただけでも良しとしました。
     で、広島市民球場で野球を観た感想は、ちょっと狭すぎないか? と言うことです。例えば同じ「狭い」と言われている神宮は実際に球場で観戦すると不思議と狭く感じない(僕だけ?)。ところが市民球場はテレビで見ても狭く感じるし、実際に見てもすっごく狭く感じました。外野で観るとフェンスも低いので、外野手がすぐそこです。まあ。レフトスタンドなのにカープファンばかりなのは地域がらしょうがないですが。もはや地方球場でも100Mが珍しくない御時世、両翼91M、中堅116Mじゃあね・・・。
     この球場でスタンドギリギリに入るホームランを打ってガッツポーツしている選手を見ると、なんか間抜けに見えます。そんなのホームランじゃねえょ、って。ホームランの価値が違い過ぎないか? これじゃあ広島の江藤に故障さえなければ、ホームラン王は決まったようなものでしょう。江藤が球場の狭さについて「球場が狭かろうが、広かろうが、完璧な当たりならホームランになるのだから、関係ない」と言っていたが、全然答えになっていない。そんなことは当たり前の話で、問題は完璧でない当たりがホームランになってしまう点にあるのだから。 まあ、こんな球場が1つくらいあってもいいかなぁ、とも思いますが、そんなホームランが決勝点になった日には悔しさ倍増です。球団が貧乏なのは知っています。球場が市民の球場なのも分かります。でもせめて金網でフェンスを高くする位出来ないものでしょうか? 



    佐々木主浩の時代

       最近、佐々木の起用法に関して批判をあちこちで目にする。僕もある部分同感である。しかし、ある部分では、佐々木と他投手を同じラインに置くこと自体が間違っているのではないかと感じることがある。
     昨年佐々木は3勝0敗38セーブ防御率0.90という過去に例を見ない完璧な成績を残した。何年か後、「97年の佐々木は凄かった。」と多くの人が語り継ぐであろう。今シーズン前、昨年が彼のピークであったのではないかという危惧を持っていた。しかし、開幕から2ヶ月、彼は今年も完璧な投球を続けている。どうやら僕の杞憂だったようだ。「ピッチャー佐々木」のコールにスタジアムが大きく揺れる。大歓声に鳥肌が立つ。今の球界にこれほど存在感のある選手が他にいるだろうか? 僕は佐々木を観れることを幸せだと思う。先日、セーブポイントの日本新記録を達成した。もちろん佐々木にとっては単なる通過点に過ぎないだろう。現在の佐々木は超一流の投手である。しかし悲しいけれど、さびしいけれど、彼の時代が終わり、彼が普通の投手になる時が必ず来る。僕は今、佐々木の全盛期をこの目で見れることを幸せに思う。そして彼が伝説になる前に、少しでも多く彼の勇姿をこの目に焼き付けておきたいと思うのだ。



    懐かしの大洋達

       先日、実家に帰った際、押し入れを捜してみた。10数年前に押し入れの奥深くにしまったままの僕の「宝箱」。一番奥にみかんのダンボール箱発見。これか。中にはクッキーの缶(僕が集めた選手のサイン数十枚が入っていた)。大洋の機関誌、ファンブック数年分。76年の大洋ホエールズカレンダー。そして、プラモデルの箱に大洋の選手の写真をベタベタに貼って作った箱。あった。そう、これが僕の「宝箱」。
     開けてみる。中身は大洋一色だ。新聞の切り抜き多数。観に行った試合のチケット数十枚。顔の下敷き数年分。名刺くらいの大きさの年間スケジュール表(今でも発行されている)数年分。雑誌など切り抜き多数。週刊ベースボール記事多数。週刊ベースボールの投球フォーム、打撃フォームの連続写真多数。駄菓子屋で売っていた怪しいカード多数。カルビーの野球カード('73〜'80年のもの)100種類以上。果ては松原のめんこ、平松が78年頃に出したレコード「愛してヨコハマ」(なんで、こんなの買ったんだろう・・・)etc...。なつかし過ぎる・・・。
     特にカルビーの野球カードには思い入れがたくさんある。一番古いカードは緑とオレンジのユニフォームになる以前のモノだ。80年の途中になぜかカードのサイズが突然小さくなってしまって、購買意欲が一気に無くなり、集めるの止めたっけ。あの頃、大洋のカード以外は眼中になくて、でも大洋のカードはなかなか出てこなくて、王や長島ばっかり出て来て、随分お金を使ったなぁ。今では、そんな王や長島のカードが結構な値段で売れるそうだ(取っておけばよかった・・・)。
     ふと、おもしろいものを見つけた。小学館から出た76年度版「プロ野球大百科」(の大洋のページ)。これは子供向けの選手名鑑で、選手の住所や年俸などが載っていてとても面白くて暇さえあれば見ていたものだ。で、選手の年棒を見てみると、一番高級取りが松原で2400万円。次がシピン1800万。エース平松はわずか1000万。もう一人のエース山下律ほんの440万。江尻850万。正捕手伊藤570万。長崎たったの340万。福島380万。山下大350万。監督の秋山が1000万 。投手コーチ藤田(後、G監督)700万、etc...。驚くほど薄給である。22年という時の流れを感じる。当時は”夢の1千万円プレーヤー”だったんだろう。
     しばし、新聞や記事を読みふける。あの頃の思い出がよみがえる。こんなものをせっせと集めていたあの頃の自分がなんだか愛しい。ふと、あの頃の自分に会って見たいと思った。何を考えていたのだろう。そして、どんな夢を語るのだろうか・・・


     ※なつかしいのを画像で発表しようかと思ったのですが、僕のデジカメはチョロ過ぎるので諦めました(;_;)。スキャナーがあればいいんですが、買う気はしないしなぁ・・・。どなたか貸してくれませんか・・・・



    外野席の憂鬱

       僕は子供の頃からずっと見続けてきたこともあって外野から観る野球が一番好きだ。かつては浜スタのライトスタンドが世界で一番好きな場所だった。しかし最近では僕にとって、とても居心地が悪く、時に不愉快な場所になってしまった。その原因は、色々あるが、1つは完全にスタンドを私物化し傍若無人に振る舞う自称応援団の若い兄ちゃんたち。目障りじゃ!! そしてあまりにうるさすぎるんじゃ!! 僕が年を取ったからそう感じるのか? 哀しいかなそれもあるだろう。昔の太鼓と笛だけの素朴な応援が懐かしい。そいつらのラッパにどうしても抵抗がある。本当にそんなものが必要なのか、今一度考えて欲しい。絶対に要らんだろう。おそらくこんなふうに思う人間は日本では外野席に足を踏み入れてはいけないのでしょう。昔の応援が、決して静かだった訳ではないが、ラッパの音を聞いていると「野球を観に来たんだ、静かに野球を見させてくれ」という怒りにも似た思いが沸沸と湧いてくる。周りを見れば、まるで何かに取りつかれたかのように、彼らのラッパの音に合わせてメガホン(本当はメガホンじゃない。わざわざうるさい音を出す為の道具。本当はこれも全く必要ないと思うけど。投げるくらいなら最初から買うな)叩き、声を張り上げる人達・・・・。これが日本のプロ野球の文化? ノーコメントだ。もうこれ以上何も言わない。勝手にやってればいい。
     段々と外野席から足が遠のいていく・・・・。あんなに好きだったのに・・・・。

     ※もし、気分を悪くさせてしまったら謝ります。すいません。反論でもいいので、できたらご意見聞かせてください。




    オールスターに思う

       最近オールスターまともに見たことないなぁ。子供の時は結構楽しみにしていたような気がするんだけど。昔、一度だけ、球場でオールスター戦を見たことがある。1976年川崎球場で行われた時だ。母が並んで前売り券を買って来てくれて、すごく楽しみにしていた。親戚にものすごく野球好きなおじさんがいて、そのおじさんに会った時、「オールスター観にいくんだ」と自慢したら、おじさんが「オールスターはつまんないから、観ないよ」と言った。僕はその時、そうかオールスターってつまんないものなのかぁ、と妙に素直におじさんの言葉を受け止めたのを憶えている。
     当時はジュニアオールスターが前座みたいな形で試合前に行われていたっけ。試合は貧打戦で2−1でパが勝ち2時間位で終わってしまって、ものすごくつまんない試合だった。その日のことで印象に残っているのは試合前の練習で、王選手が外野のフェンス沿いを何往復も汗だくになりながら一人黙々ダッシュを繰り返していたこと。子供心に漠然と「エライなぁ」と思ったのを憶えている。
     これはよく言われているけど、本当にいつからプロ野球のオールスターは”サンヨー”オールスターゲームになったのだろうか? いつから一企業のものになってしまったのだろうか? 試合数もそんなに安売りしないで1試合だけで、いいだろうに(オールスターが機構側の数少ない収入源とかで、こうなっているらしいが)。
     僕はふと、あの時のおじさんの言葉を思い出していた。





    最後の一球

       これまで、浜スタで起こった出来事で忘れられないシーンがいくつかある。81年の刑事事件にもなった阪神のコーチ陣による審判暴行事件、昨年の選手達のメガホン拾いの光景。これらは、大きく取り上げられた事もあり、後々まで人々の記憶に残るであろう。しかし、もう1つ、あまり知られていない、既に埋もれてしまった出来事で、僕の中で鮮明に憶えているシーンがある。それは一人の若い投手が投手生命を絶った瞬間である。
     確か83、4年だったと思うが、大洋対阪神戦、大洋リードで阪神は投手交代。ここで、赤松一郎と言うどこか間の抜けた名前の若い投手が登場した。この試合がプロ入り数試合目の登板のサイドスローのピッチャーだった。投球練習を終えた赤松。プレイ再開。第1球投げた。ところがボールは3塁側のタイガースのベンチの方向に向かって力なく飛んで行った。そして、マウンドにうずくまる赤松。僕は何が起こったのか分からなかった。赤松は結局そのまま退いた。僕は何だったんだろう、と思ったけど、なんだかおかしかった。翌日、新聞でなんと、あの投球で右腕を骨折したことが分かった。プロの投手が投球中に骨折? 信じられなかった。間抜けだなぁ、と思った。そして赤松はそのオフにプロ野球界を去ったのだ。あれから十数年、僕は「赤松一郎」という名前が忘れられない。将来タイガースのエースになったかも知れない一人の若い投手の最後の哀しい1球を見てしまったのだ。
     僕は今、あの時の自分の気持ちを申し訳ないと思うとともに、余計なお世話ながら、現在幸せな生活を送られていることを願わずにいられない。





    頼むよ、ボビー

       ローズの今年限りでの退団が既に決まっているという話を聞いた。本当だろうか? 本人のメジャーへの思いが強いと言う。単なる噂であることを祈りつつ、もし本当なら、なんとか彼の気持が変ってくれないものかと思っている。今年で来日6年目。これは、シピンと並んで外国人選手の在籍最長記録である。
     僕は92年に在籍し打点王を獲ったシーツという選手が好きだった。シーツが解雇され、その代わりに入団したのがローズだった。弱そうな名前、年俸3600万円、見た目も外国人にしては小柄な優男。おいおい、大丈夫なのか、期待薄だなぁ、と思ったものだ。一年目のシーズン、印象に残っているシーンがある。開幕間もない、東京ドームでのG戦、接戦で迎えた終盤、無死1,2塁で、バッター3番ローズ、次打者はブラッグス。ここで、ローズは初球バント。しかし、ファール。ベンチから近藤監督が、通訳とともに飛び出しローズと何やらやり取りを交わす。サイン違いか、と思った。そして、その後ローズは強打しタイムリーヒットを放った。試合後の近藤監督の話「勝手にバントしたもんだから、慌てて出ていったんだ、『バントさせるために、君をアメリカから呼んだんじゃない。思いきり打て』って言ったんだよ」。その年、ブラッグスの故障後には4番に座り打点王獲得。見事に僕の予想を覆してくれた。以後、毎年、コンスタントな成績を残し、無類の勝負強さはご承知の通り。サイクルヒット2度は日本プロ野球史上2人しかいないし、9打数9安打以上を2度記録したのはローズしかいない。
     来日した時25歳の若造だった彼も今年で31歳。実は僕と同い年である。だから、なおいっそう思い入れがある。頼むよボビー、まだ思い出にならないでくれよ。





    野球バカの独り言

       先日の中日との首位攻防戦の敗戦の夜、布団に入った後、寝苦しさと敗戦の悔しさ、今後の展望などに思いを巡らせているうち、とうとう寝付くことが出来なくなり、そのうち空が明るくなり始め、新聞配達のバイクの音が聞こえて来て、僕は眠るのをあきらめた。一睡もしないで仕事へ行く羽目になってしまった。まったく我ながらバカだなぁと思う。たかがプロ野球じゃないか。いったいファンってなんなんだろうか? 負けて悔しい時、僕は自分に言い聞かせる「横浜が勝ったところで僕が得をするわけでもなく、負けたからといって僕が何か損をするわけじゃないじゃないか」と。でも、駄目だ。理屈じゃないんだ。勝てばただ嬉しいし、負ければただただ悔しい。本当に厄介だ。なぜ、人が野球やっているのを観るのにこれほど熱中してしまうのだろうか? 人がホームラン打ったら、自分のことみたいに大喜びして、打たれたら自分のことのように悔しがったり、なんか冷静に考えるとファンってつくづく間抜けだなぁと思う。でも、やめられない。イヤんなっちゃうよ、まったく。





    僕の10.8

        1998年10月7日(水)  甲子園へ
     この日神宮で中日が敗れ、甲子園で横浜が勝てば38年ぶり(というか、僕が生まれてはじめて)優勝という日であった。しかし、関西は雨、東京も夜は雨という天気予報。両方試合が行われてしかも都合よく条件通りに行く可能性はかなり低いと思われた。しかし、その可能性がたとえ1%でもある限り、僕は甲子園に行くことに決めた。子供の頃からひたすら夢見ていたその瞬間を逃したら一生後悔するに違いない、という思いが強かった。それはもう強迫観念に近い。もし来年以降、ベイスターズが毎年優勝争いに加わるチームになったとしても、今年の優勝だけは絶対の絶対に特別なのだ。
     午後12時、僕は新横浜の新幹線ホームに立っていた。10メートルほど離れたところに見慣れた顔があった。井上と川端だった。ファームから「その時」のために呼ばれたらしい。出発した時は曇りであった空が静岡あたりから雨になり、名古屋も雨、やはり「今日は中止だな」と思った。ところが大阪に近づくにしたがって小降りになり、4時に新大阪に着いた時はほとんど止んでいた。まず、真っ先に甲子園に電話した「ただいま協議中」のテープの声。しかたないので、取りあえず大阪(梅田)に向かおうとしたがどれに乗ればいいかわからない。これまで新幹線で関西を通過したことは何度もあったが、実際に関西の地を踏みしめたのは、3歳の時に「EXPO'70 大阪万博」(ほとんど憶えていない。ロボットに写真を撮ってもらったのを憶えてるくらい)、中3の修学旅行で「EXPO'81 神戸ポートピア」(おもしろくなかった)に行って以来17年ぶりであった。なんとか電車に乗って大阪着(車内アナウスが関西弁でないのに驚いた(^^;)。再度甲子園に電話すると今度は「中止になりました」。それならと明日の夜行バスの予約をしようとしたが全部満席で、2泊もするはめになり、大幅予算オーバー&仕事3日休み、が決定し、暗い気持ちでカプセルホテルを捜して3時間もさもよい歩き、やっと見つけた時には疲れ果てていて、何もする気がしないので、ラジオを聞いていた。優勝のかかった西武の試合をやっていたが、僕はそれより神宮の途中経過が気になってしょうがない。そして、中日の敗戦、マジックついに1。これで、明日8日に横浜が勝てばその時点で優勝が決まる。明日甲子園に向かってくる人も多いことだろう。

    1998年10月8日(木)  夢の中へ
     朝10時にホテルを出る。帰りの足の確保のためすぐ近くのチケット屋へ行く。飛行機1万1千円というのがあったので、座席状況を確認し、それを購入。なんば駅近くの空港行きのバス乗り場を確認し、これで明日の準備はOK。
     ふと、なんば駅の裏に大阪球場が見えた。これがあの大阪球場か。間近に行ってしばし眺め、周りを歩いてみた。南海ホークスへの感慨は特に無いし、ましてや初めて来た場所なのに、なぜか無性に懐かしさが込み上げてくる。かつてはここにも少年ファンや愛すべき野球バカ達の夢がいっぱいあったにちがいないのだ。なんだか寂しい夢の跡。こんなに立地条件がいいのになぜにあんなに閑古鳥が鳴いていたのだろうか? 不思議だ。
     やることが無くなったので、映画「プライベートライアン」を観て時間を潰し、映画が終わった2時半に球場へ向かった。3時頃球場着。中年のオバさんが話し掛けてきた。よく聞こえない。「なあに?」「券あまってたら買うで」。何と甲子園にはオバさんのダフ屋さんがいるんか。かなりの列が出来ていた。僕はどこで観戦しようか迷ったが、既に無効になってしまった前日の券が「内野特別指定」だったため、せっかくだから同じ所で観ようと思ってその列に並んだ。午後4時チケット販売&開門。窓口が近くなって来たところで係りの兄さんがマイクで叫ぶ「特別指定は数に限りがありますのでまもなく売り切れますが、そのまま指定Aを販売します」。なんか仕組みがよくわからない。でもなんとか買えた。球場に入って驚いた、すっごいグランドに近いじゃんか。しかし僕の券(と言うか当日並んで買った人達)は特別指定の席の一番アルプスよりの一角で、あんまりよくない。しかも、イイ席は人がまばらなのに、その一角だけが満席なのだ。券が売り切れて指定Aに回った人が大勢いた、しかも今日は予備日で前売りもないはず、それなのに、この大量の空席は一体なんだ? しかもイイ席。当然僕はイイ席の方へ移動した。試合前、グランドは報道陣の数がすごかった。ブルペンで戸叶がピッチングを行っていた。今日は戸叶か? 一番前に行ってすぐ側で見ていた。豊さんが歩いてきて戸叶となにやらおしゃべり、近くのおっちゃんが「豊さん、がんばってや」。豊「僕がやるわけじゃないから、僕ががんばってもしょうがないよ」。おっちゃん「代打で出てや」。豊さん並びにそこに居た人達、なごやかな笑い。いいなぁ。甲子園、テレビを見ててものすごくただ広いイメージを持っていたが、実際はそんなこともなかった。すごく見やすい球場で、とても気に入った。球場のいろんな場所から写真撮ろうと思っていたが、券によって入り口からして別れていて自由に移動するのは不可能だった。浜スタのように内野自由で入ってバックネット裏へ移動、とかいうことが出来ない。その代わり同じ券の範囲で空席に移動するなら何も言われないようだ。
     試合前、スタンド下通路でベンチ入りメンバーに入っていない三浦がジャージ姿で奥さんと幼い娘さんと対面していた。子供を抱っこする三浦、グランド上で見せる顔とは全く違う顔でほのぼのしていてよかった。
     そして、6時いよいよ試合開始、先発は斎藤隆。胸が高鳴る。外野を見るとレフトは超満員、しかしライトが空席だらけ、なんか変な感じだ。僕はベンチの上の方のすっごくイイ席で見ていた。レフトも、アルプスも、指定Aも満員。しかし、僕の周りは空席だらけ、ものすごく贅沢な話だ。なぜ売らないんだろうか? 理解不能だ。ふとみると報道陣が隣のブロック(10席くらい横)に押し寄せて写真パチパチ、メモを取っている。選手の家族の方々が居たのだ。選手の奥さん達はみんな奇麗でうらやましい限り。野村の息子さんが野村にそっくりでおかしかった。谷繁の息子さんは谷繁のことを「もっくん」(元信だから?)と呼んでいた。佐々木のお母さんは遺影を持って観戦、そこをカメラがパチパチ。佐々木の奥さんには専用のテレビカメラがぴったりマーク。あれもイヤだろうなぁ。
     試合の方は1回早くもローズのタイムリーで1点先制。ものすごい歓声。しかし、大豊のホームランで逆転。一旦追いつくも、再度リードを許し終盤へ。その時点で中日6点リード。今日の胴上げは無しか? でも負けて胴上げするくらいなら横浜で胴上げして欲しいと思っていたので、中日には絶対勝ってもらいたかった。そして運命の8回表、進藤の逆転タイムリー。僕は思わず訳の分からないことを絶叫していた。本当に優勝するんだなぁ、と思うと熱いものが込み上げて来た。まだ早い、自分に言い聞かせる。そして佐々木登場。いよいよアンカーに最後のバトンが渡ったのだ。一球ごとにすごい歓声。僕は涙をこらえるのに必死だった。簡単に三者凡退。9回表もあっさり終わり、いよいよ本当に「その瞬間」がやって来る。9回裏、先頭バッターを出すも大豊、和田三振。そして新庄、ノースリーから2球ストライクでツースリー。場内に響き渡る「あと一球コール」。今までに経験したことのない異様な雰囲気の中、最後の一球を投げた。空振り三振。その瞬間こらえていたものが堰を切って流れ出した。もうこらえる必要はないんだ。本当に優勝したんだ。もう前がよく見えない。そして権藤さんが宙に舞った。それを見てまた涙があふれて来た。あの選手達が本当に胴上げをしているんだ。何も考えられなかった、ただただ感動した。甲子園に来てよかった。感動をありがとう・・・





    タイトルに思う

       いつも思うのだけれど、記者投票によるタイトルには胡散臭さが付きまとう。今年、YBからはMVPに佐々木。ベストナインに佐々木、谷繁、駒田、ローズ、石井、鈴木。ゴールデングラブ賞に谷繁、駒田、ローズ、進藤、石井が選出された。優勝チームからむやみに選ばれ過ぎと違うか? 特にMVPは「優勝チームから一番活躍した選手を選ぶ」意味合いが強い。本当にそれでいいのか? 今年のMVPの佐々木は活躍からして当然と思うけど、個人的には去年だってMVPを獲ってもおかしくないと思った。優勝逃したケースでは、最近はイチローが210本ヒット打った時にMVP獲ったけど、かつてはバースやブーマーが三冠王を獲ったにも関わらずMVPを逃したこともあった。三冠王の価値ってそんな軽いものじゃないと思う。その一方で、94年のMVPにはベストナインにも選ばれなかった桑田(G)が選出されたし。なんで投手の中で一番に選ばれなかった桑田がリーグの中で一番活躍した選手に選ばれたのか理解できない。MVPなんてしょせんそんなもの。
     ベストナインで思い出すのは、92年の高木豊。その年セカンドでベストナインに選ばれたのは高木より全ての成績で大きく下回る和田(T)だった。最後までヤクルトと優勝を争った阪神を引っ張ったことが評価されたものだった。僕はすごく憤慨して「そんなら、優勝チームのレギュラーをそのままベストナインにすればいいじゃんか!!」と思ったものだ。高木はその数年前にはゴールデングラブでも憂き目に会っている、当時2塁手として史上最高守備率を記録したにも関わらず、選ばれたのは正田(C)だった。しかも一度も守っていないショートに高木の票を入れた記者が数人いたので、「こんないいかげんなタイトルなら、今後このタイトルに選ばれても受賞を辞退する」と高木が激怒した。
     ゴールデングラブと言えば、山下と屋鋪を思い出すが、屋鋪も理不尽な目に会っている。外野手として84年から連続5年この賞を受賞した屋鋪だが、初受賞の前年も本当は受賞していたはずだったのだ。この時、屋鋪は外野部門4位で惜しくも初受賞を逃したが、3位との票差はわずかに1票。そしてその3位が超弱肩で有名だった松本(G)だった! その年Gが優勝したこと、まだ屋鋪の知名度が低かったこと、がこの結果になったと思うが、この2人を比べてどうして松本が選ばれるのか全く理解出来なかった。記者はどこに目を付けとるんじゃ!! と思ったことは言うまでもない。
     今年だって優勝していなかったらこんなに選ばれたはずがない。特にショート石井のゴールデングラブは御祝儀だろうか。確かに石井は守備も上手い、がこのポジションには宮本(S)という並みはずれた守備の天才がいるではないか。彼は守備だけでレギュラーを張っている選手だ、守備に関しては宮本の方が断然上だと思うがどうだろう。







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